「ぜぇ、ぜぇ・・・ようやく、ここまで、来たな」
「はぁ、はぁ・・・えぇ、そう、ね」
「・・・思って、いたより、こほっ、かなり、きつかったな」
ハジメにオルクスの奈落まで送ってもらって、これでちょうど3日目、いや、厳密には2日目が終わるころか。俺たちは、ようやくオルクス大迷宮の最深部にたどり着いた。今いるのは、100層への階段を下りきったところだ。目の前には、無数の巨大な柱に支えられた、広大な空間が広がっている。
道中のことは、はっきり言ってあまり覚えていない。
生成魔法以外のすべての神代魔法の習得を前提にしているだけの難易度だった、というのもあるが、道中の2日間、ほとんどノンストップで走り続けたという方がでかい。
さすがに、99層ノンストップで魔物を屠りながら走り続けるというのは体力的にかなりきつかったし、何度か休んだ方がいいとは思った。
だが、ハジメに3日で戻ると言った以上、道中の99層はどうしても2日で突破する必要があった。そうなると、1層の攻略にかけていい時間は、およそ2時間。それも、表のオルクスよりも手強い魔物がはびこっている中を、だ。ハジメを探しに表のオルクスに潜った際、100層を2か月かけて降りていったのとはわけが違う。
結果、体力・魔力切れを起こさないように気を付けたものの、99層をずっと走りながらの攻略になってしまい、かなりへとへとになってしまった。
幸い、ハジメから預かったものの中には魔晶石も含まれており、ここまで温存したおかげで魔力はすぐに回復し、再生魔法も使って早急に体力を回復させた。
「ハジメとユエからのメモによると、ここには全部で7つの首を持ったヒュドラがいるらしいが、特徴は覚えているか?」
「最初は6つの首が生えていて、6属性を使う。白い頭は回復魔法を使うから、始めにたたくべき、だったわね」
「6つの首を倒した後にでてくる7つ目の首の極光は、フリードとやらの白竜と似て、毒素も含まれていて回復が遅い、だったな」
いつの間に用意したのか、ハジメから渡されたものの中にオルクスの内容、特にヒュドラについて書かれたメモがあり、休憩している間に目を通しておいた。
それにしても、ハジメは相変わらず身内には甘いな。これが例えば天之河相手なら、オルクスに送ることすらしようとしないだろうし。
まぁ、ここはハジメの気遣いに甘えておくとしよう。
「さて、そろそろ、俺とティアにとって最後の大迷宮攻略に行くとするか」
「えぇ」
「うむ」
休憩も終わらせ、俺たちは立ち上がって先へと進んだ。
200mほど歩くと、巨大な扉にたどり着いた。大迷宮の紋章が七角形に配置された、10mはある両開きの門だ。
「あらかじめ、展開しておくか。“魔導外装・展開”、“
魔物が現れるだろう場所の手前で、俺は“魔導外装”を展開した。
それくらい、今回は手加減なしだ。
そして、最後の柱を超えたところで、扉と俺たちの間に直径が30mほどの魔法陣が展開された。
「・・・おいおい、けっこうでかいな」
「それだけ、大きい魔物ってことかしら」
「大きいだけではないな。込められている魔力も尋常ではない」
イズモの言う通り、魔法陣に込められている魔力は、今まで見てきた大迷宮の魔法陣のどれよりも大きく、密度も高い。
おそらく、解放者すべての力を合わせて作った合作の魔物なのだろう。そう思うほどの魔力だ。
そして、魔法陣がよりいっそう輝き、はじけるように光を放った。
目をつぶされないように手で覆い、光が収まってから目を開けると、そこには体長30mほどの、6つの首を持った巨大な魔物、ヒュドラが現れた。
「さて、最後の大迷宮の試練、どれほどのものか見せてみろ!」
