二人の魔王の異世界無双記   作:リョウ77

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寂しい選択

ハジメが清水を後ろからぶん殴って気絶させた後、ハジメは清水を縄で縛ってシュタイフに括り付け、死なない程度のスピードで引きずり、愛ちゃん先生たちのところに連れてきた。俺もヴィントに乗って後ろからついて行ったが、白目をむきながら頭をガンガンと魔物の肉や地面に打ちつけられながら引きずられる姿は、見たまんまの敗残兵だった。正直、ちょっと哀れに思うくらいに。まぁ、自業自得だから同情はしないが。

そして、場所を町はずれに移した。同席しているのは俺たちと愛ちゃん先生、クラスメイトの他には、護衛騎士と町の重鎮の数人、ウィルだ。他の重鎮は、町に残って事後処理に東奔西走している。場所を移したのも、勇者一行の一人がこのような事件を引き起こしたと知られたら、大規模な混乱が起こるのは自明の理だからだ。それ以前に、この襲撃の首謀者というだけでも騒動になるのは当たり前だが。

未だに白目をむいて気絶している清水に愛ちゃん先生が近寄ろうとするが、それを俺が片手で制して止める。今回の件は、一切を俺たちに任せるという約束だ。まだ愛ちゃん先生の出番ではない。

愛ちゃん先生もそのことを思い出したようで、ぐっと唇を噛みながら後退する。護衛騎士たちが俺を睨むが、どうでもいいのでスルーする。

 

「おい、起きろ」

 

俺が肩をゆすりながら声をかけると、清水はゆっくりと目を開け始めた。そして、ボーっとした目で周囲を見渡し、自分の置かれている状況を理解したのか、ハッとなって上体を起こす。咄嗟に、距離を取ろうして立ち上がりかけたのだが、まだ縛られたままなのでバランスを崩して尻もちをつく。そのままズリズリと後退りし、警戒心と卑屈さ、苛立ちがない交ぜになった表情で、目をギョロギョロと動かす。

 

「さて、いろいろと聞かせてもらうぞ。なに、余計なことをしなければ害は与えない。まず、どうしてこんな真似をした?危うく、自分の担任とクラスメイトも巻き添えにしようとしていたわけだが」

 

片膝立ちで問いかける俺に、清水のギョロ目が動きを止める。そして、視線を逸らして顔を俯かせるとボソボソと聞き取りにくい声で話し・・・というより悪態をつき始めた。

 

「なぜ?そんな事もわかんないのかよ。だから、どいつもこいつも無能だっつうんだよ。馬鹿にしやがって・・・勇者、勇者うるさいんだよ。俺の方がずっと上手く出来るのに・・・気付きもしないで、モブ扱いしやがって・・・ホント、馬鹿ばっかりだ・・・だから俺の価値を示してやろうと思っただけだろうが・・・」

「てめぇ・・・自分の立場わかってんのかよ!危うく、町がめちゃくちゃになるところだったんだぞ!」

「そうよ!馬鹿なのはアンタの方でしょ!」

「愛ちゃん先生がどんだけ心配してたと思ってるのよ!」

 

反省どころから、周囲への罵倒と不満を口にする清水に、玉井や園部たちクラスメイトが憤りをあらわにして次々と反論する。その勢いに押されたのか、清水はますます顔を俯かせ、だんまりを決め込む。

クラスメイトたちはその態度が気にくわないのかさらにヒートアップするが、俺が一睨みして黙らせる。

にしても、予想以上にひねくれてるというか、心がねじ曲がってるな。自分は特別、悪いのは全部他人、ときたか。ハジメがこんな根暗オタクにならなくてよかった。

 

「で、誰に価値を示すつもりだったんだ?町を襲撃している時点で、愛ちゃん先生やクラスメイトからはむしろ軽蔑されると思うが」

 

なんとなく予想はできてるが、とりあえずで聞いておく。まぁ、万が一もないと思うが。

俺の質問に、清水は少し顔を上げると薄汚れて垂れ下がった前髪の隙間から陰鬱で暗く澱んだ瞳を俺に向け、薄らと笑みを浮かべた。

 

「・・・示せるさ・・・魔人族ならな」

「なっ!?」

 

清水からでた言葉に、俺やハジメたちを除いたほぼ全員が驚愕をあらわにする。

俺としては、十分予想できた、ていうか予想通りだったから、特に驚くこともない。

清水は俺が無反応なのに若干の不満顔を見せつつも、周りの反応に満足気な表情となり、聞き取りにくさは相変わらずだが、先程までよりは力の篭った声で話し始めた。

 

