骸骨の魔王と赫灼の焔王   作:エターナルフォースブリザード

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第十五話 再会

 太陽が昇り始めてから起きたフォーマルハウトたちはさっさと朝食と移動準備を済ませて、街道の遥か上空を飛んでいた。

 今回は朝からもう一回戦などということはせず、アウラと合流するというのもあって<飛行(フライ)>の魔法を使って移動している。

 移動速度は徒歩の比ではなく、地上に見える街道に沿って飛び続ければ、アウラとの約束通り今日中には森まで辿り着くことが出来るだろう。組合が想定している日数よりも遥かに早く依頼が完了してしまうことになるが、この手の依頼にかかる平均日数との辻褄合わせは、ナザリックで過ごすことによって行うつもりだ。

 

(初めから飛んで移動で良かったなぁ……景色も綺麗だし)

 

 空から見える景色は地上で見たものとはまた違った良さがある。

 雲と同じ高さから見下ろす広々とした草原はまるで黄緑色の絨毯の如く、遥か遠くに見える大山脈は地上から見た時よりも美しく鮮明に、そして雄大に見えた。

 

「ふむ、あの村か?」

 

 フォーマルハウトの隣を飛んでいたヴェルフェニアが、遠くを指差しながら呟く。

 指の先にあるのは、山脈の麓に広がるフィベルナ大森林の外縁部に位置する場所にある人工物らしき小さな黒い点だ。

 いくつかの建造物が集まって出来ているような形状をしていたために、受付嬢が言っていた拠点とすべき農村だろうと当たりを付ける。

 

「多分な。もう少し近づいたら降りて、歩いて村に入ろう。飛んで村に入ったら何事かと思われるだろうからな」

「分かった」

 

 オランジェでは飛んで移動している人間はいなかった。依頼に出る他の冒険者達も街を出てから<飛行(フライ)>で一気に移動する様子は見られず、徒歩や馬、馬車などで移動していた。

 つまりは、街中での魔法の仕様が制限されているのではなく、<飛行(フライ)>で移動すること自体が一般的ではないのだろうとフォーマルハウトは考えていた。何故という疑問は残るが、それが常識であるならば目立たないためにも従う他ない。

 それから十分ほど飛び、黒い影がはっきりと村だと分かるところまで近づいてから地上へと降り立つ。

 

「……んー?」

 

 フォーマルハウトはどこかで見たことがあるような景色に、大きく首を傾げる。

 記憶を探ると、すぐさまその答えへと辿り着いた。

 

「ヴェンデ村だよな?」

「そのようだな」

 

 フォーマルハウトたちが降り立ったのは、数日前にビーストマンの群れから救ったヴェンデ村の近くに広がる草原だった。

 同じような景色が広がっているため正確な位置までは分からないが、ミリアを助けるためにモモンガが<転移門(ゲート)>を開いた辺りだろう。

 どうやら受付嬢が言っていた農村というのは、ヴェンデ村のことだったようだ。

 ただ、すぐにフォーマルハウトたちが気付けなかったのには訳がある。

 

「あんな柵あったか?」

 

 フォーマルハウトたちの場所から見えるヴェンデ村と思しき村は、記憶の中にある光景とは全く別の様相を呈していた。

 野生動物の侵入を防ぐ程度でしかなかったみすぼらしい柵は、太く頑丈そうな木で組み上げられた柵に変わっており、村全体が囲まれている。入口と思しき門は侵入者を拒むように固く閉ざされ、農村というよりは簡易的な砦のような雰囲気が感じられた。

 

「いや、無かったはずだが」

「ビーストマンやモンスター対策で立てたのか?」

「私に聞かれてもな。そもそもあの村にそれほどの余力があるとも思えないが……」

 

 考えても答えは出ず、命の恩人として感謝されていたのだから少なくとも敵対することにはならないだろうと考えたフォーマルハウトは、とりあえず村へ入ってみることに決めた。

 歩を進めて村に近づくにつれ、村を囲む柵の物々しさが露わになってゆく。

 太い木を組み合わせて立てられた柵は大きく、フォーマルハウトの身長を優に超える高さだ。縄でしっかりと補強されているため、ビーストマン程度では破壊するのにも手間がかかるだろう。

 とてもモンスターに襲われたばかりの田舎の農村が十日もかからず準備出来るような柵ではない。

 

「……ん、またか」

「まただな。しかし、これほど村に近い場所でか?」

 

 フォーマルハウトたちが違和感を覚えたのは、村の大きな門が目と鼻の先にある場所まで歩を進めた時だ。

 その感覚は昨日小鬼(ゴブリン)たちに見られていた時に感じたものとよく似ていた。

 ゆえにフォーマルハウトたちはこれを敵襲だと判断し、背中合わせに立って戦闘態勢を取る。

 そのすぐ後にがさりと草むらを揺らしながら現れたのは、やはり小鬼(ゴブリン)たちだ。同時に門が人一人通れる程度に開き、中からも数体の小鬼(ゴブリン)が現れる。

 しかしながら、フォーマルハウトはその小鬼(ゴブリン)たちから、昨日戦った小鬼(ゴブリン)たちとは違う印象を受けた。

 あの時ほど不衛生ではないし、見た目の醜悪さは大差無いがこちらの方が理知的な雰囲気がある。武装も古びた棍棒(クラブ)や錆びた剣などではなくきちんと手入れされた物で、弓や槍など様々な武器が持たれていた。

 さらに姿を現した後の動きも統率が取れており、フォーマルハウトたちを囲うのは剣と盾を持った前衛。続くようにして、槍を持ち(ウルフ)に騎乗した中衛と言うべき小鬼(ゴブリン)が立ち、その後ろには弓を引き絞る小鬼(ゴブリン)が数体と神官(クレリック)と思しきメイスを構えた小鬼(ゴブリン)が一体立っていた。

 低レベルながらもまるで軍隊のような陣形を形成する小鬼(ゴブリン)に警戒心を抱きつつも、フォーマルハウトは彼らの正体がなんとなく分かってきていた。

 

「兄さん方、ちょっとそこで止まってくれやせんかねぇ?」

 

 剣を担いだリーダーらしき小鬼(ゴブリン)が一歩前へ出て告げる。

 その発音は野良の小鬼(ゴブリン)よりもずっと綺麗で、声も擦れてはいるが濁声と言うほど耳障りではなかった。

 

「出来れば戦いたくはないんですよ。兄さん方からはちっとばかしやばそうな雰囲気を感じるんでさぁ」

「なら、武器を下ろしたらどうだ? お前たちの正体は粗方分かってるが……武器を向けられたままだと落ち着けないな」

「すみませんが、そういう訳にはいかないんですよ。姐さんが来るまでちょっと待っててくれやすか?」

 

