フォーマルハウトたちがヴェンデ村から帰還した翌日、モモンガの執務室にはいくつかの姿があった。
一つはこの部屋の主たるモモンガだ。数枚の紙束を片手に総黒革の椅子に座っている。
モモンガ以外の者の数は九。執務室の中央にあるローテーブルを挟むように並べられたソファに鎮座し、モモンガ同様に紙の束を手に持っている。
モモンガから見て右側のソファに座るのはフォーマルハウトとヴェルフェニア、そしてその隣にはシャルティアとコキュートスが座っている。本来ならばあと一人は座れる大きなソファであったが、体の大きなコキュートスが二人分のスペースを占有していた。
左側のソファにはアルベドとデミウルゴスが座り、続くようにしてアウラとマーレ、そしてセバスが着席している。こちらは逆に体の小さなアウラとマーレが詰めて座ることで、四人掛けのソファにも関わらず五人が座っていた。
そこに座る者は全員がナザリックでも特別な役職に就く者であり、ナザリック最高戦力の一角と言える百レベルの者たちだ。これから行われる会議の内容がナザリックの今後に関わる重要な内容だということが想像出来る。
玉座の間ではないのは、長時間に渡り守護者たちを跪かせて自分たちだけ椅子に座ったまま会議を行うのをフォーマルハウトたちが嫌ったからだ。
「資料は全員に行き渡ったな? ではこれより入手した情報の共有と、ナザリックの今後の行動方針を決める」
モモンガが威厳ある声で会議の開始を告げる。
「初めに、この場にいる全員が発言権を持つことを宣言しておこう。まずは今回の件で入手した情報の共有からだ」
『はっ!』
「よろしい。ではまず初めに、私がヴェンデ村の村長から入手した情報を説明する。詳しいことは資料に記載されているが、齟齬があっては困るからな」
モモンガは手元の資料を見ながら、ヴェンデ村の村長から聞き出した情報を語り出す。
まず、ヴェンデ村の所属する国は、ドラウディロン・オーリウクルスという名の女王が統べる竜王国と呼ばれる人間の国だ。かつて
この国は西を巨大な湖、それ以外の方角の殆どを山脈に囲まれた国であり、人間の生活圏の最東端に当たる位置にある。人間の国だけでなく、ビーストマンやミノタウロスなどの亜人の国が周辺に存在し、特にビーストマンの国からは頻繁に攻撃を受けているようだった。
「ビーストマンから頻繁に攻撃を受けているのに、村の防備があんなだったのか……」
「フォーマルハウトさん、村長が言うには村までビーストマンが来たのは初めてだったそうですよ。何でもビーストマンの国との国境辺りには砦があるとか」
竜王国とビーストマンの国との間には砦があり、その砦ではビーストマンが国内に入り込んでしまわないように常に目を光らせている。そのため、その砦よりも奥に位置する街や村ではそこまでの対策は施されていない。
特にヴェンデ村は竜王国の北東部、ビーストマンの国から見て他の村落や都市よりは内側にあり、知識としてビーストマンのことを知っていても、実際に目の前に現れたのは今回が初めてだったようだ。
「なるほど……」
フォーマルハウトが納得したのを確認してから、モモンガは説明を再開した。
北の巨大な山脈を越えた先にはバハルス帝国と呼ばれる人間の国がある。
この国は絶対的と言っていい権力を持つ皇帝によって栄えており、竜王国を含む周辺の人間国家の中では最も繁栄しているようだ。
バハルス帝国の西にあるアゼルリシア山脈やトブの大森林を挟んだ先にはリ・エスティーゼ王国という人間の国家がある。周辺国家にとっては貿易の要所である城塞都市エ・ランテルを有しているとか。
このバハルス帝国とリ・エスティーゼ王国は仲が悪く、ここ数年は毎年のように争っているらしい。
最後に両国の南、竜王国から見て西の巨大な湖を挟んだ先にあるスレイン法国。
村長も詳しくは知らないが、六大神という神々を信仰する宗教国家であり、国として亜人や異形のモンスターを嫌っているようだ。
その軍事力は不明だが、ビーストマンという亜人に襲われている竜王国への物資援助や義勇兵派兵など、何らかの支援が行われている可能性もあるだろうとモモンガは推測している。
「大雑把にも程がある情報だが、周辺国家については以上だ。他にも国はあるらしいが、村長は知らないようだ……次は、モンスターと冒険者とかいう職業の者についてだな」
冒険者。
その単語を聞いたフォーマルハウトの瞳が輝く。
未知を既知とすべく、様々な地へと足を踏み入れる者たち。時に鬱蒼と生い茂るジャングルを抜け、吹雪が吹き荒ぶ雪原を越え、灼熱の溶岩が流れる火山を登る。そうした過酷な環境の先に未知という名の浪漫を追い求める職業。それが冒険者だ。
