ウルの町を出た俺たちは、北の山脈地帯をブリーゼで疾走している。
今はハジメが運転をし、ハジメの隣にユエ、ユエの隣にシア、後部座席にウィルが座っており、荷台に俺、ティア、イズモ、ティオが乗っている。ティオだけ、荷台と座席をつなぐ覗き窓から座席を覗いている状態だが。
ちなみに、どうして俺とティアが座席ではなく荷台に座っているかといえば、こっちの方がまだ2人になれるからだ。声なども、遮音結界を張っておけば気にならない。乗り心地も、サスペンションのおかげで揺れは最低限に抑えられているから、特に気にならない。
だが、やっぱりずっとこのままというわけにもいかないだろう。今回の調査みたいに飛び入りで人数が増える可能性もあるし、今後、俺たちの旅の同行者が増えないとも限らない。
元々ハジメのロマン重視(荷台からガトリングをぶっ放すやつ)で設計された荷台だが、近いうちに改装した方がいいかもしれない。具体的には、荷台をまるまる乗車席にしたりだ。その時は、天井に戦車のような出入り口をつけてガトリングも使えるようにした方がいいだろう。いや、いっそガトリングも魔力式操作に切り替えた方がいいか。グリューエン砂漠だと、わざわざ車の外に出るたびに日差しに焼かれることになるしな。
なら、荷台を乗車席に改装するとして、やっぱり空調は必須だから・・・
「ツルギ、どうしたの?なんか、難しい顔してるけど」
おっと、つい設計図構築に熱が入ってしまったようだ。ティアが、不安そうに俺を見つめてきている。
「いや、大したことじゃない。このブリーゼも作り替えた方がいいと思ってな。具体的には、荷台を乗車席に変える感じだ」
「たしかに、いつまでもこうして荷台に座っているわけにもいかないわね」
「・・・なぁ、少しいいか?」
そんな風にティアといちゃついていると、遠慮がちに俺たちに声をかけてきたのは、俺とティアの対面に座っているイズモだ。
別にイズモを遮音結界の中に入れるつもりはなかったのだが、ティアがさすがにかわいそうだと反対したのだ。その時、ちらちらとイズモの方を見てうっすらと頬を染めたりしていたのだが、俺は見て見ぬふりをした。
「ん?どうしたんだ?」
「いや、なぜ清水少年を殺したのかと思ってな。気になって聞いてみただけだ」
あ~、やっぱりそのことについて聞いてくるか。
まぁ、簡単に済ませておくか。
「だいたいはあそこで言った通りだが?清水が敵だからだ」
「だが、それは
「・・・よく見てるな。さすが、妖狐族ってところか」
竜人族の側近兼諜報員を務めていたというのはだてではない。あれだけでそこまで見破られるとは。
さて、どう説明したものか・・・。
すると、今度はハジメの方から念話がかかってきた。
「なんだ?」
『遮音結界を解いてくれ、ツルギ。ウィル・クデタが清水を殺した理由を教えろと言ってきた』
・・・まさか、ウィルにまでそのことを疑問に思われるとは思わなかった。
やはり、なんやかんや言って貴族としての立派な“目”を持っているのだろう。よくもまぁ、誤魔化されなかったものだ。
俺は遮音結界を解いて、ウィルに話しかける。
「で?どうして清水を殺したか、だって?」
「あ、はい、そうです」
ウィルの目を見て尋ねてみたが、どうやら誤魔化せそうにないみたいだ。
ったく、どうしてこんなんで冒険者をやろうと思ったのかね。
にしても、どうにも話す気になれない。
たしかに、俺とハジメはわざと清水を殺した。周りにでかい衝撃を与えるために。
そのおかげで、あの場では上手く清水が放っておいても死んでいたという事実が隠れた。
だが、その理由を話すのは、なんというか・・・
そんな風に言葉に詰まっていると、
