いったい、どれだけの間戦い続けたのか。
あるいは、今いる場所はどこなのか。
それすらも定かではなくなってきた。
ただわかるのは、未だに目の前の相手を倒せないということくらいか。
「クソッ、いい加減にキツくなってきたぞ!」
思わず悪態をついてしまうくらいには、ヌルは些かも動きが衰えていなかった。
最初こそ動きは鈍ったものの、魔法を解析したのか、しばらく戦ううちに元に戻っていってしまった。
エヒトからの魔力供給は受けていないはずなのに、いくらなんでも規格外すぎる。
たしかにイズモのステータス減少が累積しているはずなのに、それを感じさせない速度で動き回っているのは、いっそ質の悪い冗談のようだ。
それに、不安材料はまだある。
「ハア、ハアっ」
「大丈夫か、ティア!」
「っ、まだまだ!」
ティアの方が限界になってきた。
たしかにティアの“ハティ”は対象を喰らうことでステータスを強化できるが、あくまでそれは一時的なものだ。取り込んだ力は使えば使うほど消耗していく。
ティアも相当な数の使徒を取り込んだはずだが、そのストックが尽きそうになってきている。
ヌルが早い段階で“ハティ”と“黒鳳蝶”の魔素吸収機能に気付いて魔力を使った攻撃をしなくなったのも原因の1つとはいえ、ここで押し切れなくなるのは少しばかりまずい。
「イズモ!あとどれくらい保つ!?」
「10分が限界だ!」
だいたい10分か。
なら、その時間を使い切るしかない。
「“禁域解放・極”!」
俺はここで最後の切り札でもある昇華魔法による超強化に踏み切った。
今まで使わなかったのは、魔力の消費が激しすぎるからだ。
使っている間はステータスを100倍以上に上昇させることができるが、その間は魔力を馬鹿食いしてしまい、時間切れになると魔力体を維持できなくなってしまう。
それを避けるために今まで使わなかったが、それでこいつに負けてしまっては本末転倒だ。
だからこそ、ここで使用に踏み切った。
「紫電一閃!」
直後に、電磁誘導を利用した抜刀技でヌルに斬りかかるが、ヌルはこれを当然のように受け止める。
とはいえ、それはエヒトにもやられたことだ。今さら動揺することもない。
今度は電磁加速の勢いを利用して、さらに体を回転させてもう片方の“無銘”で二連撃に繋げる。
その対応のために俺に意識が向いたところで、背後からティアが強襲する。
だが、
「無駄だ」
この連携も、ヌルは当然のように両手の双大剣で受け止める。
だが、これくらいは想定内だ。
「“紫炎弾・穿”!」
両手が塞がって無防備にあったヌルの横っ腹に、イズモから紫炎弾が直撃する。
威力と速度を重視した炎弾をもろにくらったヌルは、それでもわずかに焦げ目ができるにとどまった。
「くそっ、いい加減やられてくれよ、おい」
「お前たちこそ、いい加減これ以上の抵抗は無駄だと悟れ」
相変わらず上から目線で物を言ってくるヌルに腹が立つが、ぶっちゃけこっちもそろそろやばい。
イズモの魔法では決定打に欠け、俺の斬撃とティアの打撃はことごとく防がれる。どれだけ隙を作ろうとも、すべてわかっているかのように防いでしまう。
(“先読”にしては的確すぎる・・・シアのような“未来視”か、あるいは魂魄魔法で思考を読んでいるのか)
少なくとも、単純な技術の類ではないはずだ。
あいつの剣術も、おそらくは使徒が使うものと同じ剣術のはず。下手な小細工を使わない、スピードとパワーを重視した剣筋は、読みやすくはあるが圧倒的なステータスのせいで先を読んでもギリギリになってしまう。
言ってしまえば、あいつの最たる強みは圧倒的なステータスであり、そのため小細工が通用しづらいし、真っ向からやり合おうにもステータスの差がそれを阻んでしまう。
だからこそ、ステータスを減少させればなんとかなるかと思ったが、通常の使徒が持つものよりも数段は優れているだろう解析能力と先読みでそれも空振りに終わった。
あと俺たちができることは、小細工無しで正面からぶつかることくらい。
果てしなく厳しい茨の道だが、それでもやらないわけにはいかない。
