「ふ~・・・とうとうこの日がやってきたか」
桜が咲き始めてきた4月の初め。
今日この日、俺は高校生になるのだ。
ハジメとも無事同じ高校だし、退屈することはなさそうだ。
「んじゃ、親父。行ってくるわ~」
「おーう。悪いな、入学式に顔を出せなくて」
「別にいいって」
一応、親父も時間に都合をつけてくれようとしたんだが、あの面々を放置するわけにはいかないということでダメだったらしい。
いや、俺としてもぜひそうしてほしかったところだったんだけどな。
親父がいなくなったら、最悪あの人たちまでもが入学式に乱入しかねない。
そうなった場合、俺の高校生活は死ぬ。冗談抜きで。
それを考えれば、晴れ舞台に親父がいないことくらい、どうってことない。むしろ自分の職務を全うしてもらいたい。
「それで、今日は終わったらどうする?」
「まだ未定。でも、昼飯はハジメとどっかで食べようと思う」
「そうか。ほどほどの時間に帰って来いよ」
「わかってるって」
ガキでもあるまいし。
そんなことを話しつつ、俺は家から出てハジメとの待ち合わせ場所に向かった。
待ち合わせって言っても、単に通学路の中間地点だが。
とはいえ、俺もハジメも中学時代は俺たち以外にこれといった友達もいなかったからなぁ~・・・あれ?もしかして俺たちの中学生活、周りから浮いてた?どうでもいいけど。
そんなことを考えていると、待ち合わせ場所についた。
まだハジメはいないようだが・・・。
「あっ、ツルギ!」
あ、来た。
どうやら、ほとんど同時に着いたようだな。
「ごめん、待たせちゃったかな」
「ついさっき着いたところだ。気にするな」
文面だけ見るとすげぇホモホモしいな。そういうのじゃないってのに。
「にしても・・・なんか、ツルギの制服姿、すごい似合ってるね」
「いや、高校生なのに学生服が似合わないって、そこそこ問題じゃないか?」
そういうハジメも、似合ってる、っていうのは少し違うんだろうが、特に違和感なく着こなしている。
となると、あれか。ネクタイが似合ってるかどうかって問題になってくるのかもな?
たしかに、程度に差はあれど、ネクタイが似合う人間もいれば似合わない人間もいる。
その中でも、俺は似合っている部類だった、ってことか?自分じゃわからんが。
そんなくだらないことを話しながら歩いていると、俺たちが通う高校に到着した・・・のはいいんだが、何やら騒がしい。
主に女子が。
「あ?なんだ?有名人でも来てるのか?」
「いや、ただの高校の入学式だよ?」
「だよなぁ。だとしたら・・・」
確認する意味はほとんどないが、念のために騒ぎの中心を確認してみることに。
周囲には女子によって人の壁が出来上がってしまっているから、手近な木に登って上から確認してみる。
なんか周囲から奇異の視線が刺さってくるが、気にせずに騒ぎの中心を覗き見る。
「・・・なるほどなぁ」
「何か見えた?」
「イケメンがいた」
案の定と言うか、アイドルばりのイケメンがいた。2人の美少女と脳筋っぽい男も一緒に。
そりゃあ目立つわな。アイドルみてぇな人間が3人もいるんだから。残り1人はガタイがいいだけっぽいが。
ついでに、美少女2人には新入生だけでなく先輩方の男子が集まっていたが、どうでもいいから流しておこう。
「どんな感じ?」
「爽やかかつキラキラしてる系の俺が嫌いなタイプ」
なんというか、見た目とかそういう問題じゃなくて、本能的に嫌悪感を感じる。
下手をすれば、吐き気がこみあげてきそうなレベルで。
なんで高校生活初日から嫌な思いをしなければならないのか・・・。
とはいえ、いつまでもここで腐っているわけにはいかない。
「せめて、あいつと関わることがない可能性に賭けよう」
「なんでや」
「あ、あはは・・・」
悲報。あの気に喰わないイケメンと同じクラスになった。
なんでだ。どうしてこうなってしまった・・・。
しかも、どういう偶然か例の美少女2人と脳筋っぽい奴まで一緒になった。
ありえないだろ普通。あれか?学校側がグルになっているのか、それとも神様の悪戯とかいうやつなのか?
