海外出張
ルナの魔法指導を始めて少し経った。
あれからルナはメキメキと魔法の腕を上げ、トータスの基準で言えばレベル20程度の技量を持つに至った。
どうやらトータスの魔法は地球でも問題ないどころか、むしろ相性が良いようにも見える。
おかげで、ルナは日に日に上手くなっていくから、これからの成長がさらに楽しみだ。
とはいえ、ルナのことばかりに時間を割いてはいられない。
俺も俺でやらなければならないことがある。
「・・・そうか。ひとまず目先の問題は片付けたってところか」
『あぁ。さすがに全部に手をつけるのは難しいからな』
現在は、ハジメから前々から問題になっていた事案について報告を受けていた。
秘密結社“ヒュドラ”。神秘を追い求める狂信者によって構成された裏組織だ。
神秘、要するに魔法やそれに類する力を得るためであれば誘拐、殺人、強盗はもちろん、果ては人体実験や戦争の誘発まで何でもやる連中だ。
その歴史は古く、“ヒュドラ”という名前も、何度も幹部や組織を潰されても復活することから名づけられている。実際、歴史の中で何度も壊滅しているが、いつの間にか復活している。
この組織の面倒なところは、世界のあらゆる場所に組織の息がかかった施設や人員がいることで、一度に潰すには規模が大きすぎる。
そのため、今回は首領を含めた多くの幹部が集まったタイミングで確保し、洗脳することで組織としての機能を停止させた。
とはいえ、それをやったのは俺でもハジメでもない。
「ったく、ちゃんと遠藤を労ってやれよ。おつかい感覚で秘密結社を潰せって指示された遠藤には同情するよ」
『別によかっただろ。ちょうど近くにいたんだからよ』
遠藤浩介。
俺たちのクラスメイトであり、俺やハジメを除けばクラスメイトの中では最強と言われている。というか、実際そうで、なんと一騎討ちで本気のハジメに傷をつけたほどだ。
遠藤が生まれ持った影の薄さに加え、トータスで得た数々の“暗殺者”の技能、さらには神話大戦後に手に入れた重力魔法によって現在の遠藤はチートとは言わずとも最強と言ってもいい力を持っている。
その最たる例が“深淵卿”と呼ばれる技能で、実質デメリット無しで“限界突破”が可能となるぶっ壊れ性能だ。
まぁ、相応の代償と言うか、言葉に出すのもはばかるようなデメリットを引っ提げているが・・・遠藤は上手くやれているようだし、それについてあれやこれや言うのはお門違いというものだろう。
ついでに言えば、遠藤は“魔王の右腕”として主にハジメの指示で動いている。
正式な上司と部下というわけではないが、まぁいろいろあってあの2人には友情のような何かで繋がっている。
さらに言えば、遠藤の恋人はハウリア族の女性で、なおかつ遠藤は次期族長候補として見られているため、そういう意味でもハジメとは強いつながりを持っている。
ハジメと遠藤の一騎討ちも、そういう背景があったりするわけだが・・・俺としてはあまり深く関わりたくない事柄のため多くは語らないでおく。
「まぁ、それはさておきだ。ひとまず、目先の大きな問題は解決したってことでいいな?」
『おう。しばらくは奴らも派手には動けねぇはずだし、時間ができる分、俺もやりたいことに専念できる』
「ゲートの改良、だな」
一応、日本に帰った時点で日本→トータスの移動が可能というのは実証済みだが、それでも必要な魔力は膨大だ。それこそ、クリスタルキー発動に必要な魔力を重力魔法で収集したら1年はかかるほどに。
そのため、急務と言うほどではないものの、日本とトータスの間でも転移の簡易化は現在のハジメの課題になっている。
ちなみに、俺なら単身であれば転移は可能だが、この件に関して俺は基本的に関与していない。アーティファクトに関してはハジメの方が圧倒的に上だし、そもそも転移を俺個人に依存するわけにもいかない。
そういう事情もあって、クリスタルキー関連に関してはハジメに一任している。
「んじゃ、そっちはそっちで頑張ってくれ。とりあえず、報告は以上でいいな?」
『おう・・・いや、どうでもいいことだが、面白いことはあったな』
「あ?面白いことだ?」
秘密結社をぶっ潰したくらいで面白いことなんてないと思うが。
『いやな、遠藤から電話で連絡してきた最後の方なんだが、なんか黒塗りの車が遠藤の方に突っ込んできたみたいでな』
「は?なんでそうなる?」
『知らねぇよ。なんか、派手なカーチェイスでも繰り広げてたみてぇだぞ?遠藤は「やっぱ、外国ってこえぇわ」とか言ってたな』
