「ご主人様よ!愛しの下僕が帰って来たのじゃ!さぁ、愛でてたもう!」
俺たちが着いて最初に聞いたのは、ティオの変態発言だった。
なので、ハジメもそれに応える。
ドパンッ!
お馴染みの発砲音と共に非殺傷のゴム弾がティオの額に直撃し、ティオは空中で後方三回転を決めてからハジメの前で後頭部を強打させた。
「ツルギ!」
突然の事態に場が静寂に包まれている中、イズモが俺の名前を呼びながら駆け寄ってきた。
イズモは俺の数歩前で軽く飛び上がると、体が光に包まれて子キツネ状態になり、ちょうど俺の腕の中に収まった。
そんなイズモの心情は決まっている。
「大丈夫か、イズモ?」
「ツルギ・・・私はいったい、どうすれば・・・」
やはり、自らの主であるティオの尻を、自らの手で鞭打たなければならなかったことにかなり消耗しているようだ。
予想通り、いや、ちょっと予想以上に消耗しているな、これは。
「大丈夫だ。今後は金輪際、イズモに手を下させるようなことはさせない。ハジメにもキツく言っておく。だから、今は休め。変なことは考えるな」
「ツルギ・・・」
イズモの頭を優しく撫でながら慰めの言葉をかけると、イズモも幾分か救われたのか、あるいはもっと構ってほしいのか、いつもよりも強めに顔を俺の胸に押し付ける。
ティアと雫も、横からイズモをよしよしして、少しでもイズモを慰めようとする。
その甲斐あって、少しずつだがイズモも落ち着いてきた。
「なるほど。本当にその者たちを信頼しているんだな。そのようにして甘える姿は、俺も久しく見ていない」
すると、イズモが走ってきた方向から声をかけられた。
イズモのメンタルを回復することに意識を割いていた俺は、ようやく1人の妖狐族の男性が近づいてきたことに気付いた。
俺の前に来た人物は、立派なキツネ耳と5本の尻尾を持っており、髪の色はイズモと似た黄金色で、無精ひげを生やしているが顔だちもイズモと似ている。
まさかと思ったが、答えはイズモからもたらされた。
「ち、父上!すみません!」
まるで恥ずかしい秘密を知られたような子供のように、イズモは慌てて俺の腕の中から脱出して人の姿に戻った。
いや、心情としてはそのまま当たりだろう。イズモの顔が赤い。
対するイズモの父親は、愉快そうに笑いながら話しかけてきた。
「はっはっは!なに、謝らなくてもいい。お前だって、誰かに甘えたくなることくらいあるだろう。むしろ、そのような相手を見つけてくれて、俺としてもうれしい限りだ」
「そ、それは・・・」
さっきからイズモの表情が、親に恥ずかしいところを見られて恥ずかしいやら、俺のことを認めてくれていてうれしいやらで複雑な感じになっている。
俺としても、こういう嬉し恥ずかしなイズモは見た記憶がない。
ふぅむ、こういうイズモも悪くないなぁ。
「おっと、自己紹介がまだだったな。初めまして、峯坂ツルギ君。俺はグレン・クレハ。イズモの父であり、アドゥル様の付き人兼、諜報部隊の隊長をしている」
「ご丁寧にありがとうございます、グレンさん」
「おっと、そう堅苦しくしなくてもいい。俺自身はそれほどえらいわけでもないし、娘の伴侶となるなら義理の父親にもなるわけだからな。そうかしこまることもないだろう?」
「いえ、だからこそ、最低限の礼儀は弁えさせていただきます」
「あぁ、だから、もっと軽くてもかまわん。むしろ、そうもかしこまった言葉遣いをされるとむず痒くて仕方ない」
「はぁ・・・そういうことなら」
どうやら、グレンさんは思った以上にフランクな人らしい。たぶん、普段はそういう硬い敬語を使う立場の方だから、自分に使われるのは慣れないのだろうか。
というか・・・
「堂々と二股をかけているから申し訳ない、か?」
「っ、バレていましたか」
どうやら、俺の考えていたことはバレバレだったらしい。あるいは、すでにイズモから聞いているのか。
ついでに言えば、あと2人ほど追加される可能性もあるわけだが・・・それについては今は何も言うまい。
「なに、そう身構えなくてもいい。別に、そのことで君を責めることはない。たしかに、父親としては娘を1番に見てほしいとは思うが、イズモがこうして幸せそうに、誰かに甘えることができる相手なのであれば、それは些細なことだ。むしろ、人間族の貴族や王族も側室や愛人を持つことがあるからな。今さらだ」
「自分は、そのような身分ではありませんが」
「それこそ今さらだろう。君ほどの男なら、複数の女性を養うことくらい容易いだろう?」
