骸骨の魔王と赫灼の焔王   作:エターナルフォースブリザード

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第五話 会議

「今後の方針を決めようと思います」

 

 モモンガが打ち出した議題に対して、ぱちぱちぱちと広い部屋に疎らな拍手が響く。

 その部屋には黒曜石の輝きを放つ巨大な円卓が鎮座し、その周囲を囲むように繊細な意匠が施された豪華な椅子が並んでいた。

 ただ、全部で四十一ある椅子の殆どは空席であった。そこに座る人物が二人だけとなって久しく、最後に全ての椅子が主を乗せたのはいつのことだったか。

 円卓の間。

 ナザリック地下大墳墓第十階層にあり、アインズ・ウール・ゴウンに所属するギルドメンバーがログインした際に最初に訪れる場所。ギルドの定例会議や雑談、緊急案件の相談などあらゆる話し合いがここで行われてきた。

 フォーマルハウトはやる気のない拍手をしながらこの部屋が完成したばかりの頃を思い出し、小さく溜息を吐く。

 かつてはこの部屋も賑わっていた。席の全てが埋まることは珍しくも無かったし、むしろ誰かが居ないほうが不思議なほどだった。しかし、もうこの部屋の席の全てが埋まることはないだろう。

 

(……あぁ、良くないな、これは)

 

 盛者必衰という言葉の意味を感じ取り、寂しさと悲しさに沈んで行く気持ちを奮い立てるため、努めて明るい声を出す。

 

「方針と言われても、俺そういうの考えるの苦手ですよ」

「苦手なんじゃなくて面倒臭いんでしょう?」

「それを苦手って言うんですよ。分かってないなぁ、モモンガさんは」

「あれ、何で私が煽られてるんですか? ともかく状況が状況ですからフォーマルハウトさんもちゃんと考えて下さいね」

「うぃうぃ~」

 

 フォーマルハウトはだらりと円卓の上に体を投げ出して気の無い返事を返す。普通ならば怒り出すか態度を咎めるかするところだが、モモンガは一切気にも留めなかった。

 これがいつも通り。

 話し合いとなると途端にやる気を無くすフォーマルハウトから意見を聞いてモモンガが行動方針をまとめ、フォーマルハウトはその方針に従って行動する。アインズ・ウール・ゴウンがたった二人になってしまってからずっとそうやってきた。

 NPCたちが意思を持って動き始めた以上、アルベドを始めとする守護者たちやセバス、プレアデスたちを参加させるという考えもあったが、今回は彼らに聞かせ辛い話もあるため二人だけでの会議となった。

 

「とりあえず大方針として我々とNPCの生存、そしてナザリック地下大墳墓の存続を提案します」

「異議なーし」

 

 モモンガはきちんと考えるように頼んでいたが、こればかりは考える必要もないためフォーマルハウトは即答した。

 自分と友人が生き延びるのは勿論、かつての友人たちと共に創り上げたナザリック地下大墳墓とそこに住まうNPCたちを失うことだけは絶対にあってはならない。

 

「そのためにも情報収集を行う必要があると思います」

「具体的な方法は?」

「そうですね……基本的には影の悪魔(シャドウ・デーモン)辺りの隠密能力が高いシモベを周囲の偵察に出そうと考えています」

「ふむ……」

 

 フォーマルハウトは顎に手を当てて、少しだけ眉間に皺を寄せながら考える素振りを見せた。

 影の悪魔(シャドウ・デーモン)は影に溶け込み移動することが出来る隠密能力に優れたモンスターだ。その発見には手間がかかり、ユグドラシルの高レベルの上位プレイヤーでも時折見逃すこともある。NPCではなく召喚コストも安いため、万が一何らかの理由で失う形になっても痛くは無い。とりあえずの偵察役としては適任だろう。

