ハジメとユエを寝室に寝かせた後、俺とイズモは書庫のような部屋で調べ物をしていた。内容は、もちろんハジメとユエに起こった以上についてだ。ティオも、先ほどの神代魔法の魔法陣を調べているところだ。
俺はなんとなくの予想はできているが、やはり確証は欲しいため、こうして本の虫になっている。
こんな量の本を読むのは、俺も初めてだった。さすがに蔵書量は王都の図書館よりも少ないが、数千年前のもので、なおかつ内容も比較にならないほどレベルが高いものばかりなため、強化された“シュテルグラス”を使用しても、なかなかに骨が折れる作業になっている。最初はティアも手伝っていたが、数分で断念してしまったため、こうしてイズモと2人で作業している。
とりあえず、魔法関連のものは片っ端から読み漁っているが、
「・・・ダメだ。参考になる情報がないな」
「こっちも似たようなものだ。神代魔法について書かれている本となると、もうだいたい読み終わってしまったが・・・」
すでに数時間経過したが、イズモの方も、これと言った情報は得られなかったらしい。
ていうか、ほとんどが魔法関連の書物なのに、ここまで手掛かりがつかめないって・・・。
ここまで来ると、これ以上は手詰まりか。だったら、ハジメとユエの目が覚めるまで待った方が早いか・・・
「・・・ん?みんなのいる方が騒がしいな。ようやく目が覚めたか?」
「それなら、息抜きも兼ねて戻るとしようか」
ふと、他のメンバーがいる方に“気配感知”を使うと、なにやらにぎやかな感じになっていた。人数も増えているし、ハジメとユエが起きたのかもしれない。
いったん、作業を中断して、俺とイズモはリビングの方に向かった。
リビングにたどり着くと、そこには予想通り目を覚ましたハジメとユエがおり、なぜか坂上が頭を押さえてうずくまっていた。
「なんだこりゃ」
「あっ、ツルギ!イズモ!」
部屋の中に入ると、ティアが俺の方に駆け寄ってきた。雫も、ティアの後ろをついてきているが、なにやら俺の方をちらちらと見ている。
あれ?俺、またなんかやったっけ・・・?
「雫、どうしたんだ?」
「え?あの、えっと、眼鏡をかけたツルギもいいなと・・・」
あ~、そういえば、シュテルグラスをかけっぱなしだったな。うっかりしていた。
俺はさっさとシュテルグラスを外し、宝物庫に収納した。
雫が「あ・・・」と名残惜しそうにしていたが、気づかないふりをしてハジメに話しかけた。
「おう。やっと起きたか」
「あぁ。見ての通り、問題はない」
「それはよかった。だが・・・後ろで坂上がのたうち回っているのはどういうことだ?」
とりあえず気になったことを聞いてみると、ハジメは至極当然だというように、
「ユエのあられもない姿を見た罰だ」
「あぁ、察したわ」
要は、ハジメとユエは目が覚めた直後にナニをして、そのままの格好でリビングに来た結果、恥ずかしい格好のままのユエを見させまいと発砲した、ということか。
今は2人ともちゃんと着直している辺り、俺はラッキーだったと言うべきか。
何が起きたか分かって腑に落ちていると、シアが俺に頭を下げてきた。
「すみません、ツルギさん、イズモさん。伝えに行くのを忘れていました」
「あぁ、気にするな。なんとなく気配でわかって、こっちに来たからな。それに、それどころじゃなかっただろうし」
ハジメとユエが気を失っている間、最も心配していたのはハジメサイドの女性陣で、特にシアだ。
2人が目を覚ましたのを伝え忘れたことくらい、仕方のないことだろうし、俺もさして気にしていない。
今はそれよりも、
「んで、お前たちに何があったんだ?」
2人に何があったのかを聞くのが先決だ。
だが、ハジメは少しもったいぶるように、逆に俺に尋ねかけてきた。
