「そういうわけで、大まかだが黒幕の位置は特定した」
「どういうわけで、昨日の今日でそんなことになるんだ・・・」
翌朝、親父に事の顛末を話したところ、盛大に頭を抱えられた。
ちなみに、ティアや雫といった他の面々は「まぁツルギだしな~」みたいな表情を浮かべていた。
「それで、さっそく反撃に行くの?」
「俺もそうしたいんだが、今日からは普通に学校があるからな・・・」
ルナを保護したときは連休だったため、多少時間に都合をつけることができた。
だが、高校生である俺たちは学校に行かなければならない。
それなら夜とか夕方に行けばいい話かもしれないが、そもそも夜は吸血鬼の独壇場だ。俺でも万が一がないとは限らない。
それに俺が得た情報が正しいとも限らない。もしかしたら、逆探知してすでにその場所を引き払っているかもしれない。
だから、連続で昼に行動できる休日まで待たなければいけない。
とはいえ、それも2,3日の話だ。
警戒態勢もさらに引き上げたし、昼間は一度も襲撃されないどころか監視の気配すら感じなかったことから、学校に行ってもすぐにどうこうされることはないはずだ。
万全に万全を重ねて、来たる日までルナを守り通さなければならない。
「そういうわけだから、イズモ、アンナ、頼んだぞ」
「あぁ」
「わかりました」
現状、昼間も家にいるのはこの2人だけだ。
ここ数日は、2人にルナを任せることになる。
幸い、ルナも峯坂家と南雲家の人間であれば問題なく接することができるようになっているため、もしものときはティオにも助力を乞うことはできる。個人的には少し癪だが、ルナの安全を考えれば仕方ないことではある。
ちなみに、本当はアンナも高校に通った方がいいのではないかと考えていたんだが、本人が家にいることを強く望んだため、高校には通っていない。
その代わり、家の家事全般はアンナが担っている。
閑話休題。
「それと、俺は今日の夜は少し地下室にこもる」
「それは・・・」
「そういうことだ」
ルナがいる手前、明言はしないが、俺が言っているのは昨日の3人の襲撃者のことだ。
結局、あの3人は“あの方”によって殺されてしまったが、俺ならば死体からも情報を得ることができる。
これはどちらかと言えば中村の領分なんだろうが、今中村はここにはいない。
というのも、トータスに戻った天之河について行ったからだ。
元々天之河は神話決戦で裏切ったことを気にしており、日本に戻ってからも贖罪もしていないのに平和に暮らしているという事実から罪悪感に苛まれ、最終的に高校を自主退学、トータスに一冒険者として神域の魔物の生き残りを討伐しに戻ったのだ。
とはいえ、本来であれば中村がそれに同行する理由はない。なんだったら、天之河は「恵里を巻き込むわけにはいかない」と拒絶を示したのだが、結局強引に同行した。
これは俺だけが聞いた話なのだが、中村はここで天之河との距離を測り直すつもりらしい。
つまり、前までの望みの通りに共にいるか、それとも天之河から離れて新たな出会いを探すか。
とはいえ、俺もそうだが、中村だって今さら新たな出会いに恵まれるとは思っていない。
だから、共に過ごすにしてもどのような関係を望むか、その落としどころを探しに行くつもりだそうだ。
そう言われれば、俺としてもあまり反論はないし、中村のトータスでの社会的地位を取り戻すのであればむしろ良いことですらある。
もっと言えば、ぶっちゃけこっちにいることが中村にとって最善とも限らない。
トータスとは違う意味で、日本でも中村の社会的地位は決して高くないのだ。さらに、中村の気質は現代社会の日本に決して馴染むことはない。
であれば、いっそトータスで天之河と一緒に贖罪の旅を続ける方がベターではある。
ちなみに、谷口がこのことを知ったのは天之河と中村がトータスに渡った後で、説明したところ秘密にしていたことを怒られてバカ高いスイーツをおごらされた。また、なぜか坂上もそれに同行し、「そんなに食ったら太らねぇか?」と口にしてブチギレられていた。
まぁ、谷口も本気で怒っているわけでもなかったようだから、どう想っているのかはお察しというやつだ。まぁ、坂上はまず間違いなく本気で言ってたのだろうが。
長くなったが、そういうわけで現時点で降霊術に長けている人物はあまりいない。
ユエも使えないことはないんだろうが、闇魔法に属するとはいえ降霊術は超高等技術で、闇魔法の適性持ちでも使える人物は少ない。だからこそ、降霊術に天賦の才を持つ“降霊術師”は地味に激レア天職だったりするわけだが。
そして、それはユエも例外ではなく、使用頻度が圧倒的に少ないこともあって降霊術はそこまで得意ではない。
その代わり、魂魄魔法という降霊術の上位互換を使えるが、技能の関係で死へのイメージが苦手だからか、蘇生はできても死体を死体のまま利用するのは不得手なようだった。