 睨み合いながら軽口を叩き合う。

 尤も、軽口だと思っているのはフォーマルハウト側だけだ。小鬼(ゴブリン)たちはヴェルフェニアから向けられている殺気によって凄まじいプレッシャーを受けているため、冷や汗をかいていた。

 

「殺すか?」

「よせよせ、あれはたぶんモモンガさんがミリア……だったか? に渡した小鬼(ゴブリン)将軍の角笛から出てきたやつだ。何でか知らんが使ったみたいだな」

「む、そうか。あの娘か……ちっ」

 

 ヴェルフェニアの舌打ちはとても小さく、フォーマルハウトの耳には届かなかった。

 そうこうしているうちに門の向こうから小鬼(ゴブリン)たち数体に守られながら一人の少女が姿を見せた。

 

「えっ!? フォーマルハウト様!?」

 

 やはりと言うべきか、現れたのはヴェンデ村でフォーマルハウトたちが最初に助けた少女、ミリア・トーレムだった。

 

 ◆ ◆ ◆

 

「本当にすみませんでした!」

 

 椅子に座るフォーマルハウトとヴェルフェニアに対して、勢いよくミリアが頭を下げながら謝罪する。

 その後ろでは彼女に召喚された小鬼(ゴブリン)たちが申し訳なさそうな顔をしながら、ミリアの謝罪に合わせて頭を下げていた。

 この小鬼(ゴブリン)たちは予想通りモモンガがミリアに与えた小鬼(ゴブリン)将軍の角笛を使ったことで召喚された者たちだった。

 ビーストマンに襲われて村の男手が減ったことにより、労働力と自衛力確保のために召喚したようだ。

 

「気にしないでくれていいぞ。事情が事情だしな」

「大いに気にしろ。私だけでなくフォーマルハウトにまで刃を向けたのだから」

「す、すみません! すみません!」

「おい、フェニア。本当に気にしないでいいぞ、ミリア。少し拗ねているだけだから」

 

 噛み付いたヴェルフェニアをやや疲れた様子で制しつつ、ぺこぺこと頭を何度も下げるミリアへの対応も同時に熟す。

 敵だと警戒していた小鬼(ゴブリン)たちへの誤解が解け、ミリアによって村へと迎え入れられたフォーマルハウトたちを待っていたのは村人たちによる大歓迎だ。

 村のそこかしこから次々と村人たちが現れ、口々に礼を述べてゆく。中には両手を合わせて拝み倒している者もいたほどだ。

 一通りの村人たちと言葉を交わし、村長から改めて仰々しい礼を言われたフォーマルハウトたちは、ミリアが住んでいる家に招かれて謝罪を受けていた。

 

「で、ですが、命の恩人であり神様でもあるフォーマルハウト様にあんな……」

「いや、本当に気にしないでいい――待て、神様?」

 

 聞き逃すには余りにもあんまりな単語が聞こえ、フォーマルハウトは慌てて聞き返す。

 

「あっ、すみません! 何か事情がおありなんですよね。大丈夫です、村の皆には言っていませんから」

「待て待て、俺は神様なんかじゃ――」

「何もないところですが、どうぞ寛いでいって下さい。今白湯をお持ちしますね!」

 

 フォーマルハウトは向けられた良い笑顔に何も言うことが出来ず、小鬼(ゴブリン)たちを退出させてから竈の方へ向かうミリアの背中を見送ってしまう。

 伸ばされた手が虚しく空を彷徨う。

 

「……なぁ、俺このままあの子に神様扱いされ続けるのか?」

「さぁな。気に入らないのなら適当に記憶を弄ってしまうか? というか、白湯と言っていたな。この家は恩人をもてなすのに茶も出ないのか」

 

 にべもなくそう言い捨てたヴェルフェニアに、フォーマルハウトは眉を顰める。

 ミリアと顔を合わせてから、ヴェルフェニアの機嫌はすこぶる悪かった。彼女のやることなすこと全てに噛み付いて、ミリアが頭を下げてもなお噛み付く場所を探す。

 何故そこまでヴェルフェニアの機嫌が悪くなっているのかフォーマルハウトにはさっぱりだったが、流石にここまで理不尽に突っ掛かるのは褒められたものではない。

 

「フェニア、いい加減にしろ。怒るぞ」

「む……ぐ……」

 

 いつもとは違う低い声を出して怒気を見せたフォーマルハウトに怯み、ヴェルフェニアは口を噤む。

 しかし、浮かべられた表情に納得した様子はなく、むしろ悔しさすらも感じさせるものだった。

 

「はぁ……」

 

 フォーマルハウトは溜息を吐きながら竈の方を一瞥し、ミリアが戻るまでまだ猶予がありそうなことを確認すると、ヴェルフェニアの方へと体を寄せて小さな声で問い掛ける。

 

「何でそんな不機嫌なんだ、また俺が何かしたか?」

 

 フォーマルハウトが思い出したのは、彼女にしたお姫様抱っこだ。

 その時のように、自分が知らず知らずにヴェルフェニアを不機嫌にしてしまうような言動をしてしまったのかと思い至った。

 しかし、ヴェルフェニアは首を横に振る。

 

「違う、お前が今何かをしたわけではない」

「なら何であんなに突っ掛かるんだ?」

「……あの娘は、私からお前の初めてのお姫様抱っこを奪ったではないか」

「あぁ……」

 

 予想とは違ったが概ね間違ってもいない答えに、結局は自分が悪いのだなとフォーマルハウトは苦い顔をしながら額を抑えた。

 

「分かった。その件に関しては俺が悪かった。後で埋め合わせをするから、何とかならないか?」

「埋め合わせ?」

「あぁ、何でもするから」

 

 口に出してから、しまった、とフォーマルハウトは口を押さえた。

 しかし、もう遅い。その言葉は既にヴェルフェニアの耳に入ってしまっている。

 

「何でも? 今何でもすると言ったな?」

 

 バッと顔を上げたヴェルフェニアはフォーマルハウトへと念押しするように詰め寄る。

 今更否定など出来るはずもないフォーマルハウトが気圧されるように頷くと、ヴェルフェニアは先ほどまでの不機嫌さが感じられた表情から一転、生気を取り戻したかのような明るい表情を浮かべた。

 

「ふふふ、そうか、そうか。何でもだな? ふふ、そこまで言われては仕方ないな。あの小娘も無自覚だったことだし、今後お前が注意するのなら許すことにしよう。ふふ、ふふふ」

「……俺は一体何をさせられるんだ?」

 

 フォーマルハウトは疲れたようにそう言いながらも、上機嫌な笑顔となったヴェルフェニアを見て笑顔を浮かべる。機嫌が直ったのならそれでいいかと。

 その笑顔には苦笑も含まれていたが。

 

「お待たせしました。白湯ですが」

 

 白湯が入った湯飲みを三つトレイに乗せて戻って来たミリアは、フォーマルハウトとヴェルフェニアの前にそれぞれ差し出すと、残る一つを持ってフォーマルハウトの向かいの席に座った。

