骸骨の魔王と赫灼の焔王   作:エターナルフォースブリザード

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第十四話 初仕事

「……ふーむ」

 

 時刻は昼の少し前。

 日も既に高く昇り、出勤時間というには遅すぎる時間帯に組合へとやってきたフォーマルハウトは、一階部分に設置されている掲示板を眺めながら考え込むように唸った。

 貼られている依頼書は数が少なく、(カッパー)級のフォーマルハウトが受けられる依頼の量はもっと少ない。

 別に閑古鳥が鳴いているわけではなく、これは当然のことだ。

 条件の良い依頼というのは他の冒険者と取り合いになる。そのため、大半の冒険者は朝一で組合を訪れて依頼を探す。

 昨夜の『運動』でただでさえ起きるのが遅かった上に、ヴェルフェニアに誘われるがままに起き抜けにもう一回戦などと張り切って時間を使ってしまえば、出遅れてしまうのは当然だ。

 

(……しかも、読めない)

 

 おまけに文字が読めない問題も解決出来ておらず、依頼内容の把握どころか報酬額すら把握出来ない。

 代読を頼むのにも金がかかる。十分一銅貨とリーズナブルではあるが、余計な出費を控えたいフォーマルハウトにとっては余り利用したくはないものだ。

 つい、と横へ視線を向ける。

 視線の先にいたヴェルフェニアは心底幸せそうな笑顔を浮かべながら、フォーマルハウトの腕を抱き締めて頬を擦り付けている。

 腕から伝わるその柔らかな感触に昨夜と今朝の出来事を思い出し、自然と頬が緩む。

 その光景を見た勘の良い冒険者や組合員たちから突き刺さるような視線を向けられるが、今の二人には何の意味もなさなかった。

 

「……ごほんっ!」

「!」

 

 見兼ねた誰かが出したわざとらしい咳払いで我に返ったフォーマルハウトは、頭を振ってピンク色になりかけていた頭の中身を急いで追い出す。

 実際こんなところで腕にひっついたヴェルフェニアの感触を楽しんでいる場合ではないのだ。

 宿の二人部屋は一泊七銅貨。相部屋は一日五銅貨であるが、ヴェルフェニアを連れている以上相部屋は選択肢には上がらない。そのため必然的に二人部屋になるのだが、二人分で一日十四銅貨も支払うことになる。

 昨夜の宿泊で残金は銀貨一枚と銅貨が少しになっており、今日も泊まれば銀貨が無くなる。つまり、今日か明日で依頼を受けて報酬を手にしなければ残金が底をついてしまうのだ。

 ユグドラシルの金貨が使えたならば遊んで暮らすことも出来たのだが、そうはいかない以上、いつまでもここに立っている余裕はない。

 

「……相談するか」

 

 代読以外にも、受付嬢へ頼めば受ける依頼について相談することが出来る。

 これもまた代読と同様に文字が読めない者に対するサービスの一環であり、駆け出しで自分の実力が良く分かっていない者の相談に乗って、(カッパー)級の実力に見合った入門編とも言える依頼を斡旋してくれる。

 文字が読めなくても依頼内容を細かに説明してくれるし、本人の希望を基にランクに見合った依頼を探してくれるため、駆け出しで勝手がわからない冒険者たちがよく利用するサービスだ。

 無論、これも金がかかる。代読と同じく十分一銅貨だ。

 背に腹は代えられないとばかりに溜息を吐いて、フォーマルハウトは受付嬢が座るカウンターへと動かないヴェルフェニアを引き摺りながら移動する。

 ヴェルフェニアは宿を出た時からこんな感じだ。

 昨夜のことか今朝のことか、或いはその両方を思い出しているのか、頭の中は完全な桃色お花畑状態でまともに歩こうとすらせず、フォーマルハウトに引き摺られるがままになっている。

 傍から見れば邪魔で鬱陶しいことこの上ない状態だ。

 ずるずると何かが引き摺られるような音が近づいてくるのを耳にして顔を上げた受付嬢は、奇しくも昨日フォーマルハウトの冒険者登録を担当した受付嬢であった。

 

「あら、昨日の……如何なさいましたか?」

「昨日……? あぁ、登録してくれたお姉さんか。ちょっと相談に乗ってもらいたいんだが、構わないか?」

「畏まりました。それでは、十分につき一銅貨頂きますが、よろしいですか?」

 

 頷きながら、フォーマルハウトは懐から取り出した銅貨一枚を受付嬢へと差し出した。

 差し出された銅貨を受け取った受付嬢は銅貨が偽物ではないか軽く確認してから引き出しの中に仕舞い込み、別の引き出しから紙束を取り出した。

 この紙束は依頼書を束にしたものだ。

 それぞれの依頼書には依頼者の個人情報や提示された報酬額、依頼内容などの詳細が記載されており、組合がその依頼を請け負うに当たって行った裏取りで得た情報なども書き込まれている。

 この書類の要点だけを簡潔に纏めたものが掲示板に貼り出され、冒険者はそれをカウンターへと持っていくことで依頼を受けられる。その際にこの書類を基に冒険者へと詳細な説明がなされるという訳だ。

 

「ではこちらの砂時計の砂が落ちるまでの間が十分となります。砂が落ち切ってからも相談を続けたい場合は、その都度銅貨を支払っていただく形になりますが、よろしいですか?」

「分かった。セレーネ、お前も話聞いてくれよ」

「……うん? あぁ、分かった。何のことか分からないが、任せろ」

 

 声を掛けられながら大きく体を揺すられて、ようやくヴェルフェニアがお花畑から帰還する。

 俺、こんな風に創ったっけ? そんな疑問がフォーマルハウトの頭の中で湧き上がった。

 

