「・・・ねぇ、ハジメ」
「ん?なんだ?」
オルクス大迷宮、奈落の底からさらに下。
ツルギが「あるのではないか」と予想していた真のオルクス大迷宮の最下層、オスカー・オルクスの隠れ家に、ハジメはいた。
今は、道中で会った吸血鬼の生き残りであるユエ(ハジメ命名)と共に、錬成の鍛錬をしていたが、そこでユエが不意に疑問を投げかける。
「・・・ツルギって誰?」
「あ?なんでユエがその名前を知ってるんだ?」
「・・・寝言で呟いてた」
「マジか・・・」
予想していなかった名前とその出所にハジメは軽く恥じ入ったが、ユエからの質問なので正直に答える。
「ツルギは、俺の親友だ」
「・・・ハジメにも、友達がいたの?」
「・・・その言い方は腹が立つが、まぁ、たしかに、俺の唯一の親友だ」
少なくとも、寝言で呟いてしまうくらいにはハジメにとっていろいろな意味で大きな存在だ。
「・・・どんな人なの?」
「べつに、それは言わなくてもいいと思うが?」
「・・・ハジメのお友達なら、知りたい」
「はぁ、わかったよ」
そう言いながら、ハジメは作業の手を止めずに話し始めた。
最初に知り合ったのは、偶然同じゲームをしていたところを見つけたこと。
それから、毎日のようにゲームをしたり、アニメや漫画の話をしたこと。
高校に入ってから目の敵にされていたハジメに、ずっと味方でいてくれたこと。
奈落に落ちそうになった時に助けに来てくれたが、あと少しのところで届かなかったこと。
そして、
「俺は、あいつに嫉妬してたんだ」
「・・・嫉妬?ハジメが?」
「あぁ、あいつは、俺と違って強かったし、何でもできた。この世界に来てからも、俺は無能だったのに対して、あいつには戦いの才能があった。だから、あの時助けに来てくれたのはうれしかったが、正直、なんで俺なんかに、っていう風に思ってたのも事実だ」
日本にいたころ、ハジメにはゲームしかなかったが、光輝の陰に隠れて目立ってこそいなかったものの、ツルギは勉強もスポーツもそつなくこなし、武術を習っていたこともあって、そう言う意味でも強かった。
その違いが、わずかだがハジメに嫉妬と猜疑心を持たせた。
どうして、自分なんかにかまってくるのか、と。
「・・・それで、ハジメは、そのツルギって人に会いたいの?」
「・・・そうだな。会いたいな」
自分にとって、唯一無二の親友だ。会いたくないわけがない。
今、ツルギが何をしているのか、自分にはわからない。
だが、いつかは会って、自分の無事を知らせたいと思っていた。
すると、突然ユエが楽しそうに微笑んだ。
「・・・ふふ」
「どうしたんだ、ユエ?」
「・・・ハジメ、とっても嬉しそう」
「え、そうか?」
「・・・ん、嫉妬するくらいに」
「・・・ユエさんや、どうしてそこで舌なめずりするんですかね?」
「・・・ハジメの心は私のもの。なのに、その人がハジメの心の中に住み着いている」
「ユエさんユエさん、それだと俺がゲイみたいになるんだが?」
「・・・友達でも、好きなのには変わりない?」
「そりゃあ、あいつのことは親友として大事だと思うが・・・」
「・・・なら、今は私しか見れないようにする」
「ちょっ、待て!今は鍛錬の最中・・・!」
「・・・関係ない。いただきます」
「え、ちょ、ま、アアアァァァーーーー!!」
その後、ハジメはユエにおいしく食べられた。
* * *
「雫ちゃん」
「香織」
オルクス大迷宮の近くにある町、ホルアドの宿屋の近く、夜も遅い時間に雫が物思いにふけていると、後ろから香織に声をかけられた。
「大丈夫?なんだか、最近ぼーっとしてばっかりだけど」
「えぇ、まあね・・・」
「・・・もしかして、峯坂君のこと?」
「・・・」
香織の指摘に、雫は言葉を返せなかった。
ハジメが奈落の底に落ち、ツルギが王国を出て行ってから、クラスのほとんどが自室に引きこもってしまった。今、オルクス大迷宮での実践訓練に参加しているのは、光輝とその幼馴染、ハジメに突っかかってきた檜山たち小悪党組、それと柔道部で大柄な体格の永山重吾率いる男女5人組だけだ。
そこで、雫は大迷宮入り口前の受付嬢にそれとなくツルギのことを聞いたところ、死亡扱いになっていると言われたのだ。
