「・・・さて、どうしたものか」
「見事にはぐれてしまったな」
魔人族が観光客を襲い始めたあと、俺たちは屋根伝いに城に向かったのだが、予想以上に屋根の上に登ってくる魔人族が多かった。
ただ、登ってきた魔人族が襲ってくるだけなら返り討ちにするだけなのだが、その数がやたらと多かった。もはや無限湧きに思えてくる物量で襲い掛かってきた結果、物量に押されてティアとはぐれてしまった。
一応、俺たちは城にたどり着いたが、ティアの姿はまだ確認していない。少なくとも街の中にいないのは確認済みだが、あの軍隊アリのごとき強襲で無事にいられたかどうかはわからない。まぁ、ティアの固有魔法である“魔狼”は魔力に起因するものすべてを食いちぎるから、十中八九問題ないだろうが、やはり心配なものは心配だ。
「それで、これからどうするの?」
「・・・とりあえず、中に入ろう。城の外周をまわっても見つけられるかもしれないが、どうせゴールは1つだ。そこでティアが来るのを待てばいいだろう。一応、ここに来る前にもそう決めたからな」
メルジーネ海底遺跡の攻略に向かう前、俺たちはある決めごとをした。
つまり、「もし仲間とはぐれた場合、捜索できる範囲を超えていれば、各自ゴールに向かう」ことだ。
これは、不用意に動き回って罠にはまるのを防ぐための取り決めだ。
別に、ワンフロアではぐれただけなら探せばいいだろうが、今回はでかい城と街だ。探すには広すぎる。
だから、今回は中に入って先に進んだ方がいいだろう。
「それじゃあ、ティアが無事なことを祈って中に入るか」
「祈るとは、何にだ?」
「ティアだな。この世界の神様はクソ野郎らしいし」
「まぁ、それもそうだな」
心配は心配だが、軽口もたたけないほど切羽詰まっているわけではない。
俺とイズモは、軽い調子のまま城の中に入って行った。
* * *
中に入ると、案の定というか、半ば廃虚になっていた。
ただ、なぜか手入れはされているようで、ほこりとかクモの巣が張っているなんてことはなかった。この辺りも神代魔法で解決なのだろうか。
ただ、ちょっと気になるのが、
「・・・なんか、ちょろっとデジャヴだなぁ・・・」
「? どういうことだ?」
「この鎧」
そう、いたるところに鎧が置いてあった。ライセンのときほど大きくはない、むしろ一般の人間サイズだが、そんなのは関係ない。ただの鎧が置いてあるという時点で嫌な予感しかしない。
「? 鎧がどうかしたのか?」
「いや、なんか動きそうだなって」
「たしかに、なかなかホラーのようになっているから、ガタガタ動きそうな気はするが・・・」
「剣を振りかざして襲ってきそうだなって」
「たしかに、大迷宮がただ驚かすだけで終わりなわけがないな。そう考えた方が・・・」
「今のうちに壊しておくか、城の中の鎧全部」
「ちょっと待て、ツルギ殿、なぜそうも過激になっているんだ?というか、なにやら様子がおかしくなっているぞ?!」
「大丈夫だ、問題ない。俺は正常だ」
「だったら目から光を消さないでくれ!本当になにがあったのだ!?」
おっと危ない。あと少しでダークサイドに落ちるところだった。俺だって、どこぞのバグ兎みたいなバーサークになりたくない。
すると、
ずずぅん・・・
わずかにだが、この城が揺れた。上から、パラパラとレンガの破片が落ちてくる。
どうやら、ティアは元気らしい。よかった。
「・・・ツルギ殿。これはもしかしてティア殿が?」
「だろうな。無事でなによりだ」
「いや、なぜ冷静でいられるのだ!?これほどの振動、普通ではないだろう?」
「大丈夫だ。多分、鎧を思い切り殴り飛ばしただけだろうからな」
「本当に何があったのだ!?」
そういえば、ライセン大迷宮の攻略をやったのは俺とハジメ、ユエ、シア、ティアの初期メンバーだったか。イズモがわからないのも無理はない。
「なに、ちょいとムカつく大迷宮があってな。そこにもこういう感じで鎧があったんだ。んで、そいつが襲い掛かってきた」
「あー、なんとなく察したのだが・・・だからといって、ここまでするのか?」
「あれは、実際に体験しなきゃわからないからなぁ・・・」
口で言ったところでわからないだろう。あれはそういうものだ。
ただ、ライセン大迷宮を攻略する上では、魔法特化のイズモは少々キツイだろう。機会があればの話だが。
「まぁ、とりあえず、ティアが無事なことは分かったから、ティアを探しつつ先に進むか」
「そ、そうだな・・・」
イズモが若干引き気味になっているが、とくに気にせずに先へと進む。
さすがにこのまま終わりではないだろうし、ティアも探さなきゃいけないからな。
ガタガタ
「・・・ん?」
「・・・やっぱりか?」
とりあえず目の前の扉に入ろうと一歩踏み出したら、なにやら音が聞こえた。
