骸骨の魔王と赫灼の焔王   作:エターナルフォースブリザード

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第七話 暴虐の王

「フォーマルハウト!」

 

 悲鳴にも近い声で叫んだのはヴェルフェニアだ。椅子を蹴倒すように立ち上がり、血の気の失せた顔で貴賓席から身を乗り出している。

 その叫びに応える声は無い。ある者は目を見開き、ある者は目端に涙を浮かべながら、あり得ない事実に言葉を失っていた。

 至高の存在であり、最高レベルである階層守護者すら遥かに上回る至高の四十一人が何の反応も見せずにコキュートスの攻撃を受けたのだ。

 人外の破壊力を持つ攻撃によって粉砕された大地の破片が飛び散る光景を目の当たりにして、誰もがその破壊力を無防備に受けたであろうフォーマルハウトの身を祈るように案じる。

 あの一撃を無防備に受け、ただで済むはずがない。

 殺さないのがルールとして定められているとはいえ、あそこまで無防備に攻撃を受けることはコキュートスとて想定していなかっただろう。迎撃される、防がれる、避けられる、そういう前提で武器を振ったはずだ。だが結果、フォーマルハウトは攻撃を無防備に受けた。

 なぜ、と言う疑問が観客たちの頭の中を駆け回る。

 反応出来なかったはずがない。至高の存在であるのだから、そう考えることすら不敬だ。何か理由があるはずだ。だから無事なはずだ。

 誰もがフォーマルハウトの死という想定される最悪の状況から目を逸らした。

 ただ一人を除いて。

 

「素晴らしい一撃だな、流石はコキュートスと言ったところか」

 

 守護者たちはその称賛を耳にして愕然とする。

 視線を向けられたモモンガは反応を返すこともなく、眼窩の奥にある赤い炎のような瞳を楽しそうに揺らめかせた。

 

「モ、モモンガ様?」

 

 喘ぐように名を呼んだのは誰だろうか。その声には、友と呼ぶ存在があれだけの攻撃を受けて平然としてるモモンガに対しての驚愕と畏れが込められていた。

 しかし、当のモモンガからすればそれは的外れな反応だった。

 

「みな落ち着くのだ。フォーマルハウトさんがあの程度の攻撃……と言うのは適切ではないが、死ぬわけがない」

「し、しかし……」

「ふふ、まぁ見ていろ。しかし、あの人らしいな」

 

 笑いながらモモンガがそう言ったのと、巻き上がった土煙の中からコキュートスが弾き飛ばされるようにして飛び出したのは同時のことだった。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 コキュートスは自分の目に映ったフォーマルハウトの動きが信じられなかった。

 空中で体勢を整え、地面に赤黒い剣を突き立てて威力を殺しながら着地する。

 ハルバードを振り下ろした瞬間、フォーマルハウトはそっと迫る刃の腹を押し退けたのだ。優しく、撫でるように。それだけでハルバードは大きく軌道を逸らされてフォーマルハウトの横を素通りし、地面に叩きつけられた。そのすぐ後に腹部に尋常ではない衝撃を受けて吹き飛ばされていた。

 

(……マサカアレダケノコトデ私ノ攻撃ヲ逸ラストハ。ソシテ、何ダ、コノ反撃ノ重サハ?)

 

 コキュートスの体を覆う外皮鎧の硬度は伝説級(レジェンド)全身鎧(フルプレート)を超える。神器級(ゴッズ)にまでは至らないものの、生半可な攻撃ならばダメージを受けることは無い。加えてコキュートス自身の耐久力も最大級を誇っている。

 いくらファイターやストライカーを習得しているとはいえ、魔法詠唱者(マジック・キャスター)に分類され、筋力に乏しい精霊(エレメンタル)種であるフォーマルハウトの物理攻撃では大きなダメージを受けないはずだった。

 しかし、現にコキュートスは外皮鎧の防御力を上回る攻撃を受け、それなりのダメージを負っていた。さらに吹き飛ばされて着地した位置はフォーマルハウトの立つ位置から十メートルも離れている。

 フォーマルハウトがどのようにしてこれほどの打撃を放ったのか、コキュートスには全く分からない。神器級(ゴッズ)アイテムの効果によって身体能力が引き上げられているとはいえ、一級の戦士と比べても遜色が無いというのは異常だ。

 

「ははははは」

「ッ!」

 

 土煙の中から楽しそうな笑い声が響き、コキュートスはすぐさま立ち上がって武器を構える。ダメージを負いはしたが問題は無い、まだ十分に戦えるだけの力をコキュートスは持っていた。

 

「いや、楽しいな。本当に楽しいぞ、コキュートス。そうか、これが実戦か……素晴らしいな。確かにユグドラシルとは違う。本物の殺気。迫り来る武器に対して湧き上がる恐怖。他者を殴った時の感触。全てがリアルだ。あぁ、本当に楽しいぞ!」

 

 やがて土煙が晴れ、姿を現したフォーマルハウトは全くの無傷だ。

 フォーマルハウトは攻撃を受ける瞬間、真直ぐに進んでくるハルバードに対して真横から正確に力を与えて押し出した。それによって力の方向を変えられたハルバードは軌道を逸らされ、地面を大きく穿つだけに留まったのだ。

 言葉にすると簡単ではあるが、それを実際にやるのは極めて難しい。超速で動く物体に真横から正確な位置に対して適切な力を与えなければ、あれほど小さな動きだけでそれを成すことは出来ないのだから。

 別にフォーマルハウトが格闘技に関する天才というわけでは無い。ただユグドラシルにおける前衛としての膨大な戦闘経験と、百レベルの身体能力がそれを可能にしたのだ。

 特大の攻撃を受けてもその場から全く動いていないように見え、無傷で楽しそうな笑顔を浮かべている事実に、先ほどまで狼狽していた観客たちは驚愕し、歓喜する。

 歓喜は歓声となり、再び地鳴りを引き起こすような大音量となってナザリック中へと響き渡った。

 

