二人の魔王の異世界無双記   作:リョウ77

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ヒーローは遅れない

峯坂家における戦闘は膠着していた。

だが、拮抗しているわけではない。

要因は、主に2つ。

1つは、アルカードがティアたちを完全に下に見ていること。ティアたちを格下と侮っているのか、敢えて手を抜くことで格の違いを見せつけようとしているのか、必要以上に殺さないように手加減をしているのか。その真意はティアたちにはわからないが、そのおかげで今のところティアたちに特に目立って大きな負傷はない。

だが、もう1つの要因が問題だった。

それは、戦っている場所と状況だ。あまり広いとは言えない一軒家の中で、すぐそばに庇護対象のルナがいる。そんな中で、大規模な魔法や飛び道具は使いづらい。家だけなら戦いが終わった後でどうにでもなるが、この吸血鬼を前に死者の蘇生をしている暇はない。

このせいで、アルカードから得られているアドバンテージをほとんど活用できず、ただただ時間が過ぎていった。

しかし、そのような状況の中で有利なのはアルカードだった。

 

「どうした?息が上がってきているぞ?」

「はぁ、はぁ、ッ、まだまだ!」

 

アルカードを押さえつけているのはティアだが、吸血鬼を相手にしていることと様々な制約が相まって想定よりも激しく消耗していた。あくまで消耗しているのは精神面なため動く分には問題ないが、攻撃はすでに精彩を欠きつつある。イズモとアンナもできる限り攻撃には参加しているが、主な攻撃手段ががそれぞれ魔法と銃撃なため、思うように攻撃できない状態だ。

結果、ティアたちは有利を取れずにジリ貧を強いられていた。

そんな中、雫は少し離れた場所でルナを抱えながら戦いを見守っていた。己の不甲斐なさを悔やみながら。

 

「まま・・・?」

「大丈夫よ」

 

雫とてわかっている。戦いに参加していないのは足手まといだからではなく、少しでもルナの不安を払拭するためであり、自分が万が一の時の最後の砦ということだと。だから、ルナを置いて1人にさせるわけにはいかない。

それでも、苦戦を強いられている状況を見て何も感じないはずがない。

できることなら、すぐにでも駆け付けたい。だが、この状況でルナを放っておくわけにもいかない。

雫はこの2つの思考に板挟みにされながら、自分ができることを必死に考えていた。

幸い、“黒鉄”は手元にあるから即戦力にはなる。

あとは、ルナをどうにかした上で覚悟を決めるだけ。

ティアたちを助けるために、雫は必死に思考を巡らせる。

すると、雫の右頬にそっと柔らかい手が添えられた。

視線を下に向けると、ルナが頬に左手を添えながら心配そうな表情で雫を見上げていた。

 

「・・・大丈夫?」

「えぇ、大丈夫よ。ティアたちなら・・・」

「まま、つらそう」

「ッ」

 

一瞬、呼吸が止まった。

子供だからと侮っていたわけではないが、まさかルナに見抜かれるとは思わなかった雫は動揺を表に出さないように平静を装った。

 

「ルナ、私は・・・」

「ルナは、だいじょうぶ、だよ?だから・・・」

 

 おねえちゃんたちを、たすけて?

 

最後の言葉は、ルナの口から発せられたものではなかった。まるで、頭の中に直接語りかけてきたような、そんな感覚。

気付けば、ルナの身体は僅かだが光を纏っていた。

そして、放たれる光はルナの左手をつたって雫の身体を包み込んでいく。

光に包まれた雫は、力が沸き上がってくるのを感じた。“禁域解放”と比べれば大したものではないが、力だけではなく温もりのようなものも感じる。

これは、雫に手助けにいってほしいというだけではない、ルナも雫を守るという意思の表れだった。

 

「・・・ありがとう、ルナ」

 

正直に言って、ルナの力がどういったものなのか、雫は少しもわかっていない。

だが、温もりと共に伝わってきたルナの意思は理解できた。

ルナの意思を受け取った雫は、“黒鉄”を手に飛び出した。

 

「アンナ!ルナをお願い!」

「! わかりました!」

 

なぜ、とは聞かない。雫が身に纏う光と覚悟を決めた表情を見れば、何かがあったのはすぐにわかる。

ここでアンナを呼んだのは、銃を使っているアンナが最もアルカードと相性が悪かったからだ。

誤射の危険性が高かったため、なかなか攻撃できないでいたアンナも、雫の呼びかけにすぐさま応えて入れ替わるようにルナの下に駆け寄った。

対するアルカードは、興味深げに雫を観察していた。正確には、雫が身に纏う光か。

 

