ある空間では、激しい剣戟音が鳴り響いていた。
そこでは、雫と虚像が互いに黒鉄を振るっていた。
だが、虚像は無傷のまま余裕の表情で、雫はあちこちを切り裂かれて苦痛の表情で戦っている。すでに戦い始めて15分ほど経過しているが、相手にはかすり傷1つつけられず、自分が傷を負うばかり。
その原因は、虚像から発せられる言葉にあった。
『本当は剣術なんてやりたくはなかった』
『光輝がもたらしたのは、貴女に対するやっかみだけだった』
『光輝を好いてる女の子の一人に言われた言葉。“あんた、女だったの?”って。ショックだったわよね?』
『本当に、貴女は優柔不断で中途半端ね』
雫が剣を握ったのは、4歳の時だった。
竹刀を持たせた祖父は、あくまでお遊び程度のつもりだったのだろう。
だが、幸か不幸か、雫は4歳でその才能の片鱗を見せてしまった。
八重樫家は代々古武術を受け継いでおり、雫がその才能を持っていたことに祖父だけでなく家族も喜び、道場のみんなもすごいとほめたたえた。
だが、当時から“女の子”であった雫は、本当は可愛らしい服を着たり、人形遊びをしたかった。
もちろん、八重樫流の技を覚えることに不満があったわけではなかったが、武術を習うために地味な身なりをせざるを得なかった。
服装は男子が着るようなシャツや短パンに。髪も邪魔にならないように短髪に。また、顔だちも当時から“可愛い”より“美人”に近かったため、女の子らしいとは言えなかった。
そのため、他の女の子からいじめられることも多くなった。
それは、光輝が道場に入門してからさらに顕著になる。
雫は、光輝がある事情で入門した最初の頃は、夢に見た王子様が現れたのだと思った。
だが、現実はそんなに甘くなく、当時から歪な正義感を見せていた光輝を好いていた女子から、女の子らしくない雫が光輝の近くにいるのが気に入らないということで、さらに風当たりが強くなった。それは、子供ゆえの加減の無さも相まって、今まで以上に雫の心を蝕んだ。
「あんた、女だったの?」と言う言葉も、忘れられない言葉の1つ。中身はそのまま女の子だった雫にとって、この言葉は何より辛くショックだった。
このことで光輝に助けを求めたこともあったが、返ってくる言葉は決まって「きっと悪気はなかった」「みんな、いい子達だよ?」「話せばわかる」などだった。
さらに、光輝がその女の子に直接話にいったことで、より風当たりは強くなり、光輝にばれないように巧妙さも増した。
その後も雫は光輝に助けを求めたが、それからは光輝は困ったような笑みを浮かべるだけになった。光輝にとって雫の助けは、すでに終わったものとなったから。
それから、雫は光輝に頼ることをしなくなった。
もし香織がいなければ、どこかで何もかもを投げ出してもおかしくなかった。
このようなことを指摘され続けた雫は、普段ならまだ冷静に対応できたかもしれない。
だが、雫の心は囁き声によって乱され、曝け出された負の感情を認めることができず、際限なく虚像が強化される悪循環に陥っていた。がむしゃらに黒鉄を振り回しては虚像に軽く受け流され、あしらわれてしまう。
そして、虚像から決定的な一言をもらうことになる。
『ねぇ、貴女。あの時は嬉しかったわよね?』
「え?」
突然の言葉に、雫は呆けた表情で声を漏らす。
それに構わず、虚像は雫に言葉を並べる。
『峯坂君が助けに来てくれた時よ。わかっているでしょう?
