「は~、やっと終わったか」
「えぇ、そうみたいね」
ミレディが動かなくなったのを確認して、俺とティアは体から力を抜いた。
俺が足場に座り込むと、ティアも俺にもたれかかるようにして俺の隣に座る。
だが、ここでへばったままでいるわけにはいかない。
「とりあえず、ハジメたちのところに行くか。ティア、立てるか?」
「正直、立つのもやっとってところね」
「なら、よっと」
「きゃっ!?」
立ち上がれないらしいティアを、俺は無理やりおんぶした。
恥ずかしいのか、俺の背中の上でティアが暴れる。
「ちょ、ちょっと!おろしなさいよ!」
「さっき、立つのもやっとって言っといてなにを。どうせ、おろしても歩けないだろ?」
「うっ・・・」
「だったら、大人しくしとけ」
「でも、ツルギは・・・」
「これくらいは、どうってことねぇよ。だから、大人しくおぶられておけ」
「うぅ、わかったわよ・・・」
そういうと、ティアは大人しくなって俺の背中に顔をうずめた。
少しくすぐったいが、これくらいは我慢しよう。
ハジメたちのところにつくと、ユエがシアの頭をよしよししており、シアがユエに抱きついて泣いていた。それを見るハジメの表情は、少し複雑そうだ。
今までならどうということはなかったのだろうが、そこは一生懸命なシアを見て少しはほだされたというところか。
すると、ハジメが俺たちに気づいて声をかけてきた。
「おっ、ツルギ、そっちは無事か?」
「疲れていること以外は問題ない。にしても、お前もずいぶんとシアにほだされてるな。いや、ユエがシアにほだされてるのか?それとも、どっちもか?」
「どっちでもいいだろう。お前こそ、ティアをおんぶするなんて、どういう心境だ?」
「単にティアが歩けなかったってだけだ」
「あのぉ~、いい雰囲気で悪いんだけどぉ~、そろそろヤバイんで、ちょっといいかなぁ~?」
そこに聞き慣れた声。
見下げると、ミレディの瞳にいつのまにか光が戻っていた。
反射的に身構えると、ミレディの方からわたわたと弁明する。
「ちょっと、ちょっと、大丈夫だってぇ~。試練はクリア!あんたたちの勝ち!核の欠片に残った力で少しだけ話す時間をとっただけだよぉ~、もう数分も持たないから」
言われて見てみると、体はピクリとも動いておらず、瞳の光も明滅を繰り返していた。
ミレディの言う通り、本当に
「んで?何を話すつもりだ?言っておくが、クソ野郎どもを殺せって話なら聞かないぞ」
「言わないよ。言う必要もないからね。話したい、というより忠告だね。訪れた迷宮で目当ての神代魔法がなくても、必ず私達全員の神代魔法を手に入れること・・・君の望みのために必要だから・・・」
ミレディの言葉が、徐々に不鮮明で途切れ途切れになっていく。
だが、それよりも疑問がでてくる。
「全部、か。だったら、他の迷宮の場所も教えてくれ。今の時代だと、失伝してほとんどわからねぇんだよ」
「あぁ、そうなんだ・・・そっか、迷宮の場所がわからなくなるほど・・・長い時が経ったんだね・・・うん、場所・・・場所はね・・・」
いよいよ声が弱々しくなってきたミレディは、どこか感傷的な声でポツリポツリと語っていく。ここで氷雪洞窟も裏付けが取れ、中には驚くような場所にあるものもあった。
「以上だよ・・・頑張ってね」
「・・・ずいぶんとらしくないな。そんなしおらしいキャラだったか?さっきまでのうざい口調はどうした?」
今のミレディの口調は、先ほどまでの軽薄なものとは違い、戦う前に質問してきたときのような真面目さで話している。
やはり、こっちが素なのだろうか。
「あはは、ごめんね~。でもさ・・・あのクソ野郎共って・・・ホントに嫌なヤツらでさ・・・嫌らしいことばっかりしてくるんだよね・・・だから、少しでも・・・慣れておいて欲しくてね・・・」
「おい、こら。狂った神のことなんざ興味ないって言っただろうが。なに、勝手に戦うこと前提で話してんだよ」
さすがに無視できなかったのか、ハジメが横やりを入れてきたが、それでもミレディは真剣なまま話した。
「・・・戦うよ。君が君である限り・・・必ず・・・君は、神殺しを為す」
「・・・意味がわかんねぇよ。そりゃあ、俺の道を阻むなら殺るかもしれないが・・・」