PKばかりしていたフォーマルハウトもまた、ユグドラシルでそれに魅せられた者の一人だ。
初めからそうであったわけではない。アインズ・ウール・ゴウンへと加入し、仲間となった者たちに誘われたのが始まり。仲間たちと協力して未知のマップやダンジョンを探検し、未知の素材やモンスターに出会う。
まだ確認されたことのない素材を見つけ、仲間たちと喜び小躍りしたこともあった。見たこともないようなモンスターに出会い、その能力の理不尽さに運営への呪詛を垂れ流したこともあった。
その全てが素晴らしい思い出であり、今なお色褪せない。
もしもこの世界で――全てが現実となったこの世界で同じことが出来るのなら、それはきっととても楽しいことだろう。
モモンガやヴェルフェニア、守護者たちナザリックの者と共に様々な場所へ足を踏み入れる光景を思い浮かべ、自然と表情が明るいものとなる。
しかし、次のモモンガ説明で明るかったはずのフォーマルハウトの表情が翳る。
「まず冒険者というのは冒険者組合を通して依頼を請け負い、モンスターと戦う職業のことだ。この冒険者組合という組織は最寄りの都市であるオランジェにあるそうだ」
モモンガが語った冒険者は、言ってしまえば対モンスター専門の傭兵、或いは退治屋だ。
各国の都市にある冒険者組合に登録することで重犯罪者でもない限りは誰でもなることが出来、受けた依頼を達成することでその難易度に応じた報酬を受け取ることが出来る。
薬草採取や馬車の護衛などの依頼もあるが、所属する組合がある街の周辺に出没するモンスターを討伐して生計を立てるのが基本だ。
それぞれの実力や実績を基にいくつかのランクに分けられ管理されていて、そのランクに応じて受けられる依頼の難易度も変わるようだ。
突き付けられた冒険者の実態は、フォーマルハウトが想像していたものからは大きく掛け離れていた。
期待を裏切られて不満そうな心を露わにしているフォーマルハウトを無視して、モモンガの説明はモンスターの話へと変わってゆく。
この世界にも
モンスターに関する話はその程度で終わった。
その他にも細々とした一般常識に関する情報がいくつか付け加えられて、モモンガの説明が終了する。
守護者たち――特に優れた頭脳を持つアルベドとデミウルゴスは僅かに眉を顰める。
それもそのはずで、村長から齎された情報は有益ではあったが曖昧なものが多く、詳細なことまでは分からなかった。そういった情報も現時点では大切だが、こちらが本当に知りたいのは周辺国家にナザリックを脅かす存在がいるのか、国家であればその国力はどの程度なのかという情報なのだ。
とはいえ、単なる農村の村長にそこまでの期待をするのは酷と言うものだろう。
「以上が私が入手した情報だ。それと、これは村長からの情報ではなく私が発見したものだが、どうも私のアンデッド作成スキルによる召喚は死体を媒介にすることで召喚モンスターが時間経過により消滅せず、この世に留まるようになったようだ」
その言葉にフォーマルハウトは、ほうと小さな感嘆の声を上げて僅かに身を乗り出す。
通常であれば、スキルや魔法によって召喚されたモンスターは特別なケースを除けば一定時間が経過すると消滅する。モモンガのアンデッド作成スキルもその例に漏れず、一定時間が経過すれば召喚モンスターが消滅するはずだった。
しかし、ヴェンデ村でモモンガが召喚した
このことから、死体を利用すれば制限時間の存在しないアンデッドを召喚出来るのではないかとモモンガは結論付けた。
「
「それでは、例の村を襲って死体を確保致しますか?」
優雅な微笑みを浮かべたまま提案したのはアルベドだ。その内容は先日助けた村に対する仕打ちとは思えないほど冷酷なものであったが。
アルベドの提案は魅力的なものだ。
ユグドラシルとは挙動や仕様が大きく変わった一部の魔法やスキルの実験材料が多く手に入る。自分たちの力を正しく知るという意味では、実験材料はいくらあっても足りない状況だ。
ただ、既にヴェンデ村の処遇は会議前に二人で相談して決まっている。
フォーマルハウトたちの中に残った、現地の人間への僅かな同族意識とも言える感情がアルベドの提案を否定する。
「……ヴェンデ村は現時点では友好関係の構築に成功した唯一の村であり、この世界での大切な足掛かりだ。不仲になるようなことは極力避け、監視に留めよ」
「畏まりました」
「まぁ、これに関しては追々実験するとしよう。次に、デミウルゴス」
「はっ!」
モモンガに名を呼ばれたデミウルゴスが立ち上がる。
「捕縛したビーストマンから絞り出した情報は纏めてあるな?」
