ルナとミュウの間に百合疑惑が発生したその日の夜。
住宅街の一角に、黒ずくめの人物が3人集まっていた。
顔も完全に覆っているため性別はわからないが、音もたてずに屋根から屋根へと飛び移っていく姿は明らかに人間離れしている。
そんな3人だが、しばらく移動しては止まり、また移動しては止まってを繰り返していた。
「・・・どうだ?」
「・・・間違いありません。ある境界から向こうに行けないようになっています」
口から出る声はなぜかノイズがかかっていており、声から特徴を分析することが困難になっている。
だが、それでも雰囲気から困惑している様子が見て取れた。
「まさか、ここまで高度な魔法を使えるとは・・・トウドウの者でしょうか?」
「いや、トウドウの人間でもできないだろう。ざっと半径数百メートルにわたって侵入不可の結界を張るなど、それこそ他の魔法組織でも困難を極める」
「ということは、ハンターが協力している可能性が?」
「吸血鬼に特化した結界ならばあり得る。だが、だとすればなぜ我々の動向を察知することができた・・・?」
言葉を交わしているのは3人中2人で、最後の1人は一歩下がった場所から無言を貫いている。
2人もそのことを気にしていない、というかそれがいつも通りなのか会話を続ける。
「ひとまず、今夜は結界の穴を探して、見つけ次第突入する」
「ありますか?」
「これほどの規模だ。どこも完全無欠というわけではないだろう。それこそ、上空だったりな」
「わかりました。では、さっそく・・・」
「さっそくどうするんだ?ぜひ聞かせてほしいな」
瞬間、3人は一斉に散開した。
現在、3人は(この世界では)高度な隠密を施している。一般人はもちろん、魔法を扱える者でも気づくことが困難なほどだ。
だというのに、当たり前のように声をかけ、さらには微塵も気配を感じることなく近づかれていたという事実に、3人の警戒レベルは一気に高まった。
「まぁ、言わなくてもいい。だいたい想像がつくからな」
声がした方向に振り向くと、そこには半袖短パンのラフな格好をした、峯坂ツルギが立っていた。
* * *
まさか、さっそく現れるとはなぁ。
もともと、家の周囲には“帰還者”騒動の最中に政府や裏世界の組織からの襲撃を防ぐために結界を張っていた。
ハジメと協力してクラスメイトの家にも施した結界は、主に2種類。
1つは、俺たちに敵意や悪意を持って近づこうとする存在を拒絶する結界。
そして、もう1つが怪しい動きをしている存在を探知する結界だ。
1つ目の結界はともかく、2つ目の結界は特に苦労した。
なにせ、万が一魔法について知識がある輩にも対策できるようにできるだけ隠密性を高くして、なおかつ1つ目の結界を覆うように広範囲をカバーしているから、その辺りの調節が本当にめんどくさかった。
まぁ、こうして役に立っているわけだから、苦労は無駄にならなかったわけだが。
にしても、さぁ寝るぞ!って時に襲ってきやがって・・・。
俺と同じベッドですでに寝ていたルナに気付かれないように抜け出すのにも苦労したし、こんな格好でこんな時間に外に出たもんだから肌寒くて仕方ない。
別に着替えてから行ってもよかったんだが、ルナって吸血鬼だからか気配に敏感で、抜け出すのに時間喰い過ぎて着替えるどころじゃなくなったんだよな。
まぁ、この程度で風邪ひいたり動きが悪くなるような軟な鍛え方はしてないが。
ただ、ちょっと眠い。
「ふぁ~・・・さて、ルナを置いてちまったからな。ここは、さっさと片付けさせてもらう」
そう言って、俺は右手に刀を生成して握った。
配置は、手前にガタイがいい奴と女っぽい奴、奥に小柄な奴が控えている。3人とも黒いローブや覆面で容姿がわからないし、声にもノイズがかかっているから、ぱっと見でわかることは少ない。
さて、もう少し粘って情報を引き出すか、さっさと倒して尋問するか、どうしたもんかね。
「何もないところから武器が?・・・何者だ、貴様」
ふ~ん?藤堂家みたいに、俺たちに魔力があることを把握しているわけではない。
やっぱり、俺とハジメによる世界規模の認識改ざんの影響を受けている。
となると、向こうもまだ俺たちの正体がわかっていないのか?
