決定的に堕ちた天之河は、さっきまで弱められていた“限界突破”の光を再び迸らせて俺に向かってきた。
さすがの俺も、刀を生成して殺気を身に纏う。
「待ってっ、私が止めるから!」
その前に、八重樫が俺と天之河の間に割って入った。
“限界突破”を使用した天之河を八重樫のスペックで止められるとは思わないが、その前に、
「八重樫、右だ」
「え?ッ!?」
俺の声に条件反射で動いた八重樫に、虚像が斬りかかってきた。
八重樫に攻撃が当たる前に、俺があらかじめ取り出しておいたブリーシンガメンで俺の分身を2体形成し、盾代わりに虚像の攻撃を防いだ。
俺の方も、天之河の唐竹割りの一撃を受け流し、一定の距離を保つ。
「ぐっ」
とはいえ、八重樫の方は天之河のせいで散々に強化された虚像の一撃を完全に防ぎきることはできず、虚像に攫われるように吹き飛ばされた。
『雫の相手は俺がしておくよ。お前は、憎い敵と思う存分戦うといいさ』
「くっ、このっ。離れなさい!こんなことしている場合じゃ・・・」
『諦めな。あいつには峯坂ツルギしか見えていない。試練の行方は、峯坂ツルギに移ったんだ。手は出さないでくれ』
「勝手なことをっ」
八重樫の言う通り、本当に勝手なことに、大迷宮の試練は俺を試験官扱いしたようだ。おそらく、俺を前にして正気を取り戻せるか、といったところだろうが、どう考えても今のこいつにそれができるはずがない。
「おい、いいのか?お前の大切な幼馴染が襲われているが?」
「・・・あれは俺でもある。殺しはしない。多少の怪我は、お前のような男にあっさり洗脳されてしまったことへの戒めになるだろう」
「・・・さっき、あれは魔物だとか言ってなかったか?」
「俺の感情をコピーして擬態した魔物だろう?なら、魔物でも雫を殺すようなことはしない」
「支離滅裂じゃねぇか」
あれは自分と関係のない魔物だと言っておきながら、自分の感情をコピーしているから殺すことはないと言う。
もはや、ロジックすら成り立っていない。
いや、むしろ気にならなくなった、あるいは自分の言うこと全部が真実だと思っているのかもしれない。
天之河は“限界突破”で上昇したステータスに任せて俺を両断しようとしてくるが、まだ“天眼”で十分見切れるレベルだから、今はまだ天之河の攻撃をいなし、捌くにとどめる。
本格的に攻撃するのは、こいつの言い分があらかた出てからだ。
「覚悟しろ。これ以上、お前の好き勝手にはさせない。雫も香織も、ティアたちも、みんな解放してもらう!」
そう言った天之河は、俺の喉元に向かって鋭い突きを放つ。
だが、俺はなんなく刀で受け止め、突きを頭上に逸らした。
「なっ」
驚愕の声を漏らす天之河に、俺は冷淡に語りかける。
「・・・馬鹿に馬鹿と罵るほど無駄なことはないが・・・忠告しておく。人の恋人を勝手に呼び捨てにしない方がいい。ハジメが相手なら、もっとひどい目に遭っていた」
そう言って、俺はもう1本刀を生成し、天之河の聖剣を握る両腕の肘裏に斬撃を放つ。
鎧の隙間を狙った攻撃に、天之河は思わず聖剣を手放してしまう。
俺は、さらに体勢を低くして回転しながら膝裏を斬り、膝をついた天之河の胴に浸透勁付きの蹴りを放つ。
「がはっ!?」
鎧の防御を無視した一撃に、天之河は四つん這いになることもできずに這いつくばり、口から血を吐き出す。
「ぐっ・・・こ、来い、聖剣っ!」
天之河は必死に聖剣に手を伸ばし、聖剣もそれに応えるように天之河の手元に飛ぼうとするが、その前に俺が聖剣を踏みつけた。聖剣は何とかして抜け出そうと暴れるが、魔力強化込みの俺の力で押さえつけているため、俺の足は微動だにしない。
「ったく、ずいぶんと無様だな。聖剣の新しい機能も使わず、八重樫の道場で教わった基本の動きすらできないのか。そんなんじゃ、剣が泣くぞ」
俺の言葉は大きめの独り言として出てきたものだが、天之河にはばっちり聞こえたようで、俺の方を射殺さんとばかりに睨みつけてくる。
とりあえず、天之河の鬱陶しい視線をさえぎる目的で強めに殺気を放つ。
さて、この後はどうしようか・・・
「峯坂君!お願い止めて!光輝は私が説得するからっ」
そこに、俺がとどめを刺そうとしたように見えたのか、八重樫が俺の方に必死に呼びかけてきた。
だが、この場でそれは致命的な隙だった。