「ふふ・・・それでいい・・・君は君の思った通りに生きればいい・・・・・・君の選択が・・・きっと・・・・この世界にとっての・・・最良だから・・・」
困惑するハジメに、なおも語りかけ、とうとうミレディの体が青白い光に包まれていた。おそらく、タイムリミットなのだろう。
そこに、ユエが近くに寄って、ミレディのほとんど光を失った目を覗き込んだ。
「・・・何かな?」
ささやくような声に、ユエが言葉を送った。
「・・・お疲れ様。よく頑張りました」
「・・・」
それは、ミレディと比べればはるかに幼い俺たちが言うには、少々不適切かもしれないが、まぎれもない労いの言葉だった。
「・・・ありがとね」
「・・・ん」
・・・ちなみにこの時、俺は黒刀に、ハジメはドンナーに手を伸ばしていたのだが、それぞれティアとシアに「空気を読め」と口を塞がれて止められた。
「・・・さて、時間の・・・ようだね・・・君達のこれからが・・・自由な意志の下に・・・あらんことを・・・」
そう言いながらミレディは淡い光となって天へと消えていった。
辺りを静寂が包み、余韻に浸るようにユエ、シア、ティアが光の軌跡を追って天を見上げた。
「・・・最初は、性根が捻じ曲がった最悪の人だと思っていたんですけどね。ただ、一生懸命なだけだったんですね」
「せめて、これで今までのことが報われていてほしいわね」
「・・・ん」
どこかしんみりとした雰囲気で言葉を交わす3人。
だが、
「はぁ、もういいだろ?さっさと先に行くぞ」
「それと断言しておくが、アイツの根性の悪さも性根の悪さもぜってぇに素だ。あの意地の悪さは、演技ってレベルじゃねぇよ」
「ちょっと、ハジメさん、ツルギさん。そんな死人にムチ打つようなことを。ヒドイですよ。まったく空気読めないのはお2人の方ですよ」
「さすがに、それはかわいそうよ」
「・・・ハジメとツルギ、KY?」
「ユエとティアまで・・・」
「・・・はぁ、まぁ、いいけどよ。念の為言っておくが、俺は空気が読めないんじゃないぞ。読まないだけだ」
「とりあえず、向こうの光っているところに行こうか」
どうやらハジメは俺と同じことを考えているようだが、他は気づいていないようだ。
それはさておき、向こうを見てみれば、壁の一角が光っている。見た限り、おそらくは魔力の光だ。
光ってる場所に向かい、ブロックを足場に跳んでいこうと着地すると、俺たちが飛び乗った浮遊ブロックが滑らかに動き出し、光っている部分まで俺たちを運んで行った。
「・・・」
「・・・はぁ」
「わわっ、勝手に動いてますよ、これ」
「これは便利ね」
「・・・サービス?」
勝手に俺たちを運ぶブロックにシアとティアが驚き、ユエは首をかしげる。
俺とハジメは、予測が確信に変わって嫌な気分だ。
10秒もかからず光る壁の前まで進むと、その手前5m程の場所でピタリと動きを止めた。すると、光る壁は、まるで見計らったようなタイミングで発光を薄れさせていき、スっと音も立てずに発光部分の壁だけが手前に抜き取られた。奥には光沢のある白い壁で出来た通路が続いている。
浮遊ブロックは、そのまま通路を進んでいく。どうやら、このまま奥まで運んでくれるようだ。
そうして進んだ先には、ハルツィナ樹海で見た紋様と同じものが彫られた壁があった。
俺たちが近づくと、これまた勝手に壁が動いて奥へと誘う。
誘われるままに進んでいくと、そこには、
「やっほー、さっきぶり!ミレディちゃんだグベッ!?」
ティアを降ろした俺は、最後まで言わせずにミレディの顔面を掴み上げた。
先ほどの巨大な騎士とは違い、小さなニコちゃん顔の人形みたいな形だ。
そのニコちゃん顔は、俺が掴んでいるため歪んでいるが。
「やめてー!痛いー!つぶれるーイダダダダ!」
「ほう?ゴーレムなのに痛覚があるのか。いったいどういう仕組みなんだか」
「なんだよう!このお外道さんめイダイイダイイダイ!」
ちなみに、どうしてミレディが生きていることがわかっていたかと言えば、早い話、ミレディが最後の試練として出てくるなら、ここで死んでしまっては試練の意味がなくなるからだ。
最初は予測だったが、途中の浮遊ブロックが俺たちを案内するように動いたのを見て確信に変わった。
それ以前に、根っこからして人の悪いこいつが、そう簡単にくたばるとは思えなかった、というのもあるが。
