骸骨の魔王と赫灼の焔王   作:エターナルフォースブリザード

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第十三話 城塞都市オランジェ

 竜王国の中央部からやや東にある都市オランジェは城塞都市だ。

 しかし、城塞都市と言ってもそれほど立派なものではない。苔むした石造りの城壁はあるが、所々罅割れていてそれが補修される様子もないし、侵入者を拒む鉄格子の門は錆び付いて脆くなっており、野生動物や小鬼(ゴブリン)程度ならばどうとでもなるだろうが、宿敵たるビーストマンの大群の侵入を防ぐには心許ない強度だ。

 城塞都市の名を冠するというのにこのような有様なのには理由がある。

 一つは、単純に予算不足。

 毎年ビーストマン対策として多額の軍事費を費やしていてもなお足りず、ここ最近は城塞として使われていない前線への中継的役割しかない都市の補修費用など捻出出来ないこと。

 今のところビーストマンたちを国境付近へ押し込めておくことには成功しているものの、定期的に攻めて来るビーストマンに対抗するための砦の修繕費や武具、水薬(ポーション)の調達費用、冒険者へ支払う報酬など、最前線では金がいくらあっても足りない状況だ。

 二つ目は今まさに語った、街道上の単なる中継的役割しかない都市と成り下がっているからという理由。

 オランジェよりも東、最も警戒すべきビーストマンの国との国境付近には、もっと巨大で立派で防備も整えられた巨大砦ライズムが存在する。このライズム砦が出来てからビーストマンの迎撃などは専らそちらで行われているため、オランジェが最後に本来の用途で使われたのは何年も前のことだ。

 ゆえに、オランジェはライズム砦へと補給物資や人員を運ぶための中継都市として使われるばかりとなり、それに伴い国から割り当てられる予算なども縮小されていた。

 こんな中継都市よりも、最前線である砦の修繕や強化などに金を掛けた方が合理的なのは子供でも分かることだ。

 しかし、予算が無いから、戦略上重要視されていないからと言って、この都市が寂れているという訳ではない。

 この都市は前線であるライズム砦へ向かう竜王国軍の兵士や輸送物資、ビーストマン討伐で一攫千金を夢見る冒険者、逆に任期を終えて前線から故郷や王都へ帰還する者たちなどが多く通る。いずれもビーストマンとの戦いに赴く者か、ひとまずの戦いを終えて帰還する傷付いた者たちだ。

 そのため武具や食料、巻物(スクロール)水薬(ポーション)などの需要は計り知れず、それらを扱う商人たちがオランジェへ群がることは想像に難くない。そしてその多くの商人たちが齎す恩恵を求め、地方からは多くの者がこの都市を訪れる。

 人が集まれば商人が動き、商人が集まれば金が動く。金が動けばさらなる人が……そうしてオランジェは王都と前線との中継的役割しか無い都市にも関わらず、大きく発展してきたのだ。

 ゆえにオランジェは都市の大きさに対して、国中から多くの人々が集まる都市として知られている。

 そんなオランジェの都市中央にある広大な広場に行き交う人々は様々だ。

 年のいった婦人や雑踏の合間を縫うようにして駆け回る子供たち。都市で働く年若い青年に、統一された武具に身を包む竜王国軍の兵士や様々な装備を身に着けた冒険者と思しき性別も年齢もバラバラのグループ。

 それら行き交う人々に腹の底から大声を出して注目を集めるのは商売上手の商人たちだ。広場の脇には彼らが営む露店が建ち並び、新鮮な野菜や穀物、調理済みの食料などが商品として並べられている。

 時刻は昼の少し前。家庭を持つある主婦は商人と熾烈な値切り交渉を繰り広げて目当ての商品を手に入れ、腹を空かせたある青年は肉の焼ける匂いにつられて串焼き肉を買っていた。既に目当ての物を買った者たちは広場の端や適当な座れる場所に腰掛けて、気心の知れた友人や仲間たちと共に談笑しながら食事を楽しんでいる。

 そんな熱気渦巻く喧噪は昼飯時が過ぎ去るまでは絶えることなく続くだろうと思われたが、ある二人組が広場に姿を現したことによって鳴りを潜めた。

 二人組はただそこに現れただけで、広場で彼らの姿を視界に入れた老若男女全ての視線を釘付けにする。

 二人組のうちの一人は龍の頭を模した白い杖を携えた女。

 それもまだ年端もいかないような風貌の少女だ。

 その少女は深窓の令嬢を彷彿とさせる高級感溢れるゴシック調のドレスと、最高位の魔法詠唱者(マジック・キャスター)が纏うに値する力に満ちたローブが融合したかのような、驚くほどに美しい衣装を細い体に纏っている。肩から掛けられたストールの下に隠れた衣服は幾重にも重ねられた黒の薄布で出来ており、露出は抑えられているにも関わらず、見る者には扇情的な雰囲気すら感じさせた。

