魔人族の女を殺した後、ハジメをシアのところに向かわせて、俺はティアの下へと向かった。
いくら覚悟していたとはいえ、目の前で同族が、それも俺が殺したのだ。考えるまでもなく、少なくないショックを受けているだろう。
「ティア、大丈夫か?」
「ツルギ・・・ちょっといいかしら」
そう言うと、ティアは俺の胸に顔をうずめた。
「しばらく、こうさせて・・・」
「・・・あぁ、わかった」
俺はティアの頭を撫でながら慰める。
少しの間そうしていると、俺たちのところにハジメたちがやってきた。
「シア、メルドさんの容態はどうだった?」
「危なかったです。あと少し遅ければ助かりませんでした。・・・指示通り“神水”を使っておきましたけど・・・良かったのですか?」
「あぁ、この人にはいろいろと世話になったし、実力、人格ともに亡くすには惜しい人だ。それに、勇者パーティーの教育係に変なのがついても困るしな。まぁ、ちゃんと教育しきれていないようだが」
ちなみに、俺の言う“変なの”は、エヒト狂信者の幹部たちのことだ。メルドさんは、俺の忠告を真剣に聞き入れるくらいには正気を保っている。この人なら、いろんな意味で信頼できる。
そうして話している内にティアはなんとか立ち直ったようで、いったん俺から離れる。
「ありがとう、ツルギ。もう大丈夫よ」
「そうか。でも、無理はするなよ」
「えぇ、わかっているわ」
どうやら、完全ではないようだが、なんとかなったようだ。
そこに、天之河たちが俺たちのところにやってきた。
「おい、峯坂。なぜ、彼女を・・・」
「ハジメくん・・・いろいろ聞きたい事はあるんだけど、取り敢えずメルドさんはどうなったの?見た感じ、傷が塞がっているみたいだし、呼吸も安定してる。致命傷だったはずなのに・・・」
天之河がなにやら俺たちに問い詰めようとしたが、白崎がそれをぶった切ってハジメに問いかける。
ていうか、何気に呼び方が“南雲くん”から“ハジメくん”に変わってるんだが。ようやく、自分の気持ちを自覚できたのか。
「ああ、それな・・・ちょっと特別な薬を使ったんだよ。飲めば瀕死でも一瞬で完全治癒するって代物だ」
「そ、そんな薬、聞いたことないよ?」
「そりゃ、伝説になってるくらいだしな・・・」
一応、俺とハジメで神結晶と神水を作る試みは何度も行っているのだが、今のところはせいぜい劣化版の神結晶を作るのがやっとで、神水はもってのほかだ。
それにハジメの話だと、神水の出なくなった神結晶に魔力を込めても神水は出なかったという話だし、量産はできそうにない、というのが俺とハジメの見解だ。
「おい、南雲、メルドさんの事は礼を言うが、なぜ、かの・・・」
「ハジメくん。メルドさんを助けてくれてありがとう。私達のことも・・・助けてくれてありがとう」
そこで天之河がまた口を開こうとするが、再び白崎によって遮られてしまう。
ていうか、さっきもそうだったけど、白崎、俺のことをちょいちょい忘れてるよな。一応、俺もメルドさんを助けた一人のはずなんだが。
「ハジメぐん・・・生きででくれで、ぐすっ、ありがどうっ。あの時、守れなぐて・・・ひっく・・・ゴメンねっ・・・ぐすっ」
だが、ハジメの胸にしがみついて泣き始めたのを見て、言葉を引っ込めてため息をつくにとどめる。さすがに、ここで水を差すような真似はしない。
それよりも、俺の方もやるべきことをしなきゃな。
俺は、八重樫の方に向き直る。
見てみれば、八重樫の目じりにはうっすらと涙が溜まっているのが見える。
「あ~、八重樫?」
「・・・なに?」
「その、なんだ、約束を守るのが遅くなって悪かったな。見ての通り、俺は無事だからな。今回助けたことと合わせて帳消しってことにしてくれないか?」
「・・・そうね、今回助けてくれたことには感謝するわ。けど・・・」
そう言いながら八重樫は俺に近づき、俺の額に強めのデコピンをした。
別に俺なら避けることはできるが、これは罰なのだからと、甘んじて受け入れた。
「それとこれとは話が別よ。だから、これで勘弁してあげる」
「へいへい・・・」
とりあえず、八重樫に許してもらえたし、約束も果たすことができたと考えていいだろう。
ただ、後ろからすさまじい視線を感じる。
そう、ティアだ。俺の方からティアは見えないし、八重樫も死角になっていてよくは見えていないのだろうが、ティアがすごいジト目を向けているのがわかる。
一応、ねちねちとしたものは感じられないのが、唯一の救いか。
「・・・ふぅ、香織と雫は本当に優しいな。クラスメイトが生きていた事を泣いて喜ぶなんて・・・でも、峯坂は無抵抗の人を殺したんだ。人殺しを止めようとしなかった南雲共々、話し合う必要がある。もうそれくらいにして、彼らから離れた方がいい」
