あれから5日後、俺たちはメルジーネ海底遺跡へと向かった。
この5日間、攻略のために物資の調達やハジメの義肢の修復、空間魔法の練習など、いろいろと準備をした。
ただ、その間もレミアとハジメの距離がやたらと近いことに海人族の男たちの目が嫉妬で血走ったり、ご近所のおばちゃんたちがはやし立てたり、ユエたちがことさら不機嫌になったりで、いろいろと大変だった。
挙句、いざエリセンから出発するぞというときには、レミアさんが「いってらっしゃい、あ・な・た♡」と手を振りながら言って、それはもう大変なことになった。男連中とユエたちの視線が。傍から見てただけの俺たちも、さりげなく胃をさするくらいには痛かった。
結局、レミアさんのあれが本気なのか冗談なのかは検討がつかないままだったが、一応は万全を期してメルジーネ海底遺跡に向かうことができたのは、レミアさんやエリセンの人たちのおかげでもあるから、俺の方から礼を言っておいたが。
そんなこんなで、エリセンを出発してから数日、俺たちはミレディから聞いたポイントにたどり着いた。
ミレディからは、このポイントと“月”と“グリューエンの証”に従えとしか聞いていない。
このポイントには昼間にはたどり着いたことから、潜水艇で潜って調べてみたが、入り口らしきものは見つからなかった。
一応、それっぽい魔力の流れの跡は見つけたが、結局入り口を開く方法はわからずじまいで、夜になってから調べなおそうということになった。
まぁ、周囲100㎞の水深に比べると、そのポイントだけ妙に浅くなっていることから、ポイント自体は間違っていないだろう。
ていうか、七大迷宮に関しての情報がなくなっている今の世界で、初見でこれを見つけろと言うのは無理があるだろ。ミレディの情報がなかったら、見つけるだけでもどれだけの時間を費やしていたかわからない。本当、あそこでライセン大迷宮を見つけたシアはお手柄だな。まだ残念ウサギだった頃なのに。
そんで今は、空が赤く燃える日没の時間だ。甲板の上には、俺とハジメしかいない。女性陣は、今頃潜水艇内のシャワーを浴びているところだ。この潜水艇のシャワールームは天井から温水を降らす仕様のため、大人数で入っても問題ない。
余談だが、ユエたちがシャワーを浴びるということで、ティオがハジメも一緒に入らないかと誘ってきた。ハジメはユエ以外の裸を見るつもりはないと断ったが、シア、香織、ティオは無理やりにでもハジメを一緒に入らせようと奮闘し、危機感から甲板に逃げたというのがついさっきの話だ。
もちろん、シアたちは後を追いかけようとしたが、
「ツルギ以外に、私の裸を見せようというの?」
このティアの極寒の声に、しぶしぶ引き下がった。
別に、仮にそうなっても別々で入ればいいだけの話だと思うが、シアたちはティアの気迫に言い出せず、俺も結論としてハジメが逃げることができたからいいやとツッコまないことにした。
エリセンを出てからも疲れるというのは、ハジメに近寄ってくる人は全員がそういう質だからなのか。
その疲れを誤魔化すために、俺も甲板にでてこの夕日を見ることにした。
・・・この夕焼け空を見て思うが、やっぱり自然が作り出す光景は、世界が変わっても同じなんだと思う。この夕焼け空を見ているだけで、不思議と日本でのことを思い出せる気がする。
「なにしてるの?」
すると、後ろから声をかけられた。そこには、シャワーを浴びて頬が上気したティアとイズモが立っていた。
今、俺がいるところの反対側にハジメはいるのだが、おそらくユエたちはそっちに向かったのだろう。
「いやなに、ちょっと日本の風景を思い出していただけだ。世界が変わっても、こういう景色はどこも同じなんだと思ってな。ちょいと感慨にふけていたんだ。なんだか、やけに懐かしい感じがしてな」
「そうは言っても、まだ半年じゃなかった?」
「その半年が、やたらと濃かっただけだ」
なんせ、異世界召喚されたと思ったら、ハジメがクラスメイトの裏切りによって奈落に落とされ、俺はなんか新しい力が目覚めてハジメを探しに行き、そこでティアと会って・・・一言では言い尽くせないほど出来事が凝縮している。
そんなことを考えていると、不意にティアが尋ねてきた。
「・・・ねぇ」
「ん?なんだ?」
「ツルギは、何が何でも元の世界に戻りたいって思ってるの?」
そのティアの質問の意味は分かる。
