骸骨の魔王と赫灼の焔王   作:エターナルフォースブリザード

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第四話 ブラック企業ナザリック

 胃がキリキリと締め付けられるような守護者たちとの会談を終えたフォーマルハウトは、自室でマジックアイテムの調査をするというモモンガと一度別れ、第九階層にある自室の前に来ていた。

 ナザリック地下大墳墓の第九階層は白亜の城を思わせる煌びやかなロイヤルスイートだ。

 凝り性のメンバーが総力を結集して作り上げたこの階層は居住区であり、それぞれが現実での欲求を満たすために設置された様々な部屋や施設が存在する。

 ギルドメンバーの私室や客室は勿論、ギルド内会議によく用いられた円卓の間。NPCである一般メイドや戦闘メイドプレアデスの部屋。メイド達や使用人達が食事をするための大きな食堂。九種十七浴槽を持つスパリゾートをイメージして作られたスパリゾートナザリック。静かに酒を楽しむことが出来るショットバーなど、実用性のあるものからゲームであったユグドラシルには欠片ほども必要のないものまで多岐に渡る。かつては学園を作ろうなどという突拍子もない案が出たほどだ。

 そんな意味のない施設群も、今では現実のものとなったために本来の用途で使われている。

 

「ここに来るのも久しぶりだな」

 

 扉の前に佇み、腕を組んで呟く。

 各ギルドメンバーには第九階層に一人一部屋ずつ自由な内装を施してよい自室が宛がわれている。そのためここも他の部屋の例に漏れず、フォーマルハウトの趣味が多分に盛り込まれた改造が施されており思い入れもあるのだが、ここに訪れるのは随分と久しぶりだ。

 というのも、アインズ・ウール・ゴウンの仲間たちが次々と引退してしまったため金策に集中しなければならなくなったということが大きい。加えてこの部屋には余り価値が高い物を置いていないのだ。

 価値があるアイテムやギルド共有のアイテムなどは専ら宝物殿に収められており、使う可能性が高い消耗品や有用なマジックアイテムなどは、フォーマルハウトの場合は基本的に持ち歩いている。貴重かつ個人所有のアイテムは最も安全な第八階層にあるヴェルフェニアの家の倉庫に保管してある。

 そのためここにあるアイテムと言えば、個人所有のアイテムの中でも価値が低くいつでも手に入れられるような素材やデータクリスタル、余った消耗品の類、料理の材料となる食材系アイテム、もしくはイベントなどで手に入れられるコレクター魂を刺激するが実用性に乏しい記念アイテムばかりだ。

 内装にはそれなりに凝ったものの、普段は倉庫扱いしていたような部屋に用などあるはずもなく、滞在する場所と言えば殆どが虚無の湖岸。まして金策に必死であった時期に訪れなくなるのは当然と言える。

 しかし、ユグドラシルから転移したことにより普段の生活空間が必要となった。第八階層に滞在しても良かったが、モモンガの発案によって許可が無い限りはヴェルフェニア以外のNPCやシモベたちの第八階層への立ち入りが禁じられたため、NPCやシモベたちが自我を持ったのならばせっかくなのでコミュニケーションを取ってみたいと考えてたフォーマルハウトは第九階層へと滞在することにした。

 

「と言っても、そのためには掃除だよな。ずっと放置してたからどうなってるのか……いや、元々ゲームだったわけだし、汚れとか埃は無い……のかな?」

 

 かくして閉ざされていた両開きの扉を開けたフォーマルハウトの目に飛び込んで来た光景は想定の範囲を大きく超えたものだった。

 フォーマルハウトが改造を施す前はロイヤルスイートをイメージされた白や金、銀を基本として装飾された華美でありながらも見る者の目を決して疲れさせない計算が為された部屋であったが、今は元の部屋と比べて大分様変わりしている。

