転移先は、家の玄関の中。
さすがに、ボロボロの幼女を抱えたまま人目につくわけにはいかない。冗談抜きで通報される。
それに、早くこの娘を看た方がいい。
あえてわかりやすいように魔力を散らしたから、すぐに来るはずだ。
「ツルギ、おかえりなさい!って、その子どうしたの!?」
真っ先に来たのはティアだった。
当然と言うべきか、俺が抱えている幼女を見て驚きの声をあげた。
「戻ったぞ、ティア。さっそくで悪いが、この娘の面倒を頼む。イズモとアンナは?」
「どうかしましたか?イズモさんは買い物に出かけていますけど・・・」
玄関近くの扉から、アンナが出てきた。
余談だが、アンナの服装はメイドではなく、こっちに適応したものになっている。
最初はメイド服のままだったが、さすがに目立ち過ぎたからティアとイズモ、雫の三人と一緒にいろいろと服を用意した。
閑話休題。
「アンナはこの娘をどこかに寝かせてくれ。山の中で気を失っていたようだから、あとで容体を診る。できれば、体もきれいにしてやってくれ」
「わかりました。すぐに準備します」
「俺はハジメのところに行って、ミュウの服を何着か貰ってくる。それと、おかゆか何かを用意してやってくれ」
「わかったわ」
手早く指示を出してからティアに幼女を預け、俺はすぐに南雲家に転移した。
「よう」
「うおっ。いきなり来るなんて珍しいな、ツルギ」
「さっそくでなんだが、ミュウの服を何着かくれないか?できれば下着も」
「あ?」
瞬間、ハジメの瞳孔が収縮して殺気を放ち始めた。
まぁ、そうなるよな。自分で言っておいてなんだが、俺だってちょっと問題だと思う。
だから、タケノコ狩りに行ったら幼女を拾ったということを手短に説明した。
「信じられないって言うなら、家に来てくれ。できれば、ユエにも来てもらえると助かる」
「あ?ユエもか?」
俺の要求の意図が読めないのか、ハジメは胡散臭げに首を傾げる。
「・・・ん?呼んだ?」
そこに、ちょうどいいタイミングでユエが顔を出してきた。
「あぁ、ちょっとミュウの服を持って家に来てくれ。ちょっと確認してほしいことがある」
「?・・・よくわからないけど、わかった」
ユエの了承も得られたところで、ミュウの服を何着か見繕ってもらってから俺の家に転移した。
「戻ったぞ。様子は?」
「まだ眠ったままね」
「案内してくれ」
ティアにさっきの娘を寝かせている部屋に案内してもらう。
今はアンナの部屋で寝かせているようで、しばらくアンナはティアかイズモの部屋で寝ることになりそうだ。
部屋の中に入ると、幼女は幾分か落ち着いたようで、規則的に寝息を立てて眠りについている。
「その幼女が、どうかしたのか?」
「見てもらった方が早い」
ハジメの疑問に答えるために、俺はそっと幼女の口を開けた。
そして、
「・・・へぇ、なるほどな」
「・・・ん。私が呼ばれたのも、納得」
俺は最初に抱えた時にチラッと確認したのだが、この幼女、普通の人間と比べて犬歯が発達していた。
それこそ、
「・・・まるで、吸血鬼族みたい」
「あるいは、まんま吸血鬼かもしれないけどな」
だから、吸血姫であるユエに来てもらったということだ。
「もしかしたら、ユエと同じなのかと思ったんだが、やっぱり違うのか?」
「・・・断言はできないけど、違う。そもそも、私が生きていた時に、同胞が異世界になんて話は聞いていない。もしかしたら、私が知らないだけで生まれる前にはあるかもしれないけど・・・」
「まぁ、考えずらいことではあるな。年月が経ち過ぎている」
「ってことは、こいつは地球の吸血鬼ってことなのか?」
「消去法だとそうなるが、それでもいろいろと疑問は残るんだよな」
吸血鬼伝説は、日本人でもおとぎ話程度にはよく知られている。
吸血鬼は強大な存在だが、同時に弱点も多く抱えている。
最も有名なのは、日光だろう。
闇夜に動く吸血鬼は、日光に当たると灰になって死んでしまう、と言われている。
だが、この幼女は日光の下で気を失っていたが、外傷らしい外傷はないし、灰になっている部分もない。
「だから、もしかしたらユエの同類かもしれないと考えたんだが、当てが外れたな」
「・・・ごめん」
「謝ることはない。まぁ、他に当てがないこともないし・・・」