『雫は少し退場していようか?』
「あぐぅ!?」
虚像が、八重樫に向かって“光爆”を放った。すんでのところで俺の分身を盾にしたが、やはり完全には防ぎきれず、衝撃で分身も破壊され、八重樫は吹き飛ばされた。氷壁に叩きつけられる前に残った分身をクッション代わりにしたため、壁に叩きつけられることはなかったが、“光爆”で脳震盪を起こしたのか気を失っており、ズルズルと地面に横たわった。
幸い、命に別状はないようで、一定のリズムで呼吸しているのが見えた。
だが、しばらくは目を覚まさないだろうから、八重樫の身を守るために分身体をそのまま障壁にした。
そして、八重樫が戦闘不能になったということは、虚像がフリーになったということでもある。
虚像が肩を竦め、ついでくるりと俺の方に振り向き、魔剣の切っ先を俺に向けて黒光の砲撃を放った。
狙われた俺は焦ることもなく、天之河を放置してその場から飛びずさる。
「うわぁああ!!」
天之河は思わず悲鳴を上げて防御態勢をとるが、砲撃はクイッと曲がって俺を追尾した。
ホーミング機能はたしか、ハジメがつけたオプションの1つだ。やはり、虚像の方も使えるらしい。
そんなことを考えながら、俺はマスケット銃を生成し、魔法の核を撃ちぬいて砲撃を霧散させた。
とはいえ、虚像の目論見は俺の撃破ではなく、天之河から距離を取らせることにあったようで、いつのまにか天之河に肉薄していた。
虚像は天之河の耳元に口を寄せると、何かを呟いた。
『あいつを殺すために、力を貸そうか?』
動きが小さかったから読唇術を使ってもわかりづらかったが、だいたいはそんな内容だった。
その囁きを受けた天之河は、血走った眼差しを俺と虚像に交互に向け、やむなしといったようにうなずいた。
その直後、虚像は黒い光の粒子となって渦を巻き始めた。
『さぁ、
「うるさいっ。お前の指図は受けない。今だけ使ってやるだけだ!峯坂を倒したあとは、お前の番だということを忘れるなっ」
その言葉に虚像がニヤリと笑うと、黒い粒子が天之河の身の中に入っていった。
天之河の純白の光の中に黒い光が混ざり始め、よく見ると俺が斬った傷や内臓の損傷もみるみるうちに治っていく。
目の前の現象に、俺は何が起こっているのかを察した。
「・・・ちっ、こいつ相手に使うのは業腹だが・・・しゃあねぇか。“魔導外装”、展開」
本当はこいつ相手に使いたくなかったが、俺は切り札を発動する。
だが、だからと言って本気を出すわけではない。
「効果縮小」
展開した魔法陣を、必要な分だけ残してばらしていき、必要最低限の効力を持たせる。
最終的には、手のひら大のものを2つ作り、
「
俺の両手の甲に接続させた。
今の“魔導外装”に付与させてある効果は、“昇華魔法”と“高速魔力回復”の2つだけ。あとの能力は素のままだ。
展開し終わった俺は、ついでと言わんばかりに天之河に向けて炎の塊を数発放った。
放たれた炎塊はいまだに動いていない天之河のところに着弾し、連鎖的に爆発を引き起こした。
並みの相手なら跡形も残らないくらいの気持ちで放ったが・・・
「無駄だよ」
やはりというか、爆炎の中から歓喜に震えるような天之河の声が響いた。
だが、その姿は大きく変わっており、片眼が赤黒いオッドアイになり、本来の茶髪に数本の白いメッシュが入っている。また、鎧に赤黒い血管のような線が何本も入っており、その手には聖剣と魔剣の二振りの剣が握られていた。
「やっぱ、融合したか」
「不本意ではあるけど、な。お前を倒す為なら甘んじて受け入れよう。もっとも、あとでこいつも倒すけれど」
「なにいい子ぶってるんだよ、バカが。ただ誘惑に負けただけだろうが」
「好きに囀るといいさ。何を言ったところで、お前はもう俺には勝てない。この湧き上がる力があれば、俺は全てを取り戻せる!」
「そんなだから失ったんだって、なんで気づかないのかね・・・」
「御託はいらない。覚悟しろ、峯坂!!“覇潰”!!」
天之河が、“限界突破”の最終派生である“覇潰”を使用し、先ほどの数倍の魔力の奔流を噴き上がらせた。
虚像を取り込んだことによる強化も併せて、今の天之河のステータス値は一万を超えている。
それに感心していると、天之河の姿がぶれた。
俺はため息をつきながら、自然な動作で、肩越しに刀の切っ先を後ろに向けた。
ギィンッ!!