「魔物を捕まえに、1人で北の山脈地帯に行ったんだ。その時、俺は1人の魔人族と出会った。最初は、もちろん警戒したけどな・・・その魔人族は、俺との話を望んだ。そして、わかってくれたのさ。俺の本当の価値ってやつを。だから俺は、そいつと・・・魔人族側と契約したんだよ」

「その契約っていうのが、魔物の群れを使ってウルの町を滅ぼすこと、いや、愛ちゃん先生を殺すことか?」

「・・・え?」

 

愛ちゃん先生は俺が何を言ったのかわからなかったようで思わず間抜けな声を漏らした。周囲の者達も同様で、一瞬ポカンとするものの、愛ちゃん先生は早く意味を理解し、激しい怒りを瞳に宿して清水を睨みつけた。

清水は、クラスメイトたちや護衛隊の騎士達のあまりに強烈な怒りが宿った眼光に射抜かれて一瞬身を竦めるものの、半ばやけくそになっているのか、視線を振り切るように話を続ける。

 

「何だよ、その間抜面。自分が魔人族から目を付けられていないとでも思ったのか?ある意味、勇者より厄介な存在を魔人族が放っておくわけないだろ・・・“豊穣の女神”・・・あんたを町の住人ごと殺せば、俺は、魔人族側の“勇者”として招かれる。そういう契約だった。俺の能力は素晴らしいってさ。勇者の下で燻っているのは勿体無いってさ。やっぱり、分かるやつには分かるんだよ。実際、超強い魔物も貸してくれたし、それで、想像以上の軍勢も作れたし・・・だから、だから絶対、あんたを殺せると思ったのに!何だよ!何なんだよっ!何で、6万の軍勢が負けるんだよ!何で異世界にあんな兵器があるんだよっ!お前は、お前たちは一体何なんだよっ!厨二キャラのくせにグブッ!?」

 

とりあえず、俺まで厨二キャラ呼ばわりした罰として思い切り顔面をアイアンクローした。ハジメはともかく、俺を厨二病呼ばわりした罪は重い。

ハジメはと言えば、それなりにショックだったのか遠くを見つめている。ユエがハジメの背中をポンポンしているのが、妙にむなしく見える。

 

「峯坂君、縄を解いてもらってもいいですか?」

 

そこに、愛ちゃん先生が近づいて俺にそんなことを尋ねてきた。

まぁ、一応俺が聞きたいことは聞きだしたし、あとは愛ちゃん先生に任せてもいいか。さすがに、縄を解くのは危険な気がするが、愛ちゃん先生は絶対に譲歩しないだろうし、仕方なく清水を縛る縄を斬り落とす。

拘束を解かれてまじまじと自分の手を見る清水だが、そこに愛ちゃん先生が手を重ね、静かに語りかける。

下がった俺は、厨二キャラ呼ばわりされたことに少しへこむ。

別にさ、俺の今の格好に自覚がないわけじゃないんだよ。ただ、成り行きの結果なのに俺が厨二病扱いされるのは、やっぱり傷つく。俺としては別の服にしたいのだが、この服もなかなかの実用性を持ってるし、ティアが今の俺の格好を気に入っちゃってるから、このままなだけなんだよ。

そんな感じでへこんでいる俺に、ティアが背中をよしよしする。一応、自分が少しのわがままを言っている自覚はあるようで、目の中に若干の罪悪感が見える。

たしかにこれはティアのわがままの結果でもあるが、それでもティアが気に病む必要はない。そんな意思も込めて、俺はなるべく目を柔らかくしてティアの頭をなでる。ティアもそれに機嫌をよくしたようで、気持ちよさげに目を細める。

 

「動くなぁ!ぶっ刺すぞぉ!」

 

そんなやり取りをしていると、いつの間にか清水が愛ちゃん先生の首に腕を回してキツく締め上げ、10㎝の針を愛ちゃん先生の首に突き付ける。

なんだか、知らない間に急展開になってるな。ハジメの方もようやく意識が現実に戻ったようで、「おや?いつの間に・・・」みたいな顔になっている。

 

「いいかぁ、この針は北の山脈の魔物から採った毒針だっ!刺せば数分も持たずに苦しんで死ぬぞ!わかったら、全員、武器を捨てて手を上げろ!」

 

