「ヒャッハー!ですぅ!」
左側のライセン大峡谷と右側の雄大な草原に挟まれながら、俺たちはヴィント、シュタイフ、ブリーゼを走らせる。
ミュウを預かった後、俺たちはホルアドに向かっていた。本来なら素通りしてもよかったのだが、フューレンのギルド支部長イルワから頼まれごとをされたので、それを果たすために寄り道したのだ。
もともとグリューエン大砂漠に行くつもりだったし、ホルアドくらいなら特に手間でもないので引き受けた。それに詳しいことは言わなかったが、ホルアドのギルド支部長に俺たちへの口添えを頼むといったところだろう。フューレンを出る前に渡された手紙も、おそらくそんな感じの内容のはずだ。
ちなみに、先ほどどこぞの世紀末のような叫び声をあげたのはシアだ。
もともとシアはシュタイフの風を切って走る感じがとても気に入っていたようなのだが、最近は人数が多くなり、すっかりブリーゼによる移動が主流になったため、少しばかり物足りなくなってしまったようだ。
それに、シュタイフならハジメに密着することができるが、ブリーゼだとハジメの隣はユエ指定席になっているため、ハジメにくっつくことができないというのも、理由の一つなのだろう。
そんなシアは、自分でシュタイフを走らせたいから乗り方を教えてくれとハジメに頼んだ。
シュタイフやヴィントの魔力駆動二輪は魔力の直接操作さえできれば簡単なので、シアはあっという間に乗りこなした。
ただ、結果としてその魅力に取りつかれてしまい、今も奇声を発しながら右に左にと走り回り、ドリフトしてみたりウィリーをしてみたり、その他にもジャックナイフやバックライドなどプロのエクストリームバイクスタント顔負けの技を披露している。アクセルやブレーキの類も魔力操作で行えるので、地球のそれより難易度は遥かに簡単ではあるのだが・・・。
・・・親父の部下に、バイク好きのやつがいる。そいつには絶対に会わせないようにしよう。でないと、今も香ばしいポーズをとりながら立ち乗りしているシアにどのような影響がでるかもわからない。
それで、なぜ俺もヴィントに乗っているかというと、
「お兄ちゃん!お兄ちゃん!ミュウもあれやりたいの!」
「ダメだ、ミュウ」
ミュウがそんなシアを見て「ミュウもあれに乗るの!」と言いだしたからだ。
そんなミュウに、完全に過保護な親バカと化したハジメは猛反対し、ミュウがさらに駄々をこねようとしたところで、俺が仲裁に入った。
余談だが、ミュウのハジメの呼び方は結局「パパ」で決まった。ハジメが何度も変えさせようとしたが、そのたびにミュウが涙目になって「め、なの?ミュウが嫌いなの?」と無言で訴えてくるので、なし崩し的にハジメのパパ呼びが定着した。
のだが、それ以来ハジメはなかなかに親バカになっている。そのため、暴走しそうになるハジメをユエとシアが止めて、常識は主に俺が教えることになった。
別にハジメの気持ちが理解できないわけではないが、過保護に育てられた子供というのは時に悪い方へと成長することもある。だからこそ、俺は「絶対にミュウを乗せるわけにはいかん!」と逆に駄々をこねそうになったハジメにガチ説教をし、俺が安全に配慮して乗せるということで合意した。
ちなみに、俺がハジメに説教している姿を見て、ティアたちは、
「なんだか、ダメなパパに説教をしているお母さんみたいになっているわね」
「これは、ツルギ殿も苦労するな」
「ご主人様を叱るツルギ殿も、これはこれで・・・」
などと言ってきた。まぁ、俺も割とそう思う。
ただし、最後の駄竜は鎖でぐるぐる巻きにして荷台に放り込んでおいた。おそらく、今も恍惚の表情でのたうっているだろう。
そういうわけで、今はミュウを俺とハンドルの間に乗せているのだが、さすがにシアのような走行をするわけにはいかない。
