業平がどこかに連れていかれた後、俺は吉城に連れられて部屋を出た。
案内されたのは、こじんまりとした応接間。まぁ、やたらとでかくて装飾が施されているよりかは気が楽でいい。
「さて、どこから話しましょうか・・・」
席に着いた吉城が、内容を頭の中で整理しているのか、言葉を選びながら語り始めた。
「では、まずは藤堂家の成り立ちから話しましょう。正確なところはわかりませんが、藤堂家の起源は太古、それこそ紀元前から存在するのではと言われています。もちろん、初代の血筋は相応に薄くなっていますが。いえ、初代と言うよりは神祖と言ったほうがいいですか」
「神祖?」
「それほどまでに、強大な力を持っていたのですよ。何もないところから物を生み出すことができたと言われています」
・・・間違いない。シュヴェルトのことだ。
やはり、エヒトによって地球に飛ばされていたようだ。
「神祖についての情報は多くが失伝しているため、詳しいことはわかりません。元々、多くを語らなかったようですしね。ですが、まさに神に等しい力を持っていた神祖を人々は畏怖し、同時に敬いました。それこそ、神のように扱ったと言われています」
まぁ、それはそうなるだろうな。エヒトをして神の力だと断言していたんだ。
普通の人間からすれば、まさしく神の奇跡に他ならない。
だが、神を否定しようとしたシュヴェルトが神扱いされるというのは、皮肉もいいところだ。
「神祖は、何人か子供を作りました。そして、その子供たちは神祖ほどではないにしても魔法の力を使うことができました。それが藤堂家の始まりです。とはいえ、数千年も経てば神祖の血はかなり薄れていきます。いずれは力を失うのではないかと焦りだした先祖は、ある目標を立てた」
「まさか・・・」
「そう。自らが神になる、という目標です」
・・・現代人が聞いたら、正気を疑うかあほくさいって鼻で笑いそうな目標だな。
だが、そもそも魔法や神なんて存在しないって考えているからであって、幸か不幸か、藤堂家にはその指針となる人物がいた。
となれば、あながち間違っていると断言できるわけではない。
まぁ、どっちにしろ現実的じゃないのはたしかだが。
「察しの通り、神に至るための探求はなかなか実を結びませんでした。私たちが持つ魔力は少なすぎましたからね。それでもあきらめられずに今の今まで探求は行われてきました。そこで現れたのが、君です」
・・・なるほど?ろくでもない予感がプンプンする。
「ここからは、あなたの母親の話になります。我が家では、本家の直系であれば、大なり小なり誰でも魔法を使えます。ですが、小梢は魔法を使うことができなかった・・・いえ、少し違いますね。魔力は多少ありましたが、それを魔法に変換することができなかった。彼女ができたのは、魔力を視認することだけ。いわゆる魔眼の一つですが、これは直系の者でなくてもできるもので、魔術師としては欠陥の烙印を押され、追放されました。本家に連なるものが魔法を使うことができないのは恥だ、ということで」
・・・なるほどねぇ。記憶に残っている父さんと母さんがラブラブなわけだ。
母さんが家から捨てられたんだから、父さんに懐くのは当然と言えば当然か。
でも・・・待てよ?父さんはその辺りの事情は把握していたのか?
