そんなこんなで、やっと迷路の攻略を始めたのだが、中に入ったら中々の圧迫感だった。幸い、羅針盤があるから迷うことはないが、
「・・・この氷壁がまた鬱陶しいな」
「そうね。それに、すごく透明なのに、向こう側がまったく見えない」
そう。氷壁の氷は気泡一つない見事な美しさで、人影をうっすらと反射しているのも変わりないのだが、向こう側がまったく見えなかった。上から見た限り、厚さは2mほどだったから、普通ならあり得ない話だ。当然、迷路らしくするため、というだけではないだろう。
「壁から魔物が飛び出してくる可能性もあるし・・・気を付ける必要があるな」
「そうだな。先ほどのゾンビも壁の中から出てきたし、十分あり得る話だ」
「大丈夫です!私の超絶ウサ耳イヤーにかかれば、どんな相手でも聞き逃したりしません!」
「シア。それ、耳って2回言ってるからな」
多分、咄嗟に思いついたんだろう。考えた結果だとしたら、さすがにダサい。
そして、胸を張りながらそんなことを言っているのだから、その豊かな双丘が激しく揺れている。思わず視線を向けようとした天之河と坂上に、ハジメから殺気が飛んで慌てて目を逸らしたりしているし。
「ったく。シア、もう少し自覚を・・・」
少し呆れながら注意しようとするハジメだったが、ハジメの視線もシアの双丘に吸い込まれた。というか、ガン見していた。ハジメがシアに対する気持ちを自覚してからは、こういうことは珍しくない。
「・・・ハジメ君?」
「え~と、次は左だな」
そして、それに比例して、香織が般若さんを出現させる頻度も多くなった。
ハジメも頑張ってそれをスルーしている。
「も、もうぉ、ハジメさんったら。ほんとに私の胸がお好きなんですから~。でも、“あれ”はダメですよ!今は攻略に集中してください。出ないと私・・・あんな風に胸を弄ばれてしまったら、また腰が抜けてしまいますぅ!攻略どころじゃなくなってしまいますよぉ」
「シア、ちょっと黙ろうか」
ハジメの性癖が暴露されそうになったところで、ハジメから制止が入った。香織からはすでに般若さんがステンバイしていて、ティオも興味半分戦慄半分の表情になっている。
「・・・ハジメ、“あれ”をやったの?シアは初めてだったのに・・・ハジメのケダモノ」
「理性がもたなくてな。つい、ユエにするみたいに“あれ”を・・・」
ユエもハジメの会話に混じり、天之河たちが身もだえしている。
まぁ、いくら勇者パーティーとはいえ、中身は普通に高校生だ。そういうことに興味があるのは健全なことだ。
ただ・・・
「ツルギ、止めないの?なんか、皆すごいことになっているけど」
「いや、俺まで入ったら余計な地雷を踏みそうだし」
それは、俺も同じことなのだ。
ハジメの言う“あれ”がなんなのかは考えないでおくが、俺もついこの間、イズモに似たようなことをしたばかりなのだ。余計なことを口走りそうで怖い。イズモも、そのときのことを思い出しているのか、珍しく赤くした頬を両手で抑えながら身もだえしている。
そんな状態で俺まで会話に入ったら、いったいどうなるか・・・考えたくもない。
「まぁ、それはさておきだ」
そう言って、俺は槍を生成し、谷口の頭上あたりに投擲した。
「・・・へぅ」
突然のことに谷口が涙目になるが、せいぜい毛が数本持っていかれたくらいだ。
それよりも、
「お前ら、左右の壁からだ」
谷口の後ろには、音もなく現れて爪を振り下ろそうとしている氷の鬼が立っていた。たった今、俺が頭部を貫いてそのまま倒れたが。
だが、それで終わるはずもなく、次々と鬼が出てきた。左右5体ずつ、計10体だ。
とはいえ、個々の実力は大した事はなく、ちゃんと魔石もあったことから、討伐は難しくなかった。シアが無双したことで、遠い目になりはしたが。
一通り片付いたところで、ハジメがシアに話しかけた。
「シア。お前の超絶ウサ耳イヤーだかなんだかで、事前に察知できたか?」
「あの、ハジメさん。ノリで言っただけなので、真面目な顔で真面目に言われると恥ずかしいのですが・・・探知はできましたけど、結構直前でしたね。音は覚えたので、次からはもう少し早く捉えられると思いますけど」
「俺の方も、似たようなものだな。直前に微かに魔力の流れが見えたから反応できたが・・・こりゃあ、けっこう強めの気配遮断の能力があると考えていいな。幸い、そこまで強くはないが」
「・・・ん。脆いし、再生もしない」
「でも、それだと道の長さが問題よね」
