「大丈夫かなぁ?」
ハジメとユエが概念魔法を作るために魔法陣があった部屋にこもり、暇を持て余していた俺たちはリビングで手持ち無沙汰な時間を過ごしていたところで、唐突に谷口が口を開いた。
「何に対しての“大丈夫”なの?」
「う~ん。全部、かな?また、南雲君達が倒れたりしないかな?とか、本当に日本に帰れるかな?とか、光輝くんは大丈夫かな?とか・・・これから向かう魔人領でのこととか・・・」
香織の率直な問い掛けに、谷口は様々な不安を口にする。
どうやら、やることがなくて、むしろ考え事に集中してしまったようだ。
この谷口の言葉に、ティアに膝枕してもらっている俺は励ましついでに自分の考えをまとめるために返答した。
「ハジメの方なら、問題ないだろう。あいつが任せろって言ったんだ。だったら、あいつを信じて任せればいい。ハジメのことだ。いざって時に失敗することなんてないだろ」
「峯坂君・・・」
「天之河のバカは、自分でどうにかしろとしか言わん。そもそも、あいつ自身の問題なんだし、俺たちが、ってより、特に俺が横から口出ししたところで、あまり効果はない。まぁ、あいつが自力で解決できるようなら、ここまで苦労することもないんだが」
「あ、はは・・・それは、そうだね」
そもそも、あいつが自分で乗り越えるということをしなくなった結果、あぁなったわけだし。
「魔人領に関しては・・・まぁ、なるようになれとしか言いようがないな。一応、あり得そうなパターンは一通り考えて、対策を練っているところだが、本番にならなきゃわからんし・・・それに、その前に俺もやっておきたいことがあるしな」
「? そうなの?」
最後の言葉に、なぜか雫が反応した。そんなに俺のことに興味津々なのか。まぁ、さっきから羨ましそうにティアの方を見ていたし。
「ちなみに、何なのかしら?」
「それに関しては、後で説明する。まぁ、中村に関しては、谷口が思うようにやればいいだろう。俺たちだけじゃなく、香織や雫、坂上もいるんだしな。横やりは入れさせない」
「しれっと、光輝君が戦力外になってるけど・・・」
「むしろ、あいつは俺たちの足を引っ張りかねないっていうか、確実に引っ張ると思うんだが」
俺の率直な推測に、幼馴染みメンバーは苦笑いを浮かべるしかない。
俺の中での天之河の信頼度は、0を通り越してもはやマイナス方向に限界突破していた。
すでに天之河の首を斬り落とすカウントダウンは始まっている。次に何かやらかしたら、そのときは問答無用で斬り捨てようか。
すると、イズモが何かを思いついたように、ティオに向かって口を開いた。
「でしたら、ティオ様。私たちはツルギの世界に行く前に、一度隠れ里に帰郷するのはいかがでしょうか?」
「ふむ、たしかにそうじゃな。一度向こうの世界に行ったら、いつ帰れるかもわからんし、妾たちは任務を受けて出てきた身じゃからな」
「あぁ、そういえばお2人って、そういう設定でしたね。すっかり忘れてました」
シアさんや。設定とか言わないの。
「そういうシアも、カム殿たちには会っておきたいじゃろう?」
「そうですね。といっても私の場合、帰還用の空間転移のアーティファクトが設置してあるので、帰るのには時間はかかりませんが・・・そういえば、ティオさんとイズモさんの隠れ里って、たしか北の山脈のさらに北にある、大陸の外の孤島だったんじゃ・・・」
言われてみれば、たしかにそうだった気がする。
となると、往復はゲートキーを渡せばいいにしても、行きにかなりの時間がかかるのは明らかだ。
「うむ。まぁ、確かにそうなんじゃが・・・出発前に、ご主人様からとびっきりの
「いや、いろんな意味で大丈夫じゃねぇよ。仮にもお姫様が、ボロボロになりながらも恍惚の表情を浮かべていて、さらに従者からも叩かれるとか、死人が出ないか心配になるレベルだぞ」
いや、イズモの精神は死ぬかもしれない。
そう思って、イズモの方に視線を向けるが、
「ふっ、大丈夫だ。すでに慣れてしまったからな」