「なっ!」
すると、後ろから甲高い衝突音と天之河の動揺する声が聞こえた。
俺がしたのは、単純に切っ先で後ろに回り込んだ天之河の攻撃を受け止めただけ。
少しでも位置と力加減を間違えれば俺の刀は弾き飛ばされて斬り伏せられるが、この程度の芸当は俺にとって朝飯前だ。
「ずいぶんと容赦なかったな。人殺しは悪いことだったんじゃなかったのか?」
俺は後ろを振り向かないまま、天之河に問いかける。
俺としてはこのバカをさっさとぶちのめしたいが、もしかしたら壁抜けするくらいの確率で正気を取り戻してくれる可能性も考えて、そう尋ねてみた。
だが、
「お前はどうしようもない“悪”だ!生かす価値があるわけないだろう!!」
天之河の口から出たのは、そんなでたらめな言葉。
内心で「その“悪”が人間なんだっての」と悪態をついたが、それを言ったところでこいつは止まらないだろう。
だから、そのことについては何も言わないでおこうと思ったが、
「死んだ親友の死体を利用して好き勝手しているんだ。お前のしていることは許されることじゃない!!」
「・・・はぁ?」
さすがにこの台詞は予想できなかった。思わず呆けた声を出し、後ろを振り向く。
ていうか、どこからでてきた、その発想?いや、たしかに天之河はハジメが奈落に落ちた時に「死んだから諦めろ」的なことを言っていたが、だからってそんな風につながるか?
「・・・言っている意味がわからないんだが。どこをどう考えればそうなるんだ?」
「あの時、南雲は死んだはずだったのに、俺たちの前に現れたんだ。それに、根暗なオタクだった南雲があんな風になるなんてあり得ない。大方、峯坂がオルクスに潜ったのは、恵里みたいに南雲の死体を利用して人形を作って、自分の思い通りにさせるつもりだったんだろう!」
呆れて物も言えない。
たしかに、
だが、魂魄魔法を使えないあの時点ではそんなことはできないのは明白だし、仮に同じ技術を持っていたとしても、死後数日経った死体を利用できるはずもない。恵里だって殺した直後の死体を使っていたし、魂魄魔法も今のところ死後数分が限界だ。
その辺は少し考えればすぐにわかるはずなのに、天之河はわかっていない。いや、わかろうとしない。自分に都合のいいことしか考えていない。
やはり、これ以上の問答は無駄なようだ。
「・・・はぁ、そうか。なら」
「がふっ!?」
俺は背後の攻撃を頭上に逸らし、天之河の懐に潜り込んで再び蹴りを入れた。
そして、切っ先を天之河に向けて宣言した。
「お前のその甘ったれた考え、俺が粉々に吹き飛ばしてやる」
対する天之河は、俺の言葉に憎々し気な表情を浮かべ、二振りの剣を振り下ろした。
「“天翔閃・嵐”!!」
放たれるのは、数百もの不可視の風の刃。どうやら、とうとう聖剣の追加オプションを使うことにしたようだ。
その威力は、スペック上昇の恩恵を受けて、もはや殲滅級の威力になっていた。
だが、俺はそのすべてを“魔眼”で見切り、最小限の動きで天之河に肉薄する。
その途中で、俺は片方の刀を消して一刀に切り替え、水平に構えた。
それを見た天之河は、迎撃態勢に入る。
迷宮での攻略の情報が虚像が経由で知らされているのか、勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
俺はそれに気づいていないふりをし、そのまま天之河を射程に捉えた。
「“一閃”」
放つのは、瞬間3連撃を一振りに込めた一撃。俺の試練の虚像を下した攻撃だ。
そして、そのまま刀を技名通り一閃させた。
だが、その技は見切っていると言わんばかりに天之河は一歩後ろに下がり、俺の一撃を躱す。
そして、隙だらけだと言わんばかりに両手の剣を振り下ろそうとし、
「“二足”」
俺はそれを、瞬間2連撃で相殺した。
「なっ」
不意を突かれた天之河は驚愕の声を上げるが、
「“三爪”」
それに構わず、俺は瞬間3連撃を放つ。
だが、その攻撃は鎧に阻まれ、十分なダメージを与えられなかった。
天之河は、今度こそと攻撃しようとするが、
「“四葉”」
俺は
「“五輪”、“