もしそんなくそったれな神がいたらぶっ殺してやる。
ちなみに、あのイケメンの名前は天之河光輝と言うらしい。
ついでに、今この場にはいない。あいつが今年の新入生総代らしくて、今頃先生から段取りの説明を受けているところだろう。
ぶっちゃけ、俺も総代になれるだけの学力はあるにはあるが、めんどくさいからほどほどに手を抜いた。
それを親父に言ったら拳骨喰らった。あれはマジで痛かったな、うん。
「えっと、どうする?」
「どうしようもねえだろ・・・」
逆に考えるんだ。1年我慢すればいいだけなのだと。
1年だけ我慢すれば、クラス替えで同じクラスになることはないはずだ。
それに、同じクラスだからといってなれ合う必要もない。こちらから関わらなければいいだけの話だ。
頭の中で必死にそんなことを考えながら、入学式のために体育館へと向かった。
「ふぁ~、ねむ・・・」
入学式と言っても、どうせ先生がダラダラ話すだけだから、ほとんど右から左に聞き流していた。
ぶっちゃけ、俺も隣に座っているハジメのように寝ようかとも考えたが、変に目立つのも嫌だから頑張って起きることにした。
あと、無性に校長のヅr・・・頭の被り物を取っ払ってみたくなった。大人でも正直な自分を晒せばいいと思うんだ。
「続いて、新入生総代の挨拶です」
先生がそう言って、壇上に総代の生徒である天之河が上がった次の瞬間、
「「「「「キャァァァァ―――――――――!!!!」」」」」
体育館に爆発みたいな歓声が響き渡った。体育館が地震でも起きたんじゃないかってくらいに揺れ、女子連中が熱中して天之河の名前を呼ぶ。
もはやアイドルのコンサートみたいな様相だ。
「うし、寝よ」
女子の歓声をシャットアウトして、俺も瞼を閉じて意識を落とした。
どれだけ寝てたのかは知らないが、目を覚ました時には天之河の挨拶は終わっていた。
あと、前の方で女子生徒が2名、何やら騒いでいたところ先生に連れていかれたらしい。
いや~、俺とハジメが連行されなくてよかったな、うん。
入学式が終わってからは、教室に戻っていくつか連絡事項を説明されて解散となった。
「それで、これからどうする?」
「どっかで昼飯を食いに行こう。手軽にマ〇クにするか?」
「うん、そうしよう」
特に反対するでもなく、ハジメも賛成だと頷いて今日の昼食はマ〇クになった。
せっかくの入学式だから何か高めのものでもよかったかもしれんが、所詮は学生の財布だ。ファストフードがちょうどいい。
いいんだが・・・
「・・・?」
「ツルギ?」
なんだろう、視線を感じる。
ただ、妙なことに視線を向けられているのは俺ではなくハジメだ。
自分で言うのもなんだが、俺は女子から多少人気があるが、ハジメはそうでもない。
少なくとも、告白されたことがないくらいには。
さらに、こっちを見ているくせに近寄ってくる気配がないってのはどういうことなのか。
これは、あれか?ストーカーか?でも、ハジメに?
どうしたものか・・・。
「・・・いや、なんでもない」
「? 変なツルギ」
変とはどういうことか。
まぁ、ハジメが気づいていないならわざわざ地雷を踏みに行くこともない。
変わらず、平穏な学生生活を祈ることにしよう。
* * *
結果から言えば、平穏な学生生活はどっか旅行に行ってしまった。
なんと、天之河と一緒にいた美少女2人のうちの1人である白崎香織が、ハジメに話しかけてくるようになったからだ。自覚があるのかはわからないが、好意を振りまきながら。
美少女が冴えないオタクであるハジメに積極的に話しかけてくるものだから、とにかく目立つ。
そして、白崎はどうやら天之河ともう1人の美少女である八重樫雫と脳筋っぽい男の坂上龍太郎と幼馴染であるようで、白崎と一緒にやってくるものだからさらに目立つ。
さらに、天之河が根拠もないくせに「俺は正しい」を地で行くクソガキだと判明してストレスが速攻で溜まっていった。
ハジメを見捨てれば、少しは楽になるんだろうが・・・それはできない。
そうしたら、周囲の嫉妬はハジメ一人に向いてしまうことになる。
それを避けるためにも、俺の存在は必須だ。