「イズモ。頼むから慣れないでくれ。あと、目が死んでるぞ。ほら、こっちに来い」
すでに大丈夫じゃなかった。
だったら最悪、俺もイズモのケアのために同行した方がいいかもしれないな・・・。
すでにボロボロになっているイズモの精神(主に忠誠心)を癒すために、ティアと一緒にキツネ耳や尻尾をなでなでしていると、リビングの扉が開く音が響いた。
一瞬、ハジメとユエかと思ったが、気配は1つだ。
ということは・・・
「ここにいたのか・・・」
嫌な予感通り、現れたのは天之河だった。
ほほ笑みを浮かべてはいるが、やはり影が落ちている。
それにうっすら気づいているだろう八重樫は、警戒心を隠して話しかけた。
「あら、光輝。目が覚めたのね。体調はどう?」
「大丈夫だ。ごめん、心配かけた」
「そんなの今更よ。無事ならそれでいいわ」
「おう、復活したようで何よりだぜ」
「本当に、よかったぁ」
坂上と谷口も天之河が無事だったことに安堵の息をつくが、当の天之河は部屋に視線を巡らし、俺を捉えたところで、その表情が強張った。
まぁ、そうなるだろうな、と思いながら、俺は軽く手を振るにとどめた。
俺の軽い態度に、天之河はさらに表情を苦々しいものに変えるが、それを押し殺して俺に話しかけてきた。
「峯坂。その、すまなかった。襲い掛かってしまって、迷惑をかけてしまった」
「一応は、正気に戻ったか。まさか、今も俺がみんなを洗脳してると疑ってないだろうな?」
謝罪に対しては何も返さず、俺は事実を確認した。
これに天之河は、咄嗟に俺から目を逸らした。
「光輝。目を逸らさないで」
そこに、雫が厳しめの声音で天之河に声をかける。
雫としても、やはり2度目の暴走は許さないといったところか。
雫に注意され、バツの悪い表情で俺に向き直った。
「あ、あぁ。もうそんなことは思っていない。あの時は、本当にどうかしていたんだ・・・」
一応、まっすぐに俺の目を見て言ったが・・・これは、まず間違いなく、まだ心の底では俺を疑っている。自分が正しいと思っている。
本当に呆れた奴だが、今はまだそのことを蒸し返す気はないようだったから、俺もあえて無視し、ため息を吐きながらも表面上は納得してみせた。
「それで、光輝。他に、何か聞きたいことはある?」
そこに、雫が気分を入れ替えるように、明るめの雰囲気で尋ねかけた。
天之河も、少し苦笑しながらも、自分が気絶してからのことを尋ねた。
とりあえず、雫の口から、天之河以外の全員が大迷宮を攻略したこと、ハジメとユエが概念魔法という日本に変えるための魔法に手を掛けたこと、現在、帰還用アーティファクト作製の為に別室に籠っていることを伝えた。
天之河は、表面上はソファに腰かけて冷静に話を聞いていたが、自分だけ攻略が認められなかったという時点で、内心穏やかでないのはたしかだろう。
それに、まだもう1つ、重大な事実が残っている。
それは、天之河も雫もわかっているはずだ。
天之河は聞くかどうかためらっており、雫は天之河から話すまで待っているようだが。
だが、いつまで経っても話さないと判断したのか、雫の方から伝えた。
「光輝。私ね、峯坂君、いえ、ツルギのことを好きになったわ。彼に、1人の女として見てもらいたいと思っている」
「・・・っ」
雫の言葉に、天之河の表情が歪んだ。
咄嗟に、俺の方を見てきたが、俺は軽く肩を竦めるにとどめた。それに関しては、俺の方からどうこう言うつもりはない。
対して、天之河は表面上は冷静な口調で口を開いた。
「それで・・・これからは、峯坂についていくってことか?峯坂には本命がいるし、イズモさんもいるのに?・・・雫、考え直した方がいいんじゃないかな?悪いことは・・・」
「光輝。私は別に意見を求めているわけじゃないわ。今のはただの報告よ。幼馴染だから」
「・・・」
被せるような雫の口調に、天之河は苦虫を何匹もかみつぶしたような表情で押し黙り、援護を求めるように坂上と谷口に視線を向けた。