清水の狂気を宿した言葉に、周囲の者達が顔を青ざめさせる。完全に動きを止めた生徒達や護衛隊の騎士達にニヤニヤと笑う清水は、その視線を俺たち、いや、ハジメに向ける。

 

「おい、お前、厨二野郎、お前だ!後ろじゃねぇよ!お前だっつってんだろっ!馬鹿にしやがって、クソが!これ以上ふざけた態度とる気なら、マジで殺すからなっ!わかったら、銃を寄越せ!それと他の兵器もだ!」

 

ハジメは清水の余りに酷い呼び掛けに、つい後ろを振り返って「自分じゃない」アピールをしてみるが無駄に終わり、嫌そうな顔をする。緊迫した状況にもかかわらず、全く変わらない態度で平然としていることに、またもや馬鹿にされたと思ったのか、清水は癇癪を起こす。そして、ヒステリックにハジメの持つ重火器を渡せと要求した。

それを聞いた俺たちは、冷めた目で清水を見返す。

 

「いや、お前・・・そもそも、先生殺さないと魔人族側行けないんだから、どっちにしろ殺すんだろ?」

「だったら、普通に考えて渡し損でしかないよなぁ」

「うるさい、うるさい、うるさい!いいから黙って全部渡しやがれ!お前らみたいな馬鹿どもは俺の言うこと聞いてればいいんだよぉ!そ、そうだ、へへ、おい、お前のその奴隷も貰ってやるよ。そいつに持ってこさせろ!」

 

清水は冷静に返されて、さらに喚き散らす。追い詰められすぎて、既に正常な判断が出来なくなっているようだ。

なんか、言うやつが違うだけで、ほのぼのするはずのセリフがひたすらきもく感じるな。

その清水に目を付けられたシアは、全身をブルリと震わせて嫌悪感丸出しの表情を見せた。

 

「お前が、うるさい3連発しても、ただひたすらキモイだけだろうに・・・ていうか、シア、気持ち悪いからって俺の後ろに隠れるなよ。アイツ凄い形相になってるだろうが」

「だって、ホントに気持ち悪くて・・・生理的に受け付けないというか・・・見て下さい、この鳥肌。有り得ない気持ち悪さですよぉ」

「まぁ、勇者願望があるのに言ってることが序盤にでてくるゲスい踏み台盗賊と同じだからなぁ。ていうか、ここまでテンプレなセリフを言うやつなんて初めて見たな」

 

一応、なるべく声を潜めて話したつもりだったが、普通に全員にばっちり聞こえていたらしい。

清水は口をパクパクさせながら、次第に顔色を赤く染めていき、更に青色へと変化して、最後に白くなった。怒りが高くなり過ぎた場合の顔色変化がよくわかる例だな。教材に使えるくらいだ。

清水は、虚ろな目で「俺が勇者だ、俺が特別なんだ、どいつもこいつも馬鹿ばっかりだ、アイツらが悪いんだ、問題ない、望んだ通り全部上手くいく、だって勇者だ、俺は特別だ」などとブツブツと呟き始め、そして、突然何かが振り切れたように奇声をあげて笑い出した。これじゃあ、情緒不安定もいいところだ。

 

「・・・し、清水君・・・どうか、話を・・・大丈夫・・・ですから・・・」

 

狂態を晒す清水に、愛ちゃん先生は苦しそうにしながらも、なお言葉を投げかけるが、その声を聞いた瞬間、清水はピタリと笑いを止めてさらに愛ちゃん先生を締め上げた。

 

「・・・うっさいよ。いい人ぶりやがって、この偽善者が。お前は黙って、ここから脱出するための道具になっていればいいんだ」

 

・・・まさか、自分の担任にむかって偽善者呼ばわりとは。一応、俺も愛ちゃん先生のことは「甘い人間」だと考えているが、さすがに自分の担任を偽善者扱いされるのは腹が立つ。

暗く淀んだ声音でそう呟いた清水は、再びハジメに視線を向けた。興奮も何もなく、負の感情を煮詰めたような眼でハジメを見て、次いで太もものホルスターに収められた銃を見る。言葉はなくても、言いたいことはだいたい伝わった。ここで渋れば、自分の生死を度外視して、いや、都合のいい未来を夢想して愛ちゃん先生を害しかねない。

どうしようか考えていると、ハジメから念話が伝わってきた。

 