「ソレハ、ヨウ御座イマシタ」

 

 言葉を返しながら、コキュートスは武器を握り直す。

 

「次はこちらの番だ。行くぞ、コキュートス」

 

 フォーマルハウトが足に力を込め、地面を蹴った。蹴られた場所が爆発したような轟音を上げて飛散する。

 瞬時に十メートルの距離を詰めて懐に潜り込んだフォーマルハウトを迎撃しようと、コキュートスが左下から右上へと切り上げるようにして刀を振るうが、その刃がフォーマルハウトを捉えることはなかった。

 刃が到達するよりも早くフォーマルハウトの腕が伸びた。

 辛うじてコキュートスがその目に捉えたフォーマルハウトの手は拳として握られてはおらず開かれており、腹部へと押し当てられた手の平が再び衝撃を生み出す。

 まるで金属同士がぶつかる様な音を響かせながらコキュートスは、体勢こそ崩さなかったものの押し出されるようにして数メートル後退させられた。

 

「ムゥ……!」

 

 短い呻き声を漏らしながら、コキュートスはそれが掌底による打撃だと理解した。

 攻撃を受けた腹部の外皮鎧は損傷こそしていなかったものの、その内部には未だ衝撃が響いており、ジンジンと痺れるような感覚が残っている。

 魔法詠唱者(マジック・キャスター)が放ったとは思えない攻撃力に驚愕し、畏敬の念を抱く。

 しかし、そこでフォーマルハウトの追撃が緩むことは無い。

 打撃により開いた数メートルの距離を一足で詰めて肉薄し、さらにコキュートスの体へと薙ぎ払うように腕を振るう。獣が鉤爪で引き裂くかのような力任せの一撃だ。

 だが、コキュートスとて素直に追撃を受けるほど甘くはなかった。赤黒い剣の腹で迫り来る手を受け止め、上下からハルバードと刀で挟むように斬撃を繰り出す。

 

「チッ!」

 

 短く舌打ちしたフォーマルハウトは素早く後方へと飛び退る。僅かに頭部に触れた二本の刃が空を切りながら髪を断ち切った。

 目の前にハラハラと散る髪を視界の端に映しながら体勢を整えて、もしも今の斬撃をまともに受けていたらどうなっていただろうかと想像する。上下から真っ二つにされていただろうか。回避した恐ろしい未来を思い描いて、訪れた悪寒にゾクリと背筋を震わせる。

 だが湧き上がってきた感情は恐怖とはまるで別の物だった。

 その感情が何なのか理解して、フォーマルハウトは嗤う。ギシリと擬音が聞こえてきそうなほどに歪む唇は三日月のような形を描いていた。

 

「はははははははははははははっ!」

 

 自らの異常性を認識して心の底から激しく嗤う。

 

(あぁ、あぁ! なんて楽しいんだ! ゲームじゃない実戦が! 命を落とすかもしれない戦いが楽しいなんて!)

 

 果たして転移の前、人間であった頃から実はこうであったのか。それとも転移した結果にこうなったのかは本人にも分からなかった。

 もはやそれすらもどうでもいいと思考を捨てて、ただただ楽しそうに笑い声を上げ続ける。

 

「行くぞ、コキュートス? 少しだけ本気を見せよう。死ぬなよ」

 

 その言葉が終わった瞬間、コキュートスは熱波に包まれた。同時にフォーマルハウトの体から赤と黒の何かが噴き上がる。

 

「ヌゥ!?」

 

 コキュートスは自らの体力が急速に減っていくのを感じた。ジリジリと焼け付くような熱波に押し包まれ、外皮鎧が焦げたような臭いを発して煙を上げている。まるで溶岩地帯である第七階層に、対策無しでいきなり放り込まれたかのような状態だ。すぐさま対抗して冷気を発するが、その熱を相殺しきることは叶わない。

 放たれる熱波の原因と思しき存在へと視線を向ける。

 熱波の中心に立つフォーマルハウトは肘から先と膝より下の部分は漆黒と真紅の炎に包まれており、目を背けたくなるほどの凄まじい熱量を有している。足元の地面はその熱を受けてドロドロに融け出し、その範囲はゆっくりと広がっている。そのままの速度で広がれば、十五分ほどでアリーナのほぼ全域が融けた溶岩へと変わるだろう。

 炎に手足を包まれているフォーマルハウトは未だ歪んだ笑みを浮かべており、その炎ではダメージを受けていないことが分かる。

 その様子を見たコキュートスが最初に思い浮かべたのは炎を纏うオーラ系のスキルだ。

 デミウルゴスの配下にいる憤怒の魔将(イビルロード・ラース)が使うスキルであり、炎を纏う事で周囲の存在へと炎属性ダメージを継続的に与える効果を持つオーラを発生させる。

 ただ、あれが発生させる炎は赤の一色のみだし、地面を融解させるほどの熱量は発さなかったはずだ。

 相手の発動した能力の正体が分からずに険しい表情を浮かべるコキュートスへと答えを示したのは、他ならぬフォーマルハウトだった。

 

「憤怒の魔将が使う炎のオーラだけじゃない。加えて俺のスキル、赫灼の衣と紅炎の装威による三重の炎属性継続ダメージだ」

 

