「おう、ツルギ。お疲れさあダッ!?」
「うし、全員揃ったようだし、さっさといくか」
何食わぬ顔で近づいてきたハジメの脳天を思い切り柄で殴りつつ(振動付き)、天之河をサクッと無視して号令をかけた。
「ま、待って、待って!光輝くんの治療しないと・・・」
「おい、ちょっと待て!なんでいきなり殴ってんだよ!」
そこに、香織が慌てて引きとめ、ハジメが訳が分からんと言わんばかりに問い詰めてきた。
まずは、ハジメの方を答えることにしよう。
「てめぇが安易に『肉壁増やそう』くらいの気持ちで同行を許可した結果がこれだからだろうが。もうちょっとは俺の苦労を考えろ」
「うっ・・・」
俺の言う通り、ハジメが同行を許可しなければ、少なくとも天之河が俺たちに迷惑をかけることはなかったのだ。その辺りのバランスを俺が考えているときにハジメが考えなしに許可を出したせいで拒否も条件を付けるのも難しくなってしまった。
俺の言ったことに心当たりがあるのか、ハジメは一転して気まずげな表情をして黙り込んだ。
坂上や谷口辺りは「どういうこと!?」みたいにハジメを見ているが、それに関してはスルーした。
次に、香織の方の話をする。
香織の診察によると、長時間にわたって“覇潰”を使用した反動と魔物の魔力を自分の身体に取り込んでスペックを上げた影響で、全身が魔物の肉を喰らったときのようにボロボロになっているとのこと。また、拒絶した負の感情も無理やり取り込んだせいで精神の方も無視できないダメージを負っているということから、できるだけ慎重に治療を行いたいと言うことであった。
それを聞いて俺は、
「え~・・・?」
「その返しは予想してなかったよ!」
心底嫌そうな声を出した。
別に幼馴染を放置できないと言う気持ちはわからなくもないが、それと俺の内心は別だ。
まぁ、さすがに俺も放置は半分くらいは冗談だったが、
「・・・完全に治療するのはやめろ。せめて死なない程度に、気絶させたままにしておいてくれ」
「え?どうして・・・あぁ、うん、その方がいいかな?」
香織は最初は首をかしげたが、すぐに俺の意図に気づいたようで、困ったような表情になりながらも治療を始めた。
「峯坂よぉ、光輝が気にくわないのはわかるけどよぉ・・・なんつーか・・・」
「峯坂君・・・」
対して、坂上と谷口は俺の意図に気づいていないようで、歯切れ悪く話しかけてきた。
たしかに、俺は天之河のことは心底気にくわないが、それと今回の指示は別だ。
俺の代わりに、ハジメが軽く説明を入れる。
「あのなぁ、あれが目を覚ました後の面倒さを考えてみろ」
「面倒さ?あ・・・」
「谷口は気づいたみたいだな。いいか。天之河は試練をクリアできず、自分の負の側面を否定し続けた。その結果が、さっきの八つ当たりだ。それは目を覚ましても変わらない。ということはだ」
「さっきみたいになっちゃうってことだね・・・」
「そういうことだ。まぁ、さっきのあれは虚像の影響でご都合解釈に拍車がかかっていたからってのもあるだろうから、目が覚めてもすぐに暴走するなんてことはないだろうが・・・」
俺はそう言いながら、ハジメの方に視線を向ける。
