ティオとイズモの話を聞いて、俺たちは今、行きよりも猛スピードで山道を降りている。
今の状態は、ヴィントに俺と、俺とハンドルの間にティア、イズモが後ろから俺にしがみついて乗り、あとは全員ブリーゼの中だ。
イズモが俺の後ろにしがみついているのは、単純に定員オーバーと、イズモが前だと尻尾が邪魔だからだ。イズモは変化で周りから尻尾を見えなくすることができるが、尻尾そのものがなくなるわけではない。さすがに人ごみの中を歩くくらいなら誤魔化せるようだが、完全な密着状態だとそうはいかないらしい。
ティアはこれに不満気だったが、さすがに事の重大さはわかっているため、文句は言わなかった。
ちなみに、途中でデビッドたちが愛ちゃん先生の姿を確認して両手を大きく広げて出迎えようとしたが、前方をブリーゼで走るハジメはさくっと無視してそのまま突っ込んだ。もちろん、デビッドはギリギリで避けたが。
さすがにやりすぎな気がしなくもないが、出迎えるデビッドの顔が気持ち悪かったから良しとしよう。
そんなこんなで、ウルの町にたどり着くと、俺たちは悠然と歩きながら、愛ちゃん先生たちが足をもつれさせる勢いで町長のいる場所へ駆けていった。
本当は俺たちとウィルはさっさとフューレンに行きたかったのだが、むしろ愛ちゃん先生たちより先にウィルが飛び出していってしまったため、仕方なく後を追いかけることになった。
俺たちが町役場に着くころには、既に場は騒然としていた。ウルの町のギルド支部長や町の幹部、教会の司祭達が集まっており、喧々囂々たる有様である。皆一様に、信じられない、信じたくないといった様相で、その原因たる情報をもたらした愛ちゃん先生たちやウィルに掴みかからんばかりの勢いで問い詰めている。
普通なら、明日にも町は滅びますと言われても狂人の戯言と切って捨てられるのがオチだろうが、一応は“神の使徒”にして“豊穣の女神”たる愛ちゃん先生の言葉である。そして最近、魔人族が魔物を操るというのは公然の事実であることからも、無視できるはずもなかった。
ちなみに、俺も念話石で参加していたのだが、車中の話し合いでティオとイズモの正体と黒幕が清水幸利である可能性は伏せることになった。ティオとイズモに関しては、竜人族と妖狐族の存在が公になるのは好ましくないので黙っていて欲しいと本人から頼まれたため、黒幕に関しては愛ちゃん先生が、未だ可能性の段階に過ぎないので不用意なことを言いたくないと譲らなかったためだ。
俺も清水に関しても賛成した。“神の使徒”で“勇者の仲間”の一人が町を滅ぼそうとしていることが公になったら、俺たちはもちろん、王都にいるクラスメイトにも無視できない影響が及ぶ可能性が高い。その点から、黒幕に関しては現段階では伏せることにしたのだ。
ティオとイズモに関しては、愛ちゃん先生が竜人族は聖教教会にとっても半ばタブー扱いであることから、混乱に拍車をかけるだけということと、バレれば討伐隊が組まれてもおかしくないので面倒なことこの上ないと秘匿が了承された。
そんな喧騒の中、ウィルに追いついた俺たちはウィルの首根っこをつかむ。
「おい、勝手に突っ走るなよ。自分が保護対象だって自覚してくれ。報告が済んだなら、さっさとフューレンに向かうぞ」
俺の言葉に、ウィルの他、愛ちゃん先生たちも驚いたように俺を見た。他の重鎮達は「誰だ、こいつ?」と、危急の話し合いに横槍を入れた俺に不愉快そうな眼差しを向けるが、特に重要な事でもないから丸っと無視する。
「な、何を言っているのですか、ツルギ殿?今は、危急の時なのですよ?まさか、この町を見捨てて行くつもりでは・・・」
「見捨てるも何も、どのみちこの町は放棄することになるだろう。観光の町の防衛設備なんて、たかが知れてるからな。おそらく、避難先もフューレンか王都あたりになるはずだ。だったら、先にフューレンに向かったところでなにも問題はないだろう。ちょっと人より早く避難するだけだ」
「そ、それは・・・そうかもしれませんが・・・でも、こんな大変な時に、自分だけ先に逃げるなんて出来ません!私にも、手伝えることが何かあるはず。ツルギ殿も・・・」
・・・ったく、これだから現実を理解できないガキはいやなんだよ。