 そして、真剣な表情でテーブルに額が付きそうなほど深々と頭を下げる。

 

「改めて、先日は助けて下さって本当にありがとうございました。フォーマルハウト様たちがご降臨して下さらなかったらどうなっていたか……」

「降臨……あぁ、うん、それも気にしなくていい。本当に。俺たちだって報酬目当てだったんだしな」

 

 訂正することを諦めたフォーマルハウトは、苦笑いを浮かべながら答えた。

 

「それでも、ありがとうございました」

 

 深々と頭を下げたままのミリアに、フォーマルハウトは居たたまれない気持ちになり、苦笑いから微妙な顔へと表情を変化させる。

 正直、フォーマルハウトは最初はこの村を助けるつもりなどなかった。

 どれだけ人間が殺されようと、生きたまま食われようと、その光景を見て義憤に駆られたから助けに来たわけではない。単に人間に対する同族意識を完全に失ってしまおうとしていた自分が怖かったから、人間を助けてそれを否定したかっただけだ。

 しかも、安全が確保出来た後は少しの間だが実験にも使っていた。

 詰まるところ、全ては自分のため。たっち・みーの言葉を借りて出撃したものの、たっち・みーのように完全な善意からの人助けをしたわけではない。

 だから、そのことでここまで感謝されるというのはフォーマルハウトにとって少々居心地が悪かった。

 しかし、感謝を受け入れなければいつまでだって頭を下げていそうなミリアを見て、聞こえないように小さく溜息を吐きながら口を開く。

 

「はぁ……分かったから顔を上げてくれ。モモンガさんにも村の皆が感謝していたと伝えておこう」

「は、はい!」

 

 元気の良い返事をして顔を上げたミリアはとても良い笑顔をしていた。

 

「あの、ところでフォーマルハウト様とヴェルフェニア様は一体どのようなご用件で村まで? 村長を呼んできた方が良いでしょうか」

「いや、村自体に用があるわけじゃないんだ。実は冒険者になってな、依頼でここまで来た。それと、別の名前を名乗ることにした。フェランとセレーネだ」

「あっ、わかりました。村の皆にも伝えておきますね。それにしても、冒険者ですか?」

 

 ミリアが意外そうな表情を見せる。

 何故神様がそんなことを、とでも言いたげだ。

 

「まぁ色々な理由があるんだが、一番の理由は金だな。この辺りで使える金が無い」

「す、すみません……私たちがきちんとお支払い出来ればよかったんですが……」

「へ? あ、いや、そんなつもりで言ったんじゃないぞ」

「あの、一体どんな依頼なのですか? もしよろしければお手伝いさせて下さい。助けて頂いたお礼らしいお礼も出来ていませんし」

「手伝いか……」

 

 フォーマルハウトは値踏みするようにじっとミリアを見つめる。

 視線を受けたミリアは恥ずかしそうに顔を赤らめて、体を小さくした。

 どうみても戦えるとは思えない体格だ。そして、事実ミリアは戦えない。もしも彼女の強さをレベルに換算するならば、間違いなく一レベルだろう。それは、フォーマルハウトにとっては足手まといであることを意味する。

 今回の依頼は薬草採取。危険は少ないと思われるが、不測の事態というものがある。もしもフォーマルハウトが僅かでも本来の力を使うことがあれば、彼女は巻き込まれて確実に死ぬだろう。

 それに、ギガント・バジリスクのこともある。

 戦うわけではなく、死体が欲しいだけなのでミリアを巻き込むということはあり得ないが、ギガント・バジリスクは現地基準で言えば強力なモンスターだ。そんなモンスターが現れたとなれば確実に大騒ぎになるだろう。

 

「気持ちはありがたいが……」

「お、お願いします! フォーマ……フェラン様のお力になりたいんです!」

「今は別にフォーマルハウトでいいぞ。しかし……うーむ」

 

 ミリアが必死な様子だったためにフォーマルハウトは口に出せなかったが、これはありがた迷惑というものだ。

 しかし、邪魔だとストレートに言えばミリアは絶対に傷付く。それが本意ではないフォーマルハウトは唸りながら考えるが、妙案は浮かばない。

 

「おい、ミリア。私たちが受けた依頼はスオナ草という薬草の採取だ。森の中に生えているらしいが、お前は見たことがあるのか?」

 

 考え込んでいるフォーマルハウトの横からヴェルフェニアが問い掛けた。

 

「えっ? あっ、はい。あります。採ったこともあります」

 

 先ほどまで黙って白湯を飲んでいたヴェルフェニアから唐突に話しかけられたからか、ミリアが驚きを隠しきれずに答えた。

 ヴェルフェニアが言葉を続ける。

 

「ならば、どのような草か私たちに詳しく教えるがいい。それを以て協力とするのはどうだ、フォーマルハウト?」

「ふむ……よし、そうしよう。実際組合からは大まかな見た目くらいしか教えてもらってないからな。頼むよ、ミリア」

「は、はいっ!」

 

 恩人から頼りにされたことに顔を綻ばせ、ミリアは上機嫌にスオナ草に関する説明を始める。

 

「スオナ草は背が高くて葉っぱが厚くてとげとげした赤紫色の草です。茎から葉っぱが生えているんじゃなくて、根本から何枚かの長くてとげとげした葉っぱが生えてる感じですね。近くに何本か纏まって生えてることが多いです」

「採取する時は根本から引っこ抜けばいいのか?」

「いえ、そうすると次に採取する分が生えて来なくなってしまいますから、根っこは残します。根っこさえ残っていればまた生えて来るんです。葉っぱを根本近くで千切っちゃって大丈夫ですよ。あっ、素手で千切るのは止めといたほうがいいです。汚してもいい手袋か何かがあった方が良いですよ」

「汁か何かで汚れるのか」

「結構汁が多くて、飛び散るんです。あと、臭いも強くて……ツンとしてて服とかに付くと何日も臭いが残っちゃうので気を付けて下さいね」

「……気を付けよう」

 

 そうは言ったものの、フォーマルハウトたちは汚しても良い手袋など持っていなかった。そういう捨ててしまっても構わないような装備はナザリックで倉庫の肥しとなっている。

 しかし、こういった注意事項を事前に聞けてよかったとフォーマルハウトは安堵する。やはり現場の者の体験談というのは大切だ。話を聞かなければ知らずに草の汁塗れになっていたところだった。

 

「スオナ草は結構どこにでも生えてますし、村からすぐの森の入り口辺りにも生えています。それと、赤紫の草はスオナ草しかないと思うので見ればすぐに分かると思います。ただ……」

「どうした?」

「う……すみません。薬草は村の収入源の一つなので、その……」

 

 ミリアの言葉を全て聞かずとも、フォーマルハウトは彼女が何を言い淀んでいるのかを察することが出来た。

 

