翌日、ようやく東の空が白み始めた時間に、俺たちは旅の準備を終えて出ようとしていた。
朝早いから大変だったよ、準備とか、片付けとか。あと、ちょっと寝不足気味だな。ハジメたちからは、なんかニヤニヤされたけど。ハジメとユエだって似たようなものじゃないか。
だが、“水妖精の宿”の料理人であるフォスさんが、俺たちのためにわざわざ朝食にとおにぎりとかを用意してくれたのが、すごいありがたかった。
んで、いざ出発だと思っていたのだが、ちょっとめんどくさいことになっていた。
「・・・なんとなく予想はつくが、一応聞いておこう。なんでいんの?」
山脈に行くために俺たちは北門に向かったのだが、そこに愛ちゃん先生とクラスメイトたちが陣取っていた。
俺のジト目に愛ちゃん先生は一瞬ビクリとふるえるが、すぐに毅然な態度を取って俺たちに向きあった。ばらけて駄弁っていた他のクラスメイトも、愛ちゃん先生のそばに近寄ってくる。
「私達も行きます。行方不明者の捜索ですよね?人数は多いほうがいいです」
「却下。勝手に行くだけならまだしも、一緒は勘弁してくれ」
「な、なぜですか?」
「単純に足の速さが違う。今回はスピード重視だから、先生たちに合わせてちんたらしてられないんだよ」
後ろを見てみれば、人数分の馬が用意されていた。こいつら、いつの間に乗馬できるようになったんだよ。
まぁ、馬に乗れようが乗れまいが、どのみち魔力駆動二輪の速度についてくることなんてできないのだがら、無駄でしかないんだが。
俺の言い方が気にくわなかったのか、周りに移動手段がないのを疑問に思ったのか、園部が強めにつっかかってくる。
「足の速さが違うって・・・ねぇ、峯坂。まさか、馬に乗るより走った方が速い、なんて言わないわよね?もしそうだとしたら、南雲共々どれだけ人間やめてるのって話なんだけど」
・・・まさか、ハジメはともかく、俺まで化け物認定されているとは思わなかった。特に俺から何かした覚えはないんだがな。
ハジメの方は、頬をピクリと引きつらせていたが、あながち間違いでもないから反論はしなかった。
「・・・ハジメ」
「あいよ」
俺が名前を呼ぶと、ハジメは宝物庫からシュタイフとヴィントを取り出した。
なにもないところから突然現れた大型バイクに、愛ちゃん先生たちはギョッとする。
「わかったか?俺が言ったのはべつに嫌味でもなんでもない。言葉通りの意味で、足の速さが違うんだよ」
まぁ、本当に自分の足で走っても馬よりは速い自信はあるが、そこまで言うことでもない。
魔力駆動二輪の重厚なフォルムと異世界には似つかわしくない存在感に度肝を抜かれているのか、愛ちゃん先生たちはマジマジと見つめたまま何も答えることができない。
そこに、相川が若干興奮気味に話しかけてきた。そういえば、たしかこいつはクラスで一番のバイク好きだったか。
「こ、これも昨日の銃みたいに南雲が作ったのか?」
「まぁな」
「それじゃ、俺たちは行くからそこをどいてくれ」
俺たちはシュタイフとヴィントにまたがって出発しようとするが、それでも愛ちゃん先生は食い下がってくる。
なんとなくハジメの方に目を向けると、どうしようもないような表情で肩をすくめた。
どうやら、オルクス大迷宮での
それに、俺が強めに理由を聞くと、ハジメの問題とも別に、どうやらクラスメイトの1人が行方不明になっているようだ。
名前は
愛ちゃん先生だって、考えうる可能性の一つとして考えているのかもしれないが、どこまで疑っているかは怪しいところだ。
ちなみに、ハジメの件に関しては、愛ちゃん先生の方からも小声で俺に伝えてきた。
よく見れば、愛ちゃん先生の顔は化粧こそしているものの、目の下に濃い隈ができていた。昨夜はかなり悩んだようだ。
・・・ちょっと、罪悪感が湧いてきたな。愛ちゃん先生が悩んでいる間、俺とティアは・・・いや、何も考えまい。
