「こちらルーラー1。対象を無力化した」
『了解。こちらで回収する』
多数のモニターが存在する空間の中で、俺は局員に連絡をいれた。
何をしているのかと言うと、エミリー博士を狙っている組織の対処だ。
現在、エミリー博士を狙っている組織は街にいるランダムな人間にベルセルク入りのカプセルを仕込んでおり、もし引き渡しに不都合があればベルセルクを発症させることができるようになっている。
とはいえ、当然俺たちも素直にエミリー博士を引き渡すはずもなく、本人の護衛は遠藤に任せ、俺と局員、実行部隊で取引を監視している人員を排除しているところだ。
俺がいるのも、その中の一つ。残りもすべて特定しており、保安局の方で排除しているはずだ。
ちなみに、“ルーラー1”は俺の便宜的なコードだが、仮にも部外者、それも他国の秘密組織のトップに“裁定者”って名づけるのはどうなんだ?それとも、第三者としての役割を期待されてんのか?
「黒幕に繋がりそうなものは・・・案の定無し、か。まぁ、だいたい想像はついてるが、やっぱ証拠は欲しいか・・・」
俺個人としては司法の場で裁くことにこだわりはないが、保安局としてはそうはいかないだろう。
なにせ、こんなバカげたことをしでかした奴だ。まず間違いなく余罪がボロボロ出てくるに違いない。おそらく、保安局もそれを狙っているはずだ。
とはいえ、この場で証拠を集める必要はあまりない。
今回は遠藤がいる。あいつの隠形があれば、敵の本丸まで尾行するのは容易い。ならば、そこで黒幕本人に直接問いただす方が早いだろう。
そう考えていると、武装した特殊部隊が入ってきた。
「協力、感謝します」
「これくらいはな。それと、黒幕に繋がるようなものはなかった。これなら、このまま
「そうですか。では、あとはこちらで引き継ぎます」
「わかった。俺は一度拠点に戻る」
引き渡しの日程はまだ先だから休む、というのもあるが、精神的に疲れた。
なにせモニタールームにいたこいつら、さっきまで録画鑑賞会してたからな。
もともとここは遠藤が取引先の店で見つけた監視カメラの通信経路を辿って見つけたわけだが、その際にカメラにフッと移った遠藤の黒い影を見て「シャ、シャドウマンだ! 俺、初めて見た!」とか「嘘だろ・・・俺、霊感なんてないはずなのに」とか騒いでたのだ。
さらに質が悪いのが、局員の方もそんな遠藤に軽くテンションをあげていたこと。
初対面であんな戦い方を見せられたら無理はないかもしれないが、仮にも国を守るために働いているはずの保安局員が子供みたいにはしゃぐのはどうなんだ?さくっと終わらせた俺に対して内心で不満そうにしてるのはどうなんだ?