「そういうツルギは、だいたい予想がついているんだろう?」
「まぁな。2人の共通点を考えれば、自然とわかる」
なぜ、ハジメとユエだけが突然苦しみ、昏倒してしまったのか。
それはおそらく、
「大方、強制的に概念魔法に関する知識を刻まれたんだろう?それによって、脳が耐え切れずにオーバーヒートした、ってところか」
「正解だ。さすがだな」
ハジメとユエの共通点。
それは、7つすべての神代魔法を習得したことだ。
ハルツィナ樹海で、全ての神代魔法を集めると概念魔法を使えると言ったことから、もしやとは思っていた。
まさか、ここまで負荷がかかるものだとは思っていなかったが。
「んで、概念魔法についての知識が刻まれたってことは、使えるようになったってことか?」
「いや、それはまだだ。リューティリスが言ったみたいに、知識があるから使えるというわけじゃないみたいでな。それに、知識と言っても、具体的な修得方法とか使用方法みたいなものじゃなくて、どちらかといえば前提知識みたいなものなんだ。だが、これについても、ツルギの予想は当たっていたぞ」
「・・・なるほどな。やっぱり、あったか。神代魔法の、さらに深い真髄が」
俺の言葉に、ハジメが頷く。
氷雪洞窟攻略の最中に俺が言った、『神代魔法には、さらに先があるのではないか』という推測。まさか、本当に当たっていたとは。
「俺としては、確証もない、ほとんど憶測だったんだがな」
「あぁ。それに、当たらずも遠からずってのもあったぞ」
「というと?」
ここから、ハジメの説明が始まった。
まずたった今習得した変成魔法。俺たちが得た知識としては、言わずもがな生物の体内に魔石を作り出して魔物にするものだ。そして、魔石に干渉することで魔物を操ったり、強化することもできる。もちろん、最初から自在に操れたり、飛躍的に強化できるわけではなく、段階的に使用することで、刷り込みの要領で術者に服従したり、固有魔法を覚えるわけだが。
余談だが、魔物は魔石があるから魔物になるわけではなく、もともと他よりも多い魔力を持っている動物が魔物化し、魔力を溜めこむ中で余剰分の魔力が魔石に変質するということも、変成魔法を習得した上で知った。
人間族や魔人族に、ティアのような例を除いて魔石が生じないのも、魔法技術の体系化と医療技術の発展によるものだと考えられる。
だいたいの説明に、ハジメも頷く。
「まぁ、概ね間違っていない。変成魔法は確かに、魔物を作り出し、従える魔法だ。だが、それは少し正確じゃない。変成魔法というのは、より正確に定義するなら・・・そうだな、“有機的な物質に対する干渉魔法”といったところか」
「えっと・・・」
ハジメの説明に、聞き慣れないシアやティオは首をかしげるが、俺はすぐにピンときた。
「・・・なるほど。俺の生物的な要素に干渉できるってのは、あながち間違いじゃなかったってことか」
「そういうことだ」
やはり、当たらずとも遠からず、ということらしい。
俺の予想と違うのは、動植物に限らず、食料や紙など、有機、つまり炭素を含んだものであれば何でも干渉できるということだ。
例えば、髪や目の色を変えたりすることもできるし、ティオの“竜化”も、元をたどれば変成魔法にいきつくということが予想できる。
「つまり、さっき言った前提知識ってのは、ツルギが予想した通り、神代魔法のより正確な根本に対する完全な理解が必要だったんだ」
「・・・ん。それに、理解するには深淵すぎて、全ての試練を攻略できるレベルでないと、まず心身が負荷に耐えられず壊れてしまう」
なるほど。今までの大迷宮では精神面を試すものもいくつかあったが、神とやらに対抗するためだけというわけではなかったらしい。
そして、それは変成魔法だけの話ではなく、他の神代魔法もそうだ。
