「そっちは終わったか、ハジメ」
「あぁ、だいたいはできたぞ」
あの後、俺たちは殲滅戦を始めるにあたっての準備を進めていた。
今ハジメがやっていたのは、“外壁”造りだ。ハジメの錬成で、高さ4mほどの外壁をシュタイフに乗りながら錬成して造ったものだ。効果にはあまり期待していないが、無いよりはマシ程度で造ったものだし、そもそも外壁に近づけさせるつもりもない。
ちなみに、魔物の大群の話を聞いて、町民は当然パニックになったが、それは巷で“豊穣の女神”と呼ばれている愛ちゃん先生が静めた。
そして、その後は当初の予定通りに救援が来るまで逃げ延びる避難組と、最後までウルの町と共にあると意気込んだ居残り組に分かれた。
また、居残り組の中でも女子供だけは避難させるというものも多くいる。愛ちゃん先生の魔物を撃退するという言葉を信じて、手伝えることは何かないだろうかと居残りを決意した男手と万一に備えて避難する妻子供などだ。深夜をとうに過ぎた時間にもかかわらず、町は煌々とした光に包まれ、いたる所で抱きしめ合い別れに涙する人々の姿が見られた。
避難組は、夜が明ける前には荷物をまとめて町を出た。現在は、日も高く上がり、せっせと戦いの準備をしている者と仮眠をとっている者とに分かれている。居残り組の多くは、“豊穣の女神”一行が何とかしてくれると信じてはいるが、それでも、自分達の町は自分達で守るのだ!出来ることをするのだ!という気概に満ちていた。
ぶっちゃけ、あまり頼りにはしていないのだが、水を差すこともないので特に何も言わないことにしている。
そして、俺は何をやっていたかというと、
「そういうツルギはどうだ?今、この場で新しい魔法を組み上げていたわけだが」
「大丈夫だ。こっちも問題なくできている。あとは、細かい調整だけだな」
ある演出のために、新しい殲滅魔法を作り上げていた。今、俺の右手には複雑な魔法陣が形成されている。
インパクトならハジメの兵器でも十分なのだが、俺の魔法の方が派手にやりやすいというのと、そもそも俺は広範囲殲滅の魔法は今まで使ってこなかったので、この機会にいっちょやってみようということになったのだ。
そこに、愛ちゃん先生とクラスメイト、ティオ、イズモ、ウィル、デビッド達数人の護衛騎士がやって来た。
俺は振り返って、ハジメは振り返らないまま話す。
「南雲君、峯坂君、準備はどうですか?何か、必要なものはありますか?」
「いや、問題ねぇよ、先生」
「とりあえず、一段落したところだ」
愛ちゃん先生の問い掛けに俺とハジメが適当に返すと、その態度に我慢しきれなかったのか、デビッドが食ってかかる。
「おい、貴様ら。愛子が・・・自分の恩師が声をかけているというのに、何だ、その態度は。本来なら、貴様らの持つアーティファクト類や魔法、大群を撃退する方法についても詳細を聞かねばならんところを見逃してやっているのは、愛子が頼み込んできたからだぞ?少しは・・・」
「デビッドさん。少し静かにしていてもらえますか?」
「うっ・・・承知した・・・」
だが、そこに愛ちゃん先生が“黙れ”と言われ、シュンとした様子を口を閉ざす。なんだか、その姿が忠犬に見えなくもない。元気なさげにうなだれる犬耳と尻尾が幻視できた。
「それで、どうしたんだ?」
「はい、黒ローブの男のことなのですが・・・」
どうやら、そのことについて話をしに来たようだ。
「正体を確かめたいんだろ?見つけても、殺さないでくれってか?」
「・・・はい。どうしても確かめなければなりません。その・・・2人には、無茶なことばかりを・・・」
「取り敢えず、連れて来てやる」
「え?」
「黒ローブを先生のもとへ。先生は先生の思う通りに・・・俺も、そうする」
「南雲君・・・ありがとうございます」
「ま、俺たちとしても聞いておきたいことがあるしな」
「いえ、峯坂君、それでもかまいませんよ」
愛ちゃん先生はハジメの予想外に協力的な態度に少し驚いたようだが、素直にハジメの厚意を受け取ることにしたようだ。俺の現実的な返答には、若干苦笑気味だったが。
