「ツルギが神の末裔?どういうことだ?」
なんか気配が変わったと思ったら、いきなりとんでもないことを言われた。
疑問の声をあげたのは、使徒に囲まれながらもエヒトに訝し気な視線を送っているハジメだ。
問いかけられたエヒトは、あからさまに見下したような表情になりながら口を開いた。
「なんだ、知らなかったのか?まぁ、人間からすれば、数千年も前のことなど、誰の記憶にも残らぬのだろう。かの“解放者”とかいう輩のようにな」
たしかに、ハジメもユエからの最初の説明では“解放者”のことを“反逆者”と言われ、今ではそのことに関する書物すら残っていない。フェアベルゲンの口伝も、どちらかと言えばかなり曖昧な方だった。
こればっかりは、否定することでもないだろう。
「そうだな。なら特別に、お前たちにこの世界のある男の話をしてやろう」
エヒトはそう前置きして話し始めた。
「今から数千年前、解放者と同じ時代に、1人の男がいた。名をシュヴェルト・ノーマン。山奥で妻子とともに暮らしていた。
その男は、生まれつきある魔法を使えた。何もないところから、武器や道具を生み出す魔法だ」
「まさか・・・」
ティアの呟きに、エヒトはニヤリと口元を歪め、
「そう、お前たちで言う剣製魔法だ」
エヒトの言葉に、周囲にどよめきが走った。
日本組はクラスメイトはもちろん、ハジメたちも驚きを隠せず、シアたちトータス組もあからさまに動揺していた。
だが、俺はこのあたりでいろいろと腑に落ちた。
「なるほどな・・・話が見えてきたぞ」
「ツルギ、どういうことだ?」
ハジメの問い掛けに、俺はハジメたちに言っていなかったことを口にした。
「ハジメたちにはまだ言っていなかったが、真のオルクス大迷宮を攻略した時、俺は神代魔法だけではなく、剣製魔法についての深奥も理解したんだ」
「なっ、マジか?!」
「あぁ。そして、仮にシュヴェルトが俺の先祖なのだとしたら、神の末裔というのも頷ける」
「教えろ、ツルギ!剣製魔法の深奥ってのは、なんなんだ!」
ハジメの質問に、俺は一拍置いてから口にした。
「剣製魔法の本当の力は、魔力の変異と変質。簡単に言えば、魔力からあらゆるものを創造できる。武器はもちろん、食料や生命、果ては概念すらも、剣製魔法によって生み出すことができるんだ。もちろん、形のあるものは、固形化した魔力なんていう紛い物じゃなく、そのまま物質として現れる。要するに、万物創造の魔法ということだ、剣製魔法はな」
俺の説明に、今度こそハジメたちは絶句した。
だが、それもそうだろう。ハジメとユエが死に目に遭いながらも習得した概念創造を、それこそ俺は他の神代魔法を用いなくても剣製魔法1つで成しえるのだから。
まさに、神の力と言っても過言ではない。
俺の説明に、エヒトは満足げに拍手しながら口を開いた。
「ついでに言えば、その男の魔力は銀であった。銀や金、特殊な輝きを持つ魔力は、神の器を持つ者の証。まさしく、生まれながらの神であったのだ。それは、貴様も同じであろう?」
たしかに、俺の魔力の紅はハジメと比べて薄く、何か他の色が混じっているようでもあった。
そして、よくよく見れば、俺の紅の魔力に混じっていたのは、銀の魔力の粒子。俺自身にも、神の資質が受け継がれているということだ。
だが、次にはエヒトの表情が心底理解できないというようなものに変わった。
「だから私は、使徒を遣わして『私の眷属にならぬか?』と誘ったのに、あの男、何と言ったと思う?『自分には今の暮らしがあるだけで十分だ』と言って、私の誘いを断ったのだ!私の眷属になれるなど、この世界の人間からすればこれ以上にない幸せだろうに、まったく理解に苦しむ」
俺たちからすれば、むしろ「ナイス!」って感じだけどな。
こんな屑の眷属とか、人生終わってるし。
だが、そんな屑が相手だったからだろうか。
「だから私は、あいつの言う暮らしを壊してやったのだ。家を焼き、妻子を殺すという形でな」
シュヴェルトに降りかかったのは、あまりにもむごい報復だった。
「あいつの言う暮らしを壊してやれば、大人しく私の言うことを聞くだろうと思ったのだがな、結局、使徒を殺して逃げてしまったのだ。ずいぶんと怒り狂ってな」
