鈴が恵里を追っていった後、雫と龍太郎もまた光輝と屍獣兵を相手取っていた。
より厳密には、龍太郎が光輝を、雫がほぼすべての屍獣兵を。光輝に集中する龍太郎を守るように、邪魔をする、あるいは隙を突こうとする屍獣兵を雫が対処する。
当然、普通なら物量と個々のステータスに押し負けるだろうが、そうならないための布石はハジメによって用意されていた。
1つは、雫の周囲を飛び交う20本の黒刀、“
そしてもう1つが、“チートメイト”。これはカルシウムなど人体に害がない金属に変成魔法と昇華魔法を付与し、それを粉末状にして固形型食料に混ぜ込んだものだ。
これを食べることで一時的に肉体を変成魔法に適したものにし、“限界突破”に近い強化を施すことで多大な負荷にも耐えることができる。さらに、一度服用すれば半日ほど効果が持続し、効果が切れた後の副作用もないというハジメの会心作で、神域突入組は全員服用している。
雫の刀の20本同時操作や龍太郎の“天魔転変”の行使を容易にしているのも、このチートメイトがあってこそだ。
そのおかげで、60体いた屍獣兵はすべて雫によって倒された。
だが、光輝には未だに決定打を与えられていない。
その理由は、光輝の周囲に飛びまわっている光でできた竜だ。
“神威・千変万化”。常時発動状態にした神威を変幻自在に操る魔法で、神域にいることによって魔力の供給を受けていることも相まって龍太郎にここぞという一撃を与えさせない。
現在、龍太郎はスピードに優れたワーウルフ状態となって光輝に攻め込んでいるが、防御力に欠けたこの形態では光輝の火力を前にその攻撃を受け止めることはできず、“神威”の全方位爆発を受けてダメージを負いながらも距離をとった。
「龍太郎!無事!?」
「応っ、ちぃとばっかし効いたけどなぁ。これくらいどうってことねぇ」
雫は屍獣兵を数体切り裂いてから龍太郎に駆け寄り、ハジメ特製の回復液を龍太郎の体にぶっかけた。
即座に負傷を回復させつつ、龍太郎は険しい目で光輝の方を見る。
「それより、あの神威はやっぱり厄介だぜ。変幻自在すぎだろう。ここぞって時に攻めきれねぇ」
「なら、今度は二人掛りで行きましょう。龍太郎が光輝を押さえてくれていたおかげで、屍獣兵なら大方片付けたから。それに、ツルギから教えてもらったのは私たちも同じでしょう」
「それもそうだな。それに、鈴だって気張ってるだろうからな。2人でやって勝てませんでした、なんて言えねぇぜ」
「まったくね。さっさと、あのバカをぶちのめすわよ!」
「応っ!」
仕切り直しだと言わんばかりに気合を入れなおした二人は、光輝が神威の光竜を形成してブレスを放ってきたのを確認し、一気に散開する。
それを見た光輝は、一度頭を振ってから決然とした表情でさらに魔力を噴き上げた。
「そろそろ恵里が心配だ。二人には色々と驚かされたけど、手札はもう尽きただろう?終わりにさせてもらうよ」
ツルギの技は自分には効かないと信じて疑っていないのか、光輝はさらに小光竜、神威版天翔剣、神威版天落流雨を同時発動して戦場を蹂躙しにかかった。
たしかに威力だけで見れば今までで一番と言えるが、あくまで威力に任せた砲撃であるからかなり大雑把だ。
それを待っていたと言わんばかりに、龍太郎は笑みを浮かべながら対光輝の切り札を切った。
「来たれ、天衝の大樹っ、“天魔転変”!」
龍太郎が魔法を唱えると、ワーウルフの体毛が抜け落ち、代わりに体の至るところが節くれ立ち、肌は黒褐色へ、髪は深緑色へと変わった。その中で眼だけが赤黒い光を炯々と放っている。
直後、龍太郎は避けずにそのまま突進し、光と爆風に飲まれた。
「龍太郎、しばらく眠っていてくれ」
防御する素振りすら見せなかった龍太郎に今の攻撃を耐えられるはずがないと、龍太郎を倒したと確信した光輝はそう呟いた。
だが、
「ざけんな。てめぇを叩き起こすまで寝てられるかよ!」
「なっ!?」
光輝の予想を裏切り、光の中から龍太郎が無傷のまま飛び出してきて、そのまま光輝に突貫する。
完全に意表を突かれた光輝は回避はもちろん、防御すらも間に合わず、龍太郎の正拳突きをまともに喰らってしまう。
「ごはっ!?」
龍太郎の拳が光輝の腹部に突き刺さると、今までとは比較にならないほどの衝撃が光輝を襲い、鎧や衝撃緩和を貫通して光輝を吐血させた。