『どうする、ツルギ?一応、俺が先生ごとポーラで感電させようと思うんだが』

『まぁ、愛ちゃん先生にも1回くらいは少し痛い目に合わせた方がいいからな。俺が清水の腕を斬り飛ばしてもいいが、そっちの方が確実か』

 

愛ちゃん先生は体が小さいため、盾の役割にはなっていない。ハジメがドンナーで撃ち抜くか、俺が剣製魔法で物干し竿を生成して斬る方が速いだろう。だが、愛ちゃん先生にこの世界の現実と言うものをわからせた方がいいため、ハジメのプランで動くことにした。

ハジメは溜息をつきながら、清水を刺激しないようにゆっくりとドンナー・シュラークに手を伸ばした。

が、ハジメの手が下がり始めた瞬間、

 

「ッ!?ダメです!避けて!」

 

そう叫びながら、シアは一瞬で完了した全力の身体強化で縮地並みの高速移動をし、愛子に飛びかかった。

突然の事態に、清水が咄嗟に針を愛子に突き刺そうとする。

次の瞬間、清水の背後から魔力を感知したと思ったら、蒼色の水流が、清水の胸を貫通して、ついさっきまで愛ちゃん先生の頭があった場所をレーザーの如く通過した。

射線上にいた俺は、瞬時にマスケット銃を生成して水のレーザーを撃ち払う。これは、水系攻撃魔法“破断”だ。

シアの方は、愛子を抱きしめ突進の勢いそのままに肩から地面にダイブし地を滑った。もうもうと砂埃を上げながら、ようやく停止したシアは、「うぐっ」と苦しそうな呻き声を上げて横たわったままだ。

 

「ちっ、ハジメはシアと先生を頼む!」

「っ、わかった!」

 

俺は素早くハジメに指示を出し、剣製魔法で弓と螺旋状の剣を生成する。そして、シュテルグラスをかけて“天眼”を発動し、“破断”の射線をたどる。

すると、遠くで黒い服を来た耳の尖ったオールバックの男が、大型の鳥のような魔物に乗り込む姿が見えた。ついでに言えば、うっすらとしか見えないが、その肌は浅黒い。おそらく、清水の言っていた魔人族だ。

それを確認した俺は、スッと息を吸い込んで弓を引き絞り、同時に魔法陣を展開する。

今展開している魔法陣には、強力な雷魔法と重力魔法を発動させている。これで、ハジメのドンナー・シュラークのように連射はできないが、弾丸より質量が大きい分、さらに威力を増した電磁砲撃を放つことができる。これが、俺流に編み出したカラドボルグだ。俺としては、元ネタ以上の性能を持っていると自負している。

魔物が飛び立った瞬間を狙って、俺はカラドボルグを放った。魔人族の男は攻撃されることを予期していたようで、射線上から逃れようと回避行動をとった。次の瞬間、俺のカラドボルグは魔人族の男の前で10本に分裂した。魔人族の男はなんとか回避しようとしたが、すべてをよけきることはできずに、鳥型の魔物の片足が吹き飛び、魔人族の男の片腕も吹き飛んだ。

それでも、落ちるどころか速度すら緩めず一目散に遁走を図る。攻撃してからの一連の引き際はいっそ見事というしかない。

即座に2本目のカラドボルグを生成して弓につがえたが、その時にはすでに低空で町を迂回し、町そのものを盾にするようにして視界から消えている。逃走方向がウルディア湖の方向だった事から、その手前にある林に逃げ込んだなら無人偵察機などによる追跡も難しいだろう。

仕留めきれなかったことに、俺は苦い顔になる。おそらく、これで俺たちの情報が魔人族側に渡ることになる。

それに、もしかしたらだが、ティアのことも報告される可能性がある。一応、魔人族の特徴はある程度隠しているとはいえ、赤い髪と翠の目といった顔だちはそのままだ。別人と割り切られる可能性もなくはないが、ティアはガーランドでは反逆者的な立場だ。人相書きが出回っており、それと照合されたらバレるかもしれない。見た目が違う理由だって、ピアス型アーティファクトによる効果だと断定されたらそこまでだ。

本格的に、魔人族側と戦う可能性が高まったが、今は置いておくことにしよう。それよりも重要なことがある。

俺は、愛ちゃん先生の方へと視線を向ける。

そこでは、ハジメが愛ちゃん先生に口づけをしていた。それも、濃厚なやつを。

 

「・・・・ん?」

 

・・・どうしてこんなことになったんだ?