このことを、本気で心底理解できないと思っているあたり、エヒトがどれだけ屑なのかがよくわかる。
「その後、あの男は一時期解放者の手を借り、剣製魔法の深奥に手をかけ、単身で私のいる領域に踏み込もうとしてきたのだ。だが、あの時は無理やり別の世界に転移先をずらしたのだが、その後になってもったいないことをしたと思ったよ。なにせ、わざわざ口説かなくとも、殺してから人形にすればよかったのだから。結局、気配を隠されて見つけることもできなかったしな。まぁ、まさか貴様らの世界にいたとは思わなかったが」
なるほど。これでベヒモス戦のときの急激なパワーアップにも合点がいった。
おそらくは、俺はシアのような先祖返りで、この世界に来て本格的に魔法の素質に目覚め、かつ魂の奥底から魔力をひねり出そうとした結果、俺の魂に刻まれていた剣製魔法が使えるようになった、ということか。
そう考えていると、エヒトの顔に再び愉悦の表情が浮かんだ。
「だが、こうして末裔と会えるとは、僥倖と言うものだ。しかも、貴様は先祖返りでもあるな?その力、かつてのシュヴェルトに匹敵している」
そう言って、エヒトは俺に手を差し伸べ、
「どうだ、私と手を組むつもりはないか?私と共に来れば、真に神としての力を振るうことができるぞ?」
そう告げられて、俺は道理でと思った。
なにせ、先ほどから俺に襲い掛かってくる神の使徒から、微塵も俺を殺す意思を感じなかったからだ。おそらく、ここで俺を勧誘するために、わざわざ生け捕りにするように命じていたのだろう。
「それに、私の近くにいれば、私を殺す機会も、この体を取り戻す機会も多くなるだろうなぁ。うん?さぁ、どうするのだ?」
どうやらエヒトは、合理的に考えて、俺にもそれなりにメリットがあるからと、この話に乗ってくると確信しているのだろう。
たしかに、エヒトの近くにいた方が都合がいいことは、いろいろとあるだろう。エヒトが言ったことも、あながち的外れではない。
その上で、俺は即答した。
「断る」
俺の返答に、ハジメたちはやっぱりなとうなずき、クラスメイト達や姫さんもホッと胸をなでおろした。
対してエヒトは、自分の思い通りにならないことが気に入らないのか、理解に苦しむといったように眉をしかめる。
「なんだ、貴様も仲間だの恋人だのと、そのようなくだらないことのために断るのか?まったく、今までと比較にならない力を手に入れることができるというのに・・・」
「あ?何言ってるんだ?それ以前の問題だろうが」
たしかに、ティアやハジメたちのこともある。
だが、もし万が一億が一、ティアやハジメがいなくても、まず大前提として、
「何が悲しくて、自分からバカと変態しかいないところに行かなきゃいけないんだ。一つまみの良心が残っているブルックの方が、まだ断然マシだぞ」
そう、エヒトのところにはまともな奴がいない。
エヒト自身、暇つぶしに戦争起こして喜ぶ変態だし、それに追従しているアルヴも同類の変態だ。
それに、もし魔人族や中村、天之河もエヒトについて行く場合、神様というワードだけで興奮して自ら死ねる変態共と天之河という存在だけで興奮するヤンデレの変態とご都合主義100%の人の話を聞かないバカが追加されることになるのだから、ブルックよりも手に負えない。
そんな地獄というのも生ぬるい魔境に、どうしてわざわざ真面目な俺が1人でがんばらなきゃいかんのだ。
馬鹿ばかりの環境に常識人1人の環境がどれだけ大変か、俺は身をもって知っているんだぞ。
「・・・貴様、生意気な口を・・・」
「なんだ、自覚がなかったのか?だったら、かわいそうな奴と言い直した方がいいか?それくらいしか趣味がないんだからな」
俺のあんまりと言えばあんまりな、だが割と正論な言葉に、背後でハジメが噴き出しそうになっているのを堪え、その他のメンバーが「ここできっぱり言うのはちょっと・・・」みたいな複雑な表情をしており、リヒトを除いたほぼすべての魔人族が瞳に今までで一番の殺気を宿している。
そして、エヒトは俺の言葉に憤るでも反論するでもなく、額に手を当てながらため息をついた。