「よろしいですか? では開始します」

(カッパー)で受けられる依頼でおすすめは何かあるか?」

 

 砂時計が時を刻み始めた瞬間に、フォーマルハウトはすかさず質問を投げた。

 

(カッパー)向けの依頼ですと、荷物持ち(ポーター)か薬草採取などの採取依頼が主となりますね。討伐依頼は現在ですと……御座いませんね」

 

 荷物持ち(ポーター)は、馬の代わりに冒険者についていって荷物を持つ仕事だ。雇う側は馬を借りるよりも安い金で荷物持ちを雇えて、雇われる側は自分よりも格上の冒険者の技術を見て、比較的安全に学ぶことが出来る。気に入られればそのままチームへ加入することもあるだろう。

 経験を積むという意味でも、顔を売るという意味でも、駆け出しの冒険者にとっては丁度良い仕事と言える。

 しかし、そんな詰まらない仕事をフォーマルハウトが選ぶわけもない。

 

荷物持ち(ポーター)は遠慮したいな」

「でしたら採取依頼となりますが、こちらなど如何ですか? オランジェの北、山脈の麓に広がる森、フィベルナ大森林で薬草採取の依頼です。報酬は――」

 

(あの森、フィベルナ大森林って言うのか……名前なんてあったんだな。なんだっけか、トブの大森林? しか覚えてないけど、モモンガさん言ってたか?)

 

 受付嬢の説明を聞きながらそんなことを考えていたフォーマルハウトだが、モモンガは間違いなく会議の場で森林の名前も出していた。

 重要度が低いため、他の雑多な情報と一纏めで説明されたためにフォーマルハウトが聞き流しただけで、モモンガに落ち度は一切無い。

 

「こちらの依頼に致しますか?」

「ふむ……」

 

 受付嬢から説明された内容を自分なりに噛み砕いたフォーマルハウトは、依頼を受けてもいいのではないかという結論に達した。

 

「セレーネ、どうする? 受けようと思ってるが」

「構わないが……薬草の見分けなどつくのか?」

「特徴的な色と形をしていますので薬草の知識が無い方でも大丈夫ですよ」

「そうか。ならば私は問題無い」

「よし、ならその依頼を受けさせてくれ」

 

 畏まりましたと頭を下げた受付嬢は他の依頼書を引き出しに仕舞い、砂時計を回収する。

 未だ砂は少しだけ残っていたが、既に依頼が決められた以上、ここから先は相談ではなく依頼の受注手続き――つまりは仕事だ。そこに料金は発生しない。

 

「それでは詳しくご説明させて頂きます。今回の依頼内容はフィベルナ大森林での薬草採取依頼となります。採取対象はフィベルナ大森林全域に自生している薬草、スオナ草です。肉厚な葉に棘が生えた赤紫色の薬草です。他の雑草と比べて背が高いので簡単に見つかると思います」

「ちなみに何の材料になるんだ? 水薬(ポーション)か?」

「そのまま磨り潰しても効果がありますが、基本的には治癒の水薬(ポーション)の材料の一つとして使われますね」

 

 スオナ草という薬草をフォーマルハウトは聞いたことがなかった。流石に全ての薬草を把握しているわけではないが、ユグドラシルには無い薬草である可能性が高い。

 現在巻物(スクロール)の材料となる羊皮紙はデミウルゴスが探しているが、水薬(ポーション)に関しては後回しになっている。採取出来たスオナ草の数が多いのならばサンプルをナザリックへ持ち帰り、水薬(ポーション)の材料の代替品とならないかを試してみてもいいかもしれないとフォーマルハウトは考える。

 

「旅をしていたのでしたら、モンスターとの戦闘経験はおありですよね?」

 

 そんな装備をしていて、しかも旅をして来たのだから当然あるよね? そう言外に伝えてきている受付嬢に、フォーマルハウトはどう答えれば良いのか分からなかった。

 ユグドラシルでモンスターと戦っていた経験は腐るほどある。いくらPKばかりしていたとはいえ、経験が全く無い訳ではない。レベル上げやドロップ集めなど、モンスターと戦わなければならない要素はいくらでもあった。

 しかし、それは全てゲーム内での話であって、現実での話ではない。

 そういう意味で、戦闘経験はたったの二回。相手はコキュートスとビーストマンだ。しかもそのうち一回は模擬戦とあっては、戦闘経験があると言っていいのか定かではない。

 フォーマルハウトは悩んだ末に、あるということでいいかと適当に思考を投げ捨てた。

 

「あぁ、そりゃ勿論」

「ですよね。小鬼(ゴブリン)人食い大鬼(オーガ)が時折出る程度なので、それだけの装備をお持ちで戦闘経験もあるのでしたら問題は無いかと思われます。ただ、森の奥には危険なモンスターも多いので入り込まないようにしてくださいね? スオナ草は奥まで向かわなくても十分な量が採取出来ますので」

「……そうしよう。ちなみに森の奥だとどんなのが出るんだ?」

巨大昆虫(ジャイアント・ビートル)絞首刑蜘蛛(ハンギング・スパイダー)などです。難度は二十後半くらいですね」

 

(……難度?)

