帰還
新たな“導越の羅針盤”と“クリスタルキー”を作った後、俺たちは日本に行くメンバーを集めて、各自必要な物を揃えてから日本へとゲートを繋げた。物と言っても、着の身着のままで転移されたからほとんどないが。
転移されたのは、学校の屋上。すでに夜も遅いようで、月が頭上に上っている。
「ぜぇ、ぜぇ・・・どうやら、無事転移できたみたいだな」
「あぁ。それに・・・こっちでも魔法の類は使えるようだ。必要量の魔力を別にすれば、トータスにも問題なく戻れるだろうな」
息絶え絶えなハジメに代わって、俺がこっちでも魔法を使えるか確認したところ、問題なく使用できたし、こっちからでもトータスを感知することができることがわかった。
その後は感極まったクラスメイトたち全員がハジメに襲い掛かって胴上げを敢行し、お祭り騒ぎのような様子になった。
ある程度熱狂も収まってきたタイミングで、俺は柏手を打って注目を俺に集めた。
「うし、ここからは各自帰宅ってことにするが、あまり目立つようなことはするなよ。はしゃぎたくなる気持ちもわかるが、本当に大変なのはこれからだ。まずはそれぞれの家族に帰ってきたことを報告してから、明日に備えるように」
どうやら俺もトータスでの1か月間で人のまとめ方を覚えたようで、クラスメイトたちは文句を言うこともなく素直に従った。
ちなみに、ティアやユエたちはこのまま待機だ。
一緒に連れて行ってもいいが、まずは家族に帰還を報告してからだ。
その後は、各々自宅に向かっていった。
俺も、途中までハジメと一緒に歩いてからいつもの登下校の場所で別れた。
たった1年なのにこんなにも懐かしく感じるのは、トータスで過ごした1年が濃すぎたからだろうか。
なんとも言えない感覚を抱きながら歩いていき、俺は自宅の前に立った。
そこで、自分が柄にもなく緊張していることがわかった。
「すぅー、はぁー・・・」
深呼吸しながら、逸る心を落ち着かせる。
トータスでの出来事を話して、親父が何を思い、俺をどうするのか。
それがわからないのが怖いが・・・ここで物怖じしても何も始まらない。
意を決して、俺はインターホンを押した。
『へいへーい、ったく、こんな夜遅くに・・・』
インターホンを鳴らして少し経ってから、親父の声が返ってきた。
だが、その声はすぐに止まった。
「あー、親父。俺だ。帰ったぞ」
何て言おうが迷ったが、変に飾らずにいつも通りを装って話しかけると、インターホンからドタバタと騒がしい音が聞こえてきた。
どうやら、親父以外にも人がいたようだ。
そして、玄関の方から聞こる足音が大きくなってくる。
気配が近づいてくるたびに、俺の身体が緊張で強張って・・・
ん?なんか足音と一緒に悲鳴が聞こえるような・・・
「ツルgごぶふぁあ!?」
「ツルギきゅん!!」
一瞬親父の姿が見えたかと思ったら横に吹き飛ばされて、代わりに身長2m越えで筋肉モリモリの婦警姿の漢女が俺にルパンダイブをかましてきた。
なので、
「こっち来んな」
「んむ!?」
その顔面を足裏で思い切り踏んで止めた。
「この素直になれない感じ、やっぱりツルギきゅんなのね!!」
「あぁ、そうだ。だからいったん動きを止めて離れろ。んでもってしばらく近づくな」
「あぁん!相変わらずいけずなんだから!でも、そんなツルギきゅんも好きよ!!」
やめろ、それ以上言葉を紡ぐな、鳥肌が治まらなくなる。
「・・・なぁ、親父。もうあと1年くらい失踪してもいいか?」
「・・・それは、勘弁してくれ・・・」
玄関から親父がフラフラになりながらも、心底嫌そうな顔をする俺を引きとどめた。
中の様子を見れば、見知った顔が何人も床に這いつくばっている。おそらく、これの突進の被害に遭ったのだろう。
・・・くそぅ。なんで、こう、俺にはまともな出迎えがなかったんだ・・・。
* * *
とりあえず、親父の部下たちには帰ってもらって、ようやく親子水入らずの時間をとることができた。
まぁ、親父は軽く死にかけてたけど。
「・・・親父、大丈夫か?」
「ん?あぁ、どうにかな・・・」
ただ、いざこうやって面と向かって顔を合わせると、何を話せばいいのかわからない。
たぶん、俺も親父もなんて言えばいいのか決めあぐねているのもあるんだろうが、原因はあの漢女によって空気をぶち壊されたからだろう。
言葉が出てこずに、ふと視線をテーブルの上に向けると、数々の資料や新聞の記事が散乱していた。
そのどれもが、1年前の失踪に関する記事だ。
「・・・そうか、親父のところが担当してたのか」
「・・・あぁ、最近はほとんど俺たちが独自で動いていた形だがな。上からしても、押し付けるのにちょうどよかったんだろうよ」
そう言って、親父は真っすぐに俺の目を見つめた。
「さて、いろいろと聞きたいことはあるが・・・話してくれるな?」
「当然だ。そのために、ここに来たんだ。だが、長くなるぞ?」
「構わん。この1年に比べれば、どんな長話も短い」
それもそうだ、と苦笑いを浮かべながら、俺は今までのことを話した。
とはいえ、さすがに全部話そうと思うと時間がいくらあっても足りないから、要点だけかいつまんで話した。
異世界に転移したところから始まり、クラスメイトたちと別れて行動したこと、大迷宮攻略、魔人族との戦争、そして、神話大戦とその結末。
すべて話し終えるころには、すでに夜が明けそうになっていた。
一通り話し終えると、親父は深々と背もたれにもたれかかって大きなため息を吐いた。
「はぁー・・・なるほどなぁ・・・」
「・・・やっぱ、信じられないか?」
「いや、むしろ納得した」
マジで?