「はっ、勿論で御座います。ただ、大変申し訳御座いません。興味深い情報も御座いましたが、然程量が多くありません。どうやら捕えたビーストマン共は記憶力なども並以下のようでして……」
「ならばそれを全員に説明せよ。可能な限り分かり易くな、ここにはアウラやマーレのような子供もいるのだから」
モモンガがこういった命令を出すのには理由がある。
アルベドもそうだが、デミウルゴスは余りにも頭が良すぎた。
ナザリック最高の知者であると生み出されたからか、デミウルゴスの知能の高さは小卒のモモンガやフォーマルハウトと比べて天と地ほどの差がある。二人で知恵を合わせても、デミウルゴスが仕事の片手間で考えた方が良い考えが浮かぶだろう。
それほどの知能の差があるために、時折モモンガはデミウルゴスの言っていることが理解出来ないことがあった。
しかし、ナザリックのシモベたちは第六階層でデミウルゴスが言ったように、モモンガのことを深謀遠慮に優れた叡智溢れる存在だと思っている。
フォーマルハウトのように素で接するのではなく、慕ってくれているNPCたちのイメージを壊さずナザリックの絶対的な支配者を演じる。そう自ら決めたモモンガがNPCたちの期待を裏切り、『理解出来ないから猿でも分かるように話して?』などと頼める訳も無い。
だから、ボロを出さないためにアウラやマーレのような子供をダシにして、可能な限り分かり易い説明をさせるようにしたのだ。
「畏まりました」
捕縛したビーストマンから情報を絞り出すのはデミウルゴスに任せた。
カルマ値マイナス五百の悪魔であるデミウルゴスならば、幅広い手段――具体的に言えば、フォーマルハウトたちも知らないようなえげつない拷問方法で、確実に情報を手に入れることが出来ると考えたためだ。
また、デミウルゴスの持つスキル、支配の呪言を使用することで、四十レベル以下の相手を自在に操ることが出来る。このスキルを利用すれば低レベルのビーストマンたちから情報を絞ったり、生きたまま強引に実験に付き合わせることも容易だろう。
「では、ご説明させて頂きます」
まず、村長からは情報が得られなかった亜人の国について色々と聞いたが、捕縛したビーストマンは末端も末端で地理的情報以上のものは何も得られなかった。
彼らが住むビーストマンの国の北方にはミノタウロスの王国やトロールたちの国があり、西側にもいくつかの亜人の国があるという程度の情報だ。
余りにも中身の薄い情報であったため、デミウルゴスの説明はすぐに竜王国との争いに関する話へと移った。
竜王国とビーストマンの国との戦いだが、これは何年も前から続いていて、ビーストマン側が優勢だ。ビーストマンからすれば竜王国は、少しばかり抵抗してくる餌が群れている狩場という認識ですらある。
それでも滅ぼさないのは、弱く数が多く、そして肉質も良いと三拍子揃っていて狩場として優秀だからだ。
この時点で既にフォーマルハウトは、あんなに弱いビーストマンたちがそれだけ言うほどに優勢なのかと唖然としたが、デミウルゴスの説明がまだ続いているため口には出さない。
今回捕まえた者たちは、探知系能力に長けたシモベを使って調べたところそのレベルはアルベドたちの見立て通り十レベル前後。部隊を率いていたらしいリーダー格の者でも十二、三レベル程度だ。
捕縛したビーストマンたちが特別弱いわけではなく、これがビーストマンの国における一般的な戦闘要員の強さであり、人間の冒険者が相手でもない限りは十分に蹂躙出来るようだ。
ならば冒険者はこのビーストマンを容易く屠れるのかというと、これまたそういうわけでもなく、冒険者であっても一対一で対等に渡り合えるのはそれほど多くはない。それでも複数体で押し込めば討ち取れる。時折束になっても敵わないような冒険者もいるが、そういった存在はたまに見る程度で少数しかいないとのことだ。
つまりは大方の冒険者もまた十レベル前後かそれ以下ということになる。
「疑っているわけではありんせんが、本当にビーストマンはそんなに弱いのでありんすか?」
「弱いね。試しにナザリック・オールドガーダーと戦わせてみたが、相手にならなかったよ」
ナザリック・オールドガーダーはナザリック地下大墳墓固有の
レベルは十八で魔法の
さらに幾つかの戦闘系のスキルまで覚えるため、ナザリック内に
しかし、優秀とはいえ所詮は十八レベル。フォーマルハウトやモモンガ、階層守護者どころか三十五レベルの
そのナザリック・オールドガーダーに歯が立たないという事実にシャルティアは嘲笑と苦笑が混じり合った笑みを浮かべる。
「さて、説明を続けさせて頂きます。捕えたビーストマンたちの話によりますと、武技と呼ばれる我々の知らない、スキルのようなこの世界特有の能力があるようです」