 

 聞いたことのない単語にフォーマルハウトは首を傾げる。

 フォーマルハウトがいまいち要領を得ていないことを察知したのか、受付嬢が続けて口を開いた。

 

「難度というのはモンスターの強さを数値化したものです。大まかな強さのようなものなので、参考程度にしておいて下さい。難度が低いからと油断して大怪我を負うということもよくありますよ」

「ビーストマンは難度幾つなんだ?」

「ビーストマンですか? 成人している者ならば三十前後ですね」

 

 なるほど、と心の中で一人納得する。

 詰まるところ、難度とはレベルを凡そ三倍した数値ということだ。十レベル前後であるビーストマンが難度三十前後という受付嬢の話がそれを物語っている。

 つまり、先ほど上げられた巨大昆虫(ジャイアント・ビートル)などのモンスターはレベルに換算すると八レベルか九レベルということになる。

 モンスターの種類によってレベルが固定であったユグドラシルと違って、この世界には同じビーストマンでも個体によるレベル差があるため単純に当て嵌めることは出来ないが、強力とされるモンスターが何レベル程度なのかを知り得る有益な情報だ。

 

「なるほど。ならこの辺りに出るモンスターで難度の高いモンスターは何が?」

「この辺りですと、森の奥まで行かなければ出会うことはありませんが断トツでギガント・バジリスクですね。難度は八十三で、過去に森から出てきた時は恐ろしいほどの被害が出たとか」

「八十三か……」

 

 レベルに換算すると二十七から二十八レベル相当の強さを持っていると考えられる。ユグドラシルのギガント・バジリスクと同じ程度だ。

 確かに今まで聞いた中では最大クラスの力を持っているが、所詮はその程度。警戒するには余りにも弱すぎるモンスターの情報に、フォーマルハウトは込み上げた笑いを堪えようとして体を揺らす。

 腕を絡めていたからか、その振動が伝わったヴェルフェニアから怪訝な目を向けられるがどうしようもない。

 たかだか三十レベル弱のモンスター。フォーマルハウトならば指先一つで消し飛ばせる程度に過ぎない存在が、この周辺では断トツの強さを誇っているという。

 

「……ふぅ。もしそのギガント・バジリスクが出たとして、最高位の冒険者――アダマンタイト級の冒険者なら対処は可能か?」

「それは……どうでしょうか。チームとしてならば対処は可能だと思われますが、相手は都市一つを滅ぼすとも言われる強大な魔獣ですから、かなり苦戦することになると思います」

 

 受付嬢の大袈裟な表現に再び笑い出しそうになりながら、その衝動を必死に抑え込む。

 三十レベルにも届かない雑魚が都市を滅ぼすのなら、五十レベル前後のプレアデスは国を滅ぼせるだろう。百レベルならば世界だって滅ぼせる。

 フォーマルハウトは自分が抱いていたこの世界に対する警戒心が、急激に薄れてゆくのを感じた。

 

「ならアダマンタイト級冒険者の強さも難度で換算すると九十弱ってことか?」

「そうなるかと。申し訳ありません。私はギガント・バジリスクを直接見たことはありませんし、アダマンタイト級冒険者の方々とお会いしたことも御座いませんので、詳しいことまでは……」

「……そうか、分かった。ありがとう。で、これからどうすればいい? すぐに出発してもいいのか?」

「はい。北門を出て道なりに……徒歩でしたら三日ほど進めばフィベルナ大森林近くの農村に辿り着きますので、採取はその村を拠点にすると良いと思います。街道沿いでも小鬼(ゴブリン)などが出ることもあるので、油断はしないで下さいね」

 

 最後まで丁寧に対応してくれた受付嬢に軽く頭を下げて礼を述べてから、フォーマルハウトたちは冒険者組合を後にした。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 オランジェの北門を出たフォーマルハウトたちは寄り添いながら、農村へ続くという街道を歩いていた。

 街道と言っても道は舗装されておらず、幾度も人や馬、馬車が通って踏み固められただけの土で出来た酷いものだ。馬車で通ったならば車輪が道のでこぼこや小石に引っ掛かり、酷く乗り心地の悪いものとなるに違いない。

 徒歩で三日も掛かる道程を<飛行(フライ)>を使わず馬鹿正直に歩いているのは、せっかくなので景色を楽しみながら歩きたいとフォーマルハウトが言い出したためだ。

 実際、歩きながら見る景色は中々のもので、青空の下に地平線まで続く広々とした草原は見る者に開放感を齎してくれる。草原の果ては丘のように緩やかな傾斜が描かれ、その更に奥には頂を雲に覆われた大山脈が悠々と聳え立つ。麓に生い茂る広大なフィベルナ大森林との対比は見事なものだ。

 とはいえ、やはり景色は景色。

 如何に現実世界(リアル)で見たこともない物珍しい景色であっても、代わり映えのしない景色を一時間も眺めながら歩いて情緒を楽しみ続けられるほど、フォーマルハウトは人間が出来ていない。

 これがギルド一自然を愛していた男、ブルー・プラネットであったならば景色を眺めるだけでなく、もっと色々な楽しみ方を知っていたのだろうが、生憎その手の知識は持っていなかった。

 今日を含めずともあと二日。

 薬草採取時の拠点となる名も知らぬ村に辿り着くまではこの光景が続くであろうことに、フォーマルハウトは若干ながら顔を顰める。

 

(<飛行(フライ)>で行けば良かったなぁ。景色楽しみたいとか似合わんこと言ってないで……というか、よく考えたら高い位置……空から見た方が綺麗に見えるんじゃないか?)