 フォーマルハウトが眉間に皺を寄せた理由は、影の悪魔(シャドウ・デーモン)の隠密能力に不満があったわけではない。だが、その戦闘能力に難がある。

 影の悪魔(シャドウ・デーモン)のレベルは三十レベル程度だ。その隠密能力は三十レベルの枠には収まらないが、その分戦闘能力は実際のレベルよりも少し低めだ。

 セバスの報告ではこの世界にも生物が存在するようだった。確認できたのは戦闘能力の無い小動物と言う話だったが、ならば三十レベルでも安全だと断言は出来ない。たまたま確認出来なかっただけで、三十レベルなら簡単に狩り殺す現地生物がいてもおかしくはないのだから。

 

影の悪魔(シャドウ・デーモン)で大丈夫ですか? もう少し高レベルの方がいいんじゃ? この世界の生物にレベルの概念があるのかはわかりませんけど、三十レベル程度じゃ情報収集も何もなくちょっと強いやつが居たら即殺されるでしょ」

八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)も考えましたが、ナザリックには数が少なかったと思います。数が多くて隠密能力が高いとなると影の悪魔が適任だと思います。ただ殺され過ぎるとコスト的に問題なのは確かなんですけど……」

 

 八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)は四十九レベルの昆虫型モンスターだ。人間大の大きさで忍者服に身を包んだ黒い蜘蛛の姿をしており、不可視状態で飛び掛かって八本の足についた鋭い刃で八回攻撃を行う。影の悪魔(シャドウ・デーモン)よりも戦闘能力に優れるため今回のフォーマルハウトの要求に適うモンスターではあるが、如何せんナザリックには数が少なかった。

 偵察という任務の性質上、従事する者の数が大いに越した事はない。その方がより広い範囲へと送り出すことが出来て、それだけ情報の確度も上がる。

 

「ふーむ……まぁ、仕方ないですか」

「そもそもナザリックには隠密能力が高いモンスター自体が少ないですからね。まぁ、拠点防衛用としては隠密能力って奇襲や伏兵以外ではあんまり役立ちませんから」

 

 ユグドラシルでは配置したNPCやモンスターはナザリックの外へ出すことが出来なかった。

 ゆえに外部の偵察などを行うモンスターを配置する必要性はなく、内部の防衛戦力として配置する分には隠密能力持ちよりも純粋な戦闘能力や厄介な特殊能力を持っているモンスターの方が便利だ。そのため、ユグドラシルでも随一と言える規模のナザリックでも隠密能力に優れたモンスターの数はそれほど多くない。

 結局その後も代替案は出ず、影の悪魔(シャドウ・デーモン)を複数体偵察に向かわせることが決まった。

 

「これに加えて遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)も使おうと思います」

「……マジですか? あれちょっと魔法で隠蔽されるだけで使い物にならなくなるじゃないですか」

 

 遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)は指定したポイントを映し出すアイテムだ。

 それだけなら便利なアイテムなのだが、ユグドラシルでは遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)やその他情報系魔法に対する対策が無数に存在し、その中でも遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)は弱い対策を施されただけで使い物にならなくなってしまう。映像が見えなくなるだけならばともかく、相手の情報系魔法に対して反撃を行うような対策が施されていた場合は、実害を被ることになってしまうのだ。

 ゆえにその便利さとは相反して、ユグドラシルでは微妙系アイテムとして扱われていた。

 

「ナザリック内から使う分には反撃や逆探知されても問題はないでしょう。例の世界級(ワールド)アイテムがありますから」

 

 ユグドラシルには無数のアイテムが存在した。それらはその性能によって等級が分かれており、下から最下級、下級、中級、上級、最上級と続き、さらに上に行くと遺産級(レガシー)聖遺物級(レリック)伝説級(レジェンド)神器級(ゴッズ)だ。最高クラスの神器級(ゴッズ)ともなれば非常に高価かつ高性能であり、上位プレイヤーでも全身を神器級(ゴッズ)装備で固めることはかなり難しい。しかし、その神器級(ゴッズ)を上回る等級のアイテムが存在する。