ティアの言う通り、この長い道のりを進んでいる間、ずっと奇襲を警戒し続けなければいけないというのは、それなりに精神的に無理を強いる。
だから、体力面精神力面で少しでも疲労を感じたらすぐに香織に申告するように強く言い渡した。香織も、俺の言葉に同意し、他も強くうなずいた。ユエも同じようにしたのが少し意外だったが、さすがに時と場合は弁えてくれるようだ。場所を弁えたことはないが。
攻略の指針を決めたところで、再び歩みを再開した。ここからは、定期的に鬼が奇襲を仕掛けるだけでなく、氷の槍が飛び出したり、落とし穴が仕掛けられていたりなどの、ある意味ミレディのような迷宮らしいトラップもでてくるようになってきた。
それらを乗り越えながら進んでいき・・・12時間ほど経過した。
身体的な疲労は香織のおかげで問題ないが、奇襲に対応するための集中力の維持と単調な景色が続くことによる精神的な疲労が目に見えて現れてきた。途中からティオやイズモが魂魄魔法で精神力回復の魔法をかけたが、それも限界が近くなってきた。
今のところ、問題なく探索を続けられているのは俺とハジメくらいだ。俺もハジメも、階層は違えど、たった1人で多くの魔物がはびこるオルクス大迷宮を踏破した。これくらいの集中力なら、自然と身につく。
とはいえ、他はそうもいかない。
「ハジメ、適当に休めそうな場所を探してくれないか?」
「あ?・・・あぁ、わかった」
俺の指示に、ハジメは一瞬訝し気に俺を見たが、他の様子を見て察したらしく、羅針盤で探査してくれた。
視線を感じて振り返ってみると、八重樫が柔らかく綻んだ表情で俺に目礼してきた。さっきのが他のメンバーの消耗を考えての進言だと察したらしい。
そんな雫に、ティアとイズモが意味ありげな視線を送っていたが、八重樫は疲労で気づいておらず、俺も特に気にせずに無視した。
そして、それからしばらく歩くと、ようやく広い場所にでてきた。だが、突き当りの壁には巨大な両開きの扉があり、ちょうど上空を覆う雪煙の境界線になっている。
どうやら、ここが羅針盤の言う“適当な場所”で、ついでにこの迷路のゴールだったということだ。
また、その扉は氷でできているのだが、それは複雑に絡み合う茨と薔薇のような花の意匠が細やかに彫られている。
それに、
「この窪み・・・」
ちょうど人の頭くらいの高さに茨のサークルが彫られていて、その内側に3つの丸い窪みがあった。
とりあえずハジメが押してみるが、扉はびくともしない。
「まぁ、だろうな。セオリー通りなら、扉を開けるには、この窪みに鍵代わりのなにかをはめろってことだよな」
「そういうことだろうな。ったく、まさか最短距離で来た弊害がここででてくるなんてな・・・」
羅針盤で探査したのは、あくまでゴールや適当な休憩場所で、鍵の在処ではない。寄り道もしなかったことから、こうなるのも仕方ないと言えば仕方ないだろう。
「それで、どうするの?このまま鍵を探しに行く?」
ティアが尋ねてきたが、表情からしてあまり乗り気ではないようで、ユエや天之河たちも言葉には出さないものの、同じようなものだった。もちろん、鍵探しそのものではなく、精神的疲労の意味で、だろう。
「・・・まぁ、この場所に問題はなさそうだし・・・」
「あぁ、いったん休憩にするか」
俺の言葉で、天之河たち一気に弛緩した空気があふれ出した。緊張感が抜けたのか、その場に座り込んでしまう。
「お前ら、壁際はやめとけ。奇襲されないとも限らないからな。休むなら部屋の中央だ」
俺の指示でのろのろと動き出す天之河たちを尻目に、ハジメは扉から少し離れたところに宝物庫から天幕を取り出して設置した。
中は15人くらいなら余裕で入れる広々とした空間になっており、極寒使用のために後付けで天井と壁を追加している。
だが、これはただの天幕ではない。
「ふわぁ!?これ、床暖房だ!」
「じゅ、絨毯が王宮の客室並みにふわっふわだわ・・・」
床は高級感漂う絨毯になっており、床暖機能によって極寒の中でも快適に過ごせるようになっている。さらに、再生魔法を付与した鉱石を薄く引き延ばした欠片を裏地に張り付けているため、たとえ土足で上がっても一定時間たつと勝手に元の綺麗な状態に戻り、疲労回復や衣服、体の浄化の効果までもたせている。
さらに、
「お、おい、南雲。あれってもしかしてコタツか!?」
そう、日本人が生み出した文明の利器であるコタツまで完備しているのだ。