「峯坂君、先生は先生として、どうしても南雲君からもっと詳しい話を聞かなければなりません。だから、きちんと話す時間を貰えるまでは離れませんし、逃げれば追いかけます。峯坂君たちにとって、それは面倒なことではないですか?移動時間とか捜索の合間の時間で構いませんから、時間を貰えませんか?そうすれば、南雲君の言う通り、この町でお別れできますよ・・・ひとまずは」
「・・・はぁ、わかったよ。同行を許可する。ハジメもいいよな?」
「しゃあねぇな・・・」
「いいの?」
「あぁ、この目は、絶対に言ったことをやる目だ。このまま放置した方が確実に面倒なことになる。ったく、どこまでいっても愛ちゃん先生は愛ちゃん先生か」
「当然です!それと、ちゃん付けで呼ばないでください!」
今の愛ちゃん先生の目は、決意に満ちている。
愛ちゃん先生は空回りすることがほとんどとはいえ、年齢通りの行動力を持っている。
このまま突っぱねれば、本当にいつまでもつきまとってくるだろう。
俺としては放っておいてほしいのだが、いつまでついてくるのも面倒だし、だったらここで話を済ませた方がいいだろう。
正直、俺の愛ちゃん先生の評価はいろんな意味で“甘い”だ。だからこそ、俺は“愛ちゃん先生”と呼んでいるのだが、一応は俺としても敬意を払うべき大人の一人でもあるため、あまり無下にはできない。
ハジメも同じことを考えたようで、特に反論はしなかった。
「でも、このバイクじゃ乗れても3人でしょ?どうするの?」
そこに、園部からもっともな疑問がとんでくる。
その返答として、ハジメはシュタイフをしまい、今度はブリーゼを取り出す。
「乗れない奴は荷台な。ツルギは、このままヴィントで行くか?」
「あぁ、そうする。愛ちゃん先生への説明とかは任せたぞ」
「あいよ」
ポンポンと大型の物体を出すハジメに周りは唖然とするが、そんなこともお構いなしに俺とハジメは出発の準備を整えた。
* * *
ヴィントとブリーゼを走らせること3,4時間、俺たちは目的地である北の山脈地帯に到着した。
ここは標高1000mから8000m級の山々が連なっており、またどういうわけか、山によって生えている木の種類が異なっている。あるエリアでは日本の秋のような光景が広がっていると思えば、次のエリアでは真夏のように葉が青々と生い茂っていたり、かと思えば今度は枯れ木が広がっていたりと、ずいぶんと不思議な植生になっている。
また、普段見えている山脈を越えても、その向こう側には更に山脈が広がっており、北へ北へと幾重にも重なっている。現在確認されているのは四つ目の山脈までで、その向こうは完全に未知の領域らしい。過去に何処まで続いているのかと、とある冒険者が五つ目の山脈越えを狙ったことがあるそうだが、山を一つ越えるたびに生息する魔物が強力になっていくので、結局は成功はしなかったそうだ。
ちなみに、第一の山脈で最も標高が高いのはかの“神山”で、今回、俺たちが訪れた場所は、神山から東に1600㎞ほど離れた場所だ。この地域では、紅や黄といった色鮮やかな葉をつけた木々が目を楽しませ、目を凝らしてみれば、そこかしこに香辛料の素材や山菜を発見することができる。ウルの町が潤うのも納得できる、実に実りの多い山である。
その麓にブリーゼとヴィントを止め、それぞれ宝物庫にしまう。ちなみに、女性陣はその絶景に見とれている者がちらほらいるようだ。
ただ、どうして愛ちゃん先生は顔を真っ赤にしてハジメに頭を下げているのだろうか。一応、真剣に話をしたはずなんだが。まぁ、景色を見て我を取り戻すことができたようだが。
「んじゃ、ハジメ、さっさと始めるぞ」
「へいへい」
俺が呼びかけると、ハジメは宝物庫から全長30㎝程の鳥型の模型を8機と、小さな石が嵌め込まれた指輪を2つ、黒塗りの眼鏡を1つ取り出した。模型の方は灰色で、頭部にあたる部分には水晶が埋め込まれている。
俺とハジメは指輪を自らの指にはめて、鳥型の模型を空中に放り出した。そして、模型たちはそのままふわりと浮かび上がり、少し旋回した後に山の方へと飛び去って行った。
