「さて、どっから話そうかな・・・」
俺の過去を話そうと思ったら、話すことが多すぎて悩む。
まぁ、無難に最初から話せばいいか。
「俺の生まれた家ってのは、いたって普通の家庭だった。父さんは会社で働いていて、母さんは専業主婦。両親の仲は良好で、十分な衣食住も確保できていた。少なくとも、普通に生活する分にはなにも問題はなかった。ただ、母さんが実家と仲が悪かったらしくてな、半ば絶縁状態だったらしい」
もちろん、俺は詳しいことを知っているわけではなく、ただそういう事実があるという情報としか知らない。
ただ、そのような事情があってか、母さんは父さんによくべたついていたというか、甘えていたように思う。幸い、依存というほどひどくはなかったと思うが。
まぁ、それはともかく、俺たち家族はそんな幸せな日常を過ごしていた。
だが、その日常が急に終わりを告げたのは、俺が5,6歳の頃だ。
「ある日、父さんは仕事の帰り道で何者かに殺された。警察・・・こっちだと警邏って言えばいいのか?まぁ、その警察からは、通り魔による犯行だって聞いた」
その日は俺の誕生日で、父さんが帰ってくるのを心待ちにしていた。だが、やってきたのは警察による父さんの死亡の事実だった。
通り魔に包丁で刺されて死亡したと、警察から説明された。
母さんはこれを聞いて、膝から崩れ落ちてしまった。俺が慰めても、父さんの葬式を行っている最中も、悲しみに暮れていつも泣いていた。
そして、そうして何日ほど泣いていたのだろうか。母さんの態度が急変した。
「母さんは、父さんが死んだ原因の全部を俺のせいにした。俺のせいで、父さんが死んだってな」
もちろん、傍から見れば言いがかりもいいところだ。俺が負うべき責任など微塵もない。
だが、母さんの実家は半絶縁状態で何の連絡もコンタクトもなく、父さんの両親もすでに亡くなっていた。次第に俺は、本当に俺のせいで父さんが死んでしまったのだと思ってしまった。
そこから始まったのは、母さんからの虐待の日々だ。
殴る蹴るは当たり前、ご飯も三食抜きなんて珍しくなかった。時には、テーブルの脚に縄で括り付けられて熱湯をかけられることもあった。
虐待を受けている間、俺は家の外に出ることを許されず、学校にすら行けなかった。外に出ようとした日には、説教と言う名のより激しい暴力を受けることになった。
それでも俺は、決して反抗しなかった。もしかしたら、いつかはあの時の優しい母さんが戻ってくれると信じていたから。すぐに俺を殺さないのは、まだあの時の優しさが残っているからだと信じていたから。
だが、その時は来なかった。
そんな日々が、1年ほど続いただろうか。いつまで経っても姿の見えない俺や、時折聞こえてくる怒声にいよいよ不審に思った近所が、警察に通報した。
そして、警察が玄関の前に押し寄せたところで、とうとう母さんは最後の一線を越えた。
母さんは、俺に包丁を突き出してきたのだ。
本能的に殺されると悟った俺は、突き出された包丁を這う這うの体で躱した。なんとか体を起こして見た母さんの目は、もはやあの時の優しさは残っていなくて、飽和してどろどろになった負の感情で満たされていた。
そして、とうとうわかってしまった。
もう、あの頃の日常に戻ることはできないと。
俺はなんとかしてその場から逃げようとしたが、日々の虐待で傷ついた俺の体ではそれすらできなかった。
『あんたがっ、あんたがいなければ!』
そう言って母さんが俺に覆いかぶさったところで、俺の記憶があいまいになっている。おそらく、無我夢中で母さんに抵抗していたのだろう。
そして、気づいた時には、包丁は俺が持っており、母さんの心臓を深く貫いていた。
その最期の言葉は上手く聞き取れなかったが、俺への怨嗟の言葉だったと思う。
「あれからもう10年以上経つけど、今でも鮮明に思い出せるよ。肉を貫く感触に、飛び散る血液の温度、そして、だんだん冷たくなっていく母さんの体温を」
今でも、俺の手を眺めているときに、びっしりと手にこびりついた血を幻視することがある。
「その後、俺は返事がないことを不審に思って強行突入を行った警察官によって保護された。その1人が、俺の今の親父だ」
なんの偶然か、親父は父さんの親友だったようで、もし自分たちの身に何かあったら俺を頼むように言っていたらしい。