そうこうしている内に、待ちきれないのか、ハジメが部屋の中にある魔法陣を調べ始めた。
「とりあえず、さっさとお前の神代魔法をよこせ。待ちきれない奴がいるからな」
「だったら、さっさとその手を離しなよ!このあんぽんたんイギャアーーー!!わかりました!やります!だからこれ以上はやめてください壊れちゃうから!!」
さすがにここでミレディを本当に消滅させるわけにもいかないため、ミレディをポイ捨てして釈放する。
ユエたちもいろいろと思うところがあるのかミレディにすさまじいジト目を向けているが、一応俺が顔面を握り締めているのをみて留飲を下げたのか、おとなしくしている。
俺たちが魔法陣の上に立つと、ミレディが何やら操作し始めた。
すると、俺の脳内に直接、神代魔法の知識や使用方法が刻まれていくのを感じた。さすがにハジメとユエは経験済みなのか動揺しなかったが、俺とシア、ティアは慣れない感覚に思わずビクリッと震えてしまった。
そんなこんなで、ものの数秒で刻み込みは終了し、あっさりと俺達はミレディ・ライセンの神代魔法を手に入れた。
「これは・・・やっぱり重力操作の魔法か」
「そうだよ~ん。ミレディちゃんの魔法は
「やかましいわ。それくらい想定済みだ」
どうやら、ハジメはステータス値はバグっていても、適性はそのままらしい。
ハジメもそれはわかっていたようで、特に反論するでもなく肩をすくめる。
「まぁ、ウサギちゃんは体重の増減くらいなら使えるんじゃないかな。白髪君は・・・生成魔法使えるんだから、それで何とかしなよ。赤髪ちゃんは普通くらい、金髪ちゃんと黒髪君は適性ばっちりだね。修練すれば十全に使いこなせるようになるよ」
「なるほど」
後ろではシアがうなだれているが、まぁ、それはご愛敬だろう。
ハジメは落ち込むシアを尻目に、更に要求を突きつけた。遠慮容赦一切なしに。
「おい、ミレディ。さっさと攻略の証を渡せ。それから、お前が持っている便利そうなアーティファクト類と感応石みたいな珍しい鉱物類も全部よこせ」
「・・・君、セリフが完全に強盗と同じだからね?自覚ある?」
ミレディがどことなくジト目っぽい感じでハジメを見るが、要求には応えるようで、指輪を取り出してハジメに投げ渡し、次に虚空から鉱石類を取り出した。
どうやら、もともと渡すつもりだったらしい。
だが、ハジメは食い下がらなかった。
「おい、それ“宝物庫”だろう?だったら、それごと渡せよ。どうせ中にアーティファクト入ってんだろうが」
「あ、あのねぇ~。これ以上渡すものはないよ。“宝物庫”も他のアーティファクトも迷宮の修繕とか維持管理とかに必要なものなんだから」
「知るか。寄越せ」
「あっ、こらダメだったら!」
ハジメは本当にミレディから根こそぎ奪うつもりのようで、ミレディに詰め寄る。
ミレディがいろいろと弁明をしているが、それでもハジメは引き下がらない。
・・・さすがにこれ以上は見てられないな。
「そこまでだ、ハジメ」
「あ?なんで止めるんだよ?」
「これ以上は必要のないことだ。とりあえずもらえるもんはもらったから、これでいいだろ」
「だが、まだ持ってるみたいだぞ?」
「これ以上はただの外道だ。道を踏み外したくなけりゃ、ここで引きさがれ。ていうか、警察官の息子を前によくそんなことができるな」
「・・・わかったよ。引き下がればいいんだろ?」
「そうだ。ったく、どこでそんな価値観を覚えたんだか・・・あぁ、オルクス大迷宮か」
「オーちゃーん!?」
オーちゃん改めオスカー・オルクスを襲った悲劇に、ミレディが悲鳴をあげるが、目の前の悲劇が去ったことに喜んだ。
「まぁ、とにかく、ありがとうね。まったく、君の友人はどうかしてるよ。まさに、類は友を呼ぶ、ってやつなのかな」
「・・・おい」
・・・どうやら、この人形は学習しないようだ。
俺が手ずから、教育してやろう。
「な、なにかな?」
「その言い方だと、俺までどうかしている、という風に聞こえるが?一応、お前を助けてやったつもりだが」
「え?だって、本当のこと・・・」
「ほう?だったら、俺からも1つ要求を呑んでもらおうか」
「ど、どんなのかな?」
「なぁに、簡単なことだ」
そう言って俺は、剣製魔法でドリュッケンのような大槌を出した。どうやら、ここではライセン大峡谷の影響を受けないようにできているようだ。