「・・・どこに納得する要素があったんだ?」
「まず、あの事件はあまりにも不可解すぎた。なにせ、なんの前兆も証拠もなく、いきなり教室から生徒たちが消えた。俺も現場の検分に立ち会ったが、校舎に侵入した不審者の姿はおろか、指紋や足跡すら残っていなかった。それこそ、まるで神隠しのようにな」
「だからって、異世界に転移しましたって言って納得できるものなのか?」
「たしかに、異世界の存在なんて証明されていない。だが、否定するに足る証拠がないのもまた事実だ。そして、観測されていない以上、俺たちに想像がつかない未知がある可能性だって0じゃない。さすがに、上に提出する報告書には書けなかったけどな」
なるほど。観測されていない=存在しない、ってわけじゃないからな。
たしかに異世界転移なんてぶっ飛んでいるが、逆に証拠の無さがその可能性に行きつかせたのか。
「それに、ここでお前が嘘を吐く理由もないだろう」
「・・・そうか」
こんな状況でも、俺を信用してくれる親父に思わず胸にくるものがあったが、だからこそ余計に怖くなった。
「・・・それで」
「いい。言いたいことはわかる」
俺の言葉を、親父はぴしゃりと遮った。
その勢いに、俺は思わず黙ってしまう。
そして、親父はゆっくりと口を開いた。
「たしかに、俺とお前に血のつながりはない。お前の父親に頼まれて養子として引き取っただけだ。だが、それでも俺は、お前のことを実の息子だと思っている。そして、見ず知らずの人間よりも、お前の命の方が最優先だ」
「ぁ・・・」
親父の言葉に、俺は二の句が継げなかった。
俺と血のつながりがない親父は、もしかしたら俺を見捨てるのではないかと、心のどこかで思っていた。
だが、そうではなかった。
血がつながっていなくても、実の息子なのだと言い切ってくれた親父に、俺は思わず涙腺が緩んでしまった。
「はっ。俺が知らない間に涙もろくなったな」
「うっせぇよ・・・」
思わず、目元を抑えながらそっぽを向いてしまった。
だが、ようやく帰ってきたという実感が湧いてきて、胸の中に言い知れない感情が沸き上がってくるのを抑えることができなかった。
おかしそうに笑う親父が憎らしかったが、すぐに笑みを収めて真面目な表情になった。
「それはそうと、今後のことはどうする?必要ならこっちで対処するが・・・」
「いや、その必要はない。ありのままを話すさ」
「なに?」
俺の返答が意外だったのか、親父が珍しく目を丸くした。
「それはつまり、『自分たちは異世界召喚されました』と馬鹿正直に言うってことか?」
「そうだ」
「正気か?」
「正気だし、本気だ。これは、クラスの中でも決定事項だ」
たしかにそれっぽい情報と証拠をでっちあげれば周囲の目は誤魔化せるかもしれない。
だが、1年もの間この世界に存在していなかった以上、どうあがいても証拠にはボロが出てくる。そうなった場合、親父の方でも責任が追及される可能性が高い。
だからといって、記憶喪失で誤魔化そうとすればマスコミが何か隠しているのではないかと騒ぐのは目に見えている。帰ってこなかったクラスメイトがいるのならなおさら。
だったら、「自分たちは異世界に召喚されて邪神とその手下と戦ってました」と事実を言ってしまおうということにした。
ちなみに、この案はハジメが提案した。
別に嘘はついていないからそこまで図太くないクラスメイトたちでも心労をため込むことがないし、それでもちょっかいを出そうとしてくる輩がいたり問題が起きた場合は、俺やユエの方でちょちょいと記憶を改ざんしたり意識を誘導すればいい。
つまり、
「これは、俺たちの問題で、戦いだ。親父の手を借りるまでもない」
俺の言葉に、親父はパチパチと瞬きした後、どでかいため息をついた。
「はああああああ・・・・・・」
「ずいぶんと嫌そうだな?」
「そりゃあそうだ。絶対に上からいろいろと言われるに決まってる・・・」
「大丈夫だって。そうならないようにするからさ」
「それが一番の不安材料なんだっての・・・」
頭をガシガシと乱暴に掻きむしりながら、それでも止めるつもりはないようで。
「・・・あまりやり過ぎるなよ。少なくとも、人死にを出すのだけは勘弁してくれ」
「わかってるわかってる」