そうして俺は、親父に引き取られた。
だが、親父に引き取られた俺は心の殻に閉じこもったままだった。
「実の母親に殺されそうになった俺は、他のすべてを信じることができなくなった。時には、俺に話しかけてくる人を傷つけることもあった」
あの時の俺は、他のすべてを信じることができず、ただただ拒絶するだけだった。
そんな俺に見かねたのか、親父が話しかけてきた。
『なぁ、ツルギ、お前は何が怖いんだ?』
『・・・ぜんぶ。もう、なにもしんじられないから』
『・・・悪いが俺は、お前からその恐怖を取り除くことはできない。結局、お前の心の問題だからな』
『・・・』
『だが、その手伝いをすることはできる』
『・・・?』
『お前が他のなにもかもが信じられなくて怖いというなら、それに立ち向かうだけの強さを、お前に叩き込んでやる。そうすれば、お前はそうして怯えることはなくなるし、前に進むことができる』
『・・・でも・・・』
『俺のことも信用できない、だろう?なに、無理に俺を信用しろとは言わない。ただ、お前はお前のために強くなればいい。俺は、その手伝いをするだけだ。それでも俺が信用できないと言うなら、俺を信用してもらうまで続けさせてもらうからな』
それは、傷ついた子供に贈る言葉としては、あまりにふさわしくないだろう。結局のところ、突き放しているのと大差ない。
それでも、俺にとっては救いの言葉そのものだった。
それから俺は、あの時の恐怖を乗り越えるための強さを手に入れるための日々を始めた。
誰のためでもなく、自分のために。
最初は、鍛錬のための体づくりから始まり、次第に武術の基礎を習い始めた。
幸か不幸か、俺には武術、正確には戦いの才能があることがわかった。
そこから俺は、のめりこむように自分を鍛えていった。
親父に引き取られてから学校にも通うようになったが、学校が終わって家に戻ったらすぐに鍛錬を始めるような日々が続いた。
親父から、時には休憩しなければすぐに折れてしまうとも教わり、自分の趣味を作ったりもした。
だが、当時の俺は非常にストイックだったこともあり、友達らしい友達もいなかった。その結果、親父がやっていたようなゲームにハマることになった。
「・・・なんだか、それだけ聞いていると、ハジメと仲良くなったのがすごい不思議に思えてくるのだけど」
「まぁ、言われてみればそうか。ハジメと出会ったのはな・・・」
俺がハジメと出会ったのは、中学1年の時だった。
当時の俺はこれと言った友達がおらず、一人でゲームをして暇をつぶすことがほとんどだった。
ある日、いつも通りに図書室の隅の方でゲームをしていると、
『あれ?君もそのゲームをやってるの?よかったら、一緒にやらない?』
不意に後ろから声をかけられた。それがハジメだ。
当時のハジメも両親の影響を受けてオタク街道まっしぐらで、俺と同じく親友と呼べる者がおらず、周りから浮き気味だった。だから、同じ趣味を持っていた俺が珍しかったのだろう。
あの時の俺も、「わざわざ俺に話しかけてくるなんてもの好きなやつだな」と言いながらも、ハジメの申し出を受け入れて対戦したりした。
普段ならそのような誘いなど一蹴していただろうが、俺としても話しかけてきたハジメが珍しかったのと、なんやかんや言って一人はつまらなかったこともあって、引き受けたのだと思う。
対戦の結果は、最終的に5分5分だった。俺もそれなりに自信があったのだが、まさか勝ち越せないとは思わなかった。
それはハジメも同じだったようで、
『よかったら、また対戦しない?』
などと言ってきた。俺も引き分けのままなのは嫌だったから、二つ返事で了承した。
そうやって対戦を繰り返していくうちに仲良くなっていき、互いの家にお邪魔するほどの仲になった。
余談だが、俺が親父に「友人を家に上げてもいいか?」と言ったら、親父が「ツルギ!とうとうお前にも親友ができたのか!てっきり俺は、お前はこのまま一生ぼっちで過ごすのかと・・・」などと言ってきたため、思い切りボディブローを叩き込んだ。さすがに、あの言い方は失礼だと今でも思う。
まぁ、そうしてハジメと共に過ごしているうちに、俺はハジメに興味を持ち始めた。
ハジメの、その在り方に。
「ハジメの在り方って、もしかして、向こうでも・・・」
