「・・・貴様は危険だ。ここで確実に排除する」
ヌルの纏う雰囲気が、一気に変わった。
先ほどまでの俺を格下として見下すような気配がなくなり、完全に俺を敵と認識したようだ。
だが、俺はこの時点であることに気付いていた。
(外部からの魔力供給はなし・・・やっぱり、こいつは特別製のようだな)
“魔眼”で見た限りは、通常の使徒にあったエヒトからの魔力供給がヌルには存在しない。
おそらく、100万近いステータスの魔力を供給し続けるのは、エヒトと言えども難しいのだろう。他にも無尽蔵の使徒がいるのであればなおさらだ。
とはいえ、さすがに強化が何もないとは思っていないが。
「“神位解放”」
ヌルの言葉とともに、魔力がさらに膨れ上がり、背中に銀の魔法陣に似た幾何模様が現れた。
おそらく、さっきまでが使徒としてのヌルであり、今の状態が神性を解き放った状態なのだろう。
先ほどまで、どれだけ俺たちを下に見ていたかがよくわかる。
正直、見下してくれていた方がやりやすかったが、最初に仕留めきれなかった以上、こうなってしまったのは仕方ない。
「さて、俺もどれだけやれるか・・・“禁域解放”、“存在固定”」
昇華魔法でステータスを10倍近く底上げし、この魔力体が崩壊しないように俺と言う構成要素を情報と見立てて今の状態を維持するように固定した。
先ほどよりも濃密な銀の魔力を纏うヌルと、俺も赤い魔力をほとばしらせて対峙する。
「裁きを」
先に仕掛けてきたのはヌルの方だった。
ヌルが口を開いたと思った次の瞬間には、ヌルの姿が消えていた。
「ッ!!」
それを認識するよりも早く、体を捻って体勢を低くした。
その直後、さっきまで俺の首があったところを大剣が通り過ぎた。
今の体なら首を斬り落とされても即死することはないが、どうしてもわずかな隙ができてしまう。
そして、こいつの前でそんな隙を晒そうものなら、瞬く間に俺の魂魄が魔力体ごと消滅されかねない。
どうにかして攻勢に回りたいが、このステータス差だ。一瞬でも油断すれば即座に切り捨てられる。
だから、今はただ防戦に回るしかない。
一瞬たりとも止まっていられない。
首への一撃を躱したら、今度は体を捻ってその場から離れる。
空振りしたわずかな隙で体勢を立て直し、胴を狙った斬撃を“無銘”で受け止め、受けきらずにいなす。
時には自分から隙を晒して、それにかかったヌルの攻撃を紙一重で躱して弾き飛ばす。
2手3手先を読むだけでは足りない。5手先でも10手先でも読み切り、致命傷を躱す。
身体能力は圧倒的に不利、剣術はいいとこ互角、駆け引きは俺の方が上。
この針の上にあふれる寸前のコップを乗せるようなバランスを、延々と繰り返す。
1秒が1時間にも永遠にも感じられる極限状態を一瞬たりとも切らさず、永遠の1秒をつなぎ続ける。
だが、
「ぐっ」
胴を薙ぐ一撃を受け、僅かに力を読み違えて俺の方が弾き飛ばされてしまった。
「終わりだ」
当然、ヌルがそれを見逃すはずがなく、俺の首を切り落とさんと大剣が迫り、
「舐めんなっ」
首を斬り落とされる直前、俺を殺すためにわずかに力んだ隙をついてなんとか柄で大剣を受け止め、体を回転させて威力を分散、そのまま回転運動を利用して地面を蹴って距離をとった。
「ふぅ・・・くそっ、少しミスっただけでこれか」
なんとか機転を利かせてしのいだが、あそこでコンマ1秒にも満たない隙がなければ、俺の首が斬り落とされていた。
それに加え、こっちはただでさえついて行くのに精いっぱいだというのに、向こうは余裕綽々なのだから、いい加減嫌気がさしてくる。
なんとかして隙を作りたいところだが・・・
「・・・次は殺す」
「ちっ」
ヌルもステータスのアドバンテージを理解しているはずだから、おそらくはさっきのようにしくじったところを狙ってくるはずだ。
そして、次こそはさっきのような勝ちを焦った隙も晒さないだろう。
できるだけ早くティアとイズモの支援が欲しいところだが、今どれだけ時間が経っているかの感覚がすでに麻痺しているし、向こうがどうなっているか確認する余裕もない。
だが、幸いさっきの打ち合いでヌルの呼吸は大方つかめた。
「ふぅ~・・・・・・」
瞑目して深く息を吐き、再び集中する。
そして、ヌルの気配を肌で感じ取り・・・背後から振り下ろされた大剣を、振り向かずに“無銘”で受け流した。
さらに、受け流した刃をそのまま振りぬき、ヌルの右腕を切り裂いた。
血が少し滲む程度のかすり傷だが、たしかに俺の攻撃がヌルに届いた。
「・・・」
ヌルはわずかも表情を変えず、今度は横薙ぎに大剣を振るう。
これに俺は刃で受け止めつつ体勢を低くし、コマのように体を回転させてヌルのわき腹を切り裂いた。
先ほどよりも深く刃が入り、血もより多く流れた。
「・・・・・・」
それでもヌルは決して止まらず、より苛烈に攻めてくる。
俺も受け流しながら何回も攻撃を加えるが、ヌルの速度はまったく落ちない。
なぜなのか。理由はわかっている。
俺が斬ったところが、数秒と経たずに塞がってしまっているのだ。
(まぁ、やっぱこうなるか)
おそらくは再生魔法で斬られたそばから治しているんだろうが、切り傷程度とはいえ時間稼ぎにもなりやしない。
致命傷を与えるためには、もっと深く斬りこむ必要があるが、そうすると攻撃の後の離脱が間に合わない可能性が高くなる。
とはいえ、俺の攻撃が届き始めている事実に変わりはない。
ここからあともう一押しできれば・・・
「はぁあああ!!」
ズガァァアアンッ!!!!