 

 後悔するが、既に徒歩で行くとヴェルフェニアに言ってしまった。ここで『やっぱり飛んで行く』と言うことも出来るが、これほど早々に発言を撤回するのは余りにも格好悪いと、フォーマルハウトのちっぽけなプライドがそれを許さなかった。

 隣を歩くヴェルフェニアは退屈していないのかが気になって視線を向けると、微笑みを浮かべながら歩いていたヴェルフェニアと目が合った。

 

「どうした、フォーマルハウト? あぁ、今は本当の名で呼んでも良いだろう?」

「構わないが……いや、楽しそうだなと思ってな」

「当たり前だろう? ようやくお前と結ばれたんだ。愛する男と結ばれて喜ばない女などいるものか」

 

 そう言って微笑みから満面の笑顔へと表情を変えたヴェルフェニアを見て、フォーマルハウトは気恥ずかしさに頬を染める。

 

「お前はこう、何というかストレートだなぁ」

「おかしなことを言う。お前がそうあれと創ったのだろうに」

 

 さも当然のように答えたヴェルフェニアに対して、一つの疑問が浮かぶ。

 それは今までフォーマルハウトが気にもしていなかったことだ。

 

「それはそうかもしれないが……嫌じゃないのか? そう創られたからといって、無理してそうしたりしてないか?」

「無理……?」

 

 フォーマルハウトからの質問に、ヴェルフェニアはきょとんとした表情を浮かべた。

 そして数秒程考え込んでから、再び口を開く。

 

「いや、別に無理などしていないな。というよりも、質問の意味が分からない」

「分からない?」

「私たちは被造物だ。創造主がそうあれと望んで創り出したのならば、その通りにあるのは当然だろう?」

「……お前たち的にはそういうものなのか?」

 

 やはり当然のように答えられて、フォーマルハウトは自らがヴェルフェニアの立場――NPCであったならと想像する。

 自らの全て――外見も思考も趣味嗜好も全てが他人に定められ、その通りにあることこそが当然であると考えているなど嫌悪感しかない。

 

「俺だったら真っ平御免だな……」

「それはお前が被造物ではないからそう思うのだろう。では次は私から質問だ。アダマンタイトを目指すのか? 先ほど組合では興味がある素振りを見せていたが」

「アダマンタイトか……金を稼ぐためにも情報のためにも、目指した方がいいかもな。モモンガさんも目指すだろうし」

 

 当然だが、冒険者の報酬というものは依頼がより高難易度であるほうが良くなる。ゆえに報酬が目当てならば高難易度の依頼だけを受ければ良い。

 しかし、高難易度の依頼というのは相応のランクでなければ受注することは出来ない。

 依頼は冒険者組合が依頼者から受け、それを組合に所属している冒険者たちへと斡旋するという形を取っている。そのため、依頼の失敗とは依頼を受けた冒険者のみならず、依頼をその冒険者に受けさせた組合の信用までもを失墜させることになりかねない。

 そして、依頼内容にもよるが、失敗によって大きな被害が出る場合もある。例えば人間の生活圏内に出没したギガント・バジリスクなどの危険なモンスターの討伐依頼などであるが、こうした依頼に失敗すると、怒り狂った手負いのモンスターによって近くの村や街に大きな被害が出てしまうこともある。

 組合の信用の失墜。そして、人類への実害の発生を防ぐために、高難易度の依頼や緊急性の高い依頼などは、依頼内容から見てやや高めのランクの冒険者しか受注出来ないことも多い。

 つまりは、報酬の良い高難易度の依頼を受けるには相応の高ランク冒険者とならなければならないのだ。

 また、フォーマルハウトたちの主目的である情報の収集に関しても冒険者としてのランクが高い方が都合が良い。

 そもそも冒険者として最高位に位置するアダマンタイト級冒険者は、数が少ない。全ての人間国家に存在するアダマンタイト級冒険者チームを合わせても、両手の指で足りる程度の数しか存在しない。

 そして、そのアダマンタイト級冒険者とは所属する国家のモンスターに対する最大戦力だ。まさしく人類をモンスターの脅威から守る守り手にして英雄と呼んで差し支えなく、それゆえ様々な面で優遇される。

 その優遇具合は凄まじく、単に入手出来る情報という面だけで見ても、(カッパー)(アイアン)で手に入る情報とアダマンタイトで手に入る情報とでは天と地ほどの差がある。実際に、組合でもミスリルやオリハルコンなど高ランクの冒険者でなければ情報すら開示されない依頼もあった。

 金策的な面でも情報収集的な面でも、アダマンタイト級になった方が色々と都合が良いのは明らかだ。

 

「ならばなってしまうか。幸い簡単になれそうだからな」

「いちいち昇格試験受けないとダメなんだろ? 実力的には簡単だろうが、手順的には面倒臭そうだ」

 

 冒険者登録の際にされた説明では、ランクを上げるには規定回数の依頼を達成した後に受けられる昇格試験に合格する必要があるとのことだ。さらにミスリル以上のランクとなるには何らかの偉業を達成しなければならない。

 アダマンタイトとなるには、(アイアン)(シルバー)(ゴールド)白金(プラチナ)、ミスリル、オリハルコンと昇格し、さらにもう一度昇格試験を受けなければならない。その試験の数は七回だ。

 加えて、これはフォーマルハウトたちも知らないことだが、アダマンタイトは人類の英雄であり他の冒険者たちの模範とならなければならないため、人格者であることも求められる。

 戦闘能力だけ高くとも駄目なのだ。強くあり、昇格試験に七度合格し、偉業を成し、人格者である。これら全ての条件を満たす英雄でなければアダマンタイトとは認められない。

 

「受付嬢が言っていたギガント・バジリスク辺りの死体を持ち帰ってはどうだ?」

「良い手かもしれないが、飛び級は前例が無いらしいからな。(アイアン)級へは上がれるだろうが……いや、それすら怪しいか?」

 

 フォーマルハウトは同じ会社に勤めていたお堅くて融通の利かなかった同僚を思い出す。

 所属する組織によって定められたルールを守ること自体は何の問題も無いどころか、間違いなく正しい行いなのだが、傍から見ていていちいち面倒臭いことをする奴だなとは思っていた。

