「ひっぐ、ぐすっ、ひぅ」
あれから数分後、ハジメからしこたま叱られたミュウは泣きべそをかいていた。
周りの観衆や警備兵たちも、妙に静まり返っている。
まぁ、その理由はさらわれたはずの海人族の少女が突然空から降ってきたり、ハジメがそれを思い切り跳躍してキャッチしたり、今度は黒竜が背中に人を乗せて空から降りてきたというのもあるんだろうけど、やっぱミュウの
「ぐすっ、パパ、ごめんなしゃい・・・」
「もうあんな危ない事しないって約束できるか?」
「うん、しゅる」
「よし、ならいい。ほら、来な」
「パパぁー!」
そう、ミュウがハジメのことを“パパ”と呼んでいることに困惑を隠せないでいる感じだ。
ちなみに、先ほどの隊長格の人物には、俺が今度こそ懇切丁寧に説明した。イルワからの依頼書と俺たちが“金”ランクの冒険者である証も見せて。
それで、隊長も一応は納得してくれた。まぁ、後にもいろいろと事情聴取されそうな気もするが。
だが、今はハジメたちの方はそっとしておこう。どうやら、ティオと香織も相当心配していたようで、なにやら抱きついているし。
「ツルギ殿、少しいいか?」
すると、イズモに声をかけられた。
イズモの方を振り向くと、イズモは“変化”で子狐状態になり、俺の方に飛びついてきた。
俺が両手で抱えるようにして受け止めると、イズモは俺の腕の中で丸まった。
「イズモ?」
『私とて、心配だったのだ。だから、少しこのままでいいか・・・?』
「・・・わかったよ」
どうやら、心配をかけさせたのは俺も同じだったらしい。
俺はイズモを慰めるように頭を撫でる。
イズモも、気持ちよさそうにして喉を鳴らし、ティアもつられるように近づいてイズモを撫で始めた。
普段なら俺にジト目を向けそうなものだが、イズモは別らしい。やはり、旅の仲間ということで、ある程度は心を許しているということか。
「・・・そろそろいいか?」
そこに、隊長がちょっと複雑そうに声をかけてくる。先ほどから放置されたのは納得いかないが、なにやら大変なことがあったのは察したからどう声をかければいいかわからない、ということか。
まぁ、先ほどまでの警戒心丸出しの声とは違って、一定の敬意は払っているようだが。
「あぁ、すまない。こっちもいろいろとあってな。それじゃあ、まずはあの子の母親に会わせてもらってもいいか?諸々の事情聴取とかは、せめてその後にしてくれ。どのみち、しばらくはエリセンに滞在する予定だからな」
ぶっちゃけ、報告したところで、って話ではあるが。俺たちの知ってることなんて、もうとっくに王都に報告されているだろう。おそらく、救援を送る準備をしているはずだ。
「あぁ、それくらいはかまわない。それと、その子は母親の状態を?」
「いや、知らない。でも、心配はいらないだろ。こっちには最高の治療師がいるし、最高の薬もあるからな」
「そうか、わかった。では、落ち着いたらまた尋ねさせてもらおう」
そう言って、隊長はサルゼと名乗り、野次馬を散らして事態の収拾に入った。
どうやら、職務に忠実な人間のようだ。先ほどの高圧的な態度も、自分が隊長だと自覚しての行動だったらしい。
とりあえず、ミュウと話したそうにしている者たちを視線で制して、ハジメたちに呼びかける。
「ハジメ!ミュウ!そろそろ行くぞ!」
「わかったの、ツルギお兄ちゃん!パパ、パパ!早くお家に帰るの!ママが待ってるの!ママに会いたいの!」
「そうだな、早く会いに行こう」
ひさしぶりの我が家と母親との再会とあって、ミュウのテンションが高い。
ハジメやユエから聞いた話だが、やはり今までも母親が恋しかったらしく、夜になると甘えん坊になったりしていたらしい。
そんなミュウを横目に、俺は香織に小声で話しかける。
「とりあえず、ミュウの母親の方は頼んだぞ」
「えっと、ツルギくん、ミュウのお母さんって・・・」
「大丈夫だ。命に係わるようなものではないらしい。ただ、怪我がひどいのと、精神的なものだそうだ・・・精神的な方はミュウがいれば大丈夫だから、怪我の方を頼む。俺だと診察はできても、治療は専門外だからな」
「うん、任せて」
そんなことを話していると、奥の方から声から声が聞こえてきた。見てみると、玄関口に20代半ばくらいの女性が倒れこんでおり、なにやら必死そうな様子でいる。
「レミア、落ち着くんだ!その足じゃ無理だ!」
「そうだよ、レミアちゃん。ミュウちゃんならちゃんと連れてくるから!」