 触れることも躊躇われるような漆黒の生地には金の煌く糸で複雑かつ優雅な紋様が描かれ、細いリボンやフリルが多く使われた装飾は、派手ながらも見る者に決して不快感を与えない洗練されたものだ。

 袖口は非常に大きく、不用意に腕を持ち上げれば隙間から脇の辺りまで見えてしまいそうなほどゆったりとしている。胸元には大きなルビーと思しき真紅の宝石があしらわれたペンダントが下げられ、円錐状に大きく広がった膝丈のチュールスカートから覗く細い足は、黒のストッキングで包まれていた。

 しかし、そんな美麗な衣装の中でも特筆すべきは、その繊手を包む篭手(ガントレット)だ。

 少女が身に纏う繊細な衣装の中で武装らしい武装は白い杖と篭手(ガントレット)だけであり、特に篭手(ガントレット)は異質な存在感を放っている。

 左手は黒く、悪魔のような邪悪極まりない生物からもぎ取ったような禍々しい形状をしており、所々からは捻じれた棘が突出し、指先は鋭利に尖っていた。金属であるはずなのに、装甲の隙間から漏れ出した真紅の光は生物のように脈動しているようにも見える。

 左手が悪魔ならば、対となる右手は天使の翼を思わせる神々しい純白だ。すらりとした飾りの少ない形状をしており、全体に施された奇妙な金の紋様以外の装飾は全く無い。しかし、装飾こそ少ないものの、溢れ出るその美しさと存在感は一目見るだけで目が離せなくなってしまうほどのものだ。

 ではそれらを身に纏う少女はどのような姿をしているのか。

 痩せた体を覆うドレスから僅かに晒されているのは顔だけだ。その肌は透き通るように白く、肌理細やかな陶磁器を思わせるほど滑らかで美しい。

 太陽の光を反射して煌めく長い金髪は頭の後ろで一纏めにして垂らされた後、中ほどで一度折り畳んだところを煌びやかな装飾が付いたバレッタで留めてから、再び垂らされている。横から見ると、後頭部に髪で出来た『ひ』の文字がくっついたような状態だ。

 瞳は丹念に磨かれた宝石を思わせるサファイアブルー。全てのパーツが黄金比とも言うべきその整った顔立ちを一言で表すのならば、絶世の美少女だろう。異性だけでなく、同性までもを魅了するような美しさに溢れている。

 それだけの美貌を持った少女が微笑みを向けているのは、隣を歩く青年だ。

 青年もまた、少女に劣らぬほどの容姿をしている。

 体格こそ大きくも小さくもなく、特別に鍛えられているわけでもない、しかし太っているわけでもない適度に引き締まった肉体であったが、その顔立ちは平凡なものではない。

 目を見張るほどに鮮やかな色合いをした髪は、まるで燃え上がる焔の如き真紅。切れ長の瞳もまた血で染め上げられたような真紅であるが、奥底では小さな無数の光の粒子が縦横無尽に駆け巡り、神秘の美しさを演出する。

 異様なほどに整った顔立ちに浮かべられた表情は笑顔だ。その真紅の瞳はまるで何もかもを初めて目にする子供のようにキラキラと輝いていた。

 無論、少女に劣らぬのは容姿だけではなく、その身に纏う装備もだ。

 青年の装備は少女の芸術品のような装飾が施された装備とは違い、華美な装飾は少ない。

 引き締まった体は黒色を主体とした動きやすく丈夫そうな衣服に包まれ、上下共に顔以外の部分は晒されていない。その身を覆う金属は、光沢の少ない鈍色の胸当て(ブレスト・プレート)装甲靴(サバトン)だけだ。

 これらは装飾が少なく地味ですらあるが、衣服も含めて少女の物に勝るとも劣らないほどに高価な品であることが素人目にも分かる。無駄が無く、大きさも必要最小限に留められていることから、青年は見た目よりも実用性を、防御よりも身軽さを重視しているのだろう。