 もしもあの同僚が受付であったのならば、(アイアン)級への昇格すら許されないに違いない。

 流石に規則で雁字搦めにされたような現実世界(リアル)の同僚よりは融通が利くと信じたかったが、そうだという保証も無いためにフォーマルハウトは憂鬱な気分となる。

 

「そもそもいきなりギガント・バジリスクの死体なんて持ち帰ったら馬鹿みたいに目立つだろ」

「常識の範囲内で目立つのならば構わないのではないか?」

「常識の範囲内?」

 

 聞き返したフォーマルハウトに対して、ヴェルフェニアは頷く。

 

「うむ。一応はギガント・バジリスクを倒せる存在はこの辺りにもいるのだろう? ならば少なくとも、ギガント・バジリスクを倒したくらいで常識外の存在だと疑われるわけではないはずだ。それを可能とする前例が既にあるのだから、目立ちはしても問題は無いだろう」

「ふむ……確かに」

 

 フォーマルハウトたちが警戒しているのは、自分たちを同じユグドラシルプレイヤーとこの世界における自分たちを脅かす未知の脅威だ。そういった存在に自分たちの存在を気取られ、後手に回ることを避けるために隠密行動を是としている。

 だが、この世界における常識の範囲内――例えば既に前例がある行動を取る程度ならば、目立ちはすれどもこの世界における才能ある者として判断される可能性の方が高いだろう。

 

(よく考えたらギガント・バジリスクを討伐したってだけじゃ見向きもされないよな……)

 

 果たしてフォーマルハウトたちが警戒しているような存在が、ギガント・バジリスクを討伐した者が現れたからといって何らかの行動を起こすだろうか。

 

(……起こさんよなぁ)

 

 仮に自分がその立場にあったならば、気にも留めないだろう。

 そう考えたフォーマルハウトは活動方針を変えることにした。

 

「よし、方針変更。ユグドラシルプレイヤーってことがバレなければいいってことにしよう。そんでアダマンタイト級を目指す。これはまぁ、どうせ先は長いんだしゆっくりやっていこうか」

「ではギガント・バジリスクを狩るか?」

「そうだな。アウラに頼んでみよう。魔獣使い(ビーストテイマー)だし、適当にテイムした奴を連れて来てもらえばいいだろ」

「分かった。薬草の採取も忘れないようにしなければな」

「……そ、うだな」

「お前、今忘れていただろう?」

 

 ヴェルフェニアから向けられた責めるような視線から逃れるために、明後日の方向へと目を向けた。

 

「そんなことは……む」

 

 不意にフォーマルハウトは違和感を覚え、緩んでいた気を引き締める。

 それはどこからか見られているような感覚。それも複数の視線だ。ヴェルフェニアも同じものを感じたのか、絡めていた腕を放していつでも戦闘に移れるような体勢を取っている。

 

「何だ? 俺たちで気付くくらいだから大した奴らじゃないんだろうが」

「私の探知防御の魔法にも引っ掛かっていない。物理的監視のみだな。警戒するほどのことは無いか」

 

 背中合わせに立ったフォーマルハウトたちが警戒を続けていると、がさりという草が擦れる音と共にやや離れた位置の草むらが揺れた。そのすぐ後に草の中から小さな黒い影が飛び出し、フォーマルハウトたちを囲むように動こうと迫り来る。

 姿を現したのは、潰れた顔に平たい鼻をつけ、大きく裂けた口には小さな牙が上向きに伸びている生物だ。肌は明るい茶色をしており、髪は油で固まったようにぼさぼさとしている。人間と猿を掛け合わせて邪悪さを混ぜたような醜悪な外見だ。

 

小鬼(ゴブリン)かよ……警戒して損した」

 

 そう落胆しつつも、フォーマルハウトは警戒心を完全には捨て切らない。

 目の前に現れた小鬼(ゴブリン)たちはどれもこれもがそれぞれ異なった特徴を持っている。

 体の大きさや顔の形、服代わりに身に着けている襤褸切れや毛皮の形状など、どれもこれも似てはいるが同じものは一つとしてない。

 ユグドラシルでは同種のモンスターは、吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)のような例外を除けば基本的には同じ姿をしている。そのため、フォーマルハウトには個体ごとに違う特徴を持つ小鬼《ゴブリン》たちが、未知のモンスターのようにすら見えた。

 

「数は九か。どうする、フォーマルハウト」

「殺して討伐証明部位持ち帰ったら報奨金が出るんだろ? 行きがけの駄賃だ、皆殺しにしよう」

小鬼(ゴブリン)九体程度では大した額にならなそうだが……私がやるか?」

 

 さっさと自分で殲滅してしまおうかと考えていたフォーマルハウトだったが、ヴェルフェニアの進言を受けて改めて考えなおす。

 考えてみれば、ヴェルフェニアは転移後の世界での実戦経験が皆無だ。

 それはヴェルフェニアだけに限らず、ナザリックに住まう全てのシモベたちがそうだ。一応はビーストマンと戦ったフォーマルハウトとモモンガも、あれは一方的な蹂躙であったため実戦経験と言っていいものかは怪しい。戦いらしい戦いといえば、コキュートスとの模擬戦程度のものだ。

 詰まるところ、ナザリック全体として戦闘経験が圧倒的に足りていない。

 戦闘に絡むことが無い一般メイドならばそれでも構わないが、戦闘を行う可能性のあるシモベたちや、とりわけヴェルフェニアのようにナザリック外での活動が長くなるであろう任務を帯びた者たちがそれでは困る。

 

(経験を積ませた方がいいか?)

