通路を抜けた先で待ち構えていたのは、巨大な迷路だった。
通路を抜けると、そこはテラスのようになっていて、そこから迷路全体を見渡すことができた。全体的に例の雪煙で覆われていたが、俺が“天眼”でよく見て確認したところ、おそらく4㎞四方で囲まれている。尋常ではないスケールだ。
「めんどくせぇな・・・これだと、記憶するのに時間がかかりそうだ」
「いや、羅針盤があるからその必要はねぇだろ」
「あ、それもそうか」
つい最短経路を記憶しようと集中しようとしたが、ハジメからツッコミが入って我に返る。
たしかに、羅針盤が最短経路を示すんだから、わざわざ俺が記憶する必要もなかった。
「ていうか、できるのか?」
「時間をかければ、たぶん。まぁ、このスケールだ。さすがに途中で忘れる可能性も否定できんが」
「むしろ、ゴールまで覚えていたら、マジもんのバケモノだろ」
「お前が言うか」
化け物度合いで言えば、ハジメの方がよっぽど化け物だ。いろんな意味で。
「っつーか、リヒトとフリードはマジでどうやって攻略したんだ?あの2人は羅針盤なんて持ってないはずだし」
「たしかにな。あの2人、なんだかんだで根性あるな」
いったい、どれだけの時間さまよったんだか。
すると、ユエとシアが殺意を漏らしながら、
「・・・ハジメ、あんなの褒めちゃダメ。醜男が移る」
「そうですよ、ハジメさん。どうせ部下とかに人海戦術で探索させたんですよ。まったく嫌らしい野郎です」
「・・・あいつ、どんだけお前らのヘイト稼いでいるんだよ。逆にすげぇよ」
基本的に他人には無頓着なハジメメンバーだが、ここまで執着をみせるというのは、けっこう珍しい。真面目に殺すためなら地獄の果てまで追いかけていきそうだ。
そう思っていたら、ティアが遠慮がちに言ってきた。
「えっと、迷宮攻略はフリードおじさんとお父さんの2人で行ったわよ?」
「・・・本当?」
「え?そうなんですか?」
完全にフリード=名状しがたい憎悪の対象となっているユエとシアが、意外そうに返す。
「えぇ。そのときは、2人ともまだ冒険者だったし、国を挙げて攻略に行くようになったのは、お父さんたちが攻略してからだから」
考えてみれば、入れば生きて帰ってきた者がいないと言われる洞窟に、むやみに兵士を送ったりしないだろう。攻略情報と神代魔法という飛び切りの攻略報酬があるからこそ、攻略に乗り出すようになったわけだし。
だが、話しているときのティアは悲しそうに目を伏せている。おそらく、同族の未来のために必死になっていたころの姿を思い出しているのだろう。
それを察した俺は、ティアの頭を強めに撫でる。
「んぅ~、なにするのよ、ツルギ」
「リヒトのことは、今はひとまず放っておけ。今は迷宮攻略だろ?」
「それはわかってるわよ」
「なら、それでいい。それに、生きていればどうにでもなる。必要なら、エヒトとやらをぶっ飛ばしてから、時間をかけていけばいい。生きてりゃ、案外どうにでもなるもんだ」
俺もそうだし、ハジメもそうだし。死んでいてもおかしくなかったのに、今は好きな人との幸せを築けている。もちろん、過去に戻ることはできない。だからこそ、前に進むしかないのだ。
そんな俺の励ましに、ティアの表情は幾分和らぎ、
「・・・えぇ、そうね。ありがとう、ツルギ」
そう言って、俺の方にもたれかかってきた。迷路に続く階段を下りている最中で少し歩きにくいが、これくらいは我慢しよう。イズモも、俺たちを微笑ましく見ている。
「すげぇな。よくあんな恥ずかしいことを平然と言えるな」
「・・・ハジメも似たようなものだけど、ツルギもすごい」
「ですねぇ。あれだから、無自覚誑しなところがあるんでしょうか」
「そうだね。日本でも、けっこうファンがいたから」
「ふむ。じゃがやはり、妾は罵ってもらう方が・・・」
・・・後ろから隠す気のないひそひそ話が聞こえるが、それも我慢する。ていうか、シア。俺のどこが誑しなんだよ。訴えるぞ。あと、ティオ。そういうのはハジメだけにやってもらえ。俺は変態の相手はできるだけしたくないんだよ。
ついでに、八重樫からも強烈な視線が注がれているが、頑張って無視する。これはイチャイチャじゃなくて励ましなんだから、大目に見てもらってもいいと思うんだ。
「にしても、この迷路を進むってのはうざってぇな・・・」
そこに、空気を読んでいるのかいないのかわからない坂上が心底めんどくさそうにぼやいた。
まぁ、この脳筋がパズルとか迷路の類をまじめに取り組んでいるところなんて想像できないが。
迷路へ続く階段を下りるごとに、坂上の苛立ちが目に見えるレベルになっているが、一番下までたどり着くと、坂上がさも名案を思い付いたかのように声をあげた。