だが、坂上と谷口から返ってきたのは、雫に対する静かな肯定。天之河に同調する者はいない。
そして、天之河の瞳の中に、数多の負の感情が渦巻き始める。
だが、感情に任せて暴れる気配はない。さすがに、先ほどのことで懲りたのだろう。
おそらく、坂上や谷口、香織から向けられる哀れみの視線も、その感情に拍車をかけている。
代わりにでてきたのは、皮肉だった。
「ははっ、皆、あいつらの味方だな。人を簡単に殺して、簡単に見捨てるような奴なのに・・・」
「光輝!」
これには、雫も思わず声を上げ、ティアとイズモが目を細める。それはシアとティオも同じで、香織も先ほどまで浮かべていた微笑みが少し崩れる。
そして、こぼれた皮肉は、悪態となって俺に向けられた。
「どうしてだよ。どうして、人殺しのお前や南雲が認められて、勇者の俺が認められないんだ!こんなの、おかしいだろっ!!どうしてなんだよッ!!!!」
再び、子供のような癇癪を起こす天之河に、俺は深いため息をついた。本当に、こいつは変わらない。
どうしようもなく子供な天之河に、俺は諭すように、いや、諭すために口を開いた。
「・・・そうだな。なら、例えばの話をするか」
「なに?」
「例えば、ある犯罪者と警察官がいたとしよう。犯罪者は、詐欺に騙されて借金を背負い、生活に困窮して強盗をした。その時に、1人の子供を人質にした。対する警察官は、人質の救出のためにやむなく発砲し、犯罪者を射殺した。これを見た世間は、非道な犯罪者は殺されて当然だと言い、警察官は少女を救ったヒーローだと褒めた。さて、この違いはなんだと思う?」
「そ、それは・・・」
言ってしまえば、これは『1人を殺した殺人犯と1万人を殺した英雄の違い』のようなものだ。
天之河の理屈で言うなら、犯罪者はやむを得ない事情があったから助けないといけない存在であり、警察官は事情も聴かずに人殺しをした悪人だということになる。だが、世間はそう考えない。犯罪者が悪、警察官がヒーローだという。
答えあぐねる天之河に、俺は言葉を重ねる。
「お前は、日本では大勢の人間に認められたんだろう。だが、自分を認める人間しか見なかった。自分が作った正しい光景しか見えていなかった。だから、たとえ注意されても、自分が間違っているなんて毛ほども思わなかった。だが、俺は人間の汚いところもよく見てきた。親父の関係で、特別な許可をもらって仕事を手伝うことも何回かあったが、その中には、どうしようもなく救いようのない人間ってのも、たしかに存在した。人を傷つけることを楽しんだり、人のものを奪うことを当然だと考えている連中もいた。見るに堪えない、関わりたくないような輩だが、それでも俺は目を逸らさなかった。世の中の汚い部分から、目を逸らさずに与えられた仕事をこなした」
もちろん、今言ったのは極端な例だが、そのような人間がいるのも事実だ。
そして、時としてそのような人間と向き合わなければならないのが、警察官の仕事の1つでもある。
「たしかにお前は、周囲から認められてきた。だが、認めていた人間が離れていけば、お前には何も残らないし、価値観1つで認められるかどうかも変わる。だが俺は、周囲に認められる認められないに関係なく、自分のすべきことをしてきた。自分の決めたことに覚悟を持って、曲げずに生きてきた。それは、ハジメも同じだ」
ここまで来れば、あとはいつもと同じ、すでに何度も言ったことだ。
だが、俺はあえてそれを口にした。
「覚悟を決めて、生きてきたかどうか。それが、お前と俺たちの違いだ。お前は自分が間違っていないと言っているが、社会からすれば、その考え自体が間違っているということに気づけ。世界が、お前を中心に回っていると思うな」
「っ・・・」
俺が言葉を発している間、ティアや香織たちは黙って耳を傾けていた。
天之河は、ぐうの音もでないでうつむき、それでも何かを言おうとして、顔を上げた。
その瞬間、
ゴゥッ!