 暗色で整えられた装備の中で衆目を集めて止まないのは、その手を覆う手袋。貴族でも手に入れるには苦労するであろうほどに高価なはずの他の装備とは一線を画すほどの一品だ。

 身に纏う漆黒の衣服とは正反対の純白の糸で丁寧に編んで作られた、遠目から見ても分かるほどに滑らかな布地で出来たそれは芸術品の如き完成度であり、国宝として数えられてもおかしくはないほどだ。手の甲に当たる部分には灰色の糸で形容し難く、余り長く直視していたくはないと思ってしまう奇妙な紋章が刺繍されている。

 英雄が使うような装備を身に纏う護衛と、何処かの大国の大貴族の令嬢。或いは御伽噺の中から飛び出してきた、美男美女のカップル。

 それが、彼らを目にした広場の人々が心に抱いた感想だった。

 

「セレーネ、次はあれを食べてみよう。美味そうだ」

「ふふ、そうだな。しかしフェラン、私たちには向かう場所があるだろう。後にしたらどうだ?」

 

 赤髪の青年フェラン――フォーマルハウトが寄り道をしようとして、黒いドレスの少女セレーネ――ヴェルフェニアが窘める。

 彼らがこの都市に入ってから、既に何度も繰り返された遣り取りだ。

 

「買い食いくらい良いだろ?」

「先に目的を果たしてからゆっくりと回ればいいだろう? というか、資金にも限りがあるんだぞ。路銀が尽きそうだから冒険者になると言うのに浪費してどうする」

「……そうだな。うん、路銀……そうだな」

 

 フォーマルハウトはそういえばそんな設定だったな、と自らに課せられた冒険者としての設定を思い出す。

 フォーマルハウトとヴェルフェニアは北の山脈の向こう、遥か遠い地よりやって来た旅人であり、路銀が底を尽きそうになったので冒険者となって資金調達を行いつつ、次の旅先を決めるための情報収集を行っている。という設定だ。

 正体を隠すためにフェランとセレーネという偽名を名乗り、更にヴェルフェニアは悪目立ちを避けるために魔法でオッドアイを隠している。装備も普段使っている神器級(ゴッズ)装備からランクを落として、聖遺物級(レリック)装備で統一されていた。

 

「しかし、思った以上に目立っているな」

「あぁ」

 

 しかし、それだけの偽装を施したにも関わらず、衆目は未だ二人へと注がれており、間違いなくこの街において今最も他者の視線を集めている存在となってしまっている。

 当然だが、フォーマルハウトたちは正体を知られるわけにはいかない。将来的には人間ではないことやユグドラシルプレイヤーであることを公表する可能性もあるが、今はそうするわけにはいかない。

 相手の情報が無い状態でこちらの情報を流出させる訳にはいかないのだ。

 だからこそ偽名を使い、目立たないように装備の等級も下げた。

 聖遺物級(レリック)装備というのは、ユグドラシルでは精々中級者から上級者になりたてのプレイヤーが使うレベルの装備だ。それまでのアイテムと比較すれば中々の能力を保有しているが、上級者が使う伝説級(レジェンド)神器級(ゴッズ)と比べれば遥かに劣る。

 ビーストマンから手に入れた情報を基に、聖遺物級(レリック)ならば必要最低限の防御能力を確保しつつ潜入行動が出来ると判断したのだが、人間たちの装備水準はフォーマルハウトたちが思っていた以上に低い物だった。

 ちらり、とフォーマルハウトは横目で兵士や冒険者らしき者たちを盗み見る。

 それらが身に纏っているのは、鑑定スキルや魔法を持たないフォーマルハウトでも分かるほど弱い装備だ。

 鎧や盾の表面は傷付き、槍の穂先は小さな凹みがあり、少々刃が欠けている物もある。野伏(レンジャー)らしき男が背負っている弓からは何の力も感じられず、魔法詠唱者(マジック・キャスター)らしき女が手に持っている杖は樫の木から削り出しただけの棒きれだ。

 全員がそこまで酷いというわけではないが、ユグドラシルで言えば最下級から良い物でも中級程度。これでは聖遺物級(レリック)程度でも目立ってしまうのは当然であった。

 フォーマルハウトは声を潜め、自らの失態を苦々しげに呟く。

 

聖遺物級(レリック)は失敗だったか……というか、聖遺物級(レリック)でも馬鹿みたいに目立つ装備水準ってどういうことだ」

「ビーストマンどもは私たちが思っている以上に記憶力が無かったからな。人間たちが使っている装備の細かな情報が手に入れば良かったのだが……もう少し地味な装備にすべきだったか?」