それでも、俺の攻撃は終わらない。
1つ技を放つごとに、斬撃の回数を増やしていく。
昇華魔法を習得し、鍛錬に励んでいる際に、俺はあることを考えた。
俺が今まで使ってきた瞬間3連撃“秘剣・燕返し”。あれはロマンから3連撃にしたというのも0ではないが、実際の理由は俺でも1度に3回が限度だったからだ。
だが、昇華魔法によってステータスを向上させれば、その回数を増やせるのではないかと、そう考えた。
だが、昇華魔法を使っても、ノーモーションから放てるのはせいぜい5回。これでは、いずれ戦う相手には物足りない。
そこで俺は、あることを思いついた。
ノーモーションがダメなら、連続で段階ごとにギアを上げれば、さらに回数を増やすことができるのではないか。
「“七星”、“八雲”、“
それによって生み出したのが、ギア上げ連続攻撃による、俺の限界を超えた絶技。
「“至天・十刀”!」
実に、瞬間10連撃。
全方位から襲い掛かる斬撃に、これまでの連撃で釘付けにされていた天之河に避けることも防ぐこともできるはずがなく、容赦なく吹き飛ばされて氷壁にたたきつけられた。
だが、天之河はすぐに起き上がった。肩や腕、足の関節、さらに口からも血を流してはいるが、それもすぐに治っていった。
「手加減のつもりか?俺をバカにしているのか?」
そう言う天之河の目はどす黒く淀んでおり、もはや以前の人々の夢と希望が詰まった勇者の面影はない。
天之河が問題なく起き上がったのは、簡単な話、俺がすべて急所を外したからだ。もちろん、これは俺の意図的なものだ。
俺は再び刀を生成して二刀流になり、右手の刀を肩に乗せながら理由を答える。
「たしかに、俺としてもさっさと殺したいところなんだがな。そうしたら香織やハジメが面倒なことになるから、とりあえずお前は徹底的にボコる程度にしておいて、あとは幼馴染ィズに任せるとするさ」
「っ、ふざけるなっ!そんな余裕、すぐになくしてやる!」
べつに余裕の言葉と言うわけではないのだが、それを今の天之河に言ったところで意味も効果もない。激情に任せて突っ込んできた天之河を、俺は真正面から迎え撃った。
もちろん、正面から受け止めるのではなく、あくまで天之河の攻撃をいなし、逸らし、隙を突いて斬る。特に焦ることもなく、冷静に攻撃を見極めて対処する。
それが気に入らなかったのか、天之河は堪えきれないといったように喚き始めた。
「お前がっ、お前みたいな奴がっ、わかったような口を利くな!雫と香織のことを本当にわかっているのは俺だっ。2人のことを誰よりも大切にしているのは俺だっ。俺こそが2人と共にあるべきなんだっ。お前なんかじゃない!絶対に、お前みたいな奴なんかじゃない!」
「・・・まんま、駄々を捏ねるガキだな」
まさに、思い通りにならない現実に喚き、癇癪を起こす子供そのものだ。
俺も、急所は避けながらも攻撃を胴体に移し始めたが、天之河は限界を超えた治癒力に任せて、ダメージを無視して突っ込んでくる。
さらに、天之河の負の感情に呼応するかのように、天之河のスペックがさらに上昇していく。おそらく、天之河に取りついている虚像の強化が天之河本人にも影響を与えているのだろう。
ステータス値で言えば、全力の“魔導外装”でなければ厳しいレベルだ。
「ぉおおおおおおっ」
「・・・」
だが、俺は昇華魔法による身体能力上昇だけですべてをしのぐ。
どうやっても、天之河の攻撃は届かないのだ。
なぜなら、使い手の精神が未熟な上に、濁っているから。
逆上して冷静さを欠き、相手を叩きのめして愉悦にひたりたいだけの攻撃では、きっと誰にも、どこにも届きはしない。
すると、天之河の背後で氷壁の一部が溶け出し、中から残りのメンバー全員が出てきた。
一部が俺と天之河の戦いを見て呆然と立ち止まっているが、天之河はそれに気づくこともなく、ただひたすらに俺を殺すために殺意と憎悪をまき散らした。
「お前さえ、お前さえいなければ、全部上手くいってたんだ!香織も雫もずっと俺のものだった!この世界で勇者として世界を救えていた! それを、全部お前が滅茶苦茶にしたんだ!」