 基本的な間取りは改造以前と変わりないものの、宇宙を思わせる黒と青の中間色の壁紙で囲まれた部屋の床に敷かれている絨毯は深いネイビーブルーをしている。縁には金の糸で装飾が施された芸術品の如きものであり、そこに足を乗せるのを躊躇わせるほどの一級品だ。配置されたテーブルや椅子、調度品の数々はシックで物静かな雰囲気を思い起こさせる品ばかりで、それら全てが実用性と芸術性を兼ね備えている。

 入って右側には専属料理人――そんな設定がされた者は存在しない――が腕を振るうキッチンへ通じる扉がある。正面奥の壁には部屋の主であるフォーマルハウトを示す燃え上がる焔を象った紋章が刺繍された巨大な旗が飾られており、その左右に位置する扉はそれぞれ寝室とドレスルームへと繋がっている。

 そんなフォーマルハウトの自室は足の踏み場もないくらい酷い有様だった。

 リビング内にあった本棚に収められていたはずの本は床へと溢れ出るように零れ落ちており、中央にあるテーブルの上に綺麗に整列されていたはずのポーションの類は山のように積み上がっている。乗り切らなかった分は床へと散乱しており、いくつかのポーション瓶が割れて中身が絨毯を汚してしまっていた。

 ドレスルームや寝室の扉は内側から破裂したように開け放たれており、中からはコレクションとして保管していた使い道の無かった装備やアクセサリ、素材やデータクリスタルが飛び出していた。

 どれもこれも大した物ではないため破損していようと別に構わないのだが、捨てるのは勿体ない。しかし、まとめて捨ててしまわずにこの惨状を一人でどうにかするのは当然不可能だ。

 そして一番の問題は、部屋がこんな状態になってしまっている理由に心当たりが無いことだ。

 

「……マジか」

 

 絶望に肩を落としながら、とりあえずと照明を付けるが大して明るくはならなかった。

 それもそのはず、明るい場所よりは暗い場所の方が落ち着くと思っているフォーマルハウトが自ら照明関係を光が弱い物へと変えたのだから。

 そもそも異形種が参加条件であるアインズ・ウール・ゴウンに所属している以上、フォーマルハウトもまた異形種である。異形種の多くは暗闇を見通すことが出来る能力を所有しており、フォーマルハウトもまたその例に漏れず暗闇を見通すことが出来る。この程度の暗闇であれば、本来なら照明すら必要ない。

 それでも照明を付けたのは、現実世界(リアル)での人間としての習慣がそうさせたのだろう。

 

「うーん……どうしたもんか……」

 

 現実世界(リアル)で一人暮らしであったフォーマルハウトには掃除や片付けの心得はなかった。そもそも給料の殆どをユグドラシルへとぶち込んでいたので家にある物が少なく、たまに埃を払って床を掃いてゴミを出すくらいの掃除しかやったことがなかった。

 清掃専門業者でも時間を要するような惨状のこの部屋を掃除するというのは余りにも手に余る。

 

「フォーマルハウト様」

「うわっ!?」

 

 途方に暮れていたフォーマルハウトに横合いから声が掛けられる。静かだが透き通ったような、抑揚の無い声だ。

 突然声をかけられて思わず飛び上がりそうになったフォーマルハウトが振り返った先に立っていたのは、赤金の色をした腰まで届くロングストレートヘアのメイドだった。

 非常に整った顔立ちだが何の表情も浮かべていないその顔は能面のような印象を与えるもので、冷たい輝きを宿したエメラルドのような瞳がじっとフォーマルハウトの事を見つめていた。

 その瞳はひとつだけであり、左側の目はアイパッチで覆われている。首には都市迷彩色のマフラーを巻き、その小さくもヴェルフェニアよりは大きな体を包むメイド服は所々にマフラー同様の都市迷彩色だ。スカートの裾には一円と記載された小さなシールが貼られている。

 もし値段が一円で売られていたのなら、間違いなく即座に購入を決めるだろう。

 

「シズ……だったか?」

「はい。プレアデスはシズ・デルタ。御身の前に」

 

 名乗りを上げて跪いたのはCZ2128(シーゼットニイチニハチ)Δ(デルタ)。シズ・デルタと呼ばれている、戦闘メイドプレアデスの一人だ。

 人間のような外見をしているが、その種族は自動人形(オートマトン)と言う機械の体を持つ種族である。

 