 フォーマルハウトの種族である生ける炎(クトゥグァ)の固有スキルである赫灼の衣と、特殊職業であるプロミネンスマスターの固有スキル紅炎の装威Ⅲ。

 赫灼の衣は炎のオーラの上位版とも言えるスキルで、黒い炎を纏って周囲の存在へと継続的に強力な継続ダメージを与え続ける。

 このスキルを習得した時は赫灼と名が付いているのに炎は黒いのかよと突っ込みもしたが、それはそれとして強力なスキルなので重宝していた。

 紅炎の装威は武器や防具に一時的な炎属性を付与するスキルだが、最大出力であるⅢでは炎を纏い、炎のオーラと同様に継続ダメージを与えるスキルへと変化する。

 これに炎のオーラを加えた三つのスキルに、炎属性の扱いに特化したフォーマルハウトのビルドがダメージを最大限に伸ばすシナジーを発生させた結果、百レベルであり炎属性に対する対策を行っていたコキュートスに対しても多大な炎属性の継続ダメージを発生させていた。

 

(マサカ、コレホドトハ……流石ハ至高ノ御方。タダソコニイルダケデ全テヲ焼キ尽クス凄マジキ熱ノ奔流……マサシク、暴虐ノ王)

 

 己では届かない遥かな頂きを見せられたかのような気がして、コキュートスは思わず武器を取り落として平伏しそうになるが、すぐさま首を振ってその思いを掻き消した。それは武人の行いではない。

 萎縮しかけた気持ちを奮い立てて、コキュートスは真直ぐにフォーマルハウトを尊敬と畏怖の籠った視線で睨み付ける。

 

「往キマス」

「それはこちらの台詞だな、コキュートス!」

 

 両者が同時に踏み込む。

 コキュートスは武器を振りかぶりながら姿勢を崩さず、地面を踏み砕きながら突進する。対してフォーマルハウトは獣が疾走するような低い姿勢で地面を融解させながら疾走した。

 肉薄すると同時、コキュートスは四本の武器を常人には捉えられないほどの速度で幾度も振るい、斬撃を繰り出した。一つ一つが奥義と呼べる領域にある斬撃の嵐は瞬時に十二の斬撃となってフォーマルハウトへと襲い掛かる。

 フォーマルハウトはそのうち八の斬撃を見切り、最低限の動きで躱して残る四つの斬撃は炎を纏う腕で弾き飛ばした。さらに跳躍し、空中で体を捻るようにしてコキュートスの顔面へと蹴りを放つ。

 眼前まで迫り来る炎を纏ったフォーマルハウトの脚を、コキュートスの尾が迎撃する。

 無数のスパイクが飛び出す強靭な尾はコキュートスの顔を守るように振るわれ、蹴りの威力を相殺しようと試みる。しかし、それでフォーマルハウトの脚が止まることはなかった。

 触れた瞬間に先ほどまでとは比べるのも愚かしいほどの熱量がコキュートスの尾を焼き、殺しきれなかった勢いのままに尾ごと顔面へと叩きつけられる。

 ぐらりとコキュートスの巨体が揺れる。

 

「――オォオオオッ!」

 

 コキュートスは雄叫びを上げながら、崩れた体勢のまま黒い剣を斜め下から切り上げた。

 両断せしめんと振るわれた黒き剣を回避するため、更なる追撃をしようとしていたフォーマルハウトは後退を余儀なくされる。コキュートスへと押し当てた脚を軸に、曲芸染みた動きで飛び退る。

 その動きは魔法詠唱者(マジック・キャスター)とは思えない。

 

(ふぅ……さて、楽しんでばかりじゃダメだ。色々試さなきゃな。体の動きは問題無いどころかユグドラシルの頃より動かしやすい。なら次は……)

 

 この模擬戦は実験的意味合いも含む。であれば、事前に考えていた検証もしていかなければならない。

 次は魔法だ。

 モモンガの検証によって攻撃魔法も問題無く使えるというのは判明しているが、フォーマルハウト自身は実際に使ったことが無い。

 本来ユグドラシルではコンソールとインジケータが表示され、浮かび上がるアイコンをクリックすれば狙った場所へ使いたい魔法が発動された。しかし、当然のことだがユグドラシルで無くなった今はコンソールもインジケータも存在しない。

 自分が狙った場所にきちんと魔法を発動させられるのかどうかは、実際に使ってみなければ分からないのだ。

 頭の中に無数に浮かび上がる魔法のうちの一つ、ユグドラシルでもよく使っていた手頃な攻撃魔法を選択し、発動する。

 

「<魔法最強化(マキシマイズマジック)爆炎騎士槍(フレアランス)>」

 

 爆炎騎士槍(フレアランス)は第六位階の魔法だ。

 炎の槍を放ち、敵に当たると爆発による範囲攻撃が発生する。さらに貫通という、鎧を纏っていない相手に対するダメージが上昇するという効果も持つ。代わりに鎧を着用しているとダメージを減衰されてしまうが、そこそこの威力と攻撃範囲に消費するMPも低めで使いやすい魔法だ。

 本来第六位階の魔法は百レベルプレイヤーが適正狩場で使うには弱すぎるとされる魔法だが、フォーマルハウトにとってはそうではない。

 炎属性攻撃であれば、フォーマルハウトが持つスキルの効果によってかなりのダメージボーナスが発生する。そのため、例え第一位階であろうとも炎属性でさえあればある程度は実用的だ。もちろん炎耐性を持つ今のコキュートス相手では第一位階では傷一つ与えられないが、第六位階に魔法強化スキルまで併用すれば耐性を有していてもダメージを与えることが出来る。

 

「ッ! <穿つ氷弾(ピアーシング・アイシクル)>!」

 

 フォーマルハウトの手から放たれた巨大な炎の槍が、コキュートスが迎撃のために放った無数の氷弾を容易く飲み込んだ。

 コキュートスは冷気を操る能力を持つが、職業的には純粋な戦士だ。いくつかの魔法を習得してはいるものの、その威力はそれほど高くはない。戦士職ゆえに魔法強化系のスキルを習得出来ず、攻撃系のステータスが筋力に偏っていて魔力は六十レベル程度の魔法詠唱者(マジック・キャスター)にすら劣るからだ。