そこに、天之河が無理やりハジメと白崎の間に割り込んで引きはがそうとし、俺をにらみつけてくる。
こいつ、本当に空気が読めないというか、そういうところでバカだな。クラスメイトからも「お前、空気読めよ!」みたいな視線を向けられているのに、それにまったく気づいていないようだ。
「ちょっと、光輝!南雲君と峯坂君は、私達を助けてくれたのよ?そんな言い方はないでしょう?」
「だが、雫。彼女は既に戦意を喪失していたんだ。殺す必要はなかった。峯坂がしたことは許されることじゃないし、止めなかった南雲にも問題がある」
「あのね、光輝、いい加減にしなさいよ?大体・・・」
なおも食い下がろうとする天之河を八重樫が目を吊り上げて反論する。
クラスメイトたちはオロオロするばかりだったが、檜山たちが天之河の方に加勢して俺たちを批判し始めた。
やれ、人殺しは悪いだの、やれ、魔人族と一緒にいるから信用できないだの、好き勝手言ってくる。
ていうか、人殺しに関しては檜山も人のこと言えないだろう。結果的に未遂に終わったとはいえ、まず間違いなくハジメを手にかけようとしたわけだからな。
そんなこんなで、俺たちに関する議論が次第に白熱していく。
こういうときは誰かが静めてほしいのだが、八重樫は議論をしている中の1人だし、白崎は何やら難しい顔で何かを考えている。
「・・・くだらない連中。もう行こう?」
そんな中で、ユエが絶対零度の声音で呟く。
それはあくまで小さな呟きだったが、天之河たちの喧騒の中でも明瞭に響いた。天之河たちも、思わず言い合いをやめた。
ユエの意見にハジメも賛同し、俺もティアを連れてその場を離れようとしたが、再び天之河が呼び止めた。
「待ってくれ。こっちの話は終わっていない。南雲と峯坂の本音を聞かないと仲間として認められない。それに、君は誰なんだ?助けてくれた事には感謝するけど、初対面の相手にくだらないんて・・・失礼だろ?一体、何がくだらないって言うんだい?」
「お前の言ってることほぼ全部だろ」
天之河の言葉を、俺がぶった切る。
さすがに、ここまでふざけたことを言われるのは俺にも我慢ができない。
「峯坂、全部がくだらないとはどういうことだ?俺は、人として当然のことを言っているだけだ」
「・・・くだらないことしか言えないお前に指摘させてもらうがな、お前は人殺しが許せないんじゃない、単に人死にを見たくなかっただけだ。本当は自分がこの世界を救うはずだったのに、自分にできなかったことを、落ちこぼれだったハジメやお前に説教をした俺が簡単にやってのけたことが気にくわなかった、その八つ当たりをしているだけだ。だが、結果的にお前たちを助けたことに変わりがないし、人殺し自体を責めるのはお門違いだと分かっている。だから、
「だ、だが、人殺しは悪いことだろう!」
「・・・なら聞くが、例えばメルドさんが同じようにこの女を殺したとして、お前は同じようにメルドさんを責めるのか?」
「なっ・・・」
天之河は俺の言葉にたじろぐが、俺は気にせずに畳みかける。
「人殺しが悪いことだというなら、今までに魔人族を殺してきた兵士たちは人殺しの犯罪者なのか?魔人族を殺すために剣を振るっている兵士たちは犯罪者予備軍か?俺たちは人殺しをしたから悪いというのに、王国の騎士たちを殺した魔人族の女は悪くないとでも言うつもりか?」
「そ、それは・・・」
「たいした考えも持たず、この程度で言いくるめられるというなら、それをくだらないと言わずしてなんと言うんだ。いいか?これは戦争で、殺し合いだ。殺される覚悟も、殺す覚悟も持たず、ただ目の前の現実から目を逸らし続けるというなら、それはただの足手まといでしかない。最初から戦うなんて言うな」
そして俺は、とどめの一言を放つ
「この結果は、お前自身が引き起こしたものだ。何も理由を持たず、何も考えず、困っている人がいるからというだけで、周りも巻き込んで殺し合いに参加することを勝手に決めた、お前の無責任の代償だ」
「なっ、そ、そんな・・・」
俺の言葉に、天之河は崩れ落ちる。
周りには俺を非難しようとする者もいたが、俺が一睨みするとすぐに言葉を引っ込めた。
今、俺が言ったことは、別に私情だけではない。
俺たちがこの場所にピンポイントで降り立つことができたのは、ちょうど上階を走っているときに膨大な魔力の奔流を感じ取ったからだ。魔力量の多さから、天之河の“限界突破”の最終派生“覇潰”であると察し、ハジメのパイルバンカーと俺の疑似ゲイボルグ(剣製魔法で生成した槍を電磁加速によって飛ばす遠距離攻撃で、仮に外しても雷魔法を付与して半径1mほどを蒸発させることも可能)で貫いた。