龍太郎が使用した魔石は、奈落の90層クラスに出現する植物系のトレントのような魔物だ。この魔物は光の吸収と吸収した光のエネルギー変換の2つの特性を持っており、全属性の適性を持つ中で光魔法に特に適性が高く、また光魔法を多用する光輝に限りなく刺さる。
このエネルギー変換は魔力や体力はもちろん、膂力にも変換することができ、龍太郎は吸収した神威のエネルギーを膂力に変換して一点集中で叩きつける。
「よぉ、少しは眼ぇ覚めたかよ、親友」
「ぐっ、りゅうた・・・」
「おまけだ。いつまでも寝ぼけてんじゃねぇぞ!」
「ッ・・・ぐぁ!?」
衝撃で咄嗟に動けない光輝に、龍太郎は今度は顔面に拳を見舞う。
ゴバッ!と顔から鳴ってはいけないような音が響き、鼻血をまき散らしながらさらに吹き飛んでいく。
それでも、エヒトによって強化された体はなんとか意識を繋ぎ留め、光竜を駆使してなんとか体勢を立て直そうとする。
だが、そこで“気配感知”で吹き飛ばされた方角にいた雫の気配を戦慄と共に感じ取る。
雫は抜刀の体勢で構えており、鞘がギチギチと軋み、鯉口から濃紺色が溢れるほどの魔力を凝縮している。
「し、ずくっ」
「甘んじて受けなさい、この一撃」
光輝は必死に制動をかけ、それでもどうにか聖剣を正面に構えて雫の攻撃を防ごうとする。
だが、
「“魄崩・胡蝶の夢”」
雫が小さく呟くと、光輝の視界から雫の姿が消え、気づいた時には光輝の背後で黒鉄を鞘に納めて立っていた。
鈴がツルギによるハードトレーニングを受けている頃、雫と龍太郎も別の場所でツルギから指導を受けていた。
ただ、鈴と違って武術は習っているため、2人は鍛錬ではなく新技の習得を行った。
「さて、黒鉄もまた改造されたことだし、それに合った技を教えよう。ただ、これはあくまで俺が生み出した、っていうよりは思いつきで出来た技だから、雫の技として落とし込むには少し苦労するかもしれない。俺の技なんて、基本的に邪道だし」
「この際、邪道だなんて気にしないわよ。それを言ったら、南雲君が追加してくれた追加オプションもズルになるわよ」
「“魄崩”だったな。よくもまぁ、神代魔法ありきとはいえ剣術の極致に足を踏み入れた機能を追加できたもんだ」
“魄崩”とは、新たに作られた黒鉄に追加された機能、というよりは技に近いもので、魂魄魔法の『生物の持つ非物質に干渉できる』という点を追求したものだ。“魄崩”を使えば、相手の肉体には一切影響を与えずに、体力や魔力、精神などを斬ることができる。
とはいえ、便利かと言われれば必ずしもそうではなく、斬るものを明確にイメージしなければならず、さらにそれだけを斬るという強い意志も必要になる。この2つができなければ、十分に効果を発揮することができない。
故に、“魄崩”を完璧に扱えるのは今のところ雫とツルギの2人しかおらず、他の者では“斬りたいものだけを斬る”という芸当はできない。
「とはいえ、逆に言えば刀の間合いに入らなければ効果は発揮できない。そして、ステータスや身体能力だけを見たら、光輝は雫に敵う相手じゃない。エヒトに改造されたんならなおさらな」
光輝が恵里と同じようにエヒトによる改造を受けているだろうという推測は、ツルギから神域突入組に説明されている。ハジメからもたらされたアーティファクトだけでも十分と言えば十分だろうが、念には念を入れるという意味合いも込めてツルギによる指導を行っている。
「だから、今から教えるのは、自分の攻撃を相手に必ず当てる
「必ず攻撃を当てる、ための・・・?」
「厳密に言えば、技というよりは歩法だ。相手に気付かれず、真正面から近付く、な」
「えっ?」
ツルギがそう言った直後、雫はいつの間にかツルギの姿を見失い、ツンッと背後から頬を指で突かれた。
「とまぁ、こんな感じだ。にしても、けっこう柔らかいのな。意外と新鮮な感じだ」
「え、えっ!?」
そのまま頬をムニムニと弄ばれ、完全に混乱した雫は咄嗟にその場から飛びずさった。
「い、今のが?」
「そう。“抜き足”って言うんだが、言葉だけなら知ってるだろ?」
「それって、あれよね。抜き足差し足忍び足、の」
「あぁ。概ね間違いない。ただ、意味合いは少し違う。この“抜き足”は、簡単に言えば相手の無意識に滑り込む歩法だ。いや、厳密に言えば、認識の狭間、って言った方がいいのか」