 

 ユグドラシルでの小鬼(ゴブリン)は一レベルから五十レベル辺りまで幅広いレベルが存在するモンスターであったが、総じて低級モンスターの代名詞でもあった。

 そして目の前の小鬼(ゴブリン)たちからは、どれだけフォーマルハウトが警戒レベルを引き上げて判断したとしても、予測レベルが一桁を脱しない程度の力しか感じない。

 そんな吹けば飛ぶような強さの小鬼(ゴブリン)を相手に経験が積めるのかは甚だ疑問ではあったが、やらないよりはマシだろうとヴェルフェニアにやらせることにした。

 

「よし、フェニアに任せよう」

「分かった」

 

 指示を受けたヴェルフェニアが不敵に笑う。

 

「魔法の使用制限は覚えてるな? あとアイスの棒は使うなよ」

「分かっている。緊急時でもない限り、魔法は第五位階までだろう?」

 

 これもまた目立つことを避けるための措置だ。

 魔法とは魔法詠唱者(マジック・キャスター)としてのレベルが上がれば上がるほど使用出来る位階が上昇する。

 例えば、第十位階魔法を使用するには魔法詠唱者(マジック・キャスター)としてのレベルが七十レベルにならなければならないのだが、人間社会への潜入を決めた段階ではこの世界の平均レベルは非常に低いことが予測されていた。

 そんな中で高位階の魔法を使えば間違いなく目立ち、ユグドラシルプレイヤーがいるぞと宣伝するようなものなので、潜入する際に使用する魔法の位階に制限を掛けた。

 それがヴェルフェニアが口にした、緊急時以外には第五位階までの魔法しか使ってはならないという制限だ。

 第五位階魔法を使えるようになるレベルは二十九から。

 ギガント・バジリスクを倒せるアダマンタイト級冒険者が三十レベル前後であることを考えると、何も外の情報が無い状態で決めた制限にしては、現地基準と奇跡的な一致をしていると言えるだろう。

 

「さて、ようやく包囲が終わったか? 随分と鈍い足だ」

 

 周囲へ展開した九体の小鬼(ゴブリン)たちは、包囲が完了したことと二対九という数の差で自分たちの絶対的優位を確信したのか、フォーマルハウトたちを威圧するように棍棒(クラブ)や錆びた剣を構えながら下卑た笑みを浮かべている。

 黄色い歯を剥き出しにして大きく裂けた口を歪めた笑顔は、思わず目を背けたくなるような汚らわしさだ。

 

「ウマソウダ!」

「ニンゲン、ウマソウ!」

 

 潰れた喉から音を発しているような濁声で喜びを露わに囃し立てながら、小鬼(ゴブリン)たちがゆっくりと包囲の輪を縮めてゆく。

 隙だらけではあったが、見るからに頭が悪そうな小鬼(ゴブリン)たちにしては良く出来た戦法だとフォーマルハウトが感心していると、一匹の小鬼(ゴブリン)が飛び掛かるように前へと踊り出した。

 それを合図にしたかのように、周囲を囲んでいた小鬼(ゴブリン)たちもそれぞれの武器を振り上げながら一斉にフォーマルハウトたちへと襲い掛かる。

 迫り来る小鬼(ゴブリン)たちを視界に収めた瞬間、ヴェルフェニアの顔から笑みが消える。

 

「<魔力の奔流(マナ・ストリーム)>」

 

 虫を見るような冷たい視線を小鬼(ゴブリン)たちへと向けたまま左手に持った杖を正面へと向け、小さな声で呟くように魔法を詠唱する。

 同時に杖の先から強大な魔力の奔流が青い燐光を伴って迸り、ヴェルフェニアを中心として吹き荒れ、今まさに襲い掛からんとしていた小鬼(ゴブリン)たちへと叩き付けられた。

 放たれた高密度の魔力は群がっていた小鬼(ゴブリン)たちを一瞬で呑み込み、その衝撃で以て小さな体をバラバラに引き裂く。奔流が収まった頃に周囲に残っていたのは、力任せに引き千切られたかのような、辛うじて原形が小鬼(ゴブリン)であると分かる肉片のみだった。

 ヴェルフェニアが放った<魔力の奔流(マナ・ストリーム)>は、自分を中心とした周囲に魔力の奔流を放ち、相手へと叩き付けてダメージを与える第五位階魔法だ。

 第二位階にある衝撃波を放って相手を攻撃する<衝撃波(ショック・ウェーブ)>の強化版とでも言うべき魔法であり、ユグドラシルにおいては習得出来るレベル帯では比較的使い勝手の良い範囲魔法として重宝されていた。

 使いやすい反面、若干燃費は悪いが。

 ヴェルフェニアはこういった、純粋な攻撃魔法の扱いに長ける魔法詠唱者(マジック・キャスター)として生み出されている。

 

「ふむ、やり過ぎたか?」

「証明部位が無事なら何だっていいんだが……第五位階魔法である必要は無かったな」

「久方ぶりの戦いだから、少し張り切り過ぎたな」

「戦いと言うより一方的な蹂躙だけどな。強欲と無欲の方はどうだ? ちゃんと経験値は吸えてるか?」

「少し待て……あぁ、問題は無いようだ」

 

 ヴェルフェニアが左腕に装着している悪魔の如き篭手を見ると、亀裂のような装甲の隙間から漏れ出す真紅の光が一際強く発せられている。その光はまるで歓喜に打ち震えているかのように脈動していた。