「村の近くのスオナ草は採取しない方が良いな?」

「! は、はい、ありがとうございます!」

 

 また頭を下げようとするミリアをやんわりと手で制する。

 いくら大森林全域に自生していると言っても、戦闘能力が皆無な村人では村に本当に近い場所での採取しか出来ないだろう。それすらも先日のビーストマンのように、突然モンスターが現れないとも限らないのだ。

 フォーマルハウトは別に村人の採取場所を荒したいわけではない。依頼を熟して金を稼ぎつつ、アダマンタイト級を目指して堅実に歩を進めたいだけだ。他に自生している場所があるのならば、そちらで採取することに否やはない。

 

「さて、聞くことは聞けたし、そろそろ行くか」

「あぁ」

「ありがとうな、ミリア。組合で聞いた話よりずっと分かり易かったよ」

 

 フォーマルハウトはミリアへ軽く礼を言ってから立ち上がり、短く返事をしたヴェルフェニアも後に続く。

 ミリアはその背中に声を掛ける。

 

「フォーマルハウト様、その、是非また来てください。精一杯おもてなしさせて頂きますから」

 

 背後から掛けられた名残惜しそうな言葉に、フォーマルハウトはひらひらと背中越しに手を振り返して応え、ミリアの家を後にした。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 フォーマルハウトたちはヴェンデ村からフィベルナ大森林に入り、以前フォーマルハウトのテンションが振り切れた場所ではなく、ミリアとの約束通り村の近くではなく森の少し奥を目指して歩を進める。

 移動している最中にもスオナ草らしき赤紫色で背の高い草が多く散見出来たため、採取に苦労することは無さそうだなと安堵した。

 

「ところでフォーマルハウト、あの娘をハーレムに加えるのか?」

 

 歩きながらヴェルフェニアが口を開いたかと思えば、そんなことを言い出した。

 

「は?」

 

 フォーマルハウトは思わず歩みを止めて聞き返す。

 急に足を止めたため、すぐ後ろを歩いていたヴェルフェニアが背中へと激突した。

 

「むぐっ」

「あ、すまん。大丈夫か?」

「あ、あぁ、大丈夫だ。で、どうなのだ?」

 

 言われてみて、フォーマルハウトは考える。

 確かにミリアはフォーマルハウトの感性から見ても可愛いと思えた。可愛らしく、純朴な村娘といった感じの性格にもなんら問題は無い。どちらかといえば好みの部類だと言えるだろう。

 しかし、あの神様扱いだけは全く理解出来ない。

 一体何がどうなって神扱いされているのか。向けられる視線からフォーマルハウトが感じたのは、尊敬や憧憬などではなくナザリックの者たちと似た信仰心だ。

 確かに命の恩人ではあるが、神と崇められるほどのことはしていない。現実世界(リアル)で誰かの命を救ったとしても、こうはならないだろう。

 有体に言えば、フォーマルハウトはミリアから向けられている信仰心が得体の知れない感情に見えて少し怖かったのだ。

 

「まぁ、あの神様扱いだけはよく分からんが、それを差し引けば可愛いからいいかもしれないな。ただ……」

「ただ?」

「俺だけそのつもりになっても意味が無いだろう? こういうのはお互いの気持ちが大切だと思うんだよ。俺が良いと思っても相手が俺のことを好きじゃないなら、一緒にいても楽しくないしな」

「ふむ、確かに。無理矢理が趣味でもないなら夜に楽しむことも出来ないだろうしな」

「……ま、まぁ……うん、確かにそういう側面もあるな」

 

 言葉に詰まりながらもそう答える。

 むしろ、ハーレムと言われてフォーマルハウトが真っ先に思いつくのはそういう側面しかない。ならばそれは側面ではなく正面なのだが、ちっぽけなプライドからあたかもそれが副目的であるかのような言い草をした。

 

「だが安心しろ。あの娘に限って言えば、そういう心配は必要ないだろう」

「どういうことだ?」

 

 フォーマルハウトが訝し気な顔をすると、ヴェルフェニアは呆れたように肩を竦め、これ見よがしに大きな溜息を吐いた。

 

「あれは誘えば頷く程度にはお前に好意を抱いているはずだぞ?」

「……まさか」

「あの娘は恩を返したいではなく、お前の力になりたいと言った。それに、また来いと言ったのもお前にだけだ。私は言われていない。行動の端々からも好意が感じられた」

 

 確かに言われてみれば好意を抱いている言動と捉えられなくもないかなとフォーマルハウトは思った。しかし、どうにもヴェルフェニアの考えすぎのような気もしないでもない。

 ミリアが抱いているのは命の恩人への好意であって、異性への好意ではないのではないか。そんな疑問を抱く。

 ヴェルフェニアの言うことを鵜呑みにしてその気になって、いざ誘ってみてそういう好意ではないと断られたら。

 

(いくら何でもそれは恥ずかしすぎるよなぁ……)

 

 そんな場面を想像し、フォーマルハウトは羞恥を感じて苦笑いを浮かべる。

 

「流石に考えすぎじゃないか?」

「……お前はもう少しこう、女の好意に敏感になるべきだな。ハーレムを作るのなら必須技能だぞ」

「むぅ……」

 

 正論を言われたフォーマルハウトは呻くような声を漏らす。

 フォーマルハウトには女性経験が無い。正確に言うならば、現実世界(リアル)における女性経験が無いと言うべきか。

 家と仕事場を往復し、余暇は全てユグドラシルに費やすゲーム廃人染みた生活をしていたフォーマルハウトに女性との接点などあるはずもない。唯一あったとすればアインズ・ウール・ゴウンの女性メンバー三人であったが、彼女たちはフォーマルハウトにとっては女性というよりは気の知れた友人だ。異性として認識したことはない。いや、あるにはあるが、オフ会で初めて会った時にようやく『あ、そういえばこの人たち女だったな』と思った程度だ。

 そんなフォーマルハウトが異世界へ転移し、ヴェルフェニアという少女とようやく接点を持ったとして、それほどすぐに女性の機微に詳しくなれるものだろうか。

 それは、否。

 元々三次元の異性に興味すら向けなかった男が、たった数日でその辺りに敏感になれるわけもない。

 流石にヴェルフェニアのような好意を素直に――過剰に――伝えて来るような相手であればすぐに分かるが、そういう訳でもない女性の機微を感じ取れというのは無理があるだろう。

 

「そう言われてもなぁ……」

「どうにもお前はその辺りが鈍いようだな。まぁ、お前は格好いいし、普段通り振る舞っていれば女は集まるだろうから、後は私がフォローしよう。気に入った女がいたら私に言えばいい」

「……そうさせてくれ」

「任せろ。あぁ、ハーレムといえばシャルティアから吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)を一体貰えることになったぞ」