「・・・ハジメとツルギ、ツンデレ」
「ふふ、たしかにそうね」
「「・・・」」
「「「「ツンデレ?」」」」
どうやら、ユエとティアはばっちりと見抜いていたらしい。
ユエは無表情のままだが、ティアはどこかからかうように尋ねてくる。
「・・・愛子へのお返し?」
「それとも、ただの気遣いだったりするのかしら?」
「・・・もののついでだよ」
「まぁ、先生が生徒に世話焼かれてどうなんだってのは思うがな」
ハジメは照れているのか、完全にそっぽを向いてしまっている。
俺も黙りたいが、どのみちユエとティアが話すだろう。
どのみちバラされるのならと、俺は理由を説明した。
簡単に言えば、愛ちゃん先生が責任に押しつぶされないための布石だ。
清水は、魔人族の目的は愛ちゃん先生を殺すことだと言っていた。そのために、清水を利用した。だからこそ、あの時の“破断”も愛ちゃん先生を殺すために清水の体ごと貫いた。
どうでもいい話だが、もし仮に作戦が成功したとしても、「魔人族の勇者として招く」という約束が守られたかどうかは怪しいところだ。
もちろん、この清水の死に愛ちゃん先生がとるべき責任はない。これはあくまで、自身の目的と欲望のために魂を魔人族に売った清水の自業自得だ。直接殺した魔人族はもちろん、清水の死は清水が責任を負うべき問題だ。
だが、おそらく愛ちゃん先生は納得しない。最後の攻撃が明確に愛ちゃん先生を狙っていたのもわかる。
とすると、責任感の強い愛ちゃん先生は「自分に向けられた攻撃のせいで自分の生徒が死んだ」と考えるだろう。その時、おそらく愛ちゃん先生の精神は、この重圧に耐えられずに崩壊する。
愛ちゃん先生が大きな不安を抱えているだろうにも関わらず毅然としているのは、先生としての矜持があるからだ。そして、愛ちゃん先生を“先生”たらしめているのは“生徒”がいるからだ。
その生徒を、自分のせいで死なせてしまった。その衝撃は、かつてハジメが死んだと聞かされた時よりも、そのハジメから原因がクラスメイトの裏切りだと聞かされた時よりも、遥かに強力な刃となって愛ちゃん先生の心を傷つけるだろう。その時は、確実に愛ちゃん先生の心は折れる。
もちろん、愛ちゃん先生にここで折れられてしまうのは困るという打算もあるし、あの時に言ったことも俺の本心であることに変わりはない。それに、愛ちゃん先生があのバカ勇者と変わりないレベルで理想に走っていることを非難するのも変わりないし、俺も今の生き方を変えるつもりもない。
それでも、日本にいたときから俺を気にかけてくれていたことには、それなりに感謝していたのだ。
おそらくハジメも、愛ちゃん先生の言葉はたしかにハジメの心に残っただろうし、世界が変わっても、自分の身が化け物になり果てても、それでも“先生”として“説教”したことに恩義を感じているのだろう。
それこそ、俺よりも。
だからこそ、俺とハジメはわざと清水を殺した。なるべく印象が強くなるように、清水が“敵”であることを強調して。そうして、清水を殺したのは俺たちだと印象付けたのだ。
愛ちゃん先生の心が折れてしまわないように、変わらず望み通り“先生”でいられるように義理を果たすために。
「そういうことでしたか・・・ふふ、ツンデレですねぇ、ハジメさん、ツルギさん」
「そういうことでしたか・・・」
「なるほどのぉ~、ご主人様とツルギ殿は意外に可愛らしいところがあるのじゃな」
「なんというか、素直ではないのだな」
シア、ウィル、ティオ、イズモがそれぞれそんなことを言って、生暖かい目で俺たちを見る。
ハジメはそっぽをむいたまま無視し、俺も目を逸らした。