「・・・」
「人殺しのくせにっ。簡単に見捨てるくせにっ。そんな最低なお前が、人から好かれるはずも、許されるはずもないんだ!」
「・・・だから、洗脳したとでも?」
「そうだろう!それ以外に何がある!香織も雫も、ティアもイズモもユエたちも、みんな洗脳して弄んでいるんだっ。どうせ龍太郎や鈴だって洗脳するんだろう!?そうはさせない。俺が勇者なんだ。みんなお前の手から救い出して、全部、全部取り戻す!お前はもう要らないんだよっ!!」
その絶叫は、当然ハジメたちにも聞こえていたようで、ハジメやティア、ユエ、シアはスッと目を細くし、ティオとイズモは不快感をあらわにした。香織はショックで口元を手で覆っており、谷口と坂上も呆然と天之河の方を見ながら硬直している。
やっちまったなぁ、と思いながら、俺はハジメの方に念話を飛ばした。
『そっちは全員無事みたいだな』
『おう。んで?そこのバカは何をやっているんだ?』
『なんか、随分なことを言ってるけど?』
ハジメもそうだが、ティアの怒気が下手をすれば今の天之河の殺気を超えるレベルであふれ出ている。
俺のことを悪く言われたのが、よほど頭にきたのだろう。そのことに、俺は思わず小さく笑みをこぼしながら、現状を説明する。
『早い話、天之河が虚像に負けて、絶賛ご都合解釈全開で俺に八つ当たり中ってところだ。ついでに言えば、こいつの中ではハジメはすでに死んでいて、俺が死霊術で操っていることになっているみたいだぞ?』
『・・・処す?』
『ずいぶんとふざけたことを言いますね?』
俺の追加情報に、ユエとシアが殺気を放ち始める。自身の恋人が死人扱いされているというのは、やはり相当頭にくるんだろう。
『やるならほどほどにな。んで、今は虚像を取り込んでパワーアップしている状態だ。自分を取り戻すことができればクリアなんだろうが・・・無理だな。八重樫でさえ、説得しようとしてあれだ』
そう言って、俺は八重樫を守っている障壁に視線を移す。
『雫ちゃん!』
『直撃は防いでおいた。大事はないはずだが、念のため見てやってくれ、香織』
『も、もちろんだよ!任せて!』
倒れている八重樫を見て我を取り戻したようで、香織は八重樫のところに駆け寄っていった。
それが見えたのか、天之河はようやくティアたちの存在に気づいたようだ。俺から距離を取り、にっこりとほほ笑みを向けた。
「みんな、来てたんだな。少し待っていてくれ。今、こいつを倒してみんなを解放してみせるから」
天之河の言葉に、ティアたちは不快を通り越して憐みの視線を向けた。
坂上と谷口は、変わり果てた親友の姿を見て、必死に声を張り上げた。
「なに言ってんだよ、光輝!どうしちまったんだ!正気に戻れよ!」
「光輝くん、しっかりして!倒さなきゃならないのは峯坂君じゃなくて、自分自身だよ!」
2人の心からの叫びに、天之河は嬉しそうにするどころか、むしろ憤怒の表情を浮かべた。
その矛先は、やはり俺に向けられる。
「・・・峯坂。まさか、既に龍太郎と鈴まで洗脳してるなんて。どこまで腐っているんだ。どこまで俺から奪えば気が済むんだ!あぁ、そうか。今、わかったよ。恵里のことも・・・お前の仕業なんだな?あんな風に豹変するなんておかしいと思っていたんだ。でも、お前が洗脳したんだとすれば全ての辻褄が合う」
「合うか、バカ」
「今更、言い訳は見苦しいぞ。必ず罪を償わせてやる」
「今のお前の方が、よっぽど罪深いと思うんだが・・・」
俺の言葉には耳も貸さず、天之河は二振りの剣を頭上に掲げた。
掲げられた聖剣と魔剣からは、膨大な魔力の奔流が渦巻き、天井を消滅させる。
これは、“神威”の輝きだ。膨大な魔力に物言わせて放つつもりなのだろう。
「わざわざ待つと思うか?“
隙だらけの天之河に、俺は空間固定の拘束用鎖を天之河の両腕、両足に巻き付けた。
「くそっ、この卑怯者がっ」
空気を読まない悪役は卑怯者らしい。自分から隙だらけになったのが悪いのに。
天之河は必死に拘束から逃れようともがくが、もともと対ハジメ・・・もとい対使徒を想定したものだ。いくらパワーアップしているとはいえ、天之河にはこれをほどくことはできない。