「カーチェイスが外国の日常とでも思ってるのか、あいつは?」
仮にそうだとしても、そういうのは遠藤がいるイギリスじゃなくてアメリカの方がそれっぽい気がするんだが。
『俺だって詳しいことは知らねぇ。ただ、そういうことがあったってだけだ』
「ふぅん・・・まぁ、最近は俺も暇してたところだ。後処理ついでに覗いてくるかね」
最近は本当にハジメたちと遠藤だけで対処できる事案が増えたから、俺のすることがほとんどない。
仕事の名目で観光ついでに遠藤の様子でも見に行くか。
電話を切って、俺はリビングに向かった。
そこでは、親父は仕事の途中でダウンしたのか半ば書類だらけのテーブルに突っ伏すようにして眠っており、イズモが代わりに整理しているところだった。
すると、俺に気付いたイズモが顔を上げて俺の方を向いた。
「む?ハジメ殿の話は終わったのか?」
「あぁ。問題なく終わったってよ」
「そうか、さすがは遠藤殿だな」
「まったくだ。そっちは?」
「藤堂の者からの報告書だ。といっても、変わったことはないようだが」
「そうか・・・まぁ、すでに認識操作はあらかた済ませたからな。問題はないに越したことはない」
また1つ、俺たちの平穏に近づいた、というわけだ。
そこで、ふと気になることを聞いてみた。
「なぁ。日本にいる外国のエージェントに動きはあったか?」
「見た限り、特に動きは・・・いや、ないわけではないな」
「と、言うと?」
「イギリスのエージェントが日本から引き上げたらしい。とはいえ、彼らは私たちを狙っていたわけではない。念のため監視対象に入ってはいたが、やはり杞憂だったそうだ」
「ふぅん・・・?」
俺たちを狙っていたわけではないエージェントが、いきなり帰国する、ねぇ?
ハジメが言ってた遠藤の件といい、なんか面白そうなことになってそうだ。
「ツルギ。あくどい笑みが浮かんでいるぞ」
「おっと」
どうやら、思わず表に出てしまったようだ。
「それで、何か企んでいるのか?」
「企むなんて大袈裟じゃねぇよ。後始末ついでにイギリス観光にでも行こうかと思っていただけだ」
「そうか・・・」
「とはいえ、なんか面白いことが起こっているらしい。ハジメ曰く、遠藤が黒塗りの車のカーチェイスに巻き込まれかけたらしいぞ?」
「何をどうすればそうなるんだ・・・」
まったくもって同感だ。
とはいえ、あらかじめ何が起こっているのか調べておくとしよう。
「アカシックレコード・接続」
“アカシックレコード”。重力・再生・昇華複合の概念魔法で、世界に刻まれた情報を閲覧することができる。
とはいえ、そのままだと情報量が多すぎるため、適宜情報をフィルター分けする必要があり、さらに閲覧できるのは事実とそれに付随する情報のみで細かい内情までは把握できない。
とはいえ、これのおかげでヒュドラの捜査もかなり楽に行えたのは確かだ。
今回は、イギリスで起こっている事件に情報を絞る。それも、表沙汰になっていない秘匿されたものだ。
さらに重要度が高い順に並べ直して、それっぽいものを探してみる。
ひとまずは一番上の最も重要なものから・・・
「・・・へぇ」
いきなりそれらしき情報がヒットした。
しかも、なかなかにぶっ飛んだものだ。
「どうかしたのか?」
俺の雰囲気が変わったのを察知したのか、イズモが俺の顔を覗き込みながらたずねて来た。
「いやなに、面白いものを見つけたってだけだ。まぁ、笑えない話でもあるが」
そう言って、俺はイズモに問題の情報を見せた。
すると、イズモも険しい表情になる。
「これは・・・」
「俺はちょっくらイギリスに行ってくる。後始末もそうだが、こいつを放っておくのはやばそうだ」
「ティアたちには?」
「言わないでおいてくれ。少なくとも、ルナの前でこの話はなしだ。場合によっては長丁場になるかもしれんが、長くても1週間以内には済ませる」
「わかった」
イズモも頷き、再び資料の整理に戻った。
さて、今回は完全に休日出勤のサービス残業みたいなもんだが、事が事だ。後処理も含めてさっさと終わらせてしまおう。
というわけで、with深淵卿編Part1です。今回はプロローグなので短いですが。
割と早い段階で書きたいと思っていた話ですが、流し気味で行く予定です。
原作から引用しすぎると反感を買いやすいですしね。
最近はオリジナル話が続いたので、息抜きも兼ねてって感じです。