いい歳して何してんだかと思わずため息を吐く程度には脱力しながらも、仕事ということでさっさと終わらせた。
とりあえず、この後は遠藤に任せよう。俺は黒幕を確保するまで引っ込んでおくことにしよう。
今のところ、今回はできるだけ遠藤の自主性を優先させるつもりだ。
正直、やろうと思えば俺の方ですべて終わらせられる。
だが、日本に戻って来てからはハジメやティアたちはもちろん、クラスメイトからも俺が立ち上がろうとすると全力で止められることがある。
おそらく、トータスでいろいろと働き過ぎたから地球ではゆっくりしてほしいとか、そんなところだろう。
これに関しては、俺も素直に受け入れるようにしている。
それがあまりできなくてブラック企業の社畜のようになっている某お姫様を反面教師として見れば、なおさら自分は気を付けようとなるものだ。
そういうわけで、ここも局員に任せて俺はその場を後にした。
そして、人の視線やカメラがなくなったタイミングで俺の分身を生み出し、分身を残して転移した。
俺がこっちで拠点に使っているのは、ロンドン郊外にある廃墟だ。一応、保安局に提供してもらったホテルもあるが、どうせ監視の目があってそれほど自由に動けない。そういうわけで、分身を囮にして俺はこっちの方でいろいろとやることにしている。
というか、今やっていることはとてもじゃないが街中でできることではない。
「まさか、こいつを屋内とはいえ街中で出すわけにもいかんしな・・・」
そう呟いて俺が取り出したのは、例の機構大鎌だ。
これ、まだ完成してないというか、まだまだ改善の余地がありそうな気がするんだよな。
こういう、モノ作りであとちょっとを繰り返す感じ、俺もハジメの影響を受けつつあるんだろうか・・・。
以前、シアから「ハジメさんったら、工房に籠るとご飯の時間になっても出てこないことがあるんですよね~。そういう時は力づくで引っ張り出さないといけないので大変ですぅ」って話を聞いたし、俺も気を付けた方がいいかもしれない。
そんなことを考えながら、俺は大鎌を取り出していじくり始めた。
・・・そう言えば、こいつの名前を決めてなかったな。いじりながら考えるとしようか。
* * *
「・・・んで、結果出したのはいいんだが、これはどうなんだ?」
「これはー、その~・・・」
翌日、予定通り黒幕を確保したわけだが、ツッコミどころが多すぎて反応にだいぶ困っている。
まず結果から言うと、黒幕の正体は大手製薬会社“Gamma製薬会社”の社長であるケイシス=ウェントワーカー。ある意味、テンプレのようではあるが、そこは別にいい。
問題は潜入方法なんだが、遠藤が取引現場に来た腹心、名をウディと言うのだが、そいつを洗脳して案内してもらっただけだ。
なのだが、なぜかサーモンサンド狂信者にしていた。サーモンサンド1年分で裏切らせたとか、訳が分からん。
そして、ケイシスを周囲にいた護衛ごと丸々確保したんだが、ケイシスを椅子に座らせてワイヤーで固定させ、なぜか護衛を半裸にしてサングラスをかけさせて香ばしいポーズにして固定させていた。
これを制圧の時間も合わせて数分で仕上げたのだから、頭も痛くなるというものだ。
こいつ、目を離した隙に限って深淵卿を解放してやがる。サーモンサンドは別として。
ちなみに、この場には他に遠藤、エミリー博士、ウディ、局長、パラディ捜査官、そして局長の腹心のエージェントで凄腕の殺し屋でもあるアレン=パーカーがいる。
このアレンという男、この前のいざこざで比喩抜きで顔面崩壊レベルの重傷を負っていたのを、俺の回復魔法で動ける程度に回復させた。トータスの回復薬を使ってもよかったんだが、エミリー博士に変な期待を持たせないために俺が回復魔法を使って「怪我程度なら治せるが、ベルセルクはどうにもできない」と念を押させた。
実際は再生魔法でどうにでもなるが、不必要に保安局や政府に注目されないようにするためにもできるだけ情報は伏せておいた。
「はぁ・・・まぁ、今回はあまりあれこれ言わないでおく。ただ、ちょっとは抑える努力をしろ。最近、その辺りのネジがかなり緩くなってるからな」
「うす・・・」
適当に無駄話を切り上げ、ケイシスの尋問を始めることにする。
ついさっきまでは尋問も遠藤に任せようかと思っていたが、現段階でこの調子だととてもじゃないが任せる気になれない。