「なんだ、わかった上で襲撃してきたわけじゃないのか。俺はてっきり、俺たちのことは把握してるもんだと思っていたが、買い被りだったか?」
試しに少し挑発してみると、3人組は剣呑な気配を放ち始めた。
「・・・状況が読めていないようだな。貴様こそ、我々の正体を知らないのではないか?こうしてのこのこと1人で現れたのがいい証拠だ」
実際はある程度把握してるんだけどな~。
だが、できるだけ情報を引き出すために知らないふりを続ける。
「なんだ、あんたらはそんな大した存在なのか?悪いが、俺にはわからんな」
「・・・調子に乗るなよ、クソガキ。我々は」
「待ってください」
所属をべらべらと喋ってくれるかと思ったら、途中で女っぽい奴が引きとどめた。
「この男、捕縛対象です」
「なに・・・?」
報告を受けて、ガタイがいい奴は動揺をあらわにする。
が、それはすぐに治まった。
「なるほど。なら話は早い。お前たちはもう片方の捕縛対象を捕らえに行け。その男は俺が拘束する」
「その案に頷くわけないでしょう。さっきまで結界をどうするか話していたじゃないですか。それよりは、私たち全員で確実に拘束して、結界について吐かせた方がいいです」
血の気が盛んなガタイがいい奴に対して、女っぽい奴は比較的冷静に物事を考えられるようだ。
ただ、後ろの小柄な奴がさっきから一度も口を開いていないのが気になる。そういう性格なのか、あるいは何か理由があるのか。
今のところ、一番の不確定要素はあの小柄な奴だな。
「・・・なら、お前たちは下がって援護に徹していろ。奴は俺がやる」
「わかりました。それでいいでしょう」
そう言って、女っぽい奴は小柄な奴の傍まで下がった。
「・・・で?お前が相手なのか?」
「そうだ」
「なら、名前くらいは教えてもらってもいいか?呼び方がわからないと不便なんだが」
「我々に名前はない。あの方の所有物にすぎないのだからな」
「ふ~ん」
あの方、ねぇ。
手駒を所有物扱いとか、どこぞのクソ神を彷彿とさせるような奴だなぁ。
まぁ、自分を神とかと勘違いしたバカは例に漏れず態度ばかりデカくなるし、ルナのことも考えれば驚きはしないが。
できればもう少し『あの方』について聞き出したいところだが、ここでやることでもないか。
「貴様は殺さずに捕まえろと命令されているが、死ななければどうなってもいいとも言われている。手足の2,3本は覚悟してもらうぞ」
なるほど、元々の狙いはルナだけだっただろうが、欲を出して俺を眷属にしようとしているのか。
そうなると、下手をすればハジメやティアたちも標的にされる可能性がある。
ならなおさら、こいつらを捕まえて『あの方』とやらにカチコミしに行かなきゃな。
「そうか。なら、そうならないように気をつけさせてもらう」
「できるものならやってみせろ!!」
そう言って、ガタイがいい奴が屋根を破壊するような勢いで迫ってきた。
とはいえ、俺からすれば遅い。
特に慌てることもなく、突っ込んでくるタイミングに合わせて刀を振り下ろす。
ガキィンッ!!
「なにっ?」
拳と刀がぶつかり合った次の瞬間、拳を斬り裂くはずだった刀は甲高い金属音のような音をたてて止められた。
「っ、ちっ」
視界の端に刀に伸びる腕が映り、やむなく後ろに跳躍して距離をとる。
(普通の人間じゃないとは思っていたが、特殊能力持ちだったか・・・シアの“鋼纏衣”みたいなものか?)
変成魔法“鋼纏衣”は皮膚を鋼のように固くする、シアがよく使う魔法だ。(シアは“気合防御”と呼んでいる)変成魔法の深奥を理解している俺ならば、それこそダイヤモンドと同じ硬さを生み出すことができる。
特に特殊効果は付与していないとはいえ、俺の斬撃を受け止めることができるとは。少なくとも並みの鋼よりは硬いか。
にしても、俺の攻撃が受け止められるとか、ちょっとプライドが傷つきそうだ。
「わかったか?貴様の攻撃で俺に傷をつけることはできない。いさぎよく諦めることだ」
そんなことを言っているが、奴の言葉に耳は貸さない。
硬質化は便利だが、当然デメリットもある。
それは可動性だ。鎧を見ればわかるように、全身を硬くするとまともに動けなくなるため、関節などは装甲で覆うことができない。
奴の硬質化の効果がどんなものなのかはわからないが、全身刃が通らないなんてことはないだろう。
ならば、まずは攻撃が通る部位を見極める・・・そんな時間すら、今は惜しい。
「どうした。まさか我々を相手に勝つつもりでいるのか?ならば、それが思い上がりであることを知らしめてやろう」
「・・・いや、もういい。もう少し遊んでやってもよかったが、これ以上長引かせるわけにもいかない」
今回ばかりは、俺も相手のことを甘く見ていた。
まさか、こんな特殊能力まで持っているとは思わなかったからな。明らかに見込みが甘かった。
