「しっかり!しっかりして、こうすけ!」
夜の倉庫街にて、場所に似つかわしくない悲壮な声をあげているのはエミリー博士だ。
とはいえ、状況に見合うような惨事が起こっているのかと言われればそういうわけではない。
遠藤に折檻としてひたすら『深淵卿』や『アビスゲート卿』と呼んだり、(保安局にばれない程度に)過去視を使って当時の状況を確認しながら耳元でささやき続けた結果、遠藤のメンタルがミジンコレベルまで弱まっただけだ。
今も死んだ目を浮かべて乾いた笑みを浮かべる遠藤を、エミリー博士がガクガクと揺さぶって必死に現実に連れ戻そうとしている。
そんな遠藤を横目に、俺はキンバリーの部下の死体を片づけてはめぼしい情報がないか探していた。
ちなみに、キンバリーはまだ生きている。イケメンであっただろう顔は見るも無残なほどに腫れあがったまま白目を向いて気絶しているが。そういうわけで、尋問も行えないでいる。
一応、俺なら直接記憶を探って情報を得ることもできるが、遠藤と局長、エミリー博士とその付き添いをしているパラディ捜査官の4人だけならまだしも、他にも大勢の局員がいる状況で大っぴらに魔法を使うことはできない。
そのため、俺も大人しく倉庫の壁にもたれかかりながら情報をまとめていた。
“ベルセルク”に関する案件だが、けっきょく局長からも撤回を具申してもらうことにした。俺の方だけでも十分かもしれないが、取れる手段は使っておくに越したことはない。とりあえず、『ベルセルクは突然変異によって気体からも感染する可能性あり。制御は不可能とされ兵器化は困難』ということにしておくらしい。これで意固地な上層部がいても納得させられるだろうとのことだ。やはり本職なだけあってでっちあげが上手い。
これでひとまず政府は“ベルセルク”から手を引くだろう。
とりあえず、
「遠藤ー、そろそろ正気に戻ってくんねぇか~」
「誰のせいだと思ってるんだよ!」
「自業自得だろ」
「そうだったね!」
こいつが派手に暴れなければダメージは最小限で済んだだろうに、“深淵卿”まで使ってんだから、仮に俺が何もしなくても壁のシミになってたのは想像に難くない。
「まぁ、そんなことはどうでもいい。一つ、確認しておきたいことがある」
「なんだよぉ・・・」
「お前は、
そう尋ねると、遠藤は真剣な顔つきになり、真っすぐに俺の目を見据えて言った。
「
「そうか」
少なくとも、ベルセルクにおけるエミリー博士の安全を完全に確保するまでは手を貸す、ということだろう。
それこそ、国を相手にすることになっても。
「なら、俺の方からはとやかく言わん。俺も手を貸そう。だが、半端はするなよ」
「わかってるよ」
ひとまず、遠藤が半端な覚悟で今回の件に首を突っ込んでいるわけではないことがわかって安心した。
となると、今後は俺も保安局に協力した方がいいかもしれないな。
それはそうと、エミリー博士の目が潤んでいるのがまぁまぁ気になるが・・・遠藤に責任をとらせればいいか。
「少しよろしいでしょうか、我が神」
そこに、パラディ捜査官が神妙な顔つきでやってきた。
てかちょっと待て。
「我が神ってのはなんだ?まさか遠藤のことか?」
「そうです」
それが何か?とでも言わんばかりに首を傾げているのが腹立つ。
「・・・できれば説明を頼む」
「日本の伝統と文化では、正しい敬意の示し方であり敬称として神という呼称を使うと聞いているのですが」
「んなわけあるか。誰だ、その歪みに歪んだ日本の分化と伝統を植え付けたバカは」
そんな簡単に神がポンポンと生まれてたまるか。
だったら俺を敬え。これでもリアルに神の力を持ってる人間だぞ。
「はぁ・・・めんどくさ。遠藤、後は任せた」
「ちょっ!」
面倒なオタクの相手は遠藤に任せることにして、俺は局長の元に向かった。
別に話しておきたいことがあるわけではない。あの面倒くさい捜査官を相手にするよりはマシなだけだ。
「なぁ。なんであんなオタクを雇ったのか聞いてもいいか?」
「・・・私の知る限りでは、優秀な局員だったのよ」