同時に、あれほどの力なら魔人族の女や使役する魔物を倒すこともできるはずだと分かっていた。
だからこそ、あの場で人殺しをためらい、あの窮地を招いたということも看破したのだ。
「まったく、一応、俺も忠告したはずですよね、メルドさん」
俺の言葉に、天之河たちがメルドさんの方に振り向く。
そこには、なんとか意識を取り戻して立ち上がっているメルドさんの姿があった。
どうやら、少し前に意識を取り戻して、俺たちのやり取りを聞いていたようだ。まぁ、俺が気付いたのもついさっきだが。
「おい、峯坂!メルドさんを悪く言うのは・・・」
「よせ、光輝。ツルギの言う通りだ」
天之河がメルドさんを責めた俺を非難しようとするが、その前にメルドさんが割って入る。
そして、メルドさんはハジメの前に立ち、頭を下げた。どうやら、「絶対に助ける」と言っておきながら、あの時にハジメを助けることができなかったことを気にしていたらしい。ハジメからすれば、とっくに忘れていたことだろうが。
そして、今度は天之河たちの前に立ち、また深々と頭を下げた。
今回の件、どうして天之河たちが人殺しの自覚がなかったと言えば、天之河本人の問題も十分にあるが、メルドさんにも責任がある。
実はメルドさんは、いつかは盗賊なりなんなりをけしかけて天之河たちに人殺しを経験させようとはしていたらしいが、結局、情に流されてしまい「もう少し、あと少し」を繰り返していたところで、今回の件が起きたという。
メルドさんの言葉に、天之河たちは少なからず動揺していた。まさか、メルドさんが自分たちに人殺しをさせようとしていたとは思っていなかったらしい。
最後に、メルドさんは俺のところにやってきて頭を下げた。
「すまない、ツルギ。お前の言っていた通りにしていれば、今回のような事件は起きなかったはずだ」
「メルドさんの気持ちがわからないとは言いません。ですが、情に流されて問題を先延ばしにするのは、教育者としては問題があると言わざるを得ませんよ」
「あぁ、わかっている」
「別に俺に謝罪はいりませんが、どうしてもというなら、今後はこのような半端はしないでください。でなければ、本当に誰かが死にかねませんからね」
別に律義に俺のところにまで謝罪に来なくてもよかったのだが、それを言ったところでメルドさんは納得しないだろう。だから、とりあえず言っておきたいことは言っておいた。
だが、この後がまずかった。
「・・・どうしてなんだ」
震える声でそう呟いたのは、やはりというか、天之河だ。
「どうして峯坂は、そう平然としていられるんだ!」
「人を殺す自覚も覚悟もある。それだけだ」
「なんでだよ!なんでそんな簡単に殺すことができるんだよ!」
「・・・それを言って、お前が理解できるとでもいうのか?」
俺が説教をしてもなお、考えを改める気配が微塵もない天之河に、俺も苛立ちを募らせる。
「あぁ、話してくれれば・・・」
「悪いが、話すつもりは微塵もない」
「なんでだ!俺たちは仲間だろ!」
「勝手なことを言うな。俺は、お前に理解できるとも、理解してもらおうとも思っていない。
実の母親に殺されそうになって、逆に殺した奴の気持ちなんてな」
場の空気が、凍り付く。
そこで、俺は口を滑らしたことに気づいて舌打ちする。
まさか、ここでこのことを言ってしまうとは思わなかった。我ながら、感情的になりすぎたようだ。
「峯坂、お前・・・」
「おら、早く行くぞ。ここにいたら、いつ魔物がくるかもわからないからな」
天之河が俺に話しかけようとするが、無理やり話を切って背を向け、出口を目指した。
「ツルギ・・・」
後ろからティアが気づかわし気に声をかけてきたが、俺はそれを聞こえないふりをして無視し、出口に向かって歩いた。
「おら、さっさと行くぞ」
「あ、峯坂君、ちょっと・・・」
ぱさっ
「・・・白崎、なんだこれは」
「・・・ち、違うの、これはただの元気のでるお薬・・・」
「なわけあるか!」
「・・・八重樫・・・」
「・・・ごめんなさい、峯坂君、止められなかったわ・・・」
シリアスの後に白崎が無断でハジメのシャツを持ち出していたことが露見した現場。
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今回はちょっと短めです。
そして、気になっていた方が大勢いた、ツルギの過去をちょろっと出しました。
本格的に話すのは、修羅場を挟んでからになりますが。