「で?場を引っ掻き回すことしかしてないお前になにができる?それとも、自分が矢面に立って魔物と戦うとでもいうのか?」
「う、そ、それは・・・」
「お前の“自分にできる”ってのは、“できたらいい”ってだけで実際はお前には“できない”ことだ。自分が何をすべきか、自分に何ができるかを本当にわかってないなら、それはただの足手まといだ」
「で、ですが!」
「これでもわからないと言うなら、言わせてもらう。自分に貴族の仕事ははできないと現実に負けて家を飛び出して、理想しか見ずに逃げてばかりでこんなところに来たお前に、今できることは何もない。どうしてもと駄々をこねるなら、四肢をへし折ってでもフューレンに連れて行かせてもらうぞ」
「なっ、そ、そんな・・・」
俺の言葉が本気だと理解したらしいウィルは、顔を青ざめさせて後退りする。
おそらくウィルからすれば俺たちはヒーローみたいに思えているのかもしれないが、現実にそんな都合のいい存在はいない。
人間は、たとえ俺たちであっても、すべてを守ることなんてできない。俺はそれをわきまえているからこそ、すべてを救うベストではなく、より多くを守るベターを選択する。
そもそも、この世界のことはこの世界の人間がするべきことだ。異世界人の俺たちが、おいそれと手を出していいものではない。
ハジメもウィルを無理やり連れていくということに異論はないようで、特に口を挟まず俺とウィルの様子を見ている。
決断を迫るように俺が一歩近づこうとすると、俺の目の前に立ちふさがるようにして小さい人影がでてきた。
その人影の正体は、愛ちゃん先生だ。
愛ちゃん先生が、決然とした様子で真っすぐに俺を見ている。
「峯坂君。君なら・・・君たちなら魔物の大群をどうにかできますか?いえ・・・できますよね?」
愛ちゃん先生は、どこか確信しているような声音で、俺たちなら魔物の大群をどうにかできる、すなわち、町を救うことができると断じた。その言葉に、周囲で様子を伺っている町の重鎮達が一斉に騒めく。
・・・なんだか、めんどくさい予感がしてきたぞ。
とりあえず、適当に誤魔化しておこう。
「いや、愛ちゃん先生、さすがに数万の魔物を相手に俺たちだけじゃ無理だ。もう少し少なければまだなんとかなったかもしれんが・・・」
「でも、山にいた時、ウィルさんの君たちなら何とかできるのではという質問に“できない”とは答えませんでした。それに、“殲滅戦ってのはこんな見通しの悪い場所でやるものじゃない”とも言っていましたよね?それは平原なら殲滅戦が可能という事ですよね?違いますか?」
「・・・はぁ、よく覚えてんなぁ」
思っていた以上に、愛ちゃん先生の記憶力がよかったな。これなら、下手なことは言わなければよかった。思わず、ため息がでてしまう。
「峯坂君。どうか力を貸してもらえませんか?このままでは、きっとこの美しい町が壊されるだけでなく、多くの人々の命が失われることになります」
「・・・意外だな。あんたは生徒の事が最優先なのだと思っていた。色々活動しているのも、それが結局、少しでも早く帰還できる可能性に繋がっているからじゃなかったのか?なのに、見ず知らずの人々のために、その生徒に死地へ赴けと?その意志もないのに?まるで、戦争に駆り立てる教会の連中みたいな考えだな?」
俺の揶揄するような言葉に、しかし愛ちゃん先生はまったく動じなかった。
その表情は、ついさっきまでの悩みに沈んだ表情ではなく、決然とした“先生”の表情だった。近くで俺と愛ちゃん先生の会話を聞いていたウルの町の教会司祭が、俺の言葉に含まれる教会を侮蔑するような言葉に眉をしかめているのを尻目に、愛ちゃん先生は俺に一歩も引かない姿勢で向き直る。
「・・・元の世界に帰る方法があるなら、直ぐにでも生徒達を連れて帰りたい、その気持ちは今でも変わりません。でも、それは出来ないから・・・なら、今、この世界で生きている以上、この世界で出会い、言葉を交わし、笑顔を向け合った人々を、少なくとも出来る範囲では見捨てたくない。そう思うことは、人として当然のことだと思います。もちろん、先生は先生ですから、いざという時の優先順位は変わりませんが・・・」