「いやよ!ミュウが帰ってきたのでしょう!?なら、私が行かないと!迎えに行ってあげないと!」
どうやら、誰かがミュウが帰ってきたことをミュウの母親に伝えたらしい。おそらく、レミアという名前がそうなのだろう。それで、居ても立ってもいられずに家から出ようとして、周りに押さえつけられてる、ってところか。
すると、ミュウがレミアと呼ばれた女性の声に反応して、顔をパアァ!!と輝かせ、精いっぱい大きな声で叫びながら駆け出していった。
「ママーー!!」
「ッ!?ミュウ!?ミュウ!」
ミュウは勢いよく走っていき、母親であろうレミアさんの胸元に笑顔で飛び込んだ。
レミアさんの方も、ミュウに何度も「ごめんなさい」と謝りながらも、二度と離さないと言わんばかりにミュウを抱きしめ、涙をぽろぽろと流す。
ミュウはそんなレミアさんに心配そうな目を向けながら、慰めるようにして頭を撫で始めた。
「大丈夫なの。ママ、ミュウはここにいるの。だから、大丈夫なの」
「ミュウ・・・」
レミアさんは、まさか自分の娘に慰められるとは思ていなかったのか、目を丸くする。
そして、今度はミュウがレミアさんを抱きしめ、そのことにレミアさんは苦笑しつつも、愛おしさが宿った瞳で再び抱きしめる。
まさに、親子の感動の再会だ。
俺もついウルっときてしまったし、ティアも涙をぬぐっている。イズモは子狐のままだが、暖かいまなざしをしているのがわかる。
ただ、喜んでばかりもいられない。
「ママ!あし!どうしたの!けがしたの!?いたいの!?」
ミュウが肩越しにレミアさんの足の状態に気づいたようで、悲鳴じみた声を上げる。
今のレミアさんの両足は、ロングスカートからのぞいている部分だけでも包帯でぐるぐる巻きにされている。
エリセンに向かう途中で兵士の1人から聞いたのだが、レミアさんはミュウが攫われた現場にいたらしい。
はぐれたミュウを探したところ、偶然、足跡を消している不審な男を発見し、とりあえずミュウの居場所を尋ねようとしたところ、いきなり詠唱を始めたらしい。それでミュウがいなくなったことに関与していると確信して足跡の続いている方に走ったのだが、もう一人の男に殴り倒され、そこに追い打ちをかけるように炎弾が放たれた。
上半身への直撃はなんとか避けたものの、足に被弾してそのまま吹き飛ばされ、気を失って流されていたところをミュウとレミアさんの捜索に来ていた自警団に保護された、とのことだ。
レミアさんは一命はとりとめたものの、時間経過によって神経をやられ、歩くことも泳ぐこともできない状態になってしまった、ということらしい。
ある意味、香織がいたのは幸運だったな。程度にもよるが、俺だと治しきれない可能性もあった。
やっぱり、パーティーに一人は治療師が必要だな。恩も売りやすいし。もちろん、ミュウの母親であるレミアさんに恩を売るなんてことはしないが。
「パパぁ!ママを助けて!ママの足が痛いの!」
「えっ!?ミ、ミュウ?いま、なんて・・・」
「パパ!はやくぅ!」
「あら?あらら?やっぱり、パパって言ったの?ミュウ、パパって?」
そんなレミアは、ハジメを“パパ”と呼ぶミュウにうろたえていた。頭にこれでもかというくらいに疑問符を浮かべているのが見える。
周りからも、ミュウの新しい“パパ”に歓声をあげる者もいれば、何やら勘違いで嫉妬やら絶望やらで危ない発言をしている者もいる。
どうやら、ミュウとレミアさんは親子そろってエリセンの人気者らしい。なにやら、ファンクラブらしき存在をちらつかせるような発言も聞こえている。
まぁ、ミュウがかわいいのはわかっているが、レミアさんも親なだけあってミュウとよく似た顔だちをしており、今は心労とかでやつれているものの、元に戻ればおっとり系美人になるような雰囲気を感じる。人気になるのも、当たり前といえば当たり前なのか。
・・・まさか、これの対処も俺がやる、なんてことはないよな。
ハジメのほうも「行きたくねぇなぁ」みたいな感じで顔を引きつらせているが、母親との再会を誰よりも待ちわびていたのはミュウだし、このままレミアさんと「仲いいですよ~」アピールをしておけば、メルジーネ海底遺跡攻略への足掛かりにもなるだろう。少なくとも、情報と諸々の食料くらいはくれそうだ。
そんなわけで、俺はハジメの肩をポンとたたき、「いいからさっさと行け」と促す。