「いいこと思いついたぜ。迷路の上、何もないだろ?だったら、そこを跳んでいきゃあいいじゃねぇか!」
脳筋の口から出たのは、完全に迷案だったが。
内心で呆れ果てながらも止めようとしたが、“思い立ったが吉日”を地で行く脳筋はさっさく“空力”を使って飛び上がった。
「龍太郎!?」
「ば、馬鹿っ!戻って来なさい!」
「りゅ、龍太郎くん!」
そんな坂上を、天之河、八重樫、谷口が制止しようとするが、素早く行動に移った坂上を捕まえることはできず、そのまま先に進んでしまった。
「さて、どうなるか・・・」
「せっかくだし、このまま坂上で検証してみるか」
とはいえ、俺とハジメはいたって冷静だったが。
そんな俺とハジメを、天之河は批難の目で睨むが、俺が逆に諭す。
「言ってわからないバカなら、実際に痛い目に合わせるしかないだろ。んな心配しなくとも、死なせはしねぇよ」
「だがな・・・」
もちろん、俺たちも最低限の配慮はするが、だからといって愚行を強行するバカをあえて諫めはしない。せいぜい、痛い目をみてもらおう。
谷口も障壁を張って行く手を阻もうとするが、すでに遅い。
「ぬわっ!」
案の定、境界線を越えたところで、周囲の空間が大きく撓み、悲鳴を残しながら坂上が消えた。
「龍太郎っ!?」
「ああ、もうっ!あの馬鹿っ!」
「ふぇ!?どうしよう!峯坂くん、龍太郎くんがっ!」
坂上が消えたことに天之河たちが慌てるが、俺は“魔眼”を通して坂上の周囲を観察していた。だから、居場所もすぐに特定できる。
「あそこだな」
俺が視線を向けると、そこには天井から六角形の氷柱がせり出ており、その中に坂上がたわんだ空間から現れた。
「氷の中にごつい脳筋男とか、誰得なんだよ」
「そういうのは普通、美女がテンプレだよな」
「そんなこと言ってる場合か!」
正論ではあるな、それ。
今の坂上の状況は、見ての通り氷の中に閉じ込められている状態だ。必死に“金剛”で脱出を試みているが、上手くいっていない。
そんな窒息で死にそうになっているところに、天井からさらに鋭い氷柱が無数に生えてきて、ゆっくりと降下し始めた。
谷口が顔を青くしながらも障壁を展開しようとするが、そもそも距離が500mあることもり、上手く展開できないでいる。刃結界の遠隔操作で斬り落とすにしても、少し遠い距離だ。
「う~ん、放っておいても窒息で死にそうなもんだが・・・何で、氷柱で追撃する必要があるんだ?」
「たぶん、冷静に判断できるかどうかを試してるんじゃないか?」
「・・・あるいは、ズルした人へのお仕置き?ほれほれ、怖いだろ~、みたいな」
「でも、頑張れば防げそうよね」
「冷静に分析してないで手を貸してくれないかしら!?」
のんきに分析していたら、八重樫から半泣きで懇願された。さすがに泣かせるつもりはなかったんだけどな。
すると、そこに香織が近づいて、
「大丈夫だよ、雫ちゃん!」
「香織?」
自信満々な香織に、八重樫の視線が香織と坂上を高速で行ったり来たりしている。
そんな八重樫に、香織は可愛らしく胸の前で両手を握り、
「死にたてホヤホヤなら生き返らせられるよ!私みたいにね!」
「そういう問題じゃないでしょう!?」
ある意味たくましくなった香織に、八重樫が遠い目になる。大方、日本にいたころの純粋な香織を思い出しているのだろう。
実際、死後数分くらいなら普通に蘇生することは可能だ。
だが、それにかかる日数も魔力もバカにならないから、できるだけとりたくない方法でもある。こんなところで、無駄に時間と魔力を浪費したくない。
ということで、ユエの“界穿”を通して香織の銀羽を移動させ、氷柱を分解して救出してもらうことにした。それを感知したのか氷柱が勢いよく射出されたが、それで香織が同時に展開した分解障壁を突破できるわけもない。
すると、ハジメがあくどい笑みを浮かべ。
「香織。氷柱を溶かすついでに、あのバカの股間を分解してやれよ」
「南雲っ。お前、なんて恐ろしいことを!」
天之河が香織よりも先に反応し、即座に自分の股間をガードした。八重樫と谷口もギョッとしている。
俺としては、スマッシュ自体はすでに慣れてしまっているから、どうとも思わない。ユエとハジメがしょっちゅうしてたし。
そして、そんな提案を受けた香織は、
「こ、股間って・・・そ、そんなのするわけないでしょ!ハジメくんのエッチ!」
なぜか戦慄ではなく羞恥を感じていた。反応するところ、ちょっと違くないですかね。
すると、ユエが冷ややかな視線を香織に向け、
「・・・股間を分解することのどこがエッチか。香織、股間に反応しすぎ。このムッツリめっ」