「かも知れないな……お前の場合は装備の質だけじゃなくて見た目でも目立ってるような気がする。ユグドラシルじゃ当たり前だったんだがな……常識のズレが酷い」

 

 ビーストマンから得られた人間の装備に関する情報は、情報と呼ぶことすら出来ないものだった。

 それもそのはずで、彼らが気にするのは人間の性能や見た目ではなく、自分たちの牙や爪が通り、殺すことが出来るかどうかだ。余程強力な装備や目立つ装備でも無い限りはビーストマンたちの小さな脳に刻まれることはない。

 

「まぁもう手遅れだし、気にしても仕方ない。この都市にいる間は念のため注意しながら過ごそう。探知防御の魔法は問題無いな?」

「あぁ、複数個常時展開している。反撃型ではなく阻害型と逆探型だが」

「それで構わない。万全を期すなら探索役(シーカー)も欲しいか……あぁ、面倒臭いな。考えるのはもういいか。今はさっさと登録済ませて、宿決めて……それで終わりか?」

「とりあえずはな」

 

 注目を浴びながら小声で会話をして、フォーマルハウトたちは人で溢れた広場を突き進む。歩みに合わせて人垣が割れていく光景は、モーセの奇跡を見ているかのようだ。

 串焼き肉や即席料理の匂いにつられて寄り道をしようとして、そのたびにヴェルフェニアに窘められながらフォーマルハウトが辿り着いたのは、広場に面する建物の中でも一際大きな建物だ。

 その建物は二階建てであり、壁が白の塗料で染められた石造りだ。入口らしき両開きの扉は建物の大きさに相応しい大きさを誇り、扉の横には剣が交差した紋章があしらわれた旗が掲げられている。

 

「フェラン、ここが冒険者組合か?」

「多分な、衛兵から聞いた特徴と一致する」

 

 ヴェルフェニアに頷き返しながら、フォーマルハウトは木で出来た扉を開け放つ。

 開かれた扉の先は広々としたロビーであり、ソファやテーブルがいくつも並べられ、その奥には受付嬢らしき女たちが座るカウンターが見えた。

 建物の中へ一歩踏み出してまず感じたのは、外で感じたもの以上に無遠慮な無数の視線。それらは好奇や嘲笑、羨望など様々な感情が混じり合ったものだったが、フォーマルハウトが一番顕著に感じたのは嫉妬の感情だ。

 一級品と呼べる装備を身に纏っていることに対するもの。女連れであることに対するもの。その女が天上の美を持つことに対するもの。

 冒険者たちから向けられるそんな視線に少しだけ居心地の悪さを感じながら、フォーマルハウトはヴェルフェニアを連れて一直線に受付嬢が座るカウンターへと進む。

 建物の中は冒険者と思しき柄の悪そうな者たちで賑わっており、その合間を縫って歩くのは中々に疲れる。

 

「冒険者登録をしたい。俺と連れの二人ともだ」

 

 ようやくカウンターへ辿り着いたフォーマルハウトが告げる。

 フォーマルハウトの声に反応して顔を上げた受付嬢は微笑みながら顔を上げた。

 冒険者登録は珍しいことではない。

 たまたま剣を拾った農民が一攫千金を夢見たり、腕に自信のある命知らずが地位と名声を求めて訪れたりと、冒険者登録を行う理由などいくらでもあるからだ。

 受付嬢がこの組合で働き始めてからまだそれほど長い時間は経っていなかったが、それでも何人もの冒険者登録を行った経験がある。

 今日はどんな人が来たのか。そんな好奇心を宿した眼鏡越しの視線でフォーマルハウトの姿を見て、受付嬢は硬直する。

 まず、見たことも無い凄まじい装備の数々に驚愕し、それだけの装備を身に纏っている二人組の若さに自らの目を疑った。そして、目に映る青年の美貌にすぐさま頬を赤く染め上げる。

 それから隣に立つヴェルフェニアへと視線を向けたところで、誰が見てもわかるほど残念そうにがくりと肩を落とす。女としての敗北を知り、勝てないと悟って。

 その一連の動作の意味が分からなかったフォーマルハウトは、首を傾げながら受付嬢へと問い掛ける。

 

「あー……連れが何か?」

「い、いえ、失礼しました。冒険者登録でしたか? それでしたら登録の必要書類料として一人五銀貨となります」

 