ちょうど、鎧が動きだしそうな音が。
なんとなく察しながらも後ろを振り返ると、
「・・・ぅ・・・ぁ」
案の定、鎧が勝手に動き出していた。小さな呻き声もセットで。
「これ、どっから声出してるんだろうな」
「さぁな。おそらく、なにかしらの神代魔法で声を出せるようにしているのではないか?」
「それしかないよなぁ・・・」
わからないことは、とりあえず全部神代魔法クオリティで片付けるようになってしまったなぁ・・・。
まぁ、それはさておき、
「邪魔」
動いている鎧も動いてない鎧も全部ゲイボルグで木端微塵にしておく。
そうすれば、とりあえず襲われる心配は減るだろう。
それに、少しすっきりした。
「よし、改めて行くか」
「・・・そうだな」
イズモがなにやら疲れた様子だが、気にしないでおこう。
気を取り直して、俺たちは先へと進んだ。
* * *
しばらく歩いたが、時折鎧が動いて襲ってくる程度で、進展は何もない。ティアとも未だに合流できていないし、不安になってくる。
大丈夫だとは思うが・・・一抹の不安はぬぐい切れない。
「なぁ、ツルギ殿。少しいいか?」
そこに、イズモが話しかけてきた。
今のところは特に危険もないし、いいだろう。
「なんだ?」
「私たちは、ツルギが何を恐れているのかはわかっているつもりだ。そのうえで聞くが、なぜそこまで必死になる?ツルギの才ならたいていのことは容易だろうし、私たちの力を知っているなら、そこまで不安に駆られることもないはずだ」
どうやら、俺の内心を見抜いていたらしい。長きを生きた妖狐族だからか、俺がわかりやすいのか、それほど身近にいたのか。
なんにせよ、ここまで見抜かれているなら、下手に隠してもバレるだろう。
ティア以外にこういうことを話すのは少しばかり抵抗があるが、たまには悪くないか。それに、年長者の意見というのも聞いておくに越したことはないだろう。
「・・・あそこで盗み聞きしていたならわかってると思うけどな、俺は、俺にとって大事なやつが、自分から離れていくのが怖いんだ。恋人だろうと、親友だろうと、仲間だろうとな」
「あぁ、それくらいはわかっている」
「だけどな、俺は知ってるんだよ。どれだけ最善を尽くしても、決して100%にはならないってことをな」
例えば、高校や大学の受験では誰もが合格するために最善を尽くすが、それでも落ちるものは必ず存在する。
最近で言えば、初めてリヒトと会って殺し合ったとき、俺はあいつを殺すために必要な最善の選択をしたが、結局は殺し損ねてしまった。
例え、どれだけ俺に力や強さがあっても、人間である以上、手の届く範囲には限りがある。
それに、
「どうしても思い出しちまうんだ。父さんや母さんが死んだときの喪失感を」
あの時の感覚をどうしても思い出してしまい、「本当に大丈夫なのか」、「万が一があったりしないだろうか」と不安に駆られてしまう。
あるいは、神であるならすべてに手が届くのかもしれないが、それは自分からティアと離れる選択肢だ。その選択をとるわけにはいかない。
だからこそ、俺は人の身で最善を尽くす必要があり、最善を尽くしても「また失ってしまわないか」と不安と恐怖に駆られてしまう。
ティアが自分から離れることはないと頭ではわかっているが、なにも外的要因がないわけではない。それもまた、俺の不安の原因である“手の届かないところ”でもあるのだから。
「まったく、情けないよな。あの時、ティアに俺の全部を話して、結果的にはハジメたちにも知られて、それで俺から離れることはないってわかってるのに、結局、失ってしまわないか不安に駆られているんだからな」
俺もちゃんと理解している。ティアの想いも、ハジメたちの思いも。
なのに、それでも俺自身がまだ不安を取り除けていない。それが、なんだか情けなく感じる。
その辺りは、俺はハジメのことを尊敬している。なにせ、ハジメはユエなら何があっても大丈夫だと、全幅の信頼を寄せているわけだからな。
「あー、でも、このことはティアとかには内緒な」
「なんだ。あの時のように話したりはしないのか?」
「なに、ただの意地だ。情けないところなんてすでに見せたが、それでもかっこつけたいし、強くなければならないからな」
別に、あのときの俺を恥じるつもりはないが、好きな女の子の前ではかっこつけたいのが男の性だ。
ティアにならすぐに見抜かれそうな気はするが、それまでは見栄でもいいからかっこいいところを見せたい。
俺が話し終えると、イズモはなにやら微笑まし気に俺のことを見ている。
「ふふふ、そうかそうか。なら・・・」
「うわぷっ」
すると、イズモは俺の腕をグイっと引っ張って、俺のことを抱きしめた。
ちょっ、やばっ、ティアにはない柔らかな感触が顔を覆って、息ができないけど、なんだか幸せな気分・・・じゃなくて!