 ヴェルフェニアにメビウスの輪の代わりに与えられた世界級(ワールド)アイテム、強欲と無欲は、悪魔の如き左腕と天使の如き右手を模した篭手(ガントレット)だ。

 その効果は装備者が得た経験値を悪魔たる強欲が吸収してストックし、ストックされた経験値を天使たる無欲が放出するというもの。

 このストックされた経験値は装備者の任意で自由に使用出来るため、低レベルキャラクターの育成や経験値をコストとして消費する魔法やスキルの発動に必要なコストとして使うことが出来る。

 ユグドラシルではないこの世界でその効果が正しく適用されるのかは分からなかったが、強欲は現地のモンスターからでも問題無く経験値を吸収したため、効果のチェックと共にこの世界の生物からでも経験値が発生することが判明した形になった。

 

「この世界のモンスターからも経験値が貰えるんだな。溜め込んでおけば<星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)>も使い放題か? いや待て、何ならあのスキルも……」

「期待しているところ悪いが、大した量は吸収出来ていないようだぞ。まぁ低レベルのようだったから余り期待はしていなかったが、経験値消費型の魔法やスキルを使い放題にするには数万単位で殺さなければならないのではないか?」

「む……そうか」

 

 フォーマルハウトは肩を落として落胆する。

 経験値消費型の魔法やスキルは、そのコストが重いこともあって強力なものが多い。

 例えば第十位階を超えた先にある超位魔法と呼ばれる魔法に、<星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)>がある。

 これはユグドラシルでは、消費した経験値の割合に応じて出現する選択肢の中から好きなものを選び、それを叶えることが出来る魔法だ。その発動コストゆえにこの世界での挙動は未だ試せていないが、もし問題無く使えて、さらにコストを気にせず無限に使えるのであればこれ以上に有用な魔法もそうそう存在しないだろう。

 そんな淡い期待も無駄になったが。

 

「とりあえず証明部位を回収して、もう少し歩いたら野営しよう。もうそろそろ日も暮れるだろ」

 

 フォーマルハウトが空を見上げると、太陽は既にやや傾きかけていた。

 未だ夕暮れには遠い位置にあるが、もう一時間もすれば空は夕焼け色に染まり始めるだろう。

 

「死体はどうする? そのままでいいのか?」

「ふむ……街道のど真ん中に放置ってのもな。草むらに適当に投げ捨てておけばいいんじゃないか?」

「分かった。そうしよう」

 

 死体に触れたくないのか、魔法で肉片を草むらに吹き飛ばしてゆくヴェルフェニアを余所に、フォーマルハウトは懐から解体用の短剣を取り出した。

 モンスター討伐の報奨金を貰うには証明部位を剥ぎ取る必要があると知ったフォーマルハウトが急遽用意した、何の変哲もない短剣だ。使い道が無く倉庫に放り込まれていた物で、刀身はミスリルで出来ている。

 

「さて、やるか。ゴブリンは耳だったか?」

 

 赤黒い肉片が散らばるややグロい光景にも怯まず、フォーマルハウトは目的の部位が残っていそうなゴブリンの死体へと手を伸ばした。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 突発的な小鬼(ゴブリン)との戦闘を終えたフォーマルハウトたちはそれから一時間ほど歩き、太陽が傾き始めたところで野営の準備を始めた。

 準備と言っても、フォーマルハウトたちが行ったのはあるマジックアイテムを使っただけだ。

 グリーンシークレットハウス。

 小さなカプセル状の形をしたアイテムだが、使用すると小さなコテージを一つ出現させることが出来る拠点作成用のマジックアイテムだ。種類は幾つかあり、フォーマルハウトが使用したのはログハウス型のものだ。

 見た目は小さいがマジックアイテムであるがゆえに中は想像も出来ないほどに広い。設備も充実しており、リビングやダイニングキッチンにシャワールームまで付いており、二階はダブルサイズのベッドが二つという脅威の広さを誇る寝室だ。

 

「じゃあモモンガさん、今日はこの辺で」

《えぇ、また何か分かったら連絡を下さい》

 

 そんな広々とした寝室で、フォーマルハウトは一人ベッドに寝転がって寛ぎながら、モモンガへと発動していた<伝言(メッセージ)>の魔法を終了する。

 忘れないうちに今日手に入れたアダマンタイト級冒険者の実力に関する予想やその他の情報、活動方針の変更などをモモンガへと報告していたのだ。

 グリーンシークレットハウスを使用したフォーマルハウトは少し早めの夕食を済ませ、先ほどシャワーを浴びて数時間歩くうちに付いた汚れを落としたところだ。そのため、フォーマルハウトの格好はゆったりとしたガウンのような寝間着一枚という非常にラフな格好となっている。

 ヴェルフェニアはシャワーを浴びている真っ最中。髪が長く手入れに手間と時間がかかるため、フォーマルハウトだけ先にシャワーを済ませた。

 一緒に入るのも良かったかもしれない、と少しだけ後悔する。

 

「さて、次はアウラか。この時間ならまだ寝てないよな?」

 

 微妙な時間だ。大人ならば寝てはいないだろうが、子供であるアウラやマーレならば既に寝ている可能性もある。

 もしも寝ていたら悪いことをしてしまうなと思いつつ、フォーマルハウトはアウラへと<伝言(メッセージ)>を発動する。

 

「アウラか? 俺だ」

《フォーマルハウト様! 如何なさいましたか?》

 

 聞こえてきたのはいつも通り快活さを感じさせる元気なアウラの声だ。

 どうやら寝てはいなかったようで、声は活力に満ちている。

 

「お前に頼みたいことがあるんだが、問題無いか?」

《頼みなんて言わずに命令して下さい! あたし、至高の御方々のためならなんだってやりますよ!》

 

 まるで親の手伝いをしたくて仕方が無い子供のようなアウラに、フォーマルハウトは微笑ましい気持ちを抱く。

 

