「・・・なるほど、魔人族、ね」
冒険者ギルドホルアド支部の応接室に俺の呟きが響く。
対面のソファーにホルアド支部の支部長ロア・バワビスと遠藤浩介が座っており、遠藤の正面に俺が、その両サイドにハジメとティアが、ハジメの隣にユエが座っており、あとはソファの後ろに立っている。ミュウは、ハジメの膝の上だ。
遠藤からの話を要約すると、どうやら迷宮攻略の最中に魔人族が魔物を引き連れて現れ、蹂躙されたようだ。天之河が“限界突破”を使っても倒しきれなかったらしい。
もしゃもしゃ
・・・まぁ、十中八九、変成魔法で強化された魔物だな。似たようなやつが、ウルの町の襲撃の時にもいた。
にしても、ウルの町に襲撃があったと思ったら、今度は勇者に襲撃か。魔人族絡みの事件がここで続いたのは、ただの偶然か?それとも、魔人族が何かを仕掛けようとしているのか?まぁ、今の段階じゃわかることなんてほとんどないが。
もぐもぐ、ゴクン
・・・別に、文句があるとかそういうのじゃないけどさ、遠藤もロアも深刻な表情をして、室内は重苦しい雰囲気で満たされている中で、ミュウがリスのようにお菓子をほおばっているのが微妙にやるせない。
まぁ、ミュウが俺たちの話の内容がわからずとも、なにやら不穏な空気を感じ取って不安そうにしていたから、それをなだめるためにお菓子を与えたハジメを責めるつもりは毛頭ない。
ただ、それを許容できないやつがいるわけで、
「つぅか!何なんだよ!その子!何で、菓子食わしてんの!?状況理解してんの!?みんな、死ぬかもしれないんだぞ!」
「ひぅ!?パパぁ!」
案の定、場の雰囲気を壊すようなミュウの存在に、ついに耐え切れなくなった遠藤がビシッと指を差しながら怒声を上げる。それに驚いてミュウが小さく悲鳴を上げながらハジメに抱きついた。
その結果、当然ハジメから人外レベルの殺気が噴き出す。パパは娘の敵を許さないのだ。
「てめぇ・・・何、家のミュウに八つ当たりしてんだ、ア゛ァ゛?殺すぞ?」
「ひぅ!?」
それを直に浴びた遠藤はミュウと同じような悲鳴を上げて浮かしていた腰を落とす。
・・・もうさ、完全に親バカなパパじゃねぇか。さりげなく、“家の”って言ってたぞ。まじで子離れできるのか、あいつ?
ユエたちからも、「・・・もう、すっかりパパ」とか「さっき、さり気なく“家の子”とか口走ってましたしね~」とか「果てさて、ご主人様はエリセンで子離れ出来るのかのぉ~」とか聞こえてくる。ハジメは丸っと無視しているが。
「はぁ、遠藤、気持ちがわからないとは言わんが、もう少し自分を押さえろ。子供相手に八つ当たりするんじゃねぇよ」
「う、うぅ・・・」
とはいえ、今のは遠藤が悪い。俺からも厳しめに注意しておく。
結局、遠藤はソファの上で丸まってブルブル震え始め、ハジメはミュウをなだめ始める。
とりあえず一区切りついたところで、ロアが呆れたような表情をしつつ、埒があかないと話に割り込んだ。
「さて、ハジメ、ツルギ。イルワからの手紙でお前たちの事は大体分かっている。随分と大暴れしたようだな?」
「ま、全部成り行きなんだけどな」
別に自分から巻き込まれに行ったわけでもないし、あながち間違いでもない。そもそも、どちらかと言えばトラブルの方から俺たちに近づいてくるのだから、いい迷惑だ。
「手紙には、お前たちの“金”ランクへの昇格に対する賛同要請と、できる限り便宜を図ってやって欲しいという内容が書かれていた。一応、事の概要くらいは俺も掴んではいるんだがな・・・たった数人で6万近い魔物の殲滅、半日でフューレンに巣食う裏組織の壊滅・・・にわかには信じられんことばかりだが、イルワの奴が適当なことをわざわざ手紙まで寄越して伝えるとは思えん・・・もう、お前たちが実は魔王だと言われても俺は不思議に思わんぞ」