その答えは、吉城からもたらされた。
「ちなみに、あなたの父親はごく普通のサラリーマンで、魔法を知らないただの一般人です」
あー、うん、なるほどね。
なんだろう、俺の中の父さんがだんだん天之河みたいになっていっている。
まぁ、ほったらかしにしていない時点で比べるまでもないが。
「あの2人がどのような生活を送っていたのかは置いておくとして、あなたが生まれてからの話ですね」
「しれっと言ってるが、把握はしてたんだな」
「えぇ。万が一、一般人に魔法の存在を知られるわけにはいきませんから」
それもそうか。
なんとなく納得したが、なぜか吉城がわずかに口をつぐんだ。
「・・・たしかに、彼は普通のサラリーマンで、魔法のことを知りません。ですが、家系を辿ったところ、末端とはいえ陰陽師の血筋を引いていることがわかりました。とはいえ、彼にそういった能力は備わっていませんし、それは家族や親族も同じです。おそらくは、血が薄くなりすぎたのでしょう。なので、我々は大して注目していなかった。あなたが生まれるまでは」
そう言って、吉城は正面から俺を見据えた。
「系統が違う2つの魔法の血統が交わったことに関係があったのか、それともただの偶然だったのか。詳しいことはわかりません。ですが結果として、あなたには他とは一線を画するほどの魔力が備わっていた。今のあなたと比べればまだ微々たるものでしょうが、おそらくは世界的に見ても最高水準だったはずです。この報告を受けた本家の人間は目の色を変えました。おそらくは、最も神祖に近い領域にいるはずだ、と」
・・・ふーん。父さんが末端とはいえ、陰陽師の家系だった、ねぇ。
俺も推測でしかわからないが、シュヴェルトの剣製魔法と陰陽術の相性がよかったのかもしれない。
たしか、陰陽術は調伏と召喚が基礎の“生み出す”技術だったはず。
おそらく、俺が先祖返りであることに加えて、陰陽術の“生み出す”ノウハウが何かしらの形で剣製魔法とかみ合ったんだろう。
だとすれば、神話大戦の際に剣製魔法による自立型人形兵の生成がぶっつけ本番にも関わらず容易にできたことにも、ある程度の筋が通る。
「なので、本家の上層部はどんな手を使ってでも君を本家に迎え入れようとしました。厳密には、君だけを、ですが」
まぁ、母さんを欠陥呼ばわりして放り出しておきながら、俺が欲しいから戻ってくれ、なんて言えるわけもないし、仮に言ったとしても母さんがそれを受け入れるはずがない。
「そうしてとられた手段が、あの殺害事件です。君の父親を殺害することで、君を本家に迎える大義名分を得ようとしました。結果的には、小梢が虐待に近い形で家に閉じ込め、自ら死んだ後に峯坂樫司に君を託すことで本家の目論見は潰えましたが。一応、彼もあなたの父親の親族ですからね。天之河完治による根回しもあって、結局あなたを引き込むことはできなかった」
虐待に近いっていうか、されてたんだけどな。まぁ、今思えばあれは演技だったのかもしれないが。
・・・ん?ちょっと待て。
「天之河?今、天之河って言ったか?」
「? えぇ、言いましたよ。あなたのクラスメイトの天之河光輝君の祖父で、敏腕弁護士としてその界隈では名をはせていたんですよ。すでに心不全で亡くなっていますが」
・・・マジかよ。
いや、だからってあいつに対して何も思わないが、なんだろう。すごいモヤっとするというか、釈然としない部分がある。
何て言えばいいか・・・あれか?“本人に悪気はなかったけど結果的に悪役に影響を与えてしまったキャラ”に対する複雑な心境と同じアレか?
というか、しれっと天之河家のエリート具合が出てきたな。
そうか、あいつの祖父は弁護士だったのか・・・。
あいつにはちょっと申し訳ないが、今度暇なときに天之河の家系を調べてみよう。面白いものが見つかりそうだ。
「少し話が逸れてしまいましたね。とはいえ、あとはあなたも知っているか、想像がついていることくらいでしょうね。本家の者たちは峯坂樫司に対して君を本家に差し出すように要求しましたが、樫司は断固として拒否。今までうかつに手を出せずにいましたが、今回の“帰還者”事件を機に接触を試み、こうして徹底的に叩きのめされた、ということです」
ふ~ん。
まぁ、概要はおおよそわかった。というか、気になる部分はだいたい知れたな。
「私からは以上ですが、他に何か聞きたいことは?」
「そうだな・・・とりあえず、気になっていた部分はだいたいわかった。強いて言うなら・・・あんた、
目を細くしながらの問い掛けに、吉城は一瞬ビクッと肩を揺らしたが、すぐに気を取り直して答えた。
「・・・言い訳のようになってしまいますが、10年前の件に私は関与していません。そもそも、妹がいるということすら聞かされていませんでした」
「・・・本当か?」
「えぇ。藤堂家では、正式に本家の一員として迎え入れられるのは10歳になってからで、それまでに魔法の才を認められなければ放逐されます。さすがに保護施設に放り出すようなことはしませんでしたが、16歳を迎えれば屋敷から追い出され、それまでの間も屋敷の地下で軟禁状態で過ごすことになります。私に妹がいると知ったのは、今回の件で君のことを聞かされてからです」
・・・嘘はついていないようだな。
おそらく、能無しの存在を徹底的に秘匿したかったんだろう。
仮に10年前の時点で俺が藤堂家に迎えられることになったら、おそらく母さんは
・・・思えば、母さんは逃れられない自分の死を察していたのかもしれない。だからこそ、あの時自ら刃物を胸に突き立てて命を絶ったのだろう。
「今回の件に関しては、私は反対しました。もし敵対した場合、甚大な被害を被ることになりかねない、と。ですが、父上は自分たちが失敗するはずがないと根拠もなく信じていたようで。また、藤堂家では当主の決定が絶対であるため、反対意見も出ませんでした」
聞けば聞くほど腐ってんなぁ。典型的なワンマン老害じゃねぇか。そんな老害共が母さんを迫害していたと思うと・・・もうちょっとくらい懲らしめてもよかったか?