「何を言って・・・」
『絶体絶命のピンチ・・・いえ。あの時、貴女は確かに諦めた。全て諦めて理不尽な死を受け入れようとした。この世に、自分を颯爽と救ってくれる誰かがいるなんて信じていなかった・・・だからこそ、あの紅い輝きと剣筋、大きな背中、敵を敵とも思わない圧倒的な力に、貴女は心奪われた』
「ち、ちがっ・・・」
雫は認めたくない事実を否定しようと叫ぼうとするが、それでも容赦なく虚像は言葉を解き放つ。
『香織が殺された時もそう。自覚がないなら言ってあげるわ。あの時、この世界に来て初めて、貴女は“縋った”。峯坂くんに縋り付いた。そんな貴女に、彼は“信じて待て”と言ってくれたわ。そして、本当に応えてくれた。貴女が信じたままに、親友や幼馴染ごと貴女の心を救ってくれた。あの時から、貴女は必死に目を逸らしていたけれど・・・もう、誤魔化せないわよ』
「止めて、違う。私は・・・」
もはや普段のような凛とした姿はなく、子供のようにイヤイヤと首を横に振ることしかできない。
もはや虚勢を張ることすらできない雫に、虚像が決定的な言葉を放った。
『
「ぁ・・・」
その言葉に、雫は言葉を詰まらせながらも首を振ることしかできず、流れる血を気にする余裕もなかった。
その感情は雫にとって、絶対に認めてはならない感情だったから。
否定の言葉を放つ余裕もない雫に、虚像がとどめの言葉を贈った。
『貴女ってば、この世界でできた親友の最愛の人を好きになってしまったのね・・・この裏切り者』
この言葉に、雫は瞳から光を失い、その場にへたり込んでしまった。
雫にとって、トータスにおける親友はほとんどいなかった。もちろん、慕われていないわけではないが、だいたいの女性が“義妹”なってしまうか、自分では釣り合わないというように一歩距離を置かれることの方が多かった。
例外的に、雫がこの世界に来てから世話になった側仕えは対等な親友関係を築いたが、その人物は恵里が興した騒動によって、雫の知らない間に殺されてしまっていた。
だから、ティアは雫にとって、ほぼ唯一と言えるトータスでの親友だった。
どちらから言い出したことでもないが、いつの間にか親友だと言えるような関係になった。
だが、気持ちとは完全に制御できるようなものではなく、誰かを好きになるということもまた理屈ではない。
それでも、虚像は雫の気持ちを裏切りだと断じた。それは、生来の生真面目さや、ティアと鍛錬したり一緒に過ごしてきた時間が原因かもしれない。
それに、雫はティアの知らないところで剣に様々な顔を見せていたことも原因の1つだろう。それはこの世界に来てからだけでなく、日本でのことも含まれているかもしれない。
『しかも、貴女はイズモを攻撃したわよね?それはなぜかしら?どうして、ティアではなかったのかしら?』
「わ、たしは・・・」
『答えは簡単。イズモが羨ましかったのよね。ティアには勝てない、手を出せないとはわかっているから、嫉妬する気も起きないし、嫉妬できない。だから、彼に恋人と認められた、一番
「っ・・・」
言葉の矢が突き刺さるたびに体から力が抜けていき、心が砕かれる。もはや、抵抗することはかなわない。
反対に、虚像の方は力を充溢させていた。
虚像は“無拍子”で踏み込み、雫を蹴り上げた。
「あぐっ!?」
宙に浮かされた雫は、容赦なく襲い掛かってきた無数の斬撃に無意識レベルで黒鉄を盾代わりにかざすが、それだけですべてを防げるはずもなく、
「あぁああああっ!?」
存分に全身を切り刻まれた。
全身を切り刻まれた雫に、虚像はダメ押しで白鞘を振るう。