もし日本に戻る手段を見つけたとしても、日本からトータスに行けるようになるかは、まだはっきりしていないのが現状だ。日本に戻ったら、そのままトータスに行けなくなる可能性もある。
だが、俺は大して心配していない。
「まぁ、ハジメに比べたらそこまでではないかもしれないが、俺にも日本で待たせてる人たちがいるからな。いつまでもこっちにいるわけにはいかねぇよ」
「そう・・・」
「だが、もし日本に戻っても、それで終わらせるつもりはねぇよ。必ず、日本とトータスを行き来できるようにしてやる。俺たちは日本からトータスに召喚されたんだ。なら、トータスから日本に行くのと同じように、日本からトータスに行けるようにもなるはずだ。いや、何が何でもそうしてみせる。絶対に、ティアを寂しがらせるようなことはしねぇよ」
「ツルギ・・・」
そう言って、ティアは俺の肩にもたれかかってきた。
すると、イズモも俺の隣に座ってきた。
「どうしたんだ?」
「ツルギ殿。よければ、お主の世界での話を聞かせてくれないか?私はティア殿ほど話を聞いてはいないからな」
言われてみれば、イズモに日本や地球のことを話したことはまったくなかったな。
日没まではまだ時間があるし、せっかくだから話すか。
幸い、俺の過去話やハジメとのあれこれを抜いても、話すことには困らない。
* * *
そうして、しばらくの間、話し続けていると、とうとう日が完全に落ちて、月が空に輝き始めた。
「もう時間だな。ハジメたちの方に行くか」
「わかったわ」
「もうそんな時間か。思ったより早かったな」
「時間があれば、いつでも聞かせてやるよ」
そう話しながらハジメたちのところに行くと、ちょうどペンダントを取り出したところだった。
「ハジメ、どうだ?」
「ツルギか。いや、今のところは反応なしだが・・・」
グリューエン大火山の攻略の証でもあるこのペンダントは、サークル内に女性がランタンを掲げている姿がデザインされており、ランタンの部分だけがくり抜かれていて、穴あきになっている。
ここに来るまでにも月の光に照らしてみたり、魔力を流してみたのだが、とくに何の変化もなかった。
俺としては条件を満たさなければ発動するわけないだろと思っていたが、ハジメ的には試さなければ気が済まなかったらしい。
まぁ、特定の場所で月の光に照らすことで発動するだろうとは考えていたが、からくりなんていくら考えてもわからなかったわけだし、気持ちも理解できなくはないが。
今も、見た目にはとくに変わりはない。
だが、“魔眼”でペンダントを観察すると、わずかだが魔力の流れが見えた。もうそろそろ発動するはずだ。
そう思った次の瞬間、ペンダントに変化が生じた。
「わぁ、ランタンに光が溜まっていきますぅ。綺麗ですねぇ」
「ホント・・・不思議ね。穴が空いているのに・・・」
シアと香織の言葉の通り、ペンダントのランタンの穴の開いた部分が光を溜め始めたのだ。
ハジメやユエたちも、興味深そうにペンダントを眺めている。
「昨夜も、試してみたんだがな・・・」
「おそらく、この辺りに特殊で微弱な魔力が流れていて、それに反応して月の光を吸収しているんだろうな」
確証はないが、特定の場所で起動するからくりなんてそれくらいにしか思いつかない。
そんなことを話している内にも、ランタンの穴の部分に光が溜まりきり、今度はペンダント全体が光を放ち始めた。その直後、ランタンから一直線に光を放ち、海面の一点を指し示した。
「・・・なかなか粋な演出。ミレディとは大違い」
「全くだ。すんごいファンタジーっぽくて、俺、ちょっと感動してるわ」
ハジメの言う通りだろう。たしかに、あれはファンタジーというよりは、ただの忍者屋敷だ。感動の欠片もなかった。
それに比べて、こちらはまさに“月の光に導かれて”という言葉通りのロマン溢れる演出だ。ミレディが参考にすることはまずないだろうが。
そんなこんなで、俺たちは潜水艇の中に戻って海中へと進んだ。
夜の海の中は暗いが、ペンダントの光は潜水艇の中からも伸びているし、潜水艇にもライトがある。照らす範囲は狭いが、無いよりはマシだ。
そのままペンダントの光が示す方向に進んでいくと、そこは昼間にも探索した岩場だった。
昼間は何もなかったが、ペンダントの光が岩の一部分に当たると、ゴゴゴゴッ!と音を響かせながら岩壁が動き出し、扉のように左右に左右に開いた。その奥には、先へと続く道もある。