もちろん、死体が確認されたわけではない。オルクス大迷宮に1人で潜る際、一定期間たっても戻らなかった場合は死亡したと判断されると、その受付嬢から聞いた。
だが、雫はその「もしかしたら」が頭から離れないでいた。
「絶対に生きて戻ってくる」と約束したのに、こんな簡単に破られてしまうのか、と内心で嘆いていたが、態度には出せなかった。
なぜなら、光輝がまたご都合解釈で、
「峯坂は国王陛下と教皇様に矢を向けたんだ。そんな危ないやつがいる方が危険だし、当然の報いじゃないかな」
などと言ってきたのだ。
もちろん、雫はメルドから事の顛末を聞いているし、香織も雫からそのことを聞いている。
それだけに、雫は光輝に怒鳴ってしまいそうになったが、寸前で抑え込んだ。
あくまで光輝には悪意がないのだ。そんな光輝に怒鳴っても、またご都合解釈で流されてしまうだろう。
その結果、こっそり一人になっては物思いにふけることが多くなったのだ。
「・・・ねぇ、雫ちゃん」
「なに?」
「峯坂君が死んだって、信じてる?」
「・・・正直、わからないわ。彼も、なにが起こるかはわからないって言ってたし」
「・・・私はね、南雲君は生きてるって信じてる。信じて、南雲君のことを探す。だから、雫ちゃんも峯坂君が生きてるって信じて、一緒に探そう?」
「・・・えぇ、そうね」
とにもかくにも、まだ剣が死んだという証拠は何もない。なら、死んだと決めつけるのは早いだろう。
何より、自分の親友である香織は、ある意味ツルギよりも生存が絶望的であるハジメを、生きていると信じて探すと決意したのだ。
ならば、自分も剣が生きていると信じて探すだけだ。
「なら、一緒に探しましょう?南雲君と峯坂君が、生きていると信じて」
「うん、一緒に頑張ろうね!」
香織のおかげで気持ちが軽くなった雫は、新たな決意を胸に、香織と共に夜を過ごした。
ちなみに、その様子を見つけてしまった光輝と龍太郎は、余計な誤解を雫に察せられて盛大に怒られた。
* * *
「よし、なんとか抜け出せたな」
「そうね」
ホルアドから少し離れたところにある森の中に、俺とティアはいた。
戦闘は極力無視して地上を目指し、およそ半月ほどでオルクス大迷宮からこっそり抜け出して準備をしていた。
ちなみに、今俺とティアが羽織っているマントには、認識阻害の効果を持たせている。
「それで、どこにいくの?」
「まずは、ハルツィナ樹海を目指す」
「理由は?」
「一つ目は、大迷宮がある可能性が高くて一番手っ取り行けるのがそこだから。二つ目に、ハジメがオルクス大迷宮から出たあとに行くところも、ハルツィナ樹海の方が可能性が高い」
「自分の友達のことなら、なんでもわかるのね」
「まぁな」
友達になった理由も共通の趣味があったからだから、思考回路もわかりやすい。
「それで、どうやって行くの?ここからはそれなりに離れていると思うけど」
「それは、これを使う」
そう言って、俺は剣製魔法を使ってサーフボードっぽい見た目の板を作り出した。
「これは?」
「ウィンドボード。風を浮力にして浮かび上がって、地面を滑ることができるんだよ」
本当なら、空飛ぶフライボードを作りたかったのだが、それだと魔力消費がバカにならないからこっちにした。
これなら、計算上は、高速魔力回復も合わさって、最長で1ヶ月くらいは滑りっぱなしでいける。
どちらかと言えば、スノーボードに近い感じだが。
「これを使えば、馬車よりも早く移動できる、と思う」
「ツルギの剣製魔法って、なんでもありね」
「自分でも、そう思うよ」
俺の剣製魔法は武器から食器、調理器具まで、あらゆるものを再現できる。
さらに、複合魔法のおかげで、俺の作り出す物はすべてが疑似アーティファクト状態になっている。
「そんじゃあ、掴まってくれ」
「えぇ、わかったわ」
俺が先にウィンドボードに乗って手を差し出すと、ティアが俺の手を握ってウィンドボードに乗り、俺の腰辺りに腕を回してしがみついてくる。
・・・ティアの今の服装がボロボロなおかg、ボロボロなせいで、胸の感触がわりとダイレクトに感じる。
近いうちに、ティアの服を用意する必要があるか。
「よし、行くぞ!」
「きゃっ!」
背中越しの感触を意識しないためにも、俺は勢いよく地面を蹴って前に進んだ。
目指すは、ハルツィナ樹海だ。