二人の魔王の異世界無双記   作:リョウ77

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紅い夜

アルカード。

目の前に現れた男、もとい吸血鬼はそう名乗った。

創作物に現れる吸血鬼の名前としてはメジャーなものだが、目の前にいる人物がそのオリジナルか、それともただ名前を騙っているだけかはティアたちには知りようがない。

だが、その実力は疑いようもないことはその場にいる全員が直感していた。

 

「・・・それで、わざわざ敵地の真ん中に来て、どのようなつもりだ?」

 

イズモが“黒鳳蝶”を構え、油断のない視線を向けながらアルカードに問いかける。

対して、質問を受けたアルカードは見るからに不機嫌そうに顔を歪ませる。

 

「私の許可なく問いを投げかけるとは、不敬甚だしいが・・・まぁ、いいだろう。今宵は特別だ」

 

これだけで、ティアたちは察した。

こいつ、エヒトの同類だ、と。

当然、アルカードはそんなティアたちの胸中など知る由もないが。

 

「私がここに来たのは、“帰還者”とやらを私の手駒に加えるためだ」

「手駒、ですって・・・?」

「本当はそこの少女を取り戻すだけでよかったのだがな、私の駒を生け捕りにできるほどの力を持っているのであれば、配下に加えようと思ったわけだ。だが、お前たちの筆頭である峯坂ツルギとやらが私の城でずいぶんと暴れてくれたのでな。先にそこの少女とお前たちからいくらかを私の駒として利用すれば、峯坂ツルギも大人しく私の言うことを聞くようになるだろう」

 

傲慢。ただただその一言に尽きる内容だった。

だが、その傲慢に見合うだけの力があるのは間違いない。

だからこそ、ティアたちにその誘いに頷くという選択肢はなかった。

 

「断る、と言ったら?」

「その時は、1人か2人くらいは死んでもらおう。力を持っていると言っても、たかが人間。私に敵う道理はない。力の差を見せれば、自ずと首を垂れることになる」

 

言葉は必要なかった。

床を破壊するほどの踏み込みで即座にアルカードに肉薄し、“空喰”を空間そのものに対して発動してアルカードの空間障壁を食い破らんと後ろ蹴りを放った。

魔法に直接作用するわけではないためか、ティアの膂力をもってしても空間障壁を突破することはできなかったが、アルカードから余裕の表情を奪うことに成功していた。

その様子を観察しながら、イズモはアンナに念話を飛ばした。

 

『アンナ。あの男をアーティファクトで転移させることはできるか?』

『無理ですね。先ほどから干渉していますが、阻害されています。空間魔法を使えるのは間違いないでしょう』

『せめて私が空間魔法を使えれば・・・いや、言っても詮無いことか』

 

この場にいる中で空間魔法を使えるのはティアのみだが、ティアは基本的に前衛のアタッカーであって魔法は特別得意というわけではない。それを抜きにしても、未知の力を持っている可能性が高い吸血鬼を相手にしながら、魔法の扱いに関しては格上だろう相手を転移させるのは至難の技だ。

だから先ほどからアンナが少し離れた場所で端末を操作してアルカードを転移させようとしていたが、結果は失敗に終わった。

イズモはグリューエン大迷宮の攻略に参加しなかったことを一瞬悔やみそうになったが、香織とミュウの護衛もまた同じくらい重要であったと思いなおした。

できれば樫司経由でユエの助力を得たいところだが、未だに何の連絡もないことから、他のところでも何かあったのかもしれないと予感した。

 

 

 

イズモの予感は的中していた。

南雲家に転移した樫司からハジメたちも状況を把握し、すぐに峯坂家に向かおうとした。

だが、

 

「・・・ちっ、うざってぇな」

 

ハジメたちは、突如として出現した赤い霧に足止めを喰らっていた。

いつの間にか現れた赤い霧は南雲宅を取り囲んでおり、見える範囲も1mあるかどうかといったところだった。

そして、最も厄介なのが、この赤い霧がハジメたちを閉じ込めているということだった。

真っすぐ進んでも霧を抜けることはできず、だが引き返すとすぐに家に戻る。転移も試したが、通常のゲートキーや劣化版クリスタルキーでは効果がなく、ハジメが持っているオリジナルのクリスタルキーでようやくだった。

 