ロアの言葉に、遠藤が大きく目を見開いて驚愕をあらわにする。大方、“錬成師”であるハジメよりも自分たちの方が強いとか、そんな風に思っていたのだろう。まったく、なめられたものだ。
まぁ、ハジメの方はと言えば、
「バカ言わないでくれ・・・魔王だなんて、そこまで弱くないつもりだぞ?」
「ふっ、魔王を雑魚扱いか?随分な大言を吐くやつだ」
ハジメの大言壮語に、ロアはあきれる。
だが、次には表情を引き締めて俺たちに話しかける。
「・・・だが、それが本当なら、俺からの、冒険者ギルドホルアド支部長からの指名依頼を受けて欲しい」
「・・・勇者たちの救出だろ?」
俺の確認に、遠藤が救出という言葉をに反応してハッと我を取り戻す。
そして、身を乗り出しながら、俺たちに捲し立てた。
「そ、そうだ!南雲!峯坂!一緒に助けに行こう!お前たちがそんなに強いなら、きっとみんな助けられる!」
「・・・」
「・・・」
遠藤は見えてきた希望に瞳を輝かせるが、それに反応せずに天之河たちを助けた場合のデメリットについて考える。
正直、天之河個人に関して言えば、助けたときのデメリットの方が多い気はするし、死んでクラスメイトたちの士気が下がったところで、そこまで大きな問題はないが・・・
「どうしたんだよ!今、こうしている間にもアイツ等は死にかけているかもしれないんだぞ!何を迷ってんだよ!仲間だろ!?」
「・・・仲間?」
「・・・お前、何を言ってるんだ?」
だが、遠藤の言葉に思考を中断する。
こいつは、今さら何を言ってるんだ?
「あ、ああ、仲間だろ!なら、助けに行くのはとうぜ・・・」
「勝手に、お前らの仲間にするな。はっきり言うが、俺がお前らにもっている認識はただの“同郷”の人間程度であって、それ以上でもそれ以下でもない。他人と何ら変わらない」
「なっ、何を言って・・・」
「そもそも、自分より弱いときは“役立たず”だ“足手まとい”だなんだと言っておいて、強くなって戻ったら“仲間”だなんて、ふざけたことを言うな。そんな都合のいい時だけ“仲間”呼びされると反吐がでる」
「そ、そんな・・・」
ハジメの冷酷な言葉と俺の正論を混ぜた罵倒に遠藤は呆然とするが、気にも留めずに思考を再開する。
こういう時に切り捨てたら、愛ちゃん先生の言う“寂しい生き方”になってしまうのだろうが、俺にとっては関係ない。
俺にとって大切な存在をとるか、周りの見知らぬ人間をとるか。大を助けるために小を切り捨てるか、すべてを失う可能性があってもすべてを守るか。
どちらを選ぶかなど、すでに答えは決まっている。
だが、そこでふとあの日のことを思い出した。
国王と教皇に喧嘩を売って王都を出て行くことになったとき、俺は八重樫と「必ず生きて戻ってくる」と約束した。あの時の約束を、俺はまだ果たせていない。
すると、ハジメの方が先に遠藤に問いかけた。
「白崎は・・・彼女はまだ、無事だったか?」
おそらく、宿の部屋に白崎が来た時のことを思い出したのだろう。
ハジメの問い掛けに、遠藤は狼狽しながらも答える。