 

 ふむ、とフォーマルハウトは吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)の姿を思い浮かべた。

 吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)は、ペロロンチーノが言うところのエロモンスターだ。その露出度の高い服装に美しい容姿はユグドラシル内でも人気が高く、根強いファンも多い。

 低レベルのモンスターであるため、ユグドラシルを始めたばかりのプレイヤーでも気軽に会いに行けるというのも人気の要因の一つだ。

 そして、フォーマルハウトもまたそんな吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)を気に入っているプレイヤーの一人だ。とはいえ、吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)だけが特別好きなわけではなく、ペロロンチーノがエロモンスターと称するモンスターの大半を好きなだけだが。

 

「あれはお前の好みか? いらないのならシャルティアに断りを入れるが」

「いや、うん、好みだな」

「ふふ、そうか。ならば良い。楽しめるようにシャルティアが調教してから渡してくれるそうだ」

「シャルティアが?」

 

 フォーマルハウトは不安感を覚える。

 シャルティア・ブラッドフォールンはペロロンチーノが心血を注いで創り出した、彼の最高傑作だ。

 ヴェルフェニアがそうであったように、シャルティアもまたペロロンチーノの情熱と性癖をこれでもかとぶち込まれた存在である。そして、ペロロンチーノは変態だ。

 ゆえに、変態の性癖をぶち込まれたシャルティアもまた変態。その変態度合いは変態(ペロロンチーノ)を上回る。

 例えばシャルティアに与えられた性癖。

 その性癖は留まるところを知らず、色狂いなだけではなくサディストでマゾヒストで死体愛好家(ネクロフィリア)両性愛(バイセクシャル)だ。もちろんこれらはシャルティアの性癖を語る上では単なる表層に過ぎぬ設定であり、これらが可愛らしく見えるような性癖をも持っている。

 至高の四十一人に捧げる供物である以上、シャルティアは調教に際して手を抜くことはないだろう。

 ならば、超弩級の変態であるシャルティアから本気の調教を受けた吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)は一体どうなってしまうのか。

 

「……度を越した変態にならないだろうな」

「それは私も懸念している……が、まぁ、大丈夫だろう。きっと」

「そうだな。うん、そうだといいな」

 

 気の抜けた苦笑を浮かべてから、再び歩き出す。

 鬱蒼と生い茂る森の中は陽の光が遮られて薄暗かったが、暗闇を見通せる目を持つフォーマルハウトたちならば問題は無い。木の根や石で出来たでこぼこの地面でも足を取られることなく進んでゆく。

 フォーマルハウトたちは既にヴェンデ村からはそれなりに離れた位置に来ていたが、まだ歩みを止めることはない。

 今回行うのは依頼の薬草採取のみだけでなく、ギガント・バジリスクの討伐もだ。単に殺すだけなので正体が露呈するような派手な戦いをすることは無いが、ギガント・バジリスクを連れて来るアウラの姿を誰かに見られる訳にはいかない。

 それから暫く森の奥へと進んだところで、二人は足を止めた。

 

「ここでアウラを呼ぶのか?」

「あぁ。というかアウラのことだから、俺たちが森に入った時点で捕捉していそうだがな」

 

 フォーマルハウトは<伝言(メッセージ)>を使用し、アウラへと呼び掛ける。

 

「アウラか?」

《はい、フォーマルハウト様!》

「準備は出来ているか?」

《もちろんです! フォーマルハウト様たちの位置も既に把握しておりますので、今向かっています》

「そうか。なら待っているので頼む」

《はい!》

 

 元気の良い返事を聞いて微笑みを浮かべながら<伝言(メッセージ)>を終了する。

 それから十分も経たないうちに森の奥から地響きが鳴り渡る。ズシンズシンと巨大な何かが大地を踏み締めるような音だ。

 

「お待たせしましたー!」

 

 徐々に近くなる大きな足音と共に、活発な少女特有の高い声がフォーマルハウトの耳へと届いた。

 その方向へと目を向けると、草をかき分けながら姿を現したのは声色からは想像も出来ない恐ろしい外見をした巨大な蜥蜴だった。

 ぎょろぎょろとした眼球は忙しなく左右で違う動きを繰り返しており、王冠にも似た形状をした赤いトサカを持っていた。体表は深い緑色をしており、その十メートルを越す巨体を八本の太い足で支え、しっかりと地面を踏み締めている。

 しかし、小さな龍のようにも思える威圧感溢れるその外見は、フォーマルハウトたちに恐怖や圧迫感を与えるには及ばなかった。

 フォーマルハウトたちからすれば、ギガント・バジリスクなどその辺にいる蜥蜴と変わらない。

 

「とうっ!」

 

 ギガント・バジリスクの背から小さな何かが飛び出し、雑技団染みた動きで空中でくるくると幾度も回転してから、フォーマルハウトたちから少し離れた位置へと音も無く着地した。

 

「ぶぃ!」

 

 活力に満ちた笑顔と共にピースをしてポーズを決めたのは、ナザリックが誇る第六階層階層守護者の片割れ、男装の闇妖精(ダークエルフ)たるアウラだ。

 

「アウラは相変わらず元気そうだな」

「はい。元気いっぱいですよ! 御命令にあったギガント・バジリスクを連れて参りました!」

「あぁ、ありがとう」

 

 フォーマルハウトが微笑みながらアウラの頭に手を乗せて撫で回すと、アウラは驚きつつも照れくさそうな笑みを浮かべる。

 その子供の様な仕草に癒されながらギガント・バジリスクの方を見やる。アウラを乗せてきたギガント・バジリスクはしきりに目を動かしていたものの、完全にアウラの支配下に入っているようで大人しくしていた。

 ただ――

 

「なぁ、アウラ?」

「はい?」

「なんで、三匹いるんだ?」

 

 そう。

 森の奥からアウラを乗せて現れたギガント・バジリスクを先頭に、左右にはさらに二体のギガント・バジリスクが待機していた。やはり道中で見た小鬼(ゴブリン)と同様に、個体によって鱗に傷があるものや大きなものなどそれぞれで特徴がある。

 フォーマルハウトの言葉を受けて、アウラはきょとんとした顔になった。

 

「えっと、フォーマルハウト様の御力を証明なさるんですよね? それでしたら一匹じゃ足りないかなって思いまして……駄目でしたか?」

「ふーむ……」

 

 アウラの頭から手を離し、腕を組んで考える。

 

(確かに、俺一体って言わなかったな……でも三体分の死体を持ち帰るのはまずいか?)