表向きは和解した以上、俺の方からはもう手を出せないが。
「そうか・・・」
「・・・他には、なにか?」
「いや、ひとまずは十分だ。俺もいったん帰らせてもらう・・・和解の条件、忘れるなよ?」
「えぇ、重々承知していますとも」
ひとまず、ここですべきことは全部終わらせた。
あとでハジメとティアたちに連絡を入れておこう。
* * *
「・・・ふぅ~。ひとまず、穏便に事を済ませることができましたね・・・」
ツルギが対談を終え、部屋から出て行ったあと、吉城はため込んだものを吐き出すように大きくため息をつき、背もたれに深くもたれかかった。
できるだけ表に出さないようにしていたが、吉城は内心ではひたすら冷や汗を流しながら話をしていた。
なにせ、相手は言葉一つで相手を意のままにすることができるほどの力の持ち主で、さらには魔法らしい魔法を使わずに藤堂家のセキュリティを力技で突破。
敵対すべきではないと半ば本能的に悟っていたが、ツルギの力は吉城の想像をはるかに上回っていた。
何か一つでも言葉を間違えれば、藤堂家は抹消される。
吉城には、その確信があった。
だからこそ、できるだけ嘘をつかずに、慎重に言葉を選んでツルギとの対談に臨んだわけだが、結果的には限りなく最善に近い形で終えることができた。
「彼が、現実的な利用価値で我々を判断してくれて助かりました・・・」
もしツルギが復讐を行動基準にしていれば、間違いなく藤堂家は壊滅していた。
こうして無事でいるのは、藤堂家には利用価値があると判断されたからだ。
だというのに、藤堂業平はツルギを敵に回すような言動をとった。
だからこそ、あの場に出てきて半ば無理やり当主の座を寄越すように申し出た。
内心ずっと冷や冷やしていたが、どうにか無事に事を終えることができて、ようやく安心できた。
とはいえ、“帰還者”に全面的に協力することになった以上、政府との対立は避けられないため、本当に安心できるのはまだまだ先だが。
そうして今後の立ち回り方を考える中で、吉城がふと呟いた。
「・・・今のこの状況を知ったら、あなたはなんと言うのでしょうかね」
吉城の頭の中に思い浮かぶのは、ツルギの母親である小梢の顔だ。
吉城は小梢と顔を合わせたことはない。せいぜい、例の事件を独自に調べた時に顔写真を見たことがある程度だ。
そのため、吉城は小梢に対して思うところはまったくと言っていいほどない。
だから、もし小梢があの世で見守っていたとして、その様子を想像することはまったくできない。
それでも、今まで一度も会ったことがない妹のことを、吉城は考えていた。
もちろん、死者の考えが生者にわかるはずがない。
ない、が。
「あるいは、彼ならわかるのかもしれませんね。いえ、これから知るのかもしれませんか」
そこまで呟いて、吉城は自身が想像以上に疲弊していることに気が付いた。
こうも雑念ばかりでは、冷静に計画を練ることなどできないだろう。
今、屋敷の中は先ほどの襲撃と当主の交代でどこもかしこもあわただしいが、少しくらい休んでも罰は当たらないはずだ。
思わず苦笑を浮かべながら、吉城は行儀悪い自覚がありながらも、そのまま応接間の長椅子の上に横になって目を閉じて、まどろみに身をゆだねて意識を落としていった。
今回は過去の真実の説明回ですね。
父親の件は、若干後付け感があるのは否めませんが、そこまで不自然じゃないし別にいいかなと。
そして、“帰還者騒動”編は次回で終わりにして、次々回からいろいろと盛り込んでいこうかなと思います。
ひとまずは溜め込んでいるアイデアを放出して、もしリクエストがあればTwitterのDMかハーメルンのメッセージ機能で書いていただければ、もしかしたら採用するかもしれません。