「あ、ああ。白崎さんは無事だ。っていうか、彼女がいなきゃ俺達が無事じゃなかった。最初の襲撃で重吾も八重樫さんも死んでたと思うし・・・白崎さん、マジですげぇんだ。回復魔法がとんでもないっていうか・・・あの日、お前が落ちたあの日から、何ていうか鬼気迫るっていうのかな?こっちが止めたくなるくらい訓練に打ち込んでいて・・・雰囲気も少し変わったかな?ちょっと大人っぽくなったっていうか、いつも何か考えてるみたいで、ぽわぽわした雰囲気がなくなったっていうか・・・それに、一緒にいる八重樫さんも、なんだか日に日に焦っていく感じで、どこか余裕がなくなっていて・・・」
「・・・そうか」
遠藤の言葉に、ハジメが小さく呟く。
特に聞いていないのだが、白崎と一緒にいるということで八重樫の話もポロっとでてきた。
・・・どうやら、俺が思っていた以上に俺のことで心配をかけてしまったようだ。
「ツルギ」
そんなことを考えていると、隣にいるティアが声をかけてきた。
「なんだ?」
「ツルギは、ツルギのやりたいようにやって」
どうやら、俺の考えていたことはティアには見抜かれていたらしい。
今まで八重樫のことを思い出しているとムスッとしていたくせに、こういう時は俺の気持ちを汲んでくれる。
イズモも、俺の意見を尊重するようで黙って俺を見つめている。
「・・・ハジメのしたいように。私は、どこでも付いて行く」
「・・・ユエ」
「わ、私も!どこまでも付いて行きますよ!ハジメさん!」
「ふむ、妾ももちろんついて行くぞ。ご主人様」
「ふぇ、えっと、えっと、ミュウもなの!」
ハジメたちの方も、ハジメの意志を尊重することになったようだ。
俺とハジメは目を見合わせ、頷く。俺たちがどうするか、決まった。
「ありがとな、お前ら」
「正直、神に選ばれた勇者になんて会いたくないし、お前たちに関わらせたくはないんだが・・・俺もハジメも、義理を果たしたい相手がいるんだ。だから、ちょいと助けに行こうと思う」
「まぁ、あいつらの事だから、案外、自分達で何とかしそうな気もするがな」
俺たちとしては、いろんな意味であのバカ勇者に会いに行きたくはない。
それでも、義理と約束を果たすために行くことを決めた。
「え、えっと、結局、一緒に行ってくれるんだよな?」
「ああ。ロア支部長、一応、このことは対外的には依頼という事にしておいてくれ」
「上の連中に無条件で助けてくれると思われたくないからだな?」
「そうだ。それともう1つ。帰ってくるまでミュウのために部屋貸しといてくれ」
「ああ、それくらい構わねぇよ」
「助かる。じゃあ、ティオとイズモはミュウの子守りに残ってくれ」
「うむ、わかった」
「ミュウは妾たちに任せて、思う存分に行っとくれ」
結局、俺たちが助けに行くということが決まったのがわかって、遠藤は安堵のため息をつく。
・・・答えはなんとなく分かっているが、一応聞いておくか。
「遠藤、1ついいか?」
「な、なんだ?」
「天之河の様子はどうだ?例えば、なにか思い詰めるようなことはなかったか?」
「え?いや、別にそんなことはないけど。俺がこの世界の人たちを救うんだって、いつもやる気になっているし」
「・・・ちっ、そうか」
やっぱり、あのバカ勇者は自分たちが“人殺し”をするということにまったく気づいていないらしい。
一応、メルドさんにはこのことを示唆しておいたはずだが、何をやっているのか。
それに、これは憶測でしかないが、少なくとも八重樫はこのことに気付いているだろう。曲がりなりにも武芸を習っていたんだ。あの中では最も武器が人を傷つけるものだということを理解しているだろう。結局あのバカ勇者は、八重樫一人に重荷を背負わせているということか。
とりあえず、いくつかのフォローは考えておくか。
「さて、それじゃあさっさと行くか。イズモもついているとはいえ、変態のところにミュウを長い時間一緒にさせるのも不安だしな」