 

 受付嬢はギガント・バジリスクの説明をする際に何体で都市を滅ぼすとは言っていなかったが、話の流れからして一体で滅ぶであろうことは何となく分かった。

 つまり、一体で都市一つ。三体ならば都市三つが滅ぶ。

 都市三つ分の死体を持ち帰ったらどうなるだろうか。

 恐らく、蜂の巣をつついたような大騒ぎになるに違いない。それは間違いなくフォーマルハウトたちの力を証明することに繋がるだろうが、果たして常識の範囲内と言えるのだろうか。

 悩んだ末に、フォーマルハウトはヴェルフェニアへと顔を向けた。

 

「……持ち帰る死体は一体分で十分だろうな。それ以上は過剰に思う」

 

 うんうんと頷き返してから、フォーマルハウトは他よりも一回り大きな個体を指差しながらアウラへと指示を出す。

 

「そうだな、俺もそう思う。ということで、その一番デカいのだけにしよう。他二体は……お前の好きにするといい。貰っても困るなら森の奥の方で逃がしていいぞ」

「畏まりました。それじゃあ、その大きな子はどうしますか? このまま待機させておけばいいんでしょうか」

「そうだな。手早く殺すから少し待っててくれ」

 

 目の前で殺すと言われているのに、それに対してギガント・バジリスクはピクリとも反応を示さない。

 主人であるアウラの待機命令に健気に従うその姿勢に少し感動し、せめて苦しまないように殺してやろうと考えたフォーマルハウトは、ギガント・バジリスクの側面へと移動する。

 手刀で一撃で首を落とすつもりだ。

 ユグドラシルとは違って個体で大きさが違う現地のギガント・バジリスクの強さが少し気にはなったが、態々確認するほどでもないだろう。

 

「ふんっ!」

 

 フォーマルハウトは短い気合の声と共に手刀を放つ。

 轟音。

 寸分違わずにギガント・バジリスクの首元へと叩きこまれた手刀は、ミスリルに匹敵する硬さを持つと言われる鱗を容易に叩き割り、肉を抉りながら骨を断ち、さらにその下の地面までもを打ち砕いた。

 今のフォーマルハウトは装備が神器級(ゴッズ)から聖遺物級(レリック)へと変わったため、物理攻撃関係の能力補正が薄れている。例えば彼が身に着けている胸当て(ブレスト・プレート)は防御力と体力が増加するという盾役(タンク)向けの補正を持つ装備であり、回避主体のフォーマルハウトにとっては効果が薄い。

 これは、フォーマルハウトが装備を買う際に性能ではなく外装を基準に選ぶからだ。

 ユグドラシルではユーザーが自由に装備の外装を変更することが出来る。そのため、基本的に装備の外見というものは一点物だ。似て非なる物は存在するが、完全に同じ外見の装備は意図的に作成しない限りは存在しない。

 そのため、フォーマルハウトはどうせメイン装備は神器級(ゴッズ)が存在するのだし、サブ装備には伝説級(レジェンド)もあるのだから、普段使わない聖遺物級(レリック)以下の装備は見た目重視で買えばいいだろうと、性能は気にせずに気に入った見た目の物を買い集めていた。

 今彼が装備している装備たちもそうした方針で購入された装備であるため、フォーマルハウトが本当に望む性能をしていない。所持している装備の中でも比較的使える性能の物を選んだが、彼本来の強さにはほど遠かった。

 そんな状態でも、この世界で強者と言えるギガント・バジリスクを一撃で殺せたことに安堵と満足感を感じながら頷く。

 

「うん。よし、じゃあさっさと解体して――」

 

 懐から解体用のミスリルナイフを取り出したところで、フォーマルハウトは硬直した。

 突然動きを止めたフォーマルハウトを怪訝に思ったヴェルフェニアが声を掛ける。

 

「どうした、フォーマルハウト?」

「……ギガント・バジリスクの討伐証明部位ってどこだ?」

「……どこ、なのだろうな」

 

 モンスターを討伐したことを証明するために組合へと提出する討伐証明部位は、モンスターによってどの部位かが決められている。どんなモンスターでも小鬼(ゴブリン)のように耳を提出すればいいというものではない。

 だが、ギガント・バジリスクの討伐部位に関する知識をフォーマルハウトたちは持ち合わせていなかった。

 

「受付嬢に聞いていないのか?」

「最初は討伐するつもりは無かったからな……向こうも俺が討伐してくるなんて思ってなかっただろうし、教えてもらってないな」

 

 基本的には討伐証明部位を提出しなければ、それ以外の部位を持ち込んでも討伐したとは見做されず、報奨金も受け取ることが出来ないし評価にも繋がらない。

 流石に死体を丸ごと持ち帰れば否定のしようもない証拠となるが、それは骨だ。この十メートルを越す巨体を担ぐなりして持ち帰らなければならなくなる。

 

「……首から上を丸ごと持っていくか。フェニア、腐らないように<保存(プリザベイション)>掛けといてくれ」

「分かった」

「残った死体は……アウラ、いるか?」

 

 アウラは腕を組んでギガント・バジリスクの死体を見つめながら唸り、数秒ほど考え込んだ。

 

「皮がちょっとだけ欲しいかなって思いました。後はいらないです」

「そうか。なら皮の一部をデミウルゴスに渡して、巻物(スクロール)の素材にならないか実験させてくれ。残りはお前の物にしていいぞ」

「畏まりました。残った死体はどうなさいますか?」

「好きにしていいぞ」

「じゃあ、あたしのペットの魔獣たちに食べさせちゃいますね」

 

 アウラの提案に頷き返す。

 魔獣使い(ビーストテイマー)であるアウラが使役する魔獣型のモンスターには肉食の者が多い。高レベルの者ばかりなので、毒のある体液を持つギガント・バジリスクの肉を餌にしても毒への抵抗(レジスト)は容易だろう。

 

「さて、フェニア終わったか?」

「あぁ、問題無い」

「ならアウラ、血抜きは出来るか?」

「はい、お任せください!」

 

 アウラがギガント・バジリスクの頭を掴んで持ち上げる。体も手も小さなアウラには重い荷物なはずなのだが、アウラは意にも介さず流れるような動作で手近な木へと吊るした。

 しっかりと血抜きをしてから持ち帰らなければ、毒の体液を撒き散らしながら持ち帰ることになってしまう。

 

「後はこのまましばらく放っておけば大丈夫です」

「分かった。後は……採取だな」

 

 フォーマルハウトは辺りを見回して、目的の薬草であるスオナ草の姿を探す。ミリアが言っていた通り本当にどこにでも生えているらしく、視線を巡らせただけでも数か所に群生しているのが確認出来た。

 そのうちの一つの前にしゃがみ込むと、ツンとした臭いが立ち込める。

 フォーマルハウトは鼻の中を通り抜ける臭いに顔を顰めながら焔王の慟哭を外し、大きく深呼吸を一つ。細心の注意を払って汁が飛び散らないように薬草を掴んだ。

 

「……い。おいっ! フォーマルハウト!」

「はっ!? な、何……くっさ! 何だこれ! くっせぇ!」

 