「ち、違うよ、ユエ!分解するには銀羽で股間に触れなきゃいけないんだよ?それって私に、間接的にでも龍太郎くんの股間に触れと言ってるのと同じじゃない!エッチでしょ!」
「・・・何を言っても、股間に過剰反応して顔を赤くしていることに変わりはない。ド変態めっ」
「ユエは私を変態にしたいだけでしょ!わ、私、股間に興味なんてないもん!」
「・・・ほぅ。ハジメの股間も?」
「!? そ、それは、何て言うか・・・その、ちょ、ちょっとは、その・・・」
「・・・ん。やはり股間に異常な興味を示す変態。このグランド股間マスターめっ」
「酷い!その呼び名はいくら何でも、酷すぎるよ!ハジメくん!私、本当に股間に過剰な興味を持っているわけじゃないからね!ホントだよ!信じて!」
「あ~、うん。わかったから、話を振った俺も悪かったから。2人とも、まず股間を連呼するのを止めてくれ。見ろ、お前の幼馴染たちが凄いいたたまれない感じになっているだろうが」
谷口は顔真っ赤だし、八重樫にいたっては我が子の成長を見守る母親のような慈しみの表情だしな。なんというオカン力。
「みんな、聞いて!私、そんな・・・」
香織が誤解を解かんと視線を坂上から逸らしたが、それがいけなかった。
「ぎゃぁあああああああっ!!いてぇえええええ!!」
上から龍太郎の悲鳴が聞こえて何かと思ったら、香織の銀羽が勢い余って坂上まで分解しそうになっていた。その原因はもちろん、現在進行形で分解している香織だ。
「え?あっ!りゅ、龍太郎くん、ごめんなさぁーーい!!」
香織が慌てて銀羽の繭を解き、坂上を救出した。
中からは、案の定ぼろぼろになって白目を剥いている坂上が現れた。
そして、とても大変な格好をしていた。いや、股間がさらされていることから、とても変態な格好と言い換えてもいいか。谷口が落ちてきた坂上を“光輪”で受け止めるのをためらうくらいには。
そんなありさまの坂上から、俺たちはスッと視線を逸らした。そりゃあ、誰が好き好んでむき出しになった野郎の股間を見たがると言うのか。
一応、責任感を感じているのか香織が治癒しようとするが、目は閉じながら思い切り逸らされ、なるべく遠くから手を伸ばして回復魔法をかけていた。
「・・・香織、酷い子。自分でボロボロにしておいて」
「ユエが意地悪するからでしょ!」
「・・・ん。責任転嫁も甚だしい。さぁ、香織!ちゃんと責任とって。患者さんと向き合って!さぁ、早く!」
「や、やだよ!何か見えたもん!ハジメくん以外は嫌だもん!」
「・・・治癒師の風上にも置けない。さぁ、見て。ちゃんと見て治癒してあげて!その目にハジメ以外のを焼き付けて!」
「やぁあああ!止めてよぉ!ユエのばかぁ!押さないでぇ!ああっ!?これは重力魔法!?やめてぇ、無理やり目を開けさせないでぇ!」
実に楽しそうな笑みを浮かべながら、ユエが香織を坂上の方に押しやり、さりげなく重力魔法のピンポイントかつ絶妙な力加減で目を開かせようとするという絶技を見せている。完全に無駄な技術だが。
ハジメは、香織をいじめているときの子供のようなユエの表情にほっこりしている。
なんやかんや言って、ユエと香織って仲がいいんだよな。喧嘩するほど仲がいいって言うけど、まさにそんな感じ。ある意味、それぞれの親友であると自他共に認めているシアと八重樫よりも友達らしいと言える。
まぁ、それはともかく、これで坂上には十分罰になっただろう。
この後、目が覚めた坂上に股間丸出しで白目剥いて気絶していたことを伝え、がっつりへこんでいたから、今後は行動を自重してくれるはずだ。
あの強制転移を防ぐことは難しいが、そもそもレギュレーションに反しなければ発動しないから、その辺りを気をつければいいだろう。
「そう言えば、こういう迷路って日本にもあるよな」
「あぁ、たしかにそうだな」
「へぇ、そうなんですか」
「・・・ん?もしかして、迷路を無視して突き進んだり・・・」
「しないからな」
「ですよね!そんなことをしても何も面白くない・・・」
「ごくまれに、花畑の迷路で花を斬り倒して進むやつはいるけどな」
「結局いるんですか!?」
「マジかよ、それ」
「本当に稀だが、そのことで通報されたことがあるって聞いた事がある」
「それって、まさかハジメかツルギだったり・・・」
「んなわけあるかい」
日本にハジメと同じ思考を持つ人間がいることに不安を抱く女性陣。
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知らないうちに“使用楽曲情報”なるものが追加されていて戸惑いを隠せない自分です。
いつの間にこんなもの追加されたんだか。
まぁ、自分が書く分には使わないでしょうけど。