いや、ぶっちゃけわからないわけではない。

俺には、清水の毒針が愛ちゃん先生にわずかに掠っていたのが見えた。だから、ハジメに愛ちゃん先生を見るように指示したのだ。

だが、まさかシアの時と同じことになるとは思わなかった。まぁ、死ぬかどうかの瀬戸際で迷うわけにもいかないから、別に非難するつもりはないが。

でもこれ、愛ちゃん先生も落ちたりしないだろうな?それはそれで面白いが。

それにしても、今回は俺の落ち度だ。

俺からすれば、魔物を殲滅している間や清水に尋問している間など、俺たちを殺す機会は十分あった。そのことも考えて、清水に尋問している間も感覚を研ぎ澄ませていたのだ。それでも、俺が感覚を研ぎ澄ませてもまったく攻撃の気配を感じなかったから、もう撤退しているものだと思い込んでしまった。魔法による長距離狙撃の可能性を考えなかったのも、でかい失敗だ。

今回助かったのは、シアのおかげだ。あの魔人族はどうやら欲をかいたらしく、清水と愛ちゃん先生ともども、おそらく俺かハジメを殺そうとした。その結果、シアの“未来視”が発動したのだ。そのおかげで、愛ちゃん先生の頭部が貫かれるという最悪の未来を回避することができた。間違いなく、今回はシアの手柄だ。

そんなことを考えているうちに、愛ちゃん先生は顔は真っ赤だがなんとか回復し、シアもハジメに口移しを所望した結果、ハジメに試験管を口に突っ込まれ、回復して立ち上がった。

その後も、ハジメはシアからは拗ねたような視線と言葉を向けられ、ユエからは空気読めとでも言うようにお叱りを受け、愛ちゃん先生は顔を赤くして分かりきった事をわざわざ弁解し始め、ハジメは大きくため息をつく。

・・・一応、この状況で忘れ去られている哀れな重要人物がいるんだけどな。少なくとも、愛ちゃん先生にとってはとくに。

 

「・・・なぁ、清水はまだ生きてるか?」

 

俺が近くにいた護衛騎士に話しかけ、その言葉に全員が「あっ」と今思い出したような表情をして清水の倒れている場所を振り返った。愛ちゃん先生だけが「えっ?えっ?」と困惑したように表情をしてキョロキョロするが、自分がシアに庇われた時の状況を思い出したのだろう。顔色を変え、慌てた様子で清水がいた場所に駆け寄る。

 

「清水君!ああ、こんな・・・ひどい」

 

清水の胸にはシアと同じサイズの穴がポッカリと空いていた。出血が激しく、大きな血溜まりが出来ている。

おそらく、もって数分だろう。

 

「し、死にだくない・・・だ、だずけ・・・こんなはずじゃ・・・ウソだ・・・ありえない・・・」

 

清水は、傍らで自分の手を握る愛ちゃん先生に話しかけているのか、唯の独り言なのかわからない言葉をブツブツと呟く。愛ちゃん先生は周囲に助けを求めるような目を向けるが、誰もがスっと目を逸らした。既に、どうしようもないということだろう。それに、助けたいと思っていないことが、ありありと表情に出ている。

すると、今度は俺たちにむかって叫んだ。

 

「南雲君!さっきの薬を!今ならまだ!お願いします!」

 

・・・まぁ、だいたいの予想はできていた。

ハジメも予想していたようで、「やっぱりか・・・」と呟きながら溜息をついている。

俺はハジメに視線でついてくるように伝え、愛ちゃん先生と清水に近寄る。

予想はつくが、一応聞いておこう。

 

「そいつを助けたいのか?自分を殺そうとした相手なのに?いくら何でも“先生”の領域を超えているぞ」

 

自分を殺そうとした相手を、それでも“生徒”だからという理由だけで必死になれる“先生”が、いったいどれだけいるのか。ここまで来たら、“先生”としても異常と言っていい域だ。

そんな意味を含めた俺の質問の意図を愛ちゃん先生は正確に読み取ったようで、一瞬、瞳が揺らいだものの、毅然とした表情で答えた。

 

「確かに、そうかもしれません。いえ、きっとそうなのでしょう。でも、()()そういう先生でありたいのです。何があっても生徒の味方、そう誓って先生になったのです。だから、南雲君、峯坂君・・・」

 

