斬り拓いた空間の狭間に飛び込むと、寸分の狂いなく我が家に転移することができた。魔力消費も許容範囲内だし、成功と言えるだろう。
そして、転移した先では知らない男が雫を空間に磔にしていた。
「離せよ、クソ野郎」
口からこぼれた言葉は、自分でも驚くほど低く、怒気で満ちていた。
雫に手を出されそうになったから、というのももちろんある。
だが、それ以上に目の前にいる存在を許容できなかった。
すべてを見下すような眼差しには、愉悦を孕んだ光が宿っている。
俺の本能が、こいつはエヒトの同類だと警鐘を鳴らす。
つまり、比類なき強大な力を持った、比類なきクソ野郎だということだ。
「貴様、誰の許しを・・・」
「んなもん必要ねぇよ」
即座に雫を縛っている空間拘束を看破し、斬り祓って雫を解放。解放した雫はルナの近くに転移させる。
そして、さらに目の前の男の首を斬り捨てようと“無銘”を振りぬく。
だが、
「無駄だ」
振りぬいた刃には欠片も斬った感触が返ってこなかった。
さっきの転移の時には、たしかにこいつの腕を斬った感触があったんだが。
「・・・なるほど。今のお前は霞のようなものか。自分の存在を魂魄ごと微粒子レベルにまで細分化し、空間に投影してるってところか。言ってしまえば、今のお前は霧に映った映像のようなもの。道理で手ごたえがないわけだ」
さすがの俺でも分子レベルでの切断は難しい。仮に広範囲を薙ぎ払ったとしても、有効打にはならないだろう。
となれば、こいつを殺す最も手っ取り早い方法は、こいつが存在する空間をすべて空間魔法で薙ぎ払う。だが、こいつの全体像がつかめない上に、無視できないレベルの巻き添えが出る。
ただでさえ十全に魔法が使えない中で、広範囲の人間を一気に殺したとなると蘇生が間に合わない可能性がある。
一見、打つ手がないようにも思えるが。
(とはいえ、核もなしにこんなことをやれるか?仮にやれたとして、リスクもバカにならないんじゃないか?)
自身の肉体と魂魄を細分化するということは、再構築の工程も含まれているはず。でなければ、物理的に干渉することができないし、さっき斬れた説明もつかない。
だが、微粒子レベルまで分解しておきながら基点もなしに再構築できるとは思えない。
おそらく、再構築の基点となる核があるはず。
それさえも見えないとなれば、おそらく核も細分化してある程度まとめた上で、再構築の工程を核と本体の二段階にわけてあるか。
だとすれば、ねらい目は核が実体化するタイミング。
それは、
「魔法を使うとき、あとは物理的に接触するときは実体化するな。そして、実体化した状態でなければお前も魔法を満足に扱えない」
「知ったような口を!」
俺の推測に逆上したような形で、吸血鬼は不可視の空間の刃を飛ばしてきた。
俺からすれば見え見えの攻撃でしかない斬撃を、ルナたちの方に飛ばないように斬り払う。
「ちっ、場所が悪いな」
こうも狭い室内だと、満足に刀を振るのも難しい。
「ティア、親父はどこだ?」
「お義父さんは、ハジメの家にいるはずよ」
「そうか・・・後で再生しとくから勘弁してくれよ」
ボソッと親父に向けて謝罪の言葉を贈りつつ、全方位に魔法陣を展開した。
「伏せろ!」
声を張り上げるとほぼ同時に、俺は魔法を発動した。
放つ魔法は分解砲撃。ティアたちを巻き込まないように射角を気を付けながら、周囲を薙ぎ払っていく。
当然、壁や柱などの支えを失った家は倒壊し始めるが、落ちてくる瓦礫もまとめて分解砲撃で塵へと変えていく。分解砲撃を放っていた時間は10秒にも満たないが、それだけの時間で我が家は腰から上の範囲はきれいさっぱり消え去った。
「ちょ、ちょっと!家がなくなっちゃったけど!?」
「後で戻しておくから勘弁してくれ」
家くらいなら再生魔法でわりと簡単に直せるから、これくらいは目をつむってほしい。というか、どうせさっきまでの戦闘で少なからずボロボロになってたから、ちょっと消し飛ばしても大して変わらないはず、うん。
それはさておき、
「ふっ、無差別の全方位攻撃とは、この程度で倒せると思っていたのか?」
「まさか。てめぇよりバカでもあるまいし」
そもそも、通用すればラッキー程度にも思ってなかった。
すでに分解済みのような構造してる相手に分解が効くと思うほど、俺も頭お花畑じゃねぇよ。
あくまでこの分解砲撃の目的は、戦場を広くするためのものだからな。
というか、いちいち鼻で笑ってるのがうざったい。
「それにしても・・・この赤い霧の結界で境界を遮断してるのか。なるほど、大したもんだ」
家の敷地の周囲には、赤い霧が渦巻いていた。
これが、転移を阻害していた結界だろう。まずはこれをどうにかした方がいいか。
「・・・吸血鬼が相手なら、これ以上手を抜くこともないか」
「なに?」