ハジメも観念したようで、肩を落としながらもレミアさんのところに向かった。
「パパ、ママが・・・」
「大丈夫だ、ミュウ・・・ちゃんと治る。だから、泣きそうな顔するな」
「はいなの・・・」
ハジメが泣きそうな顔になっているミュウの頭をくしゃくしゃと撫でているが、レミアさんの表情はポカンとしたままだ。
まぁ、ミュウが人間族のハジメを“パパ”と慕っているんだから、当たり前ではあるが。
だが、周りの騒ぎがさらに多きくなっている。早めに治療を始めた方がいいだろう。
「ハジメ、早く運んでくれ。周りが騒がしくなってきた」
「わーってるよ・・・悪いが、ちょっと失礼するぞ」
「え?ッ!?あらら?」
そう言いながら、ハジメはレミアさんをひょいとお姫様抱っこで持ち上げた。
別にそこまでしろとは言ってないが、足を怪我しているわけだから仕方ない、と思いたい。
周りから悲鳴とか怒号が聞こえるが、俺がにっこりと殺気を放って黙らせる。
俺の「ちょっと黙ろうな?」という言外の圧力を感じたようで、観衆はいったん黙ってくれたが、どのみち後の説明は必要だろう。それも、たぶん俺がやることになるんだろうなぁ。
いったん観衆を帰らせた俺は、先に中に入って行ったハジメたちの方に行く。
中に入ると、レミアさんはソファに座っており、ちょうど香織が診察を終わらせたところだった。
どうやら、香織の回復魔法でも治るらしい。ただ、どうしてもデリケートな場所なだけあって、後遺症を残さずに治すためには3日ほどかける必要があるとのことだ。
それでも、後遺症なく治ってよかった。
その後は、当然と言うか、どうしてミュウがハジメのことを“パパ”と呼ぶのかを聞かれ、事の経緯を話すことにした。
具体的には、フューレンでのあれこれとハジメを“パパ”と呼ぶようになった経緯だ。
香織に治療されながら話を終えると、レミアさんはその場で深々と頭を下げ、何度もお礼を言った。
「本当に、何とお礼を言えばいいか・・・娘とこうして再会できたのは、全て皆さんのおかげです。このご恩は一生かけてもお返しします。私に出来ることでしたら、どんなことでも・・・」
「別に、お礼なんていいですよ。ミュウのことに関しては、俺たちもどうにかしたかったからやっただけですからね」
一応、お礼に関しては俺が丁寧に断ったのだが、レミアさんもお礼の一つくらいはしないと気がすまないようで、なかなか引き下がらない。
俺たちとしても、ミュウの手前、本当にお礼をせびるようなことはしたくない。
そこで、香織が治療を終えたようで顔を上げた。
「ハジメ君、ツルギ君、治療はひとまず終わったよ」
「そうか。なら、俺たちは宿を探すので、ひとまずはこれで」
「それなら、ぜひ我が家に泊まってください」
これは、まさかの申し出、というか懇願だった。
さすがに、人の家に泊まらせてもらう方が気が引けるのだが・・・
「どうかせめて、これくらいはさせて下さい。幸い、家はゆとりがありますから、皆さんの分の部屋も空いています。エリセンに滞在中は、どうか遠慮なく。それに、その方がミュウも喜びます。ね?ミュウ、ハジメさん達が家にいてくれた方が嬉しいわよね?」
「? パパ、どこかに行くの?」
それはずるい。
ミュウが一緒にいたいと言うなら、それこそ断る理由がない。
ミュウの方も、もはや俺たちがこの家に泊まることが決定事項なようで、レミアさんの質問に首をかしげている。
ただ気になるのが、なにやらレミアさんから妙な雰囲気が・・・
「母親の元に送り届けたら、少しずつ距離を取ろうかと思っていたんだが・・・」
「あらあら、うふふ。パパが、娘から距離を取るなんていけませんよ?」
「いや、それは説明しただろ?俺達は・・・」
「いずれ、旅立たれることは承知しています。ですが、だからこそ、お別れの日まで“パパ”でいてあげて下さい。距離を取られた挙句、さようならでは・・・ね?」
「・・・まぁ、それもそうか・・・」
「うふふ、別に、お別れの日までと言わず、ずっと“パパ”でもいいのですよ?先程、“一生かけて”と言ってしまいましたし・・・」
そんなことを言いながら、レミアさんは頬を少し赤くし、片手をあてて「うふふ♡」とほほ笑んでいる。
普段ならそれだけでなごんでいるのだろうが、あいにく、今の俺たちの周りにはブリザードが吹き荒れている。
ていうか、ハジメはとうとう未亡人の人妻にまで手を出したのか・・・いや、手を出された、ってのが正しいのか?シアやティオみたいに。