「それはそうかもしれないが」
伊達に1人でエミリー博士を連れてベルセルクが蔓延る研究所から脱出し、さらに保安局とキンバリー一派の追手をかいくぐったわけではないのはわかっている。
わかってはいるんだが、もう少し内面はどうにかならなかったものなのか。
日本に対する“偏った”という言葉だけでは表現できないような知識といい、深淵卿モードの遠藤に深い感銘を受けていることといい、変にハウリア族と意気投合しそうなのが怖いところだ。
局長も優秀だと思っていた捜査官の知らなかった一面を見なかったことにしたいのか、局長モードになって俺に尋ねかけた。
「それで、あなたから“帰還者”のことについて情報を提供してもらうことは可能かしら」
「できなくはないが、あまり多くのことは答えられないぞ。さっきも言ったが、あくまで建前でほとんど独立しているとはいえ、“帰還者”は日本政府の非合法機関として活動することもある」
「それはつまり、日本政府の指示に従って動いている、ということかしら?」
「その答えはYesであり、Noでもある。非合法機関と言ったが、実態は外部組織に近い。政府から依頼を出されることもあるが、拒否権はある。名義上“帰還者”の統率者として俺が内容を査定して、俺たち“帰還者”に危害が及ぶ可能性があると判断したときに依頼を受けることになっている」
「よくもそんな関係を、政府が許したものね」
「利害の一致だ。元々は政府も俺たちを力づくで従えようとしたが、そのすべてを返り討ちにした。あいつや俺らほどじゃないにしろ、“帰還者”は全員が超常の力を持った手練れだ。当然、相手にもならない。そこで、最低でも国内での立場を安定させるために、海外の非合法機関や秘密組織を俺たちが片付ける代わりに日本政府は俺たちに手出ししない、という取引をした。それが超常対策専門特殊機関“帰還者”だ。まぁ、具体的に組織の名前があるわけじゃないし、この名前も今適当に付けただけだが、そんなもんだと思っておいてくれ」
「超常対策専門・・・あなたたち以外にも、超常の力を持つ存在がいるということかしら?」
「あ~・・・いるにはいる。が、俺たちも全容は知らん。そもそも、超常と言っても微々たるものだし、使えない奴の方が圧倒的に多い。だから、あくまで俺たちに手を出そうとするやつらの対処が主だ」
あ、あぶねぇ。適当につけたネーミングで墓穴を掘るところだった。
政府内では、魔法に関するあれこれは機密扱いになっている。藤堂家だけならまだしも、特に吸血鬼に関する情報はトップシークレットだ。
元から地球に存在し、なおかつ強大な力を持っている。さらに個体数や生息地域すらまったく明らかになっていない、正体不明の存在。そんな奴らがいると民衆にバレたらまず間違いなく混乱するということで機密事項になっているんだが、危うく勘づかれるところだった。
アルカードが起こした事件はすでに対処済みとはいえ、一度でもSNSで広まってしまった以上、どこから情報が洩れるともわからない。
うっかり口を滑らせないように気を付けないとな・・・。
「今のところ、俺から話せるのはそれくらいだな」
「そう・・・情報提供、感謝するわ」
「言っとくが、今話したことは内密にな。こうなっちまった以上、後で上に報告しておかねぇと・・・」
今なら中間管理職の気持ちがよくわかる気がする。部下がしでかした問題を上司に報告するときとかマジでテンション下がるな・・・。
まぁ、こんな気分が下がる回想をしてるのも、視界の端で起きてるめんどくせぇオタクのあれこれから目を逸らすためだが。
軽く流す程度で聞いていたが、まぁオタクエピソードが出てくる出てくる。
保安局に入った動機が「悪の組織に挑む捜査官とか格好よくない?」と思ったからだの、保安局に入ってからも「国家陰謀に巻き込まれないかな?」とドキドキしていただの、局長を見て「リアルMじゃん!」と思っただの、挙句に「よし、私がリアル0〇7になろう」と決意するとか、小学生か何かか?