「あぁ、立ってくれ」

「……はい」

「それで、どうした?」

 

 立ち上がった後も感情を感じさせないまま佇むシズへと問い掛ける。

 

「セバス様が、フォーマルハウト様の御傍に控えるようにと」

「傍に控える?」

「はい。何か御用がありましたら……何なりと」

「ふむ」

 

 要するにメイドらしいことをしてくれるらしい。本物のメイドなど見たこともないので、それがどんなことをするのかフォーマルハウトは正しく理解していなかったが。

 考える素振りを見せてから、酷い有様の部屋へと視線を向ける。

 何の反応も示さないことから、どうやらシズの角度からは部屋の中は見えていないようだった。

 ともあれ、一人で片付けても到底終わりが見えないのなら、せっかくなので手伝ってもらうのはどうか。そこまで考えて、この惨状を見せて大丈夫だろうかと思い直す。

 間違い無く、一人で片付けも出来ないのかと呆れられる。これからナザリックでNPCたちと生活していくのだから、幻滅されて評価が下げられるというのは心情的に避けたいものだった。

 しかし、片付けなければ寝泊まりする場所は第八階層になり、誰にも邪魔されずヴェルフェニアと爛れた生活を送っていると陰口を言われるのも避けたかった。結局、背に腹は代えられないと意を決して口を開く。

 

「じゃあ、部屋の片付け手伝ってくれないか?」

「……畏まりました」

 

 シズを連れて足元に転がるアイテムを足で蹴飛ばすようにどかしながら部屋に入ると、シズは中までは入らずに入り口で足を止める。

 

「……応援が必要」

 

 部屋の惨状を見てそう判断したのか、シズは抑揚の無い声で呟く。

 

「確かにそうだな。いや、普段からこんなに汚いわけじゃないんだぞ?」

「……では、なぜですか?」

 

 思わず言い訳が口をついて出た。

 今更ただの言い訳だなどと言えず、フォーマルハウトは理由を絞り出すために必死で頭を回転させる。

 そもそもなぜ自室がこんな状態になってしまっていたのか。ユグドラシルで利用していた頃は床に直接アイテムを放置したり、乱雑に詰め込んで扉を無理矢理閉めたりなどしなかった。むしろフォーマルハウトはその辺りの整理整頓は拘るタイプであり、アイテムのカテゴリ毎に保管場所を分け、取り出し易く片付け易い状態を維持していた。

 部屋に訪れなくなってからは仕舞ったアイテムを弄る機会も無くなっていたのだから、第三者が部屋を荒さない限り物が散乱することなどあり得ないのだ。

 ここまで考えて、フォーマルハウトはユグドラシルのアイテム周りの仕様を思い出す。

 ユグドラシルでは同じ名称のアイテムは殆どスタック出来る仕様だった。例えば下級治癒薬(マイナーヒーリングポーション)であれば九十九個スタック出来る。つまり、アイテムボックスの枠一つで下級治癒薬九十九個を持ち歩くことが出来ていた。

 しかし、ユグドラシルが現実となった今、アイテムのスタックなど出来るはずもない。保管されていたアイテムがスタックされていた数分だけ増えてしまい、結果として各保管場所に収まりきらなくなって溢れ出しているのだと予想する。

 

(転移の弊害か……手持ちのアイテムは殆ど無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)にぶち込んでるし、そもそも持ち歩いてる数が少ないから大丈夫なはず……あとで確認しよう。モモンガさんがアイテムボックスもちゃんと開けるって言ってたし)

 

 フォーマルハウトは基本的にアイテムを余り持ち歩かない主義だ。

 水薬などの必需品やスクロールなどの必須と呼べるマジックアイテム、予備の装備品やアクセサリーなどを、総重量五百kgまでなら好きなだけアイテムを補完出来る無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)に入れ、極力アイテムボックスの枠を使わないようにしてから冒険に出掛ける。