その点、俺は中村と似たり寄ったりでそのあたりの倫理観はぶっ飛んでいるし、母さんや自分自身で死を近くで感じた経験もあって、降霊術に属する技術はユエよりも上だったりする。
まぁ、それでもユエだったらコツを掴めばすぐに追いついてきそうな気もするが、本人はそういうのに乗り気じゃないから(どちらかと言えば『死んだら蘇生させればいいじゃない』と考えているだろうだが)、こういうのは基本的に俺が担当することになっている。
とはいえ、ハジメが“模範的な日本人”を気取って死人が出ないように立ち回っていたから、使う機会はなかったが。
ちなみに、なぜあの3人を蘇生しなかったのかと聞かれたら、『できなかったから』としか言いようがない。
あくまで推測でしかないが、ユエの不老不死は“自動再生”による疑似的なもので、老いないと言うよりは『老いても元に戻る』が正しいんだろうが、こっちの吸血鬼は正真正銘『老いない』存在であり、根本からして生物からかけ離れている。だからこそ、再生魔法と魂魄魔法による蘇生がしづらいのではないか、と考えている。
だからこそ、あの3人がどうやって殺されたのか、推測はできても確信できる答えは見えていない。
そのことも含めて、今夜はあの3人の死体を徹底的に検死するつもりだ。
「っと、あまりのんびりしてられなくなってきたな」
時計を見れば、いつの間にか家を出る時間に近づいている。
必要に迫られない限りは日常生活で異世界使用のステータスや魔法を使うことは控えているから、普通に時間に気を付けて行動しないと遅刻しかねない。
さっさと朝食を口に詰め込んで、カバンを持って玄関に向かう。
「それじゃあ、行ってくる、ルナ」
「うん、いってらっしゃい」
笑顔を浮かべて控えめに手を振って見送るルナは、控えめにいって天使のようだった。いやマジで。
「まったく、ツルギも骨抜きになってるじゃない」
「本当、でれっでれよね。これじゃあ南雲君のことも言えないわよ」
「ま、まぁ、以前と比べて心のゆとりが出来たということでしょうし、悪いことではないのでは?」
「アンナ、さすがにその弁護は何回も使えるものではないぞ・・・」
いろんなところから散々に言われてるが、別に最低限の節度はわきまえてるんだからいいじゃん、これくらい。
* * *
学校にいる間、内心では柄にもなくずっとソワソワしていた。
今回は事が事だから、つい気になってしまう。
・・・たぶん、ルナのことが気になって仕方ないというわけではないはず。
幸いだったのは、それを察していただろうハジメたちは事情を知っているからウザ絡みしてこなかったことか。
学校が終わってからは、初めてティアと雫を置いていきそうになったくらい足早になってしまい、帰宅してからは一直線に地下室に向かった。
そして、3つの死体と対面する。
「さぁて・・・見えている地雷を踏みに行くほど嫌なことはないよな」
襲撃してきた3人の死体。
その3つすべてに何かしらの罠が仕掛けられている。
ここに連れて来ても作動した様子を見せないということは、解剖した時に起爆するのか、それとも探知の類なのか。
ここに置く前にあらかじめ部屋の空間は隔離してあるから位置がバレることはないと思うが、絶対とは言い切れないし下手にいじくって地雷を踏みぬく方がよっぽど怖い。
まだ何が仕掛けられてるかは把握してないんだよなぁ・・・。
とにもかくにも、過剰なレベルで警戒度を引き上げて調べるとしよう。
「とりあえず、探査は五重に展開して、何か起こった時のために空間も隔離。動かれても困るし、念のため“グレイプニル”で固定しておくか」
下手に刺激しないように“魔眼”でくまなく観察しながら、慎重に魔法陣を形成して外部から情報を掻きだしていく。
何度か危うく罠を踏みそうになったが、作動する前に解除してやりすごす。
幸い、こっちの魔法体系はトータスと似ているため、こっちの技術で問題なく対処できた。
問題は、それだけ苦労しながらも大した情報は得られなかったことだ。
得られた情報は、いくつかの拠点の大雑把な場所だけ。
その場所だって、ほんのわずかに残った魔力の残滓から候補をいくつか絞り込んだ程度。
これはあくまで推測でしかないが、襲撃者が死んだからくりは“魂魄を強奪されたことによるショック死”。
情報が得られなかったのは、魂魄が根こそぎ消失していたせいで情報を引き出せなかったからだと考えられる。
この推測が正しければ、“あの方”の能力は『奪う』ことに長けている可能性が高い。
幸いと言うべきか、肉体には魔力の残滓がいくらか残っていたから、何かしらの制限はあると思う。一度に奪えるのは1種類だけとか、使ったらインターバルが必要とか。
ここまで足がかりがないってのもな~。電子的なネットワークを使ってないことはハジメの調査でわかっているし、こうして地道に自分の足で探すしかないのか・・・。
長期戦になりそうな予感に思わずげんなりしながら、地下室を出た。
ビー!ビー!ビー!ビー!