「いや、さすがにそれはないからな。ていうか、だいたい逆だ。日本にいた頃のあいつは、基本的には事なかれ主義だし、暴力沙汰なんてもってのほかだ。それこそ、不良相手に土下座をかますくらいにはな」
「え、えぇ・・・?」
ティアの頭は疑問符で埋め尽くされていた。
今のハジメは「敵は殺す、これ基本」な状態なのだから、わからないでもない。
「それでも、奈落に落ちても変わらなかったのは、一度決めたことは絶対に曲げない、芯の強さだ。いざというときには、その身をなげうってでも解決しようとするし、行動してから身を引いた事は一度もなかった」
最近で言えば、ベヒモスのときがそうだ。あの時のハジメは、クラスメイトを助けるために自分からベヒモスに突っ込み、錬成を駆使してベヒモスの動きを止めた。
白崎がハジメを意識するきっかけになった事件だってそうだ。
あれだって、俺が父さんに連絡しておけばそれで済んだ話だったのに、ハジメはあのおばあさんと子供を助けるために、往来で土下座をするという羞恥プレイをためらいもなく敢行した。
「・・・なんか、全然想像できないのだけど」
「まぁ、今はだいぶ過激になっちまってるからなぁ・・・まぁ、あの時の俺は、疑問に思っていたんだよ。どうして、そんなことができるんだってな」
日本にいた頃のハジメは、極端に運動ができなかったわけではないが、がっつりインドアだったこともあって運動神経は中の下くらいだったし、俺が「武術を習わないか?」と誘っても全力で首を横に振った。
あのときのハジメには、俺が持っていたような力はない。オタクであることを除けば、周りの一般人となんら大差ない程度でしかなかった。
なのに、ハジメの在り方は、俺が見てきた中で最も“強い”在り方だった。
だからこそ、俺は疑問に思った。
どうして“力”がないのに、“強く”いられるのか、誰かのために動くことができるのか。
その答えは1つ。ハジメが強いのは“体”ではなく、“心”だからだ。
そして、ハジメの在り方を知った俺は、あることに気づいた。
俺が自分のために磨いてきた“力”は、自分だけでなく他の“誰か”のために使えるのではないか。
そのことに気づいたのは、まぎれもなくハジメのおかげだった。
だからこそ、俺にとってハジメは、親友であり、憧れであり、恩人なのだ。
「だから俺は誓ったんだ。たとえ何があっても、俺はハジメの味方でいようってな」
ハジメのおかげで、俺は自分の在り方の新たな可能性に気づくことができた。
だから、そのことに気づかせてくれたハジメを、俺がハジメに足りない部分となって守ろうと、何があってもハジメのことを信じようと、そう決めたのだ。
今となっては、俺とハジメの在り方が半ば逆転しているようで、皮肉もいいところだが。
「後は、ティアに話したりハジメも知っていることばっかだな」
「・・・ツルギに昔なにがあったのかはわかったわ。でも、どうして話してくれなかったの?」
ティアの言うことももっともだ。
俺も、話した方がいいとはわかっていたが、どうしても話す気になれなかった。
「俺がティアに話さなかった理由は、1つはティアにあまり余計な荷物を背負わせたくなかったから。もう1つは、情けない話なんだが、自信がなくなりそうだったからだ」
「自信って?」
「俺がティアを好きになったのは、同情心からなのか、そう思いそうになってな。そんなんで、本当に俺のことを好きでいてくれたティアに、俺も胸を張ってティアのことが好きだって言えるのか、不安になったんだ」
それは、最初にティアを助けた時も同じだ。
あの時ティアに手を差し伸べたのは、ただの同情心からじゃないのか、ただの傷の舐め合いではないのか。
そんなことはないと思っていても、どうしてもその可能性が頭の中から離れなかった。
そして、
「ティアがそれを知った時、軽蔑されるんじゃないかって、怖くなったんだ」
それが、一番怖かった。
俺の中で、ティアが大きな存在になっている。それは間違いない。
だからこそ、ティアが俺から離れることがとても怖くて、堪えられなかった。
その結果、今日俺が口を滑らせるまで、俺の過去の話をしなかった。
それだけ言って、俺はティアの反応をうかがった。
やっぱり、軽蔑されてもおかしくは・・・
「・・・バカ」
「え・・・?」
気付いたら俺は、ティアの胸の中に抱きしめられていた。
突然の行動に、俺は困惑するしかない。