ハジメも俺の意図を察したようで、宝物庫から羅針盤を取り出し、視線を落としながら続けた。
「深部まではもうすぐだ。おそらく、これが最後の試練だったんだろうが、この先に何もないとは断言できない」
「そんなときに、後ろから襲い掛かってこられたら、鬱陶しいことこの上ないんだよ」
「はぁ・・・命があるだけ儲けもんってことか」
坂上も、俺とハジメの言葉に、仕方ないかとため息を吐きながらも頷いた。
そんな坂上たちの傍らでは、ティアとユエ、シアが天之河にむけて殺気を放っていた。
「・・・むしろ、放置すればいいのに」
「いえ、ユエ。とどめを刺すべきよ」
「そうですね。跡形も残しません」
「3人とも、落ち着かないか・・・さっきから勇者殿が、殺気にあてられてうなされているぞ」
イズモの言う通り、天之河は香織に治療されながらも顔を青くして冷や汗をかきながら、小さくうめいていた。いったい、どんな夢をみていることやら。
どうやら、この3人はさっきまで天之河が言っていたことで、まだ腹を立てているらしい。ユエとシアに限っては、最愛の恋人がすでに死んでいる扱いされていたから、というのもあるだろうが。
そんなティアたちに俺とハジメは近づき、俺はティアの、ハジメはユエとシアの肩を優しくたたいた。3人は肩越しに振り返って、少し不満気な表情になる。
「イズモの言う通り、3人とも抑えてくれ」
「でないと、ツルギが面倒かけてまで生かした意味がなくなっちまうだろ」
「むぅ・・・わかった」
「ツルギがそう言うなら・・・」
「命拾いしましたね、勇者め」
シアの去り際の言葉が黒かった。
言いたいだけ言って、ちらりと視線を天之河に向けると、すぐに視線を逸らしてそれぞれの胸元に抱きついた。
特に、俺に抱きつくティアが甘えん坊になっている。ユエとシアは、俺たちと合流する前にハジメに抱きつきでもしたのだろうか。
内心で甘えん坊のティアに和みつつ、ポンポンと頭を撫でていると、俺の後頭部に柔らかな感触が追加された。
上を見上げると、イズモが後ろから抱きついてきていた。
「珍しいな。今日はイズモも甘えん坊か?」
「私とて、今回の試練で少し疲れたのだ。これくらいはいいだろう」
本当に珍しく、俺に甘えてくるイズモに頬が緩み、空いている方の手でイズモのキツネ耳を優しく撫でる。それが気持ちいのか、尻尾をパタパタと振っているのが、また普段にない可愛らしさがある。
しばらく堪能してから、ちらりとハジメを見ると、ちょうどユエと香織がハジメの腕を争って極寒ゾーンを形成しているところだった。ティオとシアも抱きついて桃色空間も形成されているため、かなりカオスなことになっている。
それに比べて、俺の方は平和そのものだ。
天之河の方はすでに治療が終わっているようで、坂上が肩に担いでいた。その表情には、若干の憂いがあったが、谷口の持ち前のムードメーカーで気持ちは持ち直したようだ。
その様子を、八重樫が慈愛に満ちた微笑みで見守っている姿は、まさしくオカンそのもの・・・。
・・・そう言えば、すっかり忘れていたけど、まだどでかい問題があった。
さて、俺は一体どうすればいい?
