おそらく史上最大の親子喧嘩
神話大戦を終え、まだ復興やらなんやらで忙しい頃。
今、俺は王都の仮設住宅から離れた森の中にいるのだが、
ドゴォン!!
ズガガガガガガッ!!
俺の視線の先では、激しい土煙が立ち昇り、すさまじい衝撃をまき散らしながら、ティアとリヒトがガチの殴り合いをしていた。
この場には俺以外にも何人かいるが、例外を除いて揃って遠い目になっている。
どうして、このようなことになったのか。
事の発端は、少し前にさかのぼる。
* * *
神話大戦から、1週間と少し経った頃。
ようやく戦後処理が一段落し、王都の復興が始まった。
王都では多くの建築士や錬成師が協力して建物を建てている。
ひとまずは、ギルド本部といった重要施設から建築を始め、国民の住居はひとまず後回しになっている。
仮設住宅だと不便も多いだろうが、幸い数は揃っているため、屋根なしで生活している国民はいない。
実は、俺もその中でちょいちょい復興を手伝っている。
親切心、というよりは、何かやっていないと落ち着かないからだ。
ハジメを筆頭に、シアとティオ、ティアとイズモはかなり消耗したためフェアベルゲンで療養していたが、俺は肉体を取り戻しただけで消耗はほとんどない。
神の使徒相手に大暴れしたのも大して疲れなかったし、なんだったら中村の蘇生の方がよっぽど疲れたまである。
だから、暇つぶしも兼ねて王都復興の現場指揮をとっていた。
周囲からは効率が段違いに跳ね上がると感謝されているが、内心では「何かしていないと落ち着かないとか、もしかして俺、ワーカーホリックだったりするのか・・・?」と首を傾げていたりもする。
とはいえ、別に最初から最後まで指揮しているわけではない。
むしろその辺りは姫さんの仕事だ。
だから、俺がしているのはあくまでお手伝いとか細かい修正とか、そんな感じだ。
その分、暇な時間も多い。
というか、周りから「魔王様を働かせるだなんて!!」みたいな感じになることも多い。
その結果、本当に暇つぶし程度しか働いていない。
というか、ナチュラルに俺まで魔王扱いされてるのがなぁ・・・。
この日も早い段階でやることがなくなったため、転移でフェアベルゲンに戻った。
すると、ちょうど転移した場所の近くにいたハジメが声をかけてきた。
「よう、ツルギ。ちょっといいか」
「なんだ?」
「今、日本に帰った時にユエたちが問題なく過ごせるように変装のアーティファクトを作っているところなんだが、ティアはどうしておこうかと思ってな」
「ティアを?・・・あぁ、どこまで変えるか、ってことか?」
たしかに、ティアの場合はちょっと他と違ってくるか。
ユエやシアたちであれば、外観的な特徴を隠すだけで事足りる。
例えば、ユエの場合は鋭い犬歯だったり、シアの場合はウサ耳と尻尾だったり。
だが、ティアの場合、尖った耳だけを隠せばいいのかと言われると、少し悩む。
魔人族由来の浅黒い肌は、日本は当然だが、地球にもほぼ存在しない。
もしかしたら、俺の知らない部族でそういう肌色の人種はいるかもしれないが、まず間違いなくマイナーだ。
そして、いざ日本に戻った時に、行方不明になったクラスメイトに混じって何人か増えていて、その中に肌色が特に違うティアが混じると、良くも悪くも目立つ。
おそらく、メディアの注目度は最も高くなるだろう。
そう考えると、ティアの肌の色も隠した方がいいってことになるが。
「前まで戦争の都合で隠してきたとはいえ、終わった後になってまで、っていうのはなぁ・・」
なんだか、気が引ける。
当然、俺は肌の色が違うからって気にすることはまったくないんだが、今後起こるだろう事態に備えて、やはり肌色は隠した方がいいか。
ただ、ティアが何て言うかわからないしなぁ・・・。
「・・・俺たちだけで決めるのもアレだ。ティアにも話しといた方がいいだろう」
「それもそうか」
とりあえず、本人に直接尋ねることにしよう。
そう決めて、俺とハジメは普段過ごしているところに向かった。
俺たちがこっちで普段生活しているのは、アルフレリックから提供された離れの小屋だ。
親切に、ハジメたちの分と俺たちの分にそれぞれ用意してもらって。