だから俺もグループに加わる形になったんだが、そうなると必然的に天之河と話すことが多くなるわけで、加速度的にストレスが溜まっていった。
ただ、八重樫は4人の中でも常識人と言うか苦労人の立場なようで、ことあるごとに気を遣われるのが少し申し訳なかった。
そして、そんな生活が数か月も続いた頃、今日の昼休みもまた白崎が笑顔を浮かべながらやってきた。
ただし、ハジメはいないが。
「ねぇ、峯坂君。南雲君がどこに行ったか知らない?」
「さあなぁ。俺だってあいつの行動を逐一把握してるわけじゃねぇし」
嘘だが。
白崎に話しかけられる前に逃げるという技を身に着けたハジメは、昼休みになったら速攻で裏庭か屋上に行くようにしている。
ただ、それを言うと白崎が突貫しに行くのは目に見えているから、間違っても口には出さないが。
「う~ん、南雲君にお弁当を分けてあげようかと思ったんだけど・・・」
「問題ねぇよ。俺があいつに弁当を持たせておいてある」
ざわりと、教室がどよめいた。
たぶん、白崎がハジメに弁当をお裾分けしようとしたことに対する嫉妬と、俺の発言に何か良からぬことを考えたバカ共の2種類に分けられるだろうな。
そこに、天之河がやってきて口を開いた。
「香織、南雲にそこまで世話を焼くことはないよ」
「? 一緒に弁当を食べようってだけだよ?」
天之河の的外れな意見に、白崎が天然で返す。
いつもの光景だが、これだけでも天之河の言動がストレスになるのがまた・・・。
こういう時は、一時凌ぎにしかならないが食べて誤魔化そう。んで、学校が終わってから思い切り体を動かそう。
そう決めて、重箱弁当を取り出して視線を上げた。
すると、偶然、目の前にいた眼鏡をかけたボブカットの女子生徒・中村恵里と目が合った。
「っ」
中村の方からなぜか焦ったように視線を切られたから、目が合ったのは一瞬だけだ。
だが、一瞬だけ合った目が忘れられない。
当然、俺が中村を意識している、というわけではない。
そもそも、中村はある意味ではハジメと似ている、大人しめの文学系女子だ。何か気にするようなこともない。
ない、なずなのだが・・・
(あの目・・・どこかで見たことがある?)
どこで見たのかは、すぐには思い出せない。
だが、確実に、俺はあの目を知っている。
結局、この日の昼食はもやもやしたまま過ぎていった。
学校が終わってからも、ハジメから不審に思われるくらいにはもやもやしていた。
ハジメに尋ねられた時には「なんでもない」と答えたが、それでも不審がられるには不自然に見えたようだ。
それは、家に帰ってからでも同じで。
「なんだ、ツルギ。気になる女子でも見つけたのか?」
「ちが・・・くはないが、いねぇよ」
あながち間違いじゃないってのがなぁ。親父は明らかに下世話目的だが。
「・・・俺、そんなに変か?」
「変、と言えば変だな。さっきからずっと上の空だ」
なるほど、それならたしかにそんな誤解を受けても仕方ないか。
「言っておくが、別に好きな女子ができたとかそういうのじゃない。ただ・・・」
「ただ?」
「どこかで見たことがあるような目をした女子を見かけたんだ。その目が何だったのかが思い出せなくてモヤモヤしてんだよ」
そう言うと、親父も俺が何を言いたいのか分かったのか、スッと目を細めた。
「そういうわけだから、親父」
「“仕事”だな?」
「そうだ」
“仕事”というのは、俺の私事で自由に調べ物をすると同時に、その内容を親父に報告するというもの。
そして、俺個人の調べ物に警察の情報網を使っていいという暗黙の了解だ。
「つってもなぁ、たかが女子高生だろ?そこまでする必要があるか?」
「“たかが女子高生”なら、ここまでモヤモヤすることもないと思うんだが?」
「・・・ツルギの直感なら、無碍にできないな。わかった、許可しよう」
本当に、親父は俺のことを信用してくれている。
血がつながってないにも関わらず、こうして俺の意見を尊重してくれる。
だから、俺も親父の信用を裏切らないようにしよう。
* * *
ひとまずは、中村の家族構成を調べるところから始めることにした。
まぁ、さすがに変わったところはないと思うが・・・