「・・・ずいぶんと、自分のことを買ってくれているんですね」
なんか、こうも無条件に受け入れられると、むしろ不信感を覚えてしまう。
そう思っていたのだが、俺の考えは少し違ったようだ。
「あぁ、それもないわけではないが、俺が信頼しているのはイズモの方だ」
「イズモを、ですか?」
「あぁ、9本の尻尾を持っているイズモは、生まれた時からティオ様の付き人になることが決まっていた。だから、物心がついた時から俺が厳しく指導した。ティオ様の付き人として相応しいように、な」
なるほど。自身がイズモを竜人族の姫の付き人としてふさわしくなるように厳しく指導し、それを乗り越えたイズモだからこそ、全幅の信頼を置いているというわけか。
そう思っていたら、今度はため息を吐き始めた。
「だがなぁ、無事にティオ様の付き人として、ティオ様と共に行動するようになったのはよかったんだが、どこで指導を間違えたのか、変にプライドが高くなってしまってなぁ」
「へぇ?」
「ち、父上、話はそれくらいに・・・」
「我が娘ながら、このように美しく育ったから、他の妖狐族はもちろん、同年代の竜人族からも告白を受けることがあったのだが、そのすべてを『自分がティオ様から離れるわけにはいかない』って断って、時には実力行使で追い返すこともあったんだ」
「そうだったんですか」
「父上!その話は・・・わぷっ!?」
「ごめんね、イズモ」
「私たちも聞かせてもらっていいかしら?」
途中からイズモが割って入ろうとしていたが、ティアにホールドされて身動きが取れなくなってしまった。
イズモはなんとか脱出しようとしているが、単純な膂力はティアの方が数段上だ。しかも全体的に包みこむにして胸元に引き寄せているから、“変化”で脱出するのも難しい。
グレンさんも、そんなイズモを見てみぬふりをしながら話を続けた。
「ティオ様も、『自分より強い者を伴侶にする』と公言なされていたこともあって、イズモもティオ様と並んで同年代の男からは高嶺の花だったんだが、当の本人は力を持て余し気味で少しイライラしててなぁ。同年代で互角なのはティオ様だけだが、まさか自分の主相手に本気でぶつかるわけにもいかないし、だからと言って他に同等の実力を持っていた者はいなかったし」
「へぇ、意外ですね。イズモがイライラしていたなんて」
「本人は隠していたがな。まぁ、普段から仏頂面になっていたし、ティオ様から離れているときもそっけなかったから俺や家内にはすぐにばれたが」
へぇ~、あのしっかり者のイズモがねぇ~。
まさか、子供時代にちょっと中二病をこじらせていたとは。とてもじゃないけど、想像できない。
そんな恥ずかしい昔話をされている最中、イズモは耳を真っ赤にしながら手で押さえて、自分からティアの胸元に顔をぐりぐりしていた。
「一応、時間が経つごとに多少は丸くなっていったんだが、それでも嫁の貰い手がいないんじゃないかって心配していたんだ。『ティオ様のお傍にいることが第一』を地でいってたから、恋人なんて半分諦めていたんだよ。それなのに、いきなり帰ってきたと思ったらティオ様を鞭で叩いているし、ティオ様も満更でもなさそうだったし、どういうことだと思ったらこの世界の危機だと説明され、挙句に恋人ができたと打ち明けられたからな。いやぁ、俺も長いこと生きてきたが、あそこまで驚いたことはなかった」
「あぁ・・・」
・・・そういえば、まだ言うべきことがあったな。
言うべき相手が違うとはいえ、言わないわけにはいかないだろう。
「なんというか・・・俺の親友がすみません・・・」
「ん?あぁ、ティオ様のことか・・・」
俺の謝罪に、グレンさんが一瞬首を傾げるが、すぐに思い至ったようで複雑な表情になった。
「直接的な原因はあのバカですが、止めることができなかった自分も同罪ですから・・・」
「あ~、うん、たしかに俺らも驚いたが・・・まぁ、ツルギがそこまで気負う必要はないと思うぞ?少なくとも、アドゥル様・・・ティオ様の御祖父は、ティオ様の変化を受け入れておられたからな」
「え?そうなんですか?」
「『ティオが幸せそうにしているなら、性癖は些細なことだ』と、そうおっしゃられてな・・・」
マジかよ。懐が深すぎだろ。
俺だったら、セルフ整形するくらいの勢いで殴り倒す自信がある。
これが、王族として最も模範的であり、気品高い竜人族なのか・・・。
「俺も、イズモが幸せなら相手との関係は些細なことだと言った手前、強く言うこともできなくてな・・・さすがに、全員が納得したわけではないが」