「ユエ、解除はできるか」

「・・・できなくはない。けど、時間がかかる」

「だよな・・・こりゃ明らかに、“境界への干渉”だ。ツルギの奴、向こうで何かやらかしたか?・・・いや、俺たちも標的になってるのか?」

「・・・前の件で、“帰還者”に興味を持った?」

「かもな」

 

最初の内は、たしかに敵の狙いはルナ一人だけだった。

だが、以前の襲撃でツルギが襲撃者をなんなく生け捕りにしたことから“帰還者”も目的に加えたのだろう。

おそらくは、他のクラスメイトたちにも同じ現象が起こっているはずだ。

 

「俺たち全員の家に同じことをしているとしたら、さすがは吸血鬼ってところか?ツルギが言ってた『理論上無限に近い魔力を扱える』ってのも、あながち間違いじゃなさそうだ」

 

ハジメもまた、敵への警戒レベルを引き上げた。

後手後手に回ってしまったのは痛いが、それでもまだかろうじて手遅れにはなっていない。

 

「ひとまずは、この赤い霧をどうにかしねぇとな。話はそれからだ。ユエ、解除にはどれくらいかかりそうだ?」

「・・・頑張れば、5分くらい?」

「わかった。俺はこのままクリスタルキーでツルギの家に行く。襲われてるとしたらそこくらいだろ」

「あれ?他の皆さんのところには行かないんですか?というか、ハジメさんだけで行くんですか?」

 

背後から、暇を持て余したシアが尋ねて来た。

ちなみに、シアはシアで身体能力強化を使ったごり押し(拳圧で霧を吹き飛ばそうとしたり、全力ダッシュで霧の外側に走ったり)で霧を突破しようとしたが、あえなく失敗したため大人しくユエが霧を解除するのを待っていた。

 

「親玉は十中八九、ルナを取り戻すためにツルギの家に行ってるだろうし、仮に襲撃者が他のところに行ったとしても、さすがに手に負えないレベルじゃないだろ。ツルギ曰く、『初見殺しの能力さえ気を付ければベヒーモスよりも断然弱い』って言ってたしな」

「あー、それならたしかに大丈夫ですね」

 

そもそも比べる対象がおかしいのだが、ここにいるのはチートな強さを持つ“帰還者”の中でもずば抜けている奈落の化物と吸血姫とバグ兎なため、否定の言葉が出なければツッコミを入れる人物もいなかった。

 

「問題は、峯坂の家に問題なく入れるかどうかだな」

「あれ?クリスタルキーで行けないんですか?」

「境界を超えるっつーことは、極端な話世界を超えるようなもんだ。少し試してみたんだが、トータスに繋げるほどじゃないにせよ、ごっそり魔力を持ってかれそうだ。少なくとも、2回分は厳しいな」

 

恐るべきは、これほどの結界を気づかれないうちに構築・展開した吸血鬼の技量と魔力だろう。もしかしたら、空間魔法に限ればユエを上回るかもしれない。あるいは、空間魔法のみを極めた、ある種“解放者”たちのようなスペシャリストなのかもしれない。事実、ライセン大迷宮と神域でミレディの重力魔法を見ているハジメとユエは、ミレディがユエを上回る重力魔法の使い手であることは共通認識になっている。

 

「う~ん、私もどうにか気合でこの霧を超えれればいいんですけどね~」

「できてたまるか」

「ですが、義妹(ソウルシスター)さんたちを見てるとできそうな気がしますよ?」

「さすがに無理だろ・・・無理だよな?」

 

だいたいツルギのせいで変なところが覚醒しそうな義妹(ソウルシスター)を見てると、さすがに生身で越えるのは無理にしても、そのうち大迷宮に挑んで本当に雫を求めて世界を越えそうな勢いになっているため、ハジメも思わず否定の言葉を飲み込んでしまった。

それと比べれば、たしかにシアも気合で世界を越えてもおかしくないかもしれない。

 

「まぁ、そのことは置いといてだ。俺はこのままツルギの家に向かうから、2人は念のため他のクラスメイトを確認して、もし全員の無事を確認した後も例の吸血鬼をどうにかできなかったときは俺たちの方に加勢してくれ」

「・・・ん」

「わかりました」

 

2人が頷いたのを確認して、ハジメはゲートに飛び込んだ。

 

 

 

「おいおい、いったいどうなってんだ?」

 