ヌルの振り下ろしを受け止めた瞬間、背後からティアの回し蹴りがヌルのわき腹に刺さり、横っ飛びに吹き飛ばされ、盛大に砂煙を巻き上げながら彼方の岩壁に激突してクレーターを生み出した。
「ツルギっ、大丈夫!?」
「安心しろ、かすり傷1つない。まぁ、仕留められる気配が微塵もなかったことにちょいと傷ついたが」
ヌルを盛大に吹き飛ばした直後とは思えない態度だが、心配してくれるのはありがたいっちゃありがたい。
「ていうか、そっちこそ大丈夫なのか?相当な数の使徒がいたはずだが・・・」
「あぁ、それについては問題ない」
ティアの後ろから、少し遅れてイズモもやってきた。
「ティアが片っ端から使徒を喰らい続けて際限なく上がっていく火力とステータスに、途中から使徒も狙いを私たちから砦の方に狙いを変えた。その分、あちらも過酷なことになるだろうが・・・」
「それに関しては、向こうに任せるしかないな・・・こっちはこっちでそれどころじゃないし」
そう言った俺の視線の先では、ヌルが何事もなかったかのように起き上がり、俺たちの前に転移してきた。
「ティアの不意打ちは決まったはずだが・・・」
「ティアに蹴られたとき、あいつは自分から吹き飛んだ。それで衝撃を逃がしたんだ。おそらく、俺に斬られるよりもマシだと考えたんだろう」
俺の“無銘”は魂魄も貫通して攻撃することができる。
当然、かすり傷ではほとんど効果はないが、せめて両断できるくらい斬りこめればダメージも見込めるだろう。
逆に言えば、おそらくヌル相手では外傷での致命傷はあまり効果が見込めない。
特に打撃では今みたいに衝撃を逃がされてしまうからなおさらだ。
だから、やはりどうにかして“無銘”で斬るしかない。
いや・・・どのみちこの魔力差だと決定打になるかは微妙なところか。
それでも、やらないよりはマシだが。
「それで、戦ってみてどうだった?」
「そうだな。ステータスは圧倒的に不利、剣術は良くて互角、駆け引きでなんとかってところか。それと、あいつの剣が纏っている光、あれは俺の『斬る』概念に限りなく近い。分解と違って、武器は当然だが魔力でも防ぐのも難しそうだ」
「つまり、ツルギの“無銘”でしか受け止めることができないってこと?」
「そういうこと」
俺の言葉に2人とも、特にティアが厳しい表情になる。
刃に触れていけないというのは、接近戦がメインのティアには特に厳しい条件だ。
もちろん、やりようがないわけではない。
あくまで刃に注意すればいいのだから、極論刃に触れないように立ち回れば対処できないこともないが、ティアにそれを要求するのは酷というものだろう。
「幸い、俺の“無銘”も直撃さえすれば決定打になりうる。できるだけ俺の方でも上手く立ち回るから、ティアは近距離、イズモは遠距離で援護してくれ」
「わかったわ」
「了解したが・・・効くのか?」
「ないよりはマシだ。さすがにヌルでも、イズモの魔法で無傷ってわけにもいかないだろう。迎撃するなり負傷するなりで動きが鈍れば御の字ってところか。それに、元より通用する手札は限られてるしな・・・ぶっちゃけ、アルヴやエヒトみたいに油断と慢心でまみれててくれれば楽だったんだが、そこは使徒として調整されたってことか」
使徒とは、基本的にエヒトの命令を遵守する人形であり、駒だ。
そこを履き違えない程度には、エヒトもこじらせていないということか。
単純に、外面だけでも俺がエヒトの人形として動いていることに愉悦を感じているだけという見方もできるが。
「だが、手も足も出ないというほどではない。今のところは3:7くらいで向こうが有利だが、ここから5分5分にもっていく。ここからは使えるものは全部使うぞ」
「ええ!!」
「ああ!」
気合を入れる2人に笑みを浮かべつつも、意識は微塵もヌルから離さない。
まだ見える距離にはいないが、この距離でもヌルの射程範囲に違いない。
轟ッ!!
