二人の魔王の異世界無双記   作:リョウ77

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囁かれる声

「はい、ツルギ。あ~ん」

「あむ・・・うん、やっぱおいしいな。ほら、ティアも。あ~ん」

「はむ・・・えぇ、おいしいわ。さすが、ツルギとイズモとシアね」

「なに、それほどでもない・・・ツルギ、ほら。あ~ん」

「あむ・・・うん、うまい」

 

鍋が完成してからは、俺はティアとイズモを、ハジメはユエとシアを両隣にして座り、それぞれから“あ~ん”をさせてもらっていた。ハジメの場合、香織とティオも2人に負けじと自分をアピールしていたが。

ついでに言えば、

 

「・・・・・・」

「し、シズシズ?どこか不機嫌・・・」

「なぁに?」

「・・・いえ、なんでもないです」

 

八重樫から、俺の方を謎の迫力を伴った笑顔で見ている。そんなに食事中にイチャイチャするのがダメなのだろうか?ただ、それだけじゃないような気配もするが・・・わからん。ティアもイズモも、意味ありげに見るだけだし、ハジメサイドに至ってはニヤニヤしながら見ているだけだ。あいつ、他人の修羅場だからって・・・。

天之河と坂上には、まったく期待していないが。谷口は声をかけようとしただけでも頑張った方だろう。

 

「ん?・・・辿り着いたか」

 

突如、ハジメが何か呟き、視線を虚空にさまよわせ始めた。

 

「どうかしたか?」

「ん~、ちょっと待て」

 

俺が声をかけても、ハジメはそのままどこか違うところを見るかのように視線をさまよわせている。

だが、それもすぐ終わり、「よし」と呟いたハジメは宝物庫からゲートキーを取り出し、空間へと突き刺してどこかへのゲートホールに繋げた。

開かれたゲートから出てきたのは、六角形の氷柱に置かれたキーアイテムらしき宝珠と、

 

「グルァアアアアアアアッ!!!」

 

鬼の形相で迫ってくる5mほどの氷の鬼だった。迷路の中にいたやつより大きいから、大鬼ってところか。

 

「「「「ぶふっ!?」」」」」

 

鍋をつついていた天之河たちは、突然のことに口の中のものを噴き出す。さりげなく俺とユエが障壁を張って自分たちの皿を守った。

それに構わず、ハジメはさっさと宝珠を手に取り、手榴弾を置き土産にしてゲートを閉じた。

次の瞬間、どこからともなく爆音が聞こえてきた。

 

「あぁ、クロスビットで探索して回収したのか」

「あぁ。だが、やっぱ普通の鍵じゃないみたいだな。複製するのは手間だ」

 

なるほど。俺が調べていたときにクロスビットを飛ばしていたのか。

やはり、鍵らしき宝珠は特別なものらしく、内部の構造を解析するのはハジメでも時間がかかるようだ。

そう思っていると、天之河たちが一気に声をかけてきた。

 

「いやいやいやいや!おかしいだろう!?」

「あれはダメなんじゃねぇのか!?」

「横着しすぎでしょう!」

「ていうか、なんで峯坂君も平然としているの!?」

「・・・なんだよ、お前ら」

「そんなに騒ぐことか?」

 

別に、疑問に思うことなんてなかったと思うが?

 

「南雲。さっきのはなんだ?」

「なんだって・・・何がだ?見てただろ?」

「見てたけど!そう言うことじゃなくて!お前は何をしたんだ!」

「・・・お前、ホント大丈夫か?」

「今のを見てわからないって、お前・・・」

 

今のを見れば、だいたいはわかると思うんだが。

だが、八重樫はまだ冷静だったようで、ハジメがクロスビットで捜索していたこと、宝珠を見つけたところで先ほどの大鬼が出現しただろうこと、宝珠を回収しつつ大鬼を爆殺したことを自分が確認するように並べて話した。どうやら、八重樫たちはハジメがクロスビットを放ったのは警戒のためだと思っていたらしい。

天之河はなにやら真っ向から倒して手に入れるべきだとかなんとか言ったが、クロスビットで探索した方が明らかに合理的だし、労力も少なく済む。ゲートによる回収も違反判定はなかった。だったら何も問題ないだろうと説き伏せた。

とはいえ、このまま全部同じ方法を使って万が一攻略を認められないとなったら困るから、残り2つは場所だけ特定して自分たちで攻略することにした。

組み合わせは、勇者パーティーとそれ以外ということになった。ぶっちゃけ、八重樫たちには俺とティア、イズモがいてもよかったと思うのだが、自分たちだけでも攻略できることを証明したいという意思を尊重したのと、天之河が俺に張り合う気満々の視線を向けてくるのが鬱陶しかったから、ハジメたちの方に同行することになった。