 それに対してフォーマルハウトは精霊(エレメンタル)という魔法の扱いを得意とする種族に加え、職業も魔法詠唱者(マジック・キャスター)として高い能力を発揮出来る構成にしてあるため、十二分な魔力を有している。両者の魔法がぶつかればコキュートスの魔法が押し負けるのは自明の理だ。

 

「<氷柱(アイス・ピラー)>!」

 

 コキュートスもそれを予期していたのか、次なる魔法を発動させる。

 繰り返される魔法に従ってコキュートスとフォーマルハウトの間に地面から三本の氷柱が突き出し、飛来する炎の槍を受け止める。

 氷柱は全て砕け散ったが炎の槍も威力を殺され、コキュートスへと到達する前に霧散していた。

 

「風斬!」

 

 魔法二種、四回で何とか炎槍を相殺しきったコキュートスは、間髪入れずにスキルを発動する。遠距離に対して斬撃を飛ばし、相手を切り裂くスキルだ。

 飛ばされた巨大な斬撃が地面を抉りながらフォーマルハウトへと向かう。

 

「ふっ!」

 

 短い呼気と共にフォーマルハウトは手刀を放つ。その手刀は飛来する斬撃ごと地面を叩き割り、融かして溶岩へと変えながら埋没してゆく。

 そしてすぐさまコキュートスの追撃を防ぐため、即座に自由な左手から魔法を放つ。

 

「<魔法三重化(トリプレットマジック)烈火の矢(ブレイズ・アロー)>」

「グッ!」

 

 煌々と輝く炎で出来た三本の矢が発射される。これらは大した威力は持たないが着弾と同時に爆発を起こし、広範囲へのノックバックと閃光による目眩ましを発生させる。

 放たれた矢はコキュートスの足元へと着弾し、爆発する。閃光による目眩ましはコキュートスが装備しているアイテムの効果によって意味を成さないが、発生したノックバックがコキュートスの姿勢を崩して手刀の硬直への追撃を妨害する。

 

(追撃ハ間ニ合ワンカ。シカシ、魔法詠唱者(マジック・キャスター)デアリナガラアレホドノ力ヲドウヤッテ……イヤ、考エテイル暇ナドナイナ)

 

 繰り返すが、フォーマルハウトは魔法詠唱者(マジック・キャスター)だ。

 その常識に当て嵌めれば、体力や筋力のステータス成長率が低い魔法詠唱者(マジック・キャスター)ではコキュートスと近接戦で渡り合うことは出来ない。

 しかし、現実はこれだ。

 十分な距離は野生の獣染みた疾走で容易に詰められ、斬撃はほぼ全て躱されるか迎撃されて意味を成さない。蹴りを受ければ迎撃した尾ごと押し込まれて体勢を崩され、反撃とばかりに斬撃を飛ばせば手刀で叩き割られる。

 魔法詠唱者(マジック・キャスター)であるとは信じられないほどの身体能力だ。

 百レベルの戦士に匹敵する身体能力を、精霊(エレメンタル)にして魔法詠唱者(マジック・キャスター)のフォーマルハウトがどのようにして手に入れたのか、コキュートスにはまったく見当が付かない。

 しかし、それを今考えている暇はない。こうしている間にも三重に発動されたオーラスキルで継続ダメージを受け続けており、放たれた熱によって溶岩化された地面は拡大の一途を辿っているのだから。

 無為に時間をかければどんどん不利になっていくのはコキュートスだ。何とかして状況を覆さなければならない。

 そう判断したコキュートスは虚空へとハルバードを押し込み、新たに剣を取り出した。

 剣は深い青の水晶で出来たロングソードであり、鋭く尖った切っ先は返しのような形状をしていた。刺突や斬撃で返しを引っ掛け、相手の肉をより深く抉るための形状だ。

 その悍ましい形状とは裏腹に、その刀身を形作る水晶は海を思わせる美しい海色をしている。武器というよりも芸術品と言えるような剣の表面は泡立ち、刃から水が滴っていた。

 

「チッ……」

 

 剣を睨み付けて舌打ちするフォーマルハウトの顔は、憎々し気に歪められていた。

 コキュートスの持つ二十一の武器の一つであり、属性攻撃に特化した剣だ。等級は伝説級(レジェンド)に属し、込められたその属性は見た目から分かる通り水だ。

 この武器は斬り付けた相手に対して、物理ダメージと水属性ダメージを同時に与える。この水属性ダメージは魔法攻撃扱いであり、かつ威力は所有者のステータスに依らずに固定だ。

 

(厄介な……)

 

 例外も存在するが、精霊(エレメンタル)は基本的に特定の属性に特化する種族だ。

 ある属性に特化した精霊(エレメンタル)はその属性ダメージに関しては無効化や吸収などのボーナスを得ることが出来るが、逆にその対となる属性には多大なペナルティを背負うことになる。

 それが対属性脆弱というパッシブスキルだ。

 ユグドラシルでは対となる属性によって受けるダメージがおよそ二倍になるデメリットスキルであり、精霊(エレメンタル)を選択したプレイヤーを大いに悩ませたスキルでもある。さらに単なる被ダメージ増加だけではなく、対属性に対する耐性値が最低となり、如何なる方法でも耐性を上昇させることは出来ないという効果まで付いている。

 常にメリットとデメリットが共存するユグドラシルの例に漏れず、この凶悪なまでのデメリットを補って余りあるメリットも存在するが、それでもこのスキルは余りにもプレイヤーへ与えるストレスが大きいと言える。