できれば頼りたくはないが、頼らざるを得ないならば仕方ない。
とりあえず、アポは早いうちにとっておくか。予定は・・・
「・・・ん・・・?」
そんなことを話していると、小さな呻き声と共に、幼女が布団の中でもぞもぞと動いた。
その場にいた全員が思わず幼女の方を見ると、幼女はゆっくりと目を開けた。
ユエに似た紅の瞳がきょろきょろと周囲を見回し、不意に俺の方を向いて止まった。
なぜか俺のことをジッと見つめて、ゆっくりと体を起こした。
汚れていた体はきれいになっており、おそらくアンナの物だろうぶかぶかのTシャツを身に着けていた。
起き上がってからもジッと見つめてくるものだから、とりあえず俺も幼女に近づいた。
ベッドの傍にまで近づくと、幼女はさらに顔を近づけて、すんすんと鼻を鳴らして匂いを嗅いでくる。
そして、
「・・・ん」
俺の服をギュッと掴んで、俺に抱きついて胸に顔をうずめてきた。
「っとと」
その際にベッドから落ちそうな勢いで乗り出してきたものだから、慌てて幼女の身体を支えた。
というか、意外と力が強い。
まず間違いなく、吸血鬼か限りなくそれに近い存在であることは確かだ。
確か・・・なんだが・・・
「・・・ずいぶんと懐かれてるな?」
「いや、まぁ、うん。そう、だな」
どう反応しろと。
まさか、逃げている間も意識があったのか?あるいは、無意識にやってるのか?
うーむ、わからん。
ただ、やたらと匂いを嗅がれるのが落ち着かない。
とりあえず、俺もベッドの上に座って幼女の体勢を安定させる。
さすがにまだ疲れているだろうし、できるだけ楽にさせた方がいい。
ただ、俺もベッドに座ると、それなりに幼女との距離が詰まる。
今も、顔を胸から肩にうずめて・・・
「っ」
次の瞬間、僅かな痛みと共に、幼女の犬歯が俺の首筋に突き立てられた。
ティアとハジメは反射的に身構えるが、俺は左手を上げて2人を制止させる。
・・・吸血鬼に噛まれた者は新たな吸血鬼になる、と言われているが、まずはそれが真実かどうかを見極める。仮に俺が吸血鬼になったとしても、ユエとティオの力を借りれば何とかなるはずだ。
「ハジメ、俺の身体や魔力に変化は?」
「・・・今のところはない」
「んっ、そうか」
・・・幼女は一心不乱に俺の血を吸っているのだが、不思議と嫌悪感のようなものはない。
というか、むしろ舌で舐められるたびに変な感覚を覚える。
感じてるとか、そういうのじゃないよな?
・・・それ以前に、この幼女がここまで夢中で血を吸っているというのが気になる。
たしかに吸血鬼にとって血液は栄養源なのだろうが、ユエのように力を増すためのもの、という可能性もある。
だが、仮に栄養源なのだとしたら・・・いったい、どれほどの間さまよっていたのか。あるいは、さまよう前から、なのかもしれない。
とりあえず、今はできるだけ優しく幼女の頭を撫でることに努めよう。
そう思って、幼女の髪に触れた次の瞬間、
「ひっ・・・ご、ごめん、なさい・・・」
幼女は体を強張らせ、咄嗟に俺から距離をとった。
幸か不幸か、おかげでようやく幼女の瞳を真っすぐに見つめることができる。
瞳に映る感情は、恐怖。それも、何度も刷り込まれたもの。
過去視はプライバシー的に控えたが、おそらく暴力ないし虐待を受けていた可能性は高い。
ならば、俺が取るべき行動は、
「大丈夫だ、怖くないよ」
できるだけ優しい笑みを作って、安心感を与えるように頭を撫でることだった。
最初は体を強張らせていた幼女だったが、次第に体から力が抜けていき、再び俺の胸元に抱きついた。
ひとまず、この娘の精神的な容態は大丈夫そうだ。
「・・・ねぇ、今の見た?私たちでも滅多に見ない、優しさに満ちた微笑みだったわよ」
「・・・あぁ、まるで天之河のようなキラキラスマイルだった」
「・・・ん。あんな笑みを浮かべるのはミュウのとき以来かも?」
おい、後ろ。ごちゃごちゃ言うんじゃねぇ。
それと、俺をあのバカ勇者と同じにするな。俺は無差別に女子を篭絡するような真似はしない。
ただ、ちょっと女の子に安心感を与えるためにやっているだけであって、やましい気持ちなど一片たりとも持っていない。
「ツルギ様。おかゆができました・・・って、目が覚めたんですね」
そこに、ちょうどいいタイミングでアンナがおかゆを持って入ってきた。