まぁ、ここで俺とハジメが同じ空間にいたら、思うようにできないもんな。何がとは言わんが。
アルフレリックとしても、アルテナの関係で俺たちがフェアベルゲンに滞在するのは歓迎したいだろうし。
俺が過ごしている小屋の中に入ると、予想通りティアがいた。さらに、少し意外なことにリヒトまでいた。
「あっ、ツルギ」
「おう。珍しいな、リヒトがこっちにいるなんて」
「ティアに同胞の様子を伝えるために来ただけだ」
「なるほど」
今いる魔人族は、全員ティアによる暴走から生き残った者たちだ。
そのため、ティアは同胞から非常に恐れられている。
あまりこういう言い方はしたくないが、今でもティア=化け物というイメージがこびりついている状態だ。
だから、今はまだティアは魔人族の生き残りの輪の中に入れていない。
リヒトが取りなしているものの、普段通りに接するにはもう少し時間がかかりそうだというのが実情だ。
「それで、ツルギはどうしたの?珍しくハジメを連れて来て」
「実はな・・・」
そこで、ティアに変装のアーティファクトについて話した。
大方説明し終えると、ティアの返答はあっさりとしたものだった。
「そう。そういうことなら、わかったわ」
「・・・いいのか?」
「ツルギにあまり迷惑はかけたくないし、それを言ったらアイデンティティを丸ごと隠してるシアはどうなるのよ」
「「あ~・・・」」
たしかに、ウサ耳と尻尾がなくなったシアとか、それってシアと言えるのか?すでに最初の頃にあった残念ウサギ属性は影も形も残っていないというのに。
少なくとも、俺は「言える」とは断言できない。納得の声をこぼしたハジメも似たようなものなのかもしれない。
そう考えれば、肌の色くらい今さらかもしれん。
まぁ、そういうことなら。
「わかった。そういうことなら・・・」
「そういうことなら、いっそ変成魔法で人間族と同じ姿にしてしまえばいいだろう」
一瞬で、空気が死んだ。
主に、ティアが放ったプレッシャーによって。
いや、そもそもの原因はリヒトの発現なんだろうが。
どこからどう考えても地雷発言だろう。
「・・・どういうこと?」
ティアから発せられる声は、絶対零度の冷気を纏っていた。俺はもちろん、ハジメすらも思わず身震いしてしまうくらいには。
対し、リヒトは眉1つ動かさない。
「今、言った通りだ。肌の色も誤魔化してしまうくらいなら、いっそ変成魔法で人間族と同じ姿にしてしまえばいい、と。アーティファクトで変装してまで魔人族でいる必要はない」
それこそ変成魔法を使って人間族になるまでもないと思うんだけど。
いや、まぁ、たしかにアーティファクトだとボロが出てしまう可能性も0ではない。
ないが、それはティアだけじゃなく、異世界の異種族全員に当てはまることだ。
だというのに、
「それって、ユエやシア、イズモたちにも同じことを言えるの?」
「言うわけないだろう」
それをティアだけに押し付けるというのは、どう考えても違うだろう。
だが、表情を見る限り、リヒトは本気だ。
戻そうと思えばいつでも戻せるとはいえ、あんまりと言えばあんまりだ。
そして、
「ティア。お前は人間族になった方がいい」
「ッ!!」
このとどめの一言で、ティアの沸点を超えたのだろう。
次の瞬間、ティアの体がぶれた。
「少し待て」
ティアの拳がリヒトを捉える直前、どうにか腕を伸ばしてティアの拳を受け止めることができた。
咄嗟だったとはいえ、魔力で強化したにも関わらず掌がしびれたことから、ティアが限りなく本気だったことがわかる。
「ツルギ、どいて」
「俺は、少し待てと言った」
先ほどから、ティアの言葉に抑揚が無い。
まず間違いなく、かなりブチキレている。
対するリヒトは、見た限りは冷静なままだ。
それもまた、ティアの怒りを買っているのだろう。
とはいえ、ここで俺が引くわけにはいかない。
「別に喧嘩するのは構わないが、ここではダメだ。余計な被害を出すわけにはいかないだろう」
「・・・わかったわ」
ここはフェアベルゲンだ。
このままこの2人に喧嘩をさせたら、周囲への被害は計り知れない。
とはいえ、この2人が話し合いで解決できるとは俺も思っていない。
だから、