「・・・まったく、貴様たちは一族揃って目に余る。よくもまぁ、そのような減らず愚痴を叩けるものだ。なら、仕方あるまい。予定通り、貴様を殺して人形として利用することにしよう」
そう言うと、すべての使徒の殺気が俺1人に向けられた。
どうやら、今度こそ全力で俺を殺しにかかるようだ。
だが、甘い。
「悪いが、おとなしく殺される筋合いはないぞ?それに・・・こっちの準備もできた」
そう言って、俺は話が始まってから準備していた魔法を行使した。
魔導外装が強く輝き、
行使するのは、概念創造の力。
エヒトを倒しうる概念を、今ここで作り出す。
もちろん、使徒や魔人族がそれを許すはずもなかったが、魔人族はそもそもこの魔力の奔流に近づくこともできず、神の使徒もハジメやティア、リヒトたちが俺を守るように迎え撃つ。エヒトとアルヴは、余裕からか手を出さずに静観している。
その余裕を崩す意思も込め、俺はさらに魔力を収束する。
ここで用意できる、最も強い概念。それを創造し、武器の形に変えていく。
そして、魔力の奔流が収まった頃には、俺の前に1本の日本刀が浮かんでいた。
「・・・“無銘”」
俺は刀の名を呟き、柄を握った。
次の瞬間、俺に襲いかかろうとしていた使徒は、1人の例外もなく俺から即座に距離をとった。
まるで、本能で死を直感したかのように。
「っ、あり得ません!」
その事実を受け入れられなかったのか、1体の使徒が双大剣に分解の力を纏わせて俺に突撃してきた。
「はぁっ!」
対する俺は、向かってくる使徒に1歩踏み出し、“無銘”を一閃した。
振るわれた“無銘”は、何の抵抗もなく、バターを切るかのように大剣を両断し、使徒の首を斬り落とした。
他の使徒も動揺をあらわにするが、今度は障壁を展開して隊列を組みながら俺に襲い掛かってきた。
それも、ハジメたちが迎撃する前に俺が前に跳びだし、障壁ごとまとめて使徒を斬り伏せた。
ハジメたちも、使徒の強靭な守りを容易く切り裂く俺の刀に驚きを隠せていない。
だが、エヒトはこの刀の力を理解したようで、高笑いしながら正体を告げた。
「ハハハハハ!よもや、“斬る”という概念を
エヒトの言う通り、俺が組み上げた概念は「斬る」というものだが、それに俺自身を組み込むことでさらに補強したものだ。
「斬る」という概念では、エヒトを殺すのに足りない可能性があった。
だから、そこに俺の在り方を概念に昇華させて組み込むことで、“無銘”をさらに硬く、鋭く研ぎ澄ませた。
結果、たとえ障壁を展開しようが分解を纏おうが関係なしに切り裂く切れ味を手に入れた。
「さっきは詰めを誤った。だから、ここで確実にお前を斬らせてもらう」
俺は切っ先をエヒトに向け、宣戦布告をした。
対するエヒトは、あくまで余裕の表情を崩さない。
「ふん、たしかに、この土壇場で神の力を開花させたようだが・・・果たして、お前にできるかな?エヒトの名において命ずる、“動くな”」
「「「っ!?」」」
エヒトがそう言った直後、ハジメたちの身体が標本のように固定された。まるで、エヒトの命令に為すすべなく捕まってしまったようだ。
だが、
「やってやるさ。
俺は“無銘”を一振りして構えた。
「ふむ、“神言”では足止めにもならぬか。神たる私の命令に従わぬとは、なんとも不遜なことよ」
「何を言ってるんだ?お前の場合、神様の真似事をしているだけだろう?」
俺の挑発に、エヒトは眉をピクリと動かしたが、気にせずに次の攻撃を仕掛けようとしてきた。
その寸前、
「っ、オオオォォアアアアア!!」
裂帛の気合とともに、ハジメが拘束から逃れ、エヒトに向かってドンナーを放った。
だが、ドンナーの弾丸はエヒトの前で停止してしまい、傷はおろか、触れることすらできなかった。
「これはこれは、私の“神言”を自力で解くとは。さすが、イレギュラーといったところか」
エヒトは関心の表情を浮かべ、ハジメも弾丸を防がれたものの、微塵も衰えない戦意を瞳に宿してエヒトのところに近づこうとした。
だが、
「ハジメ。手を出すな」
「ツルギ?」
それを、俺が制止させた。
「これは、俺の戦いだ」