「ちょっ、イズモ、何やってんの?」
「いやなに、ティア殿に弱気なところを見せられないというなら、私が代わりに慰めてやろうと思ってな。なに、安心しろ。ここは年長者に任せればいい」
いやまぁ、たしかに、イズモはティオと同年代なわけだし、お姉さんキャラなところはあるが、これはこれではずい。
でもまぁ、これでもいいかと思える自分を認識してしまったあたり、どうしようもない。
イズモがいいと言うなら、少しくらいはこのままでも・・・
「ツルギ?イズモ?何やってるの?」
「・・・」
「・・・」
・・・おうふ、なんてこったい。
声がしたのは、ちょうど俺の後ろの方。
振り返ってみると、そこには非常に冷たい目をしているティアがいた。久しぶりの、ユエに負けず劣らずのジト目だ。
見上げてみれば、イズモの顔が若干青くなっている。多分、俺もこんな感じなんだろうなぁ・・・。
この後、ティアにしこたま怒られた。
ついでに、抱きしめられた経緯と一緒にイズモに話したことと同じことをティアにも話したところ、「バカ」と言いながらも優しい笑顔で抱きしめてくれた。
・・・この時、思わずイズモとのボリュームの差を考えてしまい、それをティアに察せられて抱擁が締め付けへと変化したが、些細なことだ。
機嫌を直すのにめっちゃ苦労したけど。
* * *
なんとかしてティアの機嫌を直した後、俺たちは再び先へと進んだのだが、とくに大きなこともなく順調に進んでいくことしばらく、玉座のようなところに出た。
そこで、再び空間がねじ曲がった。
「またか。ティア、イズモ、構えておけ」
「えぇ」
「わかった」
またなにかが襲ってくる可能性も考慮し、俺たちは臨戦態勢をとりつつ柱の陰に隠れた。
そして、玉座の上に王らしき人物が、その前に数人の人間族と亜人族が跪いていた。おそらく、どこかの使者だろうか。
王の後ろには、フードをかぶった人物が控えている。
「皆の者、よくぞ来てくれた」
使者を見回した王が、口を開く。今のところ、まだまともそうだ。
「私たちは長きにわたり戦争をし、そして和平を結んだ。今、城下町に広がっている光景はお主たちの功績でもある」
「もったいなきお言葉です、陛下」
「我々は、我々の王の命に従い動いたまでです」
どうやら、これは和平を結んだ後の謁見のようだ。王が先ほど言った“城下町の光景”とは、おそらく俺たちが見たにぎやかな光景だろう。
となると・・・
「・・・2人とも、気をしっかり保てよ。この後、碌なことにならない」
「・・・わたしもそう思うわ」
「・・・私もだ」
一応、ティアとイズモに注意を呼び掛けたが、思うところは同じだったらしく、頷き返している。
それを確認して、再び目の前のことに意識を向ける。
一応、使者の方は恭しい態度で跪いていることから、王へはそれなり以上に尊敬の念を抱いているのだろう。
「こうして和平を結び、平穏が訪れてからのこの3年間、私は思ったのだ・・・やはり、
そこで、王の言葉に耳を傾けていた使者たちが思わずといったように顔を上げる。
「お前たち異教徒や薄汚い獣風情とも言葉を交わせば新しいものが生まれると思ったが、やはりそれは間違いだった。この神聖なる王都に、そのような汚物を受け入れたことは、私のどうしようもない間違いだ。むしろ愚かだったとすらいえる」
「陛下!それはどういう・・・がっ!?」
思わず立ち上がった人間族の使者に、周囲にいた騎士が剣を突き刺す。
刺された人間族の使者は信じられないといったように目を見開き、崩れ落ちた。
それを見た他の使者も立ち上がるが、玉座ということで武器は取り上げられているようで、なすすべなく剣を突き立てられ、地面に崩れ落ちていく。
「これより、現在使われている入国許可証はすべて無効とする!我が騎士よ!卑しい異教徒共と薄汚い獣共を駆逐せよ!これは、神託によるものである!我らが神、アルヴ様の御為に!!」
「「「「「アルヴ様の御為に!!」」」」」
王の狂気じみた呼びかけに、騎士たちもまた狂気を宿してそれに応え、玉座から出て行く。
それを見て、フードの人物は王と共に奥へと消えていった。