一応、俺は認識阻害の眼鏡をかけているから、目覚めてすぐに俺の正体がバレるということはない。俺の正体がバレて困ることはあまりないが、出鼻から話がこじれるのは面倒だから出来れば避けたい。
「おーい、起きろー。ちっ、完全に伸びてやがるな・・・おら」
身体をゆすってもペチペチと頬を叩いても一向に反応を示さないケイシスに業を煮やした俺は、少し強めにデコピンをかました。
おかげで、ケイシスの意識が戻った。
「ぶべっ!?ハッ、な、なんだ!?なにが起き、ヒッ!?」
目が覚めたケイシスの第一声は悲鳴だった。
まぁ、そりゃそうなるよなぁ。俺でもたぶんそうなる。
少しの間混乱しまくっていたケイシスだが、俺たち、というよりはたぶん遠藤とエミリー博士、局長の顔を見て幾分か冷静さを取り戻したようだ。
「・・・これはこれは、国家保安局局長様自らおいでとは。光栄ですねぇ。しかし、随分と悪手を打たれたものだ。流石の女傑も、耄碌されたということですかね?」
「きっしょ」
おっと、あまりにもねちっこい言葉に思わず罵倒がこぼれてしまった。
とはいえ、ケイシスも完全に冷静さを取り戻しているわけではないようで、今の言葉も余裕半分強がり半分といったところだろう。
「・・・君は誰かな?そこの彼とはまた別のエージェントか?ここまでのことをしてくれたんだ。必ず君たちのことを調べ尽くそう。そして、君たちの大切なものを・・・」
「はぁ、どうして自称神を気取る奴ってのは、こうも身の程を弁えないんだろうな」
僅かに苛立ちを込めて呟くと、部屋の中がシンと静まり返った。
目の前のケイシスも、背後にいる局長たちも、俺を前にアクションをとることができないでいる。
「分不相応の力を求めるバカは、どの世界、どの時代にもいるものだが、なまじ権力や財力を持っている分、余計に質が悪い。とはいえ、これ以上話を脱線させるわけにもいかん。お前には解除コードは当然、事件の発端や今後の計画、協力者の名前まですべて洗いざらい吐いてもらうぞ」
「そ、それを、本気で私が話すと思って・・・」
「言っただろう、身の程を弁えろと。これは決定事項だ。それに・・・まさか俺の顔を知らないわけじゃないだろう」
そう言って、俺は眼鏡を取り外した。そうすれば当然、認識阻害の効果が解けて俺が誰かわかるようになる。
ケイシスの反応は、わかりやすいものだった。
「なに?・・・なっ、まさかっ、貴様は!?」
「相手が悪かったな」
そう言って、俺はケイシスの顔のすぐ横で指を鳴らす。
すると、ケイシスは糸が切れた操り人形のように再び意識を失った。
「・・・ミスターアビスゲート。彼は大丈夫なの?」
「だから俺の名前は浩介ですって。まぁ、大丈夫なんじゃないですか?」
局長が若干訝し気に遠藤に尋ねたが、遠藤が言った通りケイシスは無事だ。
頭以外は。
「初めまして、お客人。私はケイシス。この【Gamma製薬】の長をしている。それで、私に、どのような用事かな?」
次の瞬間、バッ!と目覚めたケイシスは先ほどまでのねちっこさが嘘のような爽やかさと丁寧さで話しかけてきた。
これこそ、ハジメ直伝の洗脳方法。その名も“村人式洗脳”。
まるでRPGの村人のように聞かれたことには何でも答え、言うことを聞き、勝手に家に押し入って物色しても文句一つ言わない、そんな素敵な人間に作り変える洗脳方法は、俺の他に遠藤にも専用の洗脳アーティファクト“村人の誇りに賭けて”という形で使えるようにしている。
「よし、いい具合に仕上がったな」
「さすが峯坂。やっぱ手際がいいな」
「お前の場合、ちょいと時間がかかるからな。その点、俺なら一発だ」
「まったく羨ましいよ」
軽い調子で話す俺と遠藤を見て、保安局組は完全にドン引きしているようだが、俺たちはさくっと無視してケイシスに向き直った。
「さて。それじゃあ、洗いざらい吐いてもらおうか」
大学が忙しくて手が付けられなかったので、投稿が遅くなりました。
1日に発表が2つとか死にそう。
とりあえず、山場は越えたので、これ以上遅くなることはない・・・と思いたい。
山場を越えたとはいえ、どのみち忙しいのには変わりないですし、わりと疲れっぱなしですし。
とりあえず、できるだけ早めの段階で区切りをつけておきたいですね。あまりダラダラ続けても碌なことにならないですし。