「「「「「「クルゥァァアアン!!」」」」」」
俺の宣戦布告と同時に、6つの首がそれぞれ雄叫びをあげ、赤紋様の頭が口を開いて巨大な火炎放射を放った。
「散開!」
もはや壁とも思える規模に、俺たちは咄嗟に飛びずさった。
「んじゃ、物の試しに、と」
俺はそのまま重力魔法を使って壁に着地し、赤紋様の首と青紋様の首に向けてゲイボルグを放った。
放ったゲイボルグは両方の首を消し飛ばし、体の方にも傷を与えたが、白紋様の首が「クルゥアン!」と叫ぶと、首が光に包まれ、逆再生のように戻っていった。
元通りになった首は、何事もなかったように俺にブレスを放ち、なんなく避けながら分析を続ける。
「ふぅん。回復魔法って言うより、再生魔法に近い回復能力だな」
話に聞いていたように、白紋様はかなり厄介なようだ。今の俺の魔法なら、首の1つや2つくらいならどうってことないが、いちいち回復されるのはめんどくさい。しかも、一度に回復できる量に制限がない。もしかしたらあるのかもしれないが、他の5つの首を同時に再生できるのが限界なら、くそったれもいいところだ。
それに、試しに白紋様に攻撃しても、他の首が盾になって致命傷を負わせられない。
ハジメとユエは、焼夷手榴弾と最上級魔法のごり押しで突破したらしいが・・・それなら、
『ティア、イズモ。俺が首を5本仕留める。その隙に、白紋様のやつをつぶしてくれ』
さっきの回復を見るに、首を丸々失った場合、瞬時に再生はされなかった。だったら、他の5つの首が回復される前に白紋様を倒してしまえばいい。幸い、ゲイボルグ1発で首1つ撃破できるのは確認済みだ。
それでも、5発同時に撃破すろというのは、少し自信がない部分もあるが、
『わかったわ。任せて』
『撃破は頼んだぞ』
ティアとイズモから、信頼のこもった言葉を返される。
こう言われたら、やらないわけにはいかない。
「さて・・・いっちょ、やってやるか」
自分から提案した作戦なのだから、ちゃんと責任をもって成し遂げなければならない。
俺はゲイボルグを5本生成し、攻撃をかわしながら狙いを定める。
だが、ヒュドラはゲイボルグの魔力を感知したのか、赤紋様と黄紋様が執拗に俺を狙ってきて、ろくに立ち止まって狙いをつけることができない。
ティアとイズモも俺の支援に向かおうとするが、他の首に邪魔されてなかなか近づけないでいる。
俺は、これにしびれを切らし、
「ええい、鬱陶しい!“蜻蛉切”!!」
6mの長槍を2本生成し、つかみ取って襲い掛かる首を力づくで打ち払った。そして、そのまま蜻蛉切を続けざまに投擲し、赤紋様と黄紋様を壁と床に縫い付けた。
それを確認してから俺は飛び上がり、5本の首に狙いをつけ、
「穿て、ゲイボルグ!」
レールガンの要領で斉射した。
放ったゲイボルグは、狙いたがわず5つの首をぶち抜いた。
「クルゥアン!」
当然、白紋様は破壊された首を治そうと回復魔法を発動したが、5つ分だけあって、回復速度も遅い。
そして、2人がこの機を逃すはずもない。
「“五天掌”!!」
「“黒炎槍・嵐雨”!!」
ティアがすべての属性を纏わせた拳を、イズモが“黒炎槍”の弾幕を放ち、最後の白紋様の首を跡形もなく消し飛ばした。
だが、沈黙したヒュドラの胴体から、さらに新たな銀紋様の首が生え、俺たちを睥睨するが、
「おい、余裕こいてていいのか?」
独り言程度の俺の声に反応したわけではないだろうが、銀紋様がぐるりと俺に視線を向ける。
俺はゲイボルグを放った直後、すぐに攻撃の準備をしていた。
ハジメのメモに書いてあった、ノーモーションで放たれる極光ごと迎撃できるような、最高火力の攻撃を。
それは、