「武技?」
聞いた事のない単語に今度はフォーマルハウトが疑問を零す。
「はっ。これは人間や亜人、異形など種族の区別無く、主に戦士系の職業の者たちが習得出来るようでして、攻撃の威力増加や防御力の増加などが行えます」
「それは……魔法やスキルとはどう違うんだ?」
「申し訳ありません、フォーマルハウト様。ビーストマンたちも詳しい事までは……。ただリーダー格の者が武技を使えるようでしたので幾つか検証しましたところ、スキルのように一定時間内の使用回数制限が存在せず、代わりにHPともMPとも別のものを消費して発動するようです。検証を行ったビーストマンの様子を見るに、集中力を消費するとでも言いましょうか」
酷く曖昧なものを消費するらしいという言葉に、フォーマルハウト少しだけ眉を顰めたが、デミウルゴスを責めることは出来ない。むしろ、未知の能力を発見して軽い検証まで済ませていることを褒めるべきだろう。
武技というユグドラシルには存在しなかったこの世界特有の能力。
フォーマルハウトはそれに警戒心を抱くと同時に、期待のようなものも抱いていた。
未知の能力がどれだけ危険なものであるかはユグドラシルで学んでいるし、転移してからもそういう未知を警戒して慎重な行動を行ってきている。
だが、もしもその武技が自分も習得出来たとしたら。
フォーマルハウトは百レベルであり、これ以上レベルが上がらない。実際に、百レベルの九十九パーセントまで経験値が溜まっている状態でビーストマンを殺してもレベルは上がらなかった。つまりはこれ以上ステータスが上がることはない。
しかし、それはユグドラシルのルール内での話だ。
ユグドラシルという世界から逸脱した武技という能力。これがレベルに関係無く習得出来るとすれば、百レベルの存在でもさらに強くなれるということだ。
未知の能力を警戒するという意味でも、自分たちがさらに強くなるという意味でも、詳しく調べる必要があるとフォーマルハウトは心のメモに書き留める。
「以上が私がビーストマンから絞り出した情報となります。少々少ないですが、先ほども申しました通りビーストマンたちは記憶力などが並以下のようでして、これ以上の情報を得るには彼らが死ぬ可能性が高くなる手法を用いなければなりませんので……」
「分かった。現時点では大切な情報源兼実験材料だ、簡単に殺してしまっては勿体無いからな。デミウルゴス、ご苦労だった」
「はっ! 勿体無いお言葉、有難う御座います!」
主たるモモンガからの労いの言葉を受け、デミウルゴスが感動に身を震わせながら感謝を述べた。
その様子に守護者たちの瞳が燃える。
それは嫉妬だ。主たる至高の存在に仕事を任され、その成果を捧げ、さらには労ってまでもらえたデミウルゴスに対する嫉妬。そして、次は自分だという強い願望にも似た決意の炎でもある。
「さて、今回手に入った情報はこの程度だ。ではこの情報を基に今後の方針を決めようと思うが……いくつか問題が起きている。いずれも現状では軽微な問題ではあるが無視は出来ないものだ」
「問題?」
「……フォーマルハウトさん、我々は収入がありません」
問い掛けたフォーマルハウトの背筋に電流が走った。
知者であるアルベド、デミウルゴス、そして二人ほどではないが頭が良いヴェルフェニアの三人以外は事の重大さが理解出来ていないのか、それの何が問題なのかといったように不思議そうな顔をしている。
だが、これは由々しき事態だ。
収入が無いということはギルドの維持費が支払えなくなるということに他ならない。
今は問題が無い。かつて仲間たちがいた時に大量に溜め込んだ財宝があるし、モモンガとフォーマルハウトが個人資産を切り崩せば当分の間はギルドの維持が出来るだろう。
しかし、収入が無いということはいずれ終わりを迎えるということ。
ナザリックが、アインズ・ウール・ゴウンが消滅してしまわないように空いた時間の殆どをモモンガと共に金策に使っていたフォーマルハウトには、到底看過出来る問題ではなかった。
「どうしよう、モモンガさん……」
余りに大きな悲壮感を漂わせるフォーマルハウトの呟きで、ようやく事の大きさを理解した守護者たちが顔を強張らせる。
「資金だけじゃありません。
消耗品を補充する当てが無ければ減っていくばかり。
唐突に判明した大問題に頭を悩ませたフォーマルハウトは苦い顔で眉間を抑える。
「ともかく、この問題を解消するためにも当面は情報収集を行いたいと考えている」
「では
アルベドの提案にモモンガは頷きを返しつつも、それだけでは無いと言葉を繋ぐ。