雫はすさまじい勢いで壁にたたきつけられ、深刻なダメージに体を動かすことができず、ずるずると落ちていって、壁にもたれかかる形で座り込んだ。手足を投げ出し、すでに力尽きてしまってるようにも見えた。
『貧乏くじばかり引いてしまう馬鹿らしい人生も、ここで終幕。こんな結末の原因は、自分を殺しすぎたことよ、本当に馬鹿な
雫には、もう返答する気力すら残っていない。ただただ、瞳に怯えをにじませて虚像を見ることしかできなかった。
『最後に何か言い残すことはあるかしら?氷壁にでも刻んでおいてあげる。ここはそれぞれの空間と繋がっているから、運がよければ自分の試練を突破した誰かがやって来て、遺言を見つけるかもしれないわよ?』
「・・・」
雫は答えない。代わりに、涙がこぼれ、膝の上ににシミを作っていく。
雫自身にも、なぜ涙を流しているのかわからなかった。
その様子を見ていた虚像は、切っ先を雫の頭部に向け、殺気を高める。
寸前に迫っている死を感じて、雫の裡に何かが沸き上がった。
口をパクパクと開き、恥も外聞も捨ててその感情を吐露する。
「・・・ま、だ、・・・しに、たく・・・ない・・・」
その言葉は、誰かを気遣うものではなく、ただひたすら生を寝這う言葉だった。
まだ死にたくない、会いたいと。
親友に、仲間に、家族に、そして、異世界の地で好きになってしまった人に、もう一度。
だが、もう1人では立つことすらできない。
だから、
「たすけ、て・・・だれ、か・・・たす、けてよぉ・・・」
まるで幼い子供のように、助けを求める。
今まで、雫は弱音を吐くことはなかった。
いつだって助ける、頼られる側であったから、泣き言を言うなんて許されなかった。
本当は“お姫様”の自分を望んでいたが、周りの期待に応えるために動いていたら、いつの間にかその立場は“騎士”のようになった。
そんな自分を、いつしか許容するようになった。
けれど、本当は・・・
『残念。遅すぎよ。その言葉を使うにはね』
雫の最後の本心は、虚像の無慈悲な言葉に切り捨てられた。
そして、虚像から壮絶な殺気が放たれ、雫はギュッと目を閉じる。
その額にめがけて、命を奪わんと凶刃が突き出され・・・
ギィンッ!!
甲高い音が響いたと同時に、自分の顔の横すれすれに何かが遠い過ぎたような感覚を覚えた雫は、ゆっくりと目を開けた。
そして、目に映ったのは、白刀を雫の顔の横に突き立てる虚像と、
『・・・ありえないでしょう』
「だが、現実だ」
日本刀を手に持ち、振りぬいた姿勢で残心していた、ツルギの姿があった。
* * *
本当に肝を冷やした。
なにせ、剣戟音と言うには一方的すぎる気配に嫌な予感を抱き、音が止んだあたりで足を速めたら、八重樫が死ぬ一歩手前だったわけだからな。
“禁域解放”による速度強化と初速を最高速にする歩法で、なんとか紙一重で助けることができた。
さすがに、こんなギリギリのタイミングを狙うとか、大迷宮が何か狙っていたりしないだろうな。
ちらっと八重樫を見ると、完全に何が起こったのかわからないと言った感じで困惑していた。
「え、え?」
「おう。無事・・・ではないが、一応は生きてるな」
ぱっと見でも、八重樫は全身が傷だらけで、満身創痍なのが見て取れる。
八重樫はすぐに回復させるとして、
「お前は邪魔だ」
『っ』
虚像がハッとして白刀を抜こうとするが、その前に俺が白刀の横っ腹に刀をたたきつけた。
刀や剣は構造上、横からの衝撃に弱い。白刀はあっけなく折れ、虚像はバランスを崩す。
その隙を見逃さず、俺は虚像のわき腹を思い切り蹴り飛ばし、ついでにブリーシンガメン8つを取り出して八咫烏を生成、虚像に足止めの光線を放つ。
その隙に、俺は八重樫に近づいて抱きかかえる。