結果から言えば、俺たちは特になんの問題もなく攻略して一足先に戻り、勇者パーティーも少し苦戦しながらも無事大鬼を撃破した。見たところ、谷口に明確な攻撃手段を持たせたことでさらに攻撃力が上がり、障壁ももちろん強固になったことから、攻守ともに大きく向上したようだ。とどめのところとか、谷口が大鬼の足を斬り落としたことで生まれた隙を天之河と八重樫がついたからな。

ただ、大鬼を倒した時の喜び方が、俺からすれば結構大げさだった。

ティオやイズモは真っ当に攻略で来たことがうれしいのだろうと言っていたが、わざわざ効率の悪いやり方でやって何がいいのだろうか?もっと合理的に考えようぜ、合理的に。ハジメも2人の説明に納得しちゃってるし。

なんとなく釈然としなかったが、天之河たちが戻って来て香織が健闘をたたえているのを見て、水を差すこともないかと何も言わないでおいた。

 

「南雲、ここでいいんだよな?」

「あぁ。それでいいはずだ」

 

それを横目に、天之河が最後の宝珠を嵌めた。

すると、3つの宝珠が輝き始め、その光が扉の装飾全体を彩っていく。宝珠がひと際強く輝くと、両開きの扉がゴゴゴッと音をたてながら開き始め、風圧のせいか上空の雪煙がわずかに攪拌された。

警戒しながらも扉の中に入ると、

 

「うわぁ、何ここ・・・もう完全にミラーハウスじゃん」

「一応、氷でできているんでしょうけど・・・たしかに、もうほとんど鏡ね」

 

八重樫の言う通り、そこは完全に鏡の世界だった。迷路の方はわずかに人影が映った程度だが、ここは完全に姿が見えており、さらに合わせ鏡になって無限回廊を形成していた。

まさしく、“氷鏡面”と言うべき世界だ。

 

「さて、行くか」

 

俺が号令をかけ、その不思議な氷鏡面の迷路へ踏み込んだ。

中はまさにミラーハウスになっていて、両サイドの壁には俺たちの姿が無限に映し出されている。俺たちの足音も妙に反響しており、上空が雪煙に覆われていることもあって薄暗い気持ちにさせられる。

 

「・・・なんだか吸い込まれてしまいそう」

 

ハジメの隣を歩いているユエが、ポツリと呟く。

たしかに、無限に続いて見える合わせ鏡の氷壁を見れば、そう思うだろう。

すると、ハジメがユエの手を握って語りかける。

 

「大丈夫だ、ユエ。俺が行かせないからな」

「・・・んっ」

「あなたたち、いちいちいちゃつかないと落ち着かないの?」

「実際、そうなんだろ」

 

八重樫の呆れた突っ込みに、俺が投げやりに答える。

この2人が人前でいちゃつくなんて、今に始まったことではない。

それに、

 

「悪いな、ユエがいちいち可愛くて」

「・・・ん、ごめん。ハジメがいちいち素敵すぎて」

「はぁ・・・」

 

2人は反省の“は”の字も知らないのだから、さらに手に負えない。八重樫が深いため息をつくが、俺はもう慣れた。この2人のいちゃいちゃは大迷宮レベルの順応が必要だから、まだ日が浅い八重樫たちは難しいか。

そんなこんなで30分ほど進んでいると、変化が訪れた。

不意に天之河が立ち止まり、あたりをきょろきょろと見回し始めたのだ。

俺はいったん止まるように号令をかけ、天之河に話しかける。

 

「天之河、どうかしたのか?」

「いや・・・今、何か声が聞こえなかったか?こう、人の声がささやいてくる感じで」

「ちょ、ちょっと、光輝君!?やめてよぉ!」

 

ホラーの耐性が皆無な香織が慌てて周囲に視線を巡らせるが、もちろん俺たち以外の姿は見当たらない。

 

「ほかに聞こえた奴はいるか?シアはどうだ?」

「いえ、私には何も聞えませんでしたけど・・・」

「気配も、俺たち以外は感じないな」

 

シアが目を閉じて集中するが、それでも聞こえた様子はない。俺の方も周囲の気配を探るが、俺たち以外の気配は何も感じない。

とりあえず、もしかしたら気のせいかもしれないということで歩みを再開したが、

 