・・・なんだか、自分で操作しているのを自分でナレーションするって寂しいな。
「あ、あの、あれは・・・」
そこに、愛ちゃん先生が質問してきた。
「オルニス。早い話、無人偵察機だ」
無人偵察機・オルニス。ライセンの大迷宮で遠隔操作されていたゴーレム騎士達を参考に、貰った材料から作り出したものだ。生成魔法により重力魔法を組み込んだ鉱石・重力石を生成し、それをもとにゴーレム騎士を操る元になっていた感応石を組み込み、さらに遠透石を頭部に組み込んだのだ。
遠透石とは、ゴーレム達の目の部分に使われていた鉱物で、感応石と同じように同質の魔力を注ぐと遠隔にあっても片割れの鉱物に映る景色をもう片方の鉱物に映すことができるというものだ。ミレディは、これで俺たちの細かい位置を把握していたらしい。ハジメは、魔眼石にこの遠透石を組み込み、オルニスの映す光景を魔眼で見ることが出来るようにしたのだ。
ちなみに、俺の方は別口でモニターを用意しており、それが今俺がかけている眼鏡だ。今、眼鏡のグラスの部分にはオルニスが撮影している光景が映っている。さらに、魔力回路を使って俺の“天眼”と接続すれば、さらに高解像度の映像を見ることができる。
ただ、ハジメは脳の処理能力の限界で、俺は魔力量の限界で一度に四機までしか同時操作できない。
操作するだけなら、俺なら“瞬光”込みで十機くらいはいけるが、それだと魔力消費が“高速魔力回復”に追いつかなくなって短時間しか稼働できない。
そもそも、ミレディは一度に少なくとも五十機のゴーレムを動かしていたのだが、いったいどういう処理能力なのか。まぁ、おそらくはあのミレディが憑依していた巨大ゴーレムの性能だろうが。それでも、あれを作り出したであろうオスカーの腕前もかなりのものになるが。
そんなこんなで、オルニスの説明も交えつつ俺たちは山の中に足を踏み入れた。
今回は捜索範囲が広い。オルニスで上空からも同時に探しても、かなり時間がかかるだろう。
まずは、魔物の目撃証言があった場所に向かう。そこなら、冒険者パーティーもその辺りを探索しただろう。オルニスをその辺りに飛行させつつ、俺たちもハイペースで山道を進んでいった。
およそ1時間と少しくらいで、俺たちは六合目に到着したが、一度そこで立ち止まった。理由は、この辺りに痕跡がないか調べる必要があったというのもあるが・・・
「はぁはぁ、きゅ、休憩ですか・・・けほっ、はぁはぁ」
「ぜぇー、ぜぇー、大丈夫ですか・・・愛ちゃん先生、ぜぇーぜぇー」
「うぇっぷ、もう休んでいいのか?はぁはぁ、いいよな?休むぞ?」
「・・・ひゅぅーひゅぅー」
「ゲホゲホ、南雲たちは化け物か・・・」
愛ちゃん先生たちの体力が予想以上になかったという方が大きい。
一応、全員この世界の一般人の数倍のステータスなのだから、ここまで疲弊することはないはずなのだが、どうやら俺たちのペースが速すぎたせいで、ほぼ全力疾走の状態で体力を消耗したようだ。
「・・・ツルギ、どうする?このまま置いていってもいいと思うんだが・・・」
「・・・シア、近くに川とかないか?そこなら、休憩がてらウィルたちの証拠を得られるかもしれない」
「えっと・・・ありました。近いですね」
「それじゃ、お前ら、そこに向かうぞ」
そうして俺たちは、シアの案内の下、近くの川を目指した。
そこにあったのは、小川と呼ぶには少し大きい規模のものだった。
索敵能力が一番高いシアが周囲を探り、俺とハジメも念のためオルニスで周囲を探るが、魔物の気配はしない。取り敢えず息を抜いて、俺たちは川岸の岩に腰掛けつつ、今後の捜索方針を話し合った。
途中、ユエとティアが「少しだけ」と靴を脱いで川に足を浸けて楽しむというわがままをしたが、どちらにしろ愛ちゃん先生たちが未だ来てすらいないので大目に見ることにした。ついでにシアも便乗したが。
その間に、俺とハジメで川沿いを中心にオルニスを操作し、捜索を続ける。俺もハジメも、ティアとユエがパシャパシャと素足で川の水を弄ぶ姿を眺めながらの操作だが。