その辺り、特にハジメが気にするだろうし。
あいつ、いっちょ前に「善良で模範的な日本人」を心がけようとしてるんだもんな。まじでウケる。
必要なことを話し終えて、ふとまだ言ってないことがあることに気付いた。
「あー、そうそう。1つ忘れてた」
「なんだ?」
「実はな、向こうで恋人ができた」
「ほうほう・・・なに?」
次の瞬間、親父の瞳に冷たい光が宿った。
あ~、親父、まだ自分の相手を見つけれてないのか。
俺のいない1年間の間に事件の調査をした関係で、とも思ったが、そもそも行方不明問題の関係者の女性は大半が人妻だ。手を出せるはずもない。
なら、恋人を作る暇がなかったのも当然と言えば当然か。
それよりも、息子が恋人の報告をした途端に不機嫌になるのはいい年した大人としてどうなんだ・・・。
「それで、こっちに呼ぼうと思うんだが」
「呼ぶ?あぁ、魔法で連れてくるってことか?」
さすが、理解が速い。
さっそく、念話石でティアに連絡を入れる。
「ティア、今大丈夫か?」
『えぇ。お話は終わった?』
「あぁ。問題なく終わった。それじゃあ、そっちにゲートを繋げるぞ」
『わかったわ』
「ほう、それが異世界の交信技術か・・・」
なにやら親父が念話石での会話に興味を持っているようだが、気にせずにティアたちの位置を改めて特定してから、指を鳴らしてゲートを開いた。
いきなり学校の屋上の景色が見えたことにさしもの親父もギョッとしていたが、ティアとイズモ、アンナが続々と入ってくるとピシリと動きを止めた。
「は、はじめまして。ティアです。今はツルギと同じ見た目ですけど、元々は魔人族です」
「はじめまして、イズモ・クレハと申します。私は妖狐族ですね」
「私はアンナ・クリスティアと言います。私は普通の人間族ですが、王城でメイドをしておりました。ツルギ様の元使用人でもあります」
続々と自己紹介していき、情報は許容量を超えたのか親父の動きが止まった。
ちなみに、ティアたちには“言語理解”を付与したアクセサリーをプレゼントしているため、言葉に困ることはない。
たっぷり数十秒動きが止まったところで、親父が再起動した。
「・・・あー、ツルギ?まさか、3人も恋人がいるのか?」
「違うぞ?」
「そうだよな。さすがに2人は友達とかそういう・・・」
「クラスメイトにあと1人いるから4人だな」
「ふざけんな!!」
なんか親父が爆発した。
「お前たちが向こうで苦労したことはわかっている。わかっているがなぁ、これは違うだろ!」
「違うって、何がだよ」
「どうして親よりも先に恋人作ってんだよ!しかも4人!?ハーレムとか冗談じゃねぇ!!」
「ほら、そういうとこだぞ、親父。同僚が結婚報告したときも拗ねて祝いの言葉の一つも送らないから、いつまでたってもいい相手が見つからないんだ」
親父はもう40近いが、微塵も色恋沙汰の気配がない行き遅れだ。完全に婚期を逃しているため、同僚や部下が結婚報告すると途端にふてくされる。
本当、いい歳してなにやってんだか。
「それになぁ、これくらい今さらだぞ?」
「はぁ!?4人も恋人を作っておいて何を・・・」
「ハジメなんて嫁が7人、いや、嫁候補の幼女と愛人候補のクラスメイトを含めれば9人もいるからな」
「はぁ!?!?あのハジメ君が!?候補を含めて9人も!?信じられるかクソがぁああああ!!!!」
おぉ、盛大に荒ぶっておられる。
恋人がいない男の僻みは見るに堪えねぇなぁ。
さらに、ハジメはさらに数十人の女性(主にハウリア)が側室の座を狙っていると聞いたらどうなるか。
非常に興味が湧いたが、これ以上暴れられても困るからそっとしておこう。
「ね、ねぇ。ツルギのお父さん、大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫。後で酒でも飲ませればいい」
そうすれば二日酔いと引き換えに理性を手に入れることができるからな。
それに、親父のことだからティアたちを認めないだなんて言わないだろう。
なんにせよ、明日、いや、今日からのことが楽しみになってきたな。
今回はジャブ程度で、次から(たぶん)本気出していきます。
いや、本当に書くこと多いですからね。
もしかしたらジャブをひたすら連打する感じになるかも。