暴風と錯覚するような、すさまじい魔力の波動が邸内に、いや、下手をすればこの隠れ家の空間全体にほとばしった。もちろん、魔力そのものに物理的な干渉はできないが、体内の魔力がそう錯覚するほどの、膨大な量だった。
そして、この魔力の奔流の源は、おそらく、
「これは、ハジメとユエか!」
「まさか、お2人に何か!?」
今までハジメがアーティファクトを作成する際は、このような現象は起きなかった。
この尋常でない出来事に、シアが部屋を飛び出したのに続いて、俺たちもハジメとユエがいる部屋に向かう。
その道中でも、魔力の奔流は収まらず、時折脈動を打つようにして断続的に広がり続けており、部屋に近づくにつれて近づくことすら困難になってきた。
それでも、なんとかして先に進み、部屋にたどり着くと、すでに扉が開いていた。おそらく、先行したシアが開けたのだろう。
俺たちも意を決して中に踏み入ると、そこでは紅と金の魔力が螺旋状に吹き荒れている光景だった。
その中心にいるハジメとユエは、中央に膝立ちになりながら、向きあって手を合わせており、瞑目したままだった。重ねている掌の中には、神結晶や諸々の鉱石が見えた。
「シア。これは、どういう状況だ?」
「わかりません。ですが、お2人に何かあったわけではないようです」
シアに尋ねると、シアは困惑しながらも安堵の色が見えた。どうやら、本当に2人に異常はなく、様子も落ち着いているようだ。
それに、とてつもなく集中している。それなりの勢いで入ってきたシアや俺たちにも気づかないほどに。
「・・・これなら、出た方がいいかな」
「そうじゃな。妾達のせいで失敗などしたら・・・お仕置きされてしまうのじゃ」
「ティオさん、嬉しそうに言ったらダメですよ」
無事を確認したシアたちは、邪魔するわけにはいかないと部屋を後にしようとした。
だが、
「待て」
「? ツルギさん?」
俺は、出て行こうとするシアたちを呼び止めた。
シアとティアが、困惑しながら俺に尋ねかけてきた。
「えっと、ツルギさん?私たちは戻った方がいいと思いますけど・・・」
「そうよ、ツルギ。早く部屋に・・・」
「いや。戻ったらダメだ。なんでかは、俺も分からないが・・・ここにいなくちゃいけない気がする」
俺自身にも、確たる根拠はない。だが、俺の直感がここにいるべきだと訴えてくるのだ。
そして、その理由はすぐに証明された。
「! 何ですか!?」
「え、映像?」
「暗い・・・洞窟?」
俺たちの眼前に、突如、どこかの風景が映し出されたのだ。
突然の出来事と光景にシアたちは困惑するが、俺には心当たりがあった。
「・・・これは、おそらくオルクス大迷宮だな」
「確かに、緑光石の明かりで照らされる巨大な洞窟と言えばオルクス大迷宮じゃのぅ」
ティオの言う通り、その条件に当てはまる場所はオルクスが妥当だろう。
だが、
「だが、俺は100層まで踏破したが、ここみたいな場所には見覚えがない」
「・・・えぇ、私もあやふやだけど、思い当たる場所はないわね」
ティアも、俺の言葉に同調する。
「え?ということは・・・」
シアが、俺たちが何を言おうとしたのかわかったようで、口を開きかけたが、その前にまたな光景が映し出された。
俺たちの目の前では、洞窟の先に進み、ウサギの魔物に遭遇している場面が映っていたが、魔力を通して感情が伝わってきた。
「これは、不安?・・・それに、焦り」
「恐怖も感じる・・・ここは、ハジメが落ちた奈落だと考えていいだろう。おそらく、これはハジメの記憶だ」
そう考えれば、目の前の現象に説明がつく。
この推測に、シアたちもハジメの過去を知るチャンスだと察し、目配せをしてこの場にとどまる。ティアや天之河たちも、興味からか映像に集中し始めた。