 そして炎属性に特化しているフォーマルハウトの対属性は水だ。

 魔法防御力と水属性耐性が最低であるフォーマルハウトに対し、対策不可能な弱点属性の魔法ダメージを与えるこの武器は、まさしく特効武器と言ってもいいだろう。

 

「ヌンッ!」

 

 雄叫びと共に一瞬でコキュートスは距離を詰め、水晶剣を振り上げる。同時に剣から水が溢れ出し、フォーマルハウトが纏う炎と衝突して辺り一面を真っ白に染めるほどの水蒸気が発生する。

 蒸気に覆われた視界の中で、フォーマルハウトは正確に振り下ろされたコキュートスの腕を迎撃してみせた。彼にとって危険なダメージを発生させる刃には触れず、あえて一歩踏み込んで剣を握るコキュートスの腕へと掌底をぶつける。

 衝突と共に鈍い音が響く。

 

「ぐっ……らぁっ!」

 

 追撃が来る前に空いている左腕でコキュートスの腹部へと掌底を放つ。しかし、コキュートスはそれを読んでいた。

 それまで握っていた赤黒い剣を捨て、フォーマルハウトの掌底を手の平で受け止る。そのまま三本の太い指で握り締めた。纏われた炎がライトブルーの甲殻を焼いて焦げ臭い臭いが漂うが、それを意に介する様子はない。

 

「オ許シヲ、腕ノ一本――貰イ受ケマス」

 

 コキュートスが残った二本の腕を振るう。

 上からは白銀のハルバードが、下からは鋭い刀が挟み込むようにフォーマルハウトの左腕へと襲い掛かる。

 

「舐めるなぁあああああっ! <核爆発(ニュークリアブラスト)>!」

 

 絶叫するように叫び、魔法を発動させる。

 

「ナン――ッ!?」

 

 発動と同時に視界が光に包まれ、凄まじい衝撃と熱が二人を襲う。強烈な爆風によって握り締められていたフォーマルハウトの腕は解放され、互いに吹き飛ばされて地面を転がった。

 超広範囲に対して炎属性と殴打属性の複合ダメージを与える爆発を起こす第九位階魔法。

 威力は同位階の中では弱い方だが、その攻撃範囲と強いノックバック、毒や盲目など複数のバッドステータスを与えられる魔法だ。ただし、その攻撃範囲は使用した本人も効果範囲に入ってしまうほど広いため、自爆前提の魔法とも言える。

 フォーマルハウトはそれをコキュートスを中心にではなく、自分とコキュートスの間を中心として発動した。

 

「がっ、ぐっ――糞!」

 

 地面に幾度も叩きつけられて、ようやく体勢を整える。

 吐き捨てたフォーマルハウトは多少土で汚れている程度でダメージが無いように見えたが、実のところ多大なダメージを負っていた。傷を負っていないように見えるのは、肉体を持たない精霊(エレメンタル)には外傷が残らないためだ。

 炎属性特化型の精霊(エレメンタル)であるフォーマルハウトは属性吸収というスキルによって炎属性ダメージを吸収することが出来るため、<核爆発(ニュークリアブラスト)>の炎属性ダメージは問題にならず、むしろ回復することが出来る。バッドステータスに関しても耐性スキルを保有しているため被害を受けることはない。

 しかし、殴打属性によるダメージは回復量を遥かに上回るダメージを負っていた。

 いくら全身が神器級(ゴッズ)装備で固められているとはいえ、元々が極めて脆弱な精霊(エレメンタル)のフォーマルハウトには比較的威力が低い<核爆発(ニュークリアブラスト)>の殴打ダメージでも致命的だ。

 

(にしても、痛みは一瞬で消えるんだな……想定外のタイミングだが痛みに関する実験は出来たか)

 

 模擬戦の目的を一つ果たしたとはいえ、受けた痛みへの苛立ちは収まらない。

 腕を切り落とされるほどのダメージを受けるよりは絶対にマシではあったが、そもそもそんな状況に陥ってしまったことに腹が立ち、小さく舌打ちする。

 フォーマルハウトはフェイントも混ぜずに腹部を狙い過ぎた。

 これまでいくつかの攻撃を繰り出したが、その多くは腹部への攻撃。同じ個所を狙い続けることでダメージを蓄積させていく算段だったが、余りにも単調過ぎた。

 思っていた以上に戦いが楽しくて油断した結果をコキュートスに狙われた。腕を一本持っていかれていた場合、敗北は必至だっただろう。

 

(反省会は後だ。コキュートスは……あそこか)

 

 視線の先には倒れ伏した状態からもぞりと起き上がるライトブルーの巨躯があった。

 立ち上がったコキュートスの体は黒い焦げ付きが目立つようになっていた。三重のオーラスキルによる継続ダメージを受けて傷付いた体は限界が近いことを訴えており、遠目からでは分かり辛いが僅かにふらついていた。

 追い詰められつつあるコキュートスは心を落ち着かせるように大きく息を吸い込み、吐き出した。肺の中に入った熱を持つ空気が極寒の体内で瞬時に冷やされ、白い冷気となって放出される。

 

(ナントイウ御方ダ……マサカアレホド躊躇無ク自爆ヲ選ブトハ)

 

 もちろん自爆によって腕を切り落とされることを回避するという行為を予測していなかったわけではない。フォーマルハウトが自爆を選んだとして、それでも尚切り落とせるだけの速度で武器を振ったつもりだった。

 普通は自爆を選ぶとしても多少は躊躇する。自爆への恐怖による躊躇でなくとも、他に何かもっとスマートな選択肢が無いかという希望的観測により判断が遅れるということもあっただろう。しかし、フォーマルハウトは欠片ほどの躊躇も見せずに即座に自爆を選択したのだ。