「っ、まただ!やっぱり気のせいじゃない!また聞こえた!」

「こ、光輝?」

 

今度は叫びだした天之河に、八重樫たちは困惑の目を向ける。

 

「今度ははっきり聞こえたじゃないか!“このままでいいのか?”って!」

「い、いや、光輝。俺には何も聞えなかったぜ?」

「う、うん。鈴も聞こえなかったけど・・・」

「そうね・・・私も気づかなかったわ」

 

もちろん、俺もそんな声は聞こえなかったし、シアの方を見ても首を横に振った。

だれも気持ちを共有しないことに天之河は苛立っているのか、周囲に怒声を響かせる。

 

「・・・ハジメ、魔力反応は?」

「いや、ない」

「ていうか、この大迷宮には全体的に魔力反応を隠ぺいする機能がデフォでついているみたいだな。魔力による探知はあまり当てにならない」

「ふむ、光輝に関しては、大迷宮のプレッシャーにでも負けて精神を病んでいる可能性もあるが・・・」

「それにしては、唐突過ぎます。おそらく、なんらかの干渉を受けたと考えた方がいいでしょう」

「でも、シアのウサ耳でも聞こえない上に、ハジメ君とツルギ君でも感知できないなら防ぎようがないもんね」

 

話し合っている間にも、天之河が俺たちには聞こえない声の主を探そうと躍起になり始めたから、俺が声をかける。

 

「天之河。まずは落ち着け」

「っ、峯坂。本当なんだ。たしかに、俺は・・・」

「わかっている。このままお前の気のせいで済ませるつもりはない」

「えっ?」

 

俺の天之河に対する強い当たりは理解しているようで、まさか俺が擁護すると思わなかったのか、天之河は目を丸くした。

 

「おそらく、大迷宮から何らかの干渉があったんだろう。それが、この大迷宮の試練の1つである可能性が高いのなら、天之河だけじゃなく、ここにいる全員が干渉を受けるはずだ。どういう意図なのかはわからないが・・・今のところ防ぐ手立てはないから、全員、注意しておけ。できれば、情報も引き出してくれ」

 

この大迷宮に入ってから、それらしき試練の内容はなかった。であれば、今までと違うことが起きたということは、大迷宮から干渉されたと考えた方がいい。

天之河も俺の指示に頷き、幾分落ち着きを取り戻したのを確認してから再び歩き始めた。

すると、先ほどよりも早く反応があった。

 

「っ、また・・・」

 

どうやら、また声が聞こえたようだ。他に聞こえなかったのも同じだが、大迷宮からの干渉という一応の回答があったからか、冷静さを欠くことはなかった。

そして、何か気づいた事があるようだ。

 

「・・・聞き覚えがある?」

 

天之河が声に意識を傾け始めたのを見て、八重樫が心配そうに声をかけた。

 

「光輝。大丈夫?」

「あ、ああ。大丈夫だ。ただ、どこかで聞いたような声だと思って・・・」

「・・・ハルツィナでは擬態能力を持った魔物もいたし、知っている誰かを真似ているのかもしれないわね。惑わされちゃダメよ。何かあったら、すぐに言いなさい」

「ありがとう、雫。雫こそ気を付けろよ。峯坂の言う通りなら、雫にもその内、聞こえるようになるかもしれない」

「ええ。注意するわ」

 

八重樫が小さくほほ笑むと、天之河も落ち着いたようだ。

だが、その直後に再び表情を強張らせる。また何か聞こえたのだろうか。

天之河は咄嗟に八重樫を見るが、その八重樫も同じように顔をこわばらせていた。

 

「雫、もしかして・・・」

「・・・ええ。私にも聞こえたわ。女の声だった。どこか聞き覚えがあるのも一緒。『また、目を逸らすのかしら』って聞こえたわ」

「・・・俺は、男の声で『気が付いているんだろう?』だった」

「ふぅん?人によって聞く相手によって声音も内容も変わるのか・・・ちなみに、聞こえる言葉になにか心当たりはあるのか?」

「「・・・」」

 

俺がそう尋ねると、2人は悩まし気な表情で出そうだった言葉を飲み込んだ。表情から見るに、2人とも同じ感覚のようだ。

 

「雫ちゃん、大丈夫?どこか・・・」

「ひゃっ!」

 

香織が心配げに声をかけようとすると、突然谷口が飛び上がった。

 

「うお!?」

 

谷口が周囲をきょろきょろしていると、今度は坂上が声を上げた。

 