もしミュウが「ヒャッハー!なの!」とか言い出したら、とても悲しくなる。
それでも、なんでもかんでもダメだと言うのもあまりよくはないし、ミュウも「うぅ~」とかわいらしい唸り声を出しているし、どうしようか。
「う~ん、さすがにシアみたいに走るのはだめだが、ちょっとスピードを上げるくらいならいいか」
「みゅ?いいの?」
「5秒だけな」
さすがに、これ以上の譲歩はできない。
一応、ミュウが落ちないように魔法で最大限安全を確保しているから、多少スピードを上げたところで問題はない。
「それじゃあ、しっかり掴まってろよ!」
「はいなの!」
俺の掛け声に元気よく返事を返したミュウは、ヒシッと俺の体にしがみつき、それでも顔は前に向ける。
それを確認した俺は、ヴィントに流す魔力を増大させてスピードを上げた。
ヴィントはさらにスピードを上げ、緩やかな上り坂を登り切ったところで軽く飛び上がった。飛び出したヴィントは少しの間宙に浮き、すぐに着地する。
「ミュウ、どうだった?」
「すごかったの!もう1回なの!」
「さすがにダメだな。それに・・・」
『おい、ツルギ、なにやってんだ?』
ほら来た。やっぱりなにか言ってくると思ったよ。
さて、またいろいろと話し合いだな。
* * *
そんなこんなで、俺たちはホルアドに到着した。
ハジメはミュウを肩車しながら、懐かし気に目を細めている。俺の方も、なんだか感慨深くなっているな。
「ツルギ、どうしたの?」
ティアが、そんな俺の心境を敏感に感じ取ったようで、腕を絡ませながら俺に問いかけてくる。
「あぁ、ここには1度来たことがあるからな。4か月くらいしか経っていないんだが、なんだかいろいろと感慨深く感じてな」
「・・・ツルギ殿は、もう一度やり直したいとは思わないのか?」
イズモの問いは、「やり直していればハジメを救えたんじゃないか?」ということだろう。
それに対する答えは、すぐに出せる。
「どうだろうな。たしかにあの時ハジメを救えていればそれに越したことはないんだろうが、もしそうならハジメはユエやシアたちと会っていなかっただろうし、俺もティアに会えなかった。そういう意味でも、いろいろと感慨深いんだよ。だが、何があっても俺はティアに会いに行く。それは確かだ」
「ツルギ・・・」
ティアが、俺の言葉に瞳をウルウルさせ、上目遣いで俺を見てくる。俺も、そんなティアを見つめる。
「・・・仲がいいことだな。正直、少し寂しいが」
イズモがそんなことを呟いているが、だからと言ってやめるつもりはない。
そんな中、ハジメとユエもイチャイチャし、シアがメインストリートのど真ん中でエロいことして欲しいと叫び、ティオが変態と罵られて怪しげな雰囲気を醸し出しながらハァハァと息を荒げるからか、周りからすごい注目されているが、それを考える必要もないだろう。
考え始めたら、すぐに胃が痛くなりそうだし。
* * *
周りの視線を無視しながら、俺たちはようやく冒険者ギルドのホルアド支部に到着した。
そういえば、ホルアドの冒険者ギルドに入るのは何気にこれが初めてだな。以前来たときは、それどころじゃなかったし。
相変わらずミュウを肩車したままのハジメに代わり、俺がギルドの扉を開ける。他の町のギルドと違って、ホルアド支部の扉は金属製だった。重苦しい音が響き、それが人が入ってきた合図になっているようだ。
中に入ると、壁や床は、ところどころ壊れていたり大雑把に修復した跡があり、泥や何かのシミがあちこちに付いていて不衛生な印象を持つ。
内部の作り自体は他の支部と同じで、入って正面がカウンター、左手側に食事処がある。しかし、他の支部と異なり、普通に酒も出しているようで、昼間から飲んだくれたおっさん達がたむろしていた。2階部分にも座席があるようで、手すり越しに階下を見下ろしている冒険者らしき者達もいる。2階にいる者は1階にいる者よりも強者の雰囲気を出しており、そういう制度なのか暗黙の了解かはわからないが、高ランク冒険者は基本的に二階に行くのかもしれない。