予想通りの答えに、俺は思わず盛大にため息をつく。ハジメの方もガリガリと頭を掻いて不機嫌そうにしている。

だが、これが愛ちゃん先生だ。絶対に、今言ったことを曲げないだろう。

俺は一回、ハジメに目を向ける。ハジメも俺の意図を察したらしく、小さくうなずく。

ハジメにも確認をとった俺は、清水に歩み寄る。

 

「清水、聞こえているな?俺たちには、お前を救う術がある」

「!」

「だが、その前に聞かなければならないことがある」

「・・・」

 

救えるという言葉に反応して清水の呟きが止まり、ギョロ目がピタリと俺を見据えた。俺は一拍おいて、簡潔な質問をする。

 

「お前は、敵か?」

 

清水は、その質問に一瞬の躊躇いもなく首を振った。そして、卑屈な笑みを浮かべて、命乞いを始めた。

 

「て、敵じゃない・・・お、俺、どうかしてた・・・もう、しない・・・何でもする・・・助けてくれたら、あ、あんたの為に軍隊だって・・・作って・・・女だって洗脳して・・・ち、誓うよ・・・あんたに忠誠を誓う・・・何でもするから・・・助けて・・・」

 

だが、俺は清水の命乞いには耳を貸さずに、ただ清水の目を見つめる。

清水はサッと目を逸らしたが・・・今ので答えは十分だった。

ハジメに目を向けると、再び小さくうなずき、殺気を放ち始める。どうやら、ハジメも同じ結論をだしたようだ。

そして、今度は愛ちゃん先生の方を見る。愛ちゃん先生も俺の方を見ていたようで、すぐに目が合う。

そして、一瞬で俺たちの結論がわかったらしい。血相を変えて近くの俺を止めようと飛び出した。

 

「ダメェ!」

 

だが、俺とハジメの方が圧倒的に早かった。

 

ドパンッ!ザシュッ!

 

「ッ!?」

 

俺の黒い片手剣が清水の首をはね、ハジメのドンナーが清水の心臓を正確に撃ちぬいた。清水の体は一瞬跳ね、そのまま動かなくなった。

ここで、清水幸利という男が死んだ。これが、まぎれもない現実だ。

周りから、誰のものかはわからないが、息を呑む音が聞こえた。そして、死体となった清水を見つめる俺たちを、ただ茫然と見つめている。

 

「・・・どうして?」

 

ポツリと、愛ちゃん先生から言葉がこぼれる。

清水から愛ちゃん先生に視線を戻すと、清水の亡骸見つめている愛ちゃん先生の瞳には、怒りや悲しみ、疑惑に逃避、あらゆる感情が浮かんでは消え、また浮かんでは消えていくのが見える。

 

「敵だからだ」

 

そして、愛ちゃん先生の質問に、ハジメが簡潔に答える。

 

「そんな!清水君は・・・」

「改心したって?悪いけど、俺たちはそれを信じられるほどお人好しじゃないし、なにより自分の目が狂っているとも思っていない」

 

最後の質問をしたときの清水の目は、憎しみと怒りと嫉妬と欲望とその他の様々な負の感情が入り混じってどす黒くなっており、明確に清水が“堕ちている”ことを物語っていた。

一応、最初から清水を殺すつもりだったわけではない。愛ちゃん先生の顔を立てて、もしわずかにでも更生する可能性があったら、首輪付きだが助けるつもりだった。

だが、清水の目には、その少しの可能性も存在しなかった。そして、愛ちゃん先生の言葉が絶対に届かないと確信した。同時に、俺たちにとって有害な存在になるとも。

そのことは、愛ちゃん先生もわかっていたはずだが、それでも愛ちゃん先生は“先生”であり、決して諦めるわけにはいかなかった。諦められなかっただけなのだ。

それでも、俺からすれば“甘い”と言わざるを得ない。

 

「だからって殺す事なんて!王宮で預かってもらって、一緒に日本に帰れば、もしかしたら・・・可能性はいくらだって!」

「それで?その可能性のために何を犠牲にする?」

「峯坂君、それは、どういう・・・」

「あのまま生かしておけば、清水は確実に同じことをやらかす。それでも愛ちゃん先生は元に戻ると信じて、その代わりにいったい誰を苦しませる?王都の人たちか、王宮の騎士たちか、あるいは、他の自分の“生徒”か」

「っ、そ、それは・・・」

 