「えっ、み、峯坂君?」
「ちっ、かなり血を流してるな。幸い、治せない傷はないか・・・“絶象”」
怪我の程度と八重樫の状態を確認した俺は、再生魔法を八重樫にかける。
淡紅色の光が八重樫に降り注ぎ、傷口は塞がり失った血も元通りにする。
その間、八重樫はずっと俺を凝視しており、信じられないような表情をしていたが、傷が治った辺りで現状を理解できるくらいには回復し、話しかけてきた。
「本当に、峯坂君なの?」
「信じられないって言うなら、香織から聞いた八重樫のあれやこれやを話してもいいが?」
「なら、本当に・・・で、でも、どうして・・・何で、ここに・・・私・・・」
「いいから落ち着け。俺は自分の試練を終わらせて、現れた通路を進んだらここにでてきたってだけだ」
「じゃ、じゃあ、本当に峯坂君が、私を・・・」
突如、八重樫の瞳から涙があふれる。
それを見て俺は思わずギョッとしてしまった。
八重樫の泣き顔なんて、今まで1度も見たことがないからだ。とはいえ、それは香織でも同じだとは思うが。
それほどに、八重樫は自分を強く律してきたから。
そんな俺の内心なんて知りようもない八重樫は、何かを確かめるように俺に手を伸ばしたが、触れる寸前でビクッと止めて手を引っ込め、今度は俺から離れようと俺の胸を押してきた。涙は袖でごしごしと拭い、顔も俺から背けてしまう。
どうやら、虚像にかなり言いたい放題されてへこまされたようだ。
「ほら、傷も体調も全回復しただろ。さっさと立ちあがって、もっかい行ってこい」
「ぁ。で、でも、私・・・あれには勝てなくて、だから・・・」
・・・へこむどころか、心を折られちゃったか~。
だが、この展開は割と予想できていた。
香織から聞いた話の中で、八重樫の乙女な内心は嫌と言うほど聞いていた。だから、八重樫の精神は周りが思っているほど強くないとわかっていた。
であれば、何かに怯え、弱々しい今の状態こそが、八重樫の本当の姿といったところか。
とはいえ、さすがにこのまま放置と言うわけにもいかないし・・・。
そこでふと、俺はちょうどいいものがあることを思い出した。
俺は、なるべく真剣な表情で八重樫の顔を覗く。
「み、峯坂君?あの、あいつが・・・」
「八重樫、安心しろ」
「え?」
俺がそう言うと、なぜか八重樫の顔が赤くなったが、それに構わず、俺は宝物庫から
「さぁ、受け取れ。さらに進化した、お前のための“ピンク仮面・マークⅡ”だ」
「・・・峯坂君?」
そう、俺が取り出したのは、ハジメと協力してあの時よりもさらに意匠に凝って機能も追加した“ピンク仮面”だった。ちなみに、俺がハジメに持ち掛けたものだが、ハジメは俺よりもノリノリで改造していた。
八重樫の目が、見事なジト目になった。虚像の方も、ギョッとして動きを止めたのが視界の端に映った。
それを尻目に、俺は“ピンク仮面”を八重樫にグイグイと押し付ける。
「峯坂君!ふざけている場合じゃないでしょう!あいつが来るのよ!」
「失礼な、ふざけていないぞ。いいか、この昇華魔法によって進化した“ピンク仮面”はな、知覚強化に加え、俺の“天眼”も付与されている。あの虚像程度の動きなら、スローモーションに見えるだろう」
「ま、また無駄に高性能な・・・」
「欲しくなってきただろう?いいぞ。この“ピンク仮面”の持ち主は、八重樫の他に・・・」
「いらないわよ!そんなもの付けなくても勝てるわ!というか、付けるくらいなら死に物狂いで戦うわよ!二度も変質者扱いされて堪るものですかっ!」
至極真面目に力説する俺に八重樫はこめかみをぐりぐりするが、口調や仕草は元通りになった。
それを確認した俺は、あっさり“ピンク仮面”を宝物庫に戻した。