「悪いが、俺たちはこれでも諦めは悪い方だからな。無駄だとか不可能だとか言われると、ついついひっくり返したくなっちまう。俺の体がかかっているんだからなおさらな」
「諦めろ」と言われて「はい、わかりました」なんて言うような性分だったら、そもそもこんなところまで来ていない。ここまで来たら、徹底的にやってやるとも。
ティアとイズモも、俺の言葉に同調するように笑みを浮かべる。
対するヌルは、ピクリとも表情を動かさずに双大剣を構える。
それからは、まさに死闘だった。
もちろん、今までが楽だったというわけでは決してないが、それでもどこかで有利を得ていると考えていた。
だが、それでも足りないと思い知らされ、正真正銘の決死の覚悟で挑み始めたのはここからだ。
守りは必要ない。回避もいらない。
10分以内にやつを片づけることだけに集中する。
「おおぉーーー!!」
雄叫びをあげながら、斬られるのも構わずに攻撃を続ける。
首や腕、足を斬られても、再生・魂魄複合魔法を常時発動し続けることで即座に再生。斬り飛ばされた腕も目くらましに使ってコンマ数秒の時間を稼ぐ。
ティアとイズモも、さっきまでの連携重視の立ち回りではなく、俺のサポートのために一歩引いた間合いを保って攻撃を続ける。
主要な攻撃役が俺だけになった分手数は減るが、生半可な攻撃が通じない以上、ここにきて下手に手数に頼るのは愚策だ。
俺とヌルの周囲には無数の火花が飛び散り、双大剣と“無銘”が激しくぶつかり合う。
「はあっ!!」
「ぐっ」
ここにきて、ようやくヌルから苦悶の声が漏れだした。
“魔眼”で奴の魔力をよく観察すると、最初と比べて魔力が弱まっている。
半分にも届いていない程度だが、確実に力は削れている。
さらに、背中の魔法陣もわずかだが点滅し始めている。
おそらく、神の力を持っているとはいえベースは使徒なのだろう。
そして、“限界突破”が霞んで見えるほどの強化をもたらす“神位解放”。
その上で補給を絶っているのだから、通常の使徒の最大の強みである戦闘継続能力は落ちているはず。
エヒトでも時間が足りなかったのか、他になにか別の理由があるのかは知らないが、都合がいい。
ここで一気に畳みかける!
「疾ッ!」
「ぐ、このっ・・・!」
刀と剣がぶつかり合う直前に即座に葉筋を修正し、刃を滑らせるようにして受け流しながらさらに内側に潜り込んだ。
リーチは双大剣である向こうが上だが、内側に潜りこまれれば相手の選択肢は減り、俺の間合いにもっていくことができる。
案の定、ヌルは苦渋の表情を浮かべながら俺を弾き飛ばそうと双大剣を前に構えた。
「はぁっ!!」
「ガハッ!?」
その隙を見逃さず、ティアが背後からヌルのわき腹に後ろ回し蹴りを叩き込む。
最初と比べれば威力は落ちているが、その代わりに“ラスト・ゼーレ”による限界突破の光を纏っており、打撃の衝撃はヌルの体内を貫いてダメージを浸透させる。
相手の防御を貫く分、単純なダメージだけで言えば今の俺にも迫る。
ティアという新たな脅威に、ヌルの注意がさらに割かれる。
「隙だらけだ」
「なにっ!?」
さらにその隙をつく形で、ヌルの死角からイズモが割り込み、閉じられた“黒鳳蝶”に紫炎の剣を纏わせてヌルの肩を切り裂く。
後方支援に徹すると思っていただろうヌルは避けることも防ぐこともできず、もろにイズモの攻撃を喰らう。
あるいは喰らっても問題ないと考えたのだろうが、その判断は過ちだ。
「これは・・・!」
気付けば、ヌルの体に紫炎がまとわりついていた。
見た目の負傷こそ少ないものの、その紫炎は確実にヌルの体を焼いていく。
ここにきて、ようやくヌルの表情から余裕が消えた。
こんなことなら最初からこうすればよかったと思わなくもないが、要するに気の持ちようの問題なのだから、最初から背水の陣で攻めてもこうはならなかっただろう。
それに、さっきまでの戦いで消耗してるのは間違いないのだから、無駄というわけでもなかったはずだ。
気付けば、形勢は逆転していた。
致命傷や重傷は避けられているものの、着実にダメージを与えている。
このまま油断せずに押し切れば勝てる!