例えば、ハジメが一番最初に習得した生成魔法。これの正確な力は、“無機的な物質に干渉する魔法”というもので、変成魔法とは正反対のもの。なので、理屈上は水や食塩など、金属以外にも干渉できるということだ。
重力魔法は、“星のエネルギーに干渉する魔法”。理屈上は、重力だけでなくマグマや地脈などにも干渉でき、意図的に噴火や地震を引き起こすこともできる。
空間魔法は、“境界に干渉する魔法”。これによって、新たな境界を設定することで異界を創造することもできる。また、空間的な隔たりだけでなく、例えば現実と幻、種族といった、概念的な境界を取っ払うことも可能だという。
再生魔法は、俺が予想した通り“時に干渉する魔法”だった。シアの“未来視”や俺の“過去視”も、再生魔法によるものなのだろう。極めれば、どこぞのメイド長みたいに時を止めるなんてこともできるかもしれない。
魂魄魔法は、“生物の持つ非物質に干渉する魔法”。少しわかりづらかったが、魂魄だけでなく、意識や記憶、体温、脳波、魔力なんかにも干渉できるということらしい。おそらく、イズモの“変化”も、元を辿れば魂魄魔法による意識・認識レベルの干渉に行き着くだろう。
昇華魔法は、“情報に干渉する魔法”。昇華魔法による疑似限界突破は、身体情報をレベル1からレベル2に引き上げる、という表現が正しいらしい。これを使えば、対象の情報を閲覧したり、干渉することもできるという。考えてみれば、俺の“看破”も昇華魔法を習得してから、より正確にステータスを把握できるようになったのも、これによるものなのだろう。
つまり、俺たちが認識していた神代魔法の名称は、それぞれの人の身で干渉できる限界を示したものだと考えていいようだ。
ちなみに、“道越の羅針盤”は、魂魄魔法によって使用者の望むものを汲み取り、その対象を空間魔法によって空間的な隔たりや距離を無視して探査し、昇華魔法によって対象の情報を補足するというものらしい。その機能のどれもが、やはり今のままでは使えないものだ。
俺はある程度予測できていたとはいえ、それでもあまりのスケールの大きさに感嘆の息をつく。
「なるほど。それだけ、より大きく、根本的な理に干渉できる、っていうことか。となると、概念魔法っていうのは・・・魂魄魔法によって思念を明確化、具現化し、昇華魔法によって具現した思念を概念レベルにまで引き上げてエネルギーを抽出、んで、また魂魄魔法で魔法として固定化させて・・・いや、それだけの負荷を考えると、術者の強化も必要に・・・ダメだ。考えるだけで頭がこんがらがってきた」
「まぁ、概念魔法ってのは、それだけ複雑なプロセスが存在するってことだ。それに、必要なのは“極限の意志”なんて、ふわっとしたものだからな」
「・・・ん。それに、ハジメの生成魔法で、羅針盤みたいに物へ付与しないといけない」
「あぁ。そうだな。ユエの魔法に対する制御能力と俺の錬成・・・息を合わせて世界を越える為の概念を付与したアーティファクトを作るって感じだ」
たしかに、概念魔法が意思を元に発動すると言うなら、一度成功したからってもう一度上手くいく保証はどこにもない。アーティファクトとして残しておく必要がある。
「要するに、できなくはないんだな」
「当たり前だろう?何が何でも成功させる。そのために足掻いてきたんだ」
ハジメの瞳に、燃えるような意思が映る。
その一心で、奈落から這い上がってきたのだ。ハジメなら、必ず成功させるだろう。
「なら、さっそく挑戦か?」
「あぁ。話しているうちに、思考もだいぶまとまった。まるで、ニンジンを目の前にぶら下げられた馬みたいな気持ちなんだ。試さずにはいられない」
ハジメは拳を掌にぱちんとたたきつけ、ユエがハジメの興奮を鎮めるように、そっと掌を重ねる。