紅い霧の外に出たハジメの最初の言葉は、呆れと驚きが混ざったものだった。

てっきりハジメは赤い霧のドームが点在している状態なのだと思っていたが、実際はそれに加えて空間そのものが赤く染まっていた。

さらに奇妙なことに、これだけの異変が起こっているにも関わらず、町は不気味なほどに静まり返っていた。

 

「ったく、何がどうなってやがる・・・?」

 

そこまで呟いて、ハジメは違和感を覚えた。

具体的に何がというわけではないが、妙な圧迫感のようなものを感じる。まるで、大気汚染のような息苦しさが、魂にまで影響を及ぼしているような・・・

 

「まさかっ・・・!」

 

嫌な予感を覚えたハジメは、すぐさま魔眼石で周囲を見渡した。

結果は、当たりだった。

 

「んの野郎、まさか周囲一帯を異界にでもするつもりか!?」

 

確証はない。

だが、周囲に満ちる異質な魔力と優れた空間魔法の使い手という事実が、その可能性に信憑性を持たせていた。

となると、時間はあまり残されていないのかもしれない。

 

「くそっ、先にこの結界をどうにかした方がいいのか?・・・いや、そっちはユエに任せた方がいいか。だが、俺の方でも霧の解析をしとかないとな・・・」

 

未知の現象・未知の相手を前に、ハジメはツルギの家に向かいながら頭をフル回転させる。

だが、まるでそれを阻むかのように、突如として現れた赤い霧がハジメを囲った。

ハジメの周囲を漂う赤い霧は、立ち止まったハジメの前でみるみると収束していき、動物をかたどっていった。狼、烏、熊、大小さまざまな獣の群れが、ハジメを取り囲む。

 

「邪魔だ、そこをどけぇ!」

 

雄叫びを上げながら、ハジメはドンナーを抜いて獣に向けて発砲した。だが、放たれた銃弾は獣をすり抜け、虚空を飛んでいった。

ならばと、今度は接近して“魔衝波”を放つと、獣はあっさりと霧散した。

おそらくは、赤い霧に魔力を込めて形作っているのだろう。ならば、魔力を直接叩き込めば簡単に倒せる。

だが、1体1体は大した事はないが、1体どころか数体まとめて吹き飛ばしても、無尽蔵に湧いて出てくるため、ハジメは足を止めざるを得なかった。

 

「・・・てめぇも早く戻って来いよ、ツルギ」

 

その中で、ハジメは自身の友人の名前を呼んだ。

 

 

 

その頃、藤堂邸でも動きがあった。

 

「工作員の情報操作を急がせてください!近隣住民の通行規制もです!インターネットおよびSNSの監視も厳戒態勢を続行!」

 

幸か不幸か、藤堂邸は赤い霧の影響を受けなかったものの、突如として出現した赤い霧による混乱を最小限に収めるために、吉城の指示で藤堂家の人員が工作活動を行っていた。

工作といっても、あくまで赤い霧に対する情報操作だが。

できることなら、あの赤い霧の内部の情報を探りたいのだが、侵入が困難なせいでそれもできないでいた。

そのため、吉城は事後処理に関する手続きをしていた。

もちろん、赤い霧の調査も並行して進めていたのだが、

 

「それで、例の赤い霧について何かわかりましたか?」

「いえ、詳しいことは何も・・・」

「そうですか・・・」

 

やはり、“帰還者”と比べると大幅に見劣りする藤堂家の人員では限界があった。

 

「ですが、昔の文献からいくらか情報を得ることができました」

「では、それを教えてください」

「あくまで憶測の域を出ませんが、おそらくは吸血鬼の血を媒介にしたものかと。文献によると、吸血鬼は自らの血液を媒介にして魔法を行使することができるようです」

「そうですか」

「おそらく、その力をもって空間に干渉しているのだと思われます。あるいは、あの内部を自らの領域にしているのかもしれません」

「ですが、それにしては霧の展開が早すぎますね・・・まさか、“帰還者”の結界を利用して・・・?」

「可能性はあるかと」

 

だからといって、吉城たちにどうにかできる問題ではなかった。

ただでさえ、“帰還者”の結界には手も足もでなかったのだ。

そこに、さらに吸血鬼が手を加えたとなるとどうしようもない。

 

「どちらにしろ、我々にできることは少ないですね」

「また、政府からいろいろと言われそうですね」

「こればかりは仕方ありません。さすがに事が事ですから、彼らも助力は惜しまないでしょうが・・・」

 