 それが世界級(ワールド)アイテムと呼ばれる存在だ。

 世界級(ワールド)アイテムはユグドラシル内に二百種類しか存在しない、全アイテムの頂点に君臨するアイテムだ。一つ一つがゲームバランスを崩壊させかねないほどの破格の効果を持ち、ユグドラシルにおいてはこのアイテム群の効果に対抗することは不可能。同格である世界級(ワールド)アイテムを所持するか、最高峰の職業であるワールドチャンピオンのスキルをタイミング良く発動する以外に、その効果から逃れる方法はない。

 アインズ・ウール・ゴウンはそんな世界級(ワールド)アイテムを十三個保有しており、ユグドラシルにおいて全ギルド中ダントツのトップだった。

 そのうちの一つの存在によってナザリック地下大墳墓はあらゆる情報系魔法から完璧に守られている。そのため、ナザリック内から外へ向けて情報系魔法を使う分には絶対の安全が約束されていた。もし反撃や逆探知でもしようものなら、この世界級(ワールド)アイテムの効果によって逆に相手に対して凄まじい反撃が行われる。

 そのアイテムの効果がこの世界でも有効な手段となり得るのかは定かではないが、逆に言えばこの効果が無効化されてナザリックの情報が抜かれるのであればどんな対策をしても無意味だ。

 

「……まぁ、確かにそうですね」

「基本的に遠隔視の鏡でナザリック近辺の偵察と警備。影の悪魔で少し遠目の場所の偵察で行こうかと」

「うぃ、了解」

 

 了解の意を示しながら、フォーマルハウトは暗澹とした気持ちになる。

 何をするにも情報が不足し過ぎている。未知の状況である以上リスクを回避した行動を取りたいが、そのリスク回避のための情報すらない。これでは何がリスクになるのかが分からない。

 かといってリスクを恐れて行動しなければ、何か起きた時に後手に回って取り返しのつかない状況になってしまう可能性もある。

 前門の虎後門の狼。しかも虎と狼が本当に居るのか、何か居たとしてそれは虎と狼で済むのかも分からない。

 

「では次に行きますね。その前に何か質問はありますか?」

「無いですけど……次って何です?」

「命令系統に関してですね」

「命令系統?」

「はい。現時点ではナザリックの指導者は私とフォーマルハウトさんの二人です。もし私たちの指示に矛盾があった場合、NPCたちが困りますし、どこかで影響が出るとまずいですからね」

 

 ナザリック地下大墳墓は至高の四十一人を絶対的な頂点とした大組織だ。部下であるNPCや部下たちは命を賭してその命令を遂行しようとするだろう。だからこそ、しっかりとした命令系統を構築しなければならない。

 もし二人の命令が矛盾した時にどちらの命令が優先されるのかを明確にしなければ非常に面倒なことになるし、場合によっては死者が出る恐れもある。

 

「なるほど。ならそれはモモンガさんが優先ってことで」

 

 モモンガの説明に納得したフォーマルハウトは特に考えることもなく答える。

 

「いいんですか?」

「良いも何も、モモンガさんがギルドマスターなんですから。NPCたちも俺たちのまとめ役だと思ってるみたいですから」

「……わかりました。自信はないけどやれるだけやるので、協力お願いします」

「もち。今までずっとそうやって来ましたしね」

 

 深々と頭を下げたモモンガに対し、フォーマルハウトは笑みを浮かべながら快諾した。

 

「他に何かあります?」

「後は我々のことですね」

「俺たちのこと……?」

 

 何かあっただろうか、とフォーマルハウトは首を傾げる。

 個人的に頼みたいことは二つほどあったが、二人に共通することとなると思いつかなかった。

 

「NPCたちの態度、見ましたよね?」

 

 モモンガの言葉を受けて、第六階層での守護者たちの態度や第九階層でのメイドたちとの会話を思い出して、フォーマルハウトは大きく溜息を吐いて脱力する。

 数値化されていればカンストを突破してバグの領域にまで達しているであろう忠誠心と、それに裏打ちされた狂信者の如き振る舞い。

 供を連れずに歩くことを咎められ、どこに行くにしても最低一人は供を付けなければ納得しないNPCたち。奉仕を断ろうものなら、泣きそうな顔をしながら必死に謝罪し、自分に至らない点があったのならば自害するとまで言い出す始末だ。