ちなみに、シアも素足となっているが、水につけているだけだ。川の流れに攫われる感触にくすぐったそうにしている。
そこに、ようやく愛ちゃん先生たちが息を整えながらやってきた。置いていったことに思うところがあるのかジト目をしているが、男子3人が素足のティアとユエとシアを見て歓声を上げると「ここは天国か」と目を輝かせ、女性陣の冷たい眼差しは矛先を彼等に変えた。
ティアたちも玉井たちの視線に気が付いたようで、さっさと川から上がった。
愛ちゃん先生たちは川岸で腰を下ろして水分補給にいそしむ。
さっきから玉井たちのティアに向ける視線がうっとおしいので、軽く睨み返す。ハジメの方もユエとシアをジロジロとみられていたので、同じように睨み返す。それで玉井たちはブルリと体を震わせて目を逸らす。
「ふふ、南雲君と峯坂君は、本当に彼女たちを大切に思っているのですね」
「まぁな」
愛ちゃん先生にそんなことを言われるが、俺はティアの肩を抱き寄せ、髪をなでながら軽く返すにとどまる。それくらい、当然のことだ。俺にされるがままになっているティアは、気持ちよさそうに目を細めている。
ハジメの方も、軽く肩をすくめるだけだ。
そこに、ユエがその通りだと言わんばかりにハジメの膝の上に腰を下ろし、シアも背後からヒシッと抱きつく。
これに女性陣はキャーキャーと歓声を上げ、男共はギリギリと歯を食いしばる。
ハジメの方も、二人を振りほどくことなく、そっぽを向いている。どうやら、照れているようだ。
「・・・お?これは・・・」
そこで、俺はオルニス越しにあるものを見つけた。
「どうしたの?」
「川の上流に・・・盾とカバンか?・・・まだ新しい。これは当たりだな。お前ら、行くぞ」
そう言って俺が立ち上がると、ティアとハジメたちも続けて立ち上がり、現場に向かう。
愛ちゃん先生たちの方はまだ休みたそうにしていたが、無理やり同行してきた上に手がかりを見つけた以上は文句を言っていられないようで、疲労が抜けきらない重い腰を上げて、再び必死になって俺たちについてきた。
俺たちが到着した場所には、俺がオルニスで確認した通り、小ぶりな金属製のラウンドシールドとカバンが散乱していた。ただし、ラウンドシールドは、ひしゃげて曲がっており、鞄の紐は半ばで引きちぎられた状態で、だ。
周りを見渡してみると、近くの木の皮が禿げているのを発見した。高さは大体2mくらいの位置だ。何かが擦れた拍子に皮が剥がれた、そんな風に見える。高さからして、人間の仕業ではないだろう。
俺はシアとハジメに全力の探知を指示しながら、俺自身も全力で周りを注意深く観察し、傷のある木の向こう側へと踏み込んでいった。
先へ進むと、次々と争いの形跡が発見できた。半ばで立ち折れた木や枝。踏みしめられた草木、更には、折れた剣や血が飛び散った痕もあった。それらを発見する度に、特に愛ちゃん先生たちの表情が強ばっていく。どうやら、少し刺激が強かったようだ。
「ん?これは・・・」
先へ進んでいくと、なにやら銀色に輝くものを見つけた。
拾い上げてみると、それはペンダントだった。しかも、ロケットになっているようで、留め金を外して中を見ると、女性の写真が入っていた。おそらく、誰かの恋人か妻と言ったところか。大した手がかりではないが、古びた様子はないので最近のもの・・・もしかしたら、冒険者一行の誰かのものかもしれない。なので、一応回収しておく。
その後も、遺品と呼ぶべきものが散見され、身元特定に繋がりそうなものだけは回収していく。
どれくらい探索したのか、すでに日はだいぶ傾き、そろそろ野営の準備に入らねばならない時間に差し掛かっていた。
ここまできて不気味なのが、これまでに1体の魔物とも遭遇していないことだ。これまでにいくつもの戦闘の痕を見つけたのだから、1体くらいは魔物がいそうなものなのだが、姿はおろか、気配すら感じなかった。