「ほう、その光・・・」

 

動揺していない辺り、どうやらアルカードはルナの能力について心当たりがあるようだ。

だが警戒している様子は見られないため、まだ雫のことを下に見ているのは間違いない。

だからこそ、雫はその隙を全力で突きに行った。

 

「“魄崩”!」

 

放つのは斬りたいものだけを斬る魔剣。神話大戦が終わってからも改良を続けてきたその魔剣は、空間障壁を含めたあらゆる防御・障害を無視して対象を斬り伏せる。

雫がイメージするのはアルカードの魔力。吸血鬼の魂魄まではイメージできないが、魔力を断ち切って一時的に魔法を使えないようにさせるくらいのことはできる。もっと言えば、ハジメたちが一向に来ない原因を取り除けるかもしれない。

そのために、雫は鞘に通常よりもさらに魔力を込め、さらに深く踏み込む。

 

「疾ッ!」

 

裂帛の気合と共に、雫は黒鉄を抜き放った。

放たれた黒鉄はアルカードの空間障壁をすり抜け、まったく避ける素振りを見せないアルカードの喉元に吸い込まれていき・・・

 

 

 

「ふむ、なかなか悪くないな」

 

「あぐッ」

 

黒鉄を振りきった次の瞬間、アルカードは何事もなかったかのように腕を伸ばし、雫の喉を鷲掴みにした。

 

(今のは、いったい・・・!)

 

雫の“魄崩”は、たしかにアルカードを捉えたはずだった。

だというのに、雫の手には微塵も手ごたえがなく、まるで霞でも斬ったかのような感触だった。

だが、その疑問について考える暇もなく、雫は空中で見えない十字架に磔にされた。

 

「シズクっ!!」

「動くなよ?この娘の命は、私次第だからな」

 

すぐさま雫を助けに行こうとしたティアだが、雫を人質とされたことで思うように動けない。

 

「さて、この女の命が惜しいならば、すぐに私に服従することだ」

「断る、って言ったら?」

「当然、殺す。だが見たところ、この娘は特に慕われているようだ。ならば、先にこの娘を服従させるのもまた一興かもしれんな」

 

いっそ清々しいほどに某クソ神を連想させるようなクズな言動にティアは殺意を剝き出しにするが、アルカードは涼し気に受け流す。

迂闊に動けない中、イズモが念話を発した。

 

『ティア。少しでもツルギが戻ってくるまでの時間を稼ぐぞ』

『・・・わかったわ』

 

癪ではあるが、ティアとイズモではアルカードの空間障壁を突破するのは難しく、雫の“魄崩”も通用しなかった以上、ツルギの帰還を待つしかない。

 

「・・・あんたの目的はなんなの?」

「ふむ、あの者を待つための時間稼ぎか?」

「っ」

 

時間を稼ぐ間もなく、目的を悟られてしまった。

 

「まぁいい。あの城はすでに牢獄に変えてある。如何に力があろうと、あそこから抜け出すことは出来んだろう。ならば、少しばかり付き合ってもよいか」

 

だが、アルカードは僅かばかりも気にしていなかった。おそらく、ツルギのことはすでに問題にもならないと高を括っているのだろう。

ティアたちも今のツルギの状況に一抹の不安を覚えたが、それでも剣ならば大丈夫だと信じて己の心を強く保った。

 

「私の目的と言ったな?なに、言ってしまえば簡単なことだ。私は、完全な存在になりたいのだよ」

「完全な存在・・・?」

 

一瞬、アルカードの言葉が理解できなかった。

だが、彼が吸血鬼であるということから、すぐに推測できた。

 

「やっぱり、太陽の光を克服するため?」

「違うな。いや、浅いと言うべきか」

 

違うらしい。

そうなると、いよいよアルカードの言う“完全な存在”が何を示しているのかが分からなくなってくる。

頭の上に疑問符を浮かべるティアたちをあざ笑うかのようにアルカードは口元を歪ませた。

 

「吸血鬼は、生まれながらにして特殊な能力を持っている。いわゆる魔法と呼ばれるものだが、今となってはせいぜいが身体強化か火や風などを生み出す程度。だが、中には稀にこの世界の理に干渉することができるほどの絶大な力を持つことがある」

 

その言葉を聞いて、ティアたちはゾクリとした。

それはまさしく、神代魔法そのものだ。

 

「この世界の理に干渉する魔法は派生はあれど、大本となる魔法は7つ存在する。お前たちはすでにいくつか使えているようだが、この魔法にはさらに先がある。7つの魔法をその身に、魂に備えることで、その存在はより上位のものへと昇華される。吸血鬼や他の化生の根源とも呼べる存在へとな」