 フォーマルハウトが気が付いた瞬間には辺り一面にツンとした臭いが広がり、フォーマルハウトの服にはその臭いの元と思われる汁がべっとりと付着していた。

 水っぽさを感じて手の方へ向けると、そこには握り潰された赤紫の草。棘が手に刺さるようなことは無かったが、ツンとした刺激臭のする汁が滴り落ちていた。

 

「……なんで?」

 

 フォーマルハウトは首を傾げる。

 百レベルの力を考慮せずに加減を誤って握り潰した訳ではない。そもそも握り潰した瞬間の記憶すら、フォーマルハウトの頭には残っていなかった。

 まるでその瞬間だけ意識が飛んでいたかのような感覚だ。

 

「お前、採取スキルを持っていないのではないか? 自信満々に採取依頼を受けるから、てっきり持っているものだと思っていたが……」

「採取スキル……あ」

 

 ユグドラシルにおいては基本的には何をするにもスキルが必要だ。それは薬草などの採取行動も同様であり、適切なスキルを所持していない者が無理にその行動を取ろうとすると失敗する。

 薬草採取や鉱石採掘などでは、対象のアイテムが破壊されてしまうのだ。

 採取行動など長らくしていなかったために完全に忘れていた仕様を思い出し、フォーマルハウトは焦る。

 

「フェニア、お前採取スキル持ってたか?」

「持っているわけがないだろう」

 

 ヴェルフェニアは完全な戦闘用NPCとしてデザインされている。戦闘向けの職業であっても採取スキルを習得出来る職業も存在するのだが、生憎とヴェルフェニアはその類の職業を習得していなかった。

 このままでは薬草採取が出来ず、依頼失敗ということになってしまう。

 (カッパー)向けの採取依頼の失敗だ。情けなさ過ぎて笑い話にすらならない。いくらギガント・バジリスクの首を持ち帰っても、評価が上がることはないだろう。

 むしろ、ギガント・バジリスクを倒せるのに何故薬草は採取出来ないのかと訝しがられる可能性すらあった。

 

「あの……フォーマルハウト様」

「どうした、アウラ?」

「あたし、採取スキルなら持ってますよ」

 

 フォーマルハウトにはアウラが救いの女神に見えた。

 アウラは魔獣使い(ビーストテイマー)だが、同時に野伏(レンジャー)系の職業も習得しているため、採取スキルを習得していた。森の奥で生きる闇妖精(ダークエルフ)らしさを追求したぶくぶく茶釜のファインプレーと言えるだろう。

 

「おぉ! なら、代わりに頼めるか?」

「任せて下さい! どのくらい採ればいいですか?」

「現地の水薬(ポーション)の材料になるらしいから、ナザリックでも水薬(ポーション)の材料に使えないか実験したい。なるべく多い方がいいな」

「でしたら、マーレを呼んでもいいでしょうか? あたし一人だと時間が掛かっちゃうと思いますので」

 

 マーレが習得している森祭司(ドルイド)の職業は、魔法以外にも採取スキルなど一部の生産系スキルを習得することが出来る。

 森の祭司と称するに相応しいスキルだと言えるだろう。

 

「マーレか。いや、待て。せっかくだからマーレ以外にも何人か寄越せないかアルベドに聞いてみよう。あ、フェニア、<清潔(クリーン)>頼む」

 

 ヴェルフェニアの方へ手を差し出しながら、フォーマルハウトは<伝言(メッセージ)>を発動する。

 至高の四十一人たるフォーマルハウトとモモンガが不在の今、ナザリックの管理を担っているのはアルベドだ。デミウルゴスの不在により警備責任者でもあるアルベドの警備プランを台無しにしないためにも、勝手にシモベを動かすことは避けるべきだ。

 

「アルベドか?」

《これは、フォーマルハウト様! 何か問題がございましたか?》

「問題と言えば問題だな……実は冒険者として採取依頼を受けてフィベルナ大森林まで来たんだが、採取スキルを持っていないことをすっかり忘れていた。マーレと採取スキルを持ってる奴を何人かこっちに回して欲しいんだ」

《畏まりました。対象のアイテムは何でございましょう?》

「薬草だな。スオナ草といって、現地では水薬(ポーション)の材料として使われているらしい。ユグドラシルには無かった素材のはずだから、多めに採取してナザリックでの水薬(ポーション)作成材料の代替品にならないかも実験したい」

《なるほど、畏まりました。それではマーレを中心とした採取スキルを持つシモベを数名、シャルティアの<転移門(ゲート)>で送らせます。つきましては、探知系の魔法で御身の位置を探ることをお許し下さいませ》

「あぁ、ヴェルフェニアには探知阻害系の魔法を解除させておく」

《ありがとうございます。早急に準備を整えますので今しばらくお待ちください。それでは、失礼致します》

 

 アルベドとの<伝言(メッセージ)>を終了する。

 

「フェニア、探知系魔法でこちらの位置を確認するらしいから阻害系の魔法を切っておけ」

「分かった」

 

 転移系の魔法は自分が知っている場所でなければ転移出来ない。そのため、行ったことのない場所へ転移するには遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)や探知系の魔法などでその場所を視認する必要がある。

 今回の場合、フォーマルハウトたちの位置を調べなければ直接<転移門(ゲート)>を開けないのだが、その際にヴェルフェニアが常時展開している探知阻害の魔法が邪魔となってしまうのだ。

 それから十分ほど待っていると、唐突に地面から黒い靄のようなものが噴出して楕円形の穴を形作る。

 どこまでも続く深い闇を思わせる穴から姿を現したのは、シャルティアだ。

 優雅な足取りで現れたシャルティアはスカートの裾をつまんで一礼してから口を開く。

 

「第一、第二、第三階層守護者、シャルティア・ブラッドフォールン。御命令により参上いたしんした」

「あぁ、忙しいところ悪いな」

「そのような謝罪などお止め下さいませ。わたしは至高の御方々の忠実なるシモベ。ならばその御命令に従うことは当然でありんす」

「そうか。なら、ありがとうな」

「勿体無いお言葉!」

 

 深々と頭を下げて大仰な礼を述べるシャルティアに苦笑しながら、フォーマルハウトはシャルティアの背後で未だ口を開けたままの<転移門(ゲート)>へと視線を向ける。

 しかし、シャルティアに続いて送られてくるはずのマーレやシモベたちが姿を出す様子はない。

 

「シャルティア、マーレや他のシモベたちはどうした?」

 

 びくり、とシャルティアが身を強張環らせた。

 顔を上げたシャルティアの顔色は悪く、引き攣った笑みを浮かべている。

 

「シャルティア? あんたどうしたのよ、何か顔色悪いよ? や、アンデッドだから顔色は普段から悪いんだけど、変な物でも食べたの?」

「そ、そんなことはありんせん。ただ……ごほん。フォーマルハウト様、ご挨拶も済みましたし、わたしはこれで失礼いたしんす」

「あ、あぁ」

 