ちなみに、これらの開発は俺の知らないところでハジメがいつの間にか進めていた。錬成師の性と言うべきか、こだわりに満ち溢れた逸品になっている。
俺としても、早く温もりにひたりたいところだが、
「んじゃ、お前らは先に休んでてくれ」
「ツルギ?何かあるの?」
「いや、個人的に気になることがあるだけだ。すぐに終わる」
「そう、わかったわ」
ティアもそれ以上は追求せず、素直に天幕の中に入って行った。
「さて、何が見えるか・・・たしかめてみるか」
全員が天幕の中に入ったことを確認してから、俺は壁際に近寄って“看破”を行使した。強化された“看破”なら、“魔眼”と組み合わせて大抵の魔法やアーティファクトの構造を読み取れる。
だが、表層だけではこれといった情報が読み取れない。だから、さらに奥深くを探っていく。
大迷宮に施されている仕掛け、その深奥に・・・
「っ!」
あと一歩というところで、集中的に発動していた右目に突き刺すような痛みが走った。そのせいで、思わず発動をキャンセルして後ずさりした。思わず押さえた手を見ると、血が付着していた。氷壁を鏡代わりにすると、右目から血涙が流れている。
「・・・さすがに、このまま戻るわけにはいかないか」
すぐ終わると言っておきながら、血涙を流したまま戻るわけにはいかない。念入りに再生魔法で治癒し、頬に着いた血は水魔法で洗い流す。もちろん、水の一滴も残らないように気を遣って、だ。
幸い、多少なりとも収穫はあったから、それでよしとしよう。
やることを済ませた俺は、天幕の中に入った。
「あ、おかえりなさい、ツルギ」
「おう。んで、あれは・・・いつものことか」
天幕の中に入ると、ハジメを中心として桃色オーラが振りまかれていたが、こんなのは日常茶飯事だからスルーする。
そんなことよりも、俺はさっさとコタツの中に潜り込んだ。
「あ”~、やっぱこの温もりには抗えない・・・」
ふかふか絨毯の床暖房と組み合わさって、凶悪なまでの心地よさを生み出している。外が極寒なこともあって、威力はさらに増し増しになっていた。
さらに、左右からイズモとティアがくっついてきて、心地よさはさらに加速した。いっそ、このまま眠ってしまおうか・・・。
「ねぇ、峯坂君はさっき何をたしかめていたの?」
そこに、微妙にとげとげした空気の八重樫が、俺にさっきのことを尋ねてきた。
なんか不機嫌になっているから、ちゃんと答えておこうか。
「そうだなぁ。ハルツィナ樹海で概念魔法について説明受けただろ?」
「そうね。たしか、全部の神代魔法を習得できると使えるのよね?」
「あぁ。そうなんだが・・・それだと、いろいろと説明がつかない部分があるんだよな」
「どういうこと?」
「例えば、あの羅針盤も概念魔法が付与されているが、どの神代魔法を付与すればそうなる?」
「・・・言われてみれば、たしかにそうね」
神代魔法の延長線上に概念魔法があるなら、多少なりとも何かしらの神代魔法の効果があるのだろうが、羅針盤を見る限りは、今の神代魔法ではとうてい不可能だ。
その辺りが“全部の神代魔法を習得すること”が条件になっている理由なんだろうが、そこにも何かしら理由はあるはず。
そしてそれは、今までの大迷宮の仕掛けでも同じだ。ただ神代魔法を使うだけでは、あそこまでは再現できない。
だから俺は、昇華魔法によって性能が上がった“看破”を使い、何があるのかを調べた。
「それで、その正体はわかったのか?」
そこに、ついさっきまでユエたちとイチャイチャしていたハジメが、真剣な表情で尋ねてきた。ユエも、真剣なまなざしで俺を見ている。ハジメとユエは、ここを攻略すれば、晴れてすべての大迷宮を攻略したことになる。だから、少しでも情報が欲しいんだろう。
そして、結論から言えば、
「わかったって言えばわかったが、わからないと言えばわからない」
「おい、どういうことだよ、それ」
ハジメから期待外れみたいな感じで見られるが、こればっかりはどうしようもない。
「だいたいの仮説はあるが、それだけだ。確証もないし、実用もできない」
「どういうことだ?」
「そうだな・・・神代魔法は、この世界の理に作用する魔法だ。それはわかるな?」
俺の確認に、ハジメたちは頷きを返す。
「ここからは仮説、ってより憶測に近いが、おそらく、神代魔法にはまだ先がある」
「先?」
「つまり、もっと根本的な何かしらに作用するのかもしれない、ってことだ」
現段階の神代魔法で再現できないなら、神代魔法にはさらに先があるということ、なのかもしれない。