 コキュートスはその見事な胆力に驚嘆しつつ、頭を悩ませていた。

 想定通りであればあのまま腕を切り落とし、水晶剣の水属性攻撃を中心とした攻めで一気に畳みかけるつもりだった。

 

(耐性ニヨリ<核爆発(ニュークリアブラスト)>ノバッドステータスハ無効化出来テイル。シカシ、炎ダメージガ……耐性ヲ持ッテイルトイウノニコレホドノダメージ、体力的ニハ……勝負ヲ掛ケルシカ無イカ)

 

 コキュートスが戦えるのは恐らくあと数分だろう。まだ数度しか直接攻撃を受けていないにも関わらずだ。

 継続的に叩きつけられる熱波はそれほどにコキュートスの体力を蝕んでいた。

 

「フロスト・オーラ!」

 

 コキュートスは意を決して踏み込む。スキルを全力解放し、極寒の冷気を体中から噴出させて炎ダメージを可能な限り軽減しながら駆ける。融解した地面にも躊躇なく足を突っ込み、纏わりつく溶岩を力づくで振り払いながらフォーマルハウトへと一直線に。

 

不動明王撃(アチャラナータ)ァッ!」

 

 駆けながら自身が持つ最高位攻撃スキルの発動準備を行う。

 それに伴ってコキュートスの背後に不動明王が出現した。その像容は空中に胡坐を組んだ異常な巨躯を持つ筋骨隆々の大男であり、左手には竜が巻き付いている降魔の三鈷剣、右手には悪を縛り上げて人々を煩悩より吊り上げて救い出すとされる羂索を持っている。

 かつての仲間である武人建御雷が得意としたスキルの発動を見て、フォーマルハウトは目を輝かせる。そこに仲間の威容を見た気がして。

 

「面白い!」

 

 この瞬間、フォーマルハウトは真正面からコキュートスの攻撃を受けることを決める。

 既にコキュートスはかなりのダメージを負っており、痛みと熱によって動きも普段よりは多少鈍くなっている。その差は誤差の範囲であったが、フォーマルハウトにとって躱すのは然程難しい事ではない。

 しかし、彼の矜持がその選択肢を捨てさせた。

 

(モモンガさんが態度で上位者を示すというなら、俺もそうしよう。回避に徹して時間をかけてコキュートスを苦しめる趣味も無い。何よりここで逃げたらフェニアに笑われるな!)

 

 今のコキュートスが放てる最大の一撃を真正面から受け、叩き潰す。そう覚悟を決めて右手を握り締める。

 

コルヴァズの剣(ブレード・オブ・コルヴァズ)!」

 

 スキルの発動と同時に握られた右手が漆黒の炎に包まれる。噴出した炎は棒状へと形を変え、広がり、狭まり、伸び、縮み、様々な形容し難い形を経てようやく剣を形作る。

 炎属性特化の精霊(エレメンタル)系最上位種、生ける炎(クトゥグァ)たるフォーマルハウトが誇る、二つある最高の固有スキルのうちの一つ。一日に一度しか使えず、さらに剣が顕現出来る時間は三十分しかない。

 噴き上がる黒き炎で形作られた剣は、鍔の無い片刃の剣だ。フォーマルハウトが手足に纏っている炎を遥かに上回る圧倒的な熱量を、普通の剣と同じ程度の小さな身に有している。

 地を融かし、天を焦がし、星々を灼き尽くすと言われるコルヴァズの剣の能力は単純だがそれゆえ絶大だ。

 その効果は刃に触れた相手に耐性を無視する多大な魔法攻撃扱いの炎属性ダメージを与え、さらに一定時間炎属性耐性を大幅に減少させるデバフを与えるというもの。僅かでも刃が触れさえすれば、展開されている三種類のオーラスキルによって瞬時に致命的ダメージを負うことになる。

 その黒炎の剣を見たことがないコキュートスにとっては得体の知れないスキルだ。しかし、コキュートスは恐れない。

 

(私ノ覚悟ニ応エテ下サッタカ!)

 

 あるのは歓喜だ。最大の一撃を避けようとせず、防ごうともせず、真正面から迎え撃ってくれる相手の行いに対する歓喜と感謝の念のみ。

 恐らくは黒炎の刃に触れれば戦闘不能へ追い込まれることは確実だろうと確信しながらも、その足を止めることなく距離を詰める。

 フォーマルハウトを射程内に収めた瞬間、スキルを発動した。

 顕現していた不動明王が巨大な右腕を振り上げる。

 不動明王撃の一つ、倶利伽羅剣。その効果は対象の性格値――カルマ値が悪に偏るほどにダメージを与える。相手のカルマ値が最低値であるマイナス五百にまで達していれば、その威力は想像を絶するものとなる。

 フォーマルハウトが習得した種族、生ける炎(クトゥグァ)は隠し種族だ。

 その習得条件はいくつかあるが、そのうち一つがカルマ値に関することである。

 その条件とは――カルマ値が最低値であること。

 クトゥルフ神話の中で邪神の一柱とされる生ける炎(クトゥグァ)には、欠片ほどの善意も必要ない。

 フォーマルハウトに特効的な効果を齎す攻撃が、放たれる。

 

「三毒ヲ斬リ払エ、倶利伽羅剣!」

「らぁああああっ!」

 

 不動明王によって振り下ろされた三鈷剣と、雄叫びと共に振るわれたコルヴァズの剣が交錯する。

 その巨大さゆえに先に相手へと届いたのは三鈷剣だ。魔を払い、悪を打ち砕く剣が袈裟懸けに肉を抉る。

 その瞬間にフォーマルハウトの体を襲うのは激痛。

 単に斬られたことによる痛みだけでなく、カルマ値が低い者に対する追加効果が耐え難い痛みを発生させる。

 人間の体に擬態しているのみであり、肉体を持たない精霊(エレメンタル)であるがゆえに血が噴き出るようなことはなく、斬られた側から元の形へと戻ってゆく。しかし、体に食い込む剣によって発せられるその激痛はフォーマルハウトを苛み、視界を明滅させた。