拍子抜けだったのか八重樫はきょとんとしたが、
「そうだ。お前は勝てる。こんなものがなくてもな」
「っ。わ、私は・・・」
ここで自分が口車にのせられたことに気づいたようで、苦虫をかみつぶしたような表情になった。
それを無視して、俺はもう一押しの言葉をかけた。
「八重樫、忘れるな。たしかにあれはお前の一部だが、あくまで一部にすぎない。ここに来るまでの囁きで見失っていただろうが、お前の想いはお前自身が持っている」
「私自身が・・・」
そう、今までの囁きは、このように思考を限定的な方向に誘導するためのものだった。それに気づけば、自分を見失うこともない。
ようやく、八重樫の瞳に光が戻った。
「そうやってあれの言葉にへこめるってことは、ちゃんと向きあうことができている証でもある。ハジメみたいなろくでなしは、どうせ開き直るだけだからな」
親友を躊躇なくろくでなし呼ばわりした俺に八重樫が微妙な視線を向けるが、俺としてはむしろ、あいつが正攻法で攻略する姿の方が想像できない。
「・・・まぁ、ともかく、そんな気負うことはない。生きてさえいれば、案外なんとかなるもんだ。それは、俺が保証する」
「峯坂君・・・」
だいたい言いたいことを言い終えた俺は、ブリーシンガメンを回収した。
八重樫を立ち上がらせ、俺自身も立ち上がって、壁際に移動する。
「見ていてやるよ」
「っ・・・」
「お前は強い。俺やティアと手合わせして、いい勝負までいけるんだからな。それでもだめなら、俺が守ってやる。俺がいる限り、絶対に死ぬことはない」
・・・自分で言っておきながら、これだとまるで殺し文句みたいに思えなくもないが、気にしないことにする。
八重樫がどう思ったのかはわからないが、その足取りは軽く、いつもの凛とした表情に戻っている。この分なら、もう大丈夫そうだ。
そこで、八重樫は俺に背を向けたまま尋ねてきた。
「・・・見ていてくれるのね、私を?」
「あぁ」
「いざというときは、守ってくれるのね?」
「そう言っただろ」
「また折れたとしても、立ち上がらせてくれる?」
「しゃあねぇな」
この問いかけにどのような意味があったのかわからないが、八重樫にとっては必要なことだったのだろう。
その後、八重樫は1つ深呼吸をして、
「行ってきます」
「あぁ、行ってこい」
そう言って、八重樫は、虚像と対峙した。
* * *
虚像と対峙した雫だったが、虚像は何もせずに白刀を納刀したまま立っているだけだった。
『よくまぁ、敵を前にしてイチャつけるわね?随分といい面構えだわ』
「そう?峯坂くんのおかげね。あと、イチャついていないわ。出来ればいいとは思うけれど」
『あらあら、やっぱり親友を裏切るのね。そして、恋敵を・・・』
「不毛な会話は止めましょう。こんな自問自答に意味はないわ。生きて、もう一度、私は香織たちに会う。全てはそれからよ」
『・・・』
雫の言葉には、決して揺るがない意思が込められており、虚像は押し黙ってしまう。
同時に自身の力が抜けていくのを感じた。
それはつまり、雫が自身の感情を自覚し、受け入れ始めているということだ。
「ケンカするかもしれないし、酷いショックを覚えさせてしまうかもしれない。軽蔑だってされるかもね。でも・・・諦めないわ。私にとっての最良を手繰り寄せてみせる。何度でも挑戦するわ。絶対に諦めない」
『結局、戦う女になってしまうのね?』
「たしかに、そうね。でも、今更よ。私は、色んなものを押し殺して生きて来たけれど、その結果得たものも、もう捨てられないくらい大切なの・・・それに、どうやら戦う女でも、私より遥かに強い人が守ってくれるみたいだし」