俺の言葉に、愛ちゃん先生は言葉を詰まらせる。

とどのつまり、そういうことだ。清水一人が更生することにかけるか、他のクラスメイトの安全を確実に確保することを優先するか。

ベストとベター、どちらを選ぶか。生徒全員と生きて戻ることを望む愛ちゃん先生と、より多くのクラスメイトが帰還するために、必要であればクラスメイトを切り捨てる俺。それが、俺と愛ちゃん先生の違いだ。

そして、それは決して交わるものではないし、お互いにその考えを曲げるつもりはない。

こうなるのも、必然と言える。

そんな愛ちゃん先生に、今度はハジメが声をかける。

 

「・・・どんな理由を並べても、先生が納得しないことは分かっている。俺たちは、先生の大事な生徒を殺したんだ。俺たちをどうしたいのかは、先生が決めればいい」

「・・・そんなこと」

「“寂しい生き方”。先生の言葉には色々考えさせられたよ。でも、人の命が酷く軽いこの世界で、敵対した者には容赦しないという考えは・・・変えられそうもない。変えたいとも思わない。俺たちに、そんな余裕はないんだ」

「南雲君・・・」

「これからも俺たちは、同じことをする。必要だと思ったその時は・・・いくらでも、何度でも引き金を引くよ。それが間違っていると思うなら・・・先生も自分の思った通りにすればいい・・・ただ、覚えておいてくれ。例え先生でも、クラスメイトでも・・・敵対するなら、俺たちは引き金を引けるんだってことを・・・」

 

愛ちゃん先生は、唇を噛みしめてうつむく。

“自分の話を聞いて、なお決断したことなら否定しない”そう言ったのは他でもない愛ちゃん先生なのだ。言葉が続くはずがない。

ハジメは、そんな愛ちゃん先生を見て、ここでのやるべきことは終わったと踵を返した。俺もそれに続く。ユエとシアはハジメに静かに寄り添い、ティアもそっと俺の手を握る。ウィルも俺とハジメの圧力を伴った視線に射抜かれて、愛ちゃん先生たちの様子や町の事後処理の事で後ろ髪を引かれる様子ではあったが、黙って俺たちについてきた。

町の重鎮やクラスメイト、護衛騎士たちも俺たちを引きとどめようとするが、ハジメが“威圧”をばらまき、俺が殺気を放つと、伸ばした手も、発しかけた言葉も引っ込めた。

 

「南雲君!峯坂君!先生は・・・先生は・・・」

 

それでも、先生としての矜持があるのか、愛ちゃん先生は俺たちの名を呼ぶ。

それに、ハジメが肩越しに振り返り、俺は振り返らずに、それぞれ告げる。

 

「・・・愛ちゃん先生の理想は、この世界ではすでに幻想だ」

「ただ、世界が変わっても俺たちの先生であろうとしてくれている事は嬉しく思う・・・出来れば、折れないでくれ」

 

俺が突き放し気味に、ハジメが少し気を遣うように告げ、ハジメの取り出したブリーゼに乗ってその場を去った。

 

 

ちなみに、このときティオとイズモのことを完全に忘れており、ティオが若干興奮しながら俺とティアが乗っている荷台に飛び乗ろうとしてきた。

俺はそんなティオを撃ち落とそうと四苦八苦したのだが、黒竜ならではのタフさとイズモのすがるようなまなざしであきらめた。

変態が同席とか、勘弁してほしいんだが。




「う~ん、やっぱ、服を買い替えようかなぁ・・・」
「ダメよ!せっかく似合ってるんだから!」
「そうか?俺としては、コスプレ感がぬぐえないんだが・・・まぁ、そういうなら、このままでいるが」
「ありがとう、ツルギ!」
「・・・なぁ、あれ、どう思う?」
「・・・ん、ツルギは押しに弱い」
「・・・ツルギさん、ティアさんには甘々ですねぇ」

ティアの押しに負けてエミヤコスをしぶしぶ受け入れるツルギの図


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ようやく定期テストも一段落して落ち着いたので、投稿しました。
そういえば最近、web版原作が更新されなくてサザエさん症候群一歩手前になっています。
書籍化作業、がんばってほしいですね。
それとですね、剣たちの年齢を16歳に統一しました。
なんだか、17歳で高1のまま押し通すのは、ちょっと微妙に思ったので。
原作と少し齟齬が生じるかもしれませんが、こっちの都合で進めさせてもらいます。

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