「場所を変えるぞ。ドンパチやるならその後だ」
* * *
2人の話し合い・・・という建前の殴り合いの場所に選んだのは、神話大戦で俺たちがヌルと戦ったあたりの場所だ。
ここなら、フェアベルゲンはもちろん、王都の仮説住宅からも程よく離れている。
よっぽどじゃない限り、余計な被害は出ないはずだ。
「そんじゃ、喧嘩するならここでやってくれ。一応、俺もここで見てるから、最悪死んでもどうにでもなる。ただ、魔法や魔力による強化はいいが、武器の使用は無しだ」
なんかやってることが審判みたいだよな~、なんて思いながら、注意事項を説明する。
リヒトの籠手はともかく、ティアの“空喰”なんて危なっかしくて使わせられない。
だから、2人とも武装無しで殴り合った方が、バランス的にもいいだろう。
ちなみに、他にはハジメ、イズモ、雫、アンナ、ユエ、シア、ティオ、香織が野次馬根性丸出しで見学している。
親子喧嘩に興味があるというよりは、ティアとリヒトだからこそだろう。
結局、今まで機会がなくて、2人がガチで殴り合ったことはない。
リヒトとの勝負は、ずっと俺がやってたからな。
だから、どういう風になるのか興味津々といったところか。
特にシアが。
肉弾戦大好きな兎だから、この2人の親子喧嘩はたいそう興味があるらしい。
「準備はいいな?それじゃあ、始め!」
俺が
あっという間にリヒトに肉薄したティアが拳を振り上げ、対するリヒトは両腕をクロスしてティアの拳に備える。
ティアの拳が、リヒトを捉えた次の瞬間、
ズガァッ!
普通じゃあり得ないような轟音と衝撃がまき散らされ、リヒトの足下がクレーター状に陥没した。
後ろを振り向けば、俺よりも離れた場所にいる女性陣の髪が衝撃波でなびいている。
いったい、ティアはどれだけの力で殴ったんだ?
ていうか、なんでリヒトはあれを真正面から受けたんだ?
とりあえず、いったん俺もハジメたちがいるところまで下がる。
下がったところで、ハジメが真顔で尋ねてきた。
「・・・なぁ。今、何が起こったんだ?」
「ティアがリヒトを殴った」
「それはわかってる。俺が聞きたいのは、何をどうすればあんな風になるんだってことだ」
「ティアが全力でリヒトを殴り飛ばそうとして、リヒトが受け止めきれない衝撃を地面に逃がした結果があれだろうな」
要するに、原理は俺が坂上に教えた“富嶽”と似たようなものだ。
そのレベルが、坂上とは比較にならないほど高いだけで。
今のティアのステータスは、かつての暴走の影響か、“ハティ”込みで全力で強化すればそれこそバグウサギのシアを凌駕する。
とはいえ、今はそこまでの出力は出ていない。
数値で見れば、せいぜい5万がいいところか。
いや、それでもだいぶバカげているし、数倍は差があるだろうステータスで互角に張り合っているリヒトも大概おかしいが。
やろうと思えば、俺でも同じことはできるだろう。
できるだろうが・・・完全に抑えきる自信はない。
そして、見た限りではリヒトはティアの膂力をすべて受け止めきっている。
マジか・・・俺と戦ったときよりも、数段は強くなっている。
まさか、神話大戦で使徒と戦いながら成長したとでも言うのだろうか。
そんなことを考えている間にも、目の前ではド派手な戦闘が繰り広げられている。
ティアが姿を消さんばかりの勢いで攻撃を繰り出しては、リヒトはその場から動かないまますべての攻撃を対処する。
時には威力に負けて地面を削りながら吹き飛ばされたりもしたが、体勢はまったく崩れていない。
「おぉ!すごいですね!私もやってみたいですぅ!」
この中で、シアだけが興奮しながらシャドウボクシングしている。
まぁ、シアもやろうと思えばやれなくもないよな。
すると、
「んあ?リリィか。どうしたんだ?」
何やら姫さんから念話が届いたようで、ハジメがそっちに意識を割いた。
「敵?いや、んなもん来てねぇけど。ティアとリヒトがちょっと喧嘩を・・・は?マジで?」
なんか、ハジメと姫さんの会話の雲行きが怪しくなってきた。
いや、嫌な感じというよりは、想定外のことが起こってるみたいな感じみたいだけど。
「おい、ツルギ。2人の喧嘩の衝撃、王都まで届いてるみたいだぞ。ちょっとした騒ぎも起こってるとさ」