次の瞬間、アラームがけたたましく鳴りだした。
これは、結界を超えて襲撃者がやって来たことに対する警報だ。
「ちっ、来やがったか!」
どうしてここがバレた?いや、結界は球状に展開されていて、あの3人も結界の周囲を移動していたようだから、だいたいの位置は割り出せるか。あるいは、転移の跡を辿られた可能性もある。
ともかく、まずは情報を引き出す。
感知した魔力は襲撃者より大きいものの、後衛職のクラスメイトには及ばないことから“あの方”の可能性は低い。
だが、まったく安心はできない。
ルナのところに向かうために階段を駆け上っていく。
リビングに到着すると、ルナは雫に抱きしめられておりティアたちも戦闘態勢に入っていた。
「大丈夫か!」
「ツルギ!」
「パパ!!」
俺の姿を見るやいなや、ルナは雫から離れて一目散に俺の下に向かって来た。
とりあえず、まだ襲撃は受けていないようで安心した。
「状況は?」
「すぐに結界から離れていきました。おそらく、結界を突破できるか確認したのかと」
俺の問い掛けにアンナが答える。
たしかに、襲撃者の情報をリアルタイムで取得していたのなら、結界を張ってあることも知っているはず。その可能性は高い。
そして、結界を破ったはいいが侵入を感知されて徹底した、といったところか。
それにしても暗くなってきた途端に仕掛けてくるとは、案外我慢が苦手なようだ。
おかげで、思ったよりも簡単に尻尾を掴むことができた。
「さて・・・予定変更だ。明日には仕掛けるぞ」
* * *
「失敗した、だと?」
「申し訳ございません」
暗闇の中、明らかに怒気を含んだ声音の青年に、初老の男が恭しく跪きながら冷や汗を流していた。
「・・・あの3つの駒が捕縛されたことといい、お前が姿を確認することすらできなかったことといい、いったい何者なのだ・・・?」
「私が調べたところ、“帰還者”と呼ばれる1年前に起きた集団失踪事件の当事者の1人のようで、その中でもリーダー格の人物のようです」
「あぁ、たしか不思議な力を持っているのではないかと騒がれていたな。結局、それらはガセだったと結論付けられたが・・・ガセではなかった、ということか?」
「おそらくは」
「くくくっ、だとしたら、なおさら欲しくなったな。その男さえ手に入れば、残りの帰還者とやらも私の下にくだるだろう」
まるで確定事項のように語る青年に、初老の男は内心で冗談ではないと愚痴をこぼした。
先ほどの結界、なんとか破ることができたものの、相手にばれてしまって警戒されてしまい、仕方なく撤退した。
その際に、探知の類までかけられてしまい、その解除にそれなりの時間をかけてしまった。
少なくとも、自分より格上。それも圧倒的に。
さらに、当初の目的であった少女を保護しており、自分たちに対して少なからず敵意を抱いている。
そのような存在に再び接近するというのは、現実的にも感情的にも拒否したいところだった。
だが、目の前の人物は自分の主。誤魔化さずに言うなら自分の“所有者”だ。
逆らうことは決して許されない。
だから、初老の男は反論するのではなく、違う方法を提案した。
「でしたら、御自ら出向いてはいかがでしょうか?我々のような下っ端では門前払いされましたが、貴方様なら話を聞いてくださるでしょう」
「ふむ・・・それもそうか。なら、明日の夜に出向くとしよう」
自分の意見を好意的に受け取ってもらえたことにホッとしつつ、初老の男は自分はどうするべきか考える。
できるなら同行するべきだろうが、おそらく自分のことは把握されているだろう。下手をすれば、自分のせいで追い返される事態もあり得る。
だが、自分以外に青年の傍に付けることができる駒はいない。
「明日のことはおいおい伝える。もう下がれ」
「かしこまりました」
まるで考えがわかっているような口調で、青年は初老の男にそう命じた。
いや、実際にわかっているのだ。眷属となった者は、主に対して己の全てを掌握される。
行動はもちろん、思考までも。
そして、青年の力は絶大。逆らえる者は誰一人としていない。
帰還者に対して湧きそうになった同情の念を押し殺しながら、初老の男はその場を後にした。
自分たちが喧嘩を売った相手がどのような存在なのか、少しも考えないまま。
思い返せば、ユエって蘇生とか幽霊の演出はけっこうしてるけど、死体を使ってあれこれしてる場面がなかった気がする。
まぁ、そんなことをしなくても1人で殲滅できるんだから必要ないし、そもそも魂魄魔法自体が降霊術の完全上位互換だから使う機会がないってのが正しいんでしょうが。
死体を再利用するくらいならさっさと蘇生しちゃうし。