そこに、愛ちゃん先生の話が終わるのを見計らって、ティオが前に進み出てハジメに声をかけた。後ろには、イズモも続いている。
「ふむ、よいかな。妾もご主・・・ゴホンッ!お主に話が・・・というより頼みがあるのじゃが、聞いてもらえるかの?」
「?・・・・・・・・・・・・・・・ティオか」
「駄竜が何の用だ?」
「お、お主、まさか妾の存在を忘れておったじゃと・・・しかも、そちらは駄竜とは・・・はぁはぁ、こういうのもあるのじゃな・・・」
「ティオ様!いったいなにをおっしゃっているのですか?!」
肩越しに振り返ったハジメは、黒地にさりげなく金の刺繍が入っている着物に酷似した衣服を大きく着崩して、白く滑らかな肩と魅惑的な双丘の谷間、そして膝上まで捲れた裾から覗く脚線美を惜しげもなく晒した黒髪金眼の美女に、一瞬、訝しそうな目を向けて、「ああそういえば」と思い出したように名前を呼んだ。
明らかに存在そのものを忘却されていたティオは、怒るどころか、むしろ頬を染めて若干息を荒げている。
その様子に、後ろのイズモは愕然としている。
ティオの言う“こういうの”とはなんなのか。想像もしたくない。
「んっ、んっ!えっとじゃな、お主らは、この戦いが終わったらウィル坊を送り届けて、また旅に出るのじゃろ?」
「ああ、そうだ」
「それがどうかしたか?」
「うむ、頼みというのはそれでな・・・妾も同行させてほし・・・」
「「断る」」
「・・・ハァハァ。よ、予想通りの即答。流石、ご主・・・コホンッ!もちろん、タダでとは言わん!これよりハジメ殿を“ご主人様”と呼び、妾の全てを捧げよう!身も心も全てじゃ!どうzy」
「いらん、んなものツルギにくれてやる」
「俺もいらねぇよ、こんなの。お前もう帰れよ。いや、いっそ土に還れよ」
両手を広げ、恍惚の表情でハジメの奴隷宣言をするティオに、ハジメは汚物を見るような眼差しを向けながらばっさりと切り捨て、挙句に俺に擦り付けてきやがった。そこで俺もばっさり切り捨てれば、ティオはそれにまたゾクゾクしたように体を震わせ、イズモは悲しみに暮れるようにうつむいて肩を震わせる。
ティオの頬が薔薇色に染まっている。どこからどう見ても変態だった。周囲の者達もドン引きしている。
特に、竜人族に強い憧れと敬意を持っていたユエの表情は、全ての感情が抜け落ちたような能面顔になっている。
・・・なんか、どこぞの“ヒャッハー兎”と同レベルのショックだな、これは。いや、ある意味では、あれ以上か。ユエの憧れ云々って話はどこに行ったんだよ。
「そんな・・・酷いのじゃ・・・妾をこんな体にしたのはご主人様じゃろうに・・・責任とって欲しいのじゃ!」
ティオの言葉に、全員の視線が「えっ!?」というようにハジメを見る。
ハジメは額に青筋を浮かべながら、きっちりと向き直ってティオを睨む。どういうことか話せ、と視線に乗せて。
「あぅ、またそんな汚物を見るような目で・・・ハァハァ・・・ごくりっ・・・その、ほら、妾強いじゃろ?」
ハジメの視線にまた体を震わせながら、ティオはハジメの奴隷宣言という突飛な発想にたどり着いた思考過程を説明し始める。
「里でも、妾は一、二を争うくらいでな、特に耐久力は群を抜いておった。じゃから、他者に組み伏せられることも、痛みらしい痛みを感じることも、今の今までなかったのじゃ」
「そうだったのか?」
「あぁ、そうだ」
俺の確認に、イズモは頷く。
一応、周りにティオとイズモの正体を知らない護衛騎士がいるので、その辺りは省略している。
「それがじゃ、ご主人様と戦って、初めてボッコボッコにされた挙句、組み伏せられ、痛みと敗北を一度に味わったのじゃ。そう、あの体の芯まで響く拳!嫌らしいところばかり責める衝撃!体中が痛みで満たされて・・・ハァハァ」
1人盛り上がるティオだったが、彼女を竜人族と知らない騎士達は、一様に犯罪者でも見るかのような視線をハジメに向けている。客観的に聞けば、完全に婦女暴行だしな、これ。
それでも、「こんな可憐なご婦人に暴行を働いたのか!」とざわつきながら、あからさまに糾弾しないのは、被害者たるティオの様子に悲痛さがないからだろう。むしろ、嬉しそうなので正義感の強い騎士達もどうしたものかと困惑している。