 今もこの部屋の外にはそれぞれが供として連れていたセバスとシズが待機し、二人の会議が終わるのを待っている。いつ終わるとも知れない会議にも関わらず、直立不動で身動ぎもせずに待機しているのだろう光景が簡単に想像出来た。

 

「……まるで神様扱いでしたね」

「それです。彼らにとって私たち……と言うよりアインズ・ウール・ゴウンのメンバーは神様みたいなもののようです。守護者たちからの評価は過大ってレベルじゃなく高いですし、他のNPCたちも同じみたいです。何が反乱の種になるかわからない以上、彼らに失望されることは避けなければなりません」

「反乱……ねぇ。正直その辺りに関して俺は余り心配してませんよ?」

 

 NPCたちは驚くほど自分たちに尽くしてくれている。まるで神様のように扱われて多少の窮屈さも感じはしたが、それらは善意からの行動であって基本的に皆いい子ばかりだ。確かに失望されたくはないが、仮に失望されたとして反乱になど繋がるだろうか。

 少なくともフォーマルハウトはそうなるとは思えなかった。

 

「私も余り心配してはいません。ただ、あんなに慕ってくれていますから彼らのイメージを壊すのは避けたいって理由もあります」

「なるほど。確かにそれはそうですね。俺もあの子らに嫌われたくはないです」

「なので、彼らの前では基本的に支配者っぽく振る舞います。闘技場の時みたいな感じですかね。フォーマルハウトさんも、こう……なんか支配者っぽくお願いします」

「支配者っぽくですか?」

 

 第六階層の闘技場で見たモモンガのように振る舞う自分を想像する。

 思わず苦笑いをしてしまうほどに滑稽だった。

 フォーマルハウトは装備一式が軍服だ。それを格好いいと思う程度には中二病を患っているのだが、モモンガのような振る舞いをして羞恥を感じないほどではない。

 

「……いや、無理無理。というか俺はもうフェニアたちに素を出しちゃってますから手遅れじゃないですかね」

「私一人で支配者ロールプレイをしろと……?」

「有体に言えば」

 

 フォーマルハウトの突き放すような言葉にモモンガは絶望を表情に浮かべ――骸骨なので見た目に変化は無いが――頭を抱えた。

 しかし、フォーマルハウトの言い分も理解出来るため、モモンガはそれ以上求めない。さっきまで普通に接していたフォーマルハウトが突然不自然な支配者ロールプレイを始めたらNPCたちはどう思うか。違和感しか感じないだろう。

 

「はぁ……分かりました。フォーマルハウトさんからは何かありますか?」

「NPCたちに休みを与えましょう」

「休み、ですか?」

 

 NPCたちの勤務スケジュールに休憩や休日が存在しないと知らないモモンガは、フォーマルハウトの言葉の意味を理解出来ずに無い眉を顰めた。

 脳の入っていない頭を必死に動かして、自分なりにその意図を解釈する。

 

「臨時の休暇ってことですか? 確かに転移したばかりで環境が変わって色々大変ですからね、わかりまし――」

 

 しかし、その解釈は全て口にし終わる前に言葉を被せられた。

 

「違います。やっぱりモモンガさんも知らなかったんですね……まぁ、知ってたらこんな状態が放置されてるわけも無いか……」

「……えっと、どういうことです?」

 

 その後語られた内容は、モモンガにとって驚くべき内容だった。

 愕然として言葉を失う。

 休憩も休日も無い勤務スケジュール。こんな状態は組織として許されることではない。ようやく絞り出した声は余りのショックに擦れたような声だった。

 

「マジですか……?」

「マジです。誰が勤務スケジュール考えてるのかは知りませんが」

「っ!」

 

 モモンガは突然立ち上がり、部屋の出入り口へと向かった。

 扉を開けて部屋から顔だけ出した状態でセバスとシズと二、三言葉を交わし、扉を静かに閉めて戻ってくる。

 