 

概念魔法。

その言葉に思い至るのは難しいことではなかったが、どうやらアルカードとティアたちとでは概念魔法に対する認識が根本から異なるらしい。

ティアたちからすれば、極論を言えば概念魔法はあくまで魔法の延長線上にすぎないが、化生からすれば自分自身の存在に関わるようなものらしい。

それこそ、概念に至っているかそうでないかで、己の存在そのものが変化するほど。

そして、アルカードは視線をルナに向けた。

 

「その少女は、星を司る力を持っている。それも、母星だけでなく、宙に存在する太陽や月にまで干渉できるほどの力だ。太陽の下でも無事なことなど、その副産物に過ぎん。その力は、価値と利用方法を正しく認識している私にこそふさわしいと思わないか?」

「思わ、ないわ・・・!」

 

そう言ったのは、空中に磔にされている雫だった。

 

「ルナの力は、ルナのものよ。あなたのものじゃ・・・ぐぅッ!」

「少しばかり、口が過ぎるようだな」

 

アルカードは、雫の首を鷲掴みにし、さらに首筋に鋭利な爪を突き立てた。爪が刺さった部分からは、ツーと血が垂れる。

 

「シズク!」

「もう少し付き合ってやってもよかったが、ここまでだ。まずは貴様から僕にしてやろう」

「させない!!」

 

堪らずティアは爆発的な勢いで踏み込んだが、展開された空間障壁によって阻まれる。さらに、先ほどまでは手を抜いていたのか、今まで展開していたものよりも数段強固だった。

 

「最後に何か、言い残すことはあるか?」

 

その問いかけは慈悲によるものではなく、最後の最後まで余裕を崩さないという傲慢の表れだ。

その問いに対し、雫は口元に笑みを浮かべた。

 

「それが・・・あなたの命取りよ」

 

次の瞬間、雫の首を掴んでいたアルカードの右腕が空間障壁ごと切り裂かれた。

 

 

* * *

 

 

「・・・ちっ、めんどくせぇことになってやがる」

 

側近をさっさと斬り捨てて玉座の間にたどり着いたわけだが、当然と言うべきかもぬけの殻だった。

さらに、“過去視”で確認したら黒幕らしき吸血鬼がどこかへ転移したのが視えた。十中八九、ルナのところに向かったはずだ。

だからさっさと転移しようとしたら、ここの領域は当然のこと、町の方まで境界を閉ざしたらしく、転移だけでバカにならないほどの魔力が持っていかれる。もっと言えば、家の方も境界を閉ざしているようだ。

つまり、直接転移するには3つ分の境界を乗り越える必要があるということ。

ここまできたらトータスに転移する方がまだマシなレベルだ。

幸いなのは、奴が転移してからそこまで時は経っていないことか。まだ間に合う可能性は十分ある。

問題なのは、どうやって転移するか。

いつも通りに転移するのは不可能だ。

どうにかして最低限の消耗で境界を突破してから転移する手もあるが、時間が足りない上に、ここの境界がどこにあって外がどうなってるかまったくわからないから、確実性が薄すぎる。

まだ猶予があるかもしれないとはいえ、さすがに悠長に考える暇はないだろう。

ならば、俺にできることはなんなのか・・・。

 

「・・・ハッ、我ながら勝算が少ない方法に手を出そうとするなんてな」

 

邪道とはいえ、俺も剣士の端くれだ。

魔法に活路を見出せないのであれば、剣に答えを見出す他ない。

そもそも、俺の本来の得意技は剣と魔法の複合。今の身体になってからは別々で鍛えることが多くなって、すっかり忘れていた。

今の俺なら、剣で空間を斬り拓くくらい、造作もないはずだ。

ならばイメージしろ。この場で斬るべきもの、先にある斬るべき場所、この2つを繋ぐ道を。

そして斬るべきものを視ろ、全てを見通す天眼で、今まで信じ続けてきた心眼で。

初めての試みを前に、俺は集中の極致に立っていた。

失敗できないプレッシャーも、ティアたちが無事かわからない不安も、今この時は何も気にならなかった。

ただ、自分が為すべきことだけを考える。

そして、斬るべきものを見据えて、俺は刀を抜き放った。




今さらですが、吸血鬼の従属を“カイン”から“スレイヴ”にします。
なんでかと言われれば、気分的にバトスピの動画見てたらスレイヴ・ガイアスラがでてきて、「あれ、スレイヴの方がよくね?」ってなったからですね。

あと、ゼミ関係で忙しくなるので少しの間投稿頻度が落ちます。
とりあえず、2週間くらいで復活する予定です。

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