その間に、ハジメはウサギの魔物に襲われるところだった。
「ハジメさん!」「ハジメ君!」
シアと香織が、悲鳴とも警告ともつかない叫び声をあげるが、映像の中のハジメはどうすることもできずにウサギの魔物・・・蹴り攻撃を主にしていることから、蹴りウサギとでも言うべきか。その蹴りウサギになぶられ、左腕を粉砕され、それに伴って恐怖や焦燥、苦悶の感情が大きくなっていく。
「ハジメさんが・・・こんな一方的に・・・」
「これが、私達が知っていた南雲くんよ。戦う力なんてないに等しかった・・・」
シアの信じられないといった呟きに、雫が努めて冷静に返した。
そこでハジメは目をつぶったのか、映像が途切れる。
だが、そこで終わらなかった。
ハジメが目を開けると、そこには巨大な白い体毛のクマがいた。
映像越しでも、いや、ハジメの感情がリアルに伝わってくるからこそ、あのクマが蹴りウサギよりもはるかに格上の存在だとわかる。
クマの視線がこちらに向けられると、シアたちが思わず体を震わせていた。
今の俺たちなら、あの程度はどうってことないが、捕食者の視線とハジメから伝わってくる感情が合わさって、俺も思わず半歩後ずさっていた。
そして、ハジメはクマに追い詰められ、左腕を切断され、目の前で咀嚼された。
目の前の現実に、ハジメの恐怖と苦痛は決壊し、恥も外聞も捨てて、ただひたすらに逃げた。ただ死に物狂いで逃げ、這いずりながらも穴ぐらに逃げ込み、錬成で奥へと進んでいく。
それからしばらくの間、暗闇が続いた。だが、徐々にハジメの泣き叫ぶ声が弱まっていくのが、まるで命の灯が消えそうに感じて、俺は思わず自分の胸をグッと掴んだ。
そして、暗転した視界が復活すると、そこには神水を垂らす神結晶が映っていた。
ハジメはこれを飲むことで一命をとりとめ、うずくまってひたすら助けを求め続けた。
そこからは、記憶があいまいなのか、映像が途切れながらになっていくが、感情の密度はさらに濃くなっていった。
助けを求めるながらも、圧倒的な孤独、自分を飲み込みそうな暗闇、飢餓感、幻肢痛にさいなまれ、拷問のような苦しみに耐える。
助けを求める声は、しだいに弱くなり、代わりに死を望むようになったが、服用する神水がそれを許さない。
次第に「生きたい」と「死にたい」を繰り返しながらつぶやき、暗鬱とした感情で自問自答する。
行き場を失った感情は、クラスメイトに向けられ、この世の理不尽を呪い、そして完全に壊れてしまった。
だが、壊れた感情はそこで失わず、代わりに生への渇望、そして、それを邪魔する存在への殺意へと塗り替えられた。
ここで、ようやくハジメは動き出した。
まずは、神水を溜めるための窪みを掘り、溜まった神水をすすって活力を取り戻した。
その後に、錬成を駆使して罠と武器を作りだし、狼の魔物を狩った。
そして、碌な調理もせず、生肉のまま狼の肉を貪り始める。
「っ、これが、あの姿の・・・」
「聞いてはいたけどよぉ・・・こいつは強烈だな・・・」
手も服も血まみれになりながらも肉を貪る姿は、まさに化け物と言って差し支えないものだった。
そして、魔物の肉を食べたことによって、ハジメの身体が崩壊し始める。
俺は魔力を抜いて食べたから何ともなかったが、直接食べたハジメの苦しみがどれほどのものなのか、想像すらできない。
さらに、普通ならこのまま身体がボロボロになって死ぬのだが、神水によって崩壊した片っ端から再生するため、簡単に死ぬことすら許されない。
その光景は、あまりに凄惨すぎた。
ティオが咄嗟に魂魄魔法でフォローしてくれたが、それがなければ何人かは気絶していたかもしれない、それくらいの苦痛の嵐だった。