「……マジでした」

「マジでしょう?」

「早急に改善する必要があります。最優先です。仲間たちの子供とも言えるNPCたちを酷使するような真似は出来ません」

「同感です。言って素直に休むとはちょっと思えませんけど……」

「それでもやるしかないですよ。まずは多少強引にでも休暇を導入して、徐々に慣らしていく感じで……とりあえずアルベドやデミウルゴスに相談してみます。突然導入して警備に穴が開くのは問題なので」

 

 こうしてNPCたちに休暇を与えることが決定した。

 後にメイドたちが全員揃ってモモンガの執務室を訪れ、仕事を奪わないで欲しい、毎日二十四時間働かせて欲しいと直談判が行われることになるのだが、この時の二人には知る由もない。

 

「あともう一ついいですか?」

「……何です?」

「PvPがしたいです」

 

 半ば予想出来ていた答えに、モモンガは天を仰いだ。

 フォーマルハウトはユグドラシルでは有名なプレイヤーだった。アインズ・ウール・ゴウン加入前から掲示板では毎日のように晒されていたし、本日のフォーマルハウト出現予報なるジョークコンテンツが情報サイトに掲載されていたほどだ。

 その理由は偏にPK中毒と言えるほどPvPを好んでいたからだ。

 目の前にプレイヤーが現れれば相手が何人居ようとPvPを仕掛けて殺し尽くす。例え相手がギルドランキング上位に入るギルドのメンバーであろうと、有名なプレイヤーであろうと関係ない。視界に入ったプレイヤーは性別や種族、職業、所属の一切関係無く殺しに掛かる。

 数少ない例外は彼と親しい関係にあるか、異形種狩りに遭っている最中であるかだ。

 異形種狩りに遭っている者を見つけた際、大抵の場合は被害者側の味方となって戦う。人間種同士や人間種と亜人種の戦いにおいては両方に対して攻撃を仕掛ける。

 以前モモンガがなぜ無差別攻撃をせずに異形種の味方になるのかと聞いた時、フォーマルハウトは『大体は異形種の方が劣勢で、劣勢側の方が楽しい。それまで優勢側だった奴らが返り討ちにされて苛立ってるのを見るのも楽しい』と性格破綻者のような返答がなされた。

 狩場でのPK以外にも個人間での模擬戦形式のPvPや公式PvPイベント、ユーザーイベントなどPvPが絡む行事の殆どに参加し、極めて高い成績を残して来た生粋のPvPプレイヤー。

 それがフォーマルハウトだ。

 アインズ・ウール・ゴウン加入後もその病気が治ることはなく、アインズ・ウール・ゴウンに敵対するプレイヤーが増える要因の一つにもなっていた。

 そんな彼の性格をこの世界にいる誰よりも熟知していたモモンガは、いつこれを言い出すんだろうかと思っていた。むしろ良く今の今まで言い出さずに我慢して来たなとすら思っていた。

 

「……一応。一応です。理由を聞いても?」

 

 きっとまともな理由が返ってくる。

 そんなことはあり得ないと分かっていたが、それでもそう信じて念のため質問したモモンガの期待はやはり裏切られた。

 

「百レベルNPCと戦ってみたいです!」

 

 その時のフォーマルハウトの顔は、それはそれは良い笑顔だったと後にモモンガは語る。

 

「却下です。状況分かってますよね? 今は未知の状況に対応するために警備レベルを引き上げている状態なんです。そんな時に模擬戦やって最大戦力である百レベルNPCと我々が消耗するようなことをやってどうするんですか」

 

 モモンガの言葉は正論だ。

 緊急事態と判断して警備を厚くしているにも関わらず、模擬戦を行って重要な防衛戦力を消耗するのは愚かな行為だ。

 モモンガ個人としてはフォーマルハウトがどれほどPvPが好きか知っているのでその気持ちを無碍にはしたくなかったが、それでも組織を預かる者として許可することは出来なかった。

 

(それにしても、ゲームじゃなくなってもPvP好きは治らないのか……。この人まさか現実でも喧嘩好きなのか? 会社員って言ってたけど実はヤの付く職業の関連企業の会社とかなのか?)