 そして途中でゴミアイテムなどを拾えるだけ拾ってアイテムボックスを埋め尽くす。ついでにダミーの無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)の中にまで、最大重量の五百kg分目一杯に。

 これはPK中毒プレイヤーであったフォーマルハウトがPKを行う際に、デスペナルティ対策兼盗賊職を有するプレイヤー対策として行っていたことだ。

 アイテムボックスをゴミとダミーの無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)で埋め尽くすことにより、本命のアイテムが入った無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)をデスペナルティでドロップしてしまったり、盗まれてしまう確率を減らすのだ。

 

「……フォーマルハウト様?」

「あぁ、すまない。ナザリックがユグドラシルとは異なる世界に転移してしまったっていう話は聞いたか?」

「はい。アルベド様より、既に全シモベに通達されています」

 

 アルベドの仕事の早さに驚く。

 まだ守護者たちにナザリックが転移したことを伝えてから数十分しか経っていない。にも関わらず、数万に上るシモベの全てへ情報の伝達が済んでいるというのは、構築されている情報伝達システムが優秀な証拠だろう。

 

「そうか。まぁ、転移の弊害みたいなものだな。こことユグドラシルでは世界の法則が違うらしくて、ユグドラシルではちゃんと保存出来ていた物が出来なくなってるみたいだ」

「……わかりました」

 

 こくり、と頷いたシズの表情に変化は無い。

 自動人形はそういう設定の種族だということは知っていたが、フォーマルハウトはどう対応したら良いのかわからずに暫くシズのことを見つめてしまう。

 

「……?」

 

 暫く見つめていると、『何か?』と言いたげな風にシズが首を傾げた。

 

「あぁ、いや、すまない。じゃあ、誰か手が空いてるやつを連れて来てくれるか?」

「畏まりました」

 

 シズはぺこり、と軽く一礼してから踵を返して去っていった。

 

「……さて、先に少しでもやっておくか」

 

 腕捲りするような仕草の後、フォーマルハウトは屈んで手近なところへと手を伸ばし、部屋の片付けを開始した。

 この行動が後にシズが連れて来た一般メイド達とひと悶着あるとも知らずに。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 第九階層、フォーマルハウトの自室では、シズを中心としてメイド服を着た美しい少女たち数人が忙しそうに部屋の中をぱたぱたと動き回っていた。

 汚部屋と呼べる状態だった部屋がみるみるうちに綺麗に掃除され、散乱していたアイテムが整理整頓されてゆくあたり、彼女たちは皆優秀なメイドなのだろう。

 そもそもこのナザリック地下大墳墓にいる一般メイドたちは皆、三人の創造主によってメイドとして完璧な技術を持って生み出されたNPCである。非戦闘要員でありレベルは一なので戦闘能力は皆無だが、全員がメイドとして家事を行う分には極めて優秀な能力を有している。

 

(ヘロヘロさん、ク・ドゥ・グラースさん、ホワイトブリムさん……この光景見たら嬉しすぎて失神するんじゃないか?)

 

 一般メイドたちを生み出した三人のギルドメンバーは全員が異様なほどに気合を入れて作成作業を行っていた。

 特にメイド服はジャスティスを豪語して憚らないホワイトブリムに至っては、四十一人存在する一般メイド全員の原画を描いている。彼が作るメイド服のデザインは異常なほど巧緻な造りであり、常軌を逸した綿密な造り込みで外装担当のク・ドゥ・グラースを泣かせたほどだ。

 片付け作業が開始して二時間ほど、フォーマルハウトは用意された簡素な椅子に座りながら動き回るメイドたちをぼぅっと眺めていた。時折応援の意思を込めてひらひらと手を振ると、メイドたちはそれはそれは嬉しそうな笑顔を浮かべて作業速度を上昇させる。

 フォーマルハウトがシズと別れた後、一人で作業を始めて数分後にシズは四人ほど一般メイドたちを連れて戻って来た。作業をしながらそれを迎え入れると、メイドたちは顔を青くしながらフォーマルハウトの傍へと跪いて、瞳を潤ませながら嘆願した。

 