「・・・」
マジか~。
考えてみれば、その辺りの感覚がマヒしてたかもしれん。
俺たちからすれば「すごいな~」程度でも、この世界の基準からすれば天災みたいなもんなんだよな。
ちゃんと離れた場所だから問題ないと思っていたが、少し油断していたか。
「・・・まぁ、向こうのことは姫さんに任せるか」
とりあえず、俺たちの周囲5㎞くらいを空間魔法で隔離した。
2人の喧嘩に水を差さないように、しっかり隠ぺいもしておきながら。
すると、イズモが微妙な感じになりつつある空気をリセットするために尋ねた。
「そう言えば、ツルギはどっちが有利だと思う?」
「・・・俺の見立てだと、有利なのはリヒトだな」
見た限り、リヒトの武は数倍のステータス差も苦にしないほどまで極まっている。
ティアも俺と雫の指導でそれなりの技は備わっているが、リヒトの前ではもはや意味はない。
ともかく、
「問題なのは、2人の決着がどこでつくかなんだよなぁ・・・」
何回も言ったが、これは親子喧嘩だ。
最低限のものを除けばルールなんてない。
最悪、死んでも蘇生できるとはいえ、そうならないに越したことはない。
ただ、割り込む方もかなり度胸がいるわけで。
「・・・頼むから、無事に終わってくれよ」
こればっかりは、俺でも祈ることしかできなかった。
* * *
(やっぱり、強いっ・・・!)
一方的に攻め立てるティアは、どれだけ攻撃しても疲れる素振りすら見せないリヒトに焦りを覚え始めた。
ステータスでは圧倒的に優位なはずのティアが、一向に攻め切ることができない。
それはつまり、このままではティアはジリ貧だということだ。
だが、ティアは戦いの真っ最中に考えるというのは苦手だ。
ツルギのように、戦いの中であれこれ小細工することはできない。
だから、
(このまま押し切る!!)
ステータスによるごり押し。
作戦というには単純すぎるが、それこそがティアの強みでもあるのだ。
このままリヒトを圧倒するべく、さらにギアを上げていくティアだったが、ここでリヒトの動きが変わった。
「オオォッ!!」
今までティアの拳を受けてばかりだったリヒトが、攻めに転じた。
ティアの拳を受け止めるのではなく、己の拳で迎え撃った。
拳と拳がぶつかり合った瞬間、さらに凄まじい衝撃波が発生し、その余波で大地が抉れた。
それほどの衝撃にも関わらず、リヒトの背中は微塵も曲がっていなかった。
むしろ、
(お、重いっ・・・!?)
ティアの方が押し込まれてしまうほど、リヒトの拳は重かった。
いや、拳だけでなく、リヒトという存在そのものが、まるで“神山”もかくやというほどの重みがあった。
当然と言えば当然だが、リヒトもなんの小細工もなしに正面から迎え撃ったわけではない。
“富嶽”による防御に加え、インパクトの瞬間に合わせて魔力による強化を施し、固く握りしめた一本拳を真っすぐに突き出すことで衝撃を針のように一点に集中させて、ティアの膂力を殺しきったのだ。
当然、普通の人間がやれば指の骨が粉砕されてしまうか、そもそも受け止めることすらできずに吹き飛ばされてしまうだろう。
それができたのは、巌のように鍛え上げられたリヒトの肉体だからこそだ。
だが、武術に関してはまだ未熟なティアには、それがわからない。
理解できない現象を前に、ティアの思考は混乱する。
そして、それは武人の前では致命的な隙になる。
気付いた時には、リヒトに腕をガッと掴まれていた。
「あっ」
「ぬぅん!」
咄嗟のことで踏ん張りがきかなかったティアは、そのままリヒトに投げ飛ばされてしまう。
ただ力任せに投げただけにも関わらず、ティアの身体は木々をへし折りながら1㎞ほどまで投げ飛ばされた。
直接的なダメージはないものの、内部への衝撃は防げなかったため視界がわずかに揺れている。
当然、それをリヒトが見逃すはずもなく。
視界の揺れが収まった時には、すでにリヒトはティアの目の前で拳を振り上げていた。
「こ、んのぉ!!」
「ぬっ!?」
対するティアは、拳ではなく蹴りでリヒトの拳を弾いた。
いくらリヒトがティアのパワーを殺す術を持っているとはいえ、腕よりも数倍以上力を込めれる足蹴りであれば、リヒトでも封殺しきることはできない。