そんなことを考えていると、ハジメが何かを見つけたようだ。
「ツルギ、ここから東に500mのところに大規模な破壊の痕を見つけた」
「そうか。なら、その周辺を探索して何もなかったら野営の準備に入ろう」
俺の言葉にハジメや愛ちゃん先生たちも賛同し、ハジメの案内で例の場所に向かった。
そこは、大きな川だった。上流に小さい滝が見え、水量が多く流れもそれなりに激しい。本来は真っ直ぐ麓に向かって流れていたのであろうが、現在、その川は途中で大きく抉れており、小さな支流が出来ていた。おそらく、ここで大規模な戦闘があったのだろう。
それに、直線的な抉れ方と周囲の木々や地面がところどころ焦げているのを見ると、これはまるで、
「まるで、レーザーかブレスが放たれたみたいだな」
「いったい、どんな魔物がいたのかしら」
「ブレスでテンプレなのはドラゴンとかその辺りなんだろうが、今のところ、そんな魔物がいたって情報はないから、何とも言えないな。一応、この大型で二足歩行をするような足跡は、おそらくこの山から2つ向こうにいるブルタールなんだろうが・・・」
「それで、こっからどうする?」
周囲を観察していたハジメが、俺に意見を求めてきた。
ちなみに、ブルタールは今いる山からさらに2つ向こうに生息する、オークのような魔物だ。大した知能は持っていないが、群れで行動することと、“金剛”の劣化版“剛壁”の固有魔法を持っているため、中々の強敵と認識されている。
ハジメが自然と俺に指示を求めるあたり、これじゃあ完全に俺が参謀みたいな感じになっているな。
「そうだな、この川沿いに下流へ降りていくか。さすがに、何かに襲われたところに町から遠ざかるように逃げたりはしないだろうし、これほどの規模の攻撃なら川に流されたって可能性もある」
俺の意見に他のみんなも賛同し、下流へと向かって下っていった。
しばらくすると、先ほどのものとは比べ物にならないくらい立派な滝にでくわした。
俺たちはひょいひょいと滝を降りていき、滝壺付近に着地した。
「ハジメ、あの滝壺の辺りに“気配感知”を使ってくれ」
「? あぁ、わかった」
ハジメは俺の指示に最初は首をかしげるが、すぐに納得したようで、目を閉じて集中し始めた。
そして、結果はすぐにでた。
「! おいおい、マジかよ・・・気配感知に掛かった。感じから言って人間だと思う」
「ビンゴだな。人数は?」
「1人だ」
ハジメの報告に、愛ちゃん先生たちは驚きを隠せないでいる。
そういう俺も、行方不明になってから5日経っているという時点で期待はしていなかったのだが、奇跡的に生き残りがいるのかもしれない。
「そうか、ユエ」
「ん・・・“波城”、“風壁”」
ユエもすぐに俺の言いたいことが分かったらしく、風魔法と水魔法を駆使して滝を真っ二つに割った。
後ろでは詠唱も魔法陣もなしに2つの魔法を行使しているユエに驚愕の目が集まったが、特に気にすることもなく、呆けている愛ちゃん先生たちを促して滝壺の中へと入って行った。
洞窟は入って直ぐに上方へ曲がっており、そこを抜けるとそれなりの広さがある空洞が出来ていた。天井からは水と光が降り注いでおり、落ちた水は下方の水溜りに流れ込んでいる。溢れないことから、きっと奥へと続いているのだろう。
そして、
「・・・いたな」
一番奥に、横倒しになっている男を発見した。年齢は、おそらく20歳前後。端正で育ちが良さそうな顔立ちだが、今は青ざめて死人のような顔色をしている。だが、大きな怪我はないし、鞄の中には未だ少量の食料も残っているので、単純に眠っているだけのようだ。顔色が悪いのは、彼がここに一人でいることと関係があるのだろう。
俺は寝転がっている男に近寄り、肩をゆする。
「おい、起きろ」
「ん、んぅ・・・」
だが、なかなか起きない。どうやら、かなり衰弱しているようだ。身体的にか、精神的にか、あるいはその両方か。
ただ、いくら揺さぶってもなかなか起きない。
ということで、
「さっさと起きろ」
バチコンッ!