 

 モモンガのフォーマルハウトに対するイメージが急速に悪化してゆく。

 

「違うんですよ、モモンガさん! 俺がそんな何も考えていない馬鹿に見えますか?」

「はい」

「即答!? いや、本当に違うんです。他にちゃんとした理由があるんです」

「……本音は?」

 

 低い声で問い掛けられて、フォーマルハウトは骸骨から差し向けられる赤い眼光から目を逸らした。

 

「おい、暴虐の王」

「待ってください端倪すべからざる御方。聞いてください、重要なことです」

 

 モモンガは無言のまま顎をしゃくって先を促す。

 下らない理由だったら怒るぞと言う意味も込めて、向けている視線は外さない。

 

「モモンガさんも知っている通り、俺は職業分類的には魔法詠唱者(マジック・キャスター)です」

 

 フォーマルハウトは後衛職に分類される、魔法による攻撃や支援を行う魔法詠唱者(マジッ・クキャスター)だ。

 ユグドラシルにおいて精霊(エレメンタル)種は肉体を持たず、自然の力と魔力が融合して生まれた魔法生命体であり、魔法の扱いに高い適正を持つ代わりに物理攻撃力、物理防御力が低く、魔法生命体であり魔力の影響を受けやすいため魔法防御も低いという設定を持つ種族だ。そのため精霊種を選択したプレイヤーは余程酔狂な者でない限りは、種族の特性を活かせてかつ高い防御力を必要としない魔法詠唱者(マジック・キャスター)として様々な魔法を習得する。

 特に自らが司る属性――炎属性の精霊(エレメンタル)であるフォーマルハウトならば炎属性の魔法を使用する際にボーナスが得られるため、特定属性に特化した魔法詠唱者(マジック・キャスター)を目指す職業構成――ビルドが最も種族としての力を活かせるとされていた。

 フォーマルハウトもその特性を活かすため、炎属性に特化した魔法詠唱者(マジック・キャスター)系職業であるパイロマンサーやエレメンタリスト(フレイム)などを取得したビルドとなっている。しかし、彼は酔狂な人間でもあった。

 

「でも、俺は前衛です。前衛として近接戦闘をしながら魔法詠唱者として魔法による攻撃も熟すオールラウンダーって言えばいいんですかね」

 

 通常、ユグドラシルではある特定の一点を目指したビルドの方が強いとされていた。

 前衛アタッカーであればファイター、モンクなどの前衛として戦える攻撃職を取得して行き、後衛アタッカー向けの職業である秘術師(アーケイナー)などは取得しないのが普通だ。取得したところで何か問題があるわけではないが、その分前衛としての能力が低下して結局どっちつかずの中途半端キャラクターで終わってしまうのが殆どだ。ゆえに強さを求めるのであれば、そんなビルドはしないのが常識であった。

 しかし、アインズ・ウール・ゴウンは酔狂なプレイヤーの集まりだった。

 強さよりもロールプレイを重視し、俗にドリームビルドと呼ばれる奇妙なビルドが推奨されている。

 例えばモモンガであれば死霊系魔法に特化した魔法詠唱者(マジック・キャスター)であり、それらが有効でない場面での強さは本職のプレイヤーに二歩も三歩も劣る。全員がそうというわけでは無かったが、アインズ・ウール・ゴウンはそんなプレイヤーが多数を占めていた。

 フォーマルハウトもまたそちら側の人間であり、彼のビルドはとても歪だ。

 何せ自分の種族の特性を活かすために取得した炎属性特化型の魔法詠唱者(マジック・キャスター)系職業に加えて、前衛アタッカー向けの職業であるファイターとストライカーも取得しているのだから。

 