 

「ぎぃいいいいいいっあぁあああああああああああっ!」

 

 悲鳴にも似た雄叫びを上げ、手放しそうになる意識を必死に手繰り寄せながら振り下ろす腕に更なる力を込める。その力に呼応するようにコルヴァズの剣は黒炎を噴き上げ、フォーマルハウトの体を抉る三鈷剣を飲み込み、灼き尽くす。黒炎は勢いそのままにコキュートスへと襲い掛かる。

 そして、炎がコキュートスの体へと触れた。

 

「ムッ、グォァアアアアアアッ!?」

 

 コキュートスの体を激痛が押し包んだ。

 身に感じていた熱波はもはや激痛へと変わり、己の人生で恐らく初めての絶叫を上げる。全力で冷気を噴出しても欠片ほどもダメージを軽減出来ず、痛みに武器を取り落としそうになる。ライトブルーの外皮鎧は既に大部分が黒く焦げ付いており、尋常ではないダメージが僅かに残った炎耐性を貫通して襲い掛かった。

 それでも戦意を失わぬ六つのサファイアのような複眼が捉えたのは、自らを包む黒い炎の向こう側に立つフォーマルハウト。これまでの人生で手合わせした中で間違いなく最強と呼べる至高の存在は、王者の風格を漂わせコキュートスを見下ろしている。

 そこで初めて、コキュートスは己が地に倒れ伏していることに気付く。そして悟った。

 

(アァ……私ノ、負ケカ……流石ハ……至高ノ御方……)

 

 その思いを汲み取ったかのように黒い炎が掻き消える。同時に体を焼く熱波も消え失せ、後に残ったのは高熱の残滓と地面に倒れ伏すコキュートス、そして戦いの緊張から解放されて息を切らせながら笑みを浮かべてそれを見下ろすフォーマルハウトだ。

 誰の目から見ても明らかな勝敗に、これまで観戦に徹していたアウラが叫ぶ。

 

『しょ、勝者! フォーマルハウト様!』

 

 一瞬の静寂の後、拍手と共に歓声が湧き上がる。感極まって涙を流しながら雄叫びを上げるシモベまでおり、これまでの歓声よりも一回り大きな歓声が空気をビリビリと振動させる。

 心地良い騒音に身を包まれながら、フォーマルハウトは瞳を瞑りながら天を仰いだ。

 

「はぁ……楽し、かった……」

 

 満足気に呟いて、フォーマルハウトは意識を手放した。

 

 ◆ ◆ ◆

 

「ッ! <上位転移(グレーター・テレポーテーション)>」

 

 ヴェルフェニアが青い顔をして転移魔法を使い、瞬時に仰向けに倒れているフォーマルハウトの傍へと移動する。

 

「……ふむ、ヴェルフェニアが騒がないところを見るとすぐに問題がある怪我をしているわけでもなさそうだな」

「モモンガ様、念のためペストーニャにフォーマルハウト様とコキュートスの治癒を命じておきます」

「あぁ、頼むぞアルベド」

「はっ」

 

 アルベドが<伝言(メッセージ)>でペストーニャへと指示を出すために一度モモンガの元を離れる。

 ペストーニャ・S(ショートケーキ)・ワンコはナザリック地下大墳墓のメイド長であり、守護者に続く高レベルを誇る神官だ。犬の頭部を持ち、顔の中央には傷跡のような一本に線が縦に走っており、それを縫い合わせたような痕跡がある。その恐ろしい見た目とは裏腹にとても優しい性格をしており、ナザリックでは数少ない善の存在である。

 高位の治癒魔法を使いこなすペストーニャならば、負傷したフォーマルハウトやコキュートスの治癒を行うのに最適な人員だ。

 

「で、でも、凄い戦いでしたね。コ、コキュートスさんも凄かったですけど、フォーマルハウト様の炎がとっても凄くて……えっと、上手く言えないんですけど、す、凄かったです!」

「ほんにその通りでありんすねぇ。あれが至高の御方の御力……まったく、惚れ惚れするでありんす」

「全くですね。フォーマルハウト様が不利だと考えていた過去の自分を殴り飛ばしたい気分ですよ。……しかし、どうにも分かりません。モモンガ様、非才なる我が身にお教え頂きたいのですが、魔法詠唱者(マジック・キャスター)であらせられるフォーマルハウト様は一体どのようにしてあれほどの身体能力を? 戦士系の職業と比較しても遜色が無い様に思いましたが……」

 

 デミウルゴスと同様の疑問を持っていたようで、口々にフォーマルハウトを称賛していた守護者たちもモモンガの方へと顔を向ける。

 

(……ふむ、教えていいのか? いや、構わないか)

 

 その疑問はかつてフォーマルハウトと行動を共にするようになった頃のモモンガも抱いていたものだった。

 ユグドラシルにおいて知識と情報とは力であると考えているモモンガは、無闇に聞き出そうとするのは悪いと思って軽く聞いてみただけだったのだが、フォーマルハウトは隠す様子も嫌がる様子も無く、快く自分の秘密を教えてくれた。

 曰く、聞かれなければ言わないけれど、隠すようなことでもない。

 そうして語られたフォーマルハウトの強さの秘密は、当時その話を聞いたメンバーたち全員が口を揃えて『糞運営が、バランス考えろ!』と叫ぶような内容だった。

 たっち・みーだけはお前が言うなとメンバー総出で突っ込まれたが。

 