「それは頼もしいな。実は冒険者の依頼でお前が調査してるフィベルナ大森林に向かってるんだが、そこにギガント・バジリスクが棲息してるらしいな?」

《はい。確認しています》

「そうか。なら、手間が少なくて済むな。明日には森に着くつもりだ、ギガント・バジリスクの死体を持ち帰りたいから、適当にテイムするか捕まえておくかしておいてくれ」

《畏まりました。でも、どうしてギガント・バジリスクなんですか?》

 

 アウラの声色からは、何故そんな雑魚モンスターを態々という疑問の色がありありと感じられた。

 

「この世界の人間基準だとギガント・バジリスクは都市一つを滅ぼしかねない強力なモンスターだそうだぞ」

《えっ!?》

「冒険者としての最高位、アダマンタイト級冒険者が何とか倒せるくらいのモンスターらしいから、そいつを倒したことにして死体を持ち帰ったら俺たちの評価が上がるだろう?」

《あっ、なるほど。フォーマルハウト様の御力を証明するってことですね。でも、ギガント・バジリスクなんかで都市が滅ぶって、やっぱり人間って弱っちいんですね》

 

 笑いながら告げられたアウラの言葉で街にいた冒険者や兵士たちの姿を思い浮かべ、フォーマルハウトは苦笑する。

 ユグドラシルのプレイヤーと比較して、余りにも弱い。英雄と称されることもある最高位のアダマンタイト級冒険者でもギガント・バジリスクと同程度。これではアウラがそう思うのも無理はない。

 

「そうだな。俺も実際都市に潜入して驚いてるよ。俺が見た冒険者の装備だっていいところ中級アイテムだしな。でも油断はして足元を掬われるようなことが無い様に気を付けろよ? 表に出てないだけで、俺たちと同等かそれ以上の力を持つ奴がいるかもしれないんだからな」

《畏まりました。十分に気を付けて森の調査を続けます。あと、ギガント・バジリスクの方も任せといて下さい!》

「頼む。森に着いたらまた<伝言(メッセージ)>を飛ばすよ。あぁ、夜は無理せずにちゃんと寝るんだぞ? じゃあ、お休み」

《は、はいっ! お休みなさいませ!》

 

 休めなさそうな元気な返事に微笑みを浮かべ、<伝言(メッセージ)>を終了する。

 

「もう<伝言(メッセージ)>はいいのか?」

「うわぁっ!?」

 

 不意に声を掛けられたフォーマルハウトは盛大に驚きながらびくんと体を跳ねさせた。

 フォーマルハウトに声を掛けたのは当然ながらヴェルフェニアだ。このコテージの中にはフォーマルハウト以外にはヴェルフェニアしかいない。

 ベッドの横に立つ彼女は外で纏っていたゴシック調のドレス染みた聖遺物級(レリック)装備ではなく、白いバスローブ一枚だ。長く艶やかな金髪はしっとりと濡れており、バスローブの隙間から覗く濡れた肌がフォーマルハウトの劣情を煽る。

 しかし、『卒業』したことで多少の余裕を得たフォーマルハウトはそれを表に出すことなく対応することに成功した。

 

「フェニアか、脅かさないでくれよ」

「そんなつもりは無かったのだがな」

 

 ヴェルフェニアは体を投げ出すようにベッドへ飛び込んで、フォーマルハウトの隣に寝そべる。

 うつ伏せとなって頬杖を突いたことにより重力に従ってバスローブの胸元が緩み、隙間からは本当に僅かな膨らみが見えた。それをもろに目撃してしまったフォーマルハウトは僅かな反応を示しつつ目を逸らす。

 くすり、とヴェルフェニアが笑いを漏らす。

 

「昨夜も今朝も、散々見ただろうに」

「それは……まぁ、そうなんだが……」

「ふふ」

 

 ヴェルフェニアは静かに笑いながら腕をフォーマルハウトの首筋へと回した。

 

「お、おい」

「何だ、今夜は可愛がってくれないのか? お前はもっと自分の欲求に素直になるべきだ。いつだって、どこだって、何度だって、お前が望むのならば私は……な?」

 

 誘うように囁かれた言葉によって、フォーマルハウトの理性は二日続けて崩壊した。

 興奮に彩られた中に僅かに残った正常な精神でフォーマルハウトは思う。

 

(もう、恥ずかしいからって無駄に我慢するの止めよ)




 毎度のことながら、誤字報告ありがとうございます。

 宿屋の二人部屋宿泊代は一人銅貨七枚で、二人分で銅貨十四枚で考えています。
 貧乏ですね、フォーマルハウト。

 スオナ草は捏造薬草です。
 見た目は完全にアロエ。ただし色が赤紫色。
 磨り潰して傷口に塗ると軽い痛み止めと治癒促進の効果があります。他の材料と組み合わせると、効果が弱い徐々に回復していくタイプの水薬になります。

 ギガント・バジリスクがユグドラシルにいるのかどうかは悩んだんですが、コレクターのモモンガ様が反応を示していない辺りでユグドラシルにもいたんじゃないかなって思いました。
 ただ、アニメではハムスケよりも弱いのか的なこと言ってたので、知らないモンスターだったけど依頼を優先した可能性があるかもしれないですね。
 でもドラマCDではやっぱり特に反応示してないし、どうなんでしょうか。

 <魔力の奔流>はオリジナルの第五位階魔法。
 自分の周囲に放出した魔力を叩き付けて衝撃で攻撃する範囲攻撃魔法です。使いやすい性能ですが、同じ位階の魔法と比べて若干燃費が悪いです。
 習得には前提魔法として<衝撃波>を習得する必要があります。
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