 フォーマルハウトは懐から小さな革袋を取り出し、中から二人分の必要書類料となる銀貨十枚を取り出す。

 この現地通貨はヴェンデ村から心ばかりの礼として受け取った物だ。

 金銭による報酬はモモンガが断り、代わりに情報を貰ったのだが、やはり命の恩人に何も渡せないのは心苦しいと村長から半ば強引に渡された。

 渡されてしまったものは仕方が無いので、今後の活動資金として活用すべく、フォーマルハウト、モモンガ、セバスに配分されている。

 

(現地通貨なんてすぐには必要無いと思っていたけど、まさか必要になるとは……つーか必要書類高っ! 不味いぞ……)

 

 受付嬢が必要書類を取り出している間に革袋の中身を見て、フォーマルハウトは誰にも気づかれない程度に眉を顰める。

 中に入っているのは銀貨が二枚と銅貨が少し。

 フォーマルハウトも貨幣価値がどの程度なのかは未だ把握出来ていないが、広場にあった露店で出されている料理の価格を見た限りでは、二人でしばらく生活するには余りにも心許ない額だ。

 金は主に宿屋や食事で使うことになるが、毎日転移でナザリックに帰れる二人にその必要は無い。しかし、宿屋も使わず、食材も買わず、出来合いの食事すらしないのは余りにも怪しい。

 既に目立ってしまっているので目立たずに行動するというのは半ば諦めているが、人ではないことが感づかれるような怪しまれ方をするのは、避けなければならない。

 そのためには金を使い、宿屋を取って食事をする必要がある。

 

(それに、外の食事も興味が無いわけじゃないしなぁ。串焼き肉は美味そうだった……)

 

 フォーマルハウトの好奇心を刺激したのは、串焼き肉だけではない。

 広場にはいくつもの店が建ち並び、そこで供されている物の全てがフォーマルハウトの興味を煽る。

 新鮮そうな野菜などの食べ物は勿論のこと、現地産の装備や安っぽい庶民向けのアクセサリー、果ては何を象ったのか分からないような木彫り細工に至るまで、全てが現実世界(リアル)には無かった物だ。

 ゆえにフォーマルハウトはそれら全てを堪能し、楽しみたいと思っていた。

 その子供顔負けの好奇心を満たすには当然ながら金が必要で、そういった用途も考えると銀貨三枚にも満たない量では圧倒的に不足している。

 

(フェニアにも色々と買ってやりたいしなぁ。……というか、そうだ。ハーレムにも金が必要なんじゃないか? ナザリックの外の娘は俺の個人資産で養わなけりゃならないんだよな……)

 

 更に加えて、ナザリックの維持費用やこの世界での活動費も稼がなければならない。

 いくら稼ごうとも終わりが見えないであろう金策地獄に、フォーマルハウトは肩を落とす。

 

「お待たせしました。それではまずこちらにお名前の方をお願いします」

 

 受付嬢から差し出された書類を凝視する。

 そこに記載されているのはオランジェに来てから何度か目にした、フォーマルハウトでは理解出来ない絵の羅列だ。

 

(……やっぱり読めない。数字は何となく分かるけど、文字はさっぱりだな。契約書みたいな物か?)

 

 書類に書かれている絵の羅列はこの辺りで使われている文字であり、この書類には登録に際しての注意事項などが記載されているのだろう。

 しかし、内容が分からなければ名前を書くことは出来ない。元事務員であるフォーマルハウトにとって、内容不明の書類以上に恐ろしい物は無いだろう。

 

「……すまない。実は旅をしてきて先日この都市に着いたばかりなんだ。だから、この辺りの文字が読み書き出来ない。代筆を頼みたい」

 

 フォーマルハウトが軽く頭を下げて頼むと、受付嬢は一瞬だけ驚いたような表情を見せてから頷いた。

 これだけの装備を持っているのなら貴族のように教養がある者だと思っていたのだろう。そんな立場にいると思っていた相手が頭を下げたというのも驚いた要因の一つに違いない。

 

「畏まりました。代筆で五銅貨頂きますが、よろしいですか?」

「……分かった」

 

 嵩む出費に内心頭を抑えながら、五枚の銅貨を革袋から取り出して受付嬢へと手渡す。

 

「それでは、まずお名前の方を」

「俺はフェランで、こいつがセレーネだ」

 

 受付嬢から出される質問に答え、その答えを受付嬢が記入するという遣り取りを幾度か繰り返す。

 そして、最後の項目。

 