「・・・あ?父親は交通事故で死亡?」
いきなりとんでもない事実が出てきた。
考えてみれば、中村の親の話をまったく聞いたことがない。
まずはこの辺りを重点的に調べてみようか。
「父親の方は・・・大して変わったところはないな。母親の方は・・・へぇ、小金持ちの家なのか」
どうやら、母親の方はちょっといいところの家らしい。
経営者とか医者とか、そういう超エリートな家系というわけではないが、全体的に見ればエリートの部類に入るくらいにはいいところのようだ。
「となると、きな臭いのは母親の方か・・・」
父親が幼少期に亡くなったのであれば、中村が受ける影響は圧倒的に母親が強いだろう。
このあたりを聞き込みしてみようか。
とりあえず、まずは中村の家を訪ねてみることにした。
当然、外から見るだけだが。
母親の方は実家と絶縁状態だそうだが、手切れ金のようなものは渡されていたんだろう。思ったよりも立派な一戸建て住宅だった。
とはいえ、中村に目撃されて不審がられるわけにもいかないし、どうやって聞き込み調査をすればいいものか・・・。
ひとまず、近くの公園に行ってみよう。主婦のネットワーク的なやつで何かわかるかもしれない。
さらに移動して、かつて事故があったという公園に向かった。
そこでは、今日が休日なこともあって子供連れの家族が多く集まっていた。
さて、来たのはいいが、まさか「中村の奥さんの話を聞いていいですか?」なんて馬鹿正直に聞くのもな・・・。というか、高校生が人妻に話しかけるってなかなかグレーじゃないか?
やばい、何も考えてない。
どうしたものか・・・。
今後の方針に悩んでいると、足元にボールが転がってきた。
拾い上げると、とてとてと男の子が走ってきた。
「おにいちゃん!それ、ぼくのボール!」
「そうか。ほら」
できるだけ怖がらせないように、男の子の身長に合わせてしゃがんだ。
「元気なのはいいことだが、ここは道路が近い。車に気を付けるんだぞ」
「うん!」
男の子は満面の笑みを浮かべ、友達らしき子供たちのところに走っていった。
「あらあら、あなた優しいのねぇ」
すると、後ろから初老の女性が話しかけてきた。
「いえ、これでも父親が警察官なもので。これくらいは当然ですよ」
「そうなの。いいわねぇ。あなたみたいな人がいれば、あの時みたいな事故も起きなかったのでしょうけど・・・」
なるほど。どうやら、俺が求めている情報を持っていそうだ。
この人に話を聞いてみよう。
「あの時の事故って、なんですか?」
「実はねぇ、道路に飛び出した女の子を助けるために、父親が庇って車に轢かれて亡くなったのよ。たしか、中村さんって名前だったかしら」
・・・俺から聞いておいてなんだけど、初対面の人にぺらぺらと名前をしゃべるのはどうなんだ?
もしかしたら、年齢的にそういう意識が緩い世代の人なのかもしれない。
「中村さんのご夫妻って、どういう方々だったんですか?」
「そうねぇ。旦那さんはすごいしっかりしていて、人も良くてねぇ。奥さんもいいところの家の出だったのだけど、その家から結婚にはすごい反対されたみたいで、だからか旦那さんにべったりだったのよ。そういうこともあって、旦那さんが亡くなった時は泣き崩れてたのよねぇ」
なるほど。
まぁ、こう言ってはなんだが、そこまで珍しい話ってわけでもないな。
たしかに不幸な出来事ではあるが、他にも似たような話は多々ある。
こういうときは、母親が娘を支えて・・・
「でもねぇ、それから奥さんがちょっとおかしくなったのよねぇ」
「はい?」
「あんなに旦那さんにべったりだったのに、新しい男を作ってべったりになっちゃったのよー。それに、その男の人がお世辞にもいい人とは言えない感じでねぇ。悪い男に引っかかったんじゃないかって心配だったのよ」
は?旦那さんが死んでから悪系の男にべったり?なんだそりゃ。
それが人の親なんて言えるのか?
というか、その男に嫌な予感しかしないんだが・・・。
「そしたらねぇ、その男が娘さんを襲おうとしたのよ」
・・・本当に、嫌な予感に限って当たるな・・・。
ていうか、その時の中村って子どもだよな?子供相手に欲情したのか?
