「猛攻と反攻」から読み始めてください。
ツルギが斬り裂かれ、消滅していく様子を、2人は見ることしかできなかった。
だが、イズモはもちろん、ティアも取り乱す様子はない。
その理由を、ヌルも理解していた。
「あとは、この刀を破壊すれば終わりだ」
「っ、させない!!」
ツルギが立っていた場所に突き刺さっている“無銘”を破壊するためにヌルは大剣を振り上げるが、その前にティアが全力で疾駆して大剣が振り下ろされる前に“無銘”を回収した。
“無銘”にツルギの魂が宿っているかぎり、ツルギが本当の意味で死ぬことはない。逆に言えば、“無銘”を破壊されればツルギの生還は不可能になる。
ならばと、ヌルはもう片方の“無銘”を破壊しようと振り返るが、イズモがいつの間にか“無銘”を握って構えていた。
とはいえ、ツルギと比べれば2人の構えはあまりにも拙い。
ヌルからすれば隙だらけもいいところだった。
だが、未だに瞳に諦めや絶望の色が見えないことが、ヌルには気に入らなかった。
「くどい。もう何もかもが無駄だと、なぜ理解できない」
僅かに苛立ちをにじませたヌルの声に、ティアとイズモは沈黙で答える。
つまり、限りなく最悪と言える状況になってもまだどうにかできる算段があるということだ。
ここまで出し尽くして何が残っているのか、ヌルにも想像はつかない。
いくつか想定することはできるが、問題なく対処できるものか、現実的でないものばかりだ。
だから、今の消耗した状態でも問題はないとヌルは判断した。
「そうか。ならば、ここで死ぬといい」
そう言って、ヌルはティアに斬りかかった。
先にイズモを攻撃しようとしたところで邪魔されると考えてティアを標的にしたが、拙い剣捌きながらも持ち前の運動能力でなんとか躱し続ける。
「はぁ!!」
「無駄だ」
背後からイズモが奇襲を仕掛けるが、ヌルは当然のようにこれを防ぐ。
先ほどと比べてかなり余裕の攻防を繰り広げるヌルだが、2人が逃げを重点に立ち回っているため微妙に攻撃が届かない。
もはや消化試合だと思っていたヌルは、僅かに苛立ちを覚える。
よほど油断しないかぎり負けることはまずないが、これ以上時間を使うというのも癪に障る。
だから、ヌルは本気で終わらせることにした。
「まずはお前からだ」
「あっ・・・!?」
ヌルは背後から襲い掛かってきたティアを力任せに弾き飛ばし、一気に肉薄した。
ティアはなんとか“無銘”を引き戻そうとするが間に合わず、右腕の肘から先を斬り落とされてしまった。
「ティア!」
「次はお前だ」
突然の事態に思わず足を止めてしまったイズモに、ヌルは再び急接近する。
右手の大剣を振り上げるヌルにイズモは咄嗟に“無銘”を正面に構えるが、ヌルは振り下ろす右手の大剣をフェイントに左手の大剣でイズモの両足を斬り落とした。
「これで終わりだ」
「イズモ!!」
今度こそイズモにとどめを刺そうとするヌルに、ティアはどうにかして助け出そうと駆け出す。
だが、
「言っただろう。これで終わりだと」
ヌルはすべてわかっていたかのように振り向き、大剣を横薙ぎに振るう。
大剣はティアの横腹に吸い込まれるように迫り、ヌルにははっきりとティアの体を両断するビジョンが見えた。
だが、次の瞬間、振りぬかれた大剣はわずかにティアの横腹に食い込み、それ以上刃が進まなかった。
「なにっ」
完全に不意を突かれたヌルはどうなっているのか混乱する。
刃をよく見ると、大剣には血がべったりと付着していた。おそらく、ティアの腕を斬ったときに付着したのか。
さらに、刃毀れもひどいことになっている。
原因は付着している血液だろう。
ただでさえ刀や剣は肉を斬る度に脂肪や血液が付着して切れ味が悪くなる。
おそらく、変成魔法と昇華魔法を組み合わせて刃の切れ味を極端に鈍らせているのだろう。
だが、それだけでは刃を受け止めることはできない。
だから、ツルギは先ほどの攻防でヌルに気付かれないように刃毀れさせていたのだ。
(まさかっ・・・!)