「では、最後にチーム名をお願いします。これは別に無くとも構いませんし、後から決めることも出来ます。しかし、チーム名があった方が依頼主などに覚えられやすくなりますので、早いうちに決めておいた方が良いかもしれませんね」

「チーム名か……」

 

 フォーマルハウトは顎に手を当てながら考えて、ヴェルフェニアの方へと視線を投げる。

 

「お前の好きにするといい」

「好きに、ね。困った、名前に悩むタイプなんだよ」

 

 フォーマルハウトは名付けに悩むタイプだ。

 どんなゲームでも新しいキャラクターを作る際には、行う予定のプレイスタイルや自分の感性にしっくり来る名前を考える。語感の良い言葉を組み合わせたり、字面の良い単語を探してみたり、時には何か参考になる名前は無いかと神話や伝承について調べ、ようやく見つけた頃には小一時間が経過していることすらあった。

 フォーマルハウトという名前も、そうやって色々な神話を探しているうちに見つけて気に入った物だ。元々クトゥルフ神話など名前だけ知っている程度で、特別な思い入れはなかった。

 今回は余り長く悩んでいるわけにはいかない。何せ、目の前で受付嬢を待たせているのだ。代筆に金がかかることも考えると後日に回すのも気が引ける。

 フォーマルハウトは俯いて、顎に手を当てて考える。

 

(何がいいか……マジで思いつかないな。色か? 色でいくか? 黒……漆黒……いや、髪の色か? 赤と金、しっくりこない。やっぱ色でいくなら黒だ。クトゥルフ神話ネタで何かあったか?)

 

 さらに数秒経過したところで名案を思い付いたのか、ようやく顔を上げて意気揚々と口を開いた。

 

「チーム名は黒き鏡だ」

 

 ◆ ◆ ◆

 

「酷い部屋だ……セレーネ、<清潔(クリーン)>頼む」

「そうしよう。<清潔(クリーン)>」

 

 無事に冒険者登録を終えたフォーマルハウトたちは、受付嬢に紹介された二つ目の宿屋に到着していた。

 時刻は既に夜。日は沈み、明かりの無い薄暗い部屋を照らしているのは窓から差し込む月の光のみだ。

 フォーマルハウトたちは少し前、受付嬢から冒険者として依頼を受ける際の様々な注意事項や、冒険者としての規約に関する説明を受けていた。これが意外と時間がかかり、終わって解放された頃には夕暮れ前。

 その後道に迷いながら紹介された宿へ向かうと、そこにあったのは高級宿だった。

 受付嬢はフォーマルハウトたちの一級品の装備を見て二人を金持ちの旅人だと勘違いしたのか、オランジェでも最も値の張る宿を紹介したのだ。

 当然金など無いフォーマルハウトたちはそこに泊まることは出来ず、仕方なく冒険者組合へ引き返し、一番安い宿を教えてもらった。 

 そうした紆余曲折の末に辿り着いたのがこの宿だ。

 この宿屋は冒険者としては駆け出しである(カッパー)(アイアン)級の冒険者たちが多く寝泊まりする木賃宿だ。二階建ての建物であり、一階部分は酒場となっていて食事も出来る。宿泊費も料理も相応に安く、店主は元ベテラン冒険者であるため新人の指導も出来るとあって、普通であれば冒険者組合が登録を終えたばかりの冒険者に対して推薦する宿だ。

 ただ、いくら安いとはいえ余りにも酷い。これは無い、とフォーマルハウトは薄暗い部屋の中を見渡して顔を顰める。

 まず、汚い。ナザリックにも汚い場所や悍ましい場所というのは存在する。第二階層の黒棺(ブラック・カプセル)や第六階層の蠱毒の大穴などだ。

 しかし、この宿の汚さはまた別の類のものだ。

 床には何のものか分からないシミや食べかす。部屋の隅に降り積もった埃は一度拭った程度では取れないくらいこびりついていて、漂う空気はどことなく濁っているかのような錯覚すら覚える。

 現在進行形でヴェルフェニアが<清潔(クリーン)>の魔法を使って掃除を行っているが、余りにも汚れているために時間がかかっている。

 次に客の質が悪い。

 冒険者という荒事を生業とした職業である以上ある程度は覚悟していたのだが、冒険者となった初日にいきなり絡まれるのは、流石のフォーマルハウトも予測していなかった。

 

(ついカッとなって殴ったけど、大丈夫だよな? フェニアに手を出そうとしたんだし、仕方ないよな。かなり加減したから殺してはいないはずだし……うん、大丈夫)