冒険者自体の雰囲気も他の町とは違うようだ。誰も彼も目がギラついていて、ブルックのようなほのぼのした雰囲気は皆無である。まぁ、冒険者や傭兵など、魔物との戦闘を専門とする戦闘者達が自ら望んで迷宮に潜りに来ているのだから、気概に満ちているのは当然といえば当然か。
しかし、それを差し引いてもギルドの雰囲気はピリピリしており、尋常ではない様子だった。明らかに、歴戦の冒険者をして深刻な表情をさせる何かが起きているようだ。
俺たちがギルドに足を踏み入れた瞬間、冒険者達の視線が一斉に俺たちを捉えた。その眼光のあまりの鋭さに、ハジメに肩車されるミュウが「ひぅ!」と悲鳴を上げ、ヒシ!とハジメの頭にしがみついた。
冒険者たちは美女・美少女に囲まれた挙句、幼女を肩車して現れたハジメに、色んな意味を込めて殺気を叩きつけ始める。
・・・あぁ~、これはなんとなく今後の展開が読めたな。
そう考えていると、ハジメはますます震えるミュウを肩から降ろし、片腕抱っこに切り替えた。ミュウは、ハジメの胸元に顔をうずめ外界のあれこれを完全にシャットアウトした。
一部の冒険者たちは、血気盛んな、あるいは酔った勢いで席を立ち始める。こいつらの視線は「ふざけたガキをぶちのめす」と何より雄弁に物語っており、このギルドを包む異様な雰囲気からくる鬱憤を晴らす八つ当たりと、単純なやっかみ混じりの嫌がらせであることは明らかだ。
一応、俺たちがただの依頼者である可能性もあるはずなのだが、既に彼等の中にそのような考えはないらしい。取り敢えず話はぶちのめしてからだという、荒くれ者そのものの考え方でハジメの方へ踏み出そうとした。
ただ、相手とタイミングが悪かった。今のハジメは、ただでさえ過保護なパパになっているというのだ。仮とはいえ、娘であるミュウを怯えさせといて何もしないはずがない。
ドンッ!!
案の定、ハジメは先ほどの冒険者たちが放ったものとは比べ物にならないプレッシャーを放った。
既に物理的な力すらもっていそうなそれは、未熟な冒険者達の意識を瞬時に刈り取り、立ち上がっていた冒険者達の全てを触れることなく再び座席につかせる。
ハジメのプレッシャー“威圧”と“魔力放射”を受けながら意識を辛うじて失っていない者も、大半がガクガクと震えながら必死に意識と体を支え、滝のような汗を流して顔を青ざめさせている。
と、永遠に続くかと思われた威圧がふとその圧力を弱めた。冒険者たちは、その隙に止まり掛けていた呼吸を必死に行う。中には失禁したり吐いたりしている者もいるが・・・そんな彼等に、ハジメがニッコリ笑いながら話しかけた。
「おい、今、こっちを睨んだやつ」
「「「「「「「!」」」」」」」
ハジメの声に、冒険者たちがかわいそうなくらいにビクリ!とふるえる。冒険者たちのハジメを見る目は、完全に化け物に向けるそれと変わりない。
だが、そんな事はお構いなしに、ハジメは彼等に向かって要求・・・というより命令をする。
「笑え」
「「「「「「「え?」」」」」」」
いきなり状況を無視した命令に、冒険者たちが戸惑う。そこにハジメが、さらに言葉を続ける。
「聞こえなかったか?笑えと言ったんだ。にっこりとな。怖くないアピールだ。ついでに手も振れ。お前らのせいで家の子が怯えちまったんだ。トラウマになったらどうする気だ? ア゛ァ゛?責任とれや」
・・・ぶっちゃけさ、今のお前の顔の方がよっぽど怖ぇよ。ヤクザ顔負けじゃねぇか。
冒険者たちは、戸惑っている内にハジメの眼光が鋭くなってきたので、頬を盛大に引き攣らせながらも必死に笑顔を作ろうとする。ついでに、ちゃんと手も振り始めた。