疲れた表情を浮かべる局長の内心も察して余りあるというものだ。
ついでに、エミリー博士との家族ともちょっといろいろとあったが、そっちはもっと俺には関係が無い。
たとえ遠藤が恋人がいる身でありながら(向こうは知らない模様)エミリー博士の初めてを奪った(何とは言ってない)という衝撃的事実が明らかになったとしても、俺には関係のない話だ。
そんなプチカオスな状況も現場の後始末が終わったことで区切りがつき、改めて遠藤も交えて局長と話し合いをしようというところで、スマホを持った局員の1人が張り詰めた表情で局長に駆け寄った。
訝しむ局長に、局員はすでにどこかと繋がっているらしいスマホを局長に渡した。
「局長。キンバリーの奴から押収したスマホです・・・貴女に代われと」
「・・・そう。準備は?」
「OKです。ですが、対策はしてあるかと。なるべく引き延ばしてください」
「承知よ。全員、音を立てないで。スピーカーにするわよ」
スマホを受け取った局長が指示を飛ばし、局員や隊員たちの間に緊張が走る。
通話の主は、ほぼほぼ間違いなくキンバリーの背後にいる組織だ。キンバリーからの結果報告か、あるいは定時報告が来ないことを訝しんだのかは知らないが、自ら連絡したきたようだ。
すぐさま逆探知の準備を済ませ、準備完了のGOサインがでたところで局長が通話ボタンを押した。
電話の主は、自らをオーディンと名乗った。痛々しいネーミングに遠藤がひそかにダメージを受けていたが、今はどうでもいいことだ。
電話の主の要求は、やはりと言うべきかエミリー博士の身柄の引き渡し。
当然、局長はこれに応じるつもりはないが、向こうもそれはわかりきっていたのだろう。断った場合のデモンストレーションをキンバリーで実践した。
キンバリーの体内にはあらかじめベルセルクを仕込んだカプセルが仕込まれていたようで、たちまち筋肉が肥大化し、拘束具を破壊する。
俺としては始めて見るベルセルクを少し観察したい気持ちもあったが、それは長く続かなかった。
ベルセルクが入ったカプセルをさらにもう1つ、それも限界量の3倍まで圧縮したものも仕込んでいたらしく、限界を超えるベルセルクを投与されたキンバリーは3mほどまで肥大化した後に急速にしぼんで死亡した。
ここまで分かりやすいデモンストレーションをされては、さすがに断り続けるのは難しい。
相手はテロリストではなくビジネスマンを自称しているが、己の利益のためならいかなる犠牲もためらわない姿勢は、ある意味テロリストよりも質が悪い。
そして、長考の末に局長は引き渡しに応じる決断をした。
だが、それは諦め故ではなく、エミリー博士が決意の炎を宿したからだ。もちろん、そのきっかけは遠藤なのだが。
そして、相手は通話を切った。
「探知は?」
「・・・すみません。ダミーに泳がされました」
悔しそうに返答する局員に局長は「そう」とだけ返答し、視線を俺と遠藤に向けた。
「それで、貴方たちはどう出るのかしら?」
尋ねられた遠藤は、肩を竦めてから肩越しにエミリー博士へと振り返った。2人の間に言葉はなかったが、遠藤が二ッと笑えばエミリー博士も微塵も不安はないと言うようにふわりとほほ笑んだ。
ずいぶんとまぁ、親密になったものだ。ラナが見たらなんと言うことやら・・・
とはいえ、俺もやる気であるのに変わりはないが。
「向こうから誘ってきたんだ。むしろ手間が省けた。こっからは神殺しの時間だ。せいぜい、手を出す相手を間違えたことを後悔してもらおう」
幸い、こっちは自称神の相手は慣れている。しくじる可能性の方が低い。
こっからは、イギリス保安局と“帰還者”の共同戦線といこうか。
突然ですが、with深淵卿編が終わり次第、「二人の魔王の異世界無双記」の投稿を一時停止します。
大学の方が忙しくなってきたので、モチベーションというよりは質を維持するために投稿作品を1つに絞ります。なので、すでに本編完結しているこちらを一時投稿停止します。
投稿再開の予定は未定ですが、そのまま更新を止める可能性も0ではありません。
とりあえず、詳しいことはwith深淵卿編が完結したら書きます。