そういう人種がいるっていうのは理解しているが、実際に話を聞くと鳥肌たつわ・・・。
「幸い、ご近所さんがすぐに警察に通報したおかげで大事には至らなかったのだけど・・・」
あぁ、さすがに貞操までは奪われなかったか。
・・・待てよ?もしそうだったら中村におかしなところなんて・・・
「今度はね、中村さんのお宅から怒鳴り声が聞こえるようになったらしくて、虐待を受けているんじゃないかって噂になったのよ」
Oh・・・マジか・・・。
だが、それが真実なのだとしたら、俺の中で中村のあの目の真相がはっきりした。
あれは、かつての俺の目だ。親から裏切られ、誰も信じることができなかった、あの時の俺と同じだ。
そこまで話したところで、女性はハッと口元を押さえて申し訳なさそうに笑みを浮かべた。
「あらやだ、私ったら。ごめんなさいね、長話につき合わせちゃって」
「いえ、大丈夫ですよ」
むしろ、これ以上ない情報を教えてくれてラッキーですらある。
「それじゃあ、俺はこれで」
「えぇ。ありがとうね、お話に付き合ってもらって」
女性に頭を下げて、俺は過去の資料を調べるために親父の部署へと向かった。
向かったのは、過去の調査資料なんかがまとめられている資料室。
そこで、虐待に関するものを手当たり次第に漁っていく。
「・・・これだな」
その中で、中村恵里に関する資料をいくつか見つけた。
まず始めに、中村母が連れてきた男に性的暴行未遂を受けた事件。
犯人の男は・・・前科有り、というかヤンキー上がりか。取り調べの心証も最悪に近い。
よくもまぁ、こんな男に引っかかったもんだ。
犯行時刻は夜中。母親が夜の仕事で家にいないとき。
結果は未遂に終わり、男は逮捕。塀の中にぶち込まれた。
まぁ、これといって変わったことが書いてあるわけではない。言ってはなんだが、普通の犯罪記録だ。
続いて、虐待の疑惑。
あくまで対処したのは警察ではなく児童相談所の職員だが、対象が対象だからか警察官も同行したらしい。
何度か行われた調査の記録では、親子関係になんら問題はなし。娘である中村恵里は母親になついているようで虐待を受けているような様子は見られなかった、と。
「・・・ん?」
ここまできて、不意に違和感を覚えた。
実の父親が死に、母親が連れ込んだ男に暴行を受けそうになり、仮に母親からも虐待を受けていたとしたら、どうして中村恵里は仲がいい親子を演じた?
むしろ、児童相談所に保護されて母親と縁を切った方が何倍もマシに決まっているはずだ。
だとしたら、暴行未遂事件から虐待疑惑の調査の間に、何かがあった、ということだ。
そして、その何かが中村恵里という少女の“鍵”だ。
その“鍵”がなんなのか、それが分かればいいんだが・・・。
「・・・これ以上は考えても無駄だな」
書類とにらめっこしたところで中村恵里という少女のことがわかるわけではない。
とりあえず、次は中村を観察するところから始めようか。
観察すると言っても、馬鹿正直に中村を見ていたら怪しまれるに決まっている。
だから、中村の観察は学校、主に教室で、時折チラッとばれないように盗み見る程度だ。
分かることは少ないが、やらないよりはマシだ。
注意すべきは、周囲から変に思われないようにすることくらいか。
変な噂をたてられて中村に不審に思われたくない。
そういうわけで慎重にならざるを得ないから、集まる情報はかなり少ない。
まぁ、やらないよりはマシだが。
とはいえ、観察を始めてからもう2週間、ここまで何も手掛かりがない。
ここまで何もつかめないとなると、実は中村への心配は全部杞憂だったか、中村が上手く隠しているかのどっちかだ。
だが、あのきな臭い記録を見れば、十中八九後者が正解だろう。
これは、気の長い仕事になりそうだ。
でも、ここまで収穫が何もないってのもなぁ・・・。
リスクは大きいが、いっそ俺の方からコンタクトしてみようか・・・。
そんなことを考えながら、もはや癖のようにチラリと中村を見やる。
だから、
中村の瞳に、鋭い刃のような光が宿っていたのは。
瞳の先にいるのは天之河・・・いや、天之河の周囲にいる女子だった。
「・・・まさか、そういうことか?」
確証と呼べるほどのものはない。
ないが、決して無視できるものじゃない。
だったら、調べてみるしかないか。
休日、訪れたのは過去に天之河が通っていたという中学校。
ただ、意外なことに中村もかつてここに通っていたようだった。
というのも、中村の家は学区外で、通うとなるとそこそこ遠い。
わざわざそんなところに通学していたあたり、やはりこの2人の関係は偶然とは思えない。
とはいえ、証拠らしい証拠もないからなぁ。
・・・というか、また行き当たりばったりじゃないか。
本当、ちゃんと予定をたててから行動しないとなぁ。
今のところ、現実的なのは今の3年生に声をかけてみるくらいか?傍から見れば不審者に見えなくもないが、俺だってまだ高1だ。不自然と言うではない。
・・・ない、よな?