「それも行うが、幸い我々の力もこの世界の一般的な水準からすれば十分通用するレベルにあるようだ。もう少し調査の規模を大きくしたいと考えている。無論、我々の存在は隠したままな」
「素晴らしいお考えかと。それでは、如何いたしましょう」
「うむ……」
モモンガは頷いてから、顎に手を当てて考える。
「……まずはアウラ、お前はナザリック周辺の山岳地帯と森林地帯の地図を作れ。その際、どのような生物が生息しているかを記録し、我々の脅威となりうる存在やこの世界固有のモンスターなどを発見した場合は報告せよ」
「畏まりました!」
アウラの元気の良い返事を聞いて満足そうに頷き、次はデミウルゴスへと目を向ける。
「次にデミウルゴス、お前には
「はっ! 必ずやご満足頂ける結果を出して参ります」
モモンガは続いてセバスへと顔を向ける。
「セバス」
「はっ!」
「お前には少し遠出をしてもらう。この場にはいないが、ソリュシャンを連れて帝国へ向かえ。その際は竜王国から旅行に来た金持ちの娘とその執事として振る舞い、上流階級や商人などから情報を得るのだ。この辺りの人間の国では一番栄えているらしいからな。栄えているということは情報もそれだけ集まるはずだ。お前は他の者たちと違ってある程度姿を表に出すことになるが、人間に近い見た目をしているので大丈夫だろう」
「畏まりました。ソリュシャンと共に全身全霊を以て当たらせて頂きます」
「よし、では残りの守護者たち――シャルティア、コキュートス、マーレはナザリックの警備に就いてもらう」
『はっ!』
守護者たちの声が綺麗に重なる。
しかし、その声は二種類、歓喜と嫉妬が僅かに見え隠れするものに分かれていた。
歓喜は忠誠を捧ぐ主より勅命を賜ったことによるものだ。自らの身命を賭してでもその命を遂行すべく、凄まじい気合の入り方をしていることが見て取れる。
嫉妬の感情を僅かに見せているのは、今回勅命を賜れなかった者たち――シャルティア、コキュートス、マーレの三人だ。
厳密にはナザリックの警備として侵入者を迎え撃つという大役ではあるのだが、肝心の侵入者がいなければその成果を主に捧げることが出来ない。かといって侵入者を願うのも不敬であるし、自らの力によって忠誠を捧げられる仕事を与えられた者たちが羨ましいのだ。
「それと、私は冒険者として帝国に潜入しようと考えている」
「えっ、モモンガさん外出るんですか?」
モモンガの意外な言葉にフォーマルハウトが食い付く。
「出ますよ。村長との会話で自分がどれだけこの世界の一般常識を知らないのかを痛感しましたからね。手っ取り早くそれを学ぶなら、都市かどこかで生活してみるのがいいでしょう」
「確かに……」
これからこの世界で目立たないよう情報を収集しなければならない以上、一般常識――例えば貨幣価値や文化の特色を知らないようでは余りにも目立つだろう。
それを手っ取り早く学ぶのであれば、それが常識である場所で生活すればいい。
例えば他言語を覚えるにしても、その言語が公用語の国で暮らせばいい。そうすれば必要に迫られて最低限は覚えるものだ。
「先ほど言ったギルドの維持費の問題もある。この世界の通貨がギルドの維持費などに使えるのか定かではないが、外貨の獲得も行っておいた方がいいだろう。幸い、冒険者は誰でもなれるようだからな」
「モモンガ様の御懸念、理解致しました。でしたらこのアルベドが供を務めさせて頂きます」
「……ん? いや待てアルベド、供の必要は無い。お前にはナザリックに残ってもらうつもりだ」
モモンガから出た否定の言葉に、アルベドはきょとんとした表情を浮かべる。そして数秒かけて言葉の意味を理解したのか、はしたないくらいに大きな音を立てながら身を乗り出した。
「そ、そんな! 何故なのですか!? 護衛という点から見れば守護者最硬である私が適任のはず!?」
「た、確かにそうだが……お前には私が居ない間のナザリックを管理してもらわなければならない。フォーマルハウトさんは組織管理が得意ではないし、デミウルゴスも外に出す以上お前でなければ務まるまい?」
アルベドの勢いに気圧されて身を仰け反らせながらモモンガが述べたのは、これ以上ない正論だった。
さしものアルベドもこの正論には言葉を詰まらせる。
ナザリックの管理という点において、彼女以上の適任者は存在しない。たとえ比較対象がデミウルゴスであってもだ。
彼女は守護者統括というナザリック全域を管理する地位を至高の存在によって与えられているし、創造主たるタブラ・スマラグディナがそうあれと生み出したために内務能力に極めて長けている。
その能力の高さは、ナザリック全階層に住まう万を優に超えるシモベたちをたった一人で完璧に管理することが出来るほどだ。