できればさっさと先に進みたいが、イズモもティアもすぐに離れる気配はないし、無理にほどくこともできない。
声をかけるにしても、何を言えばいいのかわからない。
俺が内心で切羽詰まっていると、八重樫が何度か深呼吸をした後に、俺の方にとびっきりの熱を孕んだ瞳を向けてきた。
「む?・・・ふふっ、なるほどな」
後ろから抱きついて顎を俺の頭の上に乗せているイズモは、真っ先に八重樫の視線に気づき、意味ありげに微笑む。
ティアの方は、八重樫の視線に気づいているのかいないのか、顔を俺の胸に押し付けたまま動かない。
ハジメたちがいる方からは、「ほぅ・・・」「・・・ようやく?」「遂にですかぁ」「いよいよじゃのう」「頑張って、雫ちゃん!」と小声で話していて、聞こえはしないが口の動きで内容が丸わかりになっている。ていうか、ほぼ全員面白がってやがる。微塵も助ける気を感じねぇ。
そうこう悩んでいるうちに、八重樫が俺の傍にまで近づいてきた。俺から見て右側の方で足を止めるが、距離がやたらと近い。体がほとんど密着しているというか、抱きつく一歩手前になっている。
そこでティアは、ちらりと視線を八重樫に向け、すぐに元に戻した。
それに何の意味があったのかはわからないが、八重樫はそれで決心がついたらしく、先に口を開いた。
「峯坂君、ありがとう。光輝を助けてくれて」
「とりあえず、ボコボコにしただけだが?」
身体的にも、精神的にも。
「殺さなかったでしょ?私のために、ね?」
「まぁ、そうだな・・・」
こればっかりは、実際に俺が言ったことだから否定できない。
「本当に、守ると言ったら心も守ってくれるのね」
「当然だが、俺の中にも線引きはある。取捨選択くらいはするし、いつでもどこでもってわけにはいかない」
「わかってるわ。でも、私は、私達は幼馴染を失わずに済んだ。本当に色々と困った奴だし、あんな醜態を晒した大馬鹿者だけれど・・・でも、それでも、身内も同然だから」
憂いと感謝を込めた八重樫の眼差しと言葉に、俺は微妙な表情になりながら肩を竦める。
俺としては、サクッと殺して後顧の憂いをなくしておきたいし、今もわりとそう思っているが、それによって起こる面倒と今の八重樫や香織の表情を見れば、今回の選択は間違っていないと言えるだろう。
今後の面倒も、幾分かはハジメに押し付ければいいし。
それに、幼馴染みがあれだけの姿をさらしても、幻滅せずに憂うことができるというのは、やはり八重樫のオカンなところがなせることなのだろう。
それは、坂上や谷口にしても同じだ。
もし仮に、さっきの姿を王都の天之河に好意を寄せていた令嬢やクラスメイトが見れば、すぐに幻滅して天之河から離れていくのは目に見えている。
だからこそ、ただの幼馴染という関係ではなく、それこそ八重樫の言う“身内”といった深いつながりがあるのだと分かる。
そう考えると、八重樫がオカンなら、天之河はさながら手のかかる息子といったところか。実際、似たような発言はあったし。たしか、“手のかかる弟”とかティアが言ってたか。
ていうか、いつもならこんな思考をしている辺りで八重樫からキッ!と睨まれるかジト目を向けられるのに、今は深呼吸しながら俺に熱いまなざしを向けてくるばかり。なんか、これはこれで調子が狂うな。
そんな俺の内心なんてつゆ知らず、八重樫は言葉を続ける。
「誰かに、あんなふうに寄り掛かったのは初めてだったけれど、とても心地良かったわ。それもありがとう」
「・・・軽く脅しといてなにを・・・」
ああいうの、ハジメ相手だけで十分だってのに。
ていうか、言葉の熱量から察するに、八重樫の言う“寄りかかる”は精神的なものも含まれている気がするんだが。それも、顔を真っ赤にして“心地良かった”なんて言って。
今の八重樫の姿はまさしく、香織から話は聞いていても、実物を見ることはなかった、乙女心全開モードだ。
「と、とにかく、いろいろありがとう。これはお礼と、あ、あの時言ったことは、冗談じゃないって証よ!」
そう言って、八重樫はかかとを上げて背伸びをした。ご丁寧に、“無拍子”で反応できないようにしてまで。
前と後ろ両方から抱きつかれ、頭の動きすらイズモによって固定されている俺は何もできず、
八重樫は、そっと唇を俺の頬に触れさせた。