「フォーマルハウト様、伏してお願い申し上げます! どうか掃除などは私共メイドにお任せ下さい! 至高の御方々であらせられる御身にそのような雑事をさせたとあってはメイドの名折れで御座います!」

「えっ、いや、この量だぞ? 俺も手伝った方が早く終わるだろう?」

「御身の御言葉に背く無礼をお許し下さい。このような事は私共メイドの仕事に御座います! 御身はどうか、掃除など私共に任せてお寛ぎ下さいませ!」

「寛ぐ……と言われても」

「わ、私共の忠誠はご迷惑でしょうか!」

 

 涙を流しながらそんなことはどうか自分たちに任せて欲しいと嘆願する様子は、一般人であったフォーマルハウトから見るとはっきり言って異常であった。

 しかし、悲壮な表情を浮かべて跪いているメイドたちにそんなことを言う度胸も勇気も無く、助けを求めてシズの方へ視線を向けるとシズはこくりと黙って頷いた。

 何の頷きだ、と叫びたくなったがそうするわけにもいかず、助けが無いことを悟って仕方なく仕事を任せることにするとメイドたちは嬉々として大袈裟な礼を述べて部屋の片付けを開始した。

 それから二時間、何もせずにずっとメイドたちを眺めている。何かしようとすれば、近場にいるメイドの一人が『どうかなさいましたか?』と必ず問い掛けて来るのだ。

 手持無沙汰なので片付けを手伝うと言えば再び最初の押し問答が再開され、それを二回繰り返したことでフォーマルハウトはようやく大人しく座っているしかないと学んだ。

 彼女たちなりにメイドとしての矜持を持って尽くしてくれているというのは伝わってくるのだが、庶民的なフォーマルハウトにはそれほどに尽くされるという経験など無く、むしろ常時監視されているような気さえした。

 しかし、自分のために働いてくれている者に文句など言えるはずもない。

 

(確か……この子はサクラメントだったな。俺が名前付けたんだよなぁ。そういうのも知ってたりするのか?)

 

 ホワイトブリムたちが生み出したメイドは全部で四十一人いる。当初は名前もメイド担当の三人で考えていたが流石にそれだけの人数がいると名前が思いつかず、名前が決まっていなかったメイドたちのうちの三人ほどはフォーマルハウトが名前を付けたのだ。

 そのうちの一人であるサクラメントは桜色のロングストレートヘアが目立つ美女だ。少女と言うには少しばかり大人びているが、大人というには少しばかり幼さを感じさせる容姿で、ロングスカートをひらひらと揺らしながら本棚の辺りを動き回っている。非常に整った顔立ちは可愛いよりも綺麗だと言った方が正しく、サファイアのような青い瞳は真剣な表情で抱えた本と本棚の間を往復している。

 フォーマルハウトはふと彼女の胸元へと目を向ける。決してやましい感情からではないと自分に言い聞かせながら。

 慎ましやかながらもしっかりと自己主張する大きさの胸を覆うメイド服の、左胸と左肩の間の辺りに見覚えのある刺繍を発見する。

 

(あれ、俺の紋章だよな?)

 

 そこには自分の腕章にあるものと同じ、燃え上がる炎のような紋章が小さく刺繍されていた。

 

(……無い)

 

 他のメイドの同じ部分へと視線を向けるが、そこにフォーマルハウトの紋章は刺繍されていなかった。それどころか、他のギルドメンバーの誰の紋章も刺繍されてはいない。

 

「……なぁ、サクラメント?」

「はい! 何か御座いましたか?」

 

 バッと勢い良く振り向いたサクラメントは嬉しそうに微笑みを湛えていた。

 

「その、何でお前のメイド服には俺の紋章が付いてるんだ?」

「私の名は畏れ多くもフォーマルハウト様より授かった物であり、その証だと、ホワイトブリム様よりお伺いしております」

「ホワイトブリムさんが? なるほど……」

「ご、ご迷惑でしたでしょうか?」

 