「・・・でも、愛子は気がつくと思う」
「そうね、私もそう思うわ」
「「・・・」」
ユエとティアの言葉に、俺とハジメは肯定も否定もせずにただ黙る。
そんな俺たちに、というかハジメに、ユエは瞳にやさしさを乗せて語りかけてくる。
「・・・愛子は、ハジメの先生。ハジメの心に残る言葉を贈れる人。なら、気がつかないはずがない・・・」
「・・・ユエ」
「・・・大丈夫。愛子は強い人。ハジメが望まない結果には、きっとならない」
「・・・」
どうやらユエは、少なからずハジメに影響を与えた愛ちゃん先生を、それなりに信頼しているようだ。
力強さと優しさを含んだ瞳で上目遣いに自分を見つめてくるユエに、ハジメもまた目を細め優しげに見つめ返した。ハジメの心の靄は、どうやら晴れたようだ。
・・・ただ、ティアが俺に対して、どちらかと言えば非常に面白そうな目を向けてくるとはどういうことか。
「・・・なんだ、ティア?」
「ツルギって、本当に素直じゃないわよね。あれだけ辛辣なことを言っておいて、内心はすごい気を遣ってるなんて」
「ぐっ・・・」
「ハジメよりも、よっぽどツンデレね」
「うぐぅ・・・」
からかうようなティアの言葉に反論したいが、言葉が出ない。俺だって、それなりに自覚はあるわけだし。
たしかに思い返してみれば、「か、勘違いしないでよねっ」みたいなノリに見えなくもない。
そんな風に肩身を狭めると、ハジメがニヤニヤしながら俺を見てくる。
「・・・なんだよ、ハジメ」
「いやぁ、なんでもないぞ?ツンデレツルギ君?」
どうやら、今まで俺にいじられ続けてきたうっぷんをここで晴らしにきたらしい。
だが、今回は俺にもカードはある。
「まぁ、ユエの言う通り、愛ちゃん先生に関してはさほど心配しなくてもいいだろう。ハジメが『できれば折れないでくれ』って言ったしな」
「・・・あ」
俺の言葉に、ハジメが思わずという風に声が漏れる。
口移しで神水を飲ませたことといい、ハジメが最後に残した言葉といい、完全に禁断のフラグが立っている。
別に、俺が愛ちゃん先生を突き放しているのは、ハジメに押し付けるためというわけではないのだが、結果的に愛ちゃん先生がハジメを意識するような構図が出来上がっている。
まぁ、責任感の強い愛ちゃん先生のことだから、本人は否定するだろうが。
ハジメは「やっべ」みたいな感じで固まるが、俺はさらに追撃を加える。
「それに、ハジメはシアにも何か言うことがあるだろ?」
「へ?私にですか?」
「お、おい、ツルギ!お前は何を・・・」
「んじゃ、あとは自分でやってくれ」
そう言って、俺は再び遮音結界を展開する。何やら念話で話しかけてきているが、それらも丸っと無視した。
「大人げないわね、ツルギ」
「あいつが俺をおちょくろうなんざ、100年早いってもんだ」
俺は、基本的に誰にでも口で負けない自信がある。さすがに、弁護士とか口で勝負するプロフェッショナルには勝てないとは思うが、ハジメくらいなら負ける方が難しい。
・・・せっかくだ、気になったことついでに、ティアにもちょっと仕返しをしようか。
「なぁ、イズモ」
「ん?なんだ?」
「ふと気になったんだが、イズモは“変化”の固有魔法であの大きな九尾の狐になっただろ?」
「あぁ、そうだが、それがどうしたのか?」
「いや、その逆もできるのかなと。例えば、子狐みたいな感じとか」
そう聞いた途端、ティアの耳がピクリと反応した。
イズモも、それを見て俺の質問の意図に気づいたらしい。ニヤリとして俺の質問に答える。
「あぁ、できるぞ。それ」
そう言うと、イズモの体が一瞬紫の炎に包まれた。
炎が消えると、そこには体長が5,60㎝ほどの九尾の狐がこちらを見ていた。