あくまでこれは、俺自身の戦いだと、ハジメに手を引かせる。
これにエヒトは、嘲りを隠そうとせずに笑い飛ばした。
「ふ、ハハハハハハ!!これは滑稽だ!よもや、この私を1人で倒すと言うのか!その身の程を弁えない愚かさも、ここまでくれば笑いものだな。だが、本気で私に勝てると、そう思っているのか?」
「当たり前だろう。それに、これは余裕でもない。そっちの方が都合がいいからだ」
この“斬る”という概念は、俺の斬りたいものだけを斬ることもできるから、同士討ちになるようなことはない。
だが、仲間を斬らないように気を付けるより、仲間を斬る心配をなくした方が思いきりやれる。
それに、エヒトの体はあくまでユエであり、身体能力はそれほど優れていないはずだ。
現に、武器を持つ仕草もなければ、動く気配すらない。
エヒトに接近戦に持ち込める俺からすれば、ハジメたちにはその場から動かないでもらった方がやりやすい。
それになにより、
「今ここで、お前の命に届きうるのは俺だけだ」
今ここにいるメンバーでエヒトと真っ向から対抗できているのは、シュヴェルトの力を開花させた俺しかいない。
ハジメは自力でエヒトの“神言”・・・おそらくは、魂魄魔法による無意識領域への洗脳だろうが、それを解除できたとはいえ、肝心の攻撃は届いていない。
だったら、ここで俺がやるしかない。
「ツルギ!待って!」
後ろから、ティアの悲痛な叫び声が聞こえてきた。
だが、未だにエヒトの神言を解けずにいる。必死に抗っているとはいえ、ティアが拘束から逃れるには、まだ時間がかかるだろう。
「ティア、心配すんな。すぐに終わらせる・・・“禁域解放”!」
俺はティアを一瞥して言い聞かせてから、昇華魔法による疑似限界突破ですべてのステータスを10倍に引き上げ、“無銘”を握って居合抜きの構えをとった。
「“紫電一閃”!」
そして、俺を中心に強力な電磁波を発生させ、レールガンと同じ要領で俺の体を射出した。
俺の体にとてつもない負担をかける、自爆もいいところの特攻だが、その分、俺の攻撃の中では最速だ。
それに、俺に神言は効かないし、障壁で防ごうとしても“斬る”概念によって意味をなさない。
避けることも、防ぐこともできず、反応することすら許さない、神速の一撃。
これなら、確実にエヒトを・・・
「言ったであろう?貴様に私は殺せない、と」
「んな・・・」
届いたと思った俺の一撃は、エヒトの首に届く前に刃の腹を摘ままれて止まっていた。
「私が、魔法しか使えないと思っていたか?これ程度なら、刃に触れずに摘まむことくらい、容易いことだ。そして・・・」
そう言って、エヒトは刃をつまむ指に力を込めた。
まずい、と思ったときには遅く、“無銘”はあっさりと砕かれた。
バキンッ!
「がはっ!」
“無銘”が砕かれたと同時に、俺は吐血して思わず膝をついてしまった。
なんとか距離をとろうとするが、尋常でない胸の痛みに立ち上がることすらままならない。
「自らを概念に組み込むということは、その武器のダメージはすべて使用者のお前に返ってくるということでもある。よっぽど自らを鍛えてきたのだろうが、所詮は鈍らだったな」
「くそっ、ツルギ!」
ハジメもやばいと察し、俺の元に駆け付けようとするが、
「エヒト
「がっ!?」
先ほどと少し違う名前の“神言”によって、ハジメの体は地面に縫い付けられた。それこそ、先ほどよりも強大な力によって。
それでもハジメはすぐに束縛を解こうとするが、遅かった。
「さらばだ、神に成り損なった、愚かな人間よ」
「ダメェエエーーーー!!」
ティアが悲鳴を上げるが、それが届くことはなく、
エヒトの腕が俺の胸を貫き、俺の心臓を握りつぶした。
そこで俺の意識は、永遠の闇に閉ざされた。
2話連続でぶっこみました。
それはもうぶっこみました。
わりと最初の方から構想していた展開が、ようやく形になったって感じです。
この後どうなるかは、次回をお楽しみに。
あと、エヒトの1人称って原作だと「私」だったんですね。
なんか、こう、神様の1人称って「我」ってイメージが強かったので、前話のも直しておきました。