「なるほど。本格的に大迷宮からの干渉が始まってきたか・・・谷口と坂上は、なんて言われた?」

「えっと・・・鈴は光輝くんと似てるかな。『本当は気がついていたよね?』って」

「あぁ~、俺は雫に似てたな。『いつまで誤魔化す気だ?』だったか」

 

2人とも珍しく快活な表情を失い、もやもやが残った感じだ。

それにしても、

 

「・・・ずいぶんと抽象的だな。洗脳とか惑わすにしては間接的すぎるが・・・ちなみに、2人とも聞いた事がある声だったのか?」

「う~ん、そう言われると・・・たしかに、どこかで聞いた気がするかも」

「あ~、だな。俺もそんな気がする」

「ふむ・・・」

「・・・」

 

俺の問い掛けに、ティオとイズモが深く考え込む。

それに合わせて、心なしか俺たちの空気も重くなった気がするが、気分を切り替えるようにユエが柏手を打った。

 

「・・・ん。とにかく、今は進む」

「まぁ、そうだな」

 

ハジメもユエに同調し、歩みを再開した。

 

『お前に、資格があるのか?』

「・・・なるほどな」

 

直後、俺にもささやき声が聞こえた。周囲を見ると、ハジメたちも同じようだ。

だが、大して気に留めず、そのまま歩き続けた。

ささやかれる声は、先に進むにつれて頻度を増していき、心に及ぼす影響も大きくなっていった。

まるで白い紙にインクを垂らすように、少しずつ、でも確実に情景が浮かんでくる。

 

「あぁ、そうか。これ自分の声だな」

 

すると、ハジメが何かに気づいたように声を上げた。

ほぼ全員がバッとハジメの方を見るが、気にせずにハジメは続ける。

 

「お前ら、囁き声に聞き覚えがあるって言ってたろ?俺もそうだったんだが、この声、俺の声だわ。親父の手伝いでゲーム制作に関わった時に、ボイステストで何度も自分の声を聞く機会があってな。自分の声って自分で聞くと意外に違和感があるもんだから気がつきにくいけど、たしかに、その時何度も聞いた俺自身の声だよ、これ」

 

なるほど、言われてみれば、たしかに自分の声に聞こえる。知らず知らずのうちに内容に意識を傾けるようになっていったから、気づかなかった。

だとすると、

 

「ということは、この声が言っている内容も想像がつくな」

「うむ、そうじゃの。この囁き声は、己の心の声と考えて間違いないじゃろう」

「それに、自覚の有無を別にしても、自身の嫌な記憶や感情が掘り起こされるのを感じますね」

「ですねぇ。心の中を土足で踏み荒らされているみたいで凄く気持ち悪いです」

「・・・ん。さすがは大迷宮。やっぱり嫌らしい」

「後は、囁き声の内容が本当に自分のものかどうか、あるいは洗脳の類なのか。それだけ注意しておかないとな」

 

要は、本心でなくても、そうであると錯覚させられる可能性もある、ということだ。

俺の言葉に、勇者パーティーに様々な感情が広がる。

 

「峯坂君たちは、あまり影響を受けていなさそうね?何か対策でもあるのかしら?」

 

そこに、不自然なほど前向きな感じで八重樫が話しかけてきた。

とはいえ、対策ねぇ。

 

「いや、あるわけないだろ。ハジメあたりは特に」

「え?」

 

八重樫はきょとんと目を丸くするが、本当にそうとしか言いようがない。

香織はユエのことを言われているが、真っ向からでなければ意味がないとわかっているから。

シアとティアは、形は違えど家族や同族の過去のことについて言われているが、2人とも前に進むしかないと心得ているから。

ティオとイズモは数百年前の迫害のことを言われているが、長きを生きてきて今さら復讐に駆られるような人生は送っていないから。

ハジメはと言えば、

 

「どうせ気にしていないだけだろ」

「バレてたか」

 

そうだと思ったよ。

ハジメが言われているのは、主に「人殺しに居場所があるのか?」といったところだ。

だが、ハジメはもはやその程度では止まらない。

受け入れられるかどうか、居場所があるのかどうか。そんなことは関係ない。

なにがなんでも日本に戻り、ユエたちと一緒に暮らす。そうすると決めた。

なら、ハジメは何があっても止まらない。叶えるまで止まるはずがないのだ。

まぁ、言ってしまえば、ただの問題の先送りなだけなんだが、俺も問題ないとは思っている。

なにせ、

 

「俺だって人殺しだが、ちゃんと俺の居場所はある。今さら悲観することでもないだろ」

 