 サクラメントは怯えたような表情で、フォーマルハウトの様子を窺う。

 サクラメントの心配は杞憂であり、迷惑などではない。むしろその逆で、フォーマルハウトは悪くない気分だった。かつての友人から小さなサプライズプレゼントを貰ったような感じだ。

 そんなことは露知らずに表情を暗くしているサクラメントを見て、もしも迷惑だと言ったらどんな反応をするのだろうかという黒い興味が頭をもたげる。しかし、自分に尽くしてくれている者たちにそんなことは出来ないと、すぐさまその興味を掻き消して微笑む。

 

「いや、迷惑なんかじゃないよ。あの人も粋なことするなと思ってな」

「左様で御座いましたか」

 

 あからさまにほっとした表情を浮かべて胸を撫で下ろすサクラメントを見て、不思議と笑いが漏れる。

 

「な、何か?」

「いいや、何でもない。さぁ、仕事に戻ってくれ。あぁ、いや、ずっと働いてくれているしそろそろ休憩したらどうだ? お前たちも疲れただろう?」

 

 フォーマルハウトのその言葉は何気ない親切心からの言葉だった。

 メイドたちはすでに数時間という長い時間を片付けに費やしてくれているし、サクラメントとの会話を経て休息も兼ねて一緒にお茶でもしながら話してみれば面白いことが聞けるかもしれないという考えもあった。

 しかし、サクラメントから返って来た言葉は予想とは真逆の言葉だ。

 

「そんな、休憩など! 私共は皆、至高の御方々より維持する指輪(リング・オブ・サステナンス)を賜っております。ですので、休息は不要に御座います。どうかこのまま私共に奉仕させて頂きたく」

「そう、だったか。いや、でも休憩は挟んだ方がいいんじゃないか? 肉体の疲労は無いだろうが精神的な方はあるだろう?」

「いいえ、御身の御厚意を無碍にするような無礼をお許しください。ですが至高の御方々に仕え、奉仕することこそが私共の無上の喜びに御座います」

 

 サクラメントの言葉に同意するように真剣な表情で頷くメイドたちを見て、フォーマルハウトは嫌な予感を覚えた。

 

「……そうか、わかった、なら頼むよ。シズはちょっと来てくれ」

「はい」

 

 引き攣った笑顔を浮かべながらメイドたちに仕事を託すと、嬉々とした表情で仕事を再開した。かその作業速度は上がっているように見えるのは、フォーマルハウトに『頼まれた』からだろう。

 呼び寄せたシズは近くに来ると跪こうとしたので、フォーマルハウトはそれを手で制して立ち上がらせ、身振りで耳を貸せと伝える。

 寄せられたシズの体の香りなのか石鹸の香りなのかはわからないが、ヴェルフェニアのものとは違った甘い香りがふわりと鼻腔を通り抜ける。いつまでも嗅いでいたいような匂いだったが、そんなことをすれば変態の烙印を押されることは間違いないので流石に自重した。

 

「シズ、メイドたちはみんなこうなのか?」

「……?」

 

 要領を得ないのか、シズは首を傾げる。

 

「あぁ、いや、質問を変えよう。お前たちはいつ休憩してるんだ?」

「……休憩、してません」

「……マジで?」

「マジ、です。維持の指輪(リング・オブ・サステナンス)のお陰で、疲れません。だから、毎日朝から夜までお仕えしています」

「……それは、ここに居ないメイドたちやメイドでないシモベたちもか?」

「……はい。維持の指輪(リング・オブ・サステナンス)を持っていない者は休憩したり、寝たりします。ですが、疲労無効のスキルを持っている者はずっとお仕えしています」

「…………休みが欲しいとは思わないのか?」

「はい。さっき、サクラメントが言ったように、至高の御方々にずっとお仕えすることを皆が望んでいます」

「……」

 

 フォーマルハウトは絶句した。

 シズの言葉が真実ならばメイドに限らずシモベたちは二十四時間三百六十五日常に働いているということになる。一体だれがその勤務スケジュールを考えたのかは知らないが、疲れることが無く、本人たちも望んでいるらしいとは言え余りにも異常だ。