「それじゃあ、食べさせますか?」
「あぁ・・・っていっても、さっき俺の血を吸ったばかりだしな」
「血を吸う・・・?もしかして、その娘って吸血鬼なんですか?」
そういえば、アンナには話していなかったな。
とりあえず、さっき話した内容を同じことをアンナにも話す。
「なるほど・・・とりあえず、試してみますか?」
「・・・そうだな。血液以外も口にするのかは知っておきたい」
俺で試して何も変化がなかったとはいえ、さすがに繰り返し吸血させるリスクを考えれば普通の食事も試しておきたい。
「わかりました。それじゃあ・・・はい、あ~ん」
アンナがスプーンにおかゆをよそい、幼女の顔に近づける。
だが、
「・・・んっ」
「あら・・・」
幼女はそっぽを向いてしまった。
「う~ん、やっぱり血液じゃないとダメなのでしょうか?」
「・・・試しにツルギにやらせてみたらどうだ?」
どうしたものかとアンナが悩んでいるところに、ハジメが嫌らしい笑みを浮かべながらそう提案した。
アンナは疑問符を浮かべているが、他は完全にハジメの意図を察している。
当然、俺も。
ここはどうにか誤魔化したいところだが、断る理由が思いつかない。
渋々、アンナからおかゆを受け取って、先ほどと同じように幼女に近づける。
「・・・あむっ」
今度は食べた。しかも、目がおかわりを要求している。
「・・・なるほど、そういうことでしたか」
やめろ、やめるんだアンナ。頼むからそんな目で俺を見ないでくれ。
とりあえず、スプーンは幼女に渡した。このまま俺が食べさせたら、何を言われるかわからん。
すると、幼女は不器用ながらもスプーンを使っておかゆを食べ始めた。
どうやら、最低限の知識はあるようだ。
「さて・・・これ、俺が面倒見なきゃいけない流れか?」
「「「「当然(だ)(です)(よ)」」」」
ですよねー。
ただ、さすがに他の面々にも心を開けるようにはしておこう。一から十まで俺に押し付けられるのは納得がいかん。
とりあえず、この幼女の面倒を俺が見ることになったことが決まったところで、ふとあることに気が付いた。
「そういえば、この娘の名前がわからん」
しまったなぁ、拾ったときに会った自称警察官に聞いとけばよかったか。いや、聞いたところで答えが返ってくるとは思わないけど。
もっと言えば、この娘がどこから来たのかもわからない。
この娘の銀髪は明らかに日本人離れしているが、拾ったのは日本だし、拙いながらも日本語をしゃべっていた。
判断材料が少なすぎて、どうしたものか・・・。
まぁ、直接聞けばいいか。
「なぁ。君の名前はなんて言うんだ?」
「・・・なまえ、ない」
一番困る返答が来た。
いや、マジでどうしたものか・・・。
悩んでいると、幼女が上目遣いで俺の顔を覗き込んできて、
「なまえ、つけて?」
そんなことを言われた。
ま~た返答に困ることを・・・。
というか、吸血鬼に名前を付けてほしいって頼まれるとか、なんというデジャヴ。
さ~て、どうしたものか・・・。
思ったよりもサラサラしている銀髪を撫でながら、この娘の名前を考える。
そうだなぁ・・・。
「・・・ルナ、ってのはどうだ?」
ユエの金とは違う、銀の月。
我ながら安直な気もするが、どうだろうか。
「るな、るな・・・えへへ」
お気に召したようで、嬉しそうにはにかんだ。
そして、
「ありがとう、ぱぱ」
そんな爆弾発言を放り込んだ。部屋の中に流れる静寂がつらい。
ただ、なんだろう・・・この言い知れない感覚・・・
「なんか、ハジメがミュウにぞっこんになった理由がわかる気がする」
「おいこら。人聞きの悪いこと言ってんじゃ・・・」
「いや、傍から見てもぞっこんだったわよ」
「ん、ミュウには甘々だった」
「私は神話決戦以降しか知りませんが、親バカなのは間違いありませんよね」
「うぐっ・・・」
なるほどなぁ、これがパパと言われる感覚なのかぁ・・・。
ただ、なんとなく引っかかる。
俺と会うまで、ルナの面倒を見ていたのはいったい誰なのか。
もっと言えば、ルナの生みの親とはどういう人物なのか。
場合によっては、俺の方でケジメをつけなきゃいけないかもしれないな・・・。
ひらがなで喋る幼女って、謎に庇護欲をそそられますよね。
一応言っておきますが、決して変な意味ではなくて。