「ぐわっ!?」
ちょいと強めのデコピンを男の額に当てた。
そのおかげで、男は悲鳴を上げて目を覚まし、額を両手で抑えながらのたうち回る。
後ろで愛ちゃん先生たちが戦慄の表情を浮かべているが、起きなかったからしょうがないじゃん。
「おい、あんたがウィル・クデタでいいか?」
「いっっ、えっ、君達は一体、どうしてここに・・・」
「俺たちは、依頼を受けてここに来た冒険者だ。お前が、クデタ伯爵家三男のウィル・クデタでいいか?」
「えっ、は、はい、そうです」
どうやら、奇跡的に生き残っていたようだ。なんとも強い悪運の持ち主だ。
「そうか、俺は峯坂ツルギ。冒険者ギルドフューレン支部長イルワ・チャングの依頼でここに来た。生きていてよかった」
俺たちの都合的に。
「イルワさんが!?そうですか。あの人が・・・また借りができてしまったようだ・・・あの、あなたもありがとうございます。イルワさんから依頼を受けるなんてよほどの凄腕なのですね」
助けられたウィルは、尊敬を含んだ眼差しと共に礼を言う。
一応、さっきは強めにデコピンを放ったのだが、どうやら出来た人間のようだ。どこぞのブタとは大違いだな。
それはさておき、俺はウィルから事情を聴いた。
要約すると、ウィルは5日前に俺たちと同じ山道に入り、五合目の少し上辺りで、突然、10体のブルタールと遭遇したらしい。さすがに、その数のブルタールと遭遇戦は勘弁だと、ウィル達は撤退に移ったらしいのだが、襲い来るブルタールをさばいているうちに数がどんどん増えていき、気がつけば六合目の例の川にいた。そこで、ブルタールの群れに囲まれ、包囲網を脱出するために盾役と軽戦士の2人が犠牲になったのだという。それから、追い立てられながら大きな川に出たところで、前方に絶望が現れた。
目の前に、漆黒の竜と九尾の狐が現れたというのだ。その黒竜は、ウィル達が川沿いに出てくるや否や、特大のブレスを吐き、その攻撃でウィルは吹き飛ばされ川に転落。流されながら見た限りでは、そのブレスで1人が跡形もなく消え去り、残り2人も九尾の狐が放った炎弾によって消し炭になった、ということだ。
ウィルは流されるまま滝壺に落ち、偶然見つけた洞窟を進み、空洞に身を隠していたらしい。
・・・なんだか、似たような話を聞いた事がある、というか見たことがあるような・・・。
ウィルは、話している内に、感情が高ぶったようですすり泣きを始めた。どうやら、無理を言ってついてきて、冒険者たちも嫌な顔をせずにいろいろと教えてくれたというのに、彼らを見捨てて自分だけ生き延びたことがふがいないらしい。
「わ、わだじはさいでいだ。うぅ、みんなじんでしまったのに、何のやぐにもただない、ひっく、わたじだけ生き残っで・・・それを、ぐす・・・よろごんでる・・・わたじはっ!」
・・・めんどくせぇ。
愛ちゃん先生はウィルの背中を優しくなで、クラスメイトたちも悲痛そうな表情でウィルを見つめていた。ユエはいつもの無表情、シアは困ったような表情だ。
俺としては、「知るか、そんなくだらないこと」って感じなんだが。
冒険者と言うのは、基本的にいつも死が身近に存在する。だからこそ、生き残るためになんだってするのは不思議なことではないのだが、それを言って果たして納得するのか。
そんなことを考えていると、ハジメがウィルの胸倉を掴み上げ人外の膂力で宙吊りにした。そして、息がつまり苦しそうなウィルに、意外なほど透き通った声で語りかけた。
「生きたいと願うことの何が悪い?生き残ったことを喜んで何が悪い?その願いも感情も当然にして自然にして必然だ。お前は人間として、極めて正しい」
「だ、だが・・・私は・・・」