 しかし、フォーマルハウトとモモンガは知らないが、このナザリックにおいてはそれこそが正常であり、休みが欲しいなどと思う者こそが異常なのだ。

 彼女らの支配者への忠誠はもはや信仰の領域にある。しかもその強さは狂信者のそれだ。 忠誠を捧げる至高の四十一人は絶対の存在であり、神にも等しい。それどころか事実彼女らにとっては神だ。神のためにその身を捧げることは最も尊いことであり、喜びであり、そして当然のこと。そのために自分たちは生まれてきたと疑わない。ナザリックに住まう者全員が信心深い敬虔な狂信者たちだ。

 

(……むぅ)

 

 心の中で呻く。

 どうしたらこの勤労意欲が異常な狂信者たちに休息を取らせられるのか、と。

 強く命令すれば解決なのだろうが、先ほどまでのやり取りを考えると仕事を奪わないで欲しいと泣きだす可能性すらある。とはいえ、このまま放置してブラック企業も真っ青なほど働かせ続けるというのは、現実で会社に酷使されていたフォーマルハウトにとっては許し難いことだ。

 まして相手はかつての友人たちの忘れ形見とも言えるNPCたち。単なるNPCだったユグドラシルの頃ならばともかく、彼女たちは今まさに生きているのだ。であれば良い関係を築きたいし、酷使させ過ぎて万が一にも体調を崩すようなことがあればギルドメンバーたちに顔向け出来ない。

 

「……フォーマルハウト様?」

「うぇ? あ、あぁ、すまない。少し考え事をしてた。ありがとう、シズ」

 

 礼を述べながら、目の前の少女の頭へと手を伸ばす。

 シズの頭の上に手を乗せて軽く撫でつけると、さらさらとした髪の感触が手の平を通してフォーマルハウトへと伝わる。

 

「フォ、フォーマルハウト様?」

「す、すまん。撫でやすい位置にあったからつい。嫌だったか?」

 

 フォーマルハウトの問いに、シズは頬を少しだけ染め上げながらふるふると何度か首を横に振った。能面のようだった表情には僅かな羞恥心と嬉しさが滲み出ていた。

 その光景を目にしたメイドたちは驚きと羨望が同居したような表情を覗かせている。サクラメントに至っては無意識に小さな声で『あぁ、羨ましい』と漏らしていた。

 

「嫌じゃ、ないです……」

「そうか。それならよかった」

 

 そのまま少しの間撫で続け、手を離した頃にはシズはオーバーヒートしてしまったのかというくらい顔を真っ赤に染めていた。

 

「さぁ、仕事の続きを頼むぞ」

「……は、はい」

 

 小さく頷いたシズは、ふらふらと覚束ない足取りで仕事へと戻る。

 

(しかし、どうしたもんかな)

 

 仕事することが生き甲斐。それ自体は良いことだろう。敬愛する者に尽くすことが幸せだと言う生き方を否定することは誰にも出来ない。しかし、行き過ぎが良くないというのもまた事実だ。

 何とか上手く言い包めて休息を取らせる方法を模索するが、結局シズたちが部屋の片付けを終えても妙案を思いつくことはなかった。




 この辺りから多数の独自設定が出て来ます。
 なるべく原作設定を大切にしていきたいとは思ってますが、公表されていない部分や良く分からない部分には容赦なく独自設定を嵌め込んでいきます。
 あと読み間違えたり違う解釈をしていたりする部分もあると思います。

例)
・第九階層の部屋の間取り
・アイテムのスタックシステム
・メイドたちの外装担当がク・ドゥ・グラース
・一般メイドの一人サクラメント

 一般メイドに名前を付ける時、フォーマルハウトは適当に聞こえが良い言葉を選んで名前に付けています。なので名前を付けた三人に共通点などは特にありません。
 それと、まだ大丈夫ですが書き溜めが減ってきています。
 無くなるまでは毎日更新のつもりですが、無くなった場合は不定期更新になると思います。

 評価付けてくれた方、感想くれた方ありがとうございます!
 失踪しないように頑張りますね。
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