だがリヒトの判断も早く、弾き飛ばされるや否や体を回転させて衝撃を逃がし、腕へのダメージを最小限にとどめた。
それからは、互いに一歩も引かない打撃の応酬が繰り広げられた。
当然、どこぞの
ティアがステータスに任せて一方的に攻める中、リヒトは最適な力・角度でティアの猛攻を捌き、的確に反撃を入れる。
一撃一撃が地面を吹き飛ばす衝撃波を発生させるほどのティアの打撃を、リヒトは卓越した武をもって捌く。
だが、攻撃のたびに反撃を受けるティアはもちろん、殺しきれない衝撃を受け続けるリヒトにも、次第に傷が増えていく。
ティアの身体にはあちこちに青黒いあざができており、内臓も部分的に傷ついて口から血を流している。
リヒトにいたっては、左腕の骨にひびが入っており、頭からも血を流していた。
それでも、2人の膝は僅かばかりも曲がっていない。
互いに、戦意に満ちた視線を交わし合う。
「はあああああ!!!」
「おおおおおお!!!」
雄叫びをあげ、雌雄を決さんと互いに踏み込み、
『そこまでだ』
次の瞬間、2人の頭上からツルギの声が響き渡り、2人の動きがビタッ!と止まった。
* * *
「ふ~ん、けっこう便利だな」
眼下の光景を見ながら、俺は小さく呟いた。
今使ったのは、エヒトが使っていた“神言”だ。
“神言”は魂魄魔法による無意識領域への洗脳を言葉に乗せて放つ魔法であり、コツを掴めば習得は容易かった。ユエからアドバイスも聞いたし。
使えるようになったのは最近だが、剣製魔法よりも発動が早く、対象を傷つけることもあまりないから使い勝手がいい。その気になれば、複数人に対して行使することも可能だ。
そんな覚えたての魔法を使って2人を止めたのは、言うまでもない。
「さて、さすがにそれ以上は生死に関わってくる。ひとまずは拳を収めてもらおう」
2人のダメージが、そろそろ限界を迎えていたからだ。
見る限り、ティアは内臓が傷ついているし、リヒトも骨にひびが入っている。
あのままやらせようものなら、最悪どっちかが死ぬ事態になりかねなかった。
蘇生できるとはいえ、そのような事態は避けるに越したことはない。
それに、
「これ以上暴れられると、森を再生する手間がさらに増える」
周囲を見渡せば、結界のほぼ全域で木々がなぎ倒され、所々地面が抉れた森の跡が広がっていた。
いったいどういうステータスで殴り合ったら、短時間で森が荒野になってしまうと言うのか。
「ったく、本当に似た者親子だな・・・」
目の前のことに集中しすぎて周りがまったく見えなくなるあたり、良くも悪くも真っすぐというか、脳筋というか・・・。
「とりあえず、2人の治療は香織に任せた。俺は森を元に戻す」
「わかったよ」
2人を座らせてから再生魔法で治療を始めた香織を横目に、俺も再生魔法を使って森を再生する。
魔法はほとんど使われてないはずなのに、森を戻すのにそこそこの魔力を持ってかれた。
信じられるか?素手での殴り合いの結果なんだぜ?これ。
今の身体ならまったく問題ないわけだが、まさかこんなところでエヒトの改造に感謝することになるとは・・・。
そんなことを考えながら、つつがなく森の再生を終わらせた。
2人の治療も終わったようで、ちょうど立ち上がっているところだった。
「さて、俺の方からも口を挟ませてもらうが・・・はっきり言って、リヒトに関しては余計なお世話としか言いようがないぞ」
「むっ・・・」
「え?ツルギはわかってたの?」
何が、というのは、リヒトの真意のことだろう。
なんとなくだが、リヒトがあんなことを言った理由を察していた。
「おそらくだが、魔人族の風当たりを気にした結果だろう?」
今回の大戦を経て、魔人族の立場はある意味大戦前よりもさらに不安定なものになっている。
大きな理由は、今まで長い間戦争を続けてきたということと、大戦では陣営で言えばエヒト側についたこと。
大戦では直接戦わなかったとはいえ、世界の危機に参戦しなかったというだけでも魔人族の評価は高くない。
むしろ、ティアとリヒトという存在がなかったら、魔人領で封印されている魔人族の