年齢で考えれば問題ないだろうが、そもそもを言えば俺は完全な部外者だ。
卒業したどころか関わりのある人物すらいないのに、あれこれ聞いて回るのは高1と言えど不審者のレッテルを貼られかねない。
どうしたものかなぁ・・・
「あ、あの、すみません!」
そんなことを考えていると、横から声をかけられた。
振り向けば、同い年くらいの女子2人組が。
・・・あぁ、逆ナンか。
最近はあまりなかったけど、なんか久しぶりだな。
最後にあったのは・・・ハジメとのホモ疑惑が出る前か。あれのせいで減ったのか。
高校からは、天之河がひと際目立っているおかげで、俺に向けられる視線や好意は減ったように思うが。
とりあえず、平静を装って対応するとしよう。
「なんだ?」
「もしよければなんですけど、一緒にお茶とかどうですか?」
「そうだな・・・あぁ、構わない」
一緒にお茶、か。中学ではそういうのはなかったな。こういうのは高校生になって意識が変わったのもあるのか。
だが、情報収集にはちょうどいいだろう。
キャッキャとはしゃぐ女子たちに案内されたのは、いかにも若者が通いそうなおしゃれな喫茶店だった。
俺個人としてはもう少し落ち着いた雰囲気のところが好みだが、案内された身なのだからその辺りは弁えておく。
それぞれ飲み物を注文したところで、女子たちの方から話しかけられた。
「それで、校門の前で何をしていたんですか?もしかして、誰かと待ち合わせとか・・・?」
「いやいや、もしそうだとしたら一緒にお茶してくれるわけないでしょ。誰かを探してたとかですか?」
「当たらずとも遠からず、ってところか。高校で知り合ったやつに、やたらと目立つ奴がいてな。興味本位で誰かからそいつの話を聞いてみようと思ってたんだ」
「目立つって、どんな感じなんですか?」
「なんて言えばいいかな・・・やたらと眩しく見えるというか、キラキラしてるというか。一言で言えば、容姿も性格もイケメンって感じだな」
「もしかしてそれって、光輝君のことですか?」
「なんだ、そんなに有名なのか?」
「有名もなにも、この辺りじゃ知らない人がいないってくらいですよ!」
曰く、文武両道の才色兼備。困っている人がいれば迷わずに手を貸し、間違いがあれば毅然とした態度で正す。さらに、剣術を習っていて大会で優勝したこともある。まさに、正義のヒーローを体現したような存在。
そのため、男女問わずに人気があり、ファンクラブもあるほどだという。
・・・なんというか、聞いているだけで吐きそうになってくる。
こんな調子じゃ、あいつの悪癖を指摘するような人間は、本当に一握りしかいないんだろうな。
「もしかして、光輝君と同じ高校に通ってるんですか!?」
「あぁ、そうだな。ついでに言えば、幼馴染みたちも一緒だな」
「ってことは、香織さんと雫さんも!?」
「あ、あぁ。うちの高校じゃ、早くも『二大女神』とか言われてるな」
2人が言うには、中学のときも同じように呼ばれていて、特に八重樫はその面倒見の良さから“お義姉様”なんて呼ばれてたらしい。
天之河に限らず、あの2人もそんなに有名人だったのか・・・。
「そ、そんなに有名だったのか・・・良くもまぁ、変なやっかみを受けなかったもんだ」
「それはそうですよ。あんな完璧な人たちに嫉妬なんて、罰当たりもいいところです」
「あれ?でも、光輝君のことが好きだった女の子たちって・・・」
片方の女子が思わずと言った様子でそう呟くと、ヒートアップしてた女子がすぅっと顔色を変えた。
「あ、あれは、ほら、えっと・・・」
「・・・その話、詳しく聞かせてもらってもいいか」
これは当たりか?もう少し詳しく話を聞いてみよう。
「えっと、あくまで噂なんですけど、光輝君のことが好きになった女子は、ほとんどが不登校になってるって。中には、自殺したんじゃないかって子もいるって話で・・・」