「それでも、死んだ奴らのことが気になるなら・・・生き続けろ。これから先も足掻いて足掻いて死ぬ気で生き続けろ。そうすりゃ、いつかは・・・今日、生き残った意味があったって、そう思える日が来るだろう」
「・・・生き続ける」
それだけ言って、ハジメは乱暴にウィルを放り出した。
愛ちゃん先生たちは、実際に奈落から生き延びたハジメのこの言葉に感銘を受けているようだが、俺とユエはハジメの本心を見抜いていた。
あれは、半分以上は自分に向けられた言葉だ。少し似た境遇に置かれたウィルが、自らの生を卑下したことが、まるで「お前が生き残ったのは間違いだ」と言われているような気がして、つい熱くなってしまったのだろう。
もちろん、それはただの被害妄想でしかない。だが、それでも言わずにはいられなかったのだろう。
そんなハジメは、それを自覚しているようで、自己嫌悪の渦にはまっているように見えた。
そこに、ユエがトコトコと傍に寄り、ギュッとハジメの手を握った。
「・・・大丈夫、ハジメは間違ってない」
「・・・ユエ」
「・・・全力で生きて。生き続けて。ずっと一緒に。ね?」
「・・・ははっ、ああ当然だ。何が何でも生き残ってやるさ・・・1人にはしないよ」
「・・・ん」
とりあえず、ユエの励ましでハジメはだいぶ持ち直したようだ。
その代わりに、ユエと2人の世界を作っているが、これくらいはいいだろう。
それにしても、「生き残ったことを喜んで何が悪い?」、か。
『あんたがっ、あんたがいなければ!!』
不意に、俺の脳内に過去の記憶と言葉が蘇る。
・・・あの時、生き残った俺には、果たして意味があるのか。あるとすれば、それは、どのようなものなのか。
それは、俺にとってすでに答えを出している疑問だ。それでも、こうして感慨にふけているあたり、完全には吹っ切れていないということか。
そんなことを考えていると、不意に俺の右手がギュッと握られた。振り向くと、そこには俺の目をまっすぐ見つめるティアがいた。
「ティア?」
「・・・大丈夫、ツルギ。私は、ツルギのおかげでここにいるから」
どうやら、詳しいことはわからないまでも、俺の中によぎった一瞬の不安を見抜いたようだ。
本当に、ティアには隠し事ができないし、ティアがいてよかった。
「・・・そうか、ありがとうな、ティア」
「いいわよ」
俺は感謝の言葉とともに、ティアの髪をなでる。
しばらくの間、俺とハジメがそれぞれ恋人を愛で、周りが様々なリアクションを取るという事態に発展した。
ちょいとカオスなことがあったが、もうすぐ日も暮れてしまうため、何とか気を持ち直して、さっそく下山することにした。
魔物の群れや黒竜、九尾の狐に関しては気になるところもあるが、それは俺たちの任務外だし、戦闘能力が低い保護対象を連れたまま調査するなんてもってのほかなので、その辺りはウィルも納得した。
他のクラスメイトたちは、妙な正義感から調査しようなどと言いだしたが、そこは愛ちゃん先生が危険度の高さから頑として譲らず、しぶしぶと納得した。仮に愛ちゃん先生の説得が失敗しても、俺が無理やりわからせるつもりではいたが。
そして、いざ洞窟から出ようとしたのだが・・・
「・・・へぇ、噂をすれば、か」
「ツルギ?」
「お前ら、戦闘用意をとれ。歓迎が来てるぞ」
俺の言葉に、ハジメたちの顔に緊張が走る。
洞窟からでると、そこには、
「グゥルルルル」
低い唸り声を上げ、漆黒の鱗で全身を覆い、翼をはためかせながら空中より金の眼で睥睨する・・・“竜”がいた。
「・・・九尾の狐、ね」
「ティア?」
「いえ、なんでもないわ」
おや?ティアの様子が・・・
~~~~~~~~~~~
ちょいと意味ありげなシーンも交えつつ、書き上げました。
さて、察した読者様もいらっしゃると思いますが、ついに駄竜と新オリキャラの登場です。