「それがなんなのかはわかっているのか?」
「わからない、っていうか、理解しようとしてもできないな。ぶっちゃけるが、そこの氷壁を“看破”で深く探ってみたんだが、途中で目に鋭い痛みが走って、それ以上は調べられなかったんだ。おそらく、今の俺が理解できる範疇を超えているんだろう。一応、推測できないこともない奴はあるが・・・」
「へぇ。ちなみに、それは?」
「ハルツィナ樹海で、俺やユエたちが魔物にされただろ?あれがもし変成魔法の作用なのだとすれば、おそらく生物的な要素に干渉できる、可能性がある。あと、メルジーネ海底遺跡で過去の情景が再現されたことから、再生魔法は時間に干渉できる、かもしれない。今言えるのは、これだけだ」
「ずいぶんとあやふやだな」
「それだけ、根本的かつ強大ってことだ。例えば、物が燃えてるってことにしても、ただ火が燃やしてるだけじゃなくて、空気中の酸素との反応や燃えている物体の性質の変化もひっくるめて“燃えている”って言うんだ。それを、この世界の理に当てはめてみろ。どれだけの深奥になるのか、少なくとも俺には想像できない」
人間が理解できる物事には限界がある。であれば、それは神代魔法でも同じことがいえるはずだ。
俺もある程度口に出したが、理解できているとは言い難い。まさしく、言うは易く行うは難しだ。
「まぁ、どのみち今はあまり気にすることじゃない。そういうのは、氷雪洞窟を攻略してからだ」
「まぁ、それもそうだな。わからないことを考えてもしゃあねぇし」
わからないことで延々と頭を使うことはない。どのみち、氷雪洞窟を攻略すれば答えがわかるのだから。
「・・・まぁ、わからないことを後回しにするのは構わないわ。でも・・・」
そこに、八重樫が横から口を挟んできた。何やら、納得しがたいことがあるような感じだ。
そして、若干俯かせた顔をガバッと上げて吼えた。
「なんでシアとイズモはこんな時にお鍋を準備してるの!?ていうか、なんで峯坂君もしれっと手伝ってるの!?」
そういえば、俺が概念魔法に関する仮説を説明している間、シアとイズモはいそいそと鍋を用意していた。具材は、宝物庫のおかげで新鮮なままのエリセン産の魚介だ。俺はその魚をさばいている。
鍋の汁の方はすでに仕上がってきているようで、いい匂いが立ち昇っている。
「いや、寒い時は鍋だろ?」
「なんで『こいつ、何言ってるの?』みたいな空気になってるの?重要そうな話をしてたじゃない」
「だから、個人的なことって言っただろ?どうせ考えてもわからないし、答えだって攻略したらわかるんだから、聞いていようが聞いていまいが、どっちでもいいだろ」
「でも、概念魔法に関することなら、最重要事項じゃないの?」
「? 今の最重要事項は氷雪洞窟の攻略だろ?」
ちょっと八重樫の言っている意味が分からない。
いや、本当にわからないわけではないが、そんなにキーキー言うことだろうか。
「もう・・・いいわよ・・・」
あ、八重樫の方から折れた。
「・・・すごい、あの雫ちゃんがいいようにされてるよ」
「・・・でも、割とまんざらでもない?」
「・・・いやぁ、ツルギがドSなだけだろ」
「・・・ふむ、ツルギ殿も・・・ハァハァ」
そこ、ハジメサイド。こそこそ話してるつもりでも、聞こえてるから。ティオも、男で興奮するのはハジメだけにしてくれ。
「にしても、米があったら雑炊もいけるんだけどな・・・ウルの町でもらった分はもう全部使っちまったし・・・」
「でも、小麦は割と余ってるよな」
「こっちじゃ、むしろそっちが主食・・・おい、ハジメ。お前、まさか・・・」
「ち〇り、やるか?」
「迷宮攻略中にやるか、バカ」
「実はな、こっそり全自動ち〇りマシンを作ったんだが」
「いつの間に作ったんだよ!っていうか、用途が極端すぎるっ」
「ねぇ、ち〇りってなに?」
「日本の一部の人における、お米の代用よ」
米がない時の最終手段を実行しようとするハジメとそれを止めるツルギの図。
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小話書きながら懐かしいと思いました。
自分は油投下のやつが好きでしたね。
本作とあまり関係ありませんが、新作投稿しようか迷っています。
本作もだいぶ流れに乗っているので、ある程度区切りをつけたら書いてみようとは思っているのですが、はっきりと目途がたっているわけでもないので。