だが、
(・・・なんだ、この感覚は)
さっきの攻勢で、ペースは一気に俺たちに持っていった。
だというのに、心のどこかで嫌な予感を抱いている。
俺は毛ほども油断してないし、それはティアとイズモも同じのはず。
このまま追い詰めれば、時間の問題・・・
(まさかっ)
気付いた時には、遅かった。
がくんっ
「なっ」
さらに踏み込もうとした瞬間、地面を踏む感触が消えて前のめりに倒れそうになった。
足下を見れば、俺の右足の膝から下が消えていた。
そうだ、相手が消耗しているということは、俺たちだって相応に消耗している。いや、ステータス差を考えれば、ヌルよりも激しく消耗していたかもしれない。
それに加えて“禁域解放・極”を発動した影響で、魔力体を維持できる時間が想定よりも大幅に短くなってしまった。
おそらく、ヌルはそれを早い段階で察知していた。
だから、すべてを防ぐのではなく、あえて致命傷のみを避けて、大きな問題のない攻撃を最小限のダメージに抑えるようにしながら受けた。
攻めることに意識を割きすぎて、あと少しのところで詰めを誤ってしまった。
だが、そんなことを考える暇もなく、俺の眼前に大剣が迫ってきた。
「くっ!」
俺とてバランスを崩した程度で隙ができるほど軟な鍛え方はしていない。
なんとか大剣を“無銘”で受け、受けた攻撃の勢いを利用してヌルから距離をとった。
だが、
(くそっ、左腕まで・・・!)
衝撃をもろに受けた左腕まで霧散してしまった。
なんとか着地には成功したものの、もはやまともに戦える状態じゃない。
「「ツルギ!」」
着地したところで、俺を攻撃した隙に離脱したらしいティアとイズモが駆け寄ってきた。
ヌルは余裕の表れなのか、追撃せずに俺を見据える。
「ちっ、見下しやがって」
「それが分相応というものだ」
何か嫌味の一つでも返してやりたいが、さすがにこの状態でそんな余裕はない。
今この瞬間にも、俺の体は少しずつ透明になり始めている。
身体の魔力を手足に流し込むことでどうにか四肢は揃ったが、まず間違いなくヌルの攻撃を受けることはできない。
(さて、どうする・・・)
むやみに近づいたところで斬り伏せられるのは目に見えているし、半端な遠距離攻撃が通用するはずもない。
諦めるつもりはないが、手詰まりもいいところだ。
どうするべきか、頭の中で必死に策を巡らせる。
だが、結果的にそれが失敗だった。
気付いた時には、ヌルは俺たちの眼前に迫っており、大剣を振り上げていた。
避けるにはもう遅い。
だから、俺にできたのはなりふりかまわずティアとイズモを突き飛ばすことだけだった。
「きゃあ!」
「ツルギ!?」
そのとき、2人がどういう表情を浮かべていたのかわからないまま、
大剣は振り下ろされ、俺の意識は2度目の闇へと落ちていった。
ありふれ零の5巻、発売されましたね。
当然、自分は買いました。
とりあえず、ミレディが可愛かったとだけ言っておきましょう。