「なるほど・・・道理でいくら探しても見つからないわけだ。あわよくば運良く見つかるかもなんてアホなこと考えるんじゃなかったよ」
「まぁ、海底遊覧なんて今後する機会なんてないだろうし、損ではなかっただろ」
「・・・ん、暇だったし、楽しかった」
「そうだよ。異世界で海底遊覧なんて、貴重な体験だと思うよ?」
地球でもこんなことをする機会なんて、一般人からすればほぼない。異世界ならなおさらだ。香織の言う通り、貴重な体験だったのに間違いはないだろう。
そんなことを話ながら、ハジメは潜水艇を操作して奥へと進む。
ペンダントのランタンの光はすでに半分ほどになっているが、すでに光の放出は止まっている。今は一本道だから案内としての役割はもういらないが、これで光源は潜水艇のライトだけになった。
すると、ティオがしみじみと潜水艇の中を見回しながらつぶやいた。
「う~む、海底遺跡と聞いた時から思っておったのだが、この“せんすいてい”?がなければ、まず、平凡な輩では、迷宮に入ることも出来なさそうじゃな」
「・・・強力な結界を使えないとダメ」
「使えなきゃ、水圧であっさりと潰れるしな」
「あと他にも、空気と光、あと水流操作も最低限同時に使えないとダメだな」
「普通だと一人で攻略できる気がしないわね、それ」
「でも、ここにくるのにグリューエン大火山攻略が必須ですから、大迷宮を攻略している時点で普通じゃないですよね」
「もしかしたら、空間魔法を利用するのがセオリーなのかも」
「まぁ、それはそれで消費魔力がバカにならないがな。時間との勝負だ」
イズモの言う通り、神代魔法は基礎だけでも発動に多大な魔力を消費する。おそらく、この世界の平均的な魔術師だと、発動し続けるのに最低でも10人はいなければ、実用は困難だろう。
俺とユエでも、まだ先が見えないからなんとも言えないが、入り口を見つけるまで維持し続ける自信はあまりない。
つまり、侵入の時点で超一流の魔法の使い手が複数人いなければ話にならないという、大迷宮の例に漏れずかなりの鬼畜仕様になっていた。
そのことに気を引き締めなおし、フロント水晶(ガラスだと強度が足りないと考えて、透明度が高くて頑丈な水晶を使用している)越しに外を見た、その時、
ゴォウン!!
「うおっ!?」
「んっ!」
「わわっ!」
「きゃっ!」
「っとと」
「ひゃう!?」
「何じゃっ!?」
「それよりも、早く体勢を!」
いきなり潜水艇に横殴りの衝撃が伝わり、船体が大きく揺さぶられ、一気に一定方向へと流され始めた。
俺は、すぐにイズモの言葉通り、船底の重力石に魔力を流して重くし、体勢を整えた。
「ふぅ、大丈夫か」
「あぁ、ツルギがすぐに体勢を整えたおかげでなんとかな。ていうか、ライセンやグリューエンでも思ったんだが、お前の体幹はどうなってるんだよ。お前だけだぞ、あれで立っていたの」
「武術を習う上でも、体幹は日本でとっくに鍛えた。なにせ、体幹はどこの流派でも、基礎でもっとも重要だからな」
武術において、体幹がコントロールできていないというのは、隙だらけに等しい。たしか、中国のなんかの武術の流派でも、それを“病”と呼んで戒めるほどだったはずだ。
もちろん、俺もそこはトレーニング済みだ。
「それよりも、さっそく歓迎だぞ」
今は巨大な円形状の洞窟の中にいるのだが、周りから複数の魔力が“魔眼”で見えた。
船尾に取り付けられている“遠透石”でも、赤黒く光る無数の物体を捉えている。
十中八九、魔物の群れだ。
「どうする?俺とユエの魔法でも十分だと思うが」
「いや、武装を使おう。有効打になるか確認しておきたい」
たしかに、グリューエン大火山からの脱出では生き残るのに必死であまり武装の性能を確認できていないし、俺やユエの魔法が有効なのは確認済みだ。
だったら、ハジメの武装を試すのもいいだろう。
「んじゃ、頼んだ」
「あいよ」
そう言ってハジメは、潜水艇の後部にあるギミックを作動させた。
そこから現れたのは、ペットボトルサイズの魚雷だ。なぜか、にやりと笑みを浮かべたサメの絵がプリントされているが。
激流に逆らう形で放出したため、ある程度散開して機雷のようにばらまかれる形になったが、そこにトビウオのような見た目の魔物が魚雷群に突っ込んだ。
ドォゴォオオオオ!!!