 出てきた時の優雅な足取りはどこへやら。再び一礼してからぱたぱたと忙しない動きで<転移門(ゲート)>の中へ戻っていくシャルティアは、まるで何かから逃げるような様子を感じさせた。

 

(階層守護者が何人か外に出てるから、警備の負担が増してるのか? 肉体疲労は感じなくても精神疲労は感じるだろうしな)

 

 闇の中へ消えたシャルティアと入れ替わるようにしてマーレが姿を現す。

 

「あ、あの、フォーマルハウト様。お、お待たせしました」

「あぁ、態々ありがとうなマー――」

 

 警備で忙しいにも関わらずやって来てくれたマーレに礼を言おうとしていたフォーマルハウトだったが、マーレに続くようにして<転移門(ゲート)>から姿を現した者を見た途端、その笑顔が引き攣ったようなものへと変わった。

 

「いっ!?」

「ぴゃっ!?」

 

 アウラとヴェルフェニアが短い悲鳴を漏らす。

 意外にも、奇声ともとれる悲鳴を漏らしたのはヴェルフェニアの方だ。

 想像もしなかったような声に驚いたことで、フォーマルハウトは幾分か冷静さを取り戻した。

 

(シャルティアのやつ、こいつと顔を合わせる時間少なくしたかったから入れ違いになるように先に出てきたんだな……)

 

「ご機嫌麗しゅう、フォーマルハウト様!」

 

 爽やかな声と共にばさりと金の糸で縁取られた真紅のマントを翻して優雅な礼をしてみせたのは、マーレよりも小さな黒い影だ。

 影の形は楕円形。体は黒光りする焦げ茶色の外骨格に覆われ、その大きさは小さなマーレの半分にも満たず、三十センチほどだ。頭部からは長い触覚が二本垂れさがり、その間には黄金に輝く王冠が乗せられ、手には純白の宝石が嵌め込まれた王笏を持っている。

 手足は棒きれのように細長く、腕はコキュートス同様に四本。その先端は指と言うよりは鉤爪のような形状だ。

 闇の中から完全に姿を現し、木漏れ日に照らされて鮮明となった姿を見てフォーマルハウトはさらに顔を引き攣らせる。それでもフォーマルハウトが笑顔を崩さずにいられたのは、目の前の存在もまた、かつての仲間たちが生み出したNPC――つまりは愛すべき子供のような存在であるからだろう。

 喉の奥を振り絞るようにして、必死に平静を装いながら声を出す。

 

「ひ、さし、ぶりだな……恐怖公」

「はっ! ご無沙汰しております! 此度はフォーマルハウト様が採取スキルを持つシモベを探しておられると耳にしまして、我輩、これはお役に立つべく馳せ参じねばと任に立候補させて頂きました次第にございますぞ!」

 

 彼の名は恐怖公。

 ナザリックが誇る第二階層にて、黒棺(ブラック・カプセル)と呼ばれる領域を授かる二足歩行の巨大ゴキブリであり、ヴェルフェニアと同じ領域守護者である。

 

「そ、そうか。うん、お前たち、ナザリックの警備で忙しい中来てくれて感謝する」

「か、感謝など勿体ないです」

「マーレ殿の言う通りですな。至高の御方々の御命令に従うは我輩共の喜びですぞ」

 

 言葉ではそう言いつつもやはり喜びがあるのか、恐怖公はぴくぴくと触手を動かす。

 それを見たヴェルフェニアが顔を青くしながら、さっとフォーマルハウトの背中へと隠れた。

 

(ユ、ユグドラシルで見た時の数倍キツい! るし★ふぁー! あいつ、なんてやつを創りやがったんだ!)

 

 フォーマルハウトの脳内では、恐怖公の生みの親たるギルドメンバー、るし★ふぁーが良い笑顔で親指と立てていた。

 

「ごほん。そうか。じゃあ、早速採取を頼めるか? 対象はあの薬草だ。あっちの方角に村があって収入源の一つらしいので、逆方向で採取するように」

 

 ひゃい、と震えた返事をしたアウラが勢いよくマーレを引っ張って、早々に恐怖公から離れた位置へと移動してから採取を始めた。

 が、恐怖公は動かない。

 

「恐怖公、どうした?」

「おぉ、少々お待ち下され。スキルの発動準備をしておりますゆえ」

「……スキル?」

 

 嫌な予感がしたフォーマルハウトが問い掛けると、意気揚々と恐怖公が語り出した。

 

「御存知やもしれませぬが、実は我輩、サマナーの職業を習得しておりまして。そのスキルを使用しますと、我輩が持つスキルの一部を召喚した眷属が引き継ぐことが出来るのですぞ」

「眷……属……?」

「はっ。このスキルを使用して眷属を大量召喚すれば、時間を掛けずに大量の薬草採取が可能ということですな」

 

 眷属を大量召喚の辺りで、フォーマルハウトの背に隠れていたヴェルフェニアが大きく身を震わせた。ぎゅっと小さな手でフォーマルハウトの服を握り締めているのは、恐怖を押し殺すための無意識な行動なのだろう。

 会話が漏れ聞こえていたアウラまでもが動きを止め、フォーマルハウトに助けを求めるような表情を向けている。

 マーレは何の反応も示さずにせっせと薬草を採取していた。

 

「では、ゆきますぞ!」

「ま、待て、恐怖――」

 

 フォーマルハウトが止める間もなく、それは始まった。

 

「眷属召喚!」

 

 スキルの発動と同時に恐怖公の周囲から大小様々な大量のゴキブリが出現する。その数は百や二百では利かず、千を優に越す、

 その日、フィベルナ大森林の一角が黒く染まり、その中心部では少女二人の奇声が響き渡った。




 誤字報告ありがとうございます。

 今回非常に長くなってしまいました。
 基本的にはtxtで30kb前後になるように書いているんですが、今回は40kbを突破しました。
 どうしても恐怖公を出したかったんです。
 そして、どうしてもヴェルフェニアに奇声を上げさせたかったんです。

 ミリアは村の労働力確保のために小鬼将軍の角笛を使いました。フォーマルハウトが渡したメダルの方は大切に取っておいてあります。
 指揮官系の職業を習得するのはいつのことになるんでしょうか。

 森祭司なんですし、マーレも採取スキル持ってますよね?
 そして、昆虫の森祭司の種族を持ち、ハイ・ドルイドの職業を持つ恐怖公も採取スキルを持っててもいいですよね?
 サマナーのスキルで召喚者のスキルの一部を召喚物に引き継がせることが出来るというのは独自設定です。でも、出来ても不思議じゃないと思うんですよね。
 あと恐怖公の創造主をるし★ふぁーさんにしました。原作ではまだ明らかになっていませんが、多分そうじゃないかなって。
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