ただ、強面の男たちが引きつった笑顔で小さく手を振る。
そして、ハジメがミュウにそっと話しかけて顔を振り向かせた結果、
「ひっ!」
案の定、ミュウは怖がって再びハジメにヒシッとハジメの胸元にしがみついた。
ハジメが「どういうことだ、ゴラァ!」と冒険者達を睨みつけるが、そもそもお前の要求の方がよっぽど無茶なんだが。
「はぁ~、それくらいにしろ、ハジメ」
「あだっ!?」
ため息をついた俺は、ミュウを俺の方に抱かせながらハジメに強めのデコピンをした。
「お前さ、親バカもいい加減にしろよ。お前がバカをするから、俺がそれの解決をせにゃあいけなくなるんだろうが」
「だが・・・」
「・・・ん、これはハジメが悪い」
「ぐっ・・・」
ユエも俺の意見に賛同したようで、ハジメに説教をする。
まったく、こんなんでミュウとお別れできるのかね。別に今生の別れにするつもりはないとはいえ、これはこれで心配になってくる。
まぁ、ハジメのことは置いといてだ。まずはミュウと冒険者たちの方だな。
「ミュウ」
「みゅ?」
未だに恐怖で振るえるミュウに、俺は優しくミュウの耳元でささやく。
「あのおじさんたちは、悪い人じゃないよ」
「みゅ?本当?」
「あぁ、ミュウが笑顔を見せてくれたら、きっと優しくなるよ」
俺がそう言うと、ミュウは再びじっと愛想笑いを浮かべて小さく手を振る冒険者たちを見つめ、なにかに納得したようにニヘラ~と笑う。冒険者たちもその笑顔と仕草が余りに可愛かったようで、状況も忘れて思わず和む。
とりあえず、この場は落ち着いたか。
それを確認した俺は、ミュウを肩車に切り替えながらカウンターに向かう。
余談だが、こっちの受付嬢は普通に可愛かった。俺たちとだいたい同じくらいか。後ろにいるハジメから、なにやら満足げにしている気配を感じる。ハジメよ、まだテンプレをあきらめていなかったのか。
それはともかく、俺はイルワから預かった手紙と俺のステータスプレートを差し出す。
「支部長はいるか?フューレンのギルド支部長から手紙を預かっていてな。本人に直接渡してくれと頼まれているんだ」
「は、はい。お預かりします。え、えっと、フューレン支部のギルド支部長様からの依頼・・・ですか?」
普通、一介の冒険者がギルド支部長から依頼を受けるなどということはありえないようなので、受付嬢は少し訝しそうな表情になる。しかし、俺が渡したステータスプレートに表示されている情報を見て目を見開いた。
「き、“金”ランク!?」
冒険者において“金”のランクを持つ者は全体の1割に満たない。そして、“金”のランク認定を受けた者についてはギルド職員に対して伝えられるらしい。なので、このことを聞かされていない受付嬢は驚愕の声を漏らしてしまったようだ。
その声に、ギルド内の冒険者も職員も含めた全ての人が、受付嬢と同じように驚愕に目を見開いて俺たちを凝視する。建物内がにわかに騒がしくなった。
受付嬢は、自分が個人情報を大声で晒してしまったことに気がついたようで、サッと表情を青ざめさせる。そして、ものすごい勢いで頭を下げ始めた。
「も、申し訳ありません!本当に、申し訳ありません!」
「あ~、気にするな。とりあえず、支部長に取次してもらえるか?」
「は、はい!少々お待ちください!」
この受付嬢は放っておけばいつまでも謝りそうな勢いだったから、苦笑しながら手を振る。
ウルの町やフューレンでの件で、すでに情報の秘匿はそこまで重要視していなかった。どうせ、今隠してもすぐに知られるだろうし。それに、注目されているのはどのみち変わらないし。