その隙に、俺は天之河の足下に魔法陣を展開した。そして、魔法陣に先ほどの戦いで周囲にまき散らされた魔素も収束し、極限まで圧縮させる。その量は、ハジメやティアたちであっても戦慄の表情を浮かべていた。
そして、チャージが完了し、
「俺の言葉は否定しても、せめて八重樫の言葉は聞き入れるべきだったな・・・“天照”」
圧縮した魔力を、解放した。
「お前がっ、お前さえいなければっ。俺がっ・・・」
天之河の恨み言は、魔力の爆発にかき消された。
解き放たれた魔力は、魔法陣の外にはみ出さないように球体上になっており、まるで太陽が現れたかのような輝きを放っていた。
遠目で、香織と目を覚ました八重樫、谷口と坂上が息を呑んでいるのが見えたが、ハジメあたりは何が起こっているのかだいたいの察しがついているようで、慌てることもなかった。
俺は
「ぅ。ぁ・・・」
中からは、傷1つない、だが衰弱しきって倒れこんでいる天之河が現れた。
目の前の光景に、香織や八重樫たちが「え?」と困惑の表情を浮かべていた。
対魔力魔法“天照”。メルジーネで圧縮した魔力を開放したときのものを利用して編み出したものだ。メルジーネの時と違うのは、魔法陣によって範囲を設定したことと、出力を倍以上にしたこと。
周囲の魔素の量によってチャージ時間が変動するし、相手を拘束し続ける必要があるため、使い勝手がいいとは言えないが、魂魄魔法も併用すれば相手の魂魄を消し飛ばすこともできる、わりと凶悪な魔法だ。
今回は、あくまで虚像の魔力を消し飛ばすのが目的だったため、魔力によるシンプルな圧縮解放にとどめた。
俺の目論見通り、虚像は跡形もなく消え去り、天之河の姿も元に戻った。
「ち、力が消えて・・・そ、そんなっ。まだ俺はっ、全部取り戻していないのにっ・・・」
いや、天之河自身は、まださっきまでの溢れるほどの力と過去の何もかも上手くいっていたころの妄執に取りつかれており、憎悪や殺意もまだ宿したままだった。
呆れた奴だとため息を吐きながら、俺は天之河の側に近寄る。
すると、俺の接近に気づいた天之河が、動きを止めて幽鬼のような表情で見上げて呪詛のようにつぶやいた。
「頼むよ、峯坂っ。全部、返してくれっ。頼むからっ、死んでくれっ」
遠くでは、幼馴染みたちが怒りとも悲しみともつかない、複雑な表情で見ているが、天之河はそれに気づかない。
よく見れば、坂上の握り締めた拳からは、血が流れていた。
俺はそれを見てから、天之河の胸倉を左手でつかみ上げた。敢えて首を絞めるようにして、僅かな抵抗も許さないように。
俺は、視線を香織と八重樫に向けた。
香織からは、懇願するような眼差しが向けられていた。
八重樫は、憂いを抱きながらも、そっと目を閉じた。どうするかは、俺に任せると言った風に。申し訳なさそうに眉が下がっているのが、実に八重樫らしかった。
ついで、ハジメたちの方を見る。
主にハジメから、「わかっているんだろうな」みたいな、若干上から目線な態度を向けられ、苦笑しながらため息をつくと言う、我ながら器用なことをした。
最後に、視線を天之河に戻し、
「もっかい人生やり直してこい、バカ野郎」
右の拳で、天之河の顔を思い切り殴りとばした。
殴られた天之河は吹き飛び、地面に倒れこんでようやく気を失った。
一応の決着に深く息を吐きだし、俺はこうなった元凶であるハジメをとことん絞ろうと決意を固めた。
「へっきしっ。? なんだ?急に寒気が・・・」
「でも、エアゾーンはきちんと機能していますよね?風邪ですか?」
「そんなことはないだろうが、なんだか嫌な予感が・・・」
ツルギの怒りの説教を感知したハジメの図。
~~~~~~~~~~~
いやぁ、書いていたら、思った以上に文章が進みました。
なんか、今まで以上に文章が思い浮かぶというか、意外と書きやすかったというか。
だいたいの構想があらかじめできていたからというのもあるでしょうが、他のメンバーの話書いているときよりも手ごたえがありました。
自分的には、けっこう満足です。