ルナを保護した翌日。
俺はルナを連れて藤堂邸に訪れていた。
目的は、吸血鬼についてだ。
俺たちがトータスという異世界の魔法に詳しいように、藤堂家は地球の魔法に詳しい。
餅は餅屋、というわけではないが、吸血鬼について何かしら知っている可能性は非常に高い。
だから吉城にアポを取って訪れたのだが・・・ルナを連れて行くつもりは毛頭なかった。
藤堂家、というか吉城とはあくまで利害関係に基づいた付き合いをしていることから、信用はしていても信頼はしていない。
だから、吸血姫であるルナを連れていくわけにはいかなかったのだが、ルナがこれに猛反発し、最終的には泣きじゃくってしまったため、仕方なく連れてきた、というわけだ。
まぁ、それ以前に疲れがたまっていた、というのもあるが・・・。
それはさておいて、インターホンを鳴らして連絡を入れる。
「峯坂ツルギだ。当主の藤堂吉城に話があって来た」
『峯坂ツルギ様ですね。どうぞお入りください』
一応、俺はフリーパスで藤堂邸に入れるのだが、そこまで気を許すつもりはないという意思表示のためにもインターホンは鳴らすようにしている。
まぁ、屋敷の中にはずかずか入るが。
ただ、当主の部屋に向かう道中、使用人やらメイドやらの好奇の視線が痛かった。
そりゃそうだ。いきなり銀髪の幼女を連れてきたんだから、何事かと思うのは無理のない話ではある。
周囲の視線をできるだけ無視しながら足早に歩き、当主の部屋の扉をノックした。
「峯坂ツルギだ」
『どうぞ、入ってください』
許可をもらったところで、扉を開けて中に入る。
そこでは、吉城がなにやら書類をまとめているところだった。
「タイミング悪かったか?」
「いえ、もう終わるので気にしないでください・・・はい、終わりました。それで、今回はその少女についてですか?」
「端的に言えばそうだな」
「・・・何やらお疲れのようですが、何かあったんですか?」
・・・どうやら、吉城にも簡単に見破られてしまうくらいに、今の俺は疲労がたまっているらしい。
「あ~、気にするな。ただの育児疲れみたいなものだ」
「それは・・・あぁ、そういうことですか」
俺のズボンのすそを掴んでいるルナを見て、吉城は納得の声をあげた。
本当に、大したことがあったわけじゃない。
ただ、ルナが俺の傍を離れようとしなかっただけだ。
・・・寝床はそうだが、風呂も。
昨夜はなんとかしてティアとアンナに任せることができたが、以降もこれが続くと、正直しんどい。
現在、我が家ではルナに俺以外の人間でも普通に接することができるようにすることが急務になっている。
「それで、今回訪れたのは吸血鬼についてですね?」
「あぁ。この娘が吸血鬼なのはこっちで確認済みだ。だが、地球の吸血鬼についてはあまり知らない。知っていることがあれば教えてもらいたい」
「構いませんよ」
どうやら、吸血鬼についてはそれなり以上の知識があるようだ。
無駄足にならなかったのはよかったな。
「それでは、まずツルギさんが知っている吸血鬼像はどのようなものですか?」
「そうだな・・・まぁ、世間一般とあまり変わらないな。人の血を吸う悪魔で、弱点以外では死なない、限りなく不老不死に近い存在。弱点は太陽の光、銀、十字架や聖水のような聖なる物、ニンニク。木の杭を心臓に打つことでも死ぬ。噛まれた人間も吸血鬼になる。こんなところか」
「えぇ。たしかに、それが世間一般に知られている吸血鬼像ですね。ですが、事実はいくつか異なります」
いくつか違うってことは、正しい部分もあるってことか。
「まず吸血鬼の定義ですが、大きく分けて3つあります。
1つ目は規格外の生命力。完全な不老不死ではありませんが限りなく近い生命力を持っており、基本的に不老で部位欠損程度の傷であれば簡単に再生します。
2つ目は吸血行為。詳しくは後で話しますが、食事と自己強化の2つの目的で行っています。
3つ目は眷属化。人間に限らず他の生物を吸血鬼化させ、自らの従属にします。
主にこの3つの特徴によって、吸血鬼は定義されています」
なるほどなぁ。なんか講義を受けているみたいで新鮮な気分だな。
こうして魔法関連の事象について説明を受けるのは、トータスに召喚されたばかりの時以来じゃないか?