そして、俺は大槌を肩に乗せてトントンし、
「ちょいとサンドバックになれ。重力魔法の練習がてらにな」
「やだよ!それで殴られたら死んじゃう!」
再びミレディは素早く後ずさるが、そこはすでに壁際だ。
「なんだ?俺の頼み事は聞けないのか?」
「聞いたら最後、粉々になってミレディちゃんの人生が終わっちゃうよ!ていうか、なんでいきなり!?」
「なんだ、忘れたのか?さっき戦うときに言っただろ?」
「な、なにを?」
「泣いて謝ってもボコす」
「それまだ有効なの!?」
本当はあそこで打ち止めでもよかったのだが、この人形はどこまでも学習しない。だったら、体に覚えさせる方が早い。
「ていうか、今どうやって武器を・・・」
「俺の魔法だ、以上。さぁ、さっさとサンドバックになりやがれ」
「・・・あれ?なんか、俺とたいして変わらなくないか?」
ハジメが何かをつぶやいているが、きっと気のせいに違いない。
「はぁ~、初めての攻略者がこんなキワモノだなんて・・・もぅ、いいや。君達を強制的に外に出すからねぇ!戻ってきちゃダメよぉ!」
そういうとミレディは、さっさと上に上がって、いつの間にか天井からぶら下がっていた紐を掴みグイっと下に引っ張った。
「「「「「?」」」」」
俺たちが首をかしげると、嫌というほど聞いたガコン!!という音が鳴り響いた。
その音が響き渡った瞬間、轟音と共に四方の壁から途轍もない勢いで水が流れ込んできた。正面ではなく斜め方向へ鉄砲水の様に吹き出す大量の水は、瞬く間に部屋の中を激流で満たす。同時に、部屋の中央にある魔法陣を中心にアリジゴクのように床が沈み、中央にぽっかりと穴が空いた。激流はその穴に向かって一気に流れ込む。
そして、何やら外装らしきものがあるのだが、それに非常に見覚えがあった。
「てめぇ!これはっ!」
「嫌なものは、水に流すに限るね☆」
そう、明らかに便器だった。
このまま流されるのは、これ以上になく屈辱だ!
「このっ・・・!」
「“来・・・”」
「させなぁ~い!」
俺が剣製魔法のアンカーを、ユエが“来翔”の魔法を使おうとした瞬間、ミレディが右手を突き出し、同時に途轍もない負荷が俺達を襲った。上から巨大な何かに押さえつけられるように激流へと沈められる。重力魔法で上から数倍の重力を掛けられたのだろう。
「それじゃあねぇ~、迷宮攻略頑張りなよぉ~」
「ごぽっ・・・てめぇ、俺たちゃ汚物か!いつか絶対破壊してやるからなぁ!」
「ケホッ・・・許さない」
「殺ってやるですぅ!ふがっ」
「くっそ、首洗って待ってろよ!がぼっ」
「こんのクソ野郎!!ごぼっ」
俺たちはそんな捨て台詞を吐きながら、なすすべなく激流に呑まれ穴へと吸い込まれていった。
* * *
「ふぅ~、濃い連中だったねぇ~」
一仕事を終えたミレディは、かいてもいない汗をぬぐうように顔をこすりながら、ハジメたちが流れていった方を見ていた。
「オーちゃんと同じ錬成師、か。ふふ、何だか運命を感じるね。それにしても、あの黒髪君の魔法、どこかで見たことがあるような・・・ん?」
ミレディがはるか昔の記憶を探ろうと首をかしげると、ふと視界の端に見慣れぬ物を2つ発見した。どちらも、壁に突き刺さったナイフとそれにぶら下がる黒い物体だ。
何だろう?と近寄り、そのフォルムに見覚えがあることに気がつく。
「へっ!? これって、まさかッ!?」
2つの黒い物体。それは、片方はハジメお手製の手榴弾で、もう片方はツルギが剣製魔法と火魔法、風魔法の複合でそれを再現したものだ。
ミレディもそれが爆発物だと察し、焦りの表情を浮かべながら急いで退避しようとする。実は、重力魔法は今のミレディにとってすこぶる燃費が悪く、さっきので打ち止めだった。なので、爆発を押さえ込むことが出来ない。
わたわたと踵を返すミレディだったが、時すでに遅し。ミレディが踵を返した瞬間、白い部屋がカッと一瞬の閃光に満たされ、ついで激しい衝撃に襲われた。
迷宮の最奥に、「ひにゃああー!!」という女の悲鳴が響き渡った。その後、修繕が更に大変になり泣きべそを掻く小さなゴーレムがいたとかいないとか・・・。
今年最後の投稿ですね。
平成が今年で終わると考えると、なんだか自分が時代の節目にいるんだな~、とちょっと感慨深くなってしまうのですが、自分だけでしょうか。