すると、空間に響くように声が聞こえた。どうやら、会話の方法はサイズが変わっても同じらしい。
『まぁ、ざっとこんなもんだ』
「へぇ、すごいな。ここまでのクオリティなんて、アーティファクトじゃ再現できそうにないな」
『妖狐族の“変化”は、他の誰かとそっくりに似せることもできるほどの魔法だ。体の大きさを変えることくらい、容易いことだ』
小さな子狐の状態で、イズモはエヘン!とばかりに胸を張る。そのしぐさも、見た目と相まってかなりかわいい。
「・・・・・・」
そんな中、ティアはボーっとしながら子狐イズモを眺めていた。だらしなくよだれを垂らしながら。
「おい、ティア?どうしたんだ?」
「へっ!?な、なんでもないわよ!?」
ティアは慌ててよだれをぬぐって否定するが、全然取り繕えていない。そんなティアが、ものすごくほほえましい。
「そうか?俺はこのイズモもかわいいと思うけどな」
『んぅ、ツルギ殿、お主、なかなかに撫でるのが上手いな。ちょうどいいぞ』
ティアを生暖かい目で見ながら、俺は子狐イズモの頭や下あごを撫でたり、くすぐる。イズモが気持ちよさそうに目を細めながら、されるがままになっているが、ティアはその様子をすごく羨ましそうに見ている。
「・・・ティアも撫でるか?」
「っ!?べ、べつにわたしは!」
『ティア殿なら、遠慮しなくてもいいぞ?』
イズモを正面に抱えながら尋ねると面白いくらいに動揺するが、イズモの誘いと愛嬌のある顔を見て陥落したらしい。目にハートを浮かせながら、子狐イズモを抱く。
最初は俺がしたように頭や下あごを撫でる。子狐イズモがそれに気持ちよさそうに目を細めると、我慢できずに思い切り抱きしめる。その表情は、とても幸せそうだ。
「・・・モフモフ、可愛い」
『ティア殿が気に入ったようでなによりだ。だから、もう少し力を緩めてくれないか?ちょっと息が苦しいのだが・・・』
イズモの抗議もなんのその。ティアは一心不乱にティオのモフモフな毛並みに頬をすりすりする。ティアの表情が、だんだんと恍惚としたようなものになってきた。
幸い、イズモもちょっと苦しそうにしているが、嫌がる素振りは見せていない。割とまんざらでもないようだ。
そんなこんなで、シアが俺たちの様子を見に来るまで、ティアはひたすらにイズモを抱きしめ、俺はその様子を眺めていた。
ちなみに、俺たちがそんなことをしているうちにティオが俺たちの仲間に加わることが決まり、イズモも「今のティオ様を放っておくことはできない」ということで同行することになった。
さらに言えば、途中でユエやシアも子狐イズモを愛でる会に参加した。ハジメは「見た目は狐だが、中身は普通に女だからな」ということで頭をなでるにとどまった。ユエから強烈な視線をくらったのも、理由の一つだろう。
「ああぁぁ~~~~!!感じるのじゃ~~~~ご主人様ぁ~~!!」
「うっせぇ!いろいろとキモイ絶叫をあげてるんじゃねぇよ、ド変態がっ!!」
「・・・・・・」
「・・・あ~、イズモ?元気出せって」
「・・・後で、尻尾の手入れとか手伝ってあげるから」
「・・・かたじけない、ツルギ殿、ティア殿」
イズモのフォローはツルギとティアの役目になった。ちなみに、ハジメとティオのやり取りの際は他人の振りをすることで大方決まった。
~~~~~~~~~~~
今回は短めに仕上げました。
まぁ、ハジメサイドのやりとりをすっ飛ばす関係上、仕方ないといえば仕方ないですが。
さて、日常間話にもちょいちょいと伏線的なやつを仕込んでいましたが、ティアに可愛いもの好きキャラを付け加えました。
これで、どこぞの侍ガールとも仲良くできそうですね。