「……改めて思いますけど、フォーマルハウトさんのビルドって意味わからないですよね。ウォーメイジとかそういう申し訳程度に前衛も熟せる後衛職ならともかく、純戦士系職業のファイターとか取ってるんですもん」

「ウォーメイジって装備制限激しいじゃないですか。ファイター取ると装備の幅がかなり広がりますから。まぁ、殴り合いながら炎の魔法ぶっぱしたかったんです」

「それで種族が精霊(エレメンタル)ってのもおかしいですけどね……まぁでも、気持ちは分かります。自分が望むロールプレイに適したビルドってどうしても歪になりがちですよね~」

「そういうことです。で、ここからが本題なんですが」

 

 緩みかけた空気を引き締めるように、フォーマルハウトは一拍間を置いた。

 

「ぶっちゃけ自分の体がどう動くのか分からないのが不安なんです。ゲームであるユグドラシルではキャラクターを操作していました。でもこの世界では違います。実際に動かすんです。ゲームでは表現出来ない要素が必ず戦闘に関わって来ますから、それらに慣れておかないと万が一の時に何も出来ないなんてことが起こり得ます」

 

 これは後衛であるモモンガには思い至らないことであったので、思わず感心したように頷いた。

 ここはゲームではなく現実にある世界だ。人間としてゲームのキャラクターを動かしていたユグドラシルと、精霊(エレメンタル)として人間に擬態した自らの体を動かすこの世界。この差異は慣れておかなければ必ず戦闘に悪影響を及ぼすとフォーマルハウトは考えていたのだ。

 僅か数ミリの動きの差異で致命傷かかすり傷かが変わるのが実戦だ。ユグドラシルの中で幾千を越えるほど動かした体ではあるが、だからと言って楽観視しては足元を掬われかねない。

 

「……現実とゲームの違いですか。凄いですね、フォーマルハウトさんは。私は言われるまで気づきませんでした……確かにそういう意味では私も模擬戦をした方がいいかもしれませんね」

「そうですね。ついでに言えばフレンドリィ・ファイアが解禁されてますから、連携訓練もやった方がいいです。前衛が敵抑えてる間に魔法で纏めて吹き飛ばすとか出来ないですから」

「あぁ、確かに……」

 

 フレンドリィ・ファイアが無かったユグドラシルではその戦法はごく常識的なものだ。

 味方を巻き込んでも影響が皆無なのだから遠慮することはない。しかし、フレンドリィ・ファイアが解禁されたこの世界では味方にも多大なダメージを与える結果になるだろう。

 

「と、言うことで許可してくれると有難いです」

 

 一通りの理由を述べたフォーマルハウトは真剣な表情でモモンガを見つめた。これでモモンガを説得出来ただろうと確信して。

 しかし、フォーマルハウトにはまだモモンガへ伝えていない理由が一つあった。

 それは痛みだ。

 ダメージを受けることによる痛み。それはユグドラシルには無い物だ。

 剣で斬られ、魔法で炙られ、槍で突かれ、弓で射られる。そんな痛みを感じる要因が満載のゲームに痛覚など実装しようものなら、痛みのフィードバックによるショック死が多発してしまうだろう。ゆえにゲームであるユグドラシルには痛覚などは存在しなかった。

 前衛として戦った時、確実に被害はフォーマルハウトに偏るだろう。そうなった時、攻撃されることによる痛みに慣れていなければ戦えなくなってしまう。剣で腕を切り落とされれば痛みに絶叫して膝を折るだろう。気絶してしまうことだってあり得る。ゆえに精霊(エレメンタル)である体でダメージを受けたとき、どの程度の痛みを受けるのか。それが耐えられるものなのか、戦意を失わずにいられるのかを知る必要があった。

 しかし、それを試すと言えばモモンガは必ず反対することが付き合いの長いフォーマルハウトには容易に想像出来た。友人が苦痛を受けるのを黙って見ていられるような男ではないのだ。だから言わない。自分がこの模擬戦でわざとダメージを負うつもりであっても。

 