「っ……で、でしたら護衛の部隊を編成致します。それと警備に就けている守護者から最低一名をお連れ下さいませ。それが叶わぬのであれば、私をお連れ下さい」
悔しそうな声で絞り出したアルベドの提案に、モモンガは無い眉を顰めた。
「アルベドよ、私は人間の国に潜入して情報収集を行いに行くのだ。護衛の部隊なぞ連れて歩けるわけもないし、お前も含めてナザリックの警備に残す守護者たちは人間とは外見が離れているため潜入には向かない。シャルティアならば見た目は人間と言えるが、彼女は守護者最強であり、転移魔法も使える。有事の際には遊撃として動いてもらう場合を考えると、ナザリックに残して置きたい戦力だ」
「でしたら、
「街中でも常に着用しているつもりか? 私も今回は
「ならばこの角と翼を切り落とします!」
「よせ! やめろ! お前が心配しているのは分かるし、嬉しいが……」
何度も似たようなやり取りが繰り返される。普段であれば主人の命令に対して食い下がるアルベドを窘めるはずの守護者たちだが、今回は何も言わずに複雑な表情で二人のやり取りを見守っている。
言葉には出さないが、守護者たちは皆アルベドと同じ考えを抱いていたからだ。
護衛の任に誰が就くかは別として、主の身が己の命よりも大切なシモベたちはモモンガの単独での潜入行動など看過出来ない。
更に追加で幾度か同じやり取りが繰り返された末に、モモンガの視線が助けを求めるように動く。
その先にいたのはフォーマルハウトだ。視線に気付いたフォーマルハウトは、向けられているモモンガの血のように紅い瞳からその考えを読み取るべく思考を巡らせる。
表情の変化が起きず、感情表現はエモートで行うしかなかったユグドラシルにおいてもアイコンタクトで様々なやり取りを行って来たのだ。全く問題はない。
そう、何一つとして問題はない。
長年の付き合いから僅か数秒でモモンガが求めているものに辿り着いたフォーマルハウトは、食い下がるアルベドへ向けて口を開く。
「落ち着けアルベド」
「っ! フォ、フォーマルハウト様……しかし、いくら至高の御方の御命令とはいえ……」
「いいから、耳を貸せ」
渋々といった様子を隠さずに顔を寄せたアルベドに耳打ちする。
「モモンガさんはな、愛するお前には家を守ってもらいたいと考えてるんだ。良妻は家を守って、夫の帰りを待つものだろう?」
「!?」
「モモンガさんだって皆の前でそれを言うのは恥ずかしいだろうから、察してやってくれ」
「……は、はっ! モモンガ様、大変失礼致しました。モモンガ様の真意を見抜けぬ愚かな私をお許し下さいませ!」
アルベドの突然の豹変ぶりに驚愕したモモンガは、変な事を言っていないだろうなという抗議の視線をフォーマルハウトへと向けたが、一仕事終えた満足感に浸っていたフォーマルハウトはこれに気付かなかった。
そして、モモンガもまた特大の爆弾が埋め込まれたことに気付いていない。
あるのは自らの提案が通りそうだという安堵と達成感、場を収めてくれた友人に対する感謝、そしてその友人がアルベドに告げた言葉に対する極々僅かな心配だ。
「う、うむ。いや、気にするな。では、私は冒険者として身分を偽って帝国へ潜入し、情報収集と外貨の獲得を主目的として行動する。単独というのはお前たちも看過し難いだろうし、アルベドの意を汲んで人間に近い外見の者を一人供として連れて行こうと思うが、それで良いか?」
「許可など求めずとも御命令下さいませ。それと、私の我儘を聞いて頂き感謝の言葉も御座いません。ナザリックのことはこのアルベドに任せて、いってらっしゃいませ」
その金色の瞳を不気味さすら感じさせるほど爛々と輝かせ、自分の名前の部分を妙に強調しながら告げたアルベドに、モモンガは奇妙な違和感を覚えた。しかし、それを気のせいだろうと切り捨てる。
その違和感を覚えた次の瞬間には、いつものような慈愛を湛えた微笑みを浮かべていたためだ。
「それと、外へ出る守護者クラスの者たちには
「構いませんよ?」
「……いいんですか? 流石に
「俺が渋っても納得させられるだけの理由があるんでしょう? それにまぁ、モモンガさんが必要だって考えたなら必要なんでしょう。ちょっと考えましたが、嫌がる理由の方がないですし。まぁ、一応理由は聞かせてもらいましょう」
モモンガは一度咳払いをしてからその理由を語り出す。
「他のプレイヤーの存在です。ユグドラシルから転移したのが我々だけというのは考えづらいですからね」
「はー……なるほど。相手の
「そういうことです」
一人納得した様子を見せるフォーマルハウトとは対照的に、守護者たちはその顔に疑問の色が浮かんでいた。
「お前たちは知らないのか?