「え・・・っと、ティア・・・?」
「私は、何があってもツルギのことが好き」
「あ・・・」
その言葉が、俺の心に沁みわたった。
俺の目頭が、だんだん熱くなってきた。
「私は、何があってもツルギのことを軽蔑したりなんてしない。だって、ツルギが私のことを好きな気持ちは本当だって、信じているから」
「てぃ、あ・・・」
「だから私は、ツルギの力になりたかった。ツルギの支えになりたいって思った。だから、ツルギのことを知りたいって、ツルギのことを受け止めたいって、そう思っていた。それなのに、私のことを信用してくれなかったなんて、本当にツルギはバカだわ」
「ごめ、おれは・・・」
「私は、どんなツルギでも受け止めるから。だから、我慢しないで」
「う、うぅ・・・」
「私は、何があっても、ツルギと一緒だから」
俺はティアの胸の中で、いつぶりかもわからない涙を流した。
泣き方なんて、もうわからない。だから俺は、黙って涙を流し続ける。
そんな俺を、ティアはただ黙って俺を抱きしめて、頭を優しく撫でてくれる。
それがうれしくて、俺は思わずティアにしがみつく。
ティアは少しも嫌がらずに、いつまでも俺を抱きしめて頭を撫で続けてくれた。
この日、俺とティアの距離がさらに縮まったと実感できた。
それが、とてもうれしかった。
* * *
「・・・えれぇもん聞いちまった」
「ん・・・」
「ですねぇ・・・」
「さすがに、罪悪感が湧いてきたのう・・・」
「峯坂君に、こんな過去があったなんてね・・・」
「たしかに、これは予想以上だったな・・・」
ツルギがティアに過去話をしていたとき、実はハジメたちもこっそりと話を聞いていた。
ハジメとしては、今まで長い間一緒にいながらも全く知らなかった事実に、衝撃を隠せないでいる。
他の者たちも、興味半分で聞いた事を後悔していた。
「・・・私たちは、どうすればいいんでしょうか」
「・・・ツルギといつも通りに接する。これが一番だと思う」
「そうじゃのう。ツルギ殿は、1人になることを恐れておったようだし、それがよい」
「これからも、友達でいようってことでいいのかな?」
「あるいは、仲間でいることも大切だろう。さて、そろそろ戻ろうか。これ以上は、私たちはお邪魔虫なだけだ」
ハジメたちは、今夜は剣とティアを2人きりにさせてあげようと決めてその場からこっそり立ち去ろうとした。
のだが、突如として足下に魔法陣が現れた。
「なっ、これは!?」
「・・・ん、ツルギがあらかじめ仕掛けたトラップ」
「まさか、私たちが来るとわかってて!?」
「さすがツルギ殿、抜け目がないのう」
「ちょっと、どうするの!?」
「さすがに、無効化するには時間がないな」
対覗きのためにツルギがあらかじめ仕掛けていたトラップに香織やシアは慌てるが、ハジメはすぐに落ち着きを取り戻す。その視線は、真っすぐとティオに向けられている。
「ご主人様、まさか・・・」
「おら、駄竜。さっさと身代わりになりやがれ」
そう言ってハジメは、ティオの襟をつかんで思い切り投げ飛ばし、自分たちは素早く魔法陣の外に退避する。
すると何十本も現れた鎖はすべてティオに向かい、これでもかというくらいに巻きつく。数十秒後には、鎖でできた玉が出来上がっていた。
中からなにやらくぐもった声が聞こえてくる。詳しいことはわからないまでも、なにやら興奮しているようにも聞こえる。
「よし、行くか」
「・・・ん」
「ティオさん、なんと業が深い・・・」
「・・・治した方がいいのかなぁ」
「・・・白崎殿、頼む、ティオ様を治してくれないか」
ハジメたちはそれぞれの反応をとりながら、ティオを放置してそれぞれ寝床にむかった。
「・・・ツルギ、これなに?」
「対覗きトラップだ。だが、変態しかかかっていないな。ハジメたちには逃げられたか」
「・・・どうするの?」
「放置でいいだろ。中の変態も興奮しているみたいだし」
「・・・そう」
突然のシリアスブレイクにどんな反応をとればいいのかわからないティアの図。
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はい、待ちに待ったツルギの過去話回です。
とはいえ、どこぞの原作ヤンデレとあまり変わらない感じではありますが。
そして、ネタはなるべく忘れない、これは自分の信条です。