それから、いったいどれほど経ったか。魔物の魔力による体の崩壊を克服し、強靭な体と新たな力を手にして、奈落の化け物は生まれた。
それから、錬成と日本での知識、洞窟内の鉱石を駆使して兵器を作り上げ、クマの魔物を殺すまでにいたった。
そこでハジメは、自らの願望を自覚した。
『帰りたい』
その想いに呼応するかのように、部屋の中で荒れ狂っていた魔力が脈動し、ハジメとユエの手の中に収束していく。
『帰りたい』
ハジメの想いがさらに強くなり、紅の魔力の奔流がさらに膨れ上がり、それを支えるように黄金の魔力が寄り添う。
その光景は、とても美しく、氷雪洞窟の隠れ家の庭園よりもさらに心を奪われた。
『故郷に帰りたいんだ』
ハジメの圧倒的な思いが俺たちに伝わり、映像の中で瞑目していたハジメが目を開くと、そこには極限の意志と呼ぶべき輝きが宿っていた。
やがて、映像を宿していた魔力も、ハジメとユエの手の中に吸い込まれるように、魔力の奔流に加わった。
最後までそれを見ていた俺の心中は、とても複雑なものだった。
ハジメが奈落に落ちたことで得たものは、たしかに多く存在する。
だが、その代償となるこの映像を見て、苦痛を自分のように実感すると、やはり「あの時、助けることができれば」と思ってしまう。
たしかに、日本にいた時から、ハジメは強い精神を持っていた。だから、生き残ることができたともいえる。
だが、この苦しみを強いてしまったのは、あのとき助けることができなかった俺のせいでもある。
俺は、あのときの無力感を思い出し、強く拳を握り締める。
すると、俺の拳に、ふと柔らかい感触が。
隣を見ると、雫が俺の握り締めた拳を両手で包んでいた。
まるで、あのときできなかったことを、今するかのように。これ以上、自分を責めてほしくないと言うかのように。
雫の優しさに触れ、俺は小さく礼を言った。
「・・・ありがとうな」
「いいわよ。これくらいしか、私にはできないから」
そう言いながら、雫はそっと握り締めた拳を解き、代わりに自分の指に絡ませた。
案外ちゃっかりとしてるな。まぁ、ここでどうこう言うつもりはないが。
それに・・・背後から、天之河の形容しがたい気配が向けられている。
今のハジメの記憶を見て、それなりに思うことがあったのだろうが、やはり簡単に自分を振り切ることはできないのか。
そうこうしていると、ハジメとユエの間にある鉱石に変化が生じてきた。
紅の魔力に包まれ、形を変えていきながら、融合し、あるいは魔力を取り込む。
形になってきたのは、
「あれは・・・鍵、か?」
「そうね。水晶でできた、アンティーク調の鍵みたい」
俺の呟きに、雫が同調する。
見た目は、持ち手側に正十二面体の結晶体を付け、先端の平面部分にとてつもなく精緻で複雑な魔法陣の描かれた鍵だった。
次第に、鍵に込められる魔力も増えていき、鍵そのものからただではない雰囲気が放たれる。
そして、完全に形が作られると、ハジメとユエはそっと目を開け、小さく開いた口から言葉を紡ぐ。
「「・・・“望んだ場所への扉を開く”」」
刹那、眩い光の奔流が部屋の中を埋め尽くし、俺たちの視界や意識も白く塗りつぶした。
「ふむ、“纏雷”で肉を焼いて食べていたのか・・・甘いな。ちゃんと切れ込みも入れて・・・」
「ツルギ、いきなり料理の授業みたいなことしないの」
「あのなぁ、まずくて硬い魔物の肉を料理して食べやすくするのは、基本だぞ?俺だって、オルクスに突入する前に香辛料とかを買っておいたからな。例えば・・・」
「別に解説しなくてもいいわよ!」
料理心をくすぐられたツルギとそれをたしなめる雫の図。
~~~~~~~~~~~
最近は、原作通りの流ればかりになっていますが、次の次くらいから変化を入れていく予定です。