「……分かりました。そう言うことであれば許可しますよ」

「よーし! じゃあ詳細詰めましょう! 場所は第六階層の闘技場でいいですよね? 対戦形式は――」

「待って! 気が早いですから、一度落ち着いてくださいよ。それは会議が終わってから決めましょう?」

「おぉぅ、そうですね。すいません」

 

 急に元気になったフォーマルハウトを落ち着かせながら、モモンガは苦笑する。

 そしてすぐに気を引き締め直し、真面目な声色でフォーマルハウトに問い掛ける。

 

「フォーマルハウトさん。私から個人的なこと、一ついいですか?」

「はい?」

 

 モモンガが口に出そうと思っている質問は、本当ならば口に出したくないものだ。

 答えが自分の望む物と違った時、どんな反応をするか自分でも検討が付かない。もしかしたら酷いことを言ってしまうのではないかと考えてしまうほどの。

 目の前の、こんな異常事態に巻き込まれていてもけろりとしていて、変わらないままでいる友人ならば大丈夫だと期待しつつも楽観的になれない。

 それでもモモンガは意を決する。これは絶対に聞かなければならないことだ。今後の行動にも影響が出てくるほど重要なのだから。

 

「……元の世界に、戻りたいですか?」

「いや、全然?」

 

 顎がカクンと落ちる。モモンガは唖然という言葉の正しい意味を身をもって理解した。

 

「えっと……即答ですか?」

「はい。え、モモンガさん戻りたいんですか?」

「私は……」

 

 その時モモンガの脳裏に過ぎったのは疲れ切った顔をした現実の自分だ。

 家族も恋人も無く、ただ生きるために体を酷使して労働に勤しむ日々。朝起きて、会社へ行って、夜に帰って来る。ただそれだけの灰色の日常。今まではユグドラシルという唯一の楽しみもあったが、それも終わりを迎えてしまった灰色の世界。

 

「はは、ははは……」

「モ、モモンガさん?」

 

 突然笑い出したモモンガに、今度はフォーマルハウトが唖然とする。

 

「フォーマルハウトさん。自分でもびっくりするぐらいあっちの世界に未練が無いです。つい笑っちゃいました」

「あぁ、そういう……いや、納得出来ませんよ! 急に笑い出すのやめて下さい、怖いですから! 自分の顔思い出して下さいよ! 骸骨が急に笑い出すのなんてホラーですよ、完全に」

「あはは、すみません」

 

 軽口を叩き合う。

 二人はアインズ・ウール・ゴウンのメンバーが多かったころを思い出していた。こうして誰かが話し始めると、どんどんその話に加わるメンバーが増えて最終的に全く別の話題へと変化してゆく。それがアインズ・ウール・ゴウンの日常だった。

 懐かしさを覚え、会話がどんどんと弾む。まるで在りし日のように。

 

「はははっ。いやぁ、でも、そうか。元の世界がどうたらとか考えたことも無かったな。モモンガさんは色々考えて凄いですねぇ」

「そんな大した物じゃないですよ。ただ心配性なだけですから」

「何でしたっけ、タブラさんが言ってたの。『モモンガさんは石橋を叩き壊してからその隣に鉄橋を作って、結局<飛行>で空中に浮いてから転移魔法で川を渡る人だ』でしたっけ?」

「うわぁ、懐かしいなぁ! 私そんな人じゃないと思うんですけど、何でかみんなその通りだって言うんですよね」

「いやぁ、良く表してると思いますよ」

「えぇー、そうですかぁ?」

 

 懐かしさで張り詰めていた緊張の糸が緩んだのか、二人は異世界に来てから初めて心の底から笑い合った。




 この度運営?から警告メッセージを貰いました。
 必須タグである『クロスオーバー』を付けていなかったことによる検索妨害行為だそうです。
 別に他原作をクロスオーバーさせた認識はないんですが、もしかしてクトゥルフ神話のことなんでしょうか。確かにクロスオーバーと言えなくもない?
 何せハーメルンを使うのも小説を書くのも初めてなので、誰か詳しい方いれば教えて下さい。
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