そして、ハジメたちが居心地悪そうにしているミュウをあやしていると、ギルドの奥からズダダダッ!と何者かが猛ダッシュしてくる音が聞こえだした。音のした方を注目すると、カウンター横の通路から全身黒装束の少年がズザザザザザーと床を滑りながら猛烈な勢いで飛び出てきて、誰かを探すようにキョロキョロと辺りを見渡し始めた。
・・・こいつの顔、見覚えがある。というより、ここで会うとは思っていなかったクラスメイトだ。
「・・・お前、遠藤か?」
俺のつぶやきに“!”と某ダンボール好きな傭兵のゲームに出てくる敵兵のような反応をする黒装束の少年、遠藤浩介は、辺りをキョロキョロと見渡し、それでも目当ての人物が見つからないことに苛立ったように大声を出し始めた。
「峯坂ぁ!南雲ぉ!いるのか!お前らなのか!どこなんだ!峯坂ぁ!南雲ぉ!生きてんなら出てきやがれぇ!峯坂ツルギぃー!南雲ハジメェー!」
・・・一応、目の前にいるんだが。ハジメはともかく、俺はそこまで容姿は変わっていないはずだが。
あまりの大声に、思わず耳に指で栓をする人達が続出する。
ティアたちの視線が、一気に俺とハジメに集中する。
ハジメは明らかに「関わりたくねぇなぁ・・・」とでも言いたげにしているが、さすがにここで無視するわけにはいかないだろう。
「あ~、遠藤、ちゃんと聞こえてるから、大声で人の名前を連呼するのは止めてくれ」
「?! その声は、峯坂か!どこだ!」
遠藤は俺の声にグリンと顔を俺の方に向けるが、すぐに俺から目を逸らしてきょろきょろし始める。
「くそっ!声は聞こえるのに姿が見当たらねぇ!幽霊か?やっぱり化けて出てきたのか!?俺には姿が見えないってのか!?」
「いや、目の前にいるだろうが、ドアホ。ってか、いい加減落ち着けよ。影の薄さランキング生涯世界1位」
「!?また、声が!?ていうか、誰がコンビニの自動ドアすら反応してくれない影が薄いどころか存在自体が薄くて何時か消えそうな男だ!自動ドアくらい3回に1回はちゃんと開くわ!」
「3回に2回は開かないのか・・・さすがだな、お前・・・」
この遠藤という男、トータスに来る前からクラスでダントツの影の薄さを誇っている。そのすさまじさは、日本にいた頃から気配操作や感知に自信のある俺でも、最初はいつも見失うほどに。今でも、3回に1回くらいしかその存在を認識できない。
・・・俺の気配感知は、コンビニの自動ドアと同じくらいなのか。
とりあえず、そこまで言葉を交わしてようやく、遠藤は俺の姿を認識した。
まじまじと俺の姿を観察し、それでようやく声をかける。
「まさか、お前が峯坂なのか・・・?」
「あぁ、そうだ。ついでに言えば、俺の後ろにいる白髪眼帯がハジメだ」
俺がそう言うと、遠藤は今度はハジメの姿をまじまじと観察する。
それでも記憶にあるハジメとの余りの違いに半信半疑の遠藤だったが、顔の造形や自分の影の薄さを知っていた事からようやく信じることにしたようだ。
「お前たち・・・本当に生きていたのか」
「今目の前にいるんだから、当たり前だろ」
「何か、えらく変わってるんだけど・・・特に南雲の見た目とか雰囲気とか口調とか・・・」
「奈落の底から自力で這い上がってきたんだぞ?そりゃ多少変わるだろ」
「そ、そういうものかな?いや、でも、そうか・・・ホントに生きて・・・」
あっけからんとした俺たちの態度に遠藤は困惑するが、それでも死んだと思っていたクラスメイトが本当に生きていたと理解し、安堵したように目元を和らげた。
どうやら、遠藤は檜山たちと比べてだいぶまともなようだ。まぁ、そもそも檜山が歪みすぎているともいえるが。
「っていうかお前ら・・・冒険者してたのか?しかも“金”て・・・」
「まぁな」
俺の返答に遠藤の表情がガラリと変わる。クラスメイトが生きていた事にホッとしたような表情から切羽詰ったような表情に。
改めてよく見てみると、遠藤の服装がボロボロだ。なにかがあったのは間違いない。
「・・・つまり、迷宮の深層から自力で生還できる上に、冒険者の最高ランクを貰えるくらい強いってことだよな?信じられねぇけど・・・」
「まぁ、そういうことだな」
遠藤の真剣な表情でなされた確認に俺が肯定すると、遠藤は俺に飛びかからんばかりの勢いで肩をつかみに掛かり、今まで以上に必死さの滲む声音で、表情を悲痛に歪めながら懇願を始めた。
「なら頼む!一緒に迷宮に潜ってくれ!早くしないと皆死んじまう!1人でも多くの戦力が必要なんだ!健太郎も重吾も死んじまうかもしれないんだ!頼むよ、峯坂!南雲!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。いきなりなんだ?状況が全くわからないんだが。死んじまうって何だよ。天之河がいれば大抵何とかなるだろ?メルド団長がいれば、ベヒモスの時みたいな失敗もしないだろうし・・・」
普段目立たない遠藤のあまりに切羽詰った尋常でない様子に困惑しながら問い返すと、遠藤はメルド団長の名が出た瞬間、ひどく暗い表情になって膝から崩れ落ちた。そして、押し殺したような低く澱んだ声でポツリと呟く。
「・・・んだよ」
「あ?聞こえねぇよ。何だって?」
「・・・死んだって言ったんだ!メルド団長もアランさんも他の皆も!迷宮に潜ってた騎士は皆死んだ!俺を逃がすために!俺のせいで!死んだんだ!死んだんだよぉ!」
「・・・そうか」
癇癪を起こした子供のように、「死んだ」と繰り返す遠藤に、俺はただ一言、そう返した。
別に、メルドさんが死ぬわけがないと思ってはいなかった。ここは殺し合いの戦場だ。だれがいつ死んでもおかしくはない。それが、王国最強の騎士であるメルドさんでもだ。
だが、メルドさんは俺が王都を出るとき、最後まで俺のことを気にかけてくれた。国王と教皇に向かって矢を放った俺を、だ。
だから、俺は心の中でメルドさんの冥福を祈った。
とりあえず、遠藤からその辺りの話を聞いた方がいいだろう。遠藤やメルドさんたち騎士団がそのような状態になったのだ。迷宮に潜っているだろう白崎や八重樫たちのことも気になる。
「で?何があったんだ?」
「それは・・・」
「話の続きは、奥でしてもらおうか。そっちは、俺の客らしいしな」
すると、しわがれた声で制止がかかった。
声のした方を見ると、60歳過ぎくらいのガタイのいい左目に大きな傷が入った迫力のある男がいた。おそらく、この男がホルアドのギルド支部長なのだろう。
それに、遠藤の慟哭じみた叫びに再びギルドに入ってきた時の不穏な雰囲気が満ち始めた事から、この人からも話を聞いておいた方がいいだろう。
ギルド支部長と思しき男は、遠藤の腕を掴んで強引に立たせると有無を言わさずギルドの奥へと連れて行った。遠藤は、かなり情緒不安定なようで、今は、ぐったりと力を失っている。
・・・とりあえず、この状況を見る限り、ロクなことが起きそうにないな。
「なぁ、ツルギ」
「ん?なんだ?」
「ツルギの親父さんの部署って、どんな奴がいるんだ?今のところいるのは、漢女とビッグダディ、亀甲縛りを教えたやつと、バイク好きだろ?」
「・・・知りたいのか?」
「あ~、いや、やっぱりいい。今のお前の顔を見ると、すげぇ哀れに思えてきた」
まだまだ変人は増える予定です。
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ツルギの親父さんの部署に関して、以前の感想に「下手するとシュタイフで爆走するシアを捕獲できるヤツもいるかもしれませんね」というものがあったので、ここで紹介しておきました。
もともと、自分でもこのキャラは考えていたので。
それでも、本格的にでてくるのは本編終わった後のアフターになりそうなので、かなり先になりますが。