 

 冒険者はその実力と実績に応じてランク分けが成されており、一番下がフォーマルハウトも属している(カッパー)級。そこから(アイアン)(シルバー)(ゴールド)白金(プラチナ)、ミスリル、オリハルコンと上がっていき、最高位はアダマンタイトの称号を得る。

 フォーマルハウトへ絡んだ冒険者の男は(アイアン)級。宿屋へ姿を現したフォーマルハウトが(カッパー)級冒険者であることを知るや否や、新人への洗礼のつもりなのか、単に酒に酔っていたのか、いきなり難癖を付け始めた。

 (カッパー)の癖にその装備は何だとか、お前じゃ宝の持ち腐れだから装備を寄越せだとか。

 それだけならばまだ可愛げもあったし、最低ランクである(カッパー)級のフォーマルハウトから見て先輩に当たる。酒にも酔っているようだったので、先輩として立てて穏便――適当――に済ませようとすら思っていたのだが、下手に出たフォーマルハウトの態度を見て男は増長した。

 周囲で飲んだくれていた冒険者たちが面白がって男を囃し立てていたのもあって、気持ちが大きくなった男が次に放った一言は、フォーマルハウトの機嫌を一気に谷底まで突き落とすに相応しい発言だった。

 (ヴェルフェニア)を一晩差し出せば許してやる。

 その一言を聞いた瞬間には、フォーマルハウトは男を殴り飛ばしていた。

 

「……チッ」

 

 その時の男がヴェルフェニアへ向けていた下卑た視線を思い出し、再びフォーマルハウトの機嫌が悪くなる。

 考えてみればスタートからして幸先が悪かった。

 目立たないように装備のランクを落としたにも関わらず驚くほど目立ち、穏便に済ませようと絡んで来た相手に下手に出れば、それが相手を増長させる結果を招く。

 気を遣った行動の何もかもが裏目。その事実がさらにフォーマルハウトの機嫌を悪化させる。

 

「終わったぞ。……どうした、フォーマルハウト?」

「……いや、何でもない。というか、今の俺はフェランだ」

「誰にも聞かれなければいいのだろう? <静寂(サイレンス)>。これで聞かれまい。とりあえず座ったらどうだ?」

 

 言われるがままにフォーマルハウトがベッドへ腰を下ろすと、すかさずヴェルフェニアが腕を絡め、しなだれかかるように隣へと腰掛ける。

 白魚のような細い指がフォーマルハウトの胸板をくすぐるように動く。その手に嵌められていた強欲と無欲は外され、ベッドの脇に置かれていた。

 

「お、おい」

「ふふ、そう機嫌を悪くするな。嬉しかったぞ、お前が怒ってくれて」

「……怒るのは当たり前だ。しかし、いきなり殴り飛ばしたのは不味かったと思うか?」

「問題があるのなら既に衛兵の類が来ているはずだ。問題は無いだろう」

 

 それもそうか、と納得したフォーマルハウトは安堵の溜息を吐く。

 殴ったこと自体は後悔していないが、それによって問題が生じるのは褒められたことではない。今後のオランジェでの冒険者稼業に支障が出る可能性があるからだ。

 

「そんなことよりも……なぁ、フォーマルハウト」

「ん? どうし――おわぁっ!?」

 

 ヴェルフェニアへと顔を向けようとした途端、急に力を掛けられたフォーマルハウトは対応しきれずに勢いよくベッドへと押し倒される。

 木の板に薄っぺらい綿が詰められた布が敷いてあるだけの硬いベッドに背中を打ち付ける。

 

「ぐっ……な、何するんだ、フェニ……ア?」

 

 押し倒されたフォーマルハウトがヴェルフェニアの姿を見た時、思わず息を呑んだ。

 フォーマルハウトの腰の辺りに馬乗りになったヴェルフェニアは普段よりも一段と深い笑みを浮かべている。

 

「ふふ、ははは……やっと、やっとこの時が来た」

 

 感動に打ち震えながら歓喜の言葉を告げるヴェルフェニアが浮かべていたのは、淫靡な笑みだ。頬は紅潮し、リボンできっちりと閉められていたはずの胸元は緩められ、露わになった白い肌は上気して熱を帯びている。

 胸板に這わされた小さな両手がゆっくりと鎖骨や首筋をなぞり、その度に訪れる得も言われぬ快感がフォーマルハウトの脳髄を駆け抜けた。

 