それだけで、ハジメはスッと大人しくなり、ついでに甘い空気が形成されていく。
そこに、谷口が若干居心地悪そうにしながらも尋ねかけた。
「えっと、南雲君。日本に帰る為の魔法って、どれくらいかかりそうかな?もし作るのに時間がかかるなら、鈴は鈴でもう一つの目的を果たしに行くべきだと思うんだけど・・・」
「いや、そうはかからないはずだ。準備が終わればすぐだし、やれば1発でいけるだろう。帰りたいという俺の願望が、極限でないなんて誰にも言わせないからな。ただ、どれだけ消耗するかは未知数だ」
「ついでに言えば、神とやらの干渉を受けないようにする必要もあるだろうからな。帰還のための概念魔法の消耗がわからない以上、様子を見ながらになるだろうな」
俺の付け加えに、ハジメも頷く。
簡単に言えば、多少の時間はかかるが、そこまで長い期間はかからないはずだ。
「だから、今はひとまず休んでおいて、落ち着いたらせっかくの変成魔法で戦力強化でもしておけばいいだろう。なんにしろ、魔人領に行くのは、まだ少し先だな」
「・・・うん、そうだね。だったら、変成魔法の練習をしておくよ。それで、えっと、シズシズたちはどうするの?」
俺の提案に谷口は頷き、ついで雫たちに問いかける。
いや、問い掛けと言うよりは、再確認の方が近いだろう。
本当に、一緒に敵地のど真ん中に行くのか。
これに、雫と坂上は言うまでもなくうなずいた。
「私は、もちろん鈴と一緒に行くわよ」
「俺もだぜ」
「あと、ついでだが俺とティアも一緒に行くな」
「私もいくぞ」
となると、魔人領に行くのは俺、ティア、イズモ、雫、坂上、谷口、天之河の7人になりそうだ。
思いの外多くなったメンバーに、谷口は主に俺の方に尋ねてきた。
「えっと、いいの?迷惑かけることになるけど・・・」
「元々、俺もティアも魔人領に行く予定だったし、中村のけじめもある。別に迷惑ではない・・・いや、天之河も一緒に来るのは、俺にとって迷惑だが」
「あ、あはは・・・」
ついさっき、本気で俺を殺しにかかってきたんだ。迷惑呼ばわりしても罰は当たらないだろう。
すると、ハジメがそういえばと言わんばかりに尋ねてきた。
「そういやぁ、あいつどこに行ったんだ?」
「あぁ、言われてみれば、まだ起きてないな」
「光輝が部屋にいないことに、今、気づいたのね・・・」
そりゃあ、今名前を出すまで意識してなかったし。
「光輝なら、別室でまだ寝ているわ。目覚めにはもう少しかかりそうよ」
「そうか・・・なら、俺とユエは魔法陣があった部屋にこもっているから、万が一あいつが邪魔しないようにしてくれ。あくまで敵対心を向けているのはツルギだが、俺に何も感じていないなんてことはないだろうしな」
「まぁ、そのときは力づくで黙らせればいいだろ」
「ほどほどにね・・・」
それは約束しかねるな。あのバカがどれだけ暴れるかにもよるし。
それに、シアも残っているから、幸い力負けすることはないだろう。
「んじゃ、気張ってやってこい」
「おう、任せろ」
最後に俺は、ハジメに軽くエールを送って送り出した。
さて、概念魔法か。
はてさて、どうなることやら。
「そういやぁ、ツルギは日本であまり眼鏡をかけなかったよな」
「特にかける必要もなかったしな。それに・・・」
「それに?」
「・・・眼鏡をかけると、なんか周りが鬱陶しくなるんだよ」
「・・・あぁ」
幅広い眼鏡の需要に、遠い目をするハジメとツルギの図。
「・・・シズク。これ、写真撮っておいたわよ」
「・・・ありがとう、ティア」
「こら、そこ。何やってんの」
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何気に自分でも忘れかけていたアーティファクトも登場。
まぁ、たまには登場させないと、ね?