愛ちゃん先生が、一つ一つ確かめるように言葉を紡いでいく。
「峯坂君。先生は、君が日本にいた時に何があったのか知りません。ですが、そのような強い決意を持たせてしまうような、つらいことがあったということはわかります。南雲君も、あんなに穏やかだったのに、あのように変わってしまうほど、想像を絶することを経験してきたと思います。そこでは、誰かを慮る余裕などなかったのだと思います。2人が一番苦しい時に傍にいて力になれなかった先生の言葉など・・・君たちには軽いかもしれません。でも、どうか聞いて下さい」
俺は黙ったまま、愛ちゃん先生に先を促す。
「南雲君。君は昨夜、絶対日本に帰ると言いましたよね?では、南雲君、君は、日本に帰っても同じように大切な人達以外の一切を切り捨てて生きますか?君の邪魔をする者は皆排除しますか?そんな生き方が日本で出来ますか?日本に帰った途端、生き方を変えられますか?先生が、生徒達に戦いへの積極性を持って欲しくないのは、帰ったとき日本で元の生活に戻れるのか心配だからです。殺すことに、力を振るうことに慣れて欲しくないのです」
「・・・」
「それは、峯坂君も同じです。もしかしたら、この世界に来る前からそのような決意をしているのかもしれませんし、その価値観を変えることはないのかもしれません。それでも、必要だからと簡単に何かを切り捨てる峯坂君を、先生は心配しているんです」
「・・・」
「南雲君、峯坂君、2人には2人の価値観があり、君たちの未来への選択は常に君たち自身に委ねられています。それに、先生が口を出して強制するようなことはしません。ですが、君たちがどのような未来を選ぶにしろ、大切な人と必要なこと以外の一切を切り捨てるその生き方は・・・とても“寂しい事”だと、先生は思うのです。きっと、その生き方は、君たちにも君たちの大切な人にも幸せをもたらさない。幸せを望むなら、出来る範囲でいいから・・・他者を思い遣る気持ちを忘れないで下さい。元々、君たちが持っていた大切で尊いそれを・・・捨てないで下さい」
一つ一つに思いを込めて紡がれた愛ちゃん先生の言葉が、向き合う俺と後ろで聞いているハジメに余すことなく伝わっていくのを感じる。町の重鎮達や生徒達も、愛ちゃん先生の言葉を静かに聞いている。特にクラスメイト達は、力を振るってはしゃいでいた事を叱られている様な気持ちになりバツの悪そうな表情で俯いているようだ。それと同時に、愛ちゃん先生は今でも本気で自分達の帰還と、その後の生活まで考えてくれていたという事を改めて実感し、どこか嬉しそうな擽ったそうな表情も見せていた。
・・・さて、どこから考えるべきか。
まさか、俺が
たしかに、俺はそのような過去を持っているし、何を言われようとも今の生き方を変えるつもりはない。これは、短いながらも俺の半生で身についたものだ。
もちろん、愛ちゃん先生が俺に何があったのかなど、知っていないだろう。それなら、「知った口を聞くな」、「何も知らないくせに」と言うのは簡単だ。あるいは、愛ちゃん先生が言った通り、“軽い”言葉だと切り捨てることもできる。
だが、どうにもそのように言うことができなかった。それこそ、そんな俺の反論の方が“軽い”と思ったからだ。
今も、真っ直ぐ自分を見つめる“先生”に、それこそそんな“軽い”反論をすることは、あまりに見苦しい気がする。
それに、先生はあのバカ勇者とは違って、少しも自分の意見を押し付けるようなことはしなかった。あくまで、決断は俺たちに委ねる、と。愛ちゃん先生の言葉のすべては、ただ俺とハジメの未来の幸福を願っているものだ。
俺は、ちらっとティアの方を見る。
必要なこと以外はすべて切り捨てる。それなら、俺はティアのことを切り捨てることもできた。ティアの問題など、俺には関係ない、と。
だが、俺はそうしなかった。たとえ必要がない、それどころか、俺にほとんど得がないことを、俺は自分から引き受けた。
そして、俺はティアに恋をし、ティアの幸せのために動くことを決めた。
この先、ティアの問題の結末がどうのようになるかはわからない。だが、少しでもティアの幸福につながるというなら、そのために動くのも悪くはないだろう。