吉城が言っているのは、ハジメやツルギが行えるインターネットを使った大規模意識操作のことだ。

藤堂家にしろ政府にしろ、“帰還者”が絡んだ異能事件は公にしたくないことであり、“帰還者”側(主にハジメとツルギ)も自らの平穏のために情報操作にはできるだけ協力する意思を示している。

だが、当然それを実行するには少なくない労力が必要であり、なおかつそれができるのが南雲家と峯坂家の限られた数人しかいない。

当然、ツルギもハジメも人手は欲しいが、だからといっておいそれと任せることはできない。

それは政府も同じで、“帰還者”に関わる人員が極端に少ないため人手が欲しいが、“帰還者”、厳密には“帰還者”が持つ異能や魔法の力は極秘事項であるため、こちらもおいそれと人手を増やすことができない。

だからこそ、こうして藤堂家が足りない人手を補っているのだが、それでも限界がある。

というか、すでにいっぱいいっぱいだった。

 

「できるなら、政府にも動いてもらいたいところですが」

「あまり期待しない方がいいでしょう。できるのは、我々の手伝いと事態が終わった後に嘘の情報を発表することくらいです」

「いっそ、政府も人員を増やしてくれませんかね」

「無理でしょうね。今現在、“帰還者”以外で少しでも魔法を使えるのは私たちだけですし、少しの魔法に対抗できる政府の人員も今いる分くらいです。できることなら、我々以外にも魔法を使える一族に協力を仰ぎたいところですが・・・」

「それこそ無理でしょう。そもそも、日本国内でそれができるのは京の陰陽師くらいです。ですが、あそこは我々よりもさらに力が衰えています。力が戻れば話は別かもしれませんが」

「・・・ないものねだりはこれくらいにしましょう。文句を言っている暇はないようですからね」

 

そう言って、吉城は再び指示を飛ばし始めた。




ゼミ関連で少し忙しかったのと、ドラけしとホロウナイトとベヨネッタ2が面白くてすごいハマってしまって、まーた遅れてしまって申し訳ありません。
いや、それだけってわけじゃないんですが。
今回に限った話ではないんですが、最近どうにもスランプ気味でして。文章が思い浮かばなくてなかなか執筆が進まなくて、できるだけ隔週投稿を心がけてるんですけどどうしても少し遅れがちになって、あげくに『早く仕上げないと!』みたいになって投げやりになりやすくなってるという負の連鎖が出来上がってしまってるんですよ。
とりあえず、次回か次々回あたりにはありふれアニメ2期がまともであることを祈りつつ視聴してモチベーションを回復させたいところ。
・・・いや、ほんとにまともであってほしい。
ただでさえ1期がアレだったのに、終わってからたいして日をまたがずに2期放送決定って言われた時は、正気かと思いましたよ、ほんと。まぁ、あの時は急な作画変更で一から作り直しになった結果ってのもあるでしょうから、さすがにマシになってるはずだと思いたい。

それと、『ありふれ零』が完結したということで、せっかくなので零路線の話でも作ろうかなと思います。正確には、シュヴェルトの話ですね。
ぶっちゃけ、書こうかわりと迷ってたんですよ。ですが、あまり内容が固まらなくて途中から思い切り原作に寄りかかるような作品になりかねなかったので、そのまま没にしてました。
ですけど、最近は『ありふれ』作品のモチベーションが下がり気味になっていたので、ちょっと自分の作品を見つめなおすのも兼ねて執筆してみようかなと。
というか、そうでもしないとマジで質と投稿頻度が下がりそうなので。

そして、少し先の話になりますが、吸血鬼編が終わったら本作の大規模な改変作業も行う予定です。おおまかな展開は変えずに、細かい展開や文章などを書き直していきます。
これも、自分の作品の改善のために必要だと思うので。
本編が完結してからは完全オリジナルストーリーを執筆しているわけですが、ぶっつけで書いてたせいか、自分でも思ったより消耗してて、何度も言ってたように質が下がり気味になってたんですよね。
なので、一回自分の作品を見つめ直して、あまりに原作の展開にもたれかかっていた部分を修正していくことで、自分自身の作品というものを再確認することにします。

おそらくは大学関係もこれからさらに忙しくなってくるので、しばらくは執筆に身が入らないと思いますが、それでも応援し続けてくだされば幸いです。

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