「そ、そうなのですか?」
「あぁ、モモンガさんがお前たちに
フォーマルハウトの持つ焔王の慟哭然り、アルベドの持つ
例えばアインズ・ウール・ゴウンが持つ山河社稷図。
使用者を含む相手やそのエリア全体を全百種類ある異空間のうちの一つへと問答無用で引き込んで閉じ込め、隔離する効果を持つ。相手が誰だろうと場所がどこだろうと、自分の有利な状況へと引きずり込むことが出来るのだ。
尤も、この山河社稷図はランダム四十種類の中から一つ選択される方法で異空間から脱出されると、所持権限が相手に移るというデメリットもあるため、比較的弱い方と言えるだろう。
世界一つを塗り替える力が弱い方。その時点で
(もしも
強力な効果を持つ
例えば
これを復活させるには同等の力を持つ『二十』の一つを使うしか方法が無い。
この世界ではその抹消がどういった扱いになるのかは不明だが、一レベルの村人一人を犠牲に百レベルの守護者を永遠に帰らぬ存在とすることが可能だ。
それだけは絶対に避けなければならない。
「ゆえに、お前たちには
『はっ!』
「よし、では私からはここまでだ。何か質問などがあれば発言せよ」
「モモンガ様」
いち早く声を上げたのは、先ほどから一言も喋らずフォーマルハウトの隣に座っていたヴェルフェニアだ。
「どうした、ヴェルフェニア」
「はい。私とフォーマルハウトに竜王国へ潜入する許可を頂けませんか?」
「何?」
モモンガの紅い瞳が、驚きにその光を強くする。
その瞳は続いてフォーマルハウトへと向けられたが、フォーマルハウトは首を横に振る。ヴェルフェニアの発言は自分が促したわけではないと。
「ふむ、理由を聞いても良いか? 私としては、スレイン法国と竜王国が何らかの繋がりがある可能性を否定出来ない以上、竜王国へ積極的に触れるつもりはないのだ。なぜなら人間種のプレイヤーが我々と同じように転移していたならば、スレイン法国へと身を寄せる可能性が高いからだ」
実際には、人間種かどうかに限らずスレイン法国へと接触を試みるだろう。
どんな姿をしているかに関わらず、プレイヤーは日本人であり、人間だ。
人類繁栄のためという正義を掲げているスレイン法国のことを知れば、そこへ集まるのはごく自然な流れと言える。或いは、日本人の国民的気質として纏まろうと行動し、他のプレイヤーの存在を求めてスレイン法国へと向かう可能性もあるだろう。
もしもこれらのプレイヤーが敵対していた場合はどうなるか。
無いとは思えるが、あり得ないとは言えない。だからこそフォーマルハウトたちは
アインズ・ウール・ゴウンは悪のロールプレイを是としたギルド。ユグドラシル一嫌われていたギルドと言っても過言ではないのだから。
「だからこそ、です。私とフォーマルハウトは人間とそう変わりない外見を持っていますし、我々にとって危険な国と繋がりがある可能性を持つ国を放置というのも……。
そう言って、ヴェルフェニアは自らの右足首を指し示す。
そこにあるのは足輪だ。黒紫の水晶が二つの帯となり、絡まり合って出来たような奇妙な形状を持つ足輪。
かつてフォーマルハウトがソロ時代に偶然手に入れた
ソロ時代に入手したアイテムであるためギルドに加入した後でも共有資産とはならず、フォーマルハウト個人での所有や使用が認められている。
「それに、フォーマルハウトと小旅行とでも洒落込んでみたいのです」
「……それが本音っぽいな……まぁ、お前の言い分は分かった。
「旅行、行きたいです」
何も考えていないような能天気な返答を受けたモモンガは軽く頭痛を覚える。
しかし、モモンガはめげない。フォーマルハウトとは長い付き合いなのだ。
「じゃあ、もう一つフォーマルハウトさんに質問します」
「はい、どうぞ」
気を取り直したモモンガは、ヴェルフェニアの頭の先から足元までを失礼にならない程度に見つめる。
そこに座っているのは、裾がボロボロに解れた黒いマントに身を包み、その下には服は疎か下着すらも身に付けてない少女だ。
言葉を飾らずに言えば、痴女だ。
友人の業の深い趣味に心の中で嘆息しながらモモンガは恐る恐る問い掛ける。
「……ヴェルフェニアはこの格好のまま連れて行くつもりですか?」
フォーマルハウトもまた、隣に座る少女を見た。
同時にフォーマルハウトがヴェルフェニアへと抱いていた独占欲が鎌首を擡げる。
もしもヴェルフェニアが他の男から変な目で見られたら。もしも風か何かでマントが捲れ、その裸体が衆目に晒されたら。
そんな光景を想像してしまったフォーマルハウトが感じたのは、狂おしいほどの怒りだ。それを態度に出すようなことはしまいと努めたが、それでも自然と眉を顰めてしまう。