もちろん、俺は愛ちゃん先生の言ったことすべてに納得したわけではない。結局のところ、愛ちゃん先生の言うことは理想で、この世界では幻想だ。
それでも、曲がりなりにも“自分の先生”の本気の“説教”だ。戯言と切って捨てるのは、少々子供が過ぎると言うものだろう。
いったん、俺はハジメに視線を向ける。
ハジメもそれに気づいたようで、愛ちゃん先生に問いかける。
「・・・先生は、この先何があっても、俺たちの先生か?」
「当然です」
「・・・俺たちがどんな決断をしても?それが、先生の望まない結果でも?」
「言ったはずです。先生の役目は、生徒の未来を決めることではありません。より良い決断ができるようお手伝いすることです。君たちが先生の話を聞いて、なお決断したことなら否定したりしません」
ハジメの問い掛けに、愛ちゃん先生は迷いなく答える。
ハジメはしばらく、愛ちゃん先生の言葉に偽りがないか確かめるように見つめ合う。
そして、愛ちゃん先生の瞳に偽りも誤魔化しもないことを確かめると、俺の方に視線を向ける。
その目は、やる気に満ちていた。
なら、やることは決まったな。
「・・・はぁ、わかったよ。引き受けてやる」
「峯坂君!」
「その代わり、1つ条件がある。今回の殲滅戦、その一切を俺たちに任せてもらう。横やりはなしだ」
「わかりました。私が君たちに頼んでいるので、いちいち口をはさんだりしないと約束します」
「どうも。それじゃあ、ハジメ、行くぞ」
「あぁ、流石に数万の大群を相手取るなら、ちょっと準備しておきたいからな。話し合いはそっちでやってくれ」
「南雲君!」
俺とハジメの言葉に、愛ちゃん先生の顔がパァーと輝く。
そんな愛ちゃん先生の様子に、俺とハジメは思わず苦笑する。
「・・・いいの?」
「正直、断ると思ってたわ」
「あぁ、俺たちの知る限り一番の“先生”からの忠告だ。まして、それがこいつ等の幸せにつながるかもってんなら・・・少し考えてみるよ」
「ま、とりあえず、今回は奴らを蹴散らしておくことにするさ」
俺とハジメがそう言いながら、ハジメがユエとシアの、俺がティアの肩をポンっとたたき、振り返らずに部屋から出て行く。後ろからは、なにやら幸せオーラが漂っている気がするが、あえてスルーした。
まったく、我ながら面倒なことになってしまったな。まぁ、悪い気はしないからいいか。
それに、あの愛ちゃん先生の説教の後でこう考えるのもなんだが、打算がないわけではない。
今回の魔物の群れ、いくらティオとイズモを使役し、リーダーを洗脳して効率よく集めたとはいえ、さすがに数が多すぎる。おそらく、スポンサー的な存在がいるはずだ。そのバックを調べておくのも、悪くはないだろう。
だいたいの予想はつくが、念のために詳しく調べるためにも、わざわざ愛ちゃん先生に“一切を俺たちに任せる”と約束させたわけだしな。
とりあえず、面倒ごとを背負いこんだ分は見返りがあることを祈るか。
ちなみに、何気に俺たちについて来ていたティオは「妾、重要参考人のはずじゃのに・・・こ、これが放置プレイ・・・流石、ご主(ry」などと呟いており、イズモがひどく悲し気な表情をしていたのだが、まるっと無視した。
「・・・」
「?どうしたの、ツルギ?」
「・・・俺の説教よりも、愛ちゃん先生の説教の方が、ハジメが聞いているんだが」
「あ~、それは、年の功、ってやつじゃない?」
「・・・見た目、完全に童顔なんだが。むしろ、傍から見た感じは年下から説教されてるみたいなんだが」
「・・・ドンマイ?」
「・・・なぐさめ、ありがとよ」
自分の説教がほとんどハジメに届かなかったのに、愛ちゃん先生の説教が真剣に聞き入れられたことを落ち込むツルギの図。
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この調子で、さらに増やしていきたいですね。
さて、ハジメのターニングポイントでもある話に、剣も混ぜ込みました。
だんだん「剣の過去が気になる!」みたいなコメントが増えてきそうですが、そこまで後ろにはならないので、どうか楽しみに待ってください。
・・・多分、軽く10話以上は先になると思いますが。