そう思っていた矢先、ヌルが吹き飛んだ方向から銀の閃光が巨大なレーザーとなって襲い掛かってきた。
「ちぃっ!」
できれば避けたいところだが、そうすると俺たちの後ろにある砦や戦場に甚大な被害がでかねない。
「下がってろ!」
咄嗟に叫び、左手の無銘を手放して空間に固定して右手に持っている無銘で居合抜きの構えをとる。
「はあッ!!」
2人の気配がなくなったことを確認してから、無銘にありったけの魔力を込め、刀身を握って力を溜めてから振りぬく。
溜めた分の力を上乗せした居合抜きは、“斬る”概念を含んだ魔力の放出も合わさって、一撃でバカげた分解砲撃を相殺した。
だが、これだけで大人しくなるほどヌルは甘くないはず。
おそらく、今の攻撃は俺とティア、イズモを分断するためのものだ。
だとすれば狙いは、俺よりも仕留めやすい2人のほうだ。
「気を付け・・・!」
忠告しようとしたが、一足遅く、
「はっ!」
ギギンッ!!
俺の予想通り、イズモの方を狙って斬りかかってきたヌルは、ヌルに勝るとも劣らない速度で割り込んできたティアによってはじかれた。
さっきの俺の忠告通り、刃に触れないように柄や鍔を狙った拳によって。
「なに?」
かろうじて見えた唇の動きと表情で、ヌルも困惑しているのがわかる。
ヌルとほぼ互角の膂力と速度で迎撃されたことではなく、ティアの体から微かに滲み出る
たしかに、使徒を魔力ごと喰らえば使徒の魔力も一時的に取り込むのだろうが、それでも意識せずとも魔力が立ち昇るとなると、いったいどれほどの使徒を喰らったのか。
俺も、ここまでティアの身体能力が上がっているのは予想外だったが、むしろ都合がいい。
これで、単純な力ではヌルとようやく互角になった。
「やあ!!」
「くッ」
ヌルの攻撃を弾き飛ばしたティアは、そこから脛当てに付与した“空力”で器用に体を回転させて、ヌルに踵落としをくらわす。
ヌルは辛うじて両腕を交差させて防ぐが、姿勢が不十分だったからか地面に叩き落される。
その瞬間を逃がさず、俺も即座に落下地点に向かい、首を斬り落とすように無銘を振り上げる。
それでもヌルはこれに反応、右手の大剣を引き戻してこれを防ぐ。
だが、俺も今の一撃が届くとはいない。
ヌルを防御にまわさせただけで十分だ。
「はああぁぁああ!!!」
再び“空力”を使用したティアが、今度は拳を突き出して隕石のように襲い掛かる。
数mのクレーターを作り出す一撃を、それでもヌルは辛うじて飛びずさることで避け、その逃げ足を読んだ俺がヌルの動きに合わせて移動、剣戟を再開する。
だが、最初と比べてわずかにだが、明らかにヌルの動きが鈍っている。
「これはッ・・・!」
その答えは、ヌルの体にまとわりついている紫の燐光だ。
「“紫燐夜桜”」
イズモの舞に合わせて吹き上がる、桜の花びらにも似た紫の炎は、魂魄魔法によって選別した相手にまとわりつくことでステータスを落とすだけでなく、逆にステータスを上げることもできる、攻守を兼ね備えた火・魂魄・昇華複合魔法だ。
さらに、燐光がまとわりつけばまとわりつくほど効果も上乗せされるため、特に持久戦において効果を発揮する。
とはいえ、元がバカげたステータスを持っていることに加えて効果そのものは劇的に変わるわけではないこともあって、俺のステータスが強化されて相手の動きが鈍ったといっても焼け石に水程度だ。
だが、そこにティアが加われば話は違ってくる。
使徒を喰らい続けたことで一時的にヌルに迫るステータスを手に入れたティアがヌルを守勢に回らせ、そこに俺が攻勢に回ることでさらに圧をかける。
俺に足りないステータスはティアが、ティアに足りない武は俺がそれぞれ補い、外部からイズモが支援に徹する。
ここまでできて、
ここから、さらに天秤を傾ける。
「“堕神結界”」
「っ!これはっ」
俺たちを中心として五芒星の頂点に苦無を生成し、足元に魔法陣を形成。さらにヌルのステータスを落とす。
ここでようやく、形成が逆転した。
「さすがに苦労したが・・・ここいらで幕引きといこうか、この木偶人形が!」
え~、更新が遅くなってしまって申し訳ありません。
なかなかモチベーションが上がらなくて、ゲームやったりYouTube見たりラノベ読んだりなろう作品を読んだりしてだらだらしてたら1ヵ月ほど経ってました。
というか、更新が遅くなったことより有言不実行になってしまったことの方が申し訳なくて・・・。
できるだけモチベーションの向上に努めます。