「おら、わかったらさっさと案内しやがれ、遠藤」
「うわっ、ケツを蹴るなよ!っていうかお前、いろいろ変わりすぎだろ!」
「やかましい。サクッと行って、1日・・・いや半日で終わらせるぞ。早くミュウのところに戻らなきゃいけないからな」
「・・・お前、本当に父親やってんのな・・・美少女ハーレムまで作ってるし・・・一体、何がどうなったら、あの南雲がこんなのになるんだよ・・・」
まぁ、もっと言えば、白崎は日本にいたころからハジメのことが好きだったわけだが、それは今言うことじゃないか。
そんなこんなで、俺たちは勇者一行のいる迷宮深層へと向かった。
ちなみに、このときの移動で遠藤のスピードをぶっち切り、敏捷の自信を粉々にしたが、そんなことは知ったことじゃない。
* * *
どうしてこんなことになってしまったのか。
雫は、そんなことを考えていた。
事の発端は、オルクス大迷宮遠征が90階層に差し掛かったときのことだ。
いつものように、順調に迷宮攻略を進めていたが、そこで魔人族の女に会った。
その魔人族の女が、「あんたら、魔人族側に来ないかい?」と勧誘してきたのだ。
もちろん、その誘いは光輝が力強く断った。
そこで、魔人族の女が使役する魔物におそわれたのだ。
最初は、ただの魔物なら自分たちに敵うはずがないと思っていた。
だが、実際は魔人族の女が使役する透明になるキメラや回復魔法を使う鴉などといった強力な魔物に蹂躙され、光輝の限界突破でも倒しきることができなかった。
そこで鈴、斎藤、近藤、野村が重傷を負い、敗走することになった。
その後、90階層の1つ上である89階層に避難し、遠藤をメルドたちのいる70階層に送り、今の状況を伝えさせた。
だが、即席で作った隠れ家で体力回復に努めていたところで、魔人族に襲撃された。それも、気絶したメルドと言う人質を用意してまで。
さらに、新たに現れたアハトドと呼ばれた馬頭の魔物によって限界突破を用いた光輝を吹き飛ばした。
それによって一部の者たちは戦意を失ってしまい、魔人族の勧誘に乗ろうとする雰囲気もでてきた。
だが、それも意識を取り戻した光輝とメルドによって押しとどめられる。
そこで、メルドが“最後の忠誠”というアーティファクトで魔人族の女を道ずれにしようとするが、それも6本足の亀の魔物によって無効化され、メルドは瀕死の重傷を負ってしまう。
それに激昂した光輝が限界突破の最終派生“覇潰”に目覚め、アハトドを逆に吹き飛ばして魔人族の女に向かって聖剣を振りかぶった。
だが、
「ごめん・・・先に逝く・・・愛してるよ、ミハイル・・・」
愛しそうな表情で、手に持つロケットペンダンを見つめながら、そんな呟きを漏らす魔人族の女に、光輝は思わず聖剣を止めてしまった。
魔人族の女は最初は聖剣が振り下ろされないことを訝しんだが、光輝の表情を見てすぐにその理由を察し、侮蔑の視線を向ける。
「・・・呆れたね・・・まさか、今になってようやく気がついたのかい? “人”を殺そうとしていることに」
「ッ!?」
そう、光輝にとって、魔人族とはイシュタルに教えられた通り、残忍で卑劣な知恵の回る魔物の上位版、あるいは魔物が進化した存在くらいの認識だったのだ。実際、魔物と共にあり、魔物を使役していることが、その認識に拍車をかけた。自分たちと同じように、誰かを愛し、誰かに愛され、何かの為に必死に生きている、そんな戦っている“人”だとは思っていなかったのである。あるいは、無意識にそう思わないようにしていたのか。