「“
俺は黄金の西洋剣を振り下ろし、刀身から黄金の光線を放った。
「クルァアアン!!」
銀紋様も、一拍遅れて巨大な銀の閃光を放つ。
黄金と銀の閃光は衝突し、中間でせめぎ合うが、
「さっさと、くたばりやがれええぇぇぇ!!!」
俺が昇華魔法でさらに強化することで均衡はあっけなく崩れ、銀紋様の頭はもちろん、残っていた胴体まで巻き込み、ヒュドラは黄金の爆発に包まれた。
「グゥルアアアア!!!」
ヒュドラは断末魔の絶叫をあげ、あっけなく体を崩して消えていった。
「はぁ、はぁ、あ、案外、あっけなかったな」
「息切れしながら言っても説得力ないわよ、ツルギ」
ティアの言うことももっともだが、五体満足でこれといった手傷も負わなかったんだ。あながち間違いでもないと思うが。
そんな軽口を言い合っていると、奥の扉がゴゴゴゴッと音をたてて開き始めた。
「さて、さっさと行くか」
「えぇ」
「うむ」
休憩もそこそこに、俺たちは開いた扉の中に足を踏み入れる。
そこは、今までとまた違った意味で、まるで別世界のようになっていた。
辺りは芝生や木々が生い茂っており、中央付近に住宅が建っていた。
だが、ヴァンドル・シュネーのものと違い、豪華絢爛というよりは、住みやすさ重視の機能美にあふれた建築物になっている。建物の近くに畑があったことからも、実際に生活できるように設計しているのがわかる。
そうか・・・・
「ここで、ハジメとユエがあんなことやこんなことをしながら生活していたのか・・・」
「ツルギ、抑えて。気持ちはわかるから」
「ま、まぁ、2人とも、ここに来るまでに死にかけたりしたからな」
それでも、俺が結構必死になって探しているときに、存分にイチャイチャされたのかと思うと、話は別だ。
帰ったら、ハジメの頭に1発くらい拳骨を落とそうか。
「ほ、ほら、ツルギ!早く生成魔法を習得しましょう!」
「そ、そうだ!これで、概念魔法を使えるようになるんだ。早く行こうではないか」
俺から殺気が漏れていたのか、ティアとイズモが必死になって先を促した。
そうだそうだ、ここで立ち止まっているわけにもいかない。さっさと生成魔法を習得して、ハジメたちのところに戻ろう。
俺も我に返り、住居の中に足を踏み入れた。
中も住みやすさを重視した設計になっており、錬成で建築したのか、壁や床に繋ぎ目が一切ない。それがまた、一種の美しさを宿していた。
2階に上がると、そこは書斎と工房のような部屋があった。今は封印されて扉があかないが、扉の紋様を見る限り、攻略の証があれば開くのだろう。
そして、3階に上がると、そこには魔法陣の部屋しかなかった。
つまり、これが神代魔法の魔法陣だろう。
「ようやく、ようやくここまで来たぞ」
最初は、難易度を考えて表の100層で断念したが、他の大迷宮を攻略し、神代魔法を手に入れ、ようやくここまでたどり着いた。
俺は高鳴る気持ちを抑え、魔法陣の上に乗った。ティアとイズモも、俺に続く。
すると、いつものように魔法陣が輝きだし、生成魔法の知識が俺たちに刻み込まれた。
そして、生成魔法を習得した直後、
「が、ぐぅぅっ!」
「っ、ああぁぁぁ!!」
俺とティアの脳に、神代魔法のさらなる深奥の知識が、強制的に流れ込んできた。
来るとわかっていたが、思っていた以上に量が多く、深い。
ハジメとユエが気を失うのも、納得できる。
イズモが近づいて話しかけてくるが、声が遠くて聞き取れない。
数時間が経過したような感覚にとらわれながら、ぷつりと情報の濁流が途切れ、そのまま意識を失った。
* * *
時は、ツルギたちが氷雪洞窟に向かっている最中にまで遡る。
リヒトは、自室に1人で座って書類に目を通していた。