「また、一口に吸血鬼と言っても主に2つの種類に分けられます。1つは、純粋に化生としての吸血鬼。いわゆる悪魔の類ですね。そしてもう1つが、人間が吸血鬼になった場合です。我々はこのような存在をスレイヴと呼んでいます」
「その2つに違いはあるのか?」
「えぇ。スレイヴは本来吸血鬼が持つ弱点をある程度克服していますが、能力は純粋な吸血鬼に劣ります。また、先ほどの吸血の話になりますが、オリジナルの吸血鬼は吸血しなくても生存になんら問題はありませんが、スレイヴの場合、吸血は生存に必須となります。これは、スレイヴから生まれた子供も同じです」
「もう1つ・・・その口ぶりから察するに、人から吸血鬼になった例は、吸血鬼による眷属化だけじゃなく、自分から吸血鬼になった例もある、ってことか?」
「・・・そうですね。特に研究者基質な魔法使いにとって、不老不死はとても魅力的なものです。永遠に魔法を研究することができますからね。その中で、吸血鬼の性質を魔法で再現して自らに施した人間も、たしかにいます」
・・・やっぱり、か。
まったく理解できない、とは言わないが、人を辞めてまで欲しいもんかね。
「おそらく、その少女はスレイヴでしょうね。オリジナルの吸血鬼は子孫は残しませんし」
「そうなのか?・・・まぁ、妖怪やら悪魔やらが生物と同じように子孫を残すってのは考えづらいか」
なにせ基本的に歳をとらないんだから、生物としての本能なんて残っているはずがない。
「そして吸血鬼の弱点ですが、基本的には太陽光のみです。聖なる魔力が籠った特別な銀であれば効果はありますが、十字架や聖水は効果がありません。気休めにもなりませんね」
「じゃあなんで・・・あぁ、なるほど、教会のプロパガンダか」
「そういうことです。特にスレイヴは人に害を与えることが多かったので、教会はスレイヴの討伐を信仰心向上のために利用しました。そのおかげで、現代になっても間違った知識で吸血鬼を討伐しようとするば・・・吸血鬼狩りもいます」
吉城さん、そこは素直に馬鹿って言ってもバチは当たらないと思うぞ。
「ついでに言えば、吸血鬼、特にスレイヴの生命力は絶対ではありません。吸血鬼は心臓に核を持っているため、心臓が物理的に破壊されれば死にます。木の杭を心臓で打つと死ぬというのも、木の杭くらいの大きさで心臓を貫けば殺せる、ということです」
なるほどね~。
なんか、思ってたよりも興味深いことが聞けたな。
だが、まだ気になることはある。
「だが、この娘が吸血鬼なのは確定でいいとして、どうして太陽の光にさらされてもなんともないんだ?」
「おそらくは、突然変異の類でしょうね。先ほども言いましたが、スレイヴは吸血鬼の弱点をある程度克服しています。と言っても、弱点であることに変わりはありませんが。オリジナルは太陽の光を浴びると灰になって死亡しますが、スレイヴは火傷程度で済みます。まぁ、全身やけどになって苦しむことになりますがね。ですが、裏を返せばスレイヴは生身の肉体があるが故に太陽光に対して多少の耐性を持っているということでもあります。おそらく、この少女はその耐性が他と比べて特別高いのでしょう。それこそ、ほとんど無効化できるほどに」
なるほど。
言われてみれば、ユエも太陽の光が苦手とか全くないしな。
生身の肉体があるかないかというだけでも、化生にとって相当違ってくるんだろう。
「これはあくまで推測ですが、おそらくこの少女は他のスレイヴによって囚われていたのではないでしょうか。そして、そのカインはどうにかしてその少女の能力を取り込むことで、太陽の光に対して完全な耐性を得ようとしたのではないかと」
「なるほど・・・たしかに、その可能性はあるな」
そのために、ルナに対してひどい扱いをしていたのだと考えれば、あの怯え方も納得がいく。
「そういえば、眷属化の条件は?噛まれたら吸血鬼になる、なんて話もあるが」
「結論から言えば、噛まれて吸血鬼になることはありません。眷属化の条件は、対象に吸血鬼の体液を取り込ませること。主に血液ですね。唾液でも眷属化しないことはありませんが、相当な量が必要になります」
なんだろう。不謹慎かもしれないが、それだけ聞くとエイズみたいに聞こえなくもない。
というか・・・
「・・・これは個人的な疑問なんだが、どうしてそんなに吸血鬼について詳しいんだ?」
「藤堂家に保管されている書物の中に、吸血鬼に関するものがあるのです。どうやら、過去に吸血鬼と親しくなった者がいたようでして。ずいぶんと意気投合して、酒まで交わしていたようですよ」
「なんというか、ずいぶんと人間臭いな・・・」
まぁ、吸血鬼だって長い間生きていれば俗世に染まることもあるか。あまり想像はできないけど。
「にしても、不老ねぇ・・・繁殖とかどうなってるんだ?」
「たしか、肉体の最盛期までは成長し、それからは年を取らなかったはずです。性行為は・・・あまり変わらないのでは?」
「まぁ、気にしたところで意味はないんだがなぁ」
「おや、その少女は・・・」
「あまり余計な口を叩くなよ」
「あ、はい」
最近、ミュウは南雲家の人間の影響をわりと強く受けている。
というか、身も蓋もない言い方を言ってしまえば、良くも悪くも毒されている。
だからこそ、俺の心の安寧の安寧のためにも、ルナは真っ当に育てるつもりだ。
まぁ、人付き合いの時点ですでに暗礁に乗り上げているが。
それに、ハジメはともかく、ミュウにも顔を合わせないってわけにはいかないしなぁ。
とりあえず、今後ティオは出禁にしよう。
あとは、ルナの洋服だったり食器だったりと用意しないと・・・
「あ、そうだ。スレイヴは吸血が必須だと言っていたが、普段の食事も必要なのか?」
「無くても大丈夫なはずです。食事はどちらかと言えば趣味に近いでしょうね。ついでに言えば、基本的に睡眠も必要としません。ですが、子育てにおいて生活サイクルは重要ですし、気にして損はないでしょう」
「その口ぶり、あんたにも子供がいたのか?」
「えぇ。これでも既婚者ですよ。一族で決められた許嫁ですが、夫婦仲は良好です」
吉城が実は父親だったということが判明し、それからは吉城に子育てについていろいろと教えてもらった。
いや~、まともな大人って本当に大切なんだな。
ちなみに俺と吉城が話している間、ルナはずっと茶菓子をほおばっていた。
普通に可愛い。
ここに出てくる「カイン」は英語で眷属の“kin”をドイツ語読みしてみました。
まぁ、ギリおかしくはない・・・かな、って感じで。
執筆してて思うのが、マジで造語を作るのが難しいというかめんどくさい。
意外と言語力と語彙力が必要になってくるので、ファンタジー系のラノベを書いている方々はマジで尊敬します。
*眷属の名称を「カイン」から「スレイヴ」に変更しました。