ルナが近くにいたから出し渋っていたが、これだけ広くなれば巻き添えの心配はいらないだろう。
だから、俺も本気を出すことにした。
「“神位解放”」
紡ぐ言霊は、神の力を解放する詠唱。
魔力の奔流をまき散らし、背に銀の魔法陣を背負う。
「貴様、その力・・・!」
「まずは、この鬱陶しい結界からだ」
そう言って、俺は背後の魔法陣を操作して境界の結界を解除する魔法を構築、発動した。
すぐに解除できたが、どうやら町全体を覆う結界に加え、ハジメ宅を含めた帰還者が済んでいる家すべてに同じ結界を張っているらしい。ずいぶんと大盤振る舞いなことだ。
なら、次は町を覆っているもの以外のすべての結界を解除しようか。
「貴様ぁ!!」
次の瞬間、激昂した吸血鬼が爪をたてて襲い掛かってきた。
攻撃は難なく“無銘”で受け止めたが、吸血鬼の目が血走っている顔が眼前にまで迫ってきた。
ついでに言えば、口が大きく開かれて鋭い犬歯が丸見えになっている。
「危ねっ」
危うく噛みつかれる直前に吸血鬼の背後に転移することで事なきを得たが、あのまま噛みつかれたらどうなっていたことやら。
内心で冷や汗を流すが、吸血鬼の方はそれどころではないようだった。
「貴様っ、たかが人間如きが、それだけの力を持つなど!!」
「おーおー、ずいぶんと気が短いな。それとも、引きこもってばかりで世間知らずだったのか?まさに、大海を知らない蛙だな」
「貴様ぁ・・・!」
ずいぶんと煽り耐性が低い吸血鬼だ。
年齢だけ見ればティオやイズモよりも年上だろうに、ここまで精神年齢が低いとは。まったくもって嘆かわしい。
あぁ、だが、おそらくこいつよりも長生きしただろうエヒトがあれだったから、不思議ではないとも言えるか。
「その力は、私にこそふさわしいものだ!それを寄越せぇ!!」
「はっ、ずいぶんと切羽詰まってんな。さっきまでの余裕はどうした」
「黙れぇ!!」
目の前の吸血鬼には冷静さなど欠片も残っておらず、ただただ激情に身と心を任せて襲い掛かってくるだけ。
勝利しか知らない者は得てして精神的に未熟だと聞くが、数千年も驕りっぱなしだとこうなるらしい。
ただ、さすがは古代の吸血鬼と言うべきか、純粋な身体能力と魔力は大したもので、かすっただけでも重傷になり得る威力を秘めている。
とはいえ、そういう戦いは経験済みだから、動揺することも精神的にキツイということもないが。
「ふぅむ、ずいぶんと大雑把だな。少しは術理を身につけようと思わなかったのか?」
「そのようなもの、弱者が縋るようなものだ!絶対強者たる私には・・・」
「あーもういい。お前の三下台詞は聞き飽きたし時間の無駄だ」
あまりにもお粗末すぎて、途中から軽く遊んでいたほどだ。
とはいえ、こいつをこれ以上生かしても何も面白くないから、ここで終わらせる。
「概念構築、術式“俺の世界”・起動、世界改変・実行」
すぐさま“フリズスキャルヴ”を展開し、“俺の世界”を発動した。
前は“神位解放”と同時並行で構築したが、今回は先に“神位解放”を済ませた状態でこの吸血鬼を無力化するための世界の法則を構築していく。
実体化している今なら殺せるかもしれないが、肝心の核がまだ見つかっていない。だから、まずは核を暴く法則を構築する。本格的な弱体化はその後だ。
「これはまさか、世界への・・・!」
「余所見してる場合か?」
とはいえ、狙えるときは迷わず狙っていく。掠りさえすれば、だいたいの当たりはつくはずだ。
頭部、首、心臓、肺、丹田、腕、脚、疑わしい場所は1回と言わず何度でもすべて斬っていく。
だがやはりと言うべきか、手ごたえは感じない。
ならば、
「“至天・十刀”」
今の状態ならノータイムで放てるようになった瞬間10連斬で、怪しいと思った箇所すべてを同時に斬る。
普通なら、これで片が付くだろうが、
「無駄だ・・・」
やはりと言うべきか、とどめを刺すには至らなかった。
同時に吸血鬼の様相も変わっていく。
さっきまではまだ人の姿を保っていたが、今は爪と牙はさらに鋭くなり、瞳孔も縦に割れてケモノのようにも見える。
そして何より、全身から立ち昇る魔力が、先ほどまでと比べて明らかに禍々しくなっている。
どうやら、向こうもいよいよ本気を出すらしい。
「人間如きに、この姿を晒すことはないと思っていたがっ・・・」
「なんだ、今まで遊んでいてくれたのか?ずいぶんと優しいな。それとも、単に見立てが甘かっただけか?」
俺が言えたことではないが。
「貴様の減らず口はここまでだ。心身共に無事でいられると思うな・・・!!」
「それは無理な話だな」
ドパンッ
銃声と共に、深紅の閃光が吸血鬼の身体を貫いた。
「遅かったな、ハジメ」
「それはこっちの台詞だ、ツルギ」
俺と吸血鬼の戦闘で生じた瓦礫の山から、ハジメが姿を現した。