八重樫の後ろから、ドスンと何か重いものが落ちる音が聞こえた気がしたが、それどころではない。
八重樫の口づけは、最初に背負ったときに首筋にされただろう照れ隠しのようなものとはまた違う、軽いながらもたっぷりの熱と気持ちが込められており、思わず耳が赤くなるのを感じた。
だが、キスをした本人である八重樫は俺の比ではなく、顔全体を燃えそうなほどに真っ赤にして俯いていた。
俺はなんて言えばいいのかわからず、ただ視線を右往左往させるしかできないが、八重樫が顔を赤くしたまま顔をグッと上げて口を開いた。
「ティア、イズモ・・・この試練で色々と自覚したわ。自分の悪癖も、今感じている気持ちも・・・峯坂君には、もうティアとイズモがいるってわかってるし、ティアの・・・私の親友の好きな人だってわかってる。この気持ちが、最低だってことも。でも・・・」
「もういいわ」
八重樫が言い終える前に、俺から体を離したティアが優しく八重樫を抱きしめた。
「ティア?」
「わかってたわよ、いつかはこうなるって。でもね、私だって、シズクが私の知らないツルギを知ってるってことで、嫉妬してた時があるのよ?だから、これでお相子」
「ティア・・・」
「それに、シズクが素直になってくれて、私もうれしいから。だから、自分のことを最低だって言わなくてもいいのよ」
「うぅ・・・てぃあぁ・・・」
ティアの言葉に、八重樫は涙を流し、ぎゅっとティアにしがみついた。
ティアも、八重樫の頭をそっと抱えて、八重樫の強めの抱擁を受け入れる。
「・・・あれ?これって、断る選択肢、最初からないやつ?」
「なんだ、ツルギは断るつもりだったのか?」
「いや、こうしてイズモがいる時点で強く言えないのはわかってるけどさ・・・」
でもさ、嫁が3股を許容するってどうなのよ。いや、ティアだって相手は選んでいるってわかってるけどさ。
それでも、最初から俺に意見を言わせすらしないって、告白される側としては結構複雑なんだよ。
俺の視線の先では美しい友情を見せられているが、いまいち素直に微笑ましく思えない。
それに何より、
「いやぁ、とうとう八重樫を落としたか。やるなぁ、ツルギ」
「美しい友情ですねぇ」
「ふふっ、よかったね、雫ちゃん!」
「・・・でも、これで香織は2対1。私とシアには勝てない」
「むっ、そんなことないもん!私にはティオがいるから!ほら、ティオは私の前に立って!」
「な、なんじゃ、香織よ?まさか、このまま妾を盾に!?なんという仕打ち!だが、これはこれで、ハァハァ・・・」
ハジメサイドが鬱陶しくてしょうがない。
もうさ、完全に他人事だよね。ハジメからすれば、むしろ自分の身に降りかかっていることだというのに。
そう考えながら遠い目をしていると、八重樫はいったんティアから離れて俺に振り返り、
「私、峯坂君のことが好きよ。だから、自分のために頑張らせてもらうわ」
そう言って、すっきりとした微笑みを浮かべた。
その表情に、俺は一瞬見惚れそうになり、慌てて口元を隠して八重樫から目を逸らした。
ティアは俺の様子に気づいたようで、満面の笑みを浮かべて俺の右腕に抱きついてきた。
・・・そんな表情をされたら、もっと断りにくくなるじゃないか。
この日、俺に嫁候補がもう1人追加された。
ここまで来たら、もう後1人くらいでてきそうで、まじで怖い。
「雫は峯坂にいったのか。本当にどうなってんだよ・・・」
「はわわ!シズシズまでハーレムの中に!まさかっ、このままじゃ鈴も!?ど、どうしよう!?お姉様とあんなことやこんなことをしたり、シズシズの恥ずかしい姿を・・・ふむ?鈴はどちらを選ぶべき・・・」
「鈴。頼むからお前はあっちに行かないでくれ」
心の中のおっさんが元気になっている鈴に龍太郎が本気の懇願をするの図。
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今回は、キリの良さ重視で短めにしました。
やっぱり、雫の告白だけで1話に収めた方がいい気がしたので。
余談ですが、最近ラブコメ系の漫画を新しくまとめ買いして読んで、急に彼女が欲しい衝動に駆られそうになるようになりました。
自分は基本的に「彼女はいたらいたでいいけど、別にいなくてもいい」のスタンスを貫いてきたので、このジレンマに頭を抱えっぱなしです。