これ以上ダラダラと続けていると、思わぬ一手をとられかねない。
ならば、ここで一気に終わらせる。
「安心しろ。お前たちにはいろいろと聞きたいことがある。四肢は斬り落とすだろうが、殺しはしない」
「ふん、まだ理解できないのか?貴様では我々に勝てない・・・」
奴が言い切る前に、背後に転移。まずは両腕を斬り落とす
「と・・・?」
続けてしゃがみながら回転し、両足も斬り落とす。
同時に、ガタイがいい奴を挟むように正面に壁を生成。さらに壁と俺の位置を入れ替える。
最後に、ガタイがいい奴の両肩と両太ももに直剣を突き刺して磔にした。
「これで1人完了っと」
「なっ・・・」
「あぁ、しばらく黙ってろよ。騒ぐようなら口にこいつを突き刺す。さすがに初めての相手じゃ加減がわからんからな。俺のうっかりで死にたくはないだろう?」
一応、こいつらに話しかける前に人払いと隔離の結界は張っておいたから、付近に人が近づいてくることも、結界内の人間が俺たちに気付くこともないが、万が一がないとも限らない。
もう、少しも油断しない。
「さて・・・」
「っ、“惑え”!」
女っぽい奴がそう叫んだ瞬間、僅かに視界が揺らいだ。
だが、
「ふぅん、幻惑の類か?」
「そんなっ、効いてない!?」
すぐに元に戻った。
おそらくは魔法の類だろうが、今の俺の魔耐はクラスメイトや異世界組の中でもずば抜けている。そんじょそこらの幻惑程度、どうということはない。
「まぁ見ての通り、そういう搦め手は俺には通用しない。そういうわけで、大人しく縛られてくれれば楽なんだが」
「くっ・・・!」
「あぁ、逃げるのは無駄だぞ。ここら一帯の空間は隔離してあるからな」
そう言うと、小柄な奴の魂魄がわずかに揺らいだ。
おそらく、そいつが逃走要員なんだろう。
前衛・後衛・逃走役がきっちり揃っているあたり、バランスがいいな。
それでも、個々の実力は俺にはとうてい及ばなかったようだが。
「それじゃあ・・・ここまでだ」
これは実質、相手に対する終了宣言だ。
あとは全部、一瞬で終わらせる。
『動くな』
「「ッ!?」」
まずは“神言”で2人の動きを止める。
正直、これだけでもまったく問題はないんだが、ここにもうひと手間加える。
「縛れ、“グレイプニル”」
詠唱を唱えると、2人の背後に魔法陣が現れ、そこから紐が出現して2人の体に巻き付き、拘束した。
北欧神話においてフェンリルを縛った紐を象った拘束魔法、“グレイプニル”。
“
空間固定ができないという欠点も、“グレイプニル”を生み出す魔法陣にその機能を付与させれば解決できる。
「さて・・・」
ひとまず、襲撃してきた3人はまとめて黙らせた。
ガタイがいい奴には“グレイプニル”を使用していないが、突き刺したナイフに回復と再生を阻害する効果を付与した上で空間魔法で固定しているから、まず大丈夫だろう。
“グレイプニル”で拘束した2人は言わずもがな。
今のところ、周囲数㎞に怪しい反応はない。
ひとまず、この場はこれで落ち着いた。
問題はこいつらの扱いだが・・・まぁ、家の地下室に閉じ込めておけばいいか。
ハジメと協力して作った、空間魔法で拡張させまくったエリアだが、まさか監禁に役立つときがくるとは思わなかったな・・・。
「んじゃ、さっさと転移させて・・・?」
3人を地下室に転移させるために改めて見て、気づいた。
3人とも、抵抗に体を動かすどころか、口すら開いていない。
「まさか・・・!」
まず間違いないが、念のため近づいて確認する。
仮面をはぎ取ってあらわになった素顔は、筋骨隆々の青年に20代頃ほどに見える女性、そしてミュウやルナより少しばかり年上だろう少年。
その3人ともが、目から光を失っていた。
「我々は“あのお方”の道具、か。ここまで徹底していると、いっそ感心さえするな」
おそらく、こいつらに自害用の毒物なんかは持たせていない。吸血鬼用の毒もあるかもしれないが、少なくともこいつらはそれらしき物を仕込んでいる様子はなかった。
つまり、“あのお方”とやらは離れた場所から自分の手ごまを正確に把握する術を持っている、というわけだ。
そして自身の刺客が捕らわれたと把握するや、いっさいのためらいもなく切り捨てる。
まさしく、世間一般像の“吸血鬼”にふさわしい冷酷さだ。
だが、今回ばかりは裏目に出たな。
「・・・そこか」
“あのお方”が直接手を下したのなら、魔力の軌跡を追えばある程度の場所を把握することはできる。
おそらくは俺のことも正確に認識されただろうが、俺の刃もまた奴に向けられた。
ここからは、狩るか狩られるかの競争だ。
週一投稿したいとか言いながら、結局一週間以上過ぎてしまった・・・。
頭が痛いし重いしで進まないっていう言い訳はしたいですが、いい加減有言実行できるようにしなければ・・・。