『・・・あくまで、“後がめんどくさくなる”なんて、彼の個人的な理由よ。間違いなくね』
「それでもかまわないわよ。今はね」
そう言って、雫は腰を落とし、抜刀の構えをとった。
「何度もとは言わない。この一撃にすべてを込める。凌げるものなら凌いでみせなさい」
雫から、どこまでも研ぎ澄まされた剣気が発せられる。
ツルギは何度でもと言ったが、その言葉に甘えて、この試練を攻略できるとは雫も思っていない。だからこそ、そう決意表明をした。
『ふふ、なるほど。素晴らしい気迫ね。本当になんてタイミングで現れてくれるのかしら。必要な時に、必要な場所にいてくれる人・・・そんなの物語の中だけだと思っていたわ』
虚像が壁際のツルギを見ながら呟いた言葉は、たしかに雫の想いの欠片なのだろう。
虚像もまた、腰を落として抜刀の構えをとる。
互いに剣気が吹きあがるが、雫の心は深い森の中の泉のように静かだった。
そして、踏み込むのは同時だった。
「・・・ふっ」
『はぁっ!』
ポニーテールをなびかせ、雫と虚像は交差した。
剣戟の音もなく、火花も散らない。
ただ静かに交差し、互いに背を向けたまま残心する。
一拍後、雫のヘアゴムが切れ、パサリとポニーテールがほどかれた。
そして・・・キンッと音をたてて、黒鉄を納刀した。
その瞬間、虚像の身体がズルリとずれた。体を両断され、ゆらりと姿を揺らすと同時に空間に溶け込むように消えていった。
「・・・っ」
そこで、極度の緊張状態が解け、思わず気が抜けて体を傾かせた。
だが、そのまま地面にたたきつけられることはなかった。
「よくやったな」
後ろから近付いたツルギが、雫の腕を掴んで倒れないように支えていた。
* * *
心配はしていなかったが、無事に試練を攻略できたことを確認した俺は、八重樫に近寄った。
それが功を奏して、倒れ込みそうになった八重樫を支えることができた。
「相変わらず、惚れ惚れするような剣筋だったぞ」
「峯坂君・・・ふふ、そのまま惚れてくれてもいいのよ?」
「何言ってんだよ」
「あら、残念」
冗談のつもりで言ったら、まさかの冗談で返された。
・・・いや、これは本当に冗談か?
ちょっと不安になったが、奥に新たな道が現れたことで、その考えを振り払った。
「八重樫。体調に問題はないだろうが、歩けるか?」
「そう、ね。たしかに体調は問題ないけど、ちょっと精神的に疲れちゃったわ」
そう言えば、再生魔法で治療はしたが、魂魄魔法は使ってなかったな。
すると、八重樫がふとにこりと笑って両手を差し出した。
「というわけで、峯坂君、よろしくね?」
「あぁ、すぐに魂魄魔法を・・・」
「抱っこしていってね?それとも、峯坂君は疲れた女の子を無理やり歩かせるのかしら?」
「・・・八重樫、なんかちょっと変わってないか?遠慮しなくなったというか、図太くなったと言うか・・・」
少なくとも、以前の八重樫からは考えられない。
なんだか、いよいよさっきと違う意味で嫌な予感がしてきた。
「もう少し素直になろうと思っただけよ。それより、早く他の皆とも合流しましょう?そうだわ。さっきの戦いで髪紐が切れちゃったから、新しい髪飾りをプレゼントしてくれないかしら?南雲君がユエたちに送った雪の結晶みたいな」
「・・・しれっと注文を増やしてるんじゃねぇよ。本当に、いろいろと吹っ切れたみたいだな」
だんだんと嫌な予感が確信に変わってきたが、攻略祝いのプレゼントくらいなら贈ってもいいか。ちょうど、希望に沿えるようなやつもあるし。
俺は宝物庫から、1つのヘアバンドを取り出した。それは、5つのティアドロップを合わせて花の形にしたものだ。