逆に言えば、ティアとリヒトのおかげで魔人族の最低限の人権が守られているとも言える。
とはいえ、それでも魔人族に対する風当たりは決してよくない。
ティアはともかく、リヒトや生き残りの魔人族に対して「まだ何か良からぬことを考えているのではないか」という意見は、庶民・貴族に関わらず存在する。
ティアに関しては、俺の恋人でハジメの仲間ということもあって風当たりはそこまで強くないが、魔人族の保護に動いているティアを良く思っていない貴族はやはり存在する。
「だから、ティアを魔人族というくくりから遠ざけようと思ったんだろう?魔人族の業を、ティアに背負わせないために」
「・・・」
リヒトは無言のままだったが、もはや肯定しているようなものだった。
ティアもまた、黙ったままリヒトの様子を見ている。
「とはいえ、そう言ったところで納得するティアじゃないだろう。どっかの誰かに似て頑固だからな」
ティアは、自分だけを仲間外れにするということがかなり嫌いだ。
そんなティアが、自分だけ魔人族の業を背負わなくてもいいと言われたところで、それを受け入れるはずがない。
だからこそ、こんな喧嘩になったわけだし。
「そういうわけだから、説得は諦めて・・・」
「待って、ツルギ」
リヒトを諭そうとしたところで、不意に横からティアが話しかけてきた。
「やっぱり、お父さんの言う通りにして」
「あ?」
リヒトの言う通りってことはつまり、変成魔法で人間族の姿にしてくれってことだろ?
え?どういう掌返しというか、心境の変化だ?
「・・・どういうことだ?」
「そっちの方が、都合が良くなるってことでしょ?」
何のことを言ってるんだ?と思わず首を傾げたが、すぐにティアが何を言っているのか理解した。
「つまり、
「えぇ」
人によっては「たかが見た目が変わっただけ」と思うかもしれないが、この世界ではなかなかバカにならない。
この世界では、種族の差が見た目に大きく現れるということもあって見た目から入ることが多い。
こう言ってはなんだが、前まであった亜人・・・獣人族差別も大部分は見た目によるものだ。
だから、人間族の姿で魔人族に対して友好的な態度をとれば、たしかにハードルは下がるだろう。
また、魔人族側も人間族の姿のティアと接すれば、他の人間族とのコミュニケーションも幾分かはとりやすいはずだ。
とはいえ、ティアが魔人族だって知ってる人はわりといるし、ティアが人間族になったことに不満を持つ魔人族も出てくるだろうし、その他にもいろいろと穴はあるんだが・・・。
「・・・本当にやるんだな?」
「えぇ、お願い」
ティアは再び頷き、一拍置いて、
「だって私は、父さんの娘だから」
魔人族の復活のためなら、なんだってやる。
そう言わんばかりの雰囲気に、俺は思わずため息をついた。
「・・・本当、似た者親子だな」
頑固というか、不器用というか、変に真っすぐというか・・・。
とりあえず、ティアを変成魔法で人間族の姿にするということになり、今回の喧嘩をきっかけにティアとリヒトの親子としての距離がさらに縮まった。
俺は肉親関係で言えば天涯孤独の身だが、2人には今までの分を取り戻すくらいの親子の時間を送ってほしいものだ。
「・・・あれ?私たち、蚊帳の外です?」
「いやぁ、あの中に割って入るってのは・・・」
「・・・ん。空気を読まないと」
「やはり、放置プレイというのも悪くないの」
「ティオ様、そのようなことは言わないでください」
「私たち、なんのためにここに来たのかしらね・・・」
野次馬根性丸出しで来て、けっきょく出番をほとんど与えられなかった者たちの図。
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大学でいろいろとやることが増えてきて、執筆が遅くなりました・・・。
いや、書く時間がないというよりは、書く余力がないっていう感じなんですけどね・・・。
あ"~、なんだか大学に行く、というか研究室で活動するの思った以上に苦痛になってる・・・。
ちなみに言うと、別にコロナ禍で登校できなくて~、とかじゃないんですけどね。
むしろ「オンラインの何が悪いんだ?」って首を傾げるレベル。