「そういう冗談はよしてくれ・・・空気が冷たいだろうが・・・」
「あらあら、おモテになるのですね。ですが、私も夫を亡くしてそろそろ5年ですし・・・ミュウもパパ欲しいわよね?」
「ふぇ?パパはパパだよ?」
「うふふ、だそうですよ、パパ?」
ブリザードがさらに激しくなる。正直、今のユエたちの表情を見たくない。気配だけでも、「いい度胸だ、ゴルァ!!」と言っているのが伝わってくる。
だというのに、レミアさんは「あらあら、うふふ」とほほ笑むだけだ。
どうやら、レミアさんはかなりの大物らしい。それとも、未亡人の余裕から為せる態度なのか。
とりあえず、俺、ティア、イズモは「さすがに俺たちもいると窮屈になってしまうから」と比較的近くの宿に泊まることにした。あらかじめ「ご飯はそちらでごちそうになります」と言って、お礼を言い訳に使われないように先手をうって。
ハジメから「この裏切り者!!」みたいな眼差しを向けられたが、「そもそもてめぇの問題だろうが」と逆に睨み返しておいた。俺だって、親友とはいえ人様の交際関係にあまり首を突っ込みたくないし、ティアとゆっくりできる時間がほしいし、イズモをこれ以上精神的に疲れさせるわけにもいかなかったから、しょうがない、うん。
そういうことで、俺たちは宿に向かい、チェックインを済ませて部屋に入った。
そこでイズモも人型に戻り、ハジメとレミアさんのことについて話し合う。
「ツルギ、あれってどう思う?」
「一応、からかっているって感じではあったけど・・・あまり自信はない。ていうか、そもそも余裕のある未亡人の考えとか扱い方がわからない」
「私も、まだからかっているだけだとは思うが・・・自分の愛娘を助けてもらって、しかもその娘がハジメ殿を“パパ”と慕っているのだ。それに、レミア殿がハジメ殿を“パパ”と呼んでいるとき、割とまんざらでもないような気がしたのだが・・・」
「・・・とりあえず、俺たちはノータッチで行こう。どうせ、ハジメの問題だ」
「・・・それがいいわね」
「・・・あぁ、触らぬ修羅場に祟りなし、だな」
放置でもわりとキレられそうな気はするが、どうせハジメの問題であることに変わりはない。
ここは、ハジメに頑張ってもらおう。
少なくとも、ミュウもいるから、ぞんざいに扱うことはないはずだ。
「それはそうと、私まで同室でよかったのか?」
ハジメのことに関して一段落つくと、今度はイズモが俺たちにそう尋ねてきた。
まぁ、疑問に思うのも当然だとは思うが。
「なら逆に聞くが、イズモはあの修羅場の中にいたかったのか?」
「それは御免被る。だが、別室でもよかったのではないか?」
「それはそうなんだけどな、さすがにアンカジで不安がっていたやつをこっちで1人部屋にさせるのは気が引けるし、ティアもイズモを見てそわそわしてるからな。これくらいはいいだろ」
「う、バレてたのね・・・」
それはもちろん。ティアが俺を見ているように、俺もティアを見ているわけだし。
それに、こう言っちゃなんだが、イズモたちが心配している中、俺とティアは漂流中の潜水艇の中でヤるにはヤったわけだから、その罪悪感からというのもある。
俺はハジメと違って、ただ恋人といちゃつければいいというわけでもない。俺は周りのフォローも欠かさない男だ。
幸い、ティアもイズモにはだいぶ心を許している。
子狐イズモに心奪われている、という方が正しいかもしれないが。
結局、この日の夜は俺、ティア、間に子狐イズモという形で寝ることになった。子狐イズモは、ティアが抱えることになった。
・・・そういえばさぁ、冷静に考えれば、俺とティアって500歳以上の女性を撫でまわしたり抱いたりしてるんだよな。
それを自覚したら、なんかすごい複雑な気分になってきたぞ。
「すぅ、すぅ、んふふ、もふもふ・・・」
『すぅ、すぅ、んぁ、そこはぁ・・・』
「・・・まぁ、やっぱいいか」
自分たちとイズモの年齢差に気づいたが、幸せそうな寝顔を見てやっぱりいいかと考え直すツルギ。
~~~~~~~~~~~
バb、妙齢の女性を撫でまわしていると自覚したとき、果たして自分はどんな気持ちになるのか。
まったく想像できないですね。
まぁ、ティアの場合は「可愛いは正義!」な感じの人なので、そのあたりは気にしていなさそうですが。
さて、みなさんはいったいどのように思うでしょうかねぇ。