「でも、実際に不登校になった女子がいるから、ファンの女の子の誰かがいじめたんじゃないかって。実際に、ファンクラブの中には過激な人もいるし・・・でも、本当に噂程度の話で、誰が犯人かとかはまったくわかってないんです。中には、横暴だった女の子もいたって話もありますし・・・」
なるほどな・・・だが、これだけだと証拠としては不十分だな。あくまで状況証拠、それも噂レベルのものでしかない、か。
とはいえ、また一歩前進したのは間違いないか。
「なるほどな・・・有益な情報、感謝する。お礼と言ってはなんだが、ここは俺がおごろう」
「え?いいんですか?」
「こういう時くらいは男の甲斐性も見せるさ。好きなのを頼んでくれ」
「ありがとうございます!!」
「それじゃあ、この期間限定のケーキと・・・」
最終的に、ちょっと頭が痛くなるくらいの出費にはなったが、情報料として割り切ることにした。
* * *
あれからさらに数か月ほど。
ハジメを白崎の生贄にしながら調査を続け、中村についての情報がある程度まとまって、親父に報告したんだが・・・
「・・・なぁ、親父」
「・・・なんだ?」
「俺、調べたことを後悔してきたんだが」
「言うな。気持ちはわからんでもないが」
ずいぶんとまぁ、中村に関する重い事実が浮かび上がってしまった。
幼い頃に父親を亡くしたことから始まり、母親が連れ込んだ男による暴行未遂、そして母親からの虐待の疑い。
虐待に関してはそのような事実はないと判断されたものの、母親はべったりくっついて懐いている中村に対して怯えている様子だったらしい。
さらに、よくよく中村を観察してみれば、天之河に群がる女子に対して鋭い視線を向けることが多々ある。
そこから嫌な予感が加速して徹底的に中村を調べ上げたところ、天之河に対して妄執的になっている一面がある可能性があり、実際に幼馴染以外で天之河と親しかったらしき女子が原因不明の不登校になっている。
「興味本位で調べるものじゃなかったと反省すべきか、事が大きくなる前に判明してよかったと考えるべきか・・・」
「だが、警察を動かすには弱い。なにせ、決定的な情報がないからな」
厄介なのは、中村の被害に遭ったらしき女子はコンタクトが取れないほどに精神的に破壊されている点、そして中村は一切の尻尾を掴ませないようにしている点だ。
まさか、完全犯罪を実現できる女子高生が存在したとは・・・。
ついでに言えば、警察の業務に起こりうるだろう犯罪の防止は含まれていないし、ちゃんとした証拠が無ければ動くこともない。こういう相手にはどうしても後手後手になってしまう。
「で?これからどうするんだ?」
「むしろ俺が聞きたい。これからどうすればいいんだ?」
こんなの、一学生には荷が重すぎるんだが・・・。
「・・・まぁ、それとなく様子を見ていくしかないだろうな。幸い、高校ではそういう問題はないんだろう?」
「
逆に言えば、将来的には確実に何かやらかす。
ただ、具体的に何を、いつ、どこでやるのかがわからないのが難点だが。
「とりあえず、後のことは保留ってことでいいか?」
「・・・そうだな。だが、中村恵里の監視はお前の方でやっておけよ」
「へいへい・・・」
“仕事”だからな。それくらいはやろう。
結局、この日はこれで終わりということになった。
親父と別れてからは自室に戻り、思い切りベッドにダイブした。
「さて、どうしたものかなぁ・・・」
考えるのは、もちろん中村のこと。
正直、俺一人の手には余る。
できれば協力者が欲しいところだが、中村は本性を隠すのが抜群に上手い。事実を言ったところで信じてもらえないのがオチだろう。
とはいえ、俺一人でできることなんてかなり限られてくるわけで。
「どうしたものかなぁ・・・」
思わず同じことを呟いてしまうくらいには、行き詰っていた。
というか、どうして俺が天之河関連で悩まにゃいかんのだ。
そもそもを言えばあのバカが悪いんだから、あいつが責任ととって・・・
「いや、これはアリか?」
いっそのこと、天之河に中村を押し付ければ万事解決では?