「・・・よーするに、あれか、ハジメが新しい扉を開けさせちゃったってことか」
「その通りじゃ!妾の体はもう、ご主人様なしではダメなのじゃ!」
「・・・きめぇ」
俺の投げやりな要約に、ティオが同意の声を張り上げる。これに思わず、ハジメは本音を漏らす。完全にドン引きしていた。
それに、ユエのティオを見る目が完全に嫌なものを見る目になっている。その瞳には、かつての尊敬の欠片もない。
イズモも、完全にうなだれてしまった。今はティアが背中をよしよしして慰めている。
そこに、ティオが若干雰囲気を変えて、両手をムッチリした自分のお尻に当てて恥じらうようにモジモジし始める。
・・・あ、なんとなく何を言うかわかった。
「それにのう・・・妾の初めても奪われてしもうたし」
「そんなことしてねぇよ」
その言葉に、全員の顔がバッと音を立ててハジメに向けられた。ハジメは頬を引き攣らせながら首を振って否定する。
「妾、自分より強い男しか伴侶として認めないと決めておったのじゃ・・・じゃが、里にはそんな相手おらんしの・・・敗北して、組み伏せられて・・・初めてじゃったのに・・・いきなりお尻でなんて・・・しかもあんなに激しく・・・もうお嫁に行けないのじゃ・・・じゃからご主人様よ。責任とって欲しいのじゃ」
ティオはお尻を抑えながら潤んだ瞳をハジメに向ける。
騎士達が、「こいつ、やっぱりただのの犯罪者だ!」という目を向けつつも、「いきなり尻を襲った」という話に戦慄の表情を浮かべる。愛ちゃん先生たちは事の真相を知っているにもかかわらず、むしろ責めるような目でハジメを睨んでいた。両隣のユエとシアですら、「あれはちょっと」という表情で視線を逸らしている。
迫り来る大群を前に、ハジメは四面楚歌の状況に追い込まれていた。
そんなハジメの視線が、俺に向けられる。その瞳には、ありありと「助けてくれ!」と物語っていた。
「おい、ツルギ、お前からもなんか・・・」
「悪い、ハジメ。さすがに擁護できねぇ」
「ツルギ!?」
だってさ、あながち間違いじゃないもん。ほぼほぼ、ハジメの責任だもん。
それよりも、まずは親友が変態になって深い心傷を負ってしまったイズモのケアの方が大切だ。
「あー、まぁ、その、なんだ、大丈夫か?」
「・・・私はいったい、どんな顔をして里に戻ればいいのだ・・・」
「安心しろ、あそこの変態はむしろ俺たちについて行く気満々だからな。俺たちとしては、あまり一緒にいたくはないが・・・」
「お、お前、色々やる事あるだろ?その為に、里を出てきたって言ってたじゃねぇか」
「うむ。問題ない。ご主人様の傍にいる方が絶対効率いいからの。まさに、一石二鳥じゃ・・・ほら、旅中では色々あるじゃろ?イラっとしたときは妾で発散していいんじゃよ?ちょっと強めでもいいんじゃよ?ご主人様にとっていい事づくしじゃろ?」
「変態が傍にいる時点でデメリットしかねぇよ」
俺たちの後ろでは、ハジメとティオのこのようなやりとりが続いている。ティオの言葉から考えたら、何が何でも俺たちについてきそうな勢いだ。
一応、俺たちがいるから問題ないとはいえ、魔物の大群が押し寄せている緊急事態なのだが、どうも緊張感に欠ける。
「!・・・来たか」
そんなことを考えていると、ハジメが突然北の山脈の方を向いて、そうつぶやいた。
どうやら、戦いが始まるようだ。
「ん?ハジメがご主人様になると、俺はどう呼ばれることになるんだ?」
「お主は、普通にツルギ殿と呼ばせてもらおう」
「そうか、それならいい・・・」
「その代わり、妾のことは好きに呼んでもよいぞ?駄竜ともメスブタとも・・・」
「黙れ、汚物」
「んぅ!!はぁはぁ・・・」
「ティオ様・・・」
ティオは、ツルギに罵倒されても興奮するようです。
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今回はいつもよりも短めです。
サブタイトルとキリの良さを考えると、ここがちょうどよかったので。
その代わり、次回はかなり長くなる、と思います。