次の瞬間、背後ですさまじい爆発が起こり、大量の気泡がトビウオの魔物を飲み込んだ。
衝撃に飲み込まれた魔物の体はバラバラに引きちぎられ、流れのままに潜水艇の真横を通り過ぎていった。
「うん、前より威力が上がっているな。改良は成功だ」
「うわぁ~、ハジメさん。今、窓の外を死んだ魚のような目をした物が流れて行きましたよ」
「シアよ、それは紛う事無き死んだ魚じゃ」
「改めて思ったけど、ハジメくんの作るアーティファクトって反則だよね」
ハジメが満足する出来でなによりだ。
ただ、遭遇して魚雷をブッパするたびに死んだ魚がフロント越しに流れていくのは、ちょっと気持ち悪い。
そんなこんなで先へと進んでいくのだが、なにやら様子がおかしい。
さっきから、光景が変わり映えしない。
それに、岩の隙間に挟まった魚の魔物の死体がちょくちょく見える。
「これ、もしかしなくてもループしてるな」
「同じところをぐるぐる回っているってこと?」
「まぁ、それしか考えられないが・・・もうちょっと注意深く観察するか」
さすがに、このまま大迷宮の中に入れないということはないだろう。なにかしらのヒントがあるはずだ。
そういうことで、今度はよく注意して岩場を見ながらの探索になったのだが、案の定だった。
「あっ、ハジメくん。あそこにもあったよ!」
「これで、5ヶ所目か・・・」
岩場のあちこちに、50㎝くらいの大きさのメルジーネの紋章が刻まれた場所があった。今、香織が見つけたので5つ目だ。
それが、円環状の洞窟に配置されている。
メルジーネの紋章も、五芒星の頂点から中央に向かって線が伸びており、中央に三日月のような紋様がある。
「五芒星に5つの紋章、それに光の残ったペンダントとなれば・・・ハジメ、とりあえずかざしてみてくれ」
「まぁ、それしかないか」
そう言いながら、ハジメはペンダントを取り出して、フロント越しにかざした。
すると、ペンダントから光が放たれ、光が当たった紋章の一つが輝き始めた。
ペンダントの光もその分減っており、この調子ならあと4回分といったところか。
「これ、魔法でこの場に来る人達は大変だね・・・すぐに気が付けないと魔力が持たないよ」
「なんつーか、今のこの世界の人からすれば、攻略させる気があるのか疑うレベルだな」
解放者がいた時代のレベルがどんなものかはしらないが、少なくとも今よりかははるかにレベルが高いだろう。おそらく、昔の基準で作られた結果、レベルが違い過ぎて目も向けられなくなったのかもしれない。
そんなこんなですべての紋章に光を灯すと、ちょうどペンダントの光がなくなった。
同時に、ゴゴゴゴッ!と轟音を響かせながら、洞窟の壁が縦真っ二つに別れた。
おそらく、ここからがメルジーネ海底遺跡の本番ということだろう。
何が待ち受けているかはわからないが、何があっても攻略するだけだ。
「そういえば、日本では『月が綺麗ですね』っていう告白の文句もあったな」
「へぇ、なかなかにロマンチックね」
「・・・ん?そう言えば、ユエの名前もたしか月からとった、ってハジメが言ってた気が・・・」
「・・・ツルギ?」
「違う!違うぞティア!そうじゃなくて!」
「何をやっておるのじゃ」
うっかり口をすべらせて修羅場一歩手前になるツルギとティアと、呆れるイズモの図。
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この言葉って、たしか夏目漱石が残したフレーズでしたっけ?
やっぱり、一流の詩人が残す言葉って、すごい心に響くんだなって思いますね。
こんな告白なんて、自分じゃできる気がしません。
ありふれ日常では、修羅場の火種になりましたが。
余談ですが、自分はアニメの“月がきれい”を見て、胸が熱くなった人間です。
あれ、もう一回見たいですね。
見てない人にも、おすすめです。