中村が何をやらかすのかは想像もできないが、目的は天之河を手に入れることのはず。
ならば、俺の方で天之河を差し出せば、平和的に解決するのでは?
天之河は損するかもしれんが、自業自得だしどうでもいい。
それに、手っ取り早く既成事実を作らせてしまえば、天之河に盲信的な周囲の人間も離れていくだろう。
女子連中は大荒れするかもしれないが、それは俺の方で抑えればいい。
中村は天之河が手に入るんだから、大それたことをする必要もない。
自業自得な天之河以外は得をする、win-winな良い案なんじゃないか?
「うしっ、そうと決まれば、さっそく明日から準備するか」
やっぱり、具体的な目標ができるとやる気が出てくるな。
とりあえず、具体的な計画を立ててから必要な物を準備するとしよう。
* * *
それからは、中村と天之河を無理やりくっつけるために必要な物を集め、入念に計画を立てた。
計画自体は天之河と中村を2人にしたタイミングでそういう気分にさせるお香を嗅がせるなり媚薬を盛るなりして既成事実を作らせるだけだが、大変なのは事後処理だ。
天之河ができちゃった婚をしたとなれば、周囲の人間が荒れまくるのは目に見えている。その被害を最小限にするためにも、天之河への印象操作を行う必要があった。
まず始めに、天之河のことを異様に信用している教師から対処していった。
それとなく、怪しまれないように天之河の不審な部分を吹き込み、教師としての公平な判断力を植え付けていく。そうして、万が一の教師が天之河を擁護する可能性をなくしていく。
次に、比較的天之河に対して客観的に接することができる生徒に天之河のおかしな点を吹き込んでいき、それとなく吹聴するように促す。効き目は薄いかもしれないが、天之河への不信感を植え付けることで少しでも天之河の味方を減らす。
こうして入念に入念を重ねて準備し、最大の問題だった媚薬の類も無事入手することができて、あとは折を見て計画を実行に移すだけとなったタイミングで、運悪くエヒトの召喚が発生してしまい、計画がすべて頓挫してしまった。
結果として、中村の問題と天之河の矯正が俺の計画とは違う形でトータスで両方実現してしまったんだから、複雑なことこの上ない。
結果オーライと言えばそれまでだが、やっぱ、世の中上手くいかないものだなぁ。
「・・・なに?人様の顔をじろじろ見て」
「いや、べつに?」
まぁ、過去のことをあーだこーだ言ったところで意味はない。
これからはせいぜい、最善の未来のために頑張ることにしよう。
だいぶ遅めのお気に入り登録者数1500人突破記念です。
今回は、恵里の調査を交えた高校時代の話ですね。
部分部分を見ればだいぶ簡単な感じになっちゃいましたけど、全部を書こうと思ったらシャレにならないくらい長くなりそうなので。
なので、いったん今話を仮投稿という形にして、また後で加筆修正を加えるつもりです。
さて、次からは本格的にアフターストーリーに入っていきますね。
アフターストーリーでは、原作アレンジとオリジナルストーリーの両方を執筆していく予定です。
ただ、原作アレンジはどこまでやるかは未定ですね。
一応、今のところ予定しているのは、帰還者騒動、深淵卿withツルギ、光輝with恵里、修学旅行、トータス旅行、魔王×2&勇者あたりですが、これら全部を書こうと思うととんでもない長さになりそうですし、トータス旅行にいたっては原作でも終わってすらいないんですよね。
なので、帰還者騒動以外はオリジナルストーリーを優先して投稿していきます。
帰還者騒動も、ほぼほぼオリジナルになりそうですしね。
余談ですが、この前一部でウマ娘の二次創作が問題になったって動画を見たんですが、思った以上に二次創作に対して当たりが強い人がいて少し驚きました。
ハーメルンなんて二次創作がメインですけど、自分の記憶の限りではハーメルン内で問題が起こったことなんて基本的にないですからね。
でも、ウマ娘だと馬主さん関連の問題が付随してくるので、余計にこじれてるんでしょうね。
そりゃあ、自分が大切にしている動物がエログロのおもちゃにされたらキレるし炎上するに決まってる。
自分は基本的に二次創作を書き続けてますけど、なんかいろいろと考えさせられましたね。
まぁ、自分が気持ちよく描くために今回の件は記憶の隅に追いやりますが。