「認識の狭間・・・?」
少し難しい言葉に、雫は首を傾げる。
認識の狭間というのは、簡単に言えば必要のない情報を捨て去る意識の領域だ。人間の脳というのは、目に映るものすべてを認識して処理しているわけではない。脳がオーバーヒートを起こさないように、必要のない情報を認識の狭間に放り込むことで情報量を減らしている。
要するにこの“抜き足”は、その認識の狭間に滑り込むことで『相手が見えているのに見えていることがわからない』という状況を作り出すのだ。
「これはあくまで俺の予想だが、遠藤のあの隠密は似たような原理なんだと思う。単純に影が薄いっていうより、遠藤の存在が必要のない情報として処理されるんだろうな・・・いやまぁ、それはそれで悲しいというか、コンピューターとか戸籍なんかのデータとかにも反映されてるのはいっそオカルトの領域というか、こんな言い方をするのはあれだが、世界が遠藤のことを必要ないって認識している、っていう考え方もできなくはないというか・・・」
「それは、まぁ、そうね・・・」
ツルギの微妙な表情での説明に、雫もまた微妙な表情になる。
少なくとも、このことは遠藤に言わない方がいいだろう。下手をすれば、遠藤が自身の存在の定義に疑問を持ちかねなくなる。
単純に人間が気づきにくいだけなら、無意識で“抜き足”を使っていると説明がつくだろう。だが、自動ドアにも3回に2回は反応されず、名簿上ですら存在を忘れてしまうとなると、もはやツルギでも真相はわからない。
微妙な空気になったことに気付いたツルギは、咳払いをして気を取り直した。
「ゴホンッ。とりあえず、このことは置いておくとしてだ。この技術は覚えておいた方がいいだろう」
「でも、それなら“無拍子”でも動きは撹乱できるわよね?」
「それはそうだが、“抜き足”だからこそのメリットがある」
“無拍子”というのは、動きにほぼ0と100の緩急を作ることで動きを惑わす技能だが、言ってしまえばこの動きに対応できてしまう身体能力を持っている相手には通用しない。
それに対し、“抜き足”は『見えているのに見えていることをわからなくする』技術であるため、この技術を磨けば“気配感知”にも引っかからなくなる。さらに、この認識の狭間は集中すればするほど深くなってしまうため、見失ったことに対して警戒心を強めれば強めるほどより刺さる。
もちろん、この技術にも対処法がないわけではない。この認識の狭間に意識を向けることができる人物には通用しない。
だが、命がかかった戦闘の中でそれができるほど自身の意識や身体をコントロール下における人物はそう多くない。それこそ、それができるのはツルギくらいか、あるいはリヒトもできるかどうか、といったところか。
「それこそ、光輝にはドンピシャで刺さるはずだ」
今の光輝であれば、自身のステータスに物を言わせた戦法をとるだろうことは容易に想像できた。
だからこそ、ツルギは“抜き足”の習得を勧めたのだ。
「それじゃあ、さっそく指導を始めよう。幸い、この技術は日本にいた頃に習ったから、指導もしやすい」
「えぇ・・・え?日本にいた頃に?」
さっそく始めようとしたところで、ツルギが告げた意外な事実に雫は軽く驚いた。
「あぁ。俺を道場破りに連れまわした人物に教わったんだ、が・・・」
ツルギも、自分で言っているうちにその発言に疑問を持った。
なにせ、“抜き足”は忍者の“抜き足差し足忍び足”にあるように、忍術に近い技術だ。
と、いうことは、
「・・・現代日本に、忍者なんているのか?」
「さ、さぁ?私は聞いたことないけれど・・・」
唐突に出てきた疑問に、2人は揃って首を傾げ・・・
「・・・まぁ、ここで気にすることじゃないな!」
「そ、そうね!今は光輝のことに集中すべきよ!」
なかったことにした。
大学の期末試験を間に挟んで、いつもと比べてそれなりに長い間待たせてしまいました。
地味に大変だったというか、書くのが難しかったというか。
ある意味、鈴vs恵里よりもオリジナル要素の差し込みが難しかったですね。
そのおかげで、なかなか執筆が進まなくて、そのくせ出来上がりは微妙な感じに・・・。
結局、予定の半分くらいで切り上げて投稿する形になってしまったので、明日にでも急いで執筆して続きを投稿します。
それくらいしないと、まじで空きまくった期間と釣り合わない。