ツルギは最初からこれを狙っていたというのか。
だが、賭けにしても分が悪すぎるし、なにより先ほどまでの戦いは確実に自分を殺すつもりで刀を振っていた。
策を弄する余裕はなかったはずだ。
ヌルが混乱していたのはごく短い時間だったが、それで十分だった。
気が付けば、ティアが受け止めた大剣を左手で掴んで固定し、腕の力だけで跳躍したのかイズモも先ほどよりも近づいていた。
イズモの右手には刃渡りが5㎝ほどのナイフが握られており、一目見てヌルの魂が警鐘を鳴らす。
だが、片方の大剣はまだ残っているし、イズモの動きも遅い。
一度冷静になれば対処は容易い。
受け止められたのは驚いたが、逆に言えば今ティアは動くことができない。
ならば、まずはイズモから仕留める。
飛び掛かってくるイズモを正面から刺すように、ヌルは大剣を突きだそうとした。
だが、ティアの動きを止めるために大剣を握ったままだったのが失敗だった。
ティアは最後の力を振り絞って、大剣を思い切り
大剣を強く握りしめていたことも災いして、ヌルは大きくバランスを崩した。
結果、突きは大きく外れ、イズモの接近を許すことになった。
さらに、イズモがいる方向に体が傾いてしまったため、余計に距離が縮まって避けることもできない。
そして、イズモが突き出したナイフはヌルの胸に突き立てられた。
「さて、2人にはこれを渡しておこう」
大戦前日、新装備と連携の鍛錬を終えた後、ツルギは小さめのナイフをティアとイズモに渡した。
「これって?」
「簡単に言えば、劣化版“無銘”みたいなものだ。違うのは、“斬る”概念が込められていない点と、刺したときに俺の魂魄が流し込まれるようになっている点だ」
「だが、どうしてそれを私たちに?」
「言ってしまえば、保険だ。最悪、俺の体が消滅したら、そいつをヌルに突き刺してくれ。俺の魂次第だが、体を乗っ取り返すことができる」
ツルギとて、ヌルの存在が未知数なこともあって、どれだけ万全を期しても勝てるかどうかわからなかった。
だから、使える手はできるだけ多く用意する必要があった。
「俺だって、一から十まで全部が俺の思い通りにいくとは思っていない。なんだったら、失敗したときのことも考えてある」
「それが、これということか?」
「そうだ。それと、これも共有しておこう」
そういうと、ツルギは人差し指で2人の額を小突いた。
次の瞬間、ティアとイズモの頭の中に様々な情報が流れ込んできた。
いや、正しくは“作戦”と言うべきか。
「ツルギ、今のって・・・」
「とりあえず今のところ考えられる事態と、それら全部の対処法」
いわゆるマルチチャート方式と呼ばれるもので、相手が取りうる行動に対してそれぞれ対処をあらかじめ決めておいたのだ。
ツルギが想定した事態は6パターン。
そのパターンの中から、さらに起こりうる事象と起こりうる数十の結末。
それらすべてを、魂魄魔法によって2人の記憶にインプットしたのだ。
「本番までには整理しておいてくれ。いくら先読みできても、咄嗟の対応をしくじれば水の泡だからな」
「う、う~ん、なんか、変な感じがする・・・」
「無理やり記憶をねじ込まれたのだからな・・・だが、本当にこれだけ必要なのか?」
「無いままやるよりは、よっぽど安心できる。俺だって、シアみたく未来が見えるわけじゃない・・・いや、見えたところであまり意味がないからな。だったら、考えうる可能性すべてに対処できるようにした方がいい」
準備万端と言えば聞こえはいいが、見方を変えればかなり神経質になっているとも見える。
だが、それにしてはツルギが用意した作戦は何がなんでも勝ってみせるという意思で溢れていた。
実際、あらゆる事態を想定しているが、最終的に自分が負けるというビジョンはどこにもない。
負ける可能性を示したチャートも存在するが、そうならないための道筋も用意されている。
それだけ、ツルギが本気だということだ。
今までの中で最も頼もしいツルギの姿に、2人は思わず笑みを浮かべながら、本番のときのためにツルギが用意した作戦に思考を巡らせた。
「ぐっ、だが、この程度・・・なに?」
異変が起きたのはすぐだった。
短剣を突き刺した場所から紅い魔力光が噴き上がり、さらにヌルの全身に鎖が巻き付いて自由を奪う。
さらに、2人が握っていた“無銘”とティアが忍ばせていたナイフもまた紅い魔力の粒子となり、ナイフの刺し口に吸い込まれていった。
「な、なんだっ、これは!?いや、まさか・・・!!」
最初こそ何が起こったのかまったくわからなかったヌルだったが、自身の中の何かが浸食されるような感覚に、自分の身に迫る危機を悟った。
万全の状態であれば、あるいは抗うことができたかもしれないが、エヒトから魔力が補給されず、消耗戦を続けていたことと魂魄に対する防御が十分でなかったこともあって、もはや抗うことすらできない。
このとき、初めてヌルの表情に感情が生まれた。
「よせっ、やめろ!私が、
それは、エヒトの改造による影響だったのか、死とも違う自らの消滅を目前にして自我と感情が芽生えたのか、理由はわからない。
だが、結果的に言えば無駄だった。
「あああぁぁぁぁぁああああぁぁ!!!!」
咆哮と共に、ヌルの全身が眉のように紅い魔力に包まれ、まるで太陽がもう1つ現れたかのように輝き始める。
あまりの眩しさに目を細めながら、それでもティアとイズモは少しも目を逸らさなかった。
数秒の間か、あるいは数分も経ったか。
徐々に雄叫びは薄れていき、そして消えていった。
次の瞬間、全身を包んでいた魔力は薄れていき、中から目を閉じたままの姿で立っている姿が現れた。
果たして、
答えは、考えるまでもなかった。
「・・・ただいま。待たせたな、2人とも」
中から現れたのは、紛れもなく峯坂ツルギであった。
2人もまた、気配が愛する男とまったく同一であると確信して、体がボロボロなのも構わずにツルギに飛びついた。
「「おかえりなさい、ツルギ!」」
ここに、峯坂ツルギは完全に復活した。