「フォーマルハウトさんの種族と職業によるものだ。フォーマルハウトさんは生ける炎(クトゥグァ)以外にも炎の魔精霊(イフリート)という特殊な種族でもある」

炎の魔精霊(イフリート)、で御座いますか?」

「そうだ。炎の魔精霊(イフリート)精霊(エレメンタル)種の中でも極めて特殊かつ攻撃的な種族でな。他の精霊(エレメンタル)同様に防御力は並以下だが、魔力だけでなく筋力まで成長しやすい種族なのだ」

 

 ユグドラシルにおいて隠し種族の一つであった炎の魔精霊(イフリート)は防御系以外の全てのステータスが成長しやすいという特徴を持った種族だった。

 その取得条件は極めて厳しい。

 前提となる炎属性特化の精霊(エレメンタル)種を習得し、職業も炎属性に特化してかつカルマ値が悪寄りの状態にのみ発生する隠しクエストをクリアすることで炎の魔精霊(イフリート)になることが出来るという、条件を知っていなければ辿り着けないような代物だ。

 この隠しクエストは発見が非常に困難であり、クリアには運も絡んでくるのでユグドラシルでも炎の魔精霊(イフリート)を習得出来たプレイヤーは少ない。

 

「さらに職業、グレート・オールド・ワンのパッシブスキルにより条件を満たしていればステータスに補正が掛かる。このためフォーマルハウトさんは魔法詠唱者(マジック・キャスター)でありながら戦士職に匹敵する身体能力を得ているというわけだ」

 

 グレート・オールド・ワンは隠し職業の一つだ。

 その習得条件は内部パラメータでグレート・オールド・ワンと定められている種族を習得することだ。その際に自動的に習得される。フォーマルハウトの場合は生ける炎(クトゥグァ)の習得と同時にグレート・オールド・ワンとなった。

 そのグレート・オールド・ワンのスキルの一つに旧支配者というパッシブスキルが存在する。

 これはカルマ値が低いほどに全てのステータスが上昇するという効果を持っており、カルマ値が最低であるフォーマルハウトは炎の魔精霊(イフリート)の優れたステータス成長率と併せて、戦士職と比べても遜色の無いステータスを誇っていた。

 ユグドラシルを始めたての頃、炎の魔法を撃ちまくりながら近接戦闘がしたいと切望したフォーマルハウトは、中途半端なネタビルドとして同レベル帯のプレイヤーの中ではかなり弱い方にいた。しかし、奇跡的に炎の魔精霊(イフリート)生ける炎(クトゥグァ)の取得条件を満たした結果、一気にオールラウンダーとして開花し、開始当初の夢を叶えたのだ。

 

「なるほど、それであれほどの身体能力を……」

 

 モモンガの言葉に、おぉ、と守護者たちが感嘆の吐息を漏らす。

 

「流石は至高の御方。まさに万能の存在であるとは」

「何度驚いても驚き足りないでありんすねぇ」

「そ、そうですよね! かっこよかったです!」

 

 再び始まる称賛の嵐は、ペストーニャに指示を出して戻って来たアルベドが加わってさらに強くなる。

 ただ、守護者たちはフォーマルハウトの高い能力を口々に称賛しているが、実際にはフォーマルハウトは万能という言葉とは程遠い。

 どれだけ種族の能力や職業固有のパッシブスキルによってステータスが全体的に上昇するとはいえ、元々は防御力に乏しい精霊(エレメンタル)種だ。さらにフォーマルハウトは回避主体の戦闘スタイルであるため基本的に攻撃を食らうことを考えておらず、装備や習得スキル、魔法などは多くが攻撃に特化したもの。そのため前衛で戦うにも関わらず、その防御能力は並の魔法詠唱者(マジック・キャスター)よりも低い。

 加えて、純粋な戦士職ならば習得出来る前衛向けのスキルが習得出来ないので、単純な力比べをすれば敗北は免れない。習得している前衛向け職業と言えばファイターとストライカーという基本職だけであり、さらに上位の種族や職業を習得していないのだから当たり前だ。

 フォーマルハウトの強さは膨大なPvP経験からくる卓越したプレイヤースキルによる回避能力に支えられていると言っても過言ではない。

 そういう意味では、今回コキュートスの攻撃を真正面から受け止めたのは愚策と言う他ない。たった一撃で戦闘不能になりかねないダメージを受けたのだから。

 

(やっぱり真正面から不動明王撃を受けるのは流石にやり過ぎですよ。大した事なさそうで良かった……)

 

 そんなモモンガの心配も知らず、ヴェルフェニアに付き添われてシモベたちに運ばれて行くフォーマルハウトは、気を失っていながらも満足そうな笑みを浮かべていた。




 戦闘シーンは描写が凄く難しいと思います。

 私の小説の中では精霊は肉体を持ちません。
 体は全て魔力と自然の力が結びついて出来たものです。
 なので斬られた側から再生して元の形へ戻ります。この時HPは回復しません。アニメの根源の火精霊のような感じですね。
 ですが、腕を切り落とされたり足を切り落とされたりするレベルの攻撃を受けるとかなりのダメージを負うので再生しません。
 また、フォーマルハウトの場合は首を切り落とされると死にはしませんが、致命的なダメージを受けます。さらに人間としての姿を維持出来ずに本来の姿へと強制的に戻ります。その場合は回復してから再びスキルを使用しなければ、人間の姿に擬態しなおせません。

 今回フォーマルハウトはコキュートスの倶利伽羅剣を体で受けたのですが、軍服の防御力とコキュートスが満身創痍だったから何とか体の再生が出来る程度のダメージで済んだわけですね。
 全快状態でまともに受けると即死はしませんが瀕死になり、強制的に本来の姿に戻されます。
 その場合、コキュートスが大変なことになります。何故かは言いませんが。
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