「きれい・・・これは?」
「錬成の練習ついでに作ったアクセサリーの1つだ」
本当は、ティアにあげようと考えていたものの纏めるほど髪を伸ばしていなくて没になったものだが、わざわざそれを言うこともない。
ヘアバンドを受け取った八重樫は、慣れた手つきで巻き付け、いつものポニーテールを作った。
「・・・どうかしら?」
「いいんじゃないか?ほら、さっさと行くぞ」
八重樫の問い掛けに、俺はそっけなく答える。
それしか言いようがないというのもそうだが、これ以上この話題を続けるとさらに面倒なことになりそうな予感と既視感があったから、なんとかしてこの話題から逸らそうと頑張る。
そう、これは、愛ちゃん先生や姫さんがハジメに向けた表情と今の八重樫の表情が丸被りなのだ。
そんな俺の内心の冷や汗なんてつゆ知らず、八重樫は再び両手を差し出して、無言の抱っこ要求をした。
最後の抵抗として、俺はブリーシンガメンを取り出そうとしたが、
「前みたいにクマに乗せていくつもりなら、断固抗議するわ。大迷宮を出たら、峯坂君を重症患者として流布してやるから」
「・・・」
八重樫に機先を制されて取り出すのをやめた。
なんの重症患者なのかは、俺の格好を見る八重樫の視線を見れば一目瞭然だ。
クマがダメなら、もしかしたらキツネとか狼ならいけるかと思ったが、八重樫のジト目でそれもダメだと判断してやめた。
こうなったら仕方ない。
俺は、背を向けて八重樫の前でしゃがんだ。
「むぅ、お姫様抱っこがよかったのだけど・・・仕方ないか」
何が仕方ないか、だよ。これでも苦渋の選択なんだぞ。
その言葉をぐっと押し込み、俺は黙って腰を上げた。
八重樫がギュッと回した腕を絡めてきて、背中に2つの膨らみが押し付けられたが、頑張ってスルーした。
すると、八重樫が後ろからどこか甘い声で俺の耳もとにささやいてきた。
「ねぇ、峯坂君」
「なんだ?」
「私ともう1人の私との話、聞いていた?」
「いや、距離も離れてたし、お前らの声も小さかったからな」
実際は、虚像の方は読唇術で把握していたが、八重樫の方の言葉はわかってないし、嘘でもないだろう。
そう言うと、八重樫は「そう・・・」とだけ呟き、俺に手のひらを見せて、再び口を開いた。
「この手、剣ダコだらけでしょう?やっぱり、女の手じゃないって思うかしら」
そう言った八重樫の手は、たしかに厚い皮膚に覆われており、硬そうに見える。
だが、
「本気でそう言っているなら、ちょいと説教しなきゃいけなくなるな。そんなの、俺だって同じなんだ。何が何でも、バカにしたりするかよ」
そう言って、俺も八重樫に自分の手のひらを見せた。
俺の手のひらもあちこちに剣ダコだらけで、潰れた跡さえあった。
子供の時から、死に物狂いで鍛錬した結果だ。
「女の子らしいかどうかなんて、俺からすれば些末なことだ。ある意味お揃いとも言えるし・・・こう言ったらなんだが、俺は八重樫みたいな“強い”手の方が、好みって言えば好みだ」
ちなみに、ティアも負けず劣らず“強い”手の持ち主である。シアと違って拳がメインだから、握りダコとかけっこうできてるし。
そう言うと、八重樫も照れたのか背中でもぞもぞして、話題を変えた。
「峯坂君、助けに来てくれてありがとう」
「もう一度言うが、本当にただの偶然だ・・・いや、この際偶然かどうかは関係ないか」
「・・・?」
「今まで悪かったな、八重樫」
俺の唐突な謝罪に面食らったのか、八重樫は少しの間言葉を失った。
「・・・どういうこと?」
「俺は、まぁ聞きたくて聞いたわけじゃないんだが、八重樫の裏の一面は香織から聞いていた。可愛いものが好きだとか、かっこいい男の子に守られるお姫様を夢見ていたとか、そういう乙女チックな部分をな」