人殺しでも日本で暮らせるというのは、俺と言う前例がある。もちろん、いろいろと条件はあるが、ハジメなら大丈夫だろう・・・多分。

 

「・・・なら、峯坂君はなんて言われているのかしら?」

 

八重樫が、ハジメは参考にならなかったと言わんばかりに俺に話を振ってきた。

 

「俺は、主に『お前に資格があると思っているのか?』ってのがだいたいだな。詳しいことはあまり言われていないが、思い当たる節はある。まぁ、ぶっちゃけ俺の方も今さらだが」

「今さらって・・・それに、その思い当たるって、どんなこと?」

「人殺しなのに誰かを救えると思っているのか、臆病なのに誰かを信じることができると思っているのか。だいたいそんなところか」

 

もちろん、あくまで俺が思い当たることで、他にもいろいろとあるんだろうが、主にはこんなところか。

八重樫たちは、俺の言ったことが意外だったのか、またもや意外そうにしている。

だが、俺にとっては些細なことだ。

 

「そんなこと、日本にいた頃から言われるまでもなく自覚していたし、そういうのを全部ひっくるめて乗り越えて今まで生きてきたんだ。今さら言われたところで、止まる理由にはならねぇよ」

 

今さら、自己矛盾でうじうじ悩むような軟な生き方はしてこなかった。俺だって、過去のことを全部乗り越えて前に進むしかできないとわかっている。

だから、ここで立ち止まるはずもない。

 

「まぁ、俺はこんなもんだが、ユエはなんて言われてるんだ?」

 

あまり自分のことを話すのもあれだったから、ユエに話を振ると、特にためらうこともなく答えた。

 

「・・・裏切りがどうのこうのって繰り返している」

「裏切りってーと、昔のあれか?それこそ今さらな気がするんだが・・・」

「・・・どちらかと言えば、ハジメやシアにまた裏切られるぞ、みたいな?」

「いや、それこそあり得ないだろ」

 

あのユエ一筋のハジメがユエを裏切るとか、壁抜けよりもあり得ない話だ。

まぁ、裏切り云々に関しては、思い当たる節があるようだが。

 

「・・・実は、奈落を出たばかりの頃は、ハジメとツルギ以外は全部滅べって思ってた」

「「「「エッ!?」」」」

「ん?」

 

天之河たちはいきなりの過激発言に驚いていたが、俺は別のところに疑問を抱いていた。

 

「俺はセーフなのか」

「・・・ハジメが信頼している人みたいだったから」

 

あ~、ハジメが絶対の基準なのは変わらないのね。となると、俺も結構危なかったのか。

そう思っていると、ユエが続けて口を開く。

 

「・・・それに、仮に裏切られても関係ない」

「どういうことだ?」

 

裏切られても関係ないって、どういう・・・。

 

「・・・ハジメの気持ちに関係なく、()()ハジメを逃がさないから」

 

しんっと、空気が静まった気がした。当のユエは、舌なめずりをして妖艶な雰囲気を醸し出す。

そして、

 

「・・・ふふ、吸血姫からは逃げられない」

 

熱い吐息をこぼしながらそんなことを宣言した。

同時に、ハジメの理性がぷつりと音を立てて切れるのを感じた。

だから、

 

「シア!」

「させませんです!」

 

純粋な身体能力ならハジメとタメを張るシアにハジメを拘束させた。おかげで、大迷宮のど真ん中かつ観衆の前で情事が行われるといういろんな意味で大変な事態を避けることができた。

 

「シア、ナイスだよ!」

「ハジメ!正気に戻れ!そういうのはTPOをわきまえろって何度も言ってるだろうが!」

 

キスだけならギリ許せるが、さすがにそれ以上のことは論外だ。

 

「・・・ふふ」

「だー!ユエも!むやみにハジメを刺激すんじゃねぇよ!」

 

この後、しばらく野獣と化したハジメを抑えることになったのは言うまでもない。




「くっそ、また目がショボショボする・・・」
「ツルギ、大丈夫?」
「もう少ししたら慣れると思うが・・・」
「だったら、私を見て?」
「ティア・・・」
「ツルギ・・・」
「あなたたちもたいがいじゃないの!!」

ハジメユエとは別方向でイチャイチャを演出するツルギとティアの図。


~~~~~~~~~~~


意外とツルギの内容を考えるのに苦労しました。
ツルギのキャラは「ハジメと一緒に見えて実はいろいろと違う」を心がけているので、ハジメの囁きをまるごと使えないのが地味に面倒でしたね。
それでも、いい方向を見つけることができたので、問題はありませんが。

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