その認識が、魔人族の女の愛しそう表情で愛する人の名を呼ぶ声により覆された。否応なく、自分が今、手にかけようとした相手が魔物などでなく、紛れもなく自分達と同じ“人”だと気がついてしまった。自分のしようとしていることが“人殺し”であると認識してしまったのだ。
「まさか、あたし達を“人”とすら認めていなかったとは・・・随分と傲慢なことだね」
「ち、ちが・・・俺は、知らなくて・・・」
「ハッ、“知ろうとしなかった”の間違いだろ?」
「お、俺は・・・」
「ほら?どうした?所詮は戦いですらなくただの“狩り”なんだろう?目の前に死に体の
「・・・は、話し合おう・・・は、話せばきっと・・・」
光輝が、聖剣を下げてそんな事を言う。そんな光輝に、魔人族の女は心底軽蔑したような目を向けて、返事の代わりに大声で命令を下した。
「アハトド!剣士の女を狙え!全隊、攻撃せよ!」
衝撃から回復していたアハトドが魔人族の女の命令に従って、猛烈な勢いで雫に迫る。
今いる中で、最も頭が回る人物だと看破してと、勇者を確実に殺すための指示だ。
「な、どうして!」
「自覚のない坊ちゃんだ・・・私達は“戦争”をしてるんだよ!未熟な精神に巨大な力、あんたは危険過ぎる!何が何でもここで死んでもらう!ほら、お仲間を助けに行かないと全滅するよ!」
魔人族の女が言う通り、雫がアハトドに吹き飛ばされてしまい、とどめを刺されそうになる。
顔を青ざめた光輝が間に入ることで、なんとか雫を守ることができたが、そこで“覇潰”の効果が切れてしまい、無理を重ねた代償として指一本動かすこともできなくなってしまう。
そんな絶体絶命の状況で、雫が魔人族の女を睨む。その目には、明らかに殺意が宿っている。
「・・・へぇ。あんたは、殺し合いの自覚があるようだね。むしろ、あんたの方が勇者と呼ばれるにふさわしいんじゃないかい?」
「・・・そんな事どうでもいいわ。光輝に自覚がなかったのは私達の落ち度でもある。そのツケは私が払わせてもらうわ!」
もちろん、雫に人殺しの経験はない。祖父や父からも剣術を習う上で、人を傷つけることの“重さ”も叩き込まれている。
しかし、いざ、その時が来てみれば、覚悟など簡単に揺らぎ、自分のしようとしていることのあまりの重さに恐怖して恥も外聞もなくそのまま泣き出してしまいたくなった。それでも、雫は、唇の端を噛み切りながら歯を食いしばって、その恐怖を必死に押さえつけた。
そして、神速の抜刀術で魔人族の女を斬ろうと“無拍子”を発動しようと構えを取った。
が、その瞬間、背筋を悪寒が駆け抜け本能がけたたましく警鐘を鳴らす。咄嗟に、側宙しながらその場を飛び退くと、黒猫の触手がついさっきまで雫のいた場所を貫いていた。
「他の魔物に狙わせないとは言ってない。アハトドと他の魔物を相手にしながらあたしが殺せるかい?」
「くっ」
魔人族の女は「もちろんあたしも殺るからね」と言いながら、魔法の詠唱を始めた。
雫は“無拍子”による予備動作のない急激な加速と減速を繰り返しながら魔物の波状攻撃を凌ぎつつ、何とか魔人族の女の懐に踏み込む隙を狙うが、その表情は次第に絶望に染まっていく。
なにより苦しいのは、アハトドが雫のスピードについて来ていることだ。その鈍重そうな巨体に反して、しっかり雫を眼で捉えており、隙を衝いて魔人族の女のもとへ飛び込もうとしても、一瞬で雫に並走して衝撃を伴った爆撃のような拳を振るってくるのである。
そして、今の雫には目の前のアハトドの相手をするので手一杯だった。
その結果、
バギャァ!!