そこで、過去再生は途切れた。
「・・・なるほどな。これで、先ほどの光景につながる、ということか」
「なんか、嫌な感じね・・・」
「・・・そういうことか?」
今の光景を見て、俺はある推測を思いついた。
「そういうことって、どういうこと?」
「さっきの使者の態度、本当にあの王様を尊敬している感じだっただろ?さっきの王様が腹の内であんなことを考えていたというなら、あそこまで恭しい態度はとらないはずだ」
「つまり、あれは最初から考えていたことではなく、終戦からの3年間で変わったということか?」
「あぁ、そういうことだ。それに、王の後ろにいたフードの人物なんだが・・・見覚えがあるかもしれない」
「? どういうこと?」
「俺たちが召喚されたばかりのとき、教皇のそばに控えていたシスターがいてな」
「・・・そのシスターさんがどうかしたの?」
「ティア、ちゃんと話す。話すから、落ち着いてくれ」
先ほどイズモに抱きしめられていたのを見たからか、いつもよりも3割増しで凄みがある。
俺は早口で弁明しながら説明する。
「たしかに、俺はそんときのシスターが印象に残っているんだが・・・不気味だったんだよ」
「不気味、だと?」
「あぁ、銀髪の、言ってしまえば美人のシスターなんだが、どこか表情が抜け落ちているような、人形みたいな感じだったんだ」
あの無機質な瞳は、日本でも見たことがない。
呆然自失としたときに表情が抜け落ちると言うが、あれはあくまで負の感情によるもので、感情がないわけではない。
だが、あのシスターからは無感情という感情すら感じなかった。まさに、感情そのものが欠落しているといった感じだ。
そして、先ほどの映像、フードの隙間から髪が見えたのだが、
「あの後ろにいたフードの人物、俺の見間違えでなければ、そのシスターとまったく同じ髪質と髪色だった。それどころか、顔だちもそっくりそのままだ」
「え?それって、もしかして・・・」
先ほどの光景がどれほど前のことかはわからないが、最低でも数百年は前と考えていいだろう。
ただの人間が、それほどの時を生きれるはずがない。
であれば、その正体は、
「あぁ。おそらく、あれこそが本当の神の使徒だってことだろう。同一人物なのか、まったく同じ姿の別人なのかはわからないけどな。ただ、あいつを介して王や教会に影響を与えていた、ってことだろう。これは早めに王都に行った方がいいかもしれないな」
あのシスターが本物の神の使徒だとすれば、クラスメイトはほぼ確実に教会から切り捨てられる。
少なくとも、まともな結果になるはずがない。
「・・・まぁ、今は目の前のことに集中するとして、どうやらさっきの光景は見せること自体に意味があったらしいな」
玉座の前を見てみれば、そこには魔法陣が輝いていた。“魔眼”で確認すると、これは転移の魔法陣だ。
「どうせ、王国に寄る用事はあるんだ。詳しくはそんときに考えておこう」
「・・・まぁ、今できることはないものね」
「香織殿のためにも、今は無事を祈るとしようかのう」
王都には、香織の幼馴染たちもいる。せめて、手遅れにならないことを祈るばかりだ。
そんなことを考えながらも、俺たちは光り輝く魔法陣に足を踏み入れた。
「そういえば、ティアは道中どうだったんだ?」
「えっと・・・あまり覚えてないわ。ただひたすらに鎧を壊しながら進んだから・・・」
「あ~、うん、ティア、ストレスが溜まってるなら、後で甘やかしてやるよ」
「そう?ありがとう、ツルギ」
(記憶が飛ぶほど一心不乱に壊しまわるなど・・・いったい何があったのだ?)
一心不乱に鎧を壊しまわったと聞いて、過去に何があったのか気になってしょうがないイズモさん。
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前回と合わせて、自分でも考えれる外道シチュだったんですが、こんな感じでよかったですかね?
それとですね、最近は大学の課題なんかが増えて大変になってきているので、更新ペースが落ち気味になるかもしれません。
とりあえず、週に1,2回は確実に投稿するようには頑張ります。