半ば家族のようなものと言えるナザリック内では気にならない。しかし、外の男にそういう目で見られるのは我慢ならなかった。
「どうするフォーマルハウト、私は構わないが……」
「ダメだ。本当にダメだ。そんな格好のお前を外の男共に見せられるか」
「ならどうするんですか? 確かメビウスの輪はデメリットで装備を着けられなかったはずですよね」
「……何か
ヴェルフェニアが持つメビウスの輪は
その一つが、メビウスの輪以外のステータス上昇効果を持つ装備が着れなくなるという効果だ。
たとえそれが
具体的に言えば、ヴェルフェニアが普段身に着けている黒マントと、イベントなどで偶々入手した物が幾つかのみで、マントと嫉妬マスク以外は男性用だ。
ともかく、モモンガが提案した外に出る守護者クラスには
「でも、ヴェルフェニアはメビウスの輪を使う前提のビルドでしたよね?」
「それは……そうだ、ならアイスの棒を使います。メビウスの輪はナザリックに置いていって、アイスの棒使った時に貸してもらった
アイスの棒とは通称であり、正式名称ではない。
まさしくアイスの棒のようなみすぼらしい小さな木の棒なのだが、これは課金して購入出来る消費アイテムだ。使用すると事前に登録した装備を別の場所から呼び寄せて、一瞬で装備することが出来るため、ユグドラシルでは緊急時の装備交換用アイテムとして重宝されていた。
これを利用すれば、普段は貸し与えられた
「アイスの棒ですか。確かにそれなら……分かりました。それで、肝心の装備はどうするんです? 何かあるんですか? 必要なら貸し出しますが」
モモンガの記憶にある限り、ヴェルフェニアは創り出された瞬間からこの格好で、それ以外の格好をしているところを見たことが無い。
このモモンガの疑問には、ヴェルフェニアが答えた。
「モモンガ様、それでしたら問題ありません。コスプレ用にフォーマルハウトから装備を受け取っています。戦闘に使っても問題の無い
モモンガの冷たい視線がフォーマルハウトを突き刺す。その視線には『この変態リア充が!』という罵倒が強く込められていた。
一方で、主の一人であるフォーマルハウトの性癖を聞かされても守護者たちは微動だにしない。それどころか、ヴェルフェニアを羨ましいとすら思っていた。
貰った物がどんな物であれ、至高の存在から頂けた物であれば、彼らにとってはどんな財宝よりも価値がある。
ましてヴェルフェニアが授かった物は、創造主から愛でられるための物。被造物である身にはこれ以上無い宝だ。
「……そうか、分かった。ならばヴェルフェニアよ、お前には強欲と無欲を貸し出す。冒険者として潜入するのならば、一番戦闘を行う機会が多いはずだ。無理に戦う必要は無いが、ついでにこの世界のモンスターでも経験値を溜めることが出来るかを調べてもらおう。それと、フォーマルハウトさんが言った通りメビウスの輪は持ち出さず、ナザリック内に置いていくように」
「畏まりました。それと、私の我儘を聞いて頂き有難う御座います」
ヴェルフェニアは一度ソファから立ち上がり、モモンガへと跪いて感謝を示す。
それに頷きを返して感謝を受け取ったモモンガは、これ以上質問や意見がないかを守護者たちに問い掛ける。
ソファに腰掛ける守護者たちへと順に視線を向けて何も無いことを確認すると、一度だけ大きく頷いてから会議の終了を告げた。
「よし、では此度の会議はこれまでとする。各自休息を取った後、出撃予定がある者はその準備をせよ」
一番書く時間が確保出来る土日に風邪を引いて大変でした。
他の方々の作品を読んでいて幕間というものを書いてみたくなったので、次回には幕間的なものを一つ挟んでから本編を進めたいと思います。
フォーマルハウトは雑食性エロスの持ち主なので、ヴェルフェニアに着せるために色々なコスプレ衣装を準備しています。カジュアルな物から装飾過多なゴスロリ系ドレス、果ては魔法少女コスまで。
着衣エロは素晴らしい。
・世界級アイテム メビウスの輪
黒紫色の水晶が二本の帯状となって絡み合い、∞を幾つも連ならせるようにして輪っかになったような形状をしています。
魔法詠唱者にとっては訳が分からないくらい強力な効果を持っているのですが、そのデメリットが凶悪過ぎて使いたがるプレイヤーは居ません。フォーマルハウトも手に入れた当初は持て余して倉庫の肥しになっていました。
このデメリット効果は幾つかあり、その一つがファッションアイテム以外の装備が不可能となることです。