「フォーマルハウト……一つになろう?」

「なぁっ!?」

 

 驚きに身を震わせると、その振動でベッドが軋む。同時にヴェルフェニアの口から短い声と共に熱を感じさせる吐息が漏れる。

 

「んっはぁ……あ、暴れないでくれ。ずっとこの瞬間を待っていたんだ。お前は転移初日以外第八階層へと来てくれなかったから、中々二人きりになれない」

「ま、待て待て! 急すぎて理解が追いつかん! あっ、ちょっと待て、そんな風に触るな! というかいつ脱がされたんだ俺は!?」

 

 いつの間にか胸当て(ブレスト・プレート)は外され、ベッドの下へ投げ捨てられていた。

 衣服が大きく捲り上げられて露出しているフォーマルハウトの胸板を、ヴェルフェニアの指先がくすぐるように撫でる。

 

「可愛いな、フォーマルハウト。私のために怒ってくれた時はあんなに格好良かったのに……あぁ、お前だけ脱いでいるというのは不公平か」

「っ!」

 

 するり、と滑らかな動作でヴェルフェニアの服がはだける。

 柔らかな月明かりに照らされた体は女性らしい豊満さとは無縁の体つきであったが、その美しさはまさしく芸術品の如きものであり、目の前に晒された極上の裸体にフォーマルハウトは言葉を失う。

 

「フォーマルハウト……」

 

 熱を帯びた吐息を発しながら、ヴェルフェニアはその裸体をフォーマルハウトへと密着させる。

 小さいながらも確かに存在する柔らかなものを胸板に感じたフォーマルハウトは即座に沈静化が引き起こされたが、幾度精神が冷静になろうともその興奮が消え去ることはない。

 

「なぁ、私たちもそろそろ次の段階へ進んでも良いと思うんだ。私はお前にこの身を捧げたい……お前に愛して欲しいんだ」

「――」

 

 ごくり。

 囁かれた甘ったるい言葉に思わず飲み込んだ唾の音がやけに大きく聞こえた。

 男として、これだけ求められて応えない訳にはいかない。

 そう思う一方で、最後に残った砂粒一つにも満たない大きさの理性がフォーマルハウトの邪魔をする。

 

「で、も……こんなところで、か?」

「確かに、少しばかり情緒に欠けるが私は構わない。お前が嫌だと言うのなら我慢はしてみるが……きっと駄目だ。今隣にお前が寝ていたら我慢出来ない」

「っ……壁、薄いぞ?」

「<魔法持続時間延長化(エクステンドマジック)静寂(サイレンス)>、これでいいだろう?」

「……俺、初めてだぞ?」

「私だって、そうだ。ふふ、初めて同士だな」

「……こ、心の準備が――」

「フォーマルハウト」

 

 言葉を遮ったヴェルフェニアは、その両手をフォーマルハウトの頬へ優しく添える。

 既に施された幻術は解け、本来の色を露わにしている神秘的なオッドアイがフォーマルハウトを覗き込んでいた。熱に浮かされたような潤んだ瞳は独特の淫靡さを醸し出している。

 二人は暫くそのまま見つめ合い、その雰囲気にフォーマルハウトが呑まれそうになった頃にようやくヴェルフェニアが口を開いた。

 

「駄目……か?」

 

 その一言で、フォーマルハウトの理性は決壊した。




 前回の誤字報告ありがとうございました。

 竜王国関連は原作で描写されているシーンがかなり少ないので、基本的には捏造(私の妄想)の設定を使っています。
 原作で描写された後に弄るかどうかは未定です。

 フォーマルハウトたちの常識が現地の常識と未だに大きくズレているのは、開幕で捕えた情報源がビーストマンであったからです。
 個人的に彼らは頭が悪いんじゃないかなと思ってるので、ある程度の情報は得られていますが、原作で陽光聖典から得られた情報量ほど多くは手に入れられていません。
 なのでフォーマルハウトたちは目立ちたくないと思っていても、現地戦力を過大評価して普通に聖遺物級装備を持って行ってしまいました。

 貨幣価値に関してはオーバーロードWikiの貨幣価値に関する考察ページを参考に

 白金貨1枚=金貨10枚
 金貨1枚=銀貨20枚
 銀貨1枚=銅貨20枚
 
 銅貨1枚=250円

 で考えています。

 <清潔>や<保存>って転移後の世界特有の生活魔法なんでしょうか。
 原作ではその辺り明記されていなかった気がするので、ユグドラシルに存在しているということにしました。
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