「・・・痛いと思わない?」
「安心しろ。ハジメの方がもっと痛い」
本人の名誉と黒歴史の保護のために詳しいことは言わないでおくが、今のあの格好の時点でお察しである。
「だが俺は、それを知っていたうえで、天之河のことを全部お前に押し付けた。俺が相手するのが嫌で、天之河のストッパーができるのは八重樫だけだったからな。結局俺も、八重樫の“強さ”に甘んじてたわけだ。その結果が、俺が駆け付けるまでのあれだっただろ」
「・・・べつに、峯坂君だけが悪いってわけじゃ・・・」
「だが、要因の1つでもあった。俺も、八重樫に背負わせた側の人間だったってことだ。我ながら恥ずかしい限りだ」
少し前、イズモと結ばれる前であれば、こんな風に考えなかっただろう。自分のことばかりにかまけて、他人のことなんて気にする余裕がなくて。
だが今なら、素直にそうだと思える。さっきの泣き顔を見てしまったらなおさら。
俺もまた、八重樫のオカンな部分に甘えてしまったのだと。
そのことに対して、罪悪感、と言うと大げさになってしまうが、申し訳なさを無意識ながらも感じていたんだろう。
だから、八重樫のストレスが紛れるようであれば、出来る限りのことをやっていた、と思う。
「だから、その、なんだ。八重樫がいいなら、いざってときは俺を頼ってくれ。さすがにさっきみたいに『俺が守る』なんて無責任なことは言えないが、できるかぎり力になる」
それが、俺にできる最大限の贖罪というか、恩返しのようなものだ。
とりあえず、言いたいことは言い切った。
対する八重樫の反応は、さっき以上にもぞもぞと動いて、抱きつく力をさらに強めてきた。
「・・・本当に、ずるいわよ」
そう呟いたと思ったら、首筋に何か柔らかいものが触れられた。
お、おい?これはまさか・・・?
そんな俺の混乱をよそに、八重樫は口を開いた。
「峯坂君、私、早くティアに会いたいわ。ティアだけじゃなくてイズモやみんなにも会いたい。それでね・・・」
そこで、八重樫はいったん言葉を区切り、
「峯坂くんを、好きになったって言うわ。どうなるかわからないけど、もう少し素直になってぶつかってみる」
「・・・・・・おい、ちょっと待て。八重樫、お前、今なんて・・・」
「峯坂君・・・少し、疲れた、わ。ちゃんと・・・守って・・・ね?」
放り込むだけ爆弾を放り込んで、八重樫はさっさと眠ってしまった。
その姿勢は、良くも悪くも親友に似て・・・いや、悪いところしかないな。
もしかしたら、とは思っていた。同時に、まさか、とも。
だが、俺の聞き間違いでなければ、八重樫は今、たしかに・・・。
いろいろと思うところはあるが、まず考えたのは、
「ティアに、なんて言おう・・・」
それが、一番の悩み事だった。
「八重樫が俺のこと好きだって・・・いや、違う・・・別にわざとじゃない・・・いや、これはむしろ殺されかねない・・・俺はいったい、なんて言えばいいんだ・・・やばい、胃が・・・」
「すぅ、すぅ・・・」
ティアへの弁明を必死に考えるツルギと、ぐっすりと眠る雫の図。
~~~~~~~~~~~
これを書いているうちに気づいたんですが、何気に
完全に無意識と言うか、今になって気づいたんですが、結果的に結構いい感じなんじゃないかと考えることにしました。
どうりでこの2人がしっくりくるわけですよ。
*一足先に最後の方を大幅に改変しました。
感想に「ほとんど原作と変わらない」ってあったのがすごい気になっちゃったので、大幅にいじりました。
というか、こっちの方が圧倒的に好みだわ。どうしてこれが最初に思い浮かばなかったのか。