右手にはドンナーが構えられていて、銃口から煙が上がっている。
「てめぇ、いくらなんでもちんたらしすぎだ。どこで道草食ってたんだよ」
「勘弁してくれ。こいつの居城も境界で遮られてたんだ。むしろ、こいつの手下を全滅させてから境界3つを越えて間に合った俺を褒めてほしいくらいだ。それに、核を暴く概念も完成させたんだし、俺が責められる理由はどこにもないだろ?」
実は、核を暴く概念を付与した“俺の世界”は“至天・十刀”とほぼ同じタイミングで完成していた。
どうやってこいつの核を斬ろうかと考えようとしたところで、吸血鬼が形態変化していき、同時に核もはっきりと見えるようになった。
そこで、ついさっき来ただろうハジメの気配を捉えた俺はハジメに情報を共有させて、ハジメに核を貫かせた、ということだ。
なんだが、
「まぁ、まだ終わっていないようだが」
「あ?」
訝しがるハジメの視線の先では、核を貫かれて絶命したはずの吸血鬼が動き出していた。
「おいおい、俺はたしかに核を撃ちぬいたぞ」
「どうやら、思い違いをしていたようだな」
「どういうことだ?」
「ハジメが撃ちぬいたのは、あくまで
「なんだそりゃ」
ハジメがそう吐き捨てる気持ちはわかる。
ただ、俺の方も本当の核の情報を渡さなかった理由がある。
「コイツの核は、
途中から疑問に思っていた。やけに“俺の世界”の構築が遅いと。
当然だ。この境界の内側は、奴の世界で、奴の理なんだからな。
『その通りだ』
突如、空間に響き渡るように吸血鬼の声が聞こえてきた。
頭上を見上げると、そこにはまるでだまし絵のように霧に浮かび上がる吸血鬼の顔があった。
さらに周囲を見渡せば、さっきまでの吸血鬼が何体も現れていた。
『ここは私の世界。故に、何人も私に逆らうことなどできはしない!』
「んで?どうすればいい?」
吸血鬼が高らかに叫んでいるのをスルーしながら、ハジメが尋ねてきた。
「そうだな、できるだけ時間を稼いでくれ。10分はかからんと思うが、5分は欲しいな。その間に、ユエと合流してこの空間をどうにかする」
この空間をどうにかできるとしたら、ユエしか思い浮かばない。というか、空間魔法を使えて魔法に精通している人物はユエしか該当しない。
とはいえ、それでもこの空間をどうにかするのは少し骨が折れそうだ。
「そういうわけだから、足止めは任せた」
そうして俺は、ハジメにあるものを投げ渡しつつ時間稼ぎを任せてユエのところに転移した。
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『逃がさん!』
「おいおい、俺は無視か?」
そう言いながら、ハジメは同時撃ちで現れたアルカードの核をすべて撃ちぬいた。
『無駄だ!この程度の分身、どこにでも生み出せるわ!!』
「そうかな?」
そう言って、ハジメは口元を歪ませる。
その直後、ハジメの周囲に次々と吸血鬼が現れ始めた。
『なにっ・・・!?』
だが、これはアルカードが意図したものではなかった。
「わりぃが、こいつがある限り、てめぇの分身は俺の周囲にしか現れない」
ハジメの右腕には、いつの間にか銀装飾の腕輪がはめられていた。
これはツルギが直前に即興で生み出した、いわば誘導装置であり、アルカードが生み出したものはすべて装着者であるハジメの周囲にしか発生しないようになっている。
これで、ハジメは心置きなく足止めに徹することができる、というわけだ。
とはいえ、足止めはあくまでツルギからのオーダーであり、ハジメは足止めだけで済ませるつもりはなかった。
「“限界突破”」
ハジメは“限界突破”を発動させ、数百にのぼるクロス・ヴェルトと200を超えるグリムリーパーの軍隊を出現させた。
「俺たちに手を出そうとしてきたんだ。相応の報いを受ける覚悟はしてるんだろうなぁ?」
『貴様ッ・・・!!』
凶悪な笑みを浮かべる奈落の化物を前に、アルカードは察しざるをえなかった。
目の前の怪物をどうにかしなければ、生き残ることすら難しいと。
ちょいと遅くなりましたが、大学も終わったのでしばらくは自由な時間が作れます。
・・・ていうか、同期生が卒論発表をした中、自分はそれを見てると、留年してもう1回遊べるドンという現実がじわじわと身に染みてくる・・・。
いや、留年自体は親も先生も自分も納得の上なのでいいんですが、それでも事実だけ見るとボディブローのようにじわじわ効いてくるというか・・・。
それに、就活も考えないといけないとか、気が重すぎて重すぎて・・・。
とりあえず、今の自分でも大丈夫そうな就職先を見つけるところから始めなければ。
アニメはあまり見れてないんでほとんど切り抜きだけですけど、マジで良くなっててけっこう感激してます。
特に猫になった雫がやばすぎた。