内容は、フェアベルゲンへの侵攻と、その失敗の報告だ。1週間以上前のものだが、リヒトは何度も読み返していた。
正確には、ある一文を。
『樹海には、兎人族の皮をかぶった化け物がいる』
この内容に、フリードはもちろん、リヒトも思うところがあった。
それは、ツルギたちのパーティーにいる、常識はずれの強さを持った兎人族、シアだ。
そして、化け物というフレーズに、どうしてもハジメやツルギ(本人は否定するだろうが)を思い浮かべてしまう。
その場にいなくても悉く計画の邪魔をするハジメやツルギたちに、フリードは腸が煮えくり返るような激情を抱いた。
だが、リヒトは違った。
(・・・まったく、大したものだ)
自分たちだけでなく、他者にもその性質を与えたツルギとハジメ(とリヒトは考えている)に、むしろ感心に近い感情すら抱いた。
たしかに、計画は邪魔された。だが、それは自分たちの見込みが甘く、想定以上にツルギたちが厄介で、自分たちが弱かったからに過ぎない。
何より、リヒトにとって
だから、リヒトはフリードのように激昂することはなかった。
そして、ツルギたちなら樹海も、あるいは氷雪洞窟も攻略するだろうとも。それだけの実力があると、リヒトは確信していた。
さらに言えば、ハジメたちの方はわからないが、ツルギとティアは必ずガーランドに攻め込んでくるとも確信していた。
もしそうなれば、王都侵攻で大敗したガーランドに勝ち目はないだろう。
・・・以前のままだったら。
(だが・・・)
ふと、リヒトは窓の外を見る。
そこには、まったく同じ顔をした神の使徒、およそ500体が整列して並んでいた。
先日、魔王から、いや、信仰する神"アルヴ”からもたらされた新たな戦力だ。
これを見たフリードや兵士、国民は、やはり我々こそ神に選ばれた種族なのだと、感動に震えながらその光景を見た。
普段は表情を表に出さないリヒトすら、驚愕を隠せなかった。
さらに、ガーランドと協力関係にある恵里も、王都侵攻の際にちょろまかした兵士の死体に、嫌悪感を抱きながらもフリードとリヒトが変成魔法によって強化を施した傀儡兵“屍獣兵”の兵隊、およそ500体もいる。
さすがにこの戦力では、ツルギたちと言えども、ひとたまりもないだろう。
それに、魔王からもたらされた勅命に、リヒトはわずかな同情を抱いた。
だが、これも自らの望む世界のためだ。
そこに、ドアがノックされた。
入室を許可すると、1人の兵隊が中に入って敬礼し、報告した。
「リヒト様。出陣の準備、すべて整いました!」
「・・・わかった。すぐに行く」
リヒトも報告書を机の引き出しにしまい、重い腰を上げた。
今回の作戦、ツルギたちには万が一の勝機もないだろう。
だが、
(だが、あの者たちならば・・・)
ツルギたちなら、なにか違う結果がでるかもしれない。
そう思いながら、リヒトは作戦遂行のために歩き出した。
「・・・兄者」
「・・・なんだ、リヒト」
「・・・彼らは、いつになったら出てくる?」
「・・・すぐに出る。そう神託が下っているのだ」
「・・・昨日も、それを言っていなかったか?」
「・・・リヒト。不信を疑われたいのか?そうでないなら、口を閉じろ」
ツルギのオルクス攻略のせいで、余計に待つ羽目になった魔人族軍の図。
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気合入れるとか言っておきながら、思ったより大したものが書けませんでした・・・。
なんというか、思ったより書くのが難しかったのと、やけに頭が痛くて、あまり集中できなかったので、あっさり目に書きました。