「それは、そうでしょうね」
ちらりと横を見れば、藍色の竜人がハジメに突っかかっていた。
まぁ、あれが普通の反応だよな。
ティオの変態化を受け入れているアドゥルさんが、いっそ異常ってだけで。
「まぁ、自分も似たようなものですが」
「それもそうだな」
俺の言葉に苦笑するグレンさんの後ろには、何人か俺に敵意の眼差しを向けてくる連中が。
一応、ここにいるのはまだ一部で、後からゲートを通ってさらに増援が来るらしいんだが、後から来る連中も似たような感じなんだろうか。
だが、不意にグレンさんが真顔になった。
「さて、世間話はこれくらいにするとして・・・1つ聞いておきたい。お前らは本当に、神エヒトを相手に勝つつもりなんだな?俺は、隊長として部下を率いる立場にある。俺の大切な部下を、勝ち目のない戦いに参加させるつもりはない。本当に、勝てるんだろうな?」
この問いかけは、当然と言えば当然だろう。
なにせ、エヒトはもちろん、使徒もフリードも中村たちも誰もかれもが強大であり、一瞬たりとも油断できない相手だ。
あれこれ手を打っているとはいえ、一歩間違えればあっさり死ぬ可能性だってある。
誰だって、一切の気のゆるみを許されない。俺たちが戦おうとしているのは、そういう相手だ。
だが、俺は強く返した。
「当然です。そもそも、相手は悦に浸ることしか能のない神モドキでしかない。それなりに苦労はするでしょうが、勝つ程度のことは問題ありません」
俺がそう断言すると、グレンさんは一瞬きょとんとし、次の瞬間に腹を抱えて笑い始めた。
「くくっ、はっはっはっはっは!!そうかそうか、たかが神モドキか!まさか、そのような返しをされるとは思っていなかったな!それに、そう言われては俺たちも無様な姿は晒せないな!」
ひとしきり笑い終えたグレンさんは、一息ついてから再び俺に向き直った。
「親バカと言われても構わんが、俺はイズモが信じているお前を信じている。だからこそ、俺の娘を裏切るような真似はしないでくれよ。もしそのようなことがあったら、俺が息の根を止めにいってやる」
「えぇ、わかっています」
「いい返事だ。それなら、せっかくだしイズモの昔話を・・・」
「グレン。そちらの話は済んだか?」
グレンさんがさらなるイズモの昔話をしようとしたところで、後ろからアドゥルさんが声をかけてきた。
「これから、アールスハイドの姫様やヘルシャーの皇帝陛下らを交えて作戦を聞く。お前も隊長として同席せよ」
「はっ、承知しました。そういうわけだ。悪いが、この話はまた後でな」
「構いません。戦いまでは丸1日残っていますし、戦いが終わればいくらでもできます」
「くくっ、そうだな。その時は、妻も交えて話をしよう」
そう言って、グレンさんはアドゥルさんの後ろについて行って会議室へと向かっていった。
さて、
「イズモ~、そろそろ落ち着いたか~?」
「・・・頼むから、あまり恥ずかしいことは聞かないでくれ・・・」
よし、話せる程度には大丈夫だな。
とはいえ、イズモの懇願は了承しかねる。
「悪いが、俺ももっとイズモのことを知りたいし、あの調子なら俺が黙っててもいろいろと話してくれるだろうな」
「うぅ・・・」
恥ずかしそうにうめくイズモの頬をムニムニしていると、今度はハジメたちが近づいてきた。
「おい、なんでそっちはそんな平和に話し合いを終えているんだよ」
「お前とティオがアブノーマルすぎるからだろう」
片やドSの魔王サマで、片やドMのお姫サマだからな。そりゃあ、周囲の注目を浴びるだろう。
「ったく、こっちは俺が敬語を使っただけで香織に回復魔法をかけられたり、シアにヴィレドリュッケンで殴られそうになったり、世界の終わりだとか言われたり、ティオにすらドン引きされたってのに」
「そういうのは、今までの行動を振り返ってから言おうな?」
極めて正しい反応だと思うが?
ついでにいえば、ヴィレドリュッケンは破壊されたドリュッケンに代わるシアの新しい戦槌だ。ドリュッケンからさらに改良と改造を施している。
「まっ、そういうわけだから、こっちは楽しく昔話に興じさせてもらうさ」
「ちっ、納得いかねぇ・・・」
そこ、聞こえてるぞ。
イズモの父親はフランクかつちょっと親バカな感じに仕上げてみました。
誰もかれもお堅い敬語なのは、ちょっと息が詰まりますからね。
そして、イズモの中二病時代もいつかは書きたい。
力を持て余してイライラしていたせいでツンツンしていたイズモをぜひ書きたい。