「あぐぅ!?」
不意に横から強い衝撃をくらい。吹き飛ばされてしまう。
雫はとっさに剣と鞘を盾にしようとしたが、その剣と鞘も粉砕されてしまう。
吹き飛ばされた雫がなんとか顔を上げると、そこには絶望が立っていた。
「う、うそ、もう1体なんて・・・」
そう、アハトドがもう1体、雫の前に立っていたのだ。
「別に、アハトドが1体だけだなんて言った覚えはないよ」
その魔人族の言葉に、今度こそ雫たちは絶望に突き落とされてしまう。
「雫ちゃん!」
そこに、雫を呼ぶ声が聞こえた。
声のした方を振り向けば、香織がふらふらとよろめきながらも雫の下へと歩み寄った。
その周囲には、鈴が最後の魔力を振り絞って展開された無数のシールドが道を作っている。鈴は顔を青白くさせながらも、その表情に淡い笑みを浮かべていた。
「香織、あなた・・・」
「えへへ、1人はいやだもんね」
鈴のシールドにより、香織は、多少の手傷を負いつつも雫の下へたどり着いた。そして、うずくまる雫の体をそっと抱きしめ支える。
「か、香織・・・何をして・・・早く、戻って。ここにいちゃダメよ」
「ううん。どこでも同じだよ。それなら、雫ちゃんの傍がいいから」
「・・・ごめんなさい。勝てなかったわ」
「私こそ、これくらいしか出来なくてごめんね。もうほとんど魔力が残ってないの」
雫を支えながら眉を八の字にして微笑む香織は、痛みを和らげる魔法を使う。雫も、無事な左手で自分を支える香織の手を握り締めると困ったような微笑みを返した。
そんな2人に、アハトドが立ちふさがって腕を振りかぶる。
鈴のシールドが、いつの間にか接近を妨げるようにアハトドと香織達の間に張られているが、そんな障壁は気にもならないらしい。己の拳が一度振るわれれば、紙くずのように破壊し、その衝撃波だけで香織たちを粉砕できると確信しているのだろう。
死を目前にして、雫はあることを思い出していた。
ツルギとの約束だ。
あの時、自分が「必ず生きて戻って来て」と言ったのに、結局自分が約束を破ることになってしまった。
そのことが、雫にとっての心残りだった。
そして、香織もハジメとの約束を思い出し、それぞれ名前をつぶやく。
「・・・ハジメ君」
「・・・ツルギ」
その瞬間、
ドォゴオオン!!
轟音と共に2体のアハトドの頭上にある天井が崩落し、同時に紅い雷を纏った巨大な漆黒の杭と深紅の槍が凄絶な威力を以て飛び出した。
スパークする漆黒の杭は、そのまま眼下のアハトドをまるで豆腐のように貫きひしゃげさせ、深紅の槍はもう1体のアハトドの脳天を貫くよりも早く、槍が纏う電撃によってアハトドの体を蒸発させてしまった。全長120㎝ほどの巨杭と全長2mほどの槍がそのほとんどを地面に埋もれさせ、それを中心に血肉を撒き散らして原型を留めていないほど破壊され尽くした2体のアハトドの残骸に、眼前にいた香織と雫はもちろんのこと、光輝たちや彼等を襲っていた魔物たち、そして魔人族の女までもが硬直する。
戦場には似つかわしくない静寂が辺りを支配し、誰もが訳も分からず呆然と立ち尽くしていると、崩落した天井から2つの人影が飛び降りてきた。その2人の人物は、香織たちに背を向ける形でスタッと軽やかにアハトドの残骸を踏みつけながら降り立つと、周囲を睥睨する。
そして、肩越しに振り返り背後で寄り添い合う香織と雫を見やった。
「・・・相変わらず、仲がいいな、お前ら」
「仲良しなのはいいことだろ。なんにせよ、間に合ったみたいだな」
苦笑いしながら、そんな事を言う彼らに、考えるよりも早く香織の心が歓喜で満たされていく。
そして、雫もその声に「まさか・・・」と思いをはせる。
その2人は、最後に会ったときと比べても違うところが多すぎる。
だが、彼らは、香織と雫が探し求めていた人物だった。
「ハジメくん!」
「峯坂君、なの・・・?」
「それじゃあ、ミュウを頼んだぞ」
「うむ、わかった、ツルギ殿」
「ミュウは妾たちに任せよ」
「あぁ、ミュウも・・・」
「うむ、ちゃんと妾たちの言うことを・・・」
「ティオのことを頼んだぞ」
「あれ?むしろ妾がツルギ殿に心配されとる感じかの?」
ひそかにミュウをティオの教育係にしようと画策しているツルギの図。
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え~とですね、最近になってバイトをすることになりました。
あくまで日雇いのやつなんですが、たぶん今後の更新頻度とクオリティに影響がでるかもしれません。
なので、多少手抜きになってしまうところがあるかもしれませんが、できれば大目に見てもらえると助かります。
最近になって、